首無し騎兵が駆ける。
山に開いた穴。谷に架かる橋。それらを難なく踏破し、次なるトンネルに辿り着く。
その道の先には、人々が暮らす都市があった。
●迎撃地点にて
「なんともまぁ、嫌な因縁です……」
草薙 胡桃(
ja2617)は呟いた。脳裏に浮かぶのは、過去に相対してきた騎士型ディアボロの姿。
かつて彼女が相手取った敵と、今回の敵。違いがあるのかどうかはわからない。
しかし、自分の経験が役に立たないというわけではないはず。そう考えた胡桃は、敵への初撃を買って出た。
インフィルトレイターである彼女が最初に狙われるとなれば、危険が高い。
とはいえ、誰かがやらなければいけない役目だ。同じタイプの敵と戦った経験がある自分が適任だろう。
「相手の武器は剣だけなのですか?」
睦月 芽楼(
jb3773)が胡桃に尋ねた。
胡桃の初撃に合わせ、間髪入れずに二撃目を入れるのが彼女の役割である。
「そみたいです。実際に戦ってみないと、本当のところはわからないですが」
「正々堂々としてくれていると戦いやすそうですね」
こちらへ向かってきているだろう敵の姿を想像する。
戦闘経験が豊富とは言えない芽楼だが、それを理由に味方の足手まといになるつもりはなかった。
そう遠くない未来を思い描き、大剣による一撃を脳内でシミュレートする。
「……緊張します?」
胡桃の問いに、芽楼は「少しだけですが」と苦笑した。
オレンジ色の照明に照らされたトンネル内での待ち伏せ。それが今回の作戦だった。
「抜かれると追いかけるのが大変そうね」
そう口にするナヴィア(
jb4495)は、好戦的な笑みを浮かべていた。
無論、そう易々と抜かれるつもりはない。自分が悪魔であっても、ディアボロを無傷で通してやる義理はなかった。
彼女もまた久遠ヶ原学園の一員、撃退士なのだ。久しぶりの戦いに胸が躍る。
「一応トンネルの外に軽トラを用意しといたが、使わずに済ませたいところだな」
早く帰ってメシにしてえし。と、ひとりごとを言うのは向坂 玲治(
ja6214)。
メンバー中唯一のディバインナイトである彼の働き次第では、メシの時間も早まりそうである。
ただし、ここを突破されれば都市は目前。瀬戸際で相手を止める必要があることは言うまでもない。
失敗できないのはいつものことだ、と思う一方、彼に慢心は無かった。
都市に近いトンネルの出口では、ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)が黙々と罠を張っていた。
万が一、撃退士たちの包囲をかわされた場合への備えである。
目立つように設置されたワイヤーは、跳ばなければ越えられない高さ。その先に撒かれたオイルで転倒を誘う、という罠だ。
天魔に有効打を与えられるようなものではないが、足止めにはなるだろう。
「……こんなところか」
準備を終えたギィは、ワイヤーをくぐってトンネルの内部へと向かった。
(最初っから首無しじゃ、首級をあげる愉しみも無いが……奴の強さを越えて、俺は強さの高みを目指すだけだ)
表情にこそ出さないものの、彼もまた静かに闘争心を昂らせていた。
トンネルの入口側、その道路脇には常木 黎(
ja0718)が待機していた。
標的の接近を仲間に知らせ、且つ敵をやり過ごしてトンネル内で挟撃する狙いである。
(単騎、ね……どういう事かしら)
報告によれば、こちらに向かう天魔は一体のみ。都市の襲撃を目的とした相手ではなさそうだ。
守るべき主を失ったのか、それとも命令に背く離反者か。思索に耽る彼女の頬を、冷たい風が撫でた。
「――撃てばわかる、か」
呟く黎の耳に、アスファルトを駆ける蹄の音がかすかに届く。
息を潜めて身を隠し、気配を断つ。ここで発見されることは許されない。
道に沿って駆け続けるデュラハンは、そのままトンネルの中へと姿を消した。
「……はい、一名様ご案内」
口元に笑みを浮かべながら、黎は愛銃を具現化する。
●接敵
急カーブになっているトンネル内部は、進む先が見通せない構造となっている。
デュラハンがそのカーブに差し掛かったそのときが、戦闘開始の合図。
「ゴム飛びは如何です? 跳べるものなら、ですけどねっ!」
カーブの先に潜んでいた胡桃が飛び出し、目視が難しいほど細い金属糸で馬の足を狙った。
虚を突いた攻撃。デュラハンはそれを人馬一体の動きで回避し、長剣を抜き放つ。
間を置かず再び駆け出し、すれ違い様に胡桃を斬りつけようとデュラハンは剣を構えた。
その頭上、蝙蝠のような羽を広げた芽楼が得物を振りかぶる。
「次はこっちなのですよ!」
勢いよく大剣が振り下ろされた。胡桃を狙っていた長剣が即座に反応し、芽楼の攻撃の軌道を変える。
さらに大剣で切り上げる芽楼の太刀筋は、デュラハンに完全に見切られていた。斬撃をかわし、反撃に移ろうと剣を握った右腕が振り上げられた直後。
トンネルの入口側から発砲音が響く。馬上の騎士がぐらついた。
「Yeah,Jackpot!」
黎が放ったアシッドショットが、デュラハンの右肩に命中したのだ。
鎧を溶かす効果を持つその一撃はしかし、敵の足を止めるには至らない。
数の不利を悟ったのか、デュラハンは三人を無視してトンネルの奥へと駆け出した。
「合流するわよ」
黎の言葉に頷く胡桃と芽楼。
連絡を受けたトンネル出口側にいるメンバーが、すでに阻霊符を発動させているはずだ。
通過してトンネルから脱出することは不可能。となれば、騎兵が向かう先は出口のみ。
三人は遠のくデュラハンの後ろ姿を追った。
入口側のメンバーとデュラハンの距離が、みるみるうちに広がっていく。
いかに撃退士が超人的な身体能力を持つとはいえ、全力で駆ける馬が相手では分が悪い。
右肩の腐食を気にも留めずに進む騎兵の前方では、三人の撃退士が待ち構えていた。
「来やがったか。ここを通りたければ俺を倒すんだな」
道の中央に立つ玲治の挑発を受け、馬はさらに加速した。強行突破するつもりらしい。
真っ直ぐに玲治に向かうデュラハンの右側面、照明の切れた暗闇から、刀を構えたギィが奇襲を仕掛けた。
「こっから先は通行止めだ……お馬さん遊びなら、魔界で好きなだけやりな」
石火で加速した刃が騎士を打ち据えた。鎧が刀を阻み、充分なダメージが通らない。
ギィを振り切って駆けるデュラハンの左、今度は戦斧を構えたナヴィアが襲いかかる。
「まずは止まってもらいましょうか!」
馬を狙った痛打の一撃。戦斧には、彼女の予想に反して硬い手応えが伝わった。トンネル内に金属同士の激突音が響く。
馬上から騎士が飛び降り、長剣でナヴィアと切り結んでいた。一度、二度と火花が散る。打ち合う両者は一歩も退かない。
一方、乗り手を失ってなお速度を緩めない馬の進む先には、ハンマーを手にした玲治が立ち塞がった。
「文字通り足を潰させてもらうぜ!」
馬の前脚を狙って水平に薙ぎ払われたウォーハンマーが空を裂く。馬は大きく跳躍し、玲治の攻撃を回避していた。
「なっ!?」
驚愕する玲治をかわし、さらに馬は疾駆する。
ついにトンネルの出口まで到達し、ギィが仕掛けたワイヤーを越えるために再び跳んだ。
着地も上手くいったかのように見えた、次の瞬間。馬の体が大きく傾き、盛大に転倒する。
「備えておいて正解だったな」
呟きながら、ギィはナヴィアを振り切って馬の元へ向かおうとする騎士に斬りかかった。咄嗟に反応したデュラハンが剣を振るう。
ふたつの刃が交錯し、騎士の右腕が宙を舞った。その手には長剣が握られたままだ。
片腕を失いながらもトンネルを突破しようと、騎士はギィに背を向けた。その目前、再度玲治が前進を阻む。
「首無しライダーにはここで退場してもらおうか!」
渾身の力でハンマーが振り抜かれた。会心の一撃は腕一本の防御をものともせず、デュラハンの鎧に致命的なダメージを与える。
「援護するのです!」
翼で飛翔し追いついた芽楼が、上空からゴーストバレットを放った。満足に回避できず、直撃を受けたデュラハンがよろめく。
なんとか倒れずに踏みとどまった騎士に息つく暇はない。芽楼の後方からアウルを纏った銃弾が迫る。
「残念。トンネルの先は行き止まりですっ!」
「悪いけど、これ以上は進ませないわ」
胡桃の放った弾丸が騎士の胸部を貫く。続けざまに黎が両足を撃ち抜いた。
「これで、どうかしら!」
ナヴィアの攻撃をもう一度受け止めるだけの力は、騎士にはもはや残されていなかった。戦斧が鎧ごと騎士を両断する。
鎧が地面とぶつかる音を最後に、トンネル内での激闘は幕を閉じた。
倒れ伏したままの馬が、嘶いている。
●帰還の途
「哀れだね」
呟いて、引き金を引く。馬の頭に風穴が開いた。
着地に失敗し、足をくじいて立ち上がれずにもがいていた馬も、ようやく静かになった。
依頼は完遂された。死体に興味は無い、とばかりに黎は帰り支度を始める。
「せっかくの戦いだったのに、不完全燃焼だわ」
ナヴィアが不服そうな顔で呟いた。戦い足りないらしい。
まあまあ、と玲治が宥める。
「とにかくこれで一件落着だろ?」
「そですね。特に被害も出なかったですし」
ふぅ、と安堵の息を吐きながら、胡桃は玲治の言葉に頷いた。
共に戦った仲間、一般の人たち、いずれも傷を負った人はいない。
おーし。伸びをした玲治が晴れ晴れとした表情を浮かべる。
「じゃ、あとは帰ってメシだな」
「……これは?」
ナヴィアが軽トラを指差す。やっべぇ忘れてた、とげんなりする玲治。
「どうして、このディアボロは先に進もうとばかりしていたのでしょう」
沈黙した馬と、騎士の遺体。それらを眺めていた芽楼がぽつりと呟く。
敵は最低限の反撃のみで、とにかく前進したがっていたように彼女の目には映った。
山々の向こうの街か、或いはさらにその先か。彼らが目指した場所はどこだったのだろう。
「……さあな。死人は答えん」
ワイヤーを片付け終えたギィが、言葉少なに結論付けた。芽楼の隣に立ち、物言わぬディアボロの亡骸を見下ろす。
(奴も目指していたのかもしれんな……俺とは違う高みを)
そう考えながらも、詮無き事と彼は首を振る。騎士も馬もすでに死したのだ。
彼らが駆け続けた理由を知る術は、残されていない。