●放課後―女子寮
「ま、寝てばかりだと気が滅入るしね。知らない顔でもちょっと気分転換になれば幸いだわ」
日持ちする焼き菓子を持って訪れた新井司(
ja6034)の言葉に増井まなみはにこりと笑いを返す。
「ありがとうございます。せっかくですので、一緒に食べませんか?」
お茶の用意を始めたまなみの動きはもう完治していると言っても差し支えがない。
「怪我は大分良さそうね?」
司の問いかけにまなみはええ、そうなんです、と言葉を続ける。
「もう元気なんですけど、おばちゃんはいつもこんな感じですから……」
「心配性とは聞いてるわ。花の事もおばさんは知ってるのかしら? 警備とかの問題があるでしょう?」
まなみはお茶の用意する手を止め、口元に人差し指をあてた。
「秘密にしているんです。もしわかったら、おばちゃんきっと一晩中見張りしそうですから」
まなみの視線が机に置かれている白い花へと向けられる。その視線を追いかけながら、司は問いかけを重ねた。
「これを贈り続ける人物はロマンチストだと思わない? それが誰だか気になったりとか、する?」
「ええ。それはすごく思います。誰か、奈緒からも聞いてると思いますけど、浩介君かなって思ってます。これで全然違う人なら、私、結構ひどい人間になっちゃいますけど」
「どうしてそう思うの?」
「アマドコロの事調べたんですけど、『元気をだして』って言う花言葉らしいんです。浩介君、話すのがあまり得意じゃないから」
優しい眼差しで白い花を再度見たまなみは告げた。
同じ頃、アスハ・A・R(
ja8432)は奈緒から聞いた情報を元に、寮母への面会をしようとしていた。
安藤奈緒から最後に花が届いたのは2日前と確認している。
「ま、たまには悪くもない、か…」
戦場とは異なる依頼にそう口の中で呟いて、玄関横にある警備員室にて手続きを踏む。その部屋にある応接間に案内され、10分ほどして非常にふくよかな中年の女性がやってきた。
「いったいどんな用件だい?」
その目には見慣れぬアスハに対する警戒が見え隠れしている。
「2日前の見回り当番がどなただったか確認したいのだが」
「それが、何か?」
怪訝そうな問いかけに、変質者の情報を聞いてと説明し、理解を求めるアスハ。
「変質者っ! それは撲滅するべきものだね!」
それならいいよ、と寮母はその時の見回り担当の名を告げる。
「ちょうど、今日また夜に当番だから、来るまで待ってから話を聞くといいよ」
「今日か、それは確かにタイミングがいい」
寮母が教えてくれたシフトにアスハは深く頷いた。
「ありがとう、ではこのまま待たせてもらう」
シフトが花の贈られた日と合致することに気づいたからだ。
●放課後―男子寮
「さてー、協力者はまず同室かとなりの部屋の奴らとかかなー」
草薙柘榴(
jb3268)は青林檎色と称される目で男子寮の様子を見て歩く。
その隣では藤井雪彦(
jb4731)明るい茶髪を揺らしている。
「ボクは先輩方に聞いてくるよ」
「んじゃー、そっちは任せるよー」
ひらひらと手を振ると柘榴は浩介の部屋へと向かう。
「どちらさん?」
寮生ではない柘榴の姿に、浩介の隣の部屋から出てきた中等部の男子生徒が訝しげな顔をする。
「んー。市原浩介の事でねー。花探しーって言ったら意味わかるー?」
え、と肩を揺らし動揺する姿に柘榴は言葉を重ねた。
「贈り主がだれかーって探してるんだよー。もし、相手の子が「ストーカー!」とか騒いだら、贈り主だって傷つくんじゃーない?」
「え、あいつはそんなストーカーとかじゃないぞ! 置いたら速攻で帰ってきているし!」
男子生徒の言葉に、柘榴の唇が弧を描く。
「チェックメイトー。情報聞かせてくれるー?」
失敗した!と顔に書いてる男子生徒に柘榴はにっこりと告げる。
「それにさ? 贈り主にいい目、見せてやりたいと思わない? トモダチなんだろー?」
雪彦は寮にある談話室に顔を出した。様々な年齢の生徒たちが談話室でTVを見たり、ゲーム機で対戦などをしている姿がある。
「ん? 誰だ?」
その中にいる大学生らしき青年が雪彦を見る。
「ちょっとですね、市原浩介くんについて聞きたいことがありまして」
「浩の奴の?」
青年は周囲を見た後、談話室の奥にある個室に雪彦を案内する。
「単刀直入に言いますと、市原浩介君がある生徒のために寮を抜け出している事に関してですね」
青年の目に警戒が浮かぶ。
「何の話だ?」
「依頼として花の贈り主を探しているんですよ。それで……浩介君自身がはっきりと思いを告げることも大事ではないかと思いまして」
軽そうな外見とは裏腹に、静かな真剣な言葉に青年は自分の顎を撫でた。
「……浩は口下手だからな」
「だからこそ、その言葉に重みもあるのではないでしょうか?」
青年は雪彦の言葉にすぐに返答はせずに、じっと見つめる。その言葉の意味を吟味しているようだ。
「守れなかったこと、それはとても重く思います。でも後悔ばかりでは先に進めないでしょう?」
後押しする言葉に青年は深く頷いた。
「浩のためにもなるか……」
「はい、ですので、ご協力していただけませんか?」
笑った雪彦の言葉に青年は耳を傾けた。
●放課後―中等部教室―商店街
「責任か」
中等部の廊下を歩きながら、黄昏ひりょ(
jb3452)は過去の自分と照らし合わせて、呟く。
「うまく橋渡しできたらいいんだけどな」
浩介の教室に着く間際に、教室から一人の生徒が出てきた。
偶然にも市原浩介その人だ。急いだ様子で早足で廊下を歩いていく浩介の姿に、ひりょはさりげなさを装いつつ尾行を開始する。
校門を出て、林ではなく商店街に向かっていく浩介を追いかけながら、仲間にメールで現状を報告する。
授業から解放された直後の賑やかな生徒たちが繰り出していることもあり、浩介は尾行されている事には気付かずに、100円ショップ前で足を止めた。
店に入るのかと思いきや、浩介は再び歩き出す。そして向かった先は、可愛らしいグッズが並ぶファンシーショップだ。
難しい顔をして、ファンシーショップの入り口から少し離れた場所で浩介は立っている。
「これは……一枚とっておくべき、かな?」
花ではないが、まなみのためのプレゼントを購入するかもしれないと予測できる。
眉間にしわを寄せて、考え事をしている浩介に声をかけるべきか悩んでいると、不意に浩介がひりょの方角に向かって歩き出した。
「おっと……」
ひりょは出しかけたカメラで風景を取っているように装った後、再度尾行を開始する。向かった先は先ほど足を止めた100円ショップだ。
購入するのだろうかと思いきや、浩介はまた踵を返した。
そうして何度かファンシーショップと100円ショップの行き来を繰り返した頃。
「お疲れ様、どんな様子?」
まなみの見舞いを終えた司が合流した。
「店の前を往復してるよ。迷ってるみたいだ」
何度目かのファンシーショップ前で佇む浩介に、少し考えた後、司が歩み寄る。
「誰かに贈り物?」
「えっ」
声をかけられて浩介が焦った様子で離れようとしたところを、さりげなく前に出て行かせないようにして、司は尋ねた。
「お店の前に何度もいるようだったから」
「う……、その、不審者ではないです」
顔を背けてぼそりと告げた浩介に、司は首を横に振った。
「…まあ、深く詮索はしないけれど。撃退士だからこそ、こういうのがきっと大事なのよね。明日命を落とすかもわからない身、贈る人でも贈られる人でも在りたいものだわ」
司の言葉に浩介は弾かれるように顔を上げ、僅かな躊躇いを見せた後にぎゅっと手を握るとファンシーショップに足を踏み入れた。
「これで良かったかしら」
「いいんじゃないかな。きっと彼女も喜ぶことだろうし」
ひりょの言葉に司は頷いた後、その場を離れることとした。
●夜―林
月明かりに照らされる林でエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は送り主がくるのを待っていた。
ひりょがつきっきりで尾行している状況になっていたが、何らかのすれちがいが発生してはと言う事でずっと待機していたのだ。
「かくれんぼうはまだ終わってないー?」
柘榴がアスハとともに姿を見せる。
「まだ来てないですね」
その返答に、それじゃ鬼役がんばろーと軽口をたたく柘榴。その隣でアスハはひりょからのメールを確認する。
「今出たようだな」
「そっかー。その間ちょっと暇だけどー、馬鹿妹がお世話になってるしねー? そのお礼、ってわけじゃないけどさ、手伝うよー」
柘榴の言葉にアスハは微かに笑った。
知己同士との事もあり、待つのはそう苦になることはなかった。
木々と草むらを使って身を隠していると小走りしている足音が聞こえてくる。
身を顰めながら様子を伺うと、少年が一人、アマドコロの前で膝をついている。
市原浩介で間違いないこと、そしてその後ろにデジカメを持って待機しているひりょの姿を確認した柘榴は、目で捕まえるタイミングを仲間に確認する。
こくりと頷いたアスハに、にっと笑い柘榴が羽を広げた。
「うお!?」
いきなり飛び出してきた柘榴の姿に浩介が驚きつつも、手にしたアマドコロは離さない。
「はーいストップ。鬼に捕まったんだから、ゲームは終わりってねー」
茶化した口調に浩介が走り出すそうと動くが、それよりも先に飛行により柘榴に先回りされ、捕獲される。
「はーい、色々詰んでるから、大人しくねー?」
「詰んでるってなんだよ!?」
焦り柘榴の手を振りほどこうとするが、アスハも姿を見せたことで力づくで逃げるのは得策ではないようだと判断した浩介が暴れるのをとめる。だが、その目は警戒心たっぷりだ。
「ああ、驚かしてすまないな」
謝罪しつつ肩に軽く手をおいたアスハがシンパシーの能力を発動させる。
浮かぶ情景は、今日と同じく花を摘み、ひっそりと女子寮に届ける浩介の記憶だ。寮に近づく際に、アスハが接触した女子寮の警備員が、浩介に向けて親指を立てている姿も見て取れる。
アスハは小さく警備員の名を呟いた。びくりと大きく肩を揺らす浩介は花を手にしたまま叫ぶ。
「あ、あの人は悪くないぞ!」
「何が悪くないんだ?」
アスハの問いかけに浩介が視線をあちこちに彷徨わせる。
「別に糾弾しにきたわけではない。花の送り主が誰かと依頼があってな」
「依頼……って」
「そりゃー誰かわからないとねー。相手が判った方が嬉しいんじゃないのー?」
浩介は口を閉じる。その目はどうするべきか迷いが見て取れる。
「守れなかったことを気に病むな、とは言わん、が……匿名で謝罪を繰り返すことだけで前に進めるか?」
無言でアスハを見上げた浩介に静かに、そしてその経験により、重みがある言葉を告げる。
「僕みたいな例外もいる、が…ダアトのようなクラスは、そもそも守られているからこそ動けるのだから、な…これから、頑張ればいい。まだ、若いのだし、ね」
そしてアスハは安心させるように唇の笑みを乗せる。
「生きているからこそ、言葉として伝えられるのだからな」
浩介は何も言わず、躊躇いをその目に浮かべながら、柘榴の手を振り払い走り出した。
●夜―女子寮
「そろそろだね」
女子寮近くの道で協力者たちと仲間からのメールを確認し、雪彦はよしと一度気合をいれた。
「何度も申し訳ないと思っているようだものね」
司の言葉に雪彦が頷く。
「だね。真面目だから何度も抜け出すのに先輩方の協力も悪いと思っているようだしね」
ここまで集めた情報によると、花を届けているのは根が真面目な浩介は寮生や先輩方を巻き込んでいる事、先輩の友人でもある警備員に対して感謝もしているが申し訳なくも思っており、今日で最後にしようと決めていたらしい。警備員は浩介のために梯子などのセッティングをしていたそうだ。
「まなみちゃんも悪い感情を持っている感じじゃなさそうなのにね」
「ええ、話した感じでは、かなり好意的よ」
「それじゃ、ハッピーエンドに向けて頑張りますか!」
ひりょからのメールが入る。もう少しで浩介が現場に到着するという旨のものだ。
応援の言葉をかけ、司は雪彦から離れ、浩介が歩いてきている道を進む。
紙袋を手に、下を向き足早に進む浩介は前方から近づく司の様子に気づいてはいない様子だった。
通り過ぎかけようとしたところで、浩介の名を呼ぶ。名を呼ばれ足を止めた浩介のすぐ近くで囁く。
「出来るなら、面と向かって彼女に渡してあげて? 」
目を見開いた浩介を見て、司は言葉を重ねた。
「言葉にして貰って嬉しいことって、沢山あるから」
司の言葉に浩介はぐっと唇を噛みしめるとそのまま寮へと駆け出す。
尾行をつづけていたひりょがデジカメを手に司の側にやってくる。
後は本人同士がどう動くかだ。
「これでわかるんじゃなくて、本人同士の気持ちが伝わるといいんだけどね」
「可愛い子が多いって評判の寮ってきいて☆」
てへっと擬音がつきそうな様子で雪彦は特攻を開始した。
当然、手続きもされていない、夜の突入はすぐに判明することなり、雪彦は恰幅のよい寮母の背に鬼のオーラを感じ取りながら、通称、説教部屋へと連行された。
騒ぎに様子を見に来た女子寮生たちの、雪彦に対する、頑張って生き残って!と言わんばかりの眼差しが突き刺さる。
「(……一晩で済むといいなあ)」
思わず心中でそう思った雪彦が解放されたのはそれから一晩ではなく2日後の事だった。
メールを受け取ったまなみは静かに窓際で佇んでいた。雪彦の捨て身の行動のおかげで寮母に気づかれる事はない。
カーテンを閉めた窓の外から、人の気配を感じる。
その窓を開ければ、依頼した通り送り主が判明するが、事情を教えられたまなみは浩介の心情を考え開けるべきか迷っていた。
だが、迷いはすぐに霧散する。窓から小さなノックの音が聞こえたからだ。
小さな遠慮がちな声も聞こえてくる。まなみはにこりと笑って、窓を開けた。
●エピローグ
後日、浩介とまなみが揃って今回の仕事を請けた者たちに礼を言いにやってきた。
上手く行ったことに良かったと皆は顔を綻ばせる。
「良かった。あ、もしこの先、うまく言えない時は手紙等にしてみるのもいいと思うよ?」
口下手を心配するひりょの言葉に浩介は、こくりと頷いた。
「……これからは、護れなくてごめんじゃなくて……次は絶対に護ってみせるから!って誓ってみせなよ……それが男を魅せるってもんだぜ?」
雪彦からカランコエの鉢花を差し出され、浩介の顔が赤くなる。
乙女趣味かもと思いつつ、花言葉を調べていた浩介はその花の意味をよく知っていたからだ。
花に託された意味、けれど撃退士たちの協力を得て前に進むことができた浩介はただ、贈るだけではないことだろう――。