●平和を守る撃退士たち
聞こえてくる声を聞き流す心地で、ふと空を仰ぎ見る。
木々の合間から差し込んでくる光は森の暗さを打ち払っていたが、徐々に樹木の密度が増えるにつれて影に負け始めている。獣の気配やささやかな鳥の歌、そして声。
心地というのはつまり、実際には聞き流せていないのだということを認めて、インニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)はその青い瞳の見つめる先を前へと戻した。
「ならば、自分の身体的な特徴や武器を生かし、此方側に有利な状況に相手を――」
「ふむふむ……」
自らの心構えを伝えんとする大澤 秀虎(
ja0206)。そして、その言葉を興味深そうに、しかし機械的な声音で相槌を打ちながらメモを取る機嶋 結(
ja0725)。ふたりは同じ部活に所属している間柄らしい。いくらなだらかな足場とはいえ、メモを取りながら危なげもない足取りで進むさまからは、機嶋の器用さがひしひしと伝わってくる。
インニェラの後ろには無口に地領院 恋(
ja8071)がついてきていて、後方からの奇襲に備えている。
計四人。
ディアボロ討伐依頼を受けた八人を、ちょうど半々で四人ずつにわけたのだ。能力による役割分担がきれいにわけられたことも理由であるし、効率をあげるためだ。
村の住人達は、だれも老人たちの行き先を知らなかった。とはいえ、生き残った老人から話を聞き出せなくても、どの方角から戻ってきたか程度のことは把握できた。目的地はある程度わかっていると言えるし、ある程度しかわかっていないとも言える。ただ、まだなにも痕跡がなく、目標は遠い。
森の中。奥深く。それは人目を避けるように隠れ住んだ、魔女を連想させた。
同じように分けた班の状況も気になったが、音沙汰がない以上は変化もないのだろう。とすれば森に潜んでいるはずのディアボロが一番気にかかる。草刈鎌の形をしたディアボロという話だが、無差別に人間を襲うのであれば街中でなかったのがある意味幸いだったともいえる。そして襲われた村の老人たちにしてみれば、なによりも不幸な話だった。
その無念を晴らし、平和をもたらすことができるのは、撃退士だけだ。
「亡くなった方の仇討ちです……木っ端食らわせて差し上げましょう」
独り言のようにそうつぶやいたのは御幸浜 霧(
ja0751)だった。
と、
「こっぱ……?」
耳ざとく聞きつけた君田 夢野(
ja0561)が首をかしげる。それに合わせて彼の赤みがかった髪がさらさらと揺れた。
君田の視線にわたわたと平静を装う御幸浜のすぐ近くでは、大城・博志(
ja0179)が周辺の様子を調べている。ある程度調べると、つぶやく。
「おかしい」
ここまで奥へとやってきて、なにも兆候がないことが、ということだ。いくらなんでも、敵がそれほど遠いはずがない。
ディアボロはほとんど位置を移動していないのか、それとも村とは反対の方向へと移動してしまっているのか……。
木の上から影が落ちた。
高い位置から周囲を観察していたリョウ(
ja0563)だ。顔をあげると、そこから険しい表情がのぞく。
「切り倒された木々が遠くに見えた。警戒を――」
さっ、とメンバーの顔に緊張が走るのとほぼ同時、かすかに風切り音が聞こえてくる。
●数
リョウが携帯したブザーによって他班に状況をしらせると、君田が音の聞こえる方角へと踏み出した。金色の五線譜の帯を螺旋状に纏うように光纏すると、活性化させた剣を構えて敵の注意をひきつけるように待ち構える。戦場を移す余裕はない。
幻惑するように敵の気配は左右に揺れ、そして突如として襲ってきた。地面すれすれの下方から大きく楕円を描くようにして君田の体を切りつける。
それはたしかに草刈鎌のように見えた。が、最初にそう言われていなければ気付かなかったかもしれない。円を描くなにかが、高速で回転しながら宙を移動している。
計四体。
君田を傷つけた鎌は距離をとって絶妙な間合いに位置し、さらに前方からもう一体。そして大きく迂回するようにして二体の鎌が移動している。
反射的に飛び出したリョウのショートスピアが迂回する鎌を狙った。繰り出すタイミング、速度、それらを兼ね備えた一撃を、ほんのすこしだけかすめただけで奇跡的な軌道とともに鎌が回避する。
「なっ――」
それはリョウだけではなかった。君田の斬撃も、鎌は風を不気味に唸らせながら回避する。それが鎌型のディアボロ本来の性能でないのは肌で感じられた。風向きや運、それらの不確かな要素が鎌を後押ししているかのようだ。
御幸浜は動かなかった。
後方から攻撃を行う大城を守るために、決して離れるわけにはいかなかったからだ。前衛を迂回して抜けてきた鎌の攻撃が大きく御幸浜に痛みを与え、反撃とばかりに繰り出した魔法も回避される。
しかし。
三人の必死の護りに助けられ、無傷の大城の魔法が空気を歪ませた。風の震え、木の葉の舞い、その中で魔法が確実に鎌を打ち抜いた。回転の停止した鎌が柄と刃で三分割に割れ折れる。そうなればぴくりとも動かない。
「よし、残り三体か」
そうして無傷の鎌たちに向き直る。
わずか数秒の高速戦闘。一瞬で繰り広げられる生と死のなかで、しかし勝機は見えていた。
鎌たちの攻撃力は低くはないが、それでも撃退士、前衛を一撃で倒せるほどのものではないらしい。鎌は奇跡的に攻撃を回避できているだけで、いつかは当たる時が来る。そして本気を出せばなにも苦労なく山を踏破する撃退士の身体能力で、他班のメンバーもこちらへと向かってきているはずだった。ならば、長期戦はこちらの不利にはならない……。
最初に気づき、声をあげたのはリョウだった。戦闘中も注意を絶やすことなく周囲の音に気を配っていた。
「まずいな。さらに敵の増援が来るぞ! 警戒しろ!」
それは致命的といってもいい出来事だった。いちはやい発見のおかげで奇襲を受けることは避けることができたものの、敵増援に対して位置を変えることができない。
真横からあらわれた鎌も計四体。二体が前方で戦う君田やリョウへ、そして残り二体が大城や御幸浜のほうへと襲い掛かる。
数的に圧倒され、追い詰められていく。
かろうじて大城が一体を打ち倒したが、それでも残り六体。
一番負傷度合が大きいのが、大きく鎌の注意をひきつけている君田だった。連続して攻撃を受けてしまい、この状況を打破するためには回復よりも攻撃を選択せざるを得ない。どうにか直撃した攻撃は、しかし致命傷とまではいかず動きを鈍らせただけだった。
探索にかかった時間のせいで、木々の切り倒されて開けた空はうっすら血のように赤く染まり始めている。
それは、絶望の色を映し出しているかのようだった。
戦闘は続く。リョウが木を蹴って反転し鎌の攻撃を避けた。しかし、続く別の鎌からの攻撃が軽く傷を負わせる。
リョウが反撃に移ろうとした刹那――
獣の姿が見えた。それは人の形をとっていたとしても、決して獣の姿にしか見えなかった。敵を獲物を食い散らかすように、執拗な斬撃が新たな鎌を粉微塵に破壊する。
少女だった。機嶋 結。
そして、
「さあ……ディアボロとしての活動もそこまでよ」
インニェラの声とともに、闇を纏う紫電のごとき魔法の矢が、君田たちへ攻撃をしかけようとする鎌へと襲い掛かった。標的を変えたその鎌を、インニェラを守るように立ちはだかる地領院が蹴り落とす。
駆ける大澤へと迎え撃つように刃を回転させる鎌。走る動きが仇目となって、鎌の攻撃を避けようがない。鋭い一撃が直撃する。その一瞬、確実に触れられ、攻撃できる軌道。不利を自らの有利へ変えるすべ。
鎌は体に触れることはなく、刃と刃が垂直に触れるようにして大澤は鎌を弾き飛ばした。一撃で倒すとまではいかなかったが、幾分かのダメージを与えている。
他班が、増援がやってきたのだ。
ところどころに負傷が見える。おそらく、この場へ駆け付けるまでに鎌と遭遇し、到着が遅れたのだ。
数の有利は逆転した。
機嶋の太刀を紙一重で避けた鎌は、その威力に翻弄されて逃げ道を追い込まれる。タイミング逃さず君田が両手で剣を振るい、綺麗な太刀筋で両断した。
樹木の後ろから鎌がリョウを狙い、しかし彼は高く跳躍し、切り倒されるその樹木へ足裏を張り付けるようにして回避している。幹を蹴ってさらに跳躍すると、機を掴んだ大澤が体勢低く駆けだしており、挟み撃ちが鎌を粉砕した。
反撃しようとする残りの鎌たちを地領院が防ぎとめ、軌道を読み切った御幸浜の魔法がすれ違いざまに一閃する。
そして、ダアトたちの魔法攻撃によって……鎌たちは全滅したのだった。
●廻る罪
実際よりも長く思えた戦闘が終わり、それぞれ手当てが行われる。
やけに見通しがよくなった戦闘場所から、歩いて少しもたたずして、老人たちの遺体は発見された。幾度も切り刻まれたのか、それは無残なものだった。
警戒はとかれなかったものの、新たなディアボロは発見されなかった。
「助けが間に合わなくて済まない……せめて、安らかに天上へ行って欲しい」
犠牲者を悼み、君田のヴァイオリンがレクイエムを奏でる。それは森の中に静かに響き渡った。御幸浜や地領院たちも黙とうをささげる。
遺体の回収は、主に大澤が率先する形で行われた。つまり、過去の経歴から、そういうものに、慣れているということだが。
老人たちの行動の意図を気にしていた地領院が見つけたのは、墓石だった。少なくとも、そのように見えるもの。古く、そしてディアボロに切り壊されていたために判然とはしなかったが。
その近辺を双眼鏡で探っていたリョウが見たのは、それらの顛末を見届けたように飛び去っていく蝙蝠の姿だった。日も暮れ始め、それが実際に蝙蝠だったのかは、確かめようもない。
村に戻ると、悄然とした村人たちが待っていた。
撃退士たちが無事に戻り、平和がもたらされたことを知って安堵しながらも、元気はなかった。
それは、多くの老人たちが死んでしまったから、というだけではなかった。生き残った老女も徐々に、わずかばかりだが正気を取り戻し始めている。それでも錯乱しているかのようだったが、理解できたことがあった。
鎌。
それを、老女が一目で識別できた理由。
山奥のこの村では、昔から山には神様が住むと信じられてきた。そして、様々な時に合わせて、神様へと生贄がささげられていた。それは、とても口にはできないような。ささげる際、生贄の動きをとめるため、鎌が使われた。
そのような風習はもうすたれ、生贄があったことを知るのは老人ばかり。生贄を悔やんだのかもしれない。だれにも見つからない場所に墓が作られ、そこで懺悔をしていたのだろう。
なんにしろ、彼らは決して口外しなかった。自らの罪を。村に住む者は、生贄をささげ続けたものの末裔と。
老女は錯乱し、ひたすらに叫んでいる。鎌が、鎌が来る。
報いが返ってきたのだと。
次は、自分の番なのだと。