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マスター:猫野 額
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/03


みんなの思い出



オープニング


 ――笆 奈津希が槍を手にするのは、とても簡単な理由だった。
 それは守るために他ならない。
 奈津希が守るのは「不変」である。「日常」と言い換えた方が的を射ているかもしれない。
 誰かが願った「不変」を壊すモノ。誰かが愛した「日常」を奪うモノ。
 それらを奈津希はひどく嫌った。倒すべき敵と見なした。

 結界によって、街は孤立した。
 魂の吸収によって、人々は悉く死した。

 少女は、その様を見ていた。
 覚醒者は、死ななかった。死ねなかった。

 家族。友達。片想いの相手。同じ町で暮らしていた人たち。
 なくなって。なくして。眠れない夜を過ごした。

 ――もう一度だけ。

 声が聞きたい。そう願った。
 手を繋ぎたい。そう望んだ。
 一緒に過ごしたい。そう祈った。

 暗い夜。ひとりのベッド。寒い部屋。
 そこで奈津希は思い知った。
 どんなに願っても、どんなに望んでも、どんなに祈っても。
 願いは叶わない。望みは届かない。祈りは報われない。

 だから。

 瞳が金色になった少女は、槍を手にした。
 たった一人の家族を。かけがえのない友達を。大切な場所を。思い出を。平穏を。

 わたしが、大好きな、毎日を。

 もう二度と、なくさないために。






「――奈津希! 奈津希!! しっかりしろ!!」

 焦燥する戦友の声。真木綿 織部は我に返った。
 体を起こす。痛みは感じなかった。感じる余裕など、無かった。絶句する。
 光。一条の光だ。気を失う直前、織部の脳裏へ最後に焼きついた景色が蘇る。

 街は、大きく抉られていた。

 放置されていた車両は影も形も無い。
 信号機、街灯、街路樹。それらがどこにあったのかさえわからなくなっていた。
 凹んだ地表にあったはずのアスファルトは完全に吹き飛び、土色が剥き出しになっている。

 巨大な亀は、何事も無かったかのように歩いていた。
 足元の全てを踏み潰しながら、一歩ずつこちらへ近づいてくる。
 周囲に低級サーバントの群れ。ヤタガラス、燈狼、骸骨兵士。
 先ほどまで姿の見えなかった軍勢は、先制攻撃の後に一斉に出現していた。

「……あ……あぁ……!」

 震える声が聞こえて、織部は振り返った。
 先行隊の最後尾。そこにいた高葉 睦海は、幸いにも無傷だった。
 ヒリュウを抱き締め、座り込んでいる彼女の視線を追う。
 前方。起き上がる二つの人影。

「……野郎。派手にぶっ壊しやがって。タダじゃおかねえ」

 口に溜まった血を乱雑に吐き捨てて、円堂 希壱は大剣を肩に担ぐ。
 彼は、いつになく苛立っていた。それもそのはず、ここ山形市は希壱の故郷だ。
 そこへいきなり現れて、手当たり次第の破壊活動。許せる道理など微塵も無かった。

「迂闊でしたか……この借りは、必ずお返ししないといけませんね」

 傷だらけの小美玉 知沙が微笑む。その目は笑っていなかった。
 仲間の言葉を信じ、距離を詰めた結果がこれだ。
 彼女もまた、苛立っていた。仲間に対してではない。慢心があった自分自身に、怒りを覚えていた。

 阿修羅の希壱、鬼道忍軍の知沙、そしてナイトウォーカーの織部。
 三人とも直撃こそ免れたものの、強力な攻撃の余波で大きく体力を削られていた。

(――だが、まだ戦える!)

 織部は、希壱と知沙に視線を投げた。頷きが返ってくる。
 止めなければならない。これ以上、好き勝手はさせない。
 戦意を失っていない三人の耳に、再び悲鳴に似た声が届いた。

「奈津希! 目を開けてくれ! 奈津希っ!!」

 倒れ伏した少女。それを抱き起こす女性。
 笆 奈津希と、笆 奈央だった。


 奈津希は、同型のサーバントを討伐したことがあった。
 そのときの敵に遠距離の攻撃手段は無かった。彼女はその経験を元に、事態の早期解決を仲間に提案した。
 即ち速攻。敵脚部に攻撃を集中して動きを止め、首を断ち、討つ。

 その作戦が、裏目に出た。

 撃退士の姿を認めた巨大亀は歩みを止め、自身に近づく人影を見やった。
 長い首をもたげる。先頭を走る奈津希は違和感を覚えた。口元に収束する白い光。
 直感した。以前のサーバントとは違う。
 振り返って叫んだ。止まって、と。

 直後、少女は熱線に飲まれた。


 ――ごぽ。
 口の端から血が零れた。
 奈津希は、うっすらと目を開ける。

「奈津希……!」

 今にも泣きそうな姉の顔は、はっきりと見えていない。
 それでもわかった。声が震えていたから。

 な。 お。

 口がゆっくり動いて、声は出なかった。
 伝えなきゃ。もう一度、眠ってしまう前に。
 金の瞳は濁っている。濁った両目は、敵を見ていた。


 守って。
 誰かの、毎日を。


 折れた槍が、奈津希の手を離れて、消えた。 






 巨大な亀。その甲羅の上。
 朱い髪の天使が足元を見下ろしていた。撃退士が六人。

「バッカねえ、ホント♪」

 ひひひっ。
 女は腹を抱えて笑った。

 一年前に試作されたサーバントとそっくりな、リクガメ型。
 だがそれは外見の話だ。連中は中身まで一緒だと思い込み、突撃してきたのだ。
 まんまと大技の餌食になって狼狽える様は見物だった。ひっひっ。女はもう一度笑った。

「手間がかかると思ってたけど、これならそうでもなさそう?」

 風に髪を靡かせながら、天使・エゲリアは周囲を見やった。
 山形市。機会を窺い、少しずつ戦力を集め、ようやく実行段階まで辿り着いた。
 あとは暴れるだけ。撃退士を退けて、街を潰せばそれでおしまい。実に単純明快、わかりやすくて簡単な仕事。
 仕掛けたタイミングは完璧と言っていいだろう。仙台市とこちらで同時に騒ぎを起こせば、人類側は「南側に戦力を裂かざるを得なくなる」。
 そうなれば作戦通りだ。天界の支配地域が広がるのは、もはや時間の問題。

「さーてさてぇ。お待ちかねのパーティタイム、存分に楽しまないと。ねェ?」

 ひっひひひっ。
 始まったばかりの戦場のにおい。
 気分の高揚を感じて、エゲリアは、わらった。






 大剣が唸る。
 狼の亡骸が宙を舞った。
 肩で息をしながら、希壱は悪態を吐く。

「クソが……キリがねえ! このままじゃヤベえぞ!!」
「わかっている!!」

 苛立った声で答えながら、織部は骸骨の群れへ斬り込む。
 このままではまずい。それはわかっている。だが、手を休めるわけにはいかない。
 すでに四方は敵だらけ、退路は断たれたも同然。四人が奮戦を続ける。

「ああああああッ!!」

 手当たり次第に札を投げる睦海。恐怖、不安、迷い。それら全てを叫びと共に振り払う。
 その傍らにヒリュウの姿は無い。あの子はきっと、もうすぐ戻ってきてくれる。援軍と一緒に。
 呻き声が漏れて、知沙の動きが鈍った。左肩が矢に貫かれていた。希壱が叫ぶ。

「大丈夫か!」
「どうってことありません……!」

 歯を食いしばって矢を抜く。投げ捨てる。
 眩暈がした。それでも戦う。止まったら、終わる。
 織部が怒鳴った。

「奈央!! いつまでそうしているつもりだ!?」

 妹を抱いて泣きじゃくる姉。輪の中心。反応は無い。
 奈津希には、まだ息がある。奈央は軽傷。しかし戦意は皆無。
 動かない二人を連れて後退できる余裕は、先行隊には残されていなかった。


リプレイ本文

●救出作戦

「何だアレでっけぇ! ガ○ラか!? 怪獣か!? かっけええええ!! けどっ――」

 遥か前方、巨大な亀を視認した大狗 のとう(ja3056)が瞳を輝かせて叫ぶ。
 全力疾走からの急ブレーキ。手にした大剣を水平に薙ぐ。

「ぶっ潰すッ!!!」

 大喝。進路上に立ち塞がる骸骨兵を一閃。
 群がり始めたサーバントたちを纏めて叩き切る。
 今は雑魚を相手にしている場合ではない。のとうは前方を見やった。
 敵の層が厚い一角。あの場所が、最初の目標地点。

「やらせないよっ……正義の腐女子が、おたすけするのっ!」

 四足のUMAもといエルレーン・バルハザード(ja0889)が長巻を振るう。
 『変化の術』を使い、その独特な姿形となったエルレーン。
 カサカサと音がしそうな俊敏な動きで前進。こんなナリだが救援の要である。
 彼女を追走するサミュエル・クレマン(jb4042)が、盾から大剣へ持ち替えた。

「またあの天使……! 僕だって、いつまでも守られてばかりではありませんよっ!」

 先行隊まであと少し。近づく敵をとにかく切る。
 盾を構えて突っ切ることも考えたが、孤立しては意味が無い。
 体を軸に、刃が円を描く。その軌跡を飛び越えた燈狼を、イーファ(jb8014)の放った矢が貫いた。

「私の力が、少しでもお役に立つのならば……全力を尽くすまで」

 次の矢を手にしながら走る。狙いは迅速且つ確実な合流。
 戦闘域へ足を踏み入れたイーファを狙う燈狼が数頭。列を成し、地を蹴って迫る。
 それらの身体に黒い剣が突き刺さり、狼たちは標的に辿り着く前に動きを止めた。

「無駄に数を揃えたものだ。雑魚とはいえ油断は出来ないか」

 咲村 氷雅(jb0731)が呟いた。『魔剣楔』は有効。束縛したサーバントは無視して進む。
 次いで召喚するのは銀色の十字剣。『堕落の魔剣』に貫かれた骸骨兵の小隊は、揃って足取りが重くなる。
 足を止めずに上空を窺った。ヤタガラスからの攻撃は無い。こちら側にも空を往く戦力がいるからだろう。
 Viena・S・Tola(jb2720)とインレ(jb3056)の二人。
 遠当てで敵を牽制し、地上の味方を援護しながら、インレは思う。
 戦の定石とはいえ、嫌なタイミングだ。

「――だが、そんなことは関係ない」

 そこに助けを求める声があるならば。そこに尊き想いがあるならば。
 手を伸ばす理由としては、十分だ。

(この状況……)

 亀の甲羅の上。見覚えのある朱色を見つけて、ヴィエナは符を握る手に力を込めた。
 光が宿り、氷の刃が形成される。真っ直ぐ飛んだそれらは、歪んだ空へと突き刺さった。
 曇り空に擬態したまま、ヤタガラスが墜ちていく。無意識にそれを追った視線、その先に。

 小さな輪があった。人によって形成された、今にも潰えそうな輪が。

 地上が動く。
 落ち着きのないヒリュウが飛び出すのを遮って、紅 鬼姫(ja0444)が紅蓮を放った。
 『火遁・火蛇』。燃え盛る直線が伸び、サーバントたちの包囲が乱れる。

「――今だな。前に出る」
「了解。続くわ」

 神凪 宗(ja0435)、影野 明日香(jb3801)が突出した。
 針の穴に糸を通すように、火炎が通った細い道を往く。
 薄くなった包囲。宗が振るった槍によって、その輪に穴が開いた。

「おう! 遅かったじゃねえか!」

 穴を塞ごうと動く骸骨を両断した円堂 希壱が、すれ違う明日香に叫んだ。
 彼を一瞥した明日香は尚も駆け、包囲の中心――笆 奈央と笆 奈津希の傍まで辿り着いた。

(これは……)

 姉に抱かれている奈津希を見て、明日香は顔を顰めた。酷い状態だった。
 だが、息はある。『癒しの風』で傷口を塞いだ。

「援護する。止まるなよ」
「ああ、恩に着る!」

 大型ライフルに持ち替えた宗が、アウルの弾幕を張る。
 動きを止めた燈狼を、真木綿 織部の双剣が沈黙させた。

「睦海、またお逢い出来て嬉しいですの」
「紅さん、ヒリュウちゃん……!」

 高葉 睦海の前に鬼姫が割り込み、骸骨の剣を弾いた。
 同行していたヒリュウが主の胸に飛び込む。

「その子がちゃんと伝えてくれましたの。今度は共に戦えますの?」
「は、はいっ」

 ここで一人だけ逃げ出したら、必ず後悔することになる。
 今の睦海には、それがわかっていた。ヒリュウを還し、符を握る。

「纏めて治すわ! 固まりなさい!」

 明日香が叫ぶ。
 のとう、サミュエル、氷雅が合流し、先行隊メンバーと前衛を交代。
 これに鬼姫を加えた四人が接近する敵を押さえ、宗とイーファが射撃で、ヴィエナが頭上から援護する。
 動きが鈍い睦海の元へ、希壱、織部、そして小美玉 知沙が集まった。
 揃った瞬間を見計らい、明日香は惜しまず『癒しの風』を使い切る。
 四人とも完治こそしなかったが、十分戦闘は継続できる。散開。
 16人で形成された、先ほどよりも大きな輪。中心で四足のエルレーンが分身する。
 それをぼんやりと眺める奈央の頬を、明日香の平手が打った。

「しっかりしなさい! あなたは撃退士なのよ!」

 睨むような視線だけが返ってきた。『マインドケア』の効果は視認できない。
 幾らか効いたことを願いながら、明日香はエルレーンの背に奈津希を乗せた。

「知沙、撤退の援護を」
「承知しました。こちらはお任せします」

 背中を合わせた鬼姫と知沙が短く言葉を交わし、両者同時に前方へ跳ぶ。
 二人がいた場所へ剣を振り下ろす骸骨兵を睦海の符が焼いた。
 動かない奈央に背を向け、鬼姫は戦いながら声をかける。

「奈央? 姉である貴女が諦め、助かるかもしれない妹の命を奪いますの?」

 縁ある命だ。あの子の――睦海の姉のように、奪わせはしない。
 鬼姫の言葉にも奈央からの反応は無かった。前線ののとうが背後に叫ぶ。

「そのまま冷たくさせてぇなら泣いてろ! 失いたくないなら君が護るんだ!!」

 飛来した矢を弾く。のとうの正面、弓を持つ骸骨の一隊へ、氷雅の『魔剣流星』が襲いかかる。
 希壱が前に出て敵を引きつけ、のとうは自分たちが通ってきた場所を向く。
 サーバントによる包囲は再び完成されていた。そこを穿つ。『封砲』。

「立て!! その手で繋ぎ止めろ!!」
「……言われずともやるさ」

 のとうの叱責を受けて、ふらりと奈央が立つ。手には拳銃。視線は前方。
 その双眸に光は無い。怒りに満ちた戦意があった。

「生かす為に、走ってください」

 イーファの言葉に返事すらせず、動き出したエルレーンを追って奈央が駆け出す。
 並走する知沙も全力での移動。彼女たちを追うサーバント、その背後を弓が狙う。
 『回避射撃』。攻撃を加えようとする骸骨兵の腕を、イーファが放った矢が砕いた。
 さらに迫る燈狼を銃声が撃ち抜く。宗による援護射撃だ。

『四足歩行だからっ、はやいんだからっ!』

 開かれた道に突進するエルレーンの分身。それ目掛けて飛びかかった燈狼が、見えない何かに阻まれる。
 分身には、ヴィエナが『ドーマンセーマン』を施していた。
 サーバントの群れを飛び出した影分身は尚も走り、それに奈央が続く。
 やや遅れて混戦地帯を抜けた知沙は振り返って刀を抜いた。その傍にヴィエナが並ぶ。

「私が気を引きます。上空から援護を」
「わかりました……」

 『闇の翼』を再度使用。上昇するヴィエナを狙う骸骨兵を、知沙が弓ごと斬り捨てる。
 群れ単位で撤退班を追ってきた燈狼、その足元に魔法陣が浮かぶ。『炸裂陣』。
 爆発を耐え抜いた数頭は、刀と符によって殲滅された。

『┌(;┌ ^o^)┐ア、アトハタノンダー』

 効果時間の切れた影分身が消える間際、その背から奈津希を抱え上げる奈央。
 ひたすら走る。戦場を離脱するまで、彼女が振り返ることはなかった。


●最前線

 動かない大亀の甲羅の上で、あぐらをかいて座る赤毛の天使――エゲリア(jz0271)。
 戦場から離れる数名を視界に認め、女は舌打ちした。

「間に合わなかったかあ。ま、しょーがないわね」

 『シティ・クラッシャー』と名付けられたサーバントが吐き出す熱線攻撃。
 抜群の破壊力と長大な射程を誇る優秀な技だが、ただ一つ大きな欠点があった。
 多量のアウルを一気に放出する『白光』は、撃った後に長い硬直時間が発生するため、連続使用が出来ないのだ。
 それどころか、今の大亀は戦闘はおろか、移動すらままならなかった。護衛がいなければ、無防備なことこの上ない。

(まだ距離があるし、こっちに手が回る状況じゃ――ん?)

 欠伸を噛み殺したエゲリアは、ビルの壁面をのぼる白い塊に気がついた。
 サーバントではない。骸骨も狼も垂直の壁を走ることはできない。

「……あー」

 形容しがたい感情の籠もった声を漏らして、エゲリアは腰を上げた。
 死にかけの小娘を運んでいた物体だ。一体だけだと思っていたが、もう一体いたらしい。
 人類側はディアボロを手懐けたのか、生物兵器でも生み出したのか。
 まあ、あれの正体などどうでもいい。わざわざ向こうから来てくれるのだ。暇は潰れる。

 ――亀の甲羅を目指すエルレーンに対して、敵サーバントからの攻撃は少なかった。
 燈狼はビルを走る彼女をただ見上げ、弓を持つ骸骨兵は素早い動きについていくことができない。
 四足歩行の白い物体に変化したまま、ついに甲羅の上へと飛び移るエルレーン。

(天使が上に乗ってるなら……甲羅の上に、ビームは出さないはずっ!)

 他に味方はいない。だが、エゲリアの気を引ければ仲間たちは動きやすくなるだろう。
 手にした長巻の切っ先を、にやける赤毛の女に向ける。

「┌(┌ ^o^)m9 やいお前っ、技を盗むらしーねっ!」
「盗むだなんて人聞きの悪い。ちょっと参考にしてるだけよぉ」
「センスが無いから他人の技を盗むんでしょ! このパクリ女! パチモン天使っ!!」
「…………」

 いい笑顔(?)のまま挑発を続けるエルレーン。
 それに対抗するかのように、エゲリアも笑う。
 こういう輩は、とっとと消すのが一番だ。女は両手足に鋼を纏った。

「模技、伊段拾弐式ッ!!」

 一瞬で距離を詰めたエゲリア。その右腕によって、エルレーンの顔面に穴が開く。
 次の瞬間、その姿は一枚のジャケットに変わった。『空蝉』だ。
 舌打ちする天使。視界の隅で、白いナマモノが不思議な踊りを踊っている。

「やーいやーい! くやしかったらまねっこして、お前も┌(┌ ^o^)┐になっちゃえー!」
「………………」

 頭に超が付くほどウザい。絶対殺す。
 凄絶な笑みを浮かべて、エゲリアがエルレーンを睨む。
 もう一度接近。蹴り砕く。振り抜いた足にはジャケットだけが残った。
 エルレーンが何かを言う前に、目の前に朱色。爪がジャケットを裂く。
 エゲリアから距離を取りながら、エルレーンは逡巡した。これ以上『空蝉』は使えない。
 とはいえせっかくここまで来たのだ、痛手の一つくらいは与えたい。

「逃げ続けるだけじゃ、事態は好転しないもの……悪趣味なナマモノさんはどうするつもりなのかしらあ?」

 相次ぐ空振りに苛立ちを募らせる一方で、エゲリアの思考には冷静な部分が残っていた。
 挑発するためだけに突っ込んできたとは思えない。まだ何かがある、と天使は読んだ。
 言葉を返さないエルレーン。その身体が白銀に輝き始める。
 『┌(┌ ^o^)┐ぴあっしんぐ』と名付けられた技。四足の突撃は天使に見切られた。

 エゲリアの背後に、亀の首。エルレーンの狙いは初めからこちらだった。
 勢いはそのまま、長巻を突き立てる。浅い。ここから刃を振り抜けば――

「なるほどぉ。あたしのことは眼中に無かったってわけね」

 衝撃。血が舞う。赤く染まった「槍の穂先」が、エルレーンの目の前で光った。
 金の瞳に変化は無く、「黒い髪」が風に靡いた。槍を引き抜いて、女はくつくつと笑う。

「でもさあ? あたしに喧嘩を売っといて、タダで済むワケないでしょお?」

 ひっひひっ。
 耳障りな声は、先ほどとは別人のもの。
 だが、口調は「天使」のままだった。


●歪む包囲

 投擲された符が爆ぜる。燈狼は、亡骸を残すことなく消えた。
 幻影。徒労に終わった緊張感が薄れ、隙の出来た睦海に歪んだ空が迫る。
 カバーに入った鬼姫が二刀の片割れで切り払った。ヤタガラスが地に転がる。

「睦海、無事ですの?」
「大丈夫です……すみません、足を引っ張っちゃって」

 申し訳なさそうに唇を噛む睦海。その肩に軽く触れることで、気にするなと鬼姫は伝えた。
 睦海の動きは、お世辞にも良いとは言えない。戦闘慣れしていないのだろう。加えて疲労が蓄積している。
 敵のサーバントたちもそれに気づいているのか、彼女に攻撃を集中させていた。
 矢の射線に盾を持った明日香が割り込む。放たれた数本を叩き落とし、苛立った様子で呟く。

「これだけ暴れているのに全然減らないわね……!」

 接敵してから今まで、撃退士たちは善戦している。
 数に対して質をぶつけることで、劣勢を盛り返しつつある。
 それでも敵が減っているようには見えなかった。いくら倒せどどこからともなく湧いてくる。
 織部が後退する。代わりにサミュエルが前進し、骸骨相手に大剣を振り回す。
 敵を早急に排除することは、結果として味方を守る事になるはずだ。

「回復します。気休めですが」
「十分だ。感謝する」

 イーファが『応急手当』で織部の傷を癒した。
 二人の隙を狙うサーバントへ向けて、宗が銃弾をばら撒く。
 小休止を終えた織部は、宗と言葉を交わしながら戦う。

「あの赤毛、わかるか?」
「ああ。幾度となく東北を荒らしている奴だな」

 宗がエゲリアと戦ったのは、織部が重傷を負わされた際の一度だけ。
 その後の戦闘に関して、宗は情報を持っていない。視線を合わせることなく銃撃を続ける。

「頼りにさせてもらうぞ。真木綿」
「それはこちらのセリフだ、神凪。どちらにせよ――」

 まず倒すべきは天使ではない。
 宗も織部も、二人だけでなく共に戦う者たち全員がそう思っていた。
 群がる骸骨を一閃し、背後ののとうへと声をかける希壱。

「ったく、うざってえ! 姉ちゃん、疲れてねえか?」
「あったり前だ! まだまだ行けるぜ!」
「オーケイその意気だ、ここらでちょいと突っ込むぞ!」
「おう! 俺も遠距離からチマチマやられるのにうんざりしてたとこだっ!」

 大剣持ちの二人が突進し、燈狼を蹴散らす。
 奥に居た骸骨兵が放った矢をかわし、構えた弓ごと叩き潰す。
 数名が突出して亀に向かっているが、主戦場の戦況は膠着しつつあった。
 現状を打破すべく、のとうが動く。方向は先ほどとは真逆。
 視線の先に亀。最優先の撃破目標は、あのデカブツだ。

「くらいやがれぇっ!!!」

 大剣に纏われた濃密なアウル。黒く染まったそれが敵陣を切り裂く。二度目の『封砲』。
 開かれた道にサミュエルが突入した。織部が続き、のとうと希壱も後を追う。
 銃から槍に持ち替えた宗は、敵を排除しながら近場のビルを目指して前進。
 笆姉妹の撤退を援護していた知沙とヴィエナが合流し、息の乱れた知沙へイーファが『応急手当』を施す。

(――あの人がいない……? 前に出たのですね……)

 近場にその姿が見えず、ヴィエナは前進したメンバーのさらに先を見やった。
 空中。隻腕の悪魔は、突進してきたヤタガラスを打ち落としている。
 安心と不安の混ざった感情を小さな溜息にして吐き出す。

「あの動き……! 皆さん、亀が動きます!!」

 首をもたげる巨大サーバント。異変に気づいたイーファが声を張った。


●対大型天魔

 間に合わない。
 亀から十数メートルの地点。『幻衣』で潜行する氷雅は、そう判断した。
 射撃武器を使えば亀への攻撃は届くだろうが、肝心の口元は微妙に射程から外れる。
 何より、攻撃した結果、敵に位置を知られてしまえば身動きが取れなくなる。
 敵の群れの真っ只中である現在地から、射線の外まで移動するのが精一杯だ。
 甲羅の上に移動したエルレーンと、翼で飛びながら亀に接近しているインレ。
 対応できそうなのはこの二人だった。

(読みは外れたが……この判断は合っていたか)

 インレは、先行隊と自分たちが合流する瞬間を狙って『白光』が来ると想定していた。
 実際、そのタイミングでは亀は一切動きを見せなかった。
 数名の撃退士の接近を許した今、亀はようやく攻撃動作に移ろうとしている。

 失われた力――『千の敵を鏖殺する王』を顕現。接近。
 首には届かない。分の悪い賭けになる。それでもやるしかない。
 後方で誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。振り返る余裕は無かった。

 収束する光。放たれる轟音。
 シティ・イーターの『白光』に合わせ、インレは渾身の一撃を放つ。

『塵殺する黒鋼の腕』。

 悪魔の右半身を食い破るように現れた幾多もの刃。
 ひしめくそれらが真正面から熱線とぶつかる。
 突き進もうとする白光を、黒き鋼が押し返す。

 黒は白からじりじりと押されたが、熱線の尾は狙いから逸らされ、ビルの一つを粉砕するに留まった。
 過大な負荷を受けたインレは、ふらふらと地上に落ちていく。
 落下点に群がるサーバントたち。それらを大剣で追い払いながら、サミュエルが『庇護の翼』を展開する。

「インレさん! 大丈夫ですか!?」
「……ああ。少し気が抜けただけだ」
「相変わらず無茶をする……! 恩人に死なれては困るな!」

 次いで合流した織部の言葉に、インレは小さく笑った。
 のとうと希壱の二人も合流し、五人で周囲の敵を減らす。

「ぶ、無事、みたいです!」

 前方の一団に混乱が無いことを確認した睦海が、安心した様子でそう言った。
 その言葉にイーファは胸を撫で下ろし、ヴィエナも心中で安堵する。
 それにしても。自身より背の低いイーファの顔を覗き込みながら、知沙が悪戯っぽく笑う。

「あんなに大きな声が出せるんですね。喉、大丈夫ですか?」
「あ、はい……す、すみませんっ」

 頬を染めるイーファを見て、ころころと笑いながら知沙は手を振る。
 謝る必要など無い。大切な人が窮地に陥れば、誰だってその名を叫びたくもなるだろう。
 笑顔のままでちらりとヴィエナを見やった。今の表情からは窺い知れないが、彼女もこの少女と同じだ。

「さて。私たちも前に出ましょうか」
「賛成ですの。まずはあの亀を黙らせますの」

 明日香が場の空気を引き締め、彼女の言葉に鬼姫が頷く。
 後方の六人が前進を開始した。敵のサーバントの密度が上がる。
 とはいえ、状況開始直後と比べれば、目に見えて敵陣の厚みは減っていた。

「出遅れたな……だが、あと一手というところまで来たか」

 『壁走り』でビルの屋上へと到達した宗は、2mを超える大型ライフルを再度具現させる。
 亀は動きを止めている。攻撃するには絶好の機会と言えた。
 前線のヴィエナ、インレが攻撃を加えている。あちらの狙いは首。
 宗が狙うのは頭。スコープを覗きながらアウルを込める。二連射。『闇遁・闇影陣』。
 亀の首が大きく仰け反り、遠目にも直撃したことがわかった。
 しかし宗の表情は晴れない。それどころか険しくなった。
 彼を脅威と認めたのか、ヤタガラスと思しき空の歪みが幾つもこちらへ向かってきている。

「気は引けたと思いたいが……!」

 近くに味方はいない。大型ライフルでは身動きが取れないと判断し、槍に持ち替える。
 宗の射撃が止まったことにより、今度は亀の近くに潜んでいた氷雅に好機が訪れた。

(連中の視線は味方に向いている……仕掛けるならここだ)

 甲羅の上にいるだろう天使にも借りを返したいところだが、亀を放置するのは危険すぎる。
 あの女のことだ、熱線を吐く以外にもサーバントに何か仕込んでいるかもしれない。
 使われる前に潰す必要があった。『陰影の翼』を顕現する。
 氷雅は亀の真横から腹の下へと飛び込んだ。サーバントは追ってこない。
 そのまま亀の前方――首を目指す。飛び出すタイミングは味方の攻撃が止んだ瞬間。今だ。

 『黒死蝶』。
 冥魔へ大きく傾いた力を、無数の黒い蝶へと託す。
 蝶がとまった亀の首が、みるみるうちに黒色へ変化していく。
 天を蝕む蝶たちは、恐るべき速度で巨大な亀の首を絶ち切った。


●金眼が舞う

 太い首が地を揺らし、亀の巨体は動きを止めた。
 やった。昂揚感に任せて叫ぼうとした、のとうの目の前。

 どさり。

「――!! おい、大丈夫か!?」

 変化が解けたエルレーンが、空から降ってきた。
 駆け寄って安否を問う。返事は無い。真っ赤だった。

「のとう、危ねえぞ!!」

 動揺するのとうの前に希壱が出た。
 投げつけられた槍が大剣を掻い潜り、脇腹を抉る。
 呻いて膝を折る希壱の前に、小柄な人影が現れた。

「ありゃりゃ、トドメは刺せなかったかあ〜。ま、いいけどぉ?」

 くすくすと笑う声。
 その主を見たのとうは息を呑んだ。

 笆 奈津希。
 先ほど逃がしたはずの瀕死の少女が、返り血で染まった笑みを浮かべていた。
 それが意味するところはひとつ。この奈津希は『ニセモノ』だ。

「っ、てめえ……! ぜってぇ許さねえッ!!!」

 大剣を構えて切りかかる。回避。斬る。回避。
 奈津希はへらへらと笑いながら避け続けた。反撃は無い。
 動きを止めるのとう。ほう、と相手は感嘆の声を漏らした。

「こっちの狙いに気づいたの? 意外と察しがいいのねえ」

 敵は、のとうを希壱やエルレーンから離そうとしていた。
 重傷の二人を囲むように味方が、そしてサーバントたちが集まる。
 ここにきて敵の動きは今まで以上に統率されていた。奈津希が――エゲリアが指示を出しているのか。

「じゃ、反撃開始といきましょう♪」

 イーファが放った矢をかわすついでといった体で、天使が前進した。
 インレの遠当て、ヴィエナの魔法も曲芸のような動きで回避。のとうの眼前に迫る。

「なめんじゃねえッ!!」

 一閃。のとうの大剣は、たしかにエゲリアを切り裂いた。
 しかし手応えは無い。話に聞いていた幻影か。

 吐息を感じた。金の眼がわらう。


「模技。――呂段拾肆式ッ!!」


 螺旋を纏った貫手。
 咄嗟に大剣で身を守ったのとうは、衝撃に耐えきれず後方へ吹き飛ばされた。
 転がった先ですぐに身を起こす。
 これ以上、欠けさせるな。失くさせるな。命の炎を燃やせ。
 護りたいと戦う者を嘲笑い、その姿を模した奴に沈められてたまるか。

「まだまだ倒れねぇ……! 俺は!! 負けねぇッ!!」

 『剣魂』で傷を癒し、己を鼓舞したのとうが再びエゲリアに打ちかかる。
 天使は大きく飛び退いた。大剣が地を穿つ。
 くそっ。悪態を吐くのとうに燈狼が殺到し、骸骨が群がる。
 囲まれかけた彼女の前に、小柄な人影が躍り出た。サミュエルだ。

「今は負傷者の護衛を! 天使は他の皆さんに任せてください!」
「お、おう! 二人は大丈夫なのか!?」
「ひとまず死んではいません。余裕がある状態とも言えませんが」

 のとうの質問に答えながら、笑顔の無い知沙が骸骨を両断した。
 肩で息をしながら戦う睦海。それを庇うように立ち回りながら、明日香が指示を出す。

「知沙! 睦海と一緒に二人を抱えて戦場を離脱しなさい!」

 先行隊のメンバーは限界だ。負傷者と共に退かせた方が良いだろう。
 そう判断した明日香の意を汲み、知沙が答える。

「承知しました。イーファさん、援護をお願いします」
「はい。露払いはお任せください」
「道は俺が作るぜ! 後は頼んだ!!」

 睦海が慌ててエルレーンを背負い、知沙は希壱を肩に担ぐ。
 撤収の準備が整ったタイミングで、のとうが最後の『封砲』を撃つ。
 駆け出す二人を追うサーバントにイーファが矢を放つ。
 知沙たちの前に立ち塞がった骸骨は、白銀の槍で貫かれた。

「振り返らずに走れ。敵はここで食い止める」

 すれ違い様に宗から掛けられた言葉に、知沙は頷きを返した。

 のとうが下がった直後、エゲリアの視界に靄がかかった。
 舌打ちとともにさらに後退。鬼姫の『目隠』は未遂に終わる。

「あら、鬼姫ちゃんじゃなあい♪ また会いにきてくれたのねぇ?」

 エゲリアからかけられた言葉に、鬼姫は攻撃を返した。
 ワイヤーが天使を狙う。女の頬に朱が走った。

「鬼姫、貴女が大好きですの……だから、殺してさしあげますの」

 足元でアウルが爆ぜた。『迅雷』。
 エゲリアが盗んだその技は、当時よりもさらに洗練されていた。
 懐に飛び込む。二刀が天使の急所を狙った。手応えは浅い。そのまま駆け抜ける。
 鬼姫を追って「模技」の体勢に入ったエゲリアの視界を、蒼い蝶が横切った。
 視界が歪む。馬鹿な、と金眼は呟いた。

「認識障害……あたしが!?」

 状態異常を付加する技能には自信があった。同時に、それに対する手段も心得ていた。
 この手の戦法で人間相手に後れを取る日が来るなんて、エゲリアは夢にも思っていなかった。
 狼狽える天使を狙うのは氷雅。油断はしない。確実に仕留める。

 『神殺しの魔剣』。
 弓を具現し、剣を矢のようにつがえた。放つ。
 敵意を察したエゲリアは、身を捩って直撃を避けた。魔剣が薄く肉を裂く。

「ぐ、うっ……!」

 呻いた。込められた冥魔の力は、亀の首を数瞬で食い破った黒い蝶を凌駕する。
 浅い傷だが大きく生命力を削がれた。視界はまだ正常に戻らない。エゲリアは焦った。
 さらにヴィエナの『灰之章』が――榛の枝が天使に襲いかかる。
 たまらずエゲリアはさらに下がった。身体が炎に包まれる。黒髪は赤毛に戻った。

「お前の技……模技、だったか。そんな贋作で僕らを倒せると思うか?」
「うるさい!!」

 インレの挑発に、エゲリアは簡単に乗った。頭に血が上っているのだろう。
 突っ込む天使は悪魔の構えを見知っていた。自身が模した技だ、見紛うはずもない。
 先手を打った方が勝つ。瞬時にそう判断したエゲリアは、迷わず右腕にアウルを纏わせた。

「模技!! 呂段拾肆式ッ!!!」

 貫手がインレを貫いた。天使は思い出す。
 最初に拳を交えたあのときも、そうだった。――この男は、わざと攻撃を受けたのだ。
 抜こうとした腕は、びくともしない。ゆっくりと景色が流れた。

 膝を落とす。腰を落とす。胴を落とし、肩を落とした。
 エゲリアに腹を貫かれたまま、インレは『本物』を叩き込む。

 『絶招・禍砕』。

 鋼と化した躰が、逃げられない天使を突き飛ばした。
 その衝撃で腕が抜け、エゲリアは後方に吹っ飛ぶ。
 インレは無表情に立っていた。『燃えゆく我が心』が、彼を立たせていた。
 一方のエゲリアは咽ながら立ち上がる。額が割れ、血が流れていた。口の端の血を拭った。

「――あはっ」

 天使は笑った。

「ったく……ウザいのよ。どいつもこいつもあたしの邪魔ばっかりしやがってッ!!!」

 全身が炎に包まれた。赤く燃える中で、金の眼が光っている。
 獣のように飛びかかった。振るわれた脚をインレは左腕で受けた。
 衝撃。押し合う。痛覚を遮断していなければ、退いていたかもしれない。それほどの気迫。

「まだやるか……!」

 氷雅が再び『魔剣』を構える。放つ。天使は、悪魔を蹴飛ばして飛び退いた。
 舌打ち。着地点を見やる。すでにこちらへ向かってきていた。

「あんたの技も覚えたわよ。言ったでしょうが。いつまでも同じ手が通用するわけないってさあ!?」

 炎が剣を形作る。叫ぶ。

「呂之拾壱ッ!!」

 弓から放たれた矢ではなかった。さながら槍投げだ。
 直撃こそ避けたものの、衝撃が大きすぎる。氷雅は戦闘不能に陥った。

(いつもの小細工とは違いますの……エゲリアは、焦っていますの?)

 鬼姫が前に出る。黄金の双眸が彼女を見た。
 武器を構える。炎が爆ぜた。
 目の前に、敵がいた。

「とったアァ!! 伊之拾弐ィッ!!」

 轟音。鬼姫にダメージは通らなかった。
 盾を構えた明日香が、両者の間に割って入ったのだ。

「あっぶないわねえ……少し痛かったじゃない」

 言いながら、明日香は自身に『ライトヒール』を施す。
 『シールド』が上手く機能した。そこまで大きなダメージではない。

「かかって来なさいよ、三下」

 明日香の挑発に、力任せの一撃が返ってくる。防御。
 貫けないと悟った天使が退く。加勢しにきた宗が仕掛けた。刀の一閃が避けられる。

「あの時の天使か。ここで倒れてくれると助かるんだがな」
「こんなとこで死んでらんないのよ……! あんたらなんかにッ!!」

 炎を纏った腕が宗をとらえた。ジャケットが燃える。
 刀身に『闇遁』を乗せた。天使を挟んで向かい側に織部。タイミングは悪くない。

「今日ここで……貴様への借りは返すッ!!」

 織部が叫んで気を引いた。
 その隙に、闇を纏った刀が紅蓮を裂く。もう一閃。

「ああアアあアァッ!! ふざけるなあアぁッ!!!」
「……! 駄目だ、止まれ!!」

 エゲリアが吼えた。インレが叫ぶ。両者の声を無視して、織部は双剣を振るった。
 相手の傷は深い。今なら仕留められる、この天使を。あの子の仇が討てる――



 鮮血が舞った。



 あ。

 声が漏れた気がした。音は聞こえなかった。
 世界は横を向いていて――自分の体が、向こう側に倒れているのが見えた。







 ――山形市に突如現れた、天使・エゲリア率いるサーバントの一団。
 主に大型サーバント『シティ・クラッシャー』によって、市街の建物に甚大な被害が出た。
 熱線攻撃によって市民に死傷者が出た他、かの一団と交戦した撃退士も無傷では済まなかった。

 駆け付けた久遠ヶ原学園生により、大型サーバントは討伐された。
 随伴していた小型サーバントの群れも完全に駆逐されており、今の市街にその姿は無い。
 指揮を執っていた天使については、重傷を負わせたものの、逃亡を許している。

 最後に、撃退士側の主な被害を以下に列挙する。

 エルレーン・バルハザード、円堂 希壱、咲村 氷雅。
 上記三名が重傷。

 インレ、笆 奈津希。
 上記二名が重体。

 真木綿 織部。
 上記一名が死亡。

 以上で報告を終了する。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 凍気を砕きし嚮後の先駆者・神凪 宗(ja0435)
 ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 新たなるエリュシオンへ・咲村 氷雅(jb0731)
 断魂に潰えぬ心・インレ(jb3056)
重体: 断魂に潰えぬ心・インレ(jb3056)
   <カウンターを狙って天使の攻撃を受けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:8人

凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
暗殺の姫・
紅 鬼姫(ja0444)

大学部4年3組 女 鬼道忍軍
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
新たなるエリュシオンへ・
咲村 氷雅(jb0731)

卒業 男 ナイトウォーカー
守るべき明日の為に・
Viena・S・Tola(jb2720)

大学部5年16組 女 陰陽師
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
イケメンお姉さん・
影野 明日香(jb3801)

卒業 女 ディバインナイト
守護の覚悟・
サミュエル・クレマン(jb4042)

大学部1年33組 男 ディバインナイト
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター