●掃除開始
青い髪をした背の高い少年、木花 小鈴護(
ja7205)は正直なところ建物を見て驚いていた。依頼の内容は聞いていたものの、植物は本当に人の意志を無視して繁殖し、店の外壁や屋根まで覆っている。もっと大きな騒ぎになってすでに噂で聞いていても良さそうなものだったが、原因は立地だろう。建物は少し奥まったところにあって目立ちにくい。ただ、いくらかは野次馬や通行人なども通っていて作業のしづらさを感じさせた。
全員して店の裏手に回ると、網入りガラスのはめ込まれた従業員用の扉があった。透明なガラスではなく扉の向こうはほぼ見えなかったが、植物の陰がはっきりとわかる。
木花と〆垣 侘助(
ja4323)で協力して、扉を開けることを邪魔している蔦などの植物を除去していく。〆垣は余計なことを口にするでもなく黙々と手際よく植物をどかしていたが、その姿はどこか寂しげにも見えた。
ふたりの作業によって、扉付近の植物はすぐにほぼなくなった。四条 和國(
ja5072)が進み出ると、預かった店の鍵で扉の鍵を開ける。
ノブをひねり扉を開けようとするが――
「あれ? 開かない?」
鍵を回して何度か試してみたが、扉が開く様子はなかった。どうやら四条が感触から判断するに、扉の向こうで植物が絡みついているようだった。
と、青空・アルベール(
ja0732)が四条へと手を重ねた。
「大変そうだし、私も手伝うよ。せっかくだから助け合わなきゃね」
遠慮なくそう言ってくる青空に驚いたものの、四条は頷いて手のひらに力を込めた。ふたりしてドアノブを渾身の気持ちで引き続けると、やがて散発的な小さな音とともに、植物がちぎれて扉が開いた。歓声があがる。
そして、開いた扉の、その奥。薄暗い建物の中へと、ユウ(
ja0591)の作り出した光球が入っていく。
壁や床にとどまらず茂っている蔓や蔦、そして咲き誇る花々。それらが淡い光の球に優しく照らされて、幻想的に彩られる。
「……おー、これはなんというか……すごい」
そうユウは呟くが、植物の多さからくる作業量を考えたのか、それとも目の前の光景の美しさに感嘆を覚えたのか、その無機質な表情からは読み取れなかった。
四条の持つ見取り図によると裏口は入ってすぐ厨房につながっているのだが、張り巡った植物たちのせいで厨房らしさはところどころにしか見つけることができなかった。これからの作業の困難さを最初から見せつけられた形になる。
皆が気合いを入れ直すと、作業が始まった。
青空を先頭にして、まずは歩くのを明らかに邪魔する蔓や蔦などから刈り取っていく。この掃除のために用意した鎌や鋏などの道具のおかげで、だいぶ作業はしやすかった。ただ店長は主に鉈や鎌を見ながら、できる限り店内を傷つけないで欲しいと念押しをしていたが。
そして、店長に言われるまでもなくそのことを心得ていた四条は、
「よ〜し、頑張ってお店を綺麗にしてあげないと!」
元気よく声をあげると、太い植物へと狙いを定めて店内を傷つけないように作業をはじめた。鉈を持った素手にしっかりとした手ごたえが伝わってくる。仮に軍手などをつけていると、鉈を持つ手元は狂いやすい。四条の近くでは木花が、高めの身長を活かして他の者が届きにくいような場所にある植物を鎌で刈っていた。店内を担当して掃除を行っている者のなかでは他にできないような作業なので、効率的な進み具合を促していた。
光球がそれなりな時間しか周囲を照らせないことや、役割を分担して行動することから、それぞれは懐中電灯で暗い店内を照らしつつ作業をしている。しかし懐中電灯の光を使いにくい狭い場所や、懐中電灯を使ってもそれでも見えにくい場所などは多く存在していて、青空が夜目を駆使して集中的にそのような場所の植物を除去することで作業に貢献していた。
窓などを中心に作業していたユウもいつの間にか厨房のほうへと移ってきていて、その頃には植物の除かれた窓から外の日差しなどが入り、店内をやや明るく照らす。窓で作業していた時は普通だったが、テンションが上がってきたのか今ではアクロバティックだったりファンタスティックな作業をユウは見せていて、仲間たちを感心させるとともに勢いに乗りすぎないよう注意を受けていたりもした。
店の外では〆垣と大谷 知夏(
ja0041)が外装に絡みつく植物を処理していた。〆垣は脚立から器用に移って建物の上に登ると、屋根の植物を手慣れた様子で片付けている。また、壁周りを主に担当する大谷は、どこか気分良さそうに作業をしていた。全部終わった暁には料理をごちそうしてもらえるという約束を店長にしてもらって、そのことが嬉しいらしい。そもそも下心ありで依頼を受けたのだ。時々野次馬に来た人間などに評判を聞いてみるが、どちらかと言えば内装よりも美味しい料理の味のほうが記憶に残っていたらしい。そんな話を聞くにつれてますます期待が膨らんだ。
と、作業をしていると、なにやら箱を抱えた青年や女性が近づいてくるのが視界に移った。彼らは箱を抱えたまま、軽く頭を下げて挨拶してくる。
一応挨拶を返しながら、大谷は問いかけた。
「ええと? ど、どなたっすか?」
聞くと、どうやら店で働いていた店員たちらしい。店長から連絡を受けて、差し入れを持ってきてくれたらしいのだ。
そこでいったん、休憩ということになった。箱の中には飲み物や軽食が入っていて、
「……頑張った後のバナナオレは、おいしい。頑張った後じゃなくてもおいしいけど」
などと、いち早くユウが目当ての物を確保していたりもした。
四条や青空が店員たちに詳しく話を聞いていて、木花は首にかけたタオルで汗をぬぐいながら差し入れを受け取っている。大谷がその場のノリでチャレンジャブルな色のパイを食べて、口から真っ赤な火を吐いた。
店員たちがいなくなり休憩が終わると、またそれぞれ作業に戻っていく。
●日も暮れて
時間も遅くなって陽の光がなくなると、いっそう店内は暗く思えるようになってきた。ただ、お泊り会みたいで楽しそう! などとはしゃいでいる青空の声が明るく響いている。門限などの関係もあって普通はこの時間帯に出歩いていることはできないが、依頼の場合は門限も撤廃される。このまま店に残って植物の繁殖状況を実際に確認するつもりなのだ。
彼らの話声を聞きながら、〆垣はふと作業の手を止めた。各人の努力によって進捗は全体的に芳しかった。特に店外の作業は〆垣と今はいない大谷によってほとんど作業が終わったこともあり、手のすいた〆垣は客席付近の作業を手伝っていた。
ぽつり、呟く。
「疎まれた植物、か……。荒々しい強さの中に、どこか脆さも感じさせる花」
手元を照らすように床へ置いた懐中電灯の無機質な光が、繁殖した植物の花を感情なく照らしている。
「だが、知らない花だ……」
「侘助が知らない、っていうのも珍しい気がするのだ」
その声は、いつの間にか近くに寄って来ていた、青空のものだった。
急に傍へ現れたその少年に対し、侘助は嫌そうな雰囲気を漂わせてはいない。
「ん。あえて言えば、ということなら似たような花を挙げられないわけじゃないが……。元からここで育てられていた植物ではないな」
「ということは、知夏のほうが当たりかもしれないなっ。だがこちらでもなにか分かるということはあり得るのだから、頑張って観察しないとだっ」
奥の方では四条がウトウトとしながらもどうにか意識を繋ぎ止めて植物を確認していて、その脇には輪をかけて寝ているのか起きているのか分からない無表情でユウが立っている。
木花は方々を歩いており、足元を懐中電灯で照らしていた。しかし未だ植物の繁殖に関する兆候は見られなかった。
「……動いた」
言ったのはユウだった。声につられてそれぞれが歩み寄ると、客席の仕切りの近くで、植物の先端部分がゆっくりと伸びだしているのが目に見て分かった。その伸び方は徐々にといった感じではあるが、本来であれば植物の成長が短時間で目に見えて分かるはずがない。
と――
全員が顔を突き合わせているこの状況で、木花はなにか背筋に冷たいものを感じた。振り向くことをためらわせる漠然とした気配。なにかを忘れているような言い知れぬ不安感。さまよう視線で他の仲間の表情を伺おうとする。
「…………っ」
木花の視界には、四条の顔の向こうで薄暗い店内を幾本もうごめく、植物の影が映っていた。咄嗟に電灯で周囲を照らす。自分たちを取り囲むようにして、植物が、不気味な繁殖を始めている。どこに灯かりを向けても繁殖の様子が確認できる。暗がりに頼りない懐中電灯の光だけで、薄暗い壁や床に満ちた奇怪に動く植物の群れに囲まれているという事実。それは言いようのないおぞましさが感じられた。
だが、そのまま見ているわけにはいかなかった。日を増すごとに繁殖力が強くなっているのか、それとも傷つけられたことでさらに目覚めたのか、ともかくこのままではまた明日の朝になれば元通りになってしまうかもしれない。
わずかな躊躇や決意を胸に秘めて、木花たちは作業を開始した……。
●原因
大谷は勢いよく扉を開け放つ。
きっかけは、たまたま通りがかった近くの雑貨屋の従業員の証言だった。後片づけで帰りが遅くなり、その頃にはもう件の不人気店が植物に覆われ始めていたころだったので、そちらを眺めていたらしい。すると、店が近所ということもあり何度か顔を見たことがあるような青年が、なにやらうろうろとしている。それはたしかに店で働いていた青年だったと思う。それらのことが、なんとなく印象に残っていたらしい。
植物に覆われた店が心配になっただけならば、わざわざ遅くにひとりでうろうろする理由もない。だいたい、植物を気味悪がって出来れば近づきたくないのではなかったのか。
そして、四条たちが聞き込みをした店員の中に挙動不審な人物がいたことも、大谷は幸い伝え聞いていた。特定されたその店員に証拠を並べて直接問いただすと、彼は意外なほどあっさりと犯行を自供した。
「――あんたたちっすね! 変な植物の種をばらまいたのは!」
自供した店員の青年いわく――人気店になれないという店長の悩みを解決するため、とある化学系の研究部にいる知り合いから特別な植物の種を貰い、こっそりと撒いてしまったらしい。最初はなにも言わず驚かせたかったのだが、本当のことを告げる暇もなく異常繁殖が始まって叱責されるのが怖くなってしまったらしい。
そして、その研究部の部室である。
遅くまで残っていた部員たちは苦り切った表情を浮かべ、そのうちのひとりが大谷を追い払うようにしっしと手で払うような仕草をした。
「ばら撒いたんじゃなくて、知り合いに渡しただけだよ。残りの種も捨てちゃったし」
あくまで責任は自分ではなく、種を撒いた知り合いにあると言いたいらしい。だが話を聞くに、独自に改良を施した植物の種を自分たちでも詳細なことも分からないまま、言葉巧みに知り合いに渡してしまったらしいことは明らかだった。
どうやら彼らから話を聞いても詳しいことは分かりそうにないと悟った大谷は、いったん戻ろうと踵を返しかける。
ふと気づいた。
「捨てた? 処分した、じゃなくてっすか?」
●花咲く?
「なんだか、そっちも大変だったみたいっすね!」
その夜、大谷が見たのは、無造作にたくさんの種が捨てられたせいで、草花が異常繁殖を始めていた用水路だった。これも早期に発見できていなければ、新たに大きな被害を出していたことは、間違いないだろう。うにょうにょとうごめくその姿は色々とショッキングな光景ではあったはずだが、持ち前のポジティブさですでに気分を切り替えていた。
その元気さに少しついていけないものを感じているのは、店内に残った者たちだった。
あの後、迅速かつ丁寧に作業を進め、さすがに疲労の色が見え隠れしている。
結局植物は全て撤去されることになった。植物の得体が知れないという点でどうしようもなかったのかもしれない。店内に入った店長はあちこちに残った植物による被害の痕跡に肩を落としていたが、心機一転して今度こそ人気店を目指すのだと語っていた。種を撒いた青年はだいぶ怒られて、それでも店で働き続けることになった。店のことを思っていたというところだけは認められたらしい。ちなみに研究部の人たちは告発されて、相応の罰を受けることになるようだ。
「この度はぁ、本当にありがとうございました」
そう言ってふくよかな体型の店長は、心から頭を下げた。
掃除だけではない。原因を突き止めてくれたこともそうだし、それぞれがくれたいろいろなアドバイスや、友達などへの宣伝もだ。
いつの日かそれらの種が芽を出して――花咲く時がくるのかもしれない。