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マスター:夏或
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/02/19


みんなの思い出



オープニング

●お菓子の国

 その日の朝、登校してきた久遠ヶ原学園の生徒たちは掲示板に釘付けだった。
 掲示主は、高等部一年の下一結衣香(しもいちゆいか)といい、画鋲で止められた張り紙の横には、招待状が何枚か差し込まれていた。掲示には次のように書いてあった。

『お菓子の国に行きたい男女募集!
 興味がある人は招待状を持って、お昼休みに調理室へカモーン!』

 何が言いたいのか、イマイチ分からない。
 面白半分、或いは興味を惹かれて、何人かの生徒が招待状を抜き取っていった。
 そして指定されたお昼時に、ひょっこりと顔を出す。

「いらっしゃーい」

 イチゴミルクの紙パックにストローを刺している掲示主がいた。
 ぴらぴらと手を振る結衣香の所へ、一人また一人と集まっていく。ひぃふぅみぃ、と数えて手頃な人数が集まったところで、結衣香は調理室の扉を閉める。そして椅子の下から紙で作ったシルクハットを持ち出すと、気取ったように被って頭を垂れた。
「ボンジュール。
 紳士淑女の皆様、ようこそいらっしゃいました。
 わたくしが、輝けるお菓子の国へご案内させていただきますヨ! めるしぃー!」

 沈黙。

「あの……」
「やーん、反応してよー! 恥ずかしいじゃないの、もー」
 恥ずかしいならするなよ、という喉まで出かかったツッコミを飲み込む。
「実は一回、ショコラティエ鳳翔の真似してみたかったんだー、ふふ、似てた?」
 ショコラティエ鳳翔。
 最近、テレビCMで目にするチョコレート職人である。
 2月といえばバレンタインのシーズンであり、お菓子業界はどこもかしこもチョコレート一色。百貨店やスーパーにはブランドチョコレートの特設会場が設けられ、街角にひっそりと佇むコンビニでも、有名なチョコレートが棚を占拠する。
 そんな中で、ショコラティエ鳳翔が出演する某お菓子のCMはひときわ目立っていた。
「まさか……モノマネ見せたくて呼んだとか?」
「ち、違うよー」
 焦ってシルクハットを仕舞う結衣香が地図を配った。
「あのね。あのお菓子の国CMの撮影が、ここから近いスタジオだって知ってた?」
「え、そうなの? マジ?」
「うん。マジ。私もバイトで撮影舞台の設営にいったから」
 キリリ、と真顔で答える結衣香は日頃バイトの鬼だ。
 北へ南へ、東へ西へ。報酬のいいアルバイトを探して、寝ている暇があるのかと不思議なぐらい忙しい日々を送っている。そんな中で、偶然某お菓子会社のCM撮影に使う舞台設営を手伝ったのだという。
「実は、あのCMに出てくるお菓子の国背景、ぜ〜んぶ本物のお菓子で作られてるの。撮影が終わってからね、単に壊すのはもったいないって話になって……内々で人を招待して不思議の国気分を味わおう、ってことになったのね」

 やっと話が見えてきた。
 現在、お茶の間を賑わすショコラティエ鳳翔のCM。これに出てくるファンタジーな背景は、全てがお菓子で作られた。余りに懇親の出来栄えであった為、撮影後、ミニテーマパークとして、完全招待制で解放されることが決まったのだ。
 結衣香はアルバイトの一人として、特別招待券を取得できる立場にあった。

「で、貰えるだけ貰ってきちゃった。
 みんなもお友達や恋人さんを呼んで一緒に行かない?
 入場数が限られてるから、時間確認してね。
 金色が昼間の太陽チケット。青色は夜の月チケットよ」
 
 かくしてお菓子の国へ旅立つことになった。

   
●輝けるマジカルスイーツDAY

 太陽の招待状を持った者が、朝早くから撮影場所へ訪れる。
 まるで体育館のような大きな倉庫だった。安い扉から中へ入ると、あまったるい砂糖の香りが漂ってくる。しかし小部屋には水玉のカーテンが張り巡らされ、外の景色はおろか、内部の様子も伺うことはできない。
 ふいに設置された液晶テレビのスイッチが入った。

「Bonjor!
 紳士淑女の皆様、ようこそいらっしゃいました。
 わたくしが、輝けるお菓子の国へご案内させて頂きますヨ! Merci!」

 動画の再生が止まる。
 国籍不明のパリ贔屓ショコラティエ鳳翔は、相変わらず奇抜な格好だ。
「それでは皆様。敷物、ティーカップやお皿の入った特別バスケットはお持ちになりましたか? 内部では道具の置き去りと食べ残しはご遠慮下さい。区別がつかなくなりますので。あまったお菓子はバスケットに詰めてくださいね」
 若干、びくつきながら係員に誘導される。
 新品の靴に履き替え、白手袋をはめて奥へと入った。
 ふわん、と香るチョコレートの香りを辿っていくと別世界が広がっている。
 そこはまさに『お菓子の国』だ。

「わぁ!」

 超堅焼きのビスケットなタイルが敷き詰められたレンガ風の路。
 両脇に生い茂るガラス質の草原は、美しい翠のキャンディ。
 ふわふわマシュマロで作られた赤と白のキノコがあっちこちに生えていて、茶色のマシュマロはバーナーで炙った焦げ目でとろとろサクサク。
 餅菓子やキャンディのどんぐりが実るケーキ樹木の影には、鮮やかなグミで作られた小動物たちが顔を出す。黒糖味のハリネズミ、ホワイトチョコレート風味のウサギ、栗味のリスは食べるのがもったいない。
 酸味の効いたグミはお口直しに最適だ。
 時々枝を歩く風の尺取り虫すら、うぐいす餡子とゼリーで作られた和菓子というから驚きを隠せない。
 ウエハースとケーキで作られたアルザス地方風の水車小屋は扉が開け放たれている。
 中に入ると小道具が飴で作られていた。
 皿に盛られた艶やかなフルーツすらも本物ではなく、砂糖とアーモンドで水飴のように練られた特製マジパン。チョコレート棚の上に置かれた写真はココアパウダーで描かれた偽物のボード。家具や壁を彩るクッキーやチョコレートをひとつ頂いても、食べきれないほど大きいパーツだ。
 お菓子の国の中央を流れる琥珀色の川は、チョコレートの芳香を放つ無糖の紅茶。
 紅茶をカップに救って、草むらから一輪のタンポポを摘んでみる。クリーミングパウダーと砂糖だけで作られたお菓子のたんぽぽを紅茶に溶かすと、甘くてクリーミィな極上のアールグレイができあがった。

 人の手で作り上げられた、現実の夢。
 一日限りのお菓子の国で、隣で一緒に微笑むのは誰だろう?


リプレイ本文


 色鮮やかな招待状は、お菓子の国に繋がる夢の切符だ。

 神谷 愛莉(jb5345)は、待ち合わせの時間に幼馴染と手を繋いで現れた。先に着いた神谷託人が、ひらりと手を振る。
「お兄ちゃん、早くお菓子の国にいこっ! アシュも誘ったの、これ二人の招待状ね」
「はい! アシュ、一緒にお菓子の国に行くですの!」
 幼馴染から招待状を受け取ったアシュ――礼野明日夢は、カバンの中を確認する。水に濡らしたおしぼりをしまったケースの数を数えた。沢山あった。何しろ内部は視界が全てお菓子の国。手がベタベタになるのは目に見える。賑やかな二人を見て託人は頬を掻いた。
 甘いものは自分も好きだけれど、なんだか複雑である。

 ハートの女王様をイメージした、真っ赤で豪奢なヒラヒラドレスを着た下妻ユーカリ(ja0593)は、友人の赤星鯉と指定スタジオへ向かっていた。昔、修学旅行で作ったパスケースに招待券をいれて準備も万端。
「えっへん! お菓子の国と聞いちゃー、学園が誇るスイーツマスターとしては黙っていられないよ! さーて、どの辺にあるのかな? フランスの右くらいかな」
 楽しみすぎて落ち着きのない下妻の手をひいて「左よ、左の道。全く」と引き戻す。
「あはは、ごめーん。やっぱり一人じゃ辿り着けないかも。気分を変えてレッツゴー!」
 いつのまにか道案内の助っ人と化している赤星がいた。
「このチケットのお菓子の国って、ショコラティエ鳳翔のCMのやつでしょ。あれってCGじゃなかったんだ。……っていうか、陰陽エリートである私としちゃ、食事管理も完璧にしなくちゃだし、お菓子ばっかり食べてデブってるワケにもいかないんだけど……」
 ぎゅるん、と下妻の首が赤星を向いた。
「鯉ちゃん、食べないの!? 好きなお菓子を好きなだけ食べて良いんだよ!?」
「いや、なんていうか……ま、いいわ。あの徹底したお菓子オンリーの世界は、確かに気になるしね。付き合うわよ、ユーカリ」
 かくして体重増加の未来に覚悟を決めた二人は、指定スタジオに辿り付いた。
「おっ、お菓子の国、意外と近かったねっ」
「近いって話だったしね」
 外観は単なるトタンの壁。かなり大きい建物ではあるが灰色に煤けてみすぼらしい。この中にお菓子の国があるという話だし、出入り口には招待状と同じ看板もかかっているが、些か不安な気分にさせられる。下妻は難しい表情で建物を凝視した。
「技術のしんぽにより世界は小さく、そして狭くなったと言えるのかもしれないね。うれしいことでもあり、さびしいことでもある。……そんな気がするよ!」
「外寒いから行くわよ」
 下妻の持論は軽く流し、抱きつく下妻を引きずりながら、赤星はドアノブに手をかけた。

 家を出た段階で気合の入った格好をする者もいれば、こっそり持ってきた衣装を現地控え室で着替える者もいた。

 漆黒と濃紺のスーツを着たルナジョーカー(jb2309)は、銀の懐中時計をベストのポケットに忍ばせた。立て襟にタイをすると、真っ赤な石がついたネクタイピンで形を整える。更に袖を一対のカフスで止める。白手袋をはめてマントを羽織り、ぴっちりと髪もワックスで整え、櫛を通し、光纏で瞳を赤く染めれば……正に近代古典が描く吸血鬼ドラキュラ。
「よし」
 なかなかの出来栄えだ、と自信を持てたところで待合室に戻る。
 そこには……
「似合う?」
 頬を染めて立つ、華澄・エルシャン・御影(jb6365)がジョーカーを迎えた。
 御影は子猫のコスプレをしていた。フリルのエプロンはレースを使った品で清楚で愛らしい。ふわふわモヘアのミニワンピは、春の桜を思わせる薄ピンク。スカートの裾で揺れる猫のしっぽ。全ては可愛く甘えられれば、と勇気を振り絞って厳選した衣装だ。
「……えっと」
 一言も発しないで微動だにしないジョーカー。心配した御影が近づく。
 煌びやかな金髪には、ジョーカーがクリスマスに贈った三毛猫のヘアピンが揺れていた。
「華澄猫………な。可愛い!」
「きゃあ!」
 はぐ、と御影を抱きしめた。
 更に興奮気味のジョーカーが、頬にキスしたりし始めた。仲良きことは良きことかな。

 イザベラ(jb6573)と御剣 真一(jb7195)も更衣室から現れた。
 衣装のテーマは、ヴィクトリア調メイドとお菓子の国の執事。
 イザベラは紺のロングドレスに清楚な白エプロン。三つ折りソックスにホワイトブリム。
 御剣は糊のきいた白いワイシャツに赤いネクタイ。燕尾服のワンセットは漆黒を選び、胸に銀の懐中時計を仕込んだ。執事はメイドの傍らに立って、優雅に微笑む。
「本日もとても綺麗ですね。本日は思い切り楽しみましょう」
「はい真一さん、勿論!」
 招待状の都合上、友人達には秘密で参加したお菓子の一日。帰って自慢したら祟られそう……という思いがイザベラの脳裏をよぎったが、否、悔いはない! と気持ちを切り替えた。
 夢の国への扉はまだ固く閉じられていたが、待合室には甘い香りが流れてくる。
 御剣は高まる期待と緊張をほぐす為に、懐中時計を眺めながら「もうじき入場ですね。お土産も見繕えるといいのですが」と雑談を始めた。
 一方のイザベラは。
「なるべく種類多く食べるには……小さなパーツを狙うべきでしょうか」
 配られるバスケットの空間的な空きを眺めながら、難しい顔で食いつくし計画を練る。


 やがて待合室で流れる映像。現れた係員は言った。
「それではお菓子の国へいってらっしゃい」
 ぶわ、とチョコレートの香りが皆を包んだ。


「お菓子の国! うわぁ〜、ほんっとうにお菓子だぁ〜、凄いのぉ! いっちばーん!」
 愛莉が飛び出そうとするのを、礼野と託人が慌てて止める。
「走っちゃ駄目だよエリ、こけたら多分悲惨な事になるから」
 兄の心配もどこ吹く風。むぅ、とふくれっつらの愛莉は、渋々ゆっくり歩くことにした。右手に兄の託人、左手に幼馴染の礼野。三人揃ってチョコレートの香りの紅茶の流れる川辺を陣取った。
「お菓子を食べる前に、お弁当のおにぎりを頂きましょう。タッパーに詰めてきたんです」
「お弁当? お菓子でお腹いっぱいで入らなくなっちゃうと思うのでまだ食べませーん」
 愛莉の発言に「お菓子だけは体に悪いんですが……今日だけですよ?」といって、タッパーに再び蓋をした。色々食べたいなら、好きなようにさせてもいいのかもしれない。礼野と愛莉がはしゃぎながらお菓子摘みを始める傍ら、三人分の紅茶を掬う。
 一方の愛莉と礼野は早速、お菓子に狙いを定め始めた。気に入ったものはバスケットにも詰めていく。後で部活のみんなに見せびらかす為にも、持ち帰るお菓子は形が壊れないように気を遣う。動物さんグミや果物マジパン、お花や草の飴細工。
「たのしーい!」
「大きなパーツも食べてみたいですよねぇ……」
 道端に並ぶレンガ造りの壁面は、ラズベリーのクッキーだった。試しにべりっとはがしてみると、濃厚なジャムが接着剤代わりに使われている。早速口に頬張ると、甘酸っぱいベリーの味が、口いっぱいに広がった。
 一方の愛莉は、ばしゃばしゃ写真をとっていた。事前に係員さんから了解はもらっていたので遠慮はしない。勿論、撮影しながら、きのこ型のマシュマロや花の形の飴も頬張る。
 ひらりとエプロンドレスを翻し、お茶を準備していた兄のもとへ戻った。
「お茶ー!」
「あれ……愛莉、砂糖は?」
「んー、いつもだったら紅茶はお砂糖入れて飲むけど……今日はそのまま飲んだ方がよさそうかなって。口の中、甘いもんね」
「そっか。帰ったら、ちゃんと歯磨きするんだよ」
「はーい、おにいちゃん」
 いつもは苦く感じるはずの無糖紅茶は、甘くないのに、チョコレートの香りが鼻腔をつきぬけていく。

 イザベラと御剣が最初にしたことは、配布バスケットの中からファンシーな地図を取り出してスタジオ内部を観光することだった。溢れるお菓子はお腹いっぱい食べても余る量だが、完璧な造形美は今しか拝めない。きっと終盤には壁やレンガは穴だらけだ。
「流石はCMのスタジオ。凝ってますね。……イザベラさん?」
「おいしいお菓子が沢山……こんな植物が、外の道端にもあったらいいのに」
 飴細工でできた草むらや野花、ケーキの幹、お菓子が実る枝垂れの林。
 まるでプリザーブドフラワーのような花も、口に入れれば砂糖菓子だ。イザベラは物珍しげに色々とバスケットに放り込みながら、実るバタークロワッサンやバタークッキーに手を伸ばす。凛とした横顔に宿る無邪気さと幼さ。キラキラと輝くイザベラの瞳を眺めながら、御剣は微笑ましげについていった。
「どうぞイザベラさん。こちらのバター飴さくらんぼ、濃厚で絶品ですよ」
「本当ですか! ……あら? 私、何が好きかって言いましたっけ?」
 首をかしげるイザベラの唇に、ころりと一粒、忍ばせる。
「わかりますよ」
 見ていれば。
 余りにも自然な仕草だった。白手袋の指先が、薄紅の唇から離れた刹那……二人は自分たちの身に起きた事を理解して我に返り、ボッと顔を赤らめた。
「……お、美味しい飴でしょう! おすすめです」
「お、おおおお、美味しいです! 本当ですね!」
 威勢良く感想を交換して、お互いに場をごまかす。
 恥ずかしいような、嬉しいような、この気持ちはなんだろう。
 お菓子の国の甘い香りと陽気な景色に囲まれて、些か普段と違う調子に首を傾げる二人は、やがて甘いお菓子の口直しにと、チョコレートの香りを放つ無糖紅茶の川辺に座った。
 白磁のティーカップに、琥珀の紅茶。
 体を温める秘密のエッセンスを数滴落として。
「はい、真一さんもお口直しにどうぞ。淹れたての紅茶ほどは熱くないですよ」 
「ありがとうございます」
 茶器を受け取って、御剣の動きが止まった。
「どうかしました?」
「いえ。……本当に貴女と過ごしていると不思議です。戦い続けて冷めていく僕の心が、いつのまにか温かくなっていく……本当にありがとう」
 心からの感謝を囁く執事に、メイドの頬が薄紅に染まる。

「おじゃましまーす!」
 ふいに同時間帯に参加した愛莉たちが、イザベラと御剣に声をかけた。
「写真撮ってもらっていいですか?」
「あ、はい」
 イザベラはバスケットの中にデジカメがあることを思い出した。
「わ、私たちもお願いしていいですか!?」
「はーい」
 イザベラは御剣を振りかえる。
「あ、あのっ、真一さ、よ、よかったら、わわわ私としゃひんをっ……!」
 噛んだ。大事な時に噛んだ。イザベラは『最悪!』と地の底まで落ち込んだが、御剣は「お土産を食べても、ちょうどいい記念が残りますね」と返した。
 かくして写真の中に、其々の笑顔が焼きついた。

 下妻と赤星は、まるで木苺狩りのように集めたお菓子を持って、紅茶の川縁に席を設けた。砂利に見立てたチョコレート菓子が、敷物の下でザクザク音を立てる。
「すごいわ。小石のチョコ、体温だけじゃ溶けないのね。手とか汚れない」
 感心する赤星に対して、下妻は木の実型のチョコをパクリ。
 コーティングの下は濃厚なチョコレートだった。
「う〜ん、甘すぎず……苦すぎず……舌の上をお砂糖たっぷりのセーヌ川が流れてゆくよ……まさに天国!」
 小川から紅茶を掬い上げるとチョコが香る。湯気で髪もチョコに染まりそうだ。
「ユーカリはチョコレートばっかりね」
「だって全部食べようとしてもお腹いっぱいになるのは目に見えている! ちゃんと計画を立ててお菓子を食べて、おなかまんぞく心は大まんぞく状態にするのが真のスイーツマスター! 実際どれもこれも美味しそうなお菓子ばっかりだけど、お菓子の王様はチョコレートだからね。お菓子の国で一番力を入れてるのはチョコだと思うんだ。完璧な推理!」
「此処の監修がショコラティエだしね」
「あ、鯉ちゃん。このイモムシ、抹茶の和菓子みたい」
「いも……!? って、やだ、何そのデフォルメ芋虫。絵本みたいで、かわいいじゃない」
 ファンシーな甘い世界を、あれこれむしゃむしゃ食べながら、下妻は叫んだ。
「今日からわたし、ここの住民になります。よろしくおねがいします!」
 一生、住みたいぐらいには甘い夢の世界だった。

 甘い夢を見ている気がする。
『まさにお菓子の国か……ふむ、いくらでも食べていいと言っていたな』
 景色にとけ込んだ吸血鬼と猫娘は、ケーキ樹木の小路でかくれんぼをしていた。
 木の幹全て、ちょっと毟るだけでバームクーヘンのように複雑な内層になっている。
「このケーキ、食べてみない? ほら、たまには口開けて。ね?」
 予想外の仕草に、ボッと顔を赤らめたのはジョーカーだ。
「そう………だな。たまには……あ、あーん?」
 香ばしい焼きマシュマロ、果物たっぷりのショートケーキ、バラの形に絞ったクリーム。
 御影を捕まえる度に、数々のお菓子を食べさせてもらいながら、食べきれないお菓子の中で……二人の世界に埋もれた。園内には二人以外にも沢山の客がいるはずだが、視界に入らない。小川から香るチョコレートの芳香で、頭の芯が甘く痺れていく。
 最初はちょっとしたお遊びだった。
 けれど時間が経過する事に、御影の隠れ方が巧妙になっていく。
 ここまで来るだろうか。あの人はどこまで私を追いかけてくれるのだろう。そんな風に。
「あ、彼だわ!」
 ふっと水車小屋の影に隠れて腰を下ろし、飾りのビスケットを摘んでひとかじり。
 空を模した偽りの天井は、時間とともに茜色に変わっていく。
「綺麗……夢みたいな景色」
 じっと見上げていたが……ジョーカーがこない。立ち上がって道を覗いた。
 いなかった。
 さぁ、と御影の顔色が変わった。見失った? 呆れてしまった? 一体どこへ?
「うそ……折角誘ってくれた初デートなのに!」
 内心、激しく焦りながら駆け出そうとして、ぐ、と後ろに引き戻された。ぽす、と軽い感触がして振り返ると『ほら、これでいいだろう?』とでも言いたげに、誇らしげなジョーカーの笑顔。
「見つけてやるさ。どこにいてもな」
 少し休もう、と言って。
 小川の紅茶で喉の渇きを潤しながら、御影はジョーカーに寄り添う。
「今日はありがとう。一緒に過ごせて嬉しかったわ。
 デートって本当に魔法みたい……幸せで。
 それと……好き。……本当よ?」
 ジョーカーは御影の腰を抱き寄せた。ぎゅっと腕に力を込める。甘い香りに包まれたまま、何度も何度も胸中で誓う。『I LOVE YOU』……なんて、気恥ずかしくて口には出せないけれど、沈黙の中にも答えはある。
 やがて二人はお菓子の家を再現する為の素材やお土産を集め始めた。

 期間限定で現れた、本物のお菓子の国。
 様々な思いとともに、思い出に残る笑い声が甘い香りに溶けていった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
ルナ・ジョーカー・御影(jb2309)

卒業 男 ナイトウォーカー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
愛する者・
華澄・エルシャン・御影(jb6365)

卒業 女 ルインズブレイド
成層圏の彼方へ・
イザベラ(jb6573)

大学部6年271組 女 アストラルヴァンガード
心優しき若獅子・
御剣 真一(jb7195)

大学部8年262組 男 阿修羅