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マスター:夏或
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/03/11


みんなの思い出



オープニング

 その梅花園には、樹齢百年を超える梅の花があった。
 庭師の丁寧な仕事ぶりにより、若木だけでなく古樹も爽やかに香りを運ぶ。

 近年になって古民家が見直されるようになった。大木を使用した建材は何十年経っても太く立派で、祖父母の時代に建てられた庄屋のような大邸宅も、最近は一種の博物館に近い営業をしている事がある。梅花園もまた、梅を愛した家主の意向に従い、広い日本庭園の中で散策の道を可憐に彩る。
「本当に助かりました。これでまた営業ができます」
 池に住み着いたディアボロを倒す為に呼ばれた撃退士たちは、ずぶ濡れの制服を洗濯してもらっている間、毛布にくるまって温かい麦茶を飲んでいた。臨時休館故に、館内は静まり返っている。
「でも壁が」
「いいんですよ。どうせ駐車場沿いですから。もうコーンを立てて、立ち入り禁止の看板は出してあります。明日にでも業者を呼んで、搬入口にでも作り替えますよ」
 大らかな老婆が眩しそうに庭を眺める。
 白い粉雪が、ちらちらと待っていた。
「おじいさまの庭さえ無事なら、構いません」
「この辺の名所だそうで」
「ええ。毎年この時期は沢山の方においで頂きます。どうでしょう、梅花ノ宴にご出席されませんか?」
 梅花ノ宴。
 それはこの庭園が白と赤の梅の花で満たされる頃に行われる催しだ。
 男女ともに和装なら入場と飲食は無料。
 ただし予約必須。
 梅の道の散策だけでなく、茶道の体験、琴の音色などをしっとりと楽しめる。
「さ、茶道の礼儀とか……わかんないんですけど!」
「いいんですよ、雰囲気を愛でる日ですから。小煩いおコゴトは無しです」
 席をとっておきますから、と撃退士たちは予約チケットを渡された。
 誰か大切な人と一緒に、和を愛でるのもいいのかもしれない。

 梅花ノ宴。
 咲き乱れしは梅の花。響くは琴の音。
 梅花の言葉は、忍耐、高潔、上品……そして、厳しい美しさ。


リプレイ本文


 貸衣装屋で「あーでもないこーでもない」と着物選びに熱中する妻を待つ鳳 静矢(ja3856)は、出入り口の囲炉裏端から壁を眺めた。
 梅花に彩られた広告ポスターがある。
「着物に和傘で梅の花の鑑賞会か……悪く無いな。ふむ、どんな着物を選んでくるかね」
 自分はいつもの袴姿だけれど、女性の装いは華がある。
「静矢さーん? どですかねぃ?」
 鳳 蒼姫(ja3762)の声が耳に届いた。暖簾の影から小首をかしげて現れた蒼姫は、青を基調とした地に白や紫の小花を散らした着物を着ていた。白地に銀糸の帯が上品で、柔らかな兎毛で作られた上着も、首からすっぽりと被れるポンチョ型だ。
「うむ……良く似合っているな」
「えへへ、静矢さんもいつもどおりだけどカッコいいのですよぅ」
 華やかな笑顔を夫に向ける蒼姫を眺め、静矢は優しく頭を撫でながら髪を梳く。
 鞄の代わりに和モダンの巾着を借り、雪降る小道に出て和傘を差した。
「行こうか」


 梅の花と同等に、よく用いられる絵柄がある。鶯だ。
 鶯色の着物を纏ったジェンティアン・砂原は、厚手の羽織を着てストーブにあたっていた。共に着た樒 和紗(jb6970)は着物を着慣れているせいか、一通りぐるりと着物を見ると、迷いなく着物や帯、帯紐を選んで奥の間に消えた。
「またせましたか」
 現れた樒は、花菱の地紋のすみれ色の色留袖を着ていた。桜川に青紅葉の裾模様が冴えていて、肩には生成のショールを纏っている。桜刺繍の足袋に漆塗りの下駄を通した。
「ううん。和紗は流石に着慣れてるだけあって、着物似合うね」
 砂原は「和傘は僕が持つよ」と言って立ち上がり、貸出の和傘に手をかけた。


 最近は風邪をひく者も多いらしい。
 次々にばたばたと倒れて苦しそうに呻く友人たちを見た美森 あやか(jb1451)は、お出かけや旅行は勿論、修学旅行も休んでいた。別に友人の風邪ばかりが理由ではないが、元々出かける機会は少ない。
 だから赤い着物を選ぶあやかは、とても楽しそうだった。
「梅柄いっぱい。やっぱり赤系の振袖かな。後数日しか着れないし」
 最近、若い少女向けに様々な着崩しの着物ドレスが出回っているが、元々着物は作法がうるさい。例えば振袖の着物は未婚の娘しか着てはいけなかったりする。細かいことに気を配るあやかに対して、翠の着物を着た青年は「別に良いと思うけど?」と声を投げた。
「あやかなら後十年は着ていても可笑しくないよ。振袖の方が華やかで綺麗だしね」
「子供扱いしてない? お兄ちゃん」
 お兄ちゃん――こと、美森仁也は複雑な顔で「そうじゃないよ」と笑って返す。
 あと数日でめでたく夫婦になるといっても、長年の癖は抜けないものだ。あやかは梅を散らした赤と金の振袖を持って、仁也の元へ行き「お兄ちゃん、着せて」とお願いする。
 お店の女性がオロオロしながら「お着せしますよ?」と気を利かせてくれるが、気遣いは不要だった。仁也とて伊達に長生きしていないという自負があったし、大切なお姫様を他人にあずけるのは不安だからだ。別室でてきぱきと着付けて完成した。
「おいで、あやか」
 玄関で大きめの和傘が、ばさりと開いた。


 和傘の端へ伸ばした手は、白い花びらにも似た牡丹雪に触れる。雪の結晶は儚く溶けた。
「梅は白が好きですけど、紅梅も見事ですね」
 赤に薄紅、フチだけ赤い不思議な梅も、色鮮やかに視界を彩る。
 風情を肌で感じながら、思い出すのは庭先の梅。
 遠い記憶。
「こうして竜胆兄と歩いていると、幼い頃を思い出します。俺の体調が良い時は、手を取って庭へ連れ出してくれましたよね……」
 思い出話を始めた樒を、砂原はじっと物言いたげに見ていた。
「竜胆兄、なんです」
「和紗……年頃の女の子なんだから、こう、例えば彼氏と一緒に行かないの? 呼んでくれるのは嬉しいけどね」
 樒は砂原の言葉に、つん、とすました顔で「仕方ないでしょう」と切り返す。
「俺にはそんな人いませんから。でも竜胆兄に迷惑でなかったなら、良かったです」
 男言葉が抜けない上に、色恋沙汰と縁がない。その自覚を持ちつつも、事あるごとに砂原を呼び出していた事を気にしていた樒は、となりを一瞥すると「ほっ」と息を吐いた。
「ところで……この木でしょうか、樹齢百年を超えるという古木は。風格がありますね」
「ふむ、これが樹齢百年超の梅?」
 砂原は空洞化の進む枯木を見上げて、風情だけでなく貫禄や威厳も感じていた。
「知っていますか、竜胆兄。梅の異名は『春告草』が有名ですけれど、香雪というのもあるんです。今の状況のようですね」
 梅花に降り注ぐ白に目を細めた。


 あやかと仁也も梅の庭を静々と歩いていた。雪降る庭の寒さはどうにもならないけれど、和傘の持ち方一つで濡れさせないことはできる。仁也の心配りが、あやかの胸にしみた。
『あやか、一緒の傘に入ろうか。梅は遠くから眺める方が綺麗だと思うけど、あやかは近くでも見てみたいだろう?』 
『うん』
 そういって歩き出して半時。可憐に咲く梅を眺めていると、白い吐息と共に心が震える。
「こんな時に、なんというか、話が変わるんだけど」
「なあに、お兄ちゃん」
 和傘を持っていた仁也が頬を掻いた。つぶらな瞳を見下ろして幾度か言葉につまる。
「えーと……その、そろそろ『お兄ちゃん』呼びは……止めにしないかい? 俺はあやかの夫になるんだぞ?」
 家族として過ごしてきた。その時間が長いのは分かる。しかしいざ夫婦になると決まった今『お兄ちゃん』呼びは中々に堪えた。あやかは「うん、それの話で私も困ってるよ」と告げる。
「え、なんで?」
「んー、お兄ちゃんには『あなた』で、お兄ちゃんを知らない人には『旦那様』って言えるけど……親友とか、お兄ちゃんをある程度知っている人と話す時の呼称がしっくりくるモノが見つからなくて……ちょっと悩んでて……」
 あやかの呟きが右から左へ流れていく。
 一瞬でも『あなた』とか『旦那様』と呼ばれた仁也の顔は華やいでいた。


 濃紺の羽織袴で地味にまとめたロドルフォ・リウッツィ(jb5648)のとなりには、淡い桃色に梅の花が映える着物姿のフィーネ・アイオーン(jb5665)が立っていた。和傘をさして園内を歩くリウッツィは、可憐な梅花の道を歩きながら情緒に浸った。
「日本といえば桜って思ってましたが、梅も綺麗ですね。お嬢」
「桜も見応えがあるそうだけど、梅の花も綺麗ね」 
「この国には……この世界には、美しいものが沢山ある。それを感じられるようになったのも、お嬢のお陰なんですが」
 リウッツィは照れたようにアイオーンを見た。傍らに咲き立つ花は、梅花の景色に溶け込んで見える。一瞬、ぼぅっと見入ったリウッツィに、アイオーンが「行かないの?」と小首をかしげた。慌てて歩を進める。
 和傘はひとつ、歩みは同じに。
「こういう景色が見れるのだから、この世界に来て良かったのかもしれないわね」
 アイオーンは赤い梅に指を伸ばす。風流を愛するとは、きっとこういうことなのかもしれない。自分なりに考えて今の環境に落ち着いたはず、とアイオーンは考えていたが、どういう経緯であれ、リウッツィも自分らしい生き方を見つけられたのなら……『此処』を選んだ価値がある。
「お嬢、ちょっと失礼」
 風に煽られた和傘には、牡丹雪が積もっていた。小屋の軒下で立ち止まり、煽られた傘から雪を落とす。その一連の動作を見ていたアイオーンは、リウッツィの着物の合わせ目に気づいた。
「え、お嬢?」
「……やはり大きな傷跡になってしまってますわね」
「あ、……あー、その、あれは仕方なかったんです。奴を叩き伏せるには高度を下げさせる必要があったから……こんな火傷くらい安いもんですよ」
「ロド、もう……いい加減に……無茶は止めて」
 アイオーンの瞳から涙が零れた。仰天したリウッツィがオロオロしながら周囲を伺う。ずいぶん奥まで歩いてきていたので、他の足音は遠い。
「そんな顔、させたい訳じゃないんですよ、ホントに」
 暫く考えあぐねた後、リウッツィはアイオーンを抱きしめた。
「俺の命にそこまで価値があるとは、その、正直思ってなくて、ですね……俺っていう『1』が落ちる間にお嬢が『10』の命を救えればそれでいいかなって。俺だって無暗に命かけてるわけじゃないっすよ。お嬢だから、お嬢が守りたいと願ったものだから命張るんです」
 アイオーンの頬を涙が伝う。溢れて、とまらない。
 救える命があるなら全てを救いたい。それは自分も同じこと。けれど何かの為に、誰かの為に、気軽に己の命を張れてしまうリウッツィの事が、無性に悲しくて仕方がなかった。
 時が過ぎていく。
 リウッツィは、くしゃりと自分の前髪をかき回した。
「ああ、でも、きっと……それじゃダメですね。お嬢にそんな顔させてたら……守ったなんて言えねえ。貴女の守りたい世界に、俺なんかが入っててもいいんだろうか、なんて」
 アイオーンを腕に閉じ込めて呟くリウッツィの前で。
 深々と牡丹雪が降り積もっていく。


 折りたたみ傘とは違う、古き時代から続く和傘の趣。
 庭園に似合う和傘を持った静矢に寄り添う蒼姫。二人は静かな雪の小道を歩いていた。
「梅にもこれだけの種類があるのだな」
「たくさんの種類の梅があるのですねぇ。凄いのですよ。香りも良いですねぃ」 
 低い枝に咲いた梅に顔を近づける。澄んだ梅の芳香は、冴えた空気の中でも分かった。
「咲き誇る梅の庭園に舞い散る雪、か……一枚の素晴らしい風景画のようだねぇ」
 牡丹雪はひらひらと白い花が降るようだ。梅花に並ぶ妻を眺めて、静矢の目が弧を描く。
「でもぉ……雪は趣があるですけど、寒いのですよぅぅぅ」
 蒼姫はぷるりと身震いした。徐々温かいものを頂く時間かもしれない。


 青々とした畳に漂う抹茶の香り。
「抹茶と和菓子って落ち着くですよねぇ。んー、甘酸っぱい」
 梅の和菓子を口に押し込んだ蒼姫は、幸せそうに頬を緩めた。体も心も温まっていく。
「梅の風味を味わいながら梅を鑑賞する……風情があっていいね、蒼姫」
「ですよぅ。折角ですし、もうワンセット食べてしまいますかねぃ」
 お品書きの写真に目移りする妻を見て、くすりと微笑む。改めて注文を取りに来た老婆に、静矢は話しかけた。
「美しい庭でした。持ち主の心が見えるようで」
「ありがとうございます。おじいさまもお喜びになります」
「ところで、此方の庭園は御爺様の趣味で作られたとの事ですが……何故此処まで梅を愛されたのでしょうか?」
「大切な方との約束の表れなのだそうですよ。いつかもう一度、共に梅を見よう……と。楽しみを増やそうとした想い数だけ、約束が叶わなかった年数分、静々と梅の木が増えていった。祖父は死ぬまで梅の木を増やし続けました。この庭は……想いの結晶なのです」
 老婆は穏やかな顔で戻っていく。
 鶯鳴きの廊下を挟んで、広大な庭に咲き誇る梅の木々。
「蒼姫……食べたら、もう一巡りしてこようか?」
「もう一巡りですねぃ? 行くですよぅ」


 ところで。
 畳の部屋で凛々しく抹茶を頂いていた砂原は、隣の樒へ梅の和菓子を差し出した。
「甘いお菓子は苦手だから。和紗、お食べ」
「ふふ、竜胆兄は甘いものダメですものね。はい、頂きます」 
 柔らかい微笑みの影に浮かぶ何か。琴の音色の中で庭を眺めているにも関わらず、樒の心は別の場所にあった。瞼を閉じれば思い出す。撃退士を選んだ頃の自分というものを。
「……アウルが発現して、すぐは迷いがありました。俺に撃退士が務まるのだろうか。足手まといにしかならないのでは、と。 でも今は……一生懸命頑張ろうと、そう思っています。俺にはそれしか出来ませんから」
 砂原は黙って聞いていた。やがて「そっか」とだけ短い返事をした。
「和紗は護るから、自分の道を行くんだよ」
 樒は砂原の言葉に目を丸くしたが「ありがとうございます、竜胆兄」と告げた。
「……でも竜胆兄も自分の道を歩んで下さいね?」
 一人だけでは、意味がないから。


 閉園が迫る頃になると、庭は光で照らされた。
「……梅の花は、まだ寒さが残る時期から咲き出す。厳しい時に必死で生き抜く姿は……天魔と戦う私達と、似たような物なのかもしれないな」
 闇に吸い込まれそうな雰囲気すら孕んだ夫の袖を、蒼姫がひいた。
「梅は、強いのです。そして静矢さんも人もそれぞれみんな強いのですよ」 
 静矢は「……そうか……そうだな」と呟きながら頷く。
「この花のように、自然に散りゆくまで……御互いに、自然に終わりを迎えられるまで、寄り添って生き抜き、戦い抜いていこう……蒼姫」
「はい、ずっと一緒ですよ」
 屈託なく微笑む蒼姫を抱き寄せた静矢は、存在感を確かめながら頭を撫でる。
「ありがとですよぅ。静矢さん、ずっとずっと大好きです」
 庭の主は、叶わぬ思いを梅に重ねたという。
 けれど大切な人が傍らにいる自分たちは、相手との時間を重ねていくことができる。
 庭の片隅で、二人の影は降り積もる雪に溶けた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
惑う星に導きの翼を・
ロドルフォ・リウッツィ(jb5648)

大学部6年34組 男 ディバインナイト
希望の先駆け・
フィーネ・アイオーン(jb5665)

大学部6年190組 女 アストラルヴァンガード
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター