●かかしではありません
青い稲穂が広がる大地。
十字に走るアスファルトの上、風景を眺めるサーバントが四体。
鍛え抜かれた両脚。
つぶらな瞳。
そして、風になびくたてがみとフンドシ。
「……へんてこで悪趣味なサーバントですね」
怪訝な顔で、楊 玲花(
ja0249)は率直な感想を述べた。尤もな意見である。
そんな玲花の隣には、猫が居た。
黒い毛並の猫だった。二本足で立っているが、見た目は完全に猫そのもの。
「お馬さん……普通は逆じゃないのですか!? なぜ頭が馬なのです!!
ケンタウロスと聞いたので期待しましたのにー!」
黒猫――カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、そう言って地団駄を踏んだ。心なしか涙目である。
どうやらカーディスは、ケンタウロスが見られることを楽しみにしていたようだ。
目の前にいるのは、先ほど述べた容姿の馬人間である。
涙目になるのもわかる気がする。
そんなカーディスを横目に、もう一人の少女――いや、「少女に扮した少年」が不満気な表情を浮かべていた。
気を取り直して、ぽつりと呟く。
「まあ、このような事で得られるなら苦労は無いか……」
どうやら、アストリット・クラフト(
jb2537)が求めるものを、ケンタウロスモドキたちは持ち合わせていないようである。
とはいえ、仕事を受けてしまった以上、途中で投げ出すのはよろしくない。
不機嫌な笑みを妖艶なものに変え、アストリットは玲花を見やった。
「さて……どうする?」
「無論、倒します。あんな身なりですが、サーバントには違いありませんし、困っている方々もいらっしゃいますから」
ここに来る前の準備として、撃退士たちは現場周辺の農家を数軒訪れていた。
特に近隣の水田の所有者は、かの馬頭から蹴られてケガをしたらしく、討伐を切望されている。
「まずは田畑から引き離すことを考えましょう」
「そうですね。農家の皆様の邪魔をする天魔は、すぐに殲滅するのです!」
玲花の提案に、カーディスが鼻息荒く答えた。
事前に作戦の打ち合わせは済ませてある。あとは、うまく事を運ぶだけだ。
●四者四様
「――そら、“鬼さん此方、手のなる方へ”と言うヤツだ」
歓迎するよ、人馬共。
言葉の通りに手を叩き、ふらふらと宙で揺れるアストリット。
空を舞う彼に届く攻撃手段を、半人半馬は持っていない。
それでも彼の挙動はケンタウロスモドキの注意を引き、馬の部分がそれぞれ茶色と白の二頭を誘引することに成功していた。
さて、アストリットが飛ぶ先は、作付けが行われていない一帯である。
すなわち休耕田。もちろん荒らしすぎてはまずいが、ここで戦えば農作物への被害は抑えられる。
その休耕田に立ち、首を長くして敵の到来を待っていたのは、赤い瞳に白い髪の女性である。
「やべぇ、聞いた通りの姿じゃん! 食べたらすぐ消化できる……ぶふぅっ!」
卯左見 栢(
jb2408)は吹き出した。コミカルな敵の姿がツボにハマったらしい。
笑いを堪えようと頑張っているが、耐えきれていない。
「半人半馬、という点では、ちゃんとケンタウロスと言えるね」
ふむ。栢の隣で腕を組むのは鴉乃宮 歌音(
ja0427)。
アメリカの西部劇に登場できそうな服装である。本人曰く、今日のテーマは『カウガールガンマン』だそうだ。
ちなみに歌音は、れっきとした男性である。
本家ケンタウロスとこのサーバントは、いわば人魚と半魚人の関係だ、とドクタークロウは考える。
これをつくった天魔は疑問に思ったのだろう。
人間と馬をかけ合わせて人馬を作ったとして、残りのパーツはどこへ行くのか?
その結果生まれたのがケンタウロスモドキではないだろうか。いささかそのままに拘りすぎた感じはするが。
発想は間違っていない。馬頭鬼のような姿に似せれば、出来は良くなるはずである。見た目的な意味で。
サーバントが作られる過程を想像する歌音の隣では、同様に真面目な顔の高橋 野々鳥(
jb5742)。
「まさか……人間のものと同じ……?」
野々鳥が凝視しているのは、ひらひら揺れるフンドシである。
彼にしては珍しく真剣な表情なのだが、想像しているものはお察しである。
下半身が人間ということは、フンドシの下もつまり……。
「っとと、今はそれどころじゃないよね」
こちらに向かってくるアレは紛れもなく敵である。
あの心優しそうな目で、彼らは稲穂の成長を見守っていただけかもしれない。
しかし農家の方々が迷惑を被っているのはいただけない。
野々鳥的には少々残念だが、人間界から退場してもらわなければ。
「さあ、宴をはじめようか」
アストリットが呟いた。野々鳥の姿が闇にかき消える。
「今、行くよ。アタシの白馬のふんどし様! ……ぶ、くくっ! あっはははっ!!」
相変わらずの栢の言葉が聞こえたのか、白い馬頭が標的を変える。
放たれた鋭い蹴りは、とうとう大爆笑しはじめた栢にふらりと避けられた。
着地の瞬間、銃声が響く。白頭の足元で土が跳ねた。
「外したか」
二丁拳銃を手にした歌音が呟く。
ゲラゲラ笑いながら栢が鉤爪を振り回すが、狙いが定まらず当たらない。
「あーダメだこれっ! やべぇ腹が痛い……!」
真面目に戦ってください。
無駄に洗練された無駄に鋭い蹴り技と、酔拳か何かのような動きの鉤爪の応酬。
両者共に攻撃が当たらない。真面目に戦ってください。(大事なことなので2回言いました)
このままでは埒が明かないと感じたか、白頭が栢から離れ、銃口を向ける歌音に向かう。
なるほど足は速いようだが、と歌音は口角を上げた。
「速いだけじゃダメ。テクがないとね」
幻想早撃『決闘者』。
放たれた銃弾は白頭の両足を撃ち抜く。地面を転がるサーバントに、暗い影が落ちた。
見上げれば、ひらひらと白い髪がたなびいている。
「チャーンスっ!」
跳躍した栢の爪が白頭を貫いた。
ようやく命中した一撃で、一頭目が沈黙する。
一方その頃、宙を舞うアストリットを追い続けていた茶色頭は、何かを感じて飛び退いた。
音符のような形の魔法攻撃が、どこからともなく飛来する。
「あちゃあ、外れた!」
ハイドアンドシークで潜行していた野々鳥が、思わず声を上げた。茶色頭が迫る。
数珠を構える野々鳥の前に、鎌を手にしたアストリットが着地する。
「援護するよ。存分に力を振るい給え」
野々鳥に防壁陣をかけ、アストリットは突進する茶色頭に躍りかかった。
正面から斬りかかるようにみせて、くるりと身を翻す。
蹴りを外した茶色頭は体勢を崩した。ふらつく横顔に音符弾が命中する。
「秋田の米の敵は俺の敵!」
数撃ちゃ当たる、とばかりに次々と音符弾を放つ野々鳥。
その回避に集中する茶色頭の背後で、修道服が翻った。
「しかし下手だな。……残念だが、これにて終幕だ」
動きの鈍った敵を小さく嘲笑しつつ、アストリットは鎌を振るった。両断。
馬の首と人の胴が別れを告げ、二頭目が沈黙した。
「あれっ、もう終わったの?」
どこか残念そうに、栢が野々鳥に尋ねた。ウサギの耳のような髪の毛も、元気がない。
首と脚にわかれた半人半馬を見下ろして、歌音が呟く。
「個々のパーツだけ見れば、馬も人も違和感が無い。やはり組み合わせる位置か……」
ううむ。腕を組み、より良いデザインの半馬人サーバントを想像する。
ここまでフンドシにはノータッチの歌音である。
「うーん。魔法攻撃しまくってたら、いつの間にか終わってたんだよねえ」
あははー。栢の疑問に答えつつ、そういえば、と野々鳥は質問を返した。
「二人とも、アストリットちゃん見なかった?」
「うん? そーいえばいないね。歌音ちゃん、見た?」
きょろきょろと周囲を見回す栢。歌音も首を振る。
どこいったんだろー、としばらく不思議そうな顔をしていた野々鳥は。
「……ま、いっか! とりあえず、向こうのみんなを手伝おう! と、その前に」
倒したサーバントの下半身に近寄る野々鳥。
相当気になっていたようである。フンドシの中身が。
剥いでみた結果は――皆さんのご想像にお任せする。
●悲劇的勝利
「さあさあ! こちらですよ!」
リボルバーを手にした黒猫が、二足歩行で走っている。カーディスである。
その後方を、シマウマ柄のケンタウロスモドキが追いかけている。
おいかけっこにしては、かなりシュールな絵である。
田園地帯を離れ、二匹(?)が駆け込んだのは広い空地。
ばっ、とカーディスが体を反転させた。銃から大剣に持ち替えている。
縞頭が足を止めた。その後方に、待ち伏せしていた稲葉 奈津(
jb5860)が姿を現す。
「逃がさないわよ。大人しく倒されるか! ……その、ちょ、ちょん切られるかっ! 選びなさいっ!!」
凛とした顔で登場したかと思えば、即座に赤面する奈津。
何をちょん切るつもりなのか。
「手早く仕留めさせてもらいます!」
奈津に視線を移した縞頭に、カーディスが大剣を振るった。
ひょいと回避するサーバント。ひらひらとフンドシが揺れている。
「目障りね……! もし取れでもしたら――落とすわよ?」
ひらひらフンドシが気に入らないらしい奈津。
両手剣で蹴りを受け流す。反撃は避けられた。狙う位置は、敵の股間である。
だから、何を落とそうというのか。
「これならどうですかっ!」
スキル、闇遁・闇影陣を発動させたカーディスが、再度縞頭に斬りかかった。
狙いは足。移動を防ぎ、動きを阻害するためだ。左足を斬りつけ、返す刃で右足を狙い――
二撃目は、フンドシに直撃した。
「しまったあああっ!? あ、後できちんと洗わねば!!!」
わたわたと慌てるカーディス。
大事な大剣で、思わず「つまらんもの(意味深)」を斬ってしまったのだから、この慌てようも仕方あるまい。
一方の奈津は。
「あ、あはは、は……ぜっ、全っ然、しょっぼ〜いじゃない!?」
ひどい感想を呟いていた。
セルフ混乱状態に陥っていた。
「ああっ、つまりアレよね? お馬さんなのは上半身だけってことよね? あははっ♪」
アブない。そのセリフはアブないです奈津さん。
なぜか呆然と立ち尽くしている縞頭に、真っ赤な顔の奈津は剣先を突き付けた。
「いいわ、いいわよ、この私が……昇天さ せ た げ る ♪」
アウトである。これ以上はマジでヤバい状態である。
その後はスキルの大盤振る舞いであった。神速、スマッシュ、果ては封砲。
シマウマ柄のサーバントは、見るも無残な姿になった。
あとには、なんかもう悲痛な面持ちの黒猫と、自己嫌悪に陥っている少女が残された。
戦闘メンバーの精神的ダメージは大きいが、それはさておき、三頭目も無事討伐完了である。
●盾を手にする者
残る一頭、馬の部分が黒いケンタウロスモドキは、玲花を追っていた。
向かう先は、使われなくなった畑の跡地。
華桜りりか(
jb6883)が待ち受ける場所である。
(……初めての依頼でドキドキなの、です)
伸びきった雑草の中に身を潜めながら、りりかは呼吸を整えた。
玲花と連携して敵を倒す。作戦に穴は無いはず。落ち着いて戦えば。
「今です!」
玲花の声に応じて飛び出す。
黒い頭の半人半馬。玲花は敵の正面に。りりかは敵の後方に。
「参りますっ!」
誘引中にも攻撃をしかけていた玲花は、継続して遠距離攻撃に徹した。
投じられた扇は、風を纏って標的に向かう。
その攻撃に合わせてりりかも炸裂符を放る。
黒頭は玲花の扇を回避したものの、りりかの炸裂符への対応が間に合わない。
首にぶつかった符が小さく爆発する。勢いよく体を捻ったサーバントは、りりかに突進した。
「――!!」
回避。いけない。この後ろは畑だ。
この戦闘で田畑が荒れては、自分たちが来た意味がない。
玲花の誘引が無駄になってしまう。
守らなきゃ。戦わなきゃ。少女は、盾を手にした。
「農作物は絶対に守るの、です……!」
飛び蹴り。半人半馬の攻撃を、りりかは正面から受け止めた。
腕に痺れ。上手に防げた。まだ大丈夫。
玲花が駆けている。援護が届くまで、もう少し――
「上ですっ!!」
蹴りを警戒して低い位置に盾を構えたりりかに、玲花は叫んだ。
大声に驚いたのか、反射的に盾がりりかの顔を守る位置まで上がる。
そこに黒い馬頭が突っ込んだ。頭突き。
「っ!?」
衝撃を殺し切れず、りりかは尻餅をついた。
追撃を仕掛けようとする黒頭。その動きが、止まった。
影縛りの術。スキルを成功させた玲花が、扇から光の爪へと装備を変える。
地に縫われた影を動かそうともがく半人半馬は、爪の一閃でついに倒れた。
「ふう。……大丈夫ですか?」
座り込んだまま、動かなくなった敵をぼんやりと見つめるりりか。
玲花が声をかけると、はっと我に返ってこくりと頷く。
「そうですか。よかった」
ほっとした様子で、玲花は笑顔を浮かべた。
りりかの口元が緩んだ。勝った。守れた。――本当に、良かった。
四頭目、討伐完了。
●のどかな時間
サーバントの討伐が無事に終わった様子を、アストリットは皆から離れた空中で眺めていた。
この感覚。やはり、と少女に扮した少年は肩を竦める。
依頼が成功したのは喜ばしい。その喜びを、アストリットは既に知っていた。
求める『未知』は此処には無い。ならば、自分は早々に姿を消そう。
立つ鳥、後を濁さず。明るい場は、自分の居場所では無い。
「――次なる未知を、探すとしようか」
一方、その頃。
個々に戦っていた七人が集まっていた。
「後処理の手配、しておいたから……」
「それは助かる。簡単にだが、学園への報告は私が済ませた」
「うん……」
どんよりとしている奈津の様子に、歌音は首を傾げた。
何かがあったのだろう。気になるが、そっとしておいた方が良さそうだ。
「大怪我を負った方はいないようですね。……あなたには、怪我をさせてしまいましたが」
「大丈夫なの、です。農作物が無事で良かったの、です」
申し訳なさそうな玲花に、りりかは小さく微笑んだ。
この程度の怪我は、すぐに治るだろう。
「どしたの? なんか元気ないよ?」
「ああ、いや、何でも……」
疑問符を頭上に浮かべる栢に、カーディスは力なく苦笑を返した。
早く大剣を洗いたい。黒猫の憂鬱そうな表情は、その心中を雄弁に語っていた。
「さーてっと♪ 何が食べられるかなあ〜♪」
野々鳥は鼻歌を歌い出すほど上機嫌である。農家の皆さんからのお礼に期待しているようだ。
一番美味しい食べ方は、それをつくった人が知っている。
これからに思いを馳せる彼の脳内に、フンドシがどうとかいうのは残っていなかった。平和である。
無事に討伐を終えたことを、依頼者である農家の方に報告し終えた撃退士たち。
彼らはたいそう感謝され、美味しい郷土料理を振る舞ってもらえたそうな。
めでたし、めでたし。