●赤頭巾ハント〜狩人はどちらか〜
これは、私たちが、死ぬ、おはなし。
部屋の中は血塗れだった。
真っ赤に濡れたシーツ。ずたずたに引き裂かれた布団。寝台から床に向かって散乱した人であったものの欠片。真っ白な人骨は、普段食べている狐やクマの骨となんら変わらないように見えた。きっと磨けば光る良い鏃になるだろう。でもそんな事をする気にはならない。拾い集めた骨の中に混じる人の片鱗は村人達の胸を縛った。食い残された金糸はユイカの髪、噛み痕の残る頭蓋骨は舐め取られたように肉がなく、虚ろな眼窩は闇を内包していた。惨劇の夜を語る術をもたないユイカの屍は骨しかなく、拾い集めると女の腕にもすっぽり納まるほどだ。
ひどく軽い。
骨髄すらも余さず啜られたのだろう。
「一刻も早く人狼を炙り出してやりたいところだが、後始末と死者を弔うのが先じゃな」
レッドキャップ村を束ねる村長の声に、皆が無言で頷く。
血の匂いは様々な獣を呼ぶ。
これ以上、人狼を増やす訳にもいかない。
村人の約九割が狩人の生業と言うだけあって何が危険かはよく理解していた。荼毘にふすまでもないほど綺麗な骨は陶器のツボに納められ、血染めのシーツや家具は村の中央に運んで焚き火にくべる。祭でもない時期なので蓄えた薪は少ないが、家々が持ち寄って山を気づいた。火打ち石で点火した炎はユーカリの油にうつり、一気に火力を強めていく。
ばちばちと燃える炎はオレンジ色に輝いた。
故人の遺品は黒い炭になって崩れ落ちていく。
黒煙が蒼い空を灰色に染めていく様を、モンメ・ワカマツ【若松 匁(
jb7995)】はぼんやりと見上げていた。大変な荷運びを手伝うわけでも、祈りを捧げる訳でもない。モンメに出来ることは、送り火を眺めるだけ。
何故なら重い病を患っていたから。
「大丈夫?」
大焚き火を見上げていたモンメに声をかけたのは、第一発見者のカエデ・サガノ【嵯峨野 楓(
ja8257)】だ。モンメは慌てて赤頭巾を目元まで深く被り、ショールで顔を覆うとくぐもった声で「大丈夫」と告げ、晒していた包帯だらけの両手に厚手の手袋をはめる。
「気にしなくてもいいのに」
「ダメです! お医者様に人にうつるから気をつけてって言われてるんです」
モンメが外へ出歩く為には、常に重装備でいなければならなかった。其れさえ守ればレッドキャップ村で生きていく事はできる。尤も、食品をこしらえたり、獣を狩ることは勿論、タヴァン(食事所)の皿洗いすら拒まれるので、彼女の仕事はもっぱら掃除や雑草刈り、或いは危険な森を探索して獲物の分布を調べる事だった。年々、四肢の萎縮や猿手を生じる体を抱えるモンメにとっては辛く厳しい仕事であったが、生きるためには仕方がないし、なにより『こんな自分にも仕事がある』という誇りを持てた。
「これでよし、っと。……ユイカちゃん、死んじゃったね」
「そだね。ユイカちゃん…セロム錠をしてなかったばっかりに」
ぼんやりと呟くカエデを見上げた。
「カエデちゃんが最期に会った……って、本当?」
カエデは「まあねー」と言いながら頬を掻く。
「いつも通り、ホモい本の添削を御願いしにいっただけ。きちんとユイカちゃんちの居間にあるよ」
カエデはレッドキャップ村における少数派……つまり狩猟をしない住民であった。
毎日モンメと同じく森へ出かけ、花を摘んで家へ帰り、作画資料にしつつ男性同士の性愛物語を羊皮紙に書いては出版社に送りつけている。これが大当たりしたのが数年前で、以来、カエデは村の中で作家生活を続けていた。街に移り住めばいいのに、ずっと村で暮らしている。
愛着を持っているのかと思いきや、カエデの返事は単純だった。
『街には厚い胸板の男とかいないんだよねー、御婦人もきれーに着飾っちゃって百合を妄想させるほど近づかないしさぁ。モデルを雇うには高いし、家賃もかかるし、それだったら筋肉がわさわさしてる村でしょ! 常日頃から完封摩擦して、雄っぱい見放題で頼めば触れちゃう村が他にある!? 否! 断じて否! 街の中で暮らす作家はノーマルな作品を求められる事も多いんだそうだけど、あいにくウチは薔薇と百合しか取り扱ってないんで……というかそもそも、今の売れ筋は獣人ものが結構でてきてるんだよねー、なんていうの。ばけもの? そうなると舞台って森でしょ、森。人狼なんか街と無縁で格好のネタだよ。作画の資料を得るには此処にいるしかないっていうか、ここにいるからこそ妄想が滾るって言うか……あ、ちなみに私人狼は受けだと思うの。かけ算で行くなら線の細い美少年占い師×人狼とか美味しいよね。真夜中に開く窓。忍び寄る来訪者。罠に掛かった人狼が「アッー!」なんて叫んで美少年に組み敷かれたら最高じゃない。あ、むっきむきの筋肉でもアリだよ?』
……などと。
歪んだ性癖と情熱の話を、一呼吸もせずに喋り続けたカエデを、モー村長も黙認した。
途中であきるほど話を聞かされた村長の返事は『好きにしなさい』だったというから、カエデは強者である。
もちろんカエデにもきちんとした考えがあった。
ホモ本による売り上げの良い時は、村人の為になるよう金貨を包んだのである。これが狩り収益の少ない冬場には大きな助けとなり、村人達はカエデの趣味を全く理解できないなりにも、尊重することを覚えた。肉体美を描く為にモデルが必要だと言えば、村の中で筋肉番付をひらき、カエデが修羅場で食事も満足に作れないと聞けば、教会の竈で少し多めのパンを焼いて差し入れ、鍋を温めるだけでシチューが食べられるようにもしていた。
煩悩に生きるカエデは、其れ相応に村との繋がりを持ち続けた。
そういった過程で知り合ったのがユイカである。
ユイカはカエデの趣味に好意的だった。時々作画の手伝いなどもしていたほどだ。
「ユイカちゃんには冥土の船の渡り賃よりホモ本かな」
あはは、と笑いながらカエデは送り火を見上げる。
「ばいばい、ユイカちゃん」
一輪の花を挟んだホモ本の在庫を一冊火にくべる。
「さて、と」
カエデは、ぐいーっと手を伸ばした。
「陰気なのはおしまい! 私も原稿がつまってるし、いつも通りの生活しないと」
そう言われたモンメは「やば」と隣に置いたバスケットを振り返った。
「お、おばーちゃんに林檎を届けておくれ、って言われてたんだ。どーしよ、あたしの足じゃ隣の村に間に合わないよ。本気でどうし……ごほごほ」
「大丈夫? モンメちゃん」
「ごほ……っ、大丈夫だよ! ただの病気だもん! 話しすぎただけで忘れてないヨッ!」
ぐ、と親指を立てて良い笑顔を向ける。
暫く何かを考えていたカエデはモンメの髪に一輪の花をさすと「これあげる。お使い誰かに頼んだら?」と提案した。
「生憎と私は原稿があって手伝えないけど、この村今、狩りとかやってる場合じゃないし、暇な人は絶対多いって。例えば向こうとか」
視線の先には牛舎の縄に細工をしている悪戯小僧改めエイルズ【エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)】がいた。
好奇心旺盛で腕白なエイルズには親がいない。
見窄らしい寂れた教会が、彼にとって今の家だ。幼いが故に禄に狩りの仕方もしらないエイルズは、レッドキャップ村では異端児といえた。奇特な牧師が面倒を見ているが、最近は牧師も流行病で倒れているという。唯一の育ての親が具合が悪いというのに、全く面倒も見ず、手伝いをする素振りすら見せず、ああして悪戯三昧の毎日を続けているのだからあきれ果てるというものだ。村人の多くは、実際にエイルズを持てあましていた。
エイルズはふいにカエデとモンメの視線に気づいた。
「ばれちゃったか。てへ」
やりかけの悪戯を放置して走り出した。
モンメはカエデの横顔を見上げる。
「どうみても人選が間違ってる」
「だね。貴重なあんぱんをご褒美につっても無理そう。他の子供達は今回の人狼騒ぎで家にしまわれてる事の方が多いだろうし、大人しかないかなー、あっちとか」
次にカエデが指さした相手は真紅の瞳を持った男……ではなく男装の娘だ。ユイカの家出血塗れになった家具の運び出しを手伝っていた彼女の名前はエイヤ・ヒガンザクラ【彼岸桜・影弥(
jb8295)】と言う。
家族を失った過去を持つエイヤは、惨劇の夜を境にああした男物の服しかきていない。長年の積み重ねもあって、今では女性と言うより、男性のような扱いを受けていた。
エンヤは血染めのカーテンを燃えさかる炎の中に投げ込むと、カエデとモンメの所へ歩み寄ってきて「何か?」と首を傾げた。
「ううん。エンヤちゃんは面倒見がいいよねぇって話」
カエデはにんまりと笑って返す。
「別に、必要なことをしているだけです。村には若者も少ないし、老人に重労働をさせる訳にもいかない。病人は手伝ってもくれませんし」
じろり、とモンメを一瞥する。
赤い頭巾に白いワンピース、泥にまみれた革靴までじっくりと見た。だが別に特別な事ではない。エンヤは毎日の様に村の門番として働いている。優れた観察眼を生かして、村人の体調不良を察したり、無くなっている荷物に気づいたり、俗に『鷹の目』と称される彼女の観察眼があってこそ、レッドキャップ村は成り立ってきた。
今までは。
今回、ユイカが襲われたことで、エンヤは人狼の侵入を許してしまった事になる。誰も口に出して非難することはないが『あのエンヤが見落としたのか』という疑いの視線は朝から晴れることが無かった。簡単に言えば、仕事をおろそかにしたエンヤは肩身が狭かったのだ。
「それがさー、モンメちゃん、おばあちゃんところに林檎をもってかないといけないんだって」
カエデがひらひら手を振りながら手元を指さす。
「持っていけばいいではないですか」
「モンメちゃん、この体だよ。時間に間に合わないって。エンヤちゃん位、足が速いなら話は別だけどさ」
「ですが……」
エンヤが意図を察して微かに顔をしかめたが、じっとモンメを見た痕「……はぁ」と深い溜息を零した。
「仕方ないですね。いきますよ。少し、村の外の空気を吸いたいと思っていましたし」
憂いを帯びたエンヤの眼差しには、責任を負わされた門番の重圧が感じられた。
真面目な性格だから、今回の不手際で内心、自分を責めているのかもしれない。
モンメは「ありがとう」と顔を明るくした後、ずずいと林檎のつまった籠を渡した。
「はい、これ持っていって」
「場所は」
「あ、そっか。今書くね」
モンメは手早く『おばあちゃん宅』への地図を羊皮紙に描く。地図を受け取ったエンヤは「お昼には戻ります」と言って村を出た。グリーンキャップ村やブルーキャップ村ほど遠くはないから、きっとすぐに帰ってくるに違いない。
「いってらっしゃーい」
ひらひらと手を振るカエデの横で、モンメが立ち上がった。
「よし、遊ぼう」
「え、遊ぶの。モンメちゃん」
「だってタヴァンは開店休業で、森は危ないし、後は遊ぶしかないかなって」
「暇なら原稿手伝って、っていいたいとこだけど、今の原稿、手伝って貰えるぶぶんじゃないからなー、また夜ね、モンメちゃん」
カエデとモンメはこうして別れた。
そうして夜がやってきた。
村人達は集会場に集まってきている。モー村長は顎を撫でた。
「それでは皆にきこう。といっても、ただ怪しい者あげては口論になるだけじゃ。今から投票を行う。皆、己の狩人の目を信じて欲しい。日常生活の中に、人狼が紛れるのは難しいことだ。多数決で縛り首にかける者をきめるが……万が一、人狼が多くいた場合に備えて占う対象も決めておこうと思う」
とても思い沈黙だった。
一人、また一人、羊皮紙に名前を書いて投票箱に放り込んでいく。
尤も怪しいとして『縛り首』の候補に揚げられたのは、なんと『エイヤ・ヒガンザクラ』だった。エンヤは普段と同じ無表情を貫く。けれど微かに『ばかばかしい』という嘲笑が混じっていた。
「ボクを疑うのかい? 別にいいけどね。それ相応の理由を聞かせてもらおうか」
すると鷹の目として守ってきた門番の立場をあげられた。
村人の口癖、仕草、習性、持ち物に到るまで把握して、長年守ってきた凄腕の門番に知られぬよう厳重なレッドキャップ村に入ることが出来るのか? 皆の意見は総じて「否」だった。つまりエンヤは鷹の目こそ大きな評価を受けていたが、かえってその完璧さが仇となったのだ。
「つまりエンヤ、お主が人狼にすり替わらない限り、人狼はこの村に侵入できんと大勢の者が判断したのじゃ。お主がまことにエンヤなら、その命、儂が担ごう。だが人狼の疑いを晴らせぬ今、お主には死んで貰わねばならん」
それは非情な狩人の宣告だった。
エンヤは取り押さえられた。そして縛り首の台に連れて行かれた。四肢の自由を奪われた状態で、首に荒縄の輪をかけられる。そこまで来て、エンヤは本当に処刑されることを悟った。
「はぁ、終わりか…………残念。ばーい」
エンヤは自ら台を蹴った。
がしゃーん、と台が倒れる。
ぶらり。
ぶらり。
ぶらり。
まるで振り子のように虚空でゆれるエンヤの体。
モー村長は潔く逝った若き狩人に手を合わせた。
「次は占う者じゃな。占う相手はエイルズじゃ」
そして神に祈って皆が家に帰った。
夜が明ける。
すっかり青ざめたエンヤの屍がある以外、村に大きな変化はなかった。
レッドキャップ村の住民達は人狼に勝利したことを確信し、大きな喜びを持ってこの日を祝った。
ところが更に次の日、村長が死んだ。
屍は、ユイカの時と同じく、舐め取られた様に綺麗になっていた。
人狼だ、人狼がまだ村の中にいる。村人達は、自分たちの目を疑い始めた。一日経過した後で、吊るしっぱなしにしていたエンヤの遺体を丁寧に降ろし、まるで英雄か何かのように弔った。住民達は『人狼に騙されて、鷹の目を殺してしまった』と己を責めた。
被害は更に続く。
村人は減少していく。
そしてある日、占い師が現れた。一人目はパン屋の主人で、もう一人は作家のカエデだった。二人の占い師が「エイルズは人狼だ」と告げた事で、エイルズは人狼として縛り首になり、軒下に吊されることになる。
「今度こそ、やった、のか?」
「まぁ、まちなよ」
カエデが村人に告げた。
「まだ隠れてるよ。モンメちゃんがそう、人狼だったんだ。調べるのに時間が掛かったけど、間違いない。病気なんて嘘。彼女はずっと食べる機会を窺ってたんだと思う。もう一人の占い師さんは、どお?」
「ごめん。俺は、彼女を一度も占ったことが無くて。だ、だが待ってくれ! 俺はモンメちゃんと幼馴染みなんだ。彼女の病は間違いじゃない。俺が今夜占って答えを導き出す」
カエデは失笑した。
「そうは言うけどさ。もしも、だよ。あんたが人狼だったら相方のモンメちゃんを救おうとしてる事にしかならないよね。人狼二人も野放しにしろって? 無理だよ無理。モンメちゃんは人狼だった、本当のモンメちゃんを食った人狼を助けるなら、次の縛り首はあんただよ。いいの? 人狼を生かせば、絶対に私達はかみ殺されるのに?」
「そんな! カエデちゃん、私は違……」
その時。
縛り上げられるモンメは見た。
冷徹な眼差しでこちらを見るカエデの瞳に宿るものを。
ゆっくりと、薄い唇が動いていた。
『 ご め ん ね ? 』
「カエデちゃん、まさか貴方……」
むご、とモンメの声は途切れた。口の中に汚い布きれが押し込まれる。
村人たちは怒り狂っていた。人狼に騙されて大事な仲間を手に掛けてしまった事を。そして何より、これ以上、犠牲者が出ることを恐れていた。力を振り絞って抵抗するモンメは縛り首の台から蜜蝋色の月を見上げる。
『なんて綺麗』
この月に看取られて、自分は逝くのか。おばあちゃんを残して。
『あたし一人であっちには行けないよ。食べるなら、まだ道連れにできたのに……ああ、でも』
首にかかる強い圧力。
どん、と押されて体が揺れた。
首に強い衝撃を感じたモンメが、憤怒に歪む人々を眺める。
そしてこちらを見て、真っ白な唇を舐めているカエデを正面から見据えた。
……ねぇ、カエデちゃん。
ひとつでいいから教えて。
あの日、声をかけてくれた貴方は、本当のあなただったのかな……
つぅ、と頬に涙が流れた。
遠ざかる意識の中で村人達の喝采が聞こえる。
彼らはこれから、初めの日のように、酒盛りをはじめるのだろう。
闇の帳が降りていく。
どこかで『わおーん』という狼の遠吠えが聞こえた。
何日かして、村から人の声は消えた。大人の声も、子供の声もしない。
人狼はレッドキャップ村の住民を全て食べ尽くして、遙か遠くへと旅立っていく。
そして。
新しい村で人を襲って成り代わるのだろう。
時は流れる。
ある日、レインボーキャップ村の牧師が襲われた。
住民達は、全滅したレッドキャップ村の話をしながら人狼の影に怯える。
酒場ではツインテールの女の子が、人狼の話を笑い飛ばしていた。
「人狼?」
「そうだよ。噛み痕みたんだって」
「うっふふ、こわーい。人狼なんているわけないじゃん、おおげさだなぁ。でもそうだね、もしもレインボーキャップ村に人狼がいるなら……」
酒場の娘は、銀食器のナイフで首筋を柔らかくなでた。
「こぉーんな感じで、これは今すぐ抹殺しないとね! 村を焼き払うのが早いと思うけど、香ばしく焼けて美味しそうだしぃ……ああでもさぁ、狼の肉って何のスパイスがあるのかなぁ? このサガちゃんが腕によりをかけて料理しちゃうよ!」
「ははは、頼もしい看板娘だ。けどまだ誰が狼なのか分かんないんだぜ?」
「どういう奴が人狼かわかんないって? そりゃ口が大きいやつだね! だってみんなを食べちゃうからねー! わおーん!」
「おじさん、たべられたいな! わおーん!」
「わおーん! えっちー!」
かつてカエデと呼ばれた少女は楽しそうな顔で……嗤った。
★おしまい★
●赤頭巾ハント〜過ぎ去った遠い日のひみつ〜
それは遠い思い出の中。
『キミらに恨みはないんだけどさ。恨むなら、おいしそうな自分を恨みな』
赤い瞳の人狼が、レッドキャップ村の警備をうち破ったのが全ての始まり。
『一日一人吊るし上げ……とか、何、この村サイコすぎヤバイ、こいつは滅ぼさないとヤバイって』
その日、カエデは二階の窓から家を抜け出した。振り返ったベッドに、布団でこしらえた人形を置いて毛布を掛けてあるが、実は中に本物の『カエデ』を隠してある。
「さっさと食ってかーえろ」
ひょい、と地面に降りて処刑場を目指す。
夜の闇に晒されたエンヤの遺体は、ぶらぶらと風に揺れていた。殺気立っている村に安心感を与えるには一日くらい犠牲者をださないようにした方がいいだろう、とカエデは考えた。しかし腹は鳴る。
そこで食べる事にしたのは初日の獲物に狙った凄腕狩人。
「少し食べとけば明後日まで持つし、若くて美味しそ。いただきまーす」
がぶり、と一口噛みついて。
カエデはエンヤの肉を吐き出した。
「じ、人狼!? ヤバイ、ユイカちゃんの血の匂いで気づかなかったや。あー、ごめんね」
といっても……吊した後だ。
過ぎたことはしょうがない。
「同族を食うわけにもいかないし、帰ろ。また標的と作戦練り直さないと」
そして帰ったカエデが見たものは。
「……うおーい、マジかー」
二階の布団に隠した人骨をしゃぶっているエイルズだった。
一つの村に人狼が3人。
これは食堂が窮屈すぎる。
「えー、なに『私』を食う気だったの?」
「こんばんは。残飯を頂いてます。先を越されましたね」
「越されまくりよ。まあいいや。その様子じゃ、ふせっている牧師様は食べた後だったりする?」
「美味しかったですよ。脂身が多くて。聖職者は何処も美味です」
人狼二人はこの後、手を組んで村を食い尽くすことを決めたが、結果的にラストウルフとして生き残ったのはカエデひとりだった。ちゃんちゃん。