春の柔らかい日差しの中で、一行の空気はどんよりと重かった。
「悪趣味の代償、か。怒られてるあんたは、怒っている彼女の話をしっかり聞かせてもらうところから始めた方がいい気がするが、な……」
話題に切り込むエミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)の頬を摘んだダナ・ユスティール(
ja8221)が「ほーら、笑って笑って」とほっぺたを揉みつつ、陰鬱な顔の祐也を振り返る。
「贈り物も大事だけど……祐也さんは、突然恋人が『人を刺した』とか言い出した挙句、罪を償おうとせずに埋めに行こう! とか言い出された相手の気持ちを考えてから、告げるべき言葉を探すべきかもしれませんね。筍料理の時までに」
ごもっとも。
「いいか。ちゃんと自分が何故怒られたのか、まで考えてから誠心誠意謝るように。考えても分からなかったら様子を見て聞くんだ。話してもらえないからで引き下がってたら進まないしな」
気になるのは、怒っている理由だけでなく、目も合わせない徹底した態度の原因だ。
問題が根深そうな気もする。
ヴィオーネと祐也たちの様子を横目で眺めつつ、紫鷹(
jb0224)は呆れかえる。
『相手がどう思うか、まで考えていなかったんだな、きっと』
信頼している人に対する悪戯ではない、と。
今更言っても、今は怒った彼女との関係修復が先な訳で。
祐也を連れた一行は、小さな飲食店や雑貨屋が連なる横道に入った。
「ちなみに……女を泣かせた方悪い、というのが、どこぞの世界の摂理らしいぞ。土下座くらいの覚悟はあったほうがいいかもしれない」
女心は秋の空、な鷺谷 明(
ja0776)は道端でたい焼きを買いながら告げた。
「……土下座」
「ま、まずはプレゼントですよ。ね! きっと仲直りできるはず。一緒に頑張りましょう」
水乃里狸(
jb9588)が落ち込む祐也の手を引いて、天然石のお店を指差す。
「肝心の誕生日プレゼントだが、天然石に興味があるのは間違いないんだな」
紫鷹の確認に、祐也は「そのはずです!」と珍しく自信のある返事。
「で? 好きな石や持っている石がどういう形状か、知っているんだろうな? ブレスレット、ペンダント、ピアス、置物……藍子さん本人や既に持っている石との相性もあるんだぞ?」
祐也の顔から自信の色が遠ざかる。
嫌な予感がした。
「……知りません。お店に付き合っても、ふーん、ぐらいの相槌しか、したことなくて」
このおバカさんをどうしてくれよう。
ヴィオーネが溜息をこぼす。
「仮にも恋人であるなら、相手の女性が好む意匠の類ぐらいは網羅しておくべきだ。全く同じものを贈ってしまうと『自分が身につけているものを、ちゃんと見てくれてない』ということになる」
ユスティールが「私もそう思うな」と女性のお洒落論を語り出す。
「アクセ一つ、仕草一つ、お化粧一つ。どれも女の子が恋人に気づいてもらいたい点ですよね。いつもと同じか、そうでないのか。見分けてくれるってことは、自分をちゃんと見てくれてるってことだし」
『せめて贈り物を選ぶなら、藍子さんの情報はできる限りゲットしておいてから臨むべきね!』
「……思い出せない、何、つけてたっけ」
重い。
空気が重い。
水乃がオロオロしつつ祐也に話しかける。
「お、お誕生日が近いって事は、4月の誕生石クォーツのお守りとかでしょうか。アクセは好き嫌いがあると思いますし」
同感だ、とヴィーネが肩を竦める。
「皆それぞれに好みのものがあるだろう。僕としては装身具の類はデザインが気になるかな。相手はどういった模様が好みなのか。できれば『好みのもの』で『まだ持っていないデザイン』がいい。つまり……知らない状態で闇雲に選ぶのは危険だな」
「どうすれば」
ユスティールは「最終的には祐也さんが決めないとね?」とにっこり。
仕方がないので紫鷹は石の浄化セットを勧めてみたりした。誰しも一度は使ってみたい品であるし、場所をとらない。水乃は小箱を手にとった。
「クォーツのジュエリケースなんてどうでしょう。好みを全く知らないなら、好みを知っていく機会も作っていかないと。このケースに入れる誕生日プレゼントを一緒に選びに行こう、とかは……デートの約束になります!」
お値段は張りますけど、と小声で一言。
一時間ほどしてから、ダメ男はストーンショップのレジに並んだ。
その日の夜のこと。
荷造りをしていた紫鷹は、何故か藍子のいる旅館に電話した。
「……はい、そうです。裕也さんに筍掘りの手伝いを頼まれた者なんだが、ええ」
旅館の女将と相談中だ。少なくとも『手伝ってくれるって言われたから着いて来て貰ったんだ(てへぺろ)』な未来は避けられたようなので確認を済ませると……藍子にかわって貰った。
「『――――はい、かわりました。藍子です』」
「藍子さんですか? 夜分遅くにすまない。祐也さんの依頼を受けた紫鷹だ」
必要な確認事項を済ませると、紫鷹は迷った末に尋ねた。
「どうも要領をえなくてな。いつもあんな感じなのか? ……ああ、それは、ひどいな」
藍子の愚痴通話を、紫鷹は忍耐強く聞いた。
日々は淡々と過ぎていった。
やがて約束の日に荷物を持ち、電車を乗り継ぎ、地図の旅館で一泊して、早朝早くに眠い目をこすりながら、一同は竹林の前へ集う。
汚れてもいい服装に、運動靴。軍手。日焼けをしないための防止に、ナイフや鍬などの農具。準備を整えた月乃宮 恋音(
jb1221)の隣には、袋井 雅人(
jb1469)がいた。
「……あのぉ、みなさん……そろったみたいですよぉ……?」
「じゃ、いくかー。足元きぃつけてな」
老人の誘導に従い、張り巡らされたロープを辿るように歩く。
「……すごい朝霧、ですねぇ」
月乃宮の言葉に頷きつつ、後ろの袋井が少し残念そうな顔をする。
『なんてことだ……私と月乃宮さんのラブラブな姿をみんなにしっかりと見て貰って、恋人っていいなー、と感じて頂き、祐也君と藍子さんの2人がお互いを好きな気持ちを取り戻してもらう、完璧な作戦が実行困難に! できるのは声ぐらいでしょうか』
袋井は恋人同士の仲の良さを見せつけたり、ラブコメ的パクニングを起こそうと情熱を傾けていたが……第三者の誰もが羨むとは限らない。それよりも一定距離を離れると、藍子たちや連なっている仲間の姿が見えない。
月乃宮は、袋井と自分をはぐれないように紐でつないだ。
老人が月乃宮達を呼ぶ。
「じゃ、ここら掘っとけや、がんばれよー、他の奴は奥だ」
場に残される。
やがて仲間達が其々連れられていくと、まさに二人だけの別世界。
「……はじめましょうかぁ……?」
「手伝います!」
体を寄せ合い、基本に忠実を意識して鍬(くわ)を振るう。
「……理屈としてはぁ……知っていましたけどぉ……案外、大変ですねぇ」
「でも二人なら大丈夫ですよ!」
霧の中に声が消える。
老人たちは筍の埋まっている位置に竹串をさしていく。
風になびく赤い布を眺め、ヴィオーネは熟練の目利きに感心していた。
「殆ど土に埋もれてるのに、よく見つけれるな。コツを習いたい位だが、ここから先は」
「私たちの仕事よね。筍、筍ーぉ! しっかり掘るわよ! エミリオ、競争ね!」
「初めての経験なんだが……数の競争か? それとも大きさ?」
一応、筍の掘り方はキチンと聞いているが『競う』の単語に戸惑うヴィオーネ。ユスティールは胸を張る。
「勿論! どちらがより筍を綺麗で、美味しそうに掘れるか! 無論、傷は許しません!」
品質が勝敗を決めるらしい。望むところだ。
早速ヴィオーネは竹串の傍を、鍬で掘り始めた。丁寧に土を削れば、筍をざっくりやってしまうこともない。やがて赤いブツブツの根に辿り着き「……これか」と眺めて刃を立てた。遠慮なく、ざっくりと切り込み、掘りあげる。
「掘りたての筍は土が纏わりつかないんだな。産毛みたいなのがツヤツヤで綺麗だ」
「エミリオ、はやーい。あれ。これ、わりとコツがいるのね……でも、なんだか楽しくなってきたわ。負けないんだから!」
ユスティールは挑戦的に微笑んだ。
紫鷹や水乃は、真面目に黙々と作業をこなす。
鷺谷も久々の日常に浸りながら、一心不乱に鍬を振るっていた。
「こんなことをするのは、久しぶりだねぇ。さて、もうひと仕事」
天魔の戦いとは縁遠い片田舎。
朝霧も漂う竹林の中で、まるで座禅を組んで精神統一を試みるような静けさに身を委ねる。精神を集中すれば、雑音など聞こえてこない。目の前にあるのは地中の筍。両手に感じるのは、大地に刺さる農具の重み。
やがて掴み取るは、きらめく汗が生んだ努力の結晶!
思わず筍を高々と掲げて達成感の愉悦に浸るネオ・ぼっち。しかし鷺谷のようにひとりの時間と環境を味わい尽くすタイプは勝ち組といえる。ささやかな達成感や小さな幸せの積み重ねこそが、幸福感を生み出す。
あっという間に、時間が過ぎた。
「いやはや、掘った掘った。水乃君たちも大量だねえ。旅館に戻ろうか? 筍料理のあとは縁側で緑茶をのみながらまったりしたい気分だ」
鷺谷が籠を担ぐ。
「はい。あれ? 紫鷹さんは?」
水乃が周囲を見回すが、紫鷹は自分の筍を持ち、能力を無駄遣いしつつ猛スピードで旅館に駆け込んだらしい。
その狙いは……筍の刺身と焼き筍であった。
筍の納品を終えて旅館に戻った面々は、まずは泥と汗を流すべく温泉に向かった。休館日なので勿論貸し切り。昼間から湯けむりに包まれる贅沢に、ヴィオーネはまったりとつかり、鷺谷は露天風呂で昨夜の風情ある望月を思い浮かべ、袋井は露天の仕切り越しに恋人とおしゃべりができないかソワソワしていた。だが恋人は一向に露天風呂に現れない。
それもそのはず。
女風呂ではユスティールや月乃宮が内風呂で入口を凝視するも、待ち人きたらず
やっと現れたと思ったら仲間の水乃だった。
「ど、どうしたんですか」
「それがね。ほら、料理の時に藍子さん達が仲直りしやすいよう、手助け出来ればいいと思って……どうして怒ってるのか、こっちで聞き出せないかしら。お風呂の間なら、少しは気が緩むかなって。せめて胸のつっかえが消せればと思ったんだけど……こないのよね」
「あ、私、さっき廊下ですれ違いましたよ。お風呂に行きましょう、って誘ったんですけど『私は従業員と同じだから』って言ってました」
別棟の自宅に帰ったらしい。
料理時間に全てかけるしかなさそうだ。
「えと……困りましたねぇ。……もしかするとぉ、お風呂の前で彼氏とばったり……をさけているのかも……でもぉ……本人にその気があれば達成できる条件をぉ……出しているのでぇ……怒ってはいても、嫌ってはいないと思うのですがぁ……はぁ」
先が思いやられます、と月乃宮たちは露天風呂に消えた。
台所では紫鷹が、至福のひと時を過ごしていた。
鮮度抜群でしか味わえない筍の刺身に焼き筍。そして皆の為も踏まえて大量に仕込んだ木の芽和えと土佐煮。調理の為に現れた皆を見て「では風呂を借りよう」と席を立った。
本来、筍のあく抜きには時間がかかる。しかし水乃は風呂に入る前に、アク抜きの材料を仕込んでいた。大量のすりおろし大根に塩小さじ一杯。ここに皮むきして一口大に切った筍を30分ほどひたす必要がある。浸けてる間に、別の料理を作ればいい。
「美味しい料理を食べると、幸せになれますから! さ、はじめましょう」
袋井と月乃宮達も料理を始める。新鮮でなければできない筍の刺身に、筍のグリル焼き。薄切りにした筍刺身の味付けは、たまり醤油と千切り大葉。アルミホイルの上でじっくり焼いたグリルや気には山わさび醤油やマヨネーズをお好みで。
「……いい匂いですねぇ……」
すん、と鼻を近づける月乃宮の隣で袋井は「もうひとつの筍をつかって色んな筍料理にチャレンジしたいですね!」といいながら、ちらりと周囲を見る。
『祐也君と藍子さんは……ん?』
楽しそうに料理するユスティールとヴィオーネが見える。紫鷹は入浴中で、藍子は黙々と作業していた。隣の鷺谷は皮むきをしながら地酒を使った料理酒を堪能している。曰く料理をすると、いつも闇鍋になってしまうとの事で、材料の皮むきなどを頼まれたのだ。
そしてろくでなし男は……水乃の隣にいた。
遡ること数分前。
水乃はある作戦の為、祐也を呼び出した。
『料理上手な彼氏ってポイント高い気がするんです。一緒に炊き込みご飯を作りましょう。それで味見をきっかけにぜひ会話を! 色々謝って、プレゼントも渡さないと!』
既に、お米、油揚げ、水、薄口醤油、酒は揃っている。
彼氏の手料理で藍子の機嫌をなおす作戦だ。
そして。
紫鷹が戻ってきた時、食事の準備は整っていたが……空気は重かった。贈り物も渡せていない。そんな中、手提げと炊き込みご飯をもった祐也が、藍子に近づく。何も言わずに、食前に並べたので、祐也の代わりに水乃が喋った。
「このお料理、彼があなたの為に作ったんですよ! ひとくちでいいので食べてあげてください」
「料理や掃除を、私にやらせてばっかりだった祐也が、料理できるわけないじゃない」
新たな新事実が明らかに。家政婦扱いだったらしい。
そりゃあ彼女だって怒る。
「……ごめん」
急に祐也が手提げを机の上にひっくりかえした。中身は浄化セットとジュエリーケース。
「俺は、何も自分でしてこなかった。全部、君に頼ってきた。この誕生日プレゼントだって、みんなに聞いたものをそのまま全部買った。藍子の好み一つ覚えてなくて、本気で心配してくれる藍子に寿命が縮むような嘘をついた、大馬鹿野郎だ。炊き込みご飯だって、言われるままに作った。だけど初めて自分で最後まで作った! どうか俺に、もう一度やり直すチャンスをくれ! 悪いところを直す! 藍子の欲しいものを贈れるような男になるから! 誕生日プレゼントを一緒に選ばせてください!」
そして土下座。
言われた事を全て実行に移した祐也を見下ろした藍子が箸を取る。そしてご飯を食べた。
「70点、次は旅館の味を叩き込むから。あと、次の週末の寝坊は許さないから!」
「藍子!」
ユスティールと顔を見合わせたヴィオーネが「まぁ、皆幸せになるといいさ」と肩を竦める。
どうやら話は落ち着きそうな気配だ。
紫鷹は藍子の隣に座って「不思議なんだが……何故聞いた事と感じた事の三割増な性格の人と付き合うんだ?」とかまをかけた。藍子が「これでも少しはいい所はあるの」と訴えだした時に、祐也の顔を見て笑う。
「良かったな、裕也さんの代わりに怒ってくれる人がいて」
袋井が頷きながら饒舌に喋る。
「いいですねぇ。恋はいいですよー! こう体が熱くなってドキドキして……」
麗らかにすぎる春の昼下がり。
エイプリルフールが招いた筍事件は、無事に終わりをつげたのだった。