●スーパー前
常であれば賑やかな昼下がりのスーパー。今は人気が失われ静まり返っている。
そこから少し離れ、自動ドアが見える位置に撃退士たちは集まっていた。
「ここから全員で突入で良さそうですね」
黒髪を揺らし、西口に向かって告げた六道 鈴音(
ja4192)の目には、まーくんを取り戻す強い意志に満ちている。
「それだけど、生命探査をしてみて、状況によっては東口、あるいは別なところから囮でもいいかなと思うんだ」
龍崎 海(
ja0565)が落ち着いた口調で提案する。
「囮か。それなら俺も一緒に突入するぞ」
天険 突破(
jb0947)が愛用の剣を手に進み出た。
「遠距離攻撃は持っていないみたいだし、飛行すれば攻撃は受けないだろう。それなら一人でも問題ないはずだ」
その分、探索に手を回したらどうか? と言外に示した海に対し、突破は剣を肩に担ぎながら口を開く。
「うまく引き寄せられるなら、まとめて薙ぎ払ってもよくないか?」
突破の提案に海が少し考え込む。
「場所にもよるけれどォ、そのまま殲滅も一つの手としていいんじゃないかしらァ」
側で話を聞いていた黒百合(
ja0422)が突破の意見に賛同する。メンバーの中で最も年下だが、その口調はいくつも仕事を乗り越えてきた撃退士らしく落ち着いている。
「それなら俺はまず支援するよ。その後囮組に回るかな」
黄昏 ひりょ(
jb3452)がメンバーを見回して、支援案を上げる。
「了解っ」
頬のにこにこマークと同じような笑みを口に浮かべ藤沖 拓美(
jc1431)が返答した。
サングラスでは表情はわかりにくいが、その目はきっと初めての仕事に対しての高揚感があるのを予測させる。
「うん、そうしてもらえる助かるわ。私も探すの頑張ります」
ひりょに向けて鈴音は握り拳を作り、意気込みを見せる。
「じゃあ、まずは探知をしてみるよ。落ちてる可能性が高いイベント売り場近くに居るなら、引き離そう」
海の言葉に全員が頷いた。
海がスーパーに向けて意識を集中させる。光纏が見えていれば、綺麗な青色を纏っていることだろう。
感じられた気配は4体。内一つは少しだけ距離があるようだ。スーパーから逃げたと言う情報は受けていない。他に人の気配がないことに安堵しつつ、海は仲間の方に顔を向けた。
「テナントがある方の……若干東側にいるね。一匹だけ少し離れている」
「非常口が近いわねェ。倒すだけならそこから奇襲も手なのだろうけれどォ」
「若干ってことはイベント売り場側にも近いですね」
女性陣二人の言葉に、突破が軽く挙手をする。
「東寄りなら、やっぱり引き寄せよう。2〜3匹まとめて引き受けてもいいしな」
「そうだね。一番可能性が高いイベント売り場から離した方がいいだろうし」
ひりょが眼鏡を押し上げて同意すれば。
「俺もOKっ」
リボルバーを片手に拓美も同意を示す。
海も頷いたのを見たひりょが清冽な雰囲気を漂わせる刀を手にした。
周囲にいる全員が風神からの恩恵を与えられる。
「あざっす」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「サンキュ」
「お、助かるよ」
口々に礼を告げた後。
黒百合と海が翼を広げた。
「いきましょうかァ」
その言葉と同時に撃退士たちの突入が開始された。
●スーパー東口
韋駄天の効果を活用し、東口に回った海・突破・ひりょの囮三人組はガラスを割られ、めちゃくちゃになったフードコートを見た。
ディアボロの発見が早かったこともあり、死を思い浮かばせるような血痕などがないのが、唯一の幸いだ。
三人は小さく頷くと同時に、まだ残っていた窓ガラスの欠片をわざと割りながら突入した。
甲高い割れる音が、再び店内に響きわたる。
テナント側に視線を向ければ、パンをかじりながら眼鏡を弄っている三匹の小鬼の姿が視認できる。
「ギィ!」
小鬼たちは、自分とは異なる侵入者たちの姿に気づいた。眼鏡を踏みにじりながら、自分たちの餌あるいは玩具にしようと向かってくる。
飛行している海の様子に気づいていない小鬼たちは突破とひりょに狙いを定めている。
高い視点である海から残りの一匹は背を向けて、ちょうど店の真ん中あたりになる場所向かっているのが目に入った。
「一匹だけ奥に向かってる!」
海の言葉に舌打ちをしながら、突破が駆け出す。
「ひと塊になってりゃ、早いのによ!」
「本当だね」
突破の真横を矢が通り過ぎていく。
敵との距離から瞬時に判断したひりょが弓へと持ち替えていたのだ。矢が小鬼に触れた瞬間、無数の色とりどりの蝶が飛び回る。
倒す、だけであれば、その矢の威力は致命的ではない。
幻想的でありながらも、蠱惑的な蝶たちが小鬼の周囲をたおやかに舞う。
蝶たちの舞が小鬼の視線を奪いつくした。
呆然と宙に見つめる仲間の様子に気づかず、小鬼たちは前進を続ける。
「簡単には進ませないよ」
だが、本を構えた海から打ち込まれた大量の鎖によって、更に一匹の動きが止まった。
正確にはそれは実在する鎖ではない。だが、一度それを認識してしまった以上、小鬼の動きはすでに止められたも同じことだ。
「ギっ!」
短い悲鳴を上げ、幻影の鎖に囚われた小鬼は、指一本動かせないまま捕縛されるしかない。
「鬼さん、こちらってな!」
最後の一匹が同じく距離を詰める突破へ角を突きだそうと勢いをつけて飛び込んでくる。
しかし両手で大剣を構えた突破の動きの方が、一瞬早い。
「はあっ!!」
気合と共に、愛剣を横に振りきる。
刃の直撃を受けた小鬼は勢いはそのまま床へと叩きつけられた。
鈍い音がし、それでもさすがディアボロだけあり、生きている小鬼は起き上がろうとする。のろのろと立ち上がろうする隙を許すほど撃退士は甘くはない。
「続けていくぞっ!」
鋭い剣戟が小鬼たちを捕らえる。常人では何が起きたかも判らぬ高速の剣は床に倒れていた小鬼と、幻の鎖に囚われている小鬼たちの皮膚を深く斬り裂いた。
連撃を受けた小鬼が静止する。
「まだ終わってないよ」
痛みに呻く小鬼の一匹に、今度は海の槍が突きたてられた。
「ギっ!!!」
深く突き刺さった槍は的確に急所を貫く。びくびくと何度かの痙攣の後、小鬼が完全に動きを止めた。
最後の一匹は朦朧としている最中。
「泣かせた罰は重いよね」
清らかな水で出来た刃が振り落とされたのだった。
●スーパー西口
ガラスの音を耳にした瞬間、黒百合・鈴音・拓美が西口から中へと飛び込む。
入れば、がらんとなった空間が見える。通常イベント売り場になっているスペースだ。
ころん、と茶色の塊が落ちている。
そして、それに向かって今にも手を伸ばそうとしている一匹の小鬼の姿。
「そんな事させません!」
「させるかっ!」
鈴音が瞬間移動を発動させるより早く、銃声が響く。
拓美のリボルバーが小鬼に向けて火を噴いたのだ。
「悪い子ねェ」
翼を広げ一気に距離を詰めた黒百合が、拓美の放った銃でのぞけった小鬼に向けて、漆黒の鎌を振るう。
回収よりも怯んだ小鬼を更にぬいぐるみから離した方が良いと判断したのだ。
小鬼が黒百合と拓美の連携に怯んでいる隙に、鈴音は空間を飛ぶ。
「助けにきたわよ」
逃走の最中の離脱だったため、茶色の毛皮には汚れは付着しているものの、それ以上の破損を免れたまーくんを抱き上げる。
黒いつぶらな瞳が、救出を喜ぶように光った。
「回収しました!」
前方ですでに戦闘を開始している三人にも向けて、鈴音が声を張り上げる。
そして片手でまーくんを保持したまま、短く詠唱する。
次の瞬間、小鬼の周囲にどこからともなく現れた無数の腕が出現し、その体を掴みだした。
「ギィ!?」
「これでっ」
術の成功を確認した後、鈴音は再度後方へと、空間を跳躍する。
まーくんと共に、拓美・黒百合が抜かれない限りは接触できない入り口間近に立つ。
「うしっ。いくぜっ!」
ぬいぐるみの安全確保と同時に、銃から金属バッドに持ち替えた拓美が小鬼へと飛びかかる。
拓美の動きを察知した黒百合は入れ違うように前衛を明け渡した。
「ヒーローは任せるわァ」
年齢にそぐわぬ笑みをうっすらと浮かべる黒百合。
戦闘に対する高揚感で、それに気づかない拓美は力の限りの攻撃を小鬼に向けるのみだ。
「うりゃあぁぁ!!」
全力で小鬼向けて振りかぶった金属バッドからは。
会心の一撃! と思わず言いたくなる程の音が響いた。
自分でも確実な手ごたえを感じた拓美はニッと笑うと、黒百合と鈴音に向けてピースを作る。
「よーし、終わりだな! ピース!」
硬い角まで木端微塵にされた小鬼は抵抗する間もなく、フルスイング攻撃の前にあっけなく散ったのだった。
多少、床まで影響が出たのはご愛嬌とも言えるかもしれない。
「あっちも無事に終わったみたいねェ」
反対側でも小鬼たちが殲滅されたのを見た後、黒百合は周囲を見回し、どこから片付けを手伝えばいいかしらねぇと一人ごちた。
「おもちゃにされる前に回収できて良かったです」
まーくんを大事そうにその腕に抱え、鈴音はピースを向けている拓美に笑顔を返した。
●学院
「まーくんだ!」
ディアボロの手によって破損されることもなく戻ってきたまーくんに、澪は歓声を上げた。
まーくんは海の提案により、プロのクリーニング屋の手により綺麗になっていた。
黒百合は返却はヒーローの役目だからァと言って、本日は同行していない。
「良かったわね、澪ちゃん」
「うんっ!」
鈴音から、まーくんを渡された澪はぎゅっと、抱きしめる。
「ありがとうございます!」
孝雄も何度も頭を下げる。
心底嬉しそうな親子の様子に撃退士たちにも自然と笑みが浮かぶ。
「(最期の贈り物だもんな。もしかすると……俺の親もそう思っていてくれたかもしれない)」
実親との縁が薄いひりょは、嬉しそうな澪の笑顔を見て、胸の内が暖かくなる。
「一生の宝物だろうしな」
突破も柔らかな視線を澪へと向ける。
「ああ。無事に返せて、何よりだよ」
海も頬を赤くさせ高揚した様子の澪に目元を和ませている。
「にこにこ笑顔でピース!」
両手ピースでイェイと手に前に突きだした拓美に、澪はまーくんを抱きしめながら、一瞬きょとんとする。しかし、すぐに拓美の頬にあるにこにこマークよりももっと笑顔をその顔に浮かべた。
「助けてくれてありがと! おにーちゃん、おねーちゃん!」
全力の笑顔にヒーロー、ヒロインとなった撃退士たちもまた、笑顔を向けたのだった。