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マスター:夏或
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/08


みんなの思い出



オープニング

 早咲きの桜が、枝もたわわな薄紅の花を咲かせていた。
 春の到来である。
 牡丹の花にも例えられた白銀の雪が溶け消えて、蕗の薹に代表される緑が地に茂り、肌寒さを忘れる陽気に抱かれて、うっつらうっつらと睡魔が瞼を掠めていく。授業もどこか夢心地。見慣れた桜の街路樹にも薄紅の膨らみが見え始めた頃、下一結衣香が花見の話を持ってきた。

「桜かぁ。いいねぇ、春が来たって感じがする」
「でしょ」
「少し肌寒いけど着物を着て、重箱にお弁当をつめて」
「うんうん」

 赤、薄紅、白に赤紫。
 桜というのは種類が豊富で、遅咲きも含めれば随分と長い期間を楽しむことができる。
 風流を愛する国民性故か、この時期は桜を愛でる者で溢れかえる。
 惜しむらくは良い場所を奪われてしまうという事くらい。

「でも場所取り、大変よね」

 花見は休日に行われることが多い。そうでなくとも花降る一等席は奪い合いになりがちだ。だからグループで示し合わせて花見を試みると、誰かが前夜から場所取りをしている事も少なくない。そうした事態が発生すると誰かが体調を崩したりと、あまり楽しい思い出にならない事も屡々ある。

「場所取りなんていらないよ」
「えー、思いつくまま行っても花見の場所なんてとれなくない?」

 下一結衣香は不敵に微笑んだ。

「このアルバイトの鬼に任せなさいよぉ!」
「結衣香さん、カッコイイ!」

 どや顔の結衣香が何を企んだのか、学生達は後日知る事になった。
 彼女は早咲きの桜並木が咲き誇る河川敷を周遊している遊覧船を貸し切った。ウォーターシャトルである。白亜に塗られた小舟の甲板からは、川へせり出す薄紅の桜が美しく見えるという。

「結衣香さん、カッコイイ! で……学割あるの?」

 ウォーターシャトルを貸し切るのだから相当な額を払わされるに違いない。
 覚悟を決めた生徒達が、ごくりと喉を鳴らして結衣香の言葉を待つ。
 すると企画者は朗らかな笑顔を浮かべた。

「やだなー、お金はとらないよ」
「嘘だ」
「本当デース」
「その笑顔は、何かあるでしょう」
「花見当日は、みんな一張羅着てきてね! あと弁当も張り切ってね! なんだったら売店で花見弁当の松でも買って贅沢してもいいのよ! 伊勢エビのグラタンおいしいよ! ついでにカメラマンが横を通っても気にしない精神力求む」
「……広告のモデルですか」
「ビンゴゥ」

 相変わらずアルバイトの延長で休日を楽しむ事になりそうである。


リプレイ本文

 川沿いに咲き誇る、満開の花。
 風に遊ばれて舞い散る花が水面を薄紅に染めていく。
 これこそが美しきうつつの夢に他ならない。

 青い水面を写したミニ丈の春色ワンピースに白いレースカーディガンを羽織った蓮城 真緋呂(jb6120)は待ち合わせていた樒 和紗(jb6970)の格好をしげしげと眺めた。
『おお……美人は何を着ても似合って目の保養』
 ミモレ丈の白フレアワンピースに藤色のカーディガンを羽織っている姿は新鮮だ。
「和紗さんは着物だと思ってたから意外」
「俺も和服ばかりではないのです」
 樒は「予想を裏切ってみました」と言って胸を張る。華やかに囀る乙女達の間に、桜色の花弁が舞い降りた。出向した舟は川沿いを旅する為、時々川の縁へとせり出した枝が船体に擦れて花吹雪を散らしていく。
「桜は好きです。咲くとうきうきします」と言った樒は苦笑い一つ零して「……が、俺がそうなると皆驚くのですよね」
 解せぬ、と言わんばかりの遠い眼差し。蓮城は『いつも落ち着いてるものね』と思った。
「あ、うん。和紗さんが浮かれてると、確かに驚く」
「何故。まあ今に始まった話ではないのですが……とりあえずお弁当にしますか」
 ちょん、と差し出したのはお正月のおせちにも負けない五段重だった。旬の味覚を取り揃えた行楽のおかずに、蕗のそぼろ煮や菜の花のからし合え、袱紗寿司などが彩りを添えている。対する蓮城も五段重を持ってきていた。特製ミートローフやロールキャベツ、豆のサラダにハンバーグ、と洋食一押しである。軽く十人前はありそうな分量だが、これは実質二人分に他ならない。主に大食らいの蓮城のためだ。驚くような食欲で重箱の半分を空にした蓮城は、正に花より団子そのままだ。
「そういえば夢見草……とも言うわね。桜は」
「花の雲、ですね」
 夢のように儚く、美しく、綺麗な桜は様々な言葉に形容される。愛でられる所以を肌で感じる蓮城が瞼を閉じて桜の薫りを胸に吸いこむ。
『季節が廻って春、か。心機一転頑張れると良いな』
 ふいに艶やかな髪が梳かれる。樒の白い指だった。きょとりとした蓮城は「大丈夫よ?」と囁いてから微笑んだ。励ますような、労るような、そんな温かい眼差しだった。
 たまにはこんな穏やかな時間もいいかもしれない。
「さて、お弁当足りなかったから購入分も食べよ」
「お弁当、やはり足りませんでしたか……」
 次は十段でしょうか、と呟く樒の前で蓮城は購入していた花見弁当に食らいついた。
『今日は綺麗な桜を見て、いっぱい気分転換しよ!』


「綺麗ですね、やっぱり……桜は格別です」
 桜の下を潜る星杜 藤花(ja0292)は水晶と翡翠のブレスレットを填めた手で、枝もたわわな花に触れる。はらはらと落ちる花びらは、桜色の友禅生地で作られたマキシ丈ワンピースに付着して、さながら花模様を呈していた。悩んで選んだ一張羅は花見に最適だ。
「なんだかロマンチックな感じですよね」
 後で桜を絵に描こう。そう思って振り返る。
 すると「そうだね」と囁く星杜 焔(ja5378)が微笑んでいた。普段の黒づくめ姿からは想像もつかない春らしい装いをしていて、その手には妻とお揃いの翡翠と水晶のブレスレットがある。焔の視線は妻の米神に注がれた。
『藤花ちゃん、この前の髪飾りつけてくれてる。嬉しいな』
 藤花が身につけているアクアマリンと淡水パールの髪飾りは焔の作だ。
「船からお花見、楽しいね。小さい頃思い出すな」
「はい。お花見は楽しいです。でも……わたし、焔さんのお弁当も楽しみなんです」
 時計の針は昼時を示している。食事をとるには頃合いだろう。藤花は朝からお弁当に心を馳せていた。きっと凄いんだろうなぁ、と想像力を働かせたものだが、実際には予想を遙かに上回る完成度を誇る。
「お弁当は腕によりをかけたよ!」
 広告に写り込むかもしれないと思うとやはり熱が入る。断面が羊と桜に見える二種類の飾り巻き寿司は愛らしく、菜の花だし巻き卵や筍煮物など旬の食材を使ったおかず色々の数々が視覚的にも春らしさを演出する。早速撮影隊が目敏く弁当を発見して撮影に来た。バッシャバッシャと撮影されて「ありがとうございましたー」と去っていく。
「焔さん。食べるのが相変わらず勿体ないです」
「ありがとう。でも食べて貰わないと寂しいな。あと……つい伊勢海老のグラタンも買ってしまったよ」
「伊勢エビのグラタンも凄いですね。半身にぎっしりです」
「美味しいのは色々食べて研究しないとね」
「でもきっとこういうのが、焔さんのこれからに役立つと思います」
 誰かの求める味を可能な限り提供できる料理人を目指す焔は「だといいなあ」と笑ってからお膳をとりわけ始めた。


「きれーい」
 桜がよく見える席に腰掛けた美森 あやか(jb1451)は思わず手を伸ばした。その手首に輝くのは愛しの旦那様から貰った天然石のブレスレットに他ならない。小春を思わせる黄色のワンピースとジャケットに、桜色のストールはよく映える。
「ああ、きっと夜桜も綺麗だろうな」
 夫の美森 仁也(jb2552)が双眸を細めた。欲を言えば夜桜を眺めながら酒を一献、と言いたいところだが、麗しの妻は未成年である。一人で飲んでも味気ないのは目に見えているので、こうして昼間の観桜会となった。
 妻の笑顔が見れれば眼福、と言うと惚気話だろうか。
 夫妻の様子を礼野 智美(ja3600)はひっそりと見守っていた。
「……妹が姉上に変わっただけで、後はこの前の桃の花見と同じだよな」
 生憎と妹は原稿に忙しい。だから今日の同行は礼野 静(ja0418)だ。
 たまにはこういう組み合わせも乙なものだと感じながら、智美はうららかな小春の木漏れ日を肌で感じる。桜の狭間に輝く太陽の熱が温かい。長袖シャツにズボン、念の為のジャケットという装いだが、上着は不要なほどの温かさだ。
「二人ともお昼にしよう」
「そうだ。折角の席だしな」
 仁也は己の黒いシャツとズボン、そしてジャケットを見下ろしてから智美を振り返った。
「こうして見ると、俺と智美は同系統の色の服多いよな」
 すると様子を見ていたあやかが「おに……旦那様も智ちゃんも、黒色の服多いもの」と一声投げる。おにいちゃんと言いかけた事を耳聡く聞かれて夫婦間に微妙な空気が流れたものの、隣の静が「智美ももう少し明るい色の服を着れば良いのに」という突っ込みにより、苦笑いが周囲に零れた。一見、男装に等しい智美は遠目には男に見えなくもない。
「お弁当足りるかな」
 三人を見回すあやか。
 智美は手元の苺ムースの包みを見た。
「姉上は小食だし、あやかの弁当も美味しいけど、花見弁当も……買ってこようか」
 智美はあれこれ考えた末に、花見弁当と伊勢エビのグラタンを購入した。
「おまたせ」
 机の上に紙皿と箸とお手拭きが置かれていく。
「取り分けと切り分けはあたしがしまーす」
 伊勢エビを万能包丁でカットした後、あやかは早速、魔法瓶を取り出した。
 中身は温かい無糖の紅茶。自作の花見弁当は旬のタケノコご飯。新玉葱とレタスとサーモンとアボカドのサラダ。半熟のゆで卵にアスパラのベーコン巻。菜の花の辛し和えに鳥の唐揚、鰆の味噌漬け焼きと見るからに彩りが美しい。
 桜色の振り袖に、防寒具とストールを重ねた静が桜を見上げる。
「それはそうと。春は部活の皆でお花見もするんですよね。人数いますし」
 皆の弁当を少量ずつ分けてもらいながら、静は貰ってきたパンフレットを眺めた。
「今年のお花見、船を借りて……と言うのも一つの手かもしれませんね」
 漆黒の黒髪がそよそよと春風に揺れる。


 帯や簪を桜模様で揃えた和装の朝霧 紅(jb7720)はにぎやかな面々をぼんやりと眺めていた。
『兄上以外との外出なぞ久しぶりじゃ……花見を楽しみつつ、仲良くなれればよいのじゃが』
 心待ちにしていた花見だ。しかし初見の相手もいるので、なんとなく身の置き所を計りかねていた。元々の人見知りも手伝って、不安な気持ちが拭えない。
 着物に羽織り、黒地のかんかん帽をかぶった百目鬼 揺籠(jb8361)は「へぇ、見事な花筏ですねぇ」と頭上を見上げる。
 隣のVネックにカーゴパンツを合わせ、春のコートを羽織った凛々しい小野友真(ja6901)は歓喜で震えていた。
『花見に誘って貰えるとか、思ってたより仲良し店面子……!』
「おっしゃ楽しく遊ぼうぜーい!」
「いいですね。ほらほら、ルナさんもたまにゃ日本の四季を楽しみましょうぜ。ついでに帽子もステマできるし!」「え〜、めんどくさい〜」
 百目鬼に手招かれた紀里谷 ルナ(jb6798)は一見幼く見える……というか本人が意図的に幼くしている。その最大の理由は『荷物持つの嫌だし』というものだった。子供でいよう、と決意した紀里谷ではあるがお洒落や帽子、伊達眼鏡でモテ狙いに余念がない。
「そんなこといわないでくだせぇ」
「えー? うんまぁ、楽しいなら」
 たまにはこういうのもいっか、と思える。切り替えの早い紀里谷は、早速一人でふらふらしている女の子に声をかけ始めた。バイトの仲間は完全放置である。
 小野が百目鬼に目配せした。
「店長相変わらずナンパ好きよな……」
「違いないですねぇ」
「って言ってる端から女の子が困ってる予感! 止めてくる! あーごめんな、このちびっこマセててなー」
 頭を鷲掴んで制止する。端から見ると保護者だ。
 百目鬼が肩をすくめて振り返ると、朝霧が立ち尽くしていた。緊張したまま一点を凝視している。視線の先には春物シャツワンピとクロップドパンツに身を包んだ秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)がいた。
『なるほど』
 妙に静かな空気が漂っている中、聡い百目鬼は状況を察した。まず「紅サン」と声をかけてから朝霧の頭をぽんぽんと柔らかく撫で「ちょいと待っててくださいよ」と言い残すと紫苑を連れにいく。伺うような幼い眼差しに笑って手を差しだして物陰から連れ出すと、朝霧の方へと歩きながらやんわりと背を押した。
「紫苑サン。誰もとって食ったりしねぇですし、大丈夫でさ」
 朝霧と紫苑が辿々しい自己紹介を始めた頃、小野にナンパを阻止された紀里谷は一人、離れた場所で絵を描いていた。描くのは桜の花と笑顔の仲間達だ。
『後でお店に飾ろっと!』
 すると紀里谷の手元に陰かかかった。
 後方に回った百目鬼が手元をのぞき込もうとしていた。思わず絵を隠す紀里谷に「ルナさん、見せてくれたって良いじゃねぇですか……!」という抗議の声があがる。
「後で飾るし」
「なおさら絵を隠す意味がどこに!?」
 口論を聞きつけた紫苑が「お絵かき……」とつぶやいて二人の周囲をちょろちょろし、朝霧は微笑みを浮かべて様子を見守る。水面の風に、ぷるりと肩を震わせたのを見かけた小野が「紅さんは寒ない? ストール巻いとく?」と気遣っていた。
 賑やかな一同も甲板の一角に花見の席を設ける。
 小野が何かを探しているのをみて、百目鬼が「どうしやした」と首を傾げた。
「いや。揺籠さん、甘いもん何処にあるかな……っと」
 すると朝霧が風呂敷包みを取り出した。
「桜……といえば、桜餅であろう? 遠慮せずに食べて欲しいのじゃよ。口に合うとよいのじゃが……」
「友真サン。桜餅、紅サンの手作りですって。心して食うが良いですよ!」
 さあさあと手渡す百目鬼は楽しそうだ。紀里谷は黙々とおやつを食べつつ、バイトをいなす。
 菓子をふるまった朝霧は手元に落ちた一輪の桜を指でつまむと、紫苑を振り向いた。
「ちと、よいかの?」
「なんですー?」
 華奢の指が、そっと丁寧に紫苑の髪へと花を差す。
「……うむ、紫苑に似合うと思ったのじゃ」
 紫苑は目をぱちくりさせた。
「そうですかねぇ、良い気しかしやせんねぇ……でも桜餅の方が似合うと思いやせん? 桜の花は、紅の姉さんも似合いやすよ!」
 桜餅を口にくわえたまま、ワンピの裾にふりつもっていた桜を集めて朝霧の頭に降らせる。
 花吹雪だ。
『花も好きだが団子も好きでさ! ……今回は大勢ですねぇ』
 みていた小野がからからと笑った。
「紫苑ちゃん沢山食べるんやでー。みんな飲み物大丈夫かな、喉もかわくよな。ちょっと買ってくる」
 何がいい? と聞いて回る小野。ドリンクのメニューに悩む紫苑達と桜を眺めた朝霧は百目鬼を振り返る。
「誘ってくれてありがとの……?」
 桜餅と花見のティータイムは和やかに過ぎた。そして全員で記念撮影を……と試みた時、格好つけておどける百目鬼を見つめた紫苑が爛々と輝き「知ってやすぜそれフラグって言うんでしょう!」と言って体を押した。
「……え?」
「船の上で急速転回はバランス崩しますねそうね!?」
 川へ落下寸前の百目鬼を救出したのは小野で、カナヅチの朝霧がひたすらおろおろとしていた。


 乗船する前、夜桜 奏音(jc0588)は暇そうにしている者達に声を投げた。
『のちほど野点を開催するので、よかったらどうですか』
 おまちしています、と。
 そう告げて巫女装束を翻した。
 宣言通り、夜桜は甲板に毛氈をひき、野点傘を立て、そこでお弁当を食べはじめた。食事の後は野点を開催する為だ。お茶やお菓子は持参してあるし、一度正式に振る舞った後は流れ作業で出すこともできる。夜桜は客人をのんびりと待った。
「は〜……桜、凄く綺麗です」
 食後のホットココアで体を温める炎武 瑠美(jb4684)も川沿いに咲き誇る桜に魅入っていた。まったり和やかな日差しを浴びて、睡魔の誘いに負けそうになった頃、鼻腔に香る甘い香りに気づく。我に返って周囲を見回すと、見覚えのある姿が見えた。
『あそこにいらっしゃるのは……修学旅行でご一緒した夜桜さん? そういえば野点をするとかなんとか……』
 睡魔が何処かへ吹き飛び興味をそそられる。色々片づけてから緋色の席に近づいた。
「あ、あの……お邪魔してもいいですか?」
「ええ、どうぞ。そちらの席へ」
 誰か一人が声をかけると、気になる者は後に続くものだ。
「お船でお花見なのですぅ〜、夜桜ちゃん、おじゃまするのですぅ」
 長い黒髪を春風に靡かせた深森 木葉(jb1711)は桜をイメージした薄紅の小袖に朱色の袴を着用し、腕には風呂敷の包みを抱えていた。白い紙舞日傘をぱっちりと閉じて、大きな傘の影に座る。
「おはぎをつくってきたのですよ。さしいれなのですぅ」
「ありがとうございます。おいしそうです」
「その……見た目は悪いですけど……ちゃんと食べれる……と思うのです……」
 精一杯の努力をした。見目より味に期待したいところである。
「桜を見ながら野点か、風流だね。お邪魔させてもらっても大丈夫かな?」
 食事を終えた黄昏ひりょ(jb3452)が、穏やかな物腰で茶会の輪に加わった。両脇を見て「俺も何か差し入れ持ってくれば良かったかな」と苦笑い一つ零す。後々になってから『売店行けば良いんだ!』という事に気づくのだが、必要な時には思い出せない……という現象は誰しもままあることだ。
 夜桜は準備をしながら、皆の緊張を解きほぐす。
「作法などは気にせずにごゆるりとお楽しみください」
 最初はびくびくしていた炎武も、数多くのお菓子を食べ初めて、お茶を頂く頃になると肩の力がぬけていた。
「お抹茶は……家にいる時以来です。なんだかまったりしちゃいますね」
「でしたら良かった」
「桜にあうというか……戦いの合間の、こういう穏やかな時間、大事にしたいな。それに、こういう景色も守っていきたい、ですし」
 視界を覆う桜花のトンネル。
 明日からまた戦いの日々と分かっていても、この夢のような一瞬を脳裏に焼き付けていたくなる。
 抹茶を配り終えた夜桜は瞼を閉じた。花の香りが鼻腔を擽る。
「もう、春ですねぇ」

 慌ただしい環境にいると、四季は瞬く間にすぎていく。

 野点の後、深森は甲板を歩き回り、舟の進行方向に合わせて最も花が美しい場所へと選んで腰を据えた。舞い落ちる花弁をうけとめて、鶯のように囀るのは得意の詩。
「……春うらら
   薄紅の羽根、風に舞う
   夢見の鳥と、優雅に踊れ」
 蝶の姿を花の狭間に探して微笑んでいた。

 一方、野点を後にした黄昏は花見弁当に舌鼓をうちながら、桜を見上げていた。
『美味しいな、これ。ボリュームも満点だし、それに、風はまだ多少冷たいけど、壮観な景色だ』
 他愛もないことを考えていると、思考は深く深くへと沈んでいく。
 麗しい花を見上げながら、黄昏の心は張りつめた糸のようだった。
『悩みは尽きない』
 様々なことを、考えてしまう。
『俺自身まだまだ心のコントロールは苦手だしな。引っ張られすぎれば自分を見失いかねないし、今後は精神鍛錬もしないと……座禅、とか』
 果たしてこの賑やかすぎる甲板の中で、人の声を耳や脳裏からはじき出せるのか?
 何を思ったのか、黄昏は甲板の席で座禅を組んで瞼を閉じた。


 夕日が落ちていく。
 甲板に無数の光が灯る。桜花の狭間から見上げた月の、なんと儚く美しいことか。
 ザァ、と風が花を浚う。
 美しい桜の花の降る夜だった。
 夢うつつの光景は嫌いではないと皆が思う。


 見慣れない服と初めて見る景色は、毎日見ている顔を全く別のものへと変化させる場合がある事を、浪風 悠人(ja3452)は思い知っていた。黒いタキシードで隙のない格好をした彼の前には、淡い青色と緑色のショートラインのドレスを着た浪風 威鈴(ja8371)が佇んでいる。互いにコートの下に隠していた麗しい姿を認めて見取れ合う。
 挙式をあげてから、もうすぐ一年。
 たかが一年、されど一年。
 今回のお出かけは、ある意味お祝いのようなものだ。勿論、悠人が威鈴を誘った。
『そういえば、威鈴と花見するの初めてだな』
『花見……悠と……初めて……だ……嬉しい。これからも……長くいられれば、きっと』
 胸が高鳴る。
 悠人が桜風味のカクテルを二杯頼むと、威鈴にグラスを手渡した。
「夜で、まだ早咲きの桜しか咲いていないから少し違うが、こういう花見も悪くないね」
 乾杯といこうか、と。
 暖かい眼差しが音もなく囀る。威鈴はグラスを傾けながら微笑みかけた。
『結婚まで……色んな事が……あったけど……今が……凄く、幸せなんだなぁ……悠人と……一緒に戦えるように……頑張らないと』
 チリン、と硬質の音が響く。
 カクテルの中に、新しい桜の花弁が一枚、また一枚と舞い降りた。


 姉妹揃って甘いカクテルに目がない。
 桃色のカクテルグラスを手に持つティアーアクア(jb4558)は、白いドレスの裾を夜風に遊ばせながら桜を見上げていた。踊ることもなく賑やかな空気に身を委ね、上機嫌で酒の一覧を眺めている。華やかな見目に愛らしいネーミング。興味をそそるカクテルは数多い。次はどれにしようかと悩んでいたティアーアクアの腰に、何かが絡みついた。
「うん?」
 尻尾だ。隣で苺カクテルを楽しんでいたティアーマリン(jb4559)は「えへへ、お姉ちゃん」と悪戯っぽく笑って体を寄せた。白いドレスに並ぶ黒ドレスはよく映える。甘えるティアーマリンには狙いがあった。
「もう、仕方がないわね」
 酒のグラスをテーブルに置くと、ティアーマリンの華奢な躯をギュッと抱く。
 愛らしく甘える妹の体温を感じながら、ティアーアクアは祈るように麗しい瞼を伏せた。
『この幸せな時間がずっと続けばいいのに……』
 時よ、とまれ。
 そんな事を願わずにはいられない。けれど心地よい沈黙を破ったのも妹だった。
「お姉ちゃん! 折角だから一緒に踊ろう! 上手く踊れなくてもいいし!」
 くるりと身を翻して手を引いた。
 ティアーマリンの頬は紅潮し、明らかによった勢いだったが、ずっと今日という日を楽しみにしてきたのだから致し方ないに違いない。一緒にお船の旅と聞いて、桜に負けぬほど心躍ったのだから。
 姉妹は舞い降りた桜を舞いあげるように踊り出す。
 途中で見知った顔に出会い、大喜びで手を振ったりしていた。


 ノンアルコールカクテルとは、言ってしまえばほろ苦さを含んだ糖液だ。
「はぁ、後2年経ってたらなぁ。そしたら普通のカクテルが頼めて、お酒が入れば少しは違ったかもしれないのに……」
 一輪の桜が浮かぶグラスを飲み干しても酔いはしない。
 夜桜を見上げて花の艶やかさに目を細める。ダンスホールは相変わらず賑やかで、一人で佇む神谷春樹(jb7335)は身の置き所に困っていた。
 白いワイシャツにカーキ色のスラックス。重ねたのは黒ベストに茶色いロングコート。小綺麗な格好だが……何となく華やかな席は居づらいので、片隅の鉄柵から桜見物と化している。
「なになに、たそがれーもーど?」
 今回の企画者改め下一結衣香が、桜のドーナッツを箱ごと抱えて頬張りながら話しかけてきた。適当に二、三言葉を交わしている内、依頼の失敗についての話になった。
「なんだぁ。それならそうと言えばいいのに」
「は?」
 思わず間抜けた反応を返した神谷の前で「気分転換は盛大にするもんでしょ」といった結衣香は、ドーナッツ箱をその場に置き、神谷の袖をひいて踊りの中にひっぱっていく。
「ちょ……下一さん。あなた、結構強引ですね」
「根性太くなきゃ仕事はかっぱらえなくてよ! そーれ、どーん」
 二人で陽気な踊りの輪につっこむ。


 春のひとときに咲き誇る、薄紅の夢景色。
 桜の舞う夜の川辺にて。
 楽の音は、花と共に水面を流れてゆく。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
祈りの胡蝶蘭・
礼野 静(ja0418)

大学部4年6組 女 アストラルヴァンガード
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
ティアーアクア(jb4558)

大学部8年304組 女 ルインズブレイド
撃退士・
ティアーマリン(jb4559)

大学部8年271組 女 ダアト
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
炎武 瑠美(jb4684)

大学部5年41組 女 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
夏はやっぱりカレーでしょ・
紀里谷 ルナ(jb6798)

中等部2年6組 男 ダアト
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
撃退士・
朝霧 紅(jb7720)

大学部6年97組 女 ルインズブレイド
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
空の真ん中でお茶を・
夜桜 奏音(jc0588)

大学部5年286組 女 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
凪(jc1035)

大学部5年325組 男 阿修羅