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マスター:猫野 額
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/03/01


みんなの思い出



オープニング

●のどかな曇天


 まったく面倒な話になった。
 今日何度目かもわからない溜息を吐いて、俺はハンドルを軽く小突いた。

 男鹿市の中心街にある自宅をあとにして、俺は国道沿いに北上していた。
 男鹿半島のくびれを縦断し、少しばかりお別れしていた日本海と再会を果たしたのが数分前。
 目的地の青森まではまだまだかかる。昼飯は道中で済ませることにして、さっさと出発すべきだったか。
 何にせよ、今となっては後の祭りだ。適度に休みつつ運転を続けるしかない。

 いつもなら口ずさむ、カーステレオから流れる曲。
 しかしまあ、鼻歌を歌うような気分でもないわけで。

 青森の実家には正月に帰省したってのに、また両親と顔を合わせにゃならんのかと思うと気が滅入る。
 まあ、その両親の言葉に従って、こうして素直に避難する俺も俺だが。
 南から天魔が来ている現状、秋田を離れるのは俺だけではない。
 我先にとまではいかないにしろ、毎日誰かが男鹿を出ているのは間違いない。
 誰だって命は惜しいよな。まあ、仕事して金を稼がないといずれにせよって話だが。
 そのへんは青森に行ってから考えよう。まだ会社をクビになったわけじゃない。

 ぼんやりと現状を憂いつつ、車通りの少ない101号線を行く。
 午前に降っていた雪は止んでいるが、除雪された路面はカッチカチだ。気を抜くとツルっといってしまう。
 そんなに速度を出すわけにはいかなかった。とはいえ、急ぎの旅でもない。
 冬の海を視界の端で楽しみながら、のんびりドライブといきますか――


 そんな俺ののんきな考えは、目を疑うような光景で吹き飛ばされた。


 遠目に見たときは、「あー。誰かがやっちまってるなあ」と思っただけだった。
 これだけ通行量が少ない道なら、スピードを出したくなる気持ちもわかる、と。
 しかし、現場に近づくにつれて違和感が出てきた。思わずアクセルが緩む。
 しまいには、俺は車を路上に止めた。どうにも、目の前の状況が信じられない。

 車がひっくり返っていた。

 それだけなら、まあ、まだ「スリップ事故」で片づけられる。
 だが、俺はそうは思えなかった。

 スクラップになっている車は、一台だけじゃない。
 三台。そのどれもが大破している。

 倒木が直撃したかのような凹み。
 大きくひしゃげたフロント部分。
 周囲に散乱している車体の破片。
 勝手に現場検証をした俺は、最後に手近な車の運転席を見た。
 空を仰ぐ。潮風には、変な臭いが混ざっていた。

 ああ、こりゃあ、事故じゃねえな。

 どこか夢を見ているかのような、つくられた物語の中に来てしまったような、そんな感じだった。
 半ば放心していた俺は、背後から響いた破砕音で我に返る。

 ほーらな。やっぱりそうだ。
 実物を見るのは初めてだが、これなら見間違えようもない。
 頭は猿だが手足は虎だ。尻尾代わりに蛇がくっついている。
 今まで生きてきて、こんな生き物は見たことも聞いたこともない。つまり、アレだ。


 化け物。
 天魔。
 そいつは、さっきまで俺が乗っていた愛車をぶっ壊していた。


 いやいや、ほんと、止まって降りてよかったわ。
 震える手でスマートフォンを取り出して、俺は電話をかけた。
 なんだこれ。なんだよこれ。夢だったら良かったのに、寒いし、くさいし、絶対現実だろ。
 久遠ヶ原を名乗る電話口に向かって、俺は掠れた声で笑った。

「なあ、おい。助けてくれよ。俺、殺されるっぽいんだが」



リプレイ本文



 ――静かだった。

 召喚した『翼の司』、その背に乗る白蛇(jb0889)は唇を噛んだ。
 煙を上げる車両。ガソリンと血のにおい。
 携帯電話は、踏み砕かれていた。

 現場に最も速く到着した白蛇だったが、そこにサーバントの姿は無かった。
 通報者は死亡していた。凍結した路面が赤く染まっている。
 間に合わなかった。その無念を堪え、後続の味方へ状況を知らせる。

「現場に敵影は無し。どこかに潜んでおるようじゃな。生存者は……」

 いない、という言葉を発する直前、白蛇の耳が声を拾った。
 泣き声。視線が巡る。大破した乗用車のうち一台は、後部座席が潰れていなかった。

「――生存者あり! 手筈通り救出して後退するのじゃ!」

 了解の返事を待たずに、白蛇は召喚獣の背を降りた。
 凍った路面に足を取られ、バランスを崩しかける。短い距離を走った。車の扉に手をかける。
 司の嘶きに視線を上げた。黄金の瞳が異形を睨んでいた。
 車両後方から向かってくるサーバントの突進を、白蛇の召喚獣が真正面から受け止める。
 白蛇は、扉から手を離した。盾を手にする。通話状態を切らなかったのは正解だった。

「敵が二頭! おぬしらの到着まで、わしと司で抑え込む! 急げ!!」






 バハムートテイマーが使役する召喚獣は、術者と生命力を共有している。
 織宮 歌乃(jb5789)が合流した時点で、白蛇の消耗は相当に大きかった。
 召喚獣と術者、その双方が身を盾にして攻撃を凌いだためである。

 サーバントの豪撃を盾で受け止める白蛇。そのヌエを挟撃する位置に歌乃は居た。
 蛇の尾が吐く毒を浴びながらも、歌乃は刃を振り抜く。
 『緋獅子・爪牙斬』。研ぎ澄まされた剣気の塊が、ヌエの尻尾を斬り落とす。
 痛みに吠え、ヌエは白蛇から離れた。浴びた毒のダメージに表情を歪めながら、歌乃は刀を握り直す。

「織宮殿!」

 白蛇が叫んだ。歌乃の背後にもう一頭。三体目。
 振り返る少女目掛けて振り下ろされる腕を、雷刃が弾いた。
 護符を手にした八神 翼(jb6550)は、憎悪の視線を天魔に向ける。

「天魔どもめ。一匹残らず灰にしてやるわ……!」

 消し飛ばす。呟き、翼は再度護符にアウルを込めた。雷刃が形成される。
 翼に標的を変えたヌエの前方、割り込んだのはヤナギ・エリューナク(ja0006)。
 『土遁・土爆布』がサーバントの足を止めた。

「俺が相手をしてやるゼ。かかってきな」

 不敵に笑うヤナギの挑発に、ヌエは易々と引っかかった。
 再度標的を変更し、駆け出したヤナギを追う。シューズにつけたスパイクが氷を削った。
 ヤナギの持つ指輪から魔法炎が生み出され、追走するサーバントにダメージを蓄積させていく。
 車両前方のもう一頭を相手取る歌乃が動く。対峙する個体、ヤナギを追う個体。
 その両者が並ぶ刹那を狙い、歌乃は焔の符術を行使する。

「凍えるような場とて、私の願いは燃え盛ります」

 護りたい。その思いが届かず、この場で人が亡くなっている。
 冷たい墓場を生み出した天魔を、許す道理など在りはしない。

「天魔伏剣の炎威を以て――滅します」

 緋色の獅子が疾駆する。焔と交錯した二頭は、それぞれが怒りと痛みに吠えていた。



 一方で、白蛇は召喚獣と共に、最初に現れたヌエと相対していた。背後の泣き声は止まない。
 神を自称する白蛇にとって、人の子を護るのは当然の務め。
 たとえ己が傷だらけになろうとも、安易に退くような真似はしない。
 睨み合う。不意にサーバントが悲鳴を上げて後退した。
 その背に突き立つ数本の矢は、神林 智(ja0459)のクロスボウから放たれたものだ。

「落とし前はつけていって貰わないと、ですね」

 智はクロスボウから刀に持ち替えた。白蛇に代わり前衛を受け持つ。
 生存者が居たのは何よりだが、それはそれとして他の車も通報者も酷い状態だ。

「生きてる子はもちろんだけど、遺体だけでも連れ帰ってあげましょうかぁ」

 苦い表情を浮かべる智の後方で、Erie Schwagerin(ja9642)が呟いた。
 翼を使って凍った地表の影響から逃れつつ、Erieは白蛇に声をかける。

「こっちの相手は私たちがやっておくから、車の中の子、よろしくねぇ」
「承知した。離脱の際は援護をもらいたいのじゃが、良いか?」
「ま、必要だったらね」

 前方が潰れた車、その後方の扉をこじ開ける白蛇。生存していたのは幼い少女だった。
 容姿だけなら、白蛇と大差ない。おそらく歳は九つか十、といったところだろう。

「もう大丈夫じゃ。安心するがよい」

 柔らかな声音でそう告げて、白蛇は少女を車外へと導く。
 少女の動きはぎこちなく、今にもその場に座り込みそうだった。
 恐怖で身体が動かないのだろう。召喚獣の背へと少女を押し上げ、白蛇もその背に騎乗した。
 白蛇たちが後退することを察してか、ヌエの尻尾がそちらを睨む。

「させません!」

 身を盾にして毒液を防いだのは智だ。
 彼女目掛けて突進しようとするヌエの動きを、Erieの魔法が妨害する。

「そう焦らないでいいのにねぇ? 綺麗に潰してあげるわよ」

 槍状に形成された黒い炎は、標的を貫いて燃え盛る。
 『滅影』の効果で黒く変色した刀を手にし、智がヌエに斬りかかる。
 視界の端で、白蛇の召喚獣が飛翔を開始したことを認めた。

 あとはサーバントを討つだけだ。
 今のところは数の優位に立てている。
 ――あくまでも『今のところは』。

「そろそろ仕上げるゼ!」

 歌乃の符術を受けて尚、ヌエはヤナギを追い続けていた。明らかに動きが鈍っている。
 もう一頭も、歌乃と翼の攻撃を受けて消耗し切っている。
 決め時だ。そう判断したヤナギは、金属糸を具現させた。
 急停止。猛追するサーバントを正面に、ヤナギは糸を手繰る。
 ヤナギに腕を伸ばすヌエ。次の瞬間、その首が宙を舞い、駆ける勢いそのままの身体が力を失って氷上を転がった。

「一丁上がり、ってな。……まだ終わってねーケド」

 呟くヤナギの足元で、ヌエの遺体が形を変える。
 斬り飛ばされた首に猿の体が生え、四本の手足は虎の形を成し、胴体は狸に変化し、尻尾の蛇が動き始めた。
 小太刀二刀を手にしたヤナギに、追撃の手を緩める気はない。まずは蛇型、と振り返り、反射的にヤナギは飛び退いた。

 ――毒液が氷上で泡を立てた。

 虎が吠える。
 猿も狸も背を見せる気配は無い。

(どうなってんだ……逃げるんじゃねェのか?)

 舌打ちし、ヤナギは再度二刀を構える。
 過去の交戦記録には、ヌエは討伐されたのち分離し、逃走しようとしたと記してあった。
 だが、目の前の四頭に戦意の衰えは見えない。

「援護する! 雷帝虚空撃!!」

 一気に数的劣勢に追い込まれたヤナギの目の前。
 固まっていた四体目掛けて翼が雷撃を撃ち込んだ。
 直撃した猿と狸の二頭が息絶え、虎と蛇は魔法攻撃から逃れるように動く。
 追撃のための符を手にしつつ、翼がヤナギに声をかけた。

「敵の動きは関係ない。逃がさず全てを仕留めるだけだ」
「……ごもっともだな。一体ずつ確実に屠るゼ」

 ヤナギが蛇を追い始める一方で、歌乃が翼を呼んだ。

「八神様、頃合いです」
「わかった。合わせる!」

 『緋獅子・吸魂牙』で回復しながら敵の体力を削っていた歌乃。
 片手に符を持ったまま真紅の刀身を振るい、満身創痍のサーバントにとどめをさす。
 尻尾を失ったヌエは、斬られた蛇のみ蘇生されず、虎、狸、猿の三体に分離した。
 その瞬間を待っていた翼。彼女の背後に巨大な鎌を振りかぶる死神が現れる。

「逃がさないわよ。深淵の眠りにつきなさい!」

 『冥夜の誘い』。天魔への憎しみが形を成し、鎌の刃が敵を薙ぐ。
 タイミングを合わせて放たれた歌乃の『緋獅子・焔襲』が異形たちを燃やした。
 二重の範囲攻撃を耐え抜いたのは狸のみ。劣勢を悟ってか、最後の一頭は撃退士たちに背を向けた。

「鵺を滅したのは、伝承によれば弓でしたか」

 言いながら、歌乃は和弓に持ち替えた。
 つがえる矢は呪いの鮮血。『緋獅子・呪血』。
 翼の雷撃で逃走を妨害されていた狸型サーバントは、放たれた一矢に貫かれた。



 盾代わりにしていた車両が、毒液で溶ける音を聞きながら、智は物陰から躍り出た。
 直後、サーバントの体当たりを受けた車が吹き飛ぶ。ひしゃげた鋼は雪の壁に激突し、黒煙を上げ始めた。
 浴びた毒の痛みは和らぐ気配が無い。普段に比べ、智の動きは鈍かった。
 彼女に執心している様子のサーバント。その脇腹にErieの魔法が突き刺さり、今度はヌエの動きが鈍った。

「やっと効いてきたかしら」

 不敵に笑うErie。彼女が用いたのは状態異常をもたらす魔法である。
 今が好機と智が刀を振るう。黒を纏った一撃は、天界の魔物に致命傷を与えた。
 倒れる巨体は千切れて分かれ、四頭のサーバントへと姿を変える。
 言うまでもなく、相手が動き出すのを待ってやる必要など無かった。

「決めます!」

 智の得物が、今までとは質の異なる黒色を纏う。
 すべてを薙ぎ払う光の衝撃波。『封砲』がヌエの残骸に直撃した。
 断末魔が響く中、猿型が光を躱して智に襲いかかった。牙の一撃を回避する。

「暴れ過ぎよ。いい加減静かにしたらぁ?」

 Erieが放った針状のアウルが猿型サーバントの身体を氷上に縫いつけた。
 なおも吠える顔面を、漆黒の杭が貫く。

「あとは……!」

 荒い呼吸をしながら戦況を確認する智。
 出現したヌエは三頭。一頭は今し方片づけた。もう一頭は歌乃と翼が仕留めたようだ。
 残っているのは、分離後の蛇型と虎型。

「結局逃げるんじゃねーか」

 戦意を失ったらしい蛇型は逃走していた。ヤナギが追う。
 その側方から虎型が迫っていることに、彼は気づいていなかった。

「これ以上の勝手は許さん!」

 虎の突進を止めたのは、救助者を退避させて戻ってきた白蛇だった。
 彼女の召喚獣が真空波を繰り出し注意を引く。
 その間に、蛇型サーバントにはヤナギの二刀が突き立てられた。
 召喚獣の背に乗る白蛇目掛けて、虎型が腕を振るう。爪の一撃は盾に防がれた。
 至近距離で再度放たれた真空波によって、サーバントは白蛇たちから離れる。

「終わりにしようゼ」

 一呼吸の隙に、ヤナギが割り込んだ。
 虎型の眉間に刃が突き刺さる。痛みに暴れながら繰り出される反撃を後退して躱す。
 アウルの土塊が降り注ぎ、最後の一頭は沈黙した。






 静けさを取り戻した海岸沿いの国道に、ベースの音が響いていた。
 鎮魂歌を奏でていたのはヤナギである。弾き終えた彼は煙草に火をつけた。

(逃避行のハズが天魔に襲われる……か)

 亡くなった人たちの無念を想うと、遣る瀬無い気持ちになった。
 彼らを殺めたサーバントを討伐した。それだけで気分が晴れれば、どれほど楽だろうか。

「……青森では頑張ったんですけどね」

 珍しく、心なしか疲れた表情を浮かべて、智は呟いた。
 壊れた携帯電話。それを前に意識して笑顔をつくり、あなたのおかげです、と小さく告げる。
 彼が通報してくれたおかげで、一人を救うことができた。一人は、救うことができた。
 拾い切れないものがたくさんある。わかっているつもりだが、それでもやりきれない。

「学園への簡単な報告は済ませておいたわ。あとのことは任せましょ」
「……ええ」

 Erieの言葉に頷きながら、歌乃はもう一度あたりを見回した。
 車両を調べていた翼と目が合う。首を横に振る翼に、歌乃は目を伏せた。

「織宮殿。そう気を落とされるな」

 白蛇の声に顔を上げる。笑顔には、無念が滲んでいた。

「敵は倒した。生きておった者を救った。わしらは、やれるだけのことをやったのじゃ。胸を張って帰るべきだと思わぬかの」

 歌乃は、頷きを返した。言葉は無かった。


 東北の地に、未だ平穏は訪れない。
 それでも、人の心は、祈りは、屈していない。
 様々な思いを胸に抱きながら、六人の撃退士と一人の生存者は去った。

 鋼鉄の墓場は、静寂に包まれた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 異形滅する救いの手・神林 智(ja0459)
 慈し見守る白き母・白蛇(jb0889)
重体: −
面白かった!:4人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
異形滅する救いの手・
神林 智(ja0459)

大学部2年1組 女 ルインズブレイド
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
迅雷纏いし怨恨・
八神 翼(jb6550)

大学部5年1組 女 ナイトウォーカー