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マスター:夏或
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/30


みんなの思い出



オープニング

 雨粒が雪に変わる瞬間を見たことがある?

 秋といえば実り豊かな豊穣の季節で、蒼い空の下に広がる田畑には黄金の海が実っていく。背後に聳える山脈は瑞々しい緑から夕暮れに燃える茜の色や梔のきんいろに染まり、斑に広がる純白の雲はまるで甘くとろける綿飴のようだ。
 けれど美しい田園風景も刹那の幻。
 秋は実りだけに限らず、荒々しい風を運んでくる。
 やがて嵐のような雨風の日々が過ぎるとめっきりと冷え込むものだ。
 仄かな吐息も白く変じ、空気が冬の訪れを知らせる頃になると雨粒が雪に変わっていく。

 白鳥が待ち望んだ、冬の便り。

 収穫の終わった田畑の恵みに預かるべく、鏃のように隊列を組んで上空に鳴く渡り鳥たち。
 紅葉に色づいた山の頂上が白化粧をする時期になると人々は街を彩る。
 鳴り響くオルゴールのクリスマスソング。
 少し前まで愉快な南瓜が飾られていたショーウインドウには、愛らしい飾りに満ちたモミの木と金のリボンを飾ったプレゼントの箱が並ぶ。
 賑やかなクリスマスまではまだ先でも。
 躍る心は抑えられない。
 日々を賑やかに過ごす為に、そろそろ選びたいのは愛らしいお菓子の詰まったアドベントカレンダー。毎朝日付の小箱を開けて、小さなお菓子を食べながら、クリスマスブレンドの珈琲や大好きなフレーバーティーで過ごす至福のひとときが待ち遠しい。

「あのね、駅前の路地がライトアップされるんだって」

 高等部二年の下一結衣香(しもいちゆいか)が、一枚の広告を持ってきた。

「初ライトアップの日に一緒に行こうよ。で、買い物付き合って」
「いけばいいじゃない」
「カップルだらけになるの間違い無しなのに一人じゃ虚しいじゃん。というかですね。お菓子入りのアドベントカレンダー欲しいんだけど、ほら、なんていうか子供向けっぽい世知辛い風潮の中で買うのに勇気がいるっていうか、みんなで買えば怖くない的な」

 巻き添えかい、と言葉無く抗議をしつつも。
 結衣香がアドベントカレンダーを欲しがる理由が分からなくもない。
 なにしろ有名なお菓子屋さんが、こぞって自慢のお菓子を少量ずつ小箱に詰め込むのだ。

 例えば、ミントの薫り高い星形ミルクキャンディ。
 とろける味わいのキャラメルガトーショコラ、ミニサイズに象られたジンジャーマンクッキー、酸味の効いた動物型フルーツグミや、ドライオレンジにチョコレートを上掛けたショコラオランジェなど。
 正直に言って、美味しくない訳がない。
 最近では大人向けに、ブランデーボンボンなどが仕込まれた大人向けのアドベントカレンダーもあるという。

「買い物の後は解散してデートしていいからさぁ」

 おねがい、と結衣香に拝み倒された。
 そして集った約束の日。
 鏤められた星屑のイルミネーションを見上げて心打たれながら、一同はデパートの地下に潜り込んだ。
「あ、そういえば皆、この後デート?
 って聞くまでもなさそうな人もいるけども……
 暇な人がいれば一緒にお茶しない? 行きつけのお茶屋さんがあるのよ」
「おすすめとかあるの?」
 結衣香はお気に入り店のメニューを諳んじる。

「そーね。苺と林檎とブルーベリーと茄子の四色ジャムで楽しむロシアンティーは定番でしょ」
「な、なす?」
「うん。茄子。意外とスコーンにつけてもいけるよ。でも紅茶の中でもロイヤルフルーツティーは林檎やキウイにオレンジが浮かんでいて、最期に食べるのが楽しくなるよ。
 最近、ちょっとはまってる。
 ジュースのむならオレンジかな。
 でも自家焙煎の珈琲はナッツの香ばしさとキャラメルの風味があって、ブラックは勿論、生クリームを絞ったウインナーコーヒーとか、あと牧場ミルクで割れば濃厚だし、ブラウンシュガーで風味を生かすのも最高でね。
 あ、輪切りのパインにブラウンシュガーをふって、バナーで焙った香ばしいホットデザートとか、ちょーオススメ!
 飴色で酸味とあわせておいしいの。
 んーでも、フォンダンショコラがそろそろ出るシーズンかなー?
 プリンとフルーツと卵シフォンたっぷりのパフェも捨てがたいけどね。
 買い物の後でお腹がすいてるならポテトとソーセージがのってるパターテ・エ・サルシッチャとか、リガトーニ・カルボナーラ、もしくはリコッタチーズとホウレンソウを詰めた自家製ラビオリのラヴィオリ・ブッロ・エ・サルヴィアなんかも好みかなー!」

 結衣香の食道楽話は延々と続く。
 どうやらお店で詳しく聞いた方が良さそうだ。


リプレイ本文

●甘い罠と二人の意地

 よろり、と。
 砂原・ジェンティアン・竜胆の足取りは重い。
「……まだ、甘ったるい。空気……新鮮な、空気を……!」
 落ち着いた紺色の冬着物姿をした樒 和紗(jb6970)に連れられてきた砂原は青ざめた顔でデパートの外に出た。諸々の人間関係などの都合上、結衣香たちが楽しそうな買い物の場は取り繕ったものの……実のところ砂原は甘い者が大の苦手だった。
「そんなに、お菓子売り場の甘い香りが辛かったですか?」
「酷いわ、和紗ちゃん! 騙したの? ああいうの苦手だって知ってる癖に!」
 芝居がかった口調で非難する砂原。
 対して、樒 和紗(jb6970)は飄々としている。
「だから、です。わざとに決まっているでしょう? 酷くありません」
 にべもない。
 再び反論を試みる砂原に、樒は「2回も留年する方が悪いのです」と無関係な事を言う。
 砂原の表情が真顔に戻り「え?」と困惑気味に呟く。
「竜胆兄、絶対進級する気ないでしょう? まったく……おじ様達に何と言えば良いのか。ですから、これは正当な罰なのです。罰、です。理解しましたか?」
 言葉に詰まった砂原が逃げ道を探す。
「ほ、ほら、本気出すのは明日からで……年月を重ねることで新たな解釈が分かったりとか……えーと、つまり、あ! ……和紗は今日も着物姿が綺麗だね! 言い忘れてたよ!」
 ぎゅ、と手を握って目映い笑顔を向けてみた。
 話題を逸らすにも無理がある。
「……こら、頭を撫でて誤魔化しても駄目です。そこになおりなさい」
 樒の説教タイムは暫く続いた。
 が、なんとか誤魔化そうとする砂原は……内心『留年する理由は絶対いえない』と断固として追及に口をつぐんでいた。
 言えないものは、言えないのである。
「結局、今年も留年して……もういいです、罰は済んだ訳ですし、ここにいるのも寒いので歩きましょう。裏路地はイルミネーションだという話ですし」
 樒が生成のマフラーを翻す。
 裏路地はライトアップで賑わい始めていた。
 大人も子供も、無数の人工灯が作り出す光の芸術に溜息を零す。
 目映い蜜蝋色の光の向こうには、決して届かぬ本物の星が瞬いているのだ。
「綺麗な星空ですね。昔は……冬の星空の下をこのように歩けるとは思っていませんでした」
「ん。元気になって良かったよ」
 思い出すのは外の世界に焦がれた、遠い日のこと。
 狭い部屋の中が全てだった自分の前に現れて、あれこれ聞かせてきた金色の君。
 思い出せば、あの頃から……
「絶対に言いませんけどね」
「何か言った?」
「何でもありません。いきますよ、ここは風当たりが厳しく寒いですし、通行の邪魔です」
 はぁ、と両手に白い吐息を吐いて歩き出す。
 砂原は冷え切った樒の手を、自分のカジュアルコートのポケットに押し込んだ。
「これなら寒くないかな。和紗」
「竜胆兄、こういうのは彼女を作って、しなさい」
「照れない照れない。手袋持ってないし、寒い思いする位ならこのままがオススメだよ」
 ほっこりした人の手の温もりが、心を温めていく。



●咎を重ねた星の夜に

 売り場で解散してから鈴木悠司(ja0226)とロジー・ビィ(jb6232)は裏路地を黙々と歩いていた。
 寒くない? とか。
 急に誘ってごめん、とか。
 他愛のない会話を繰り返す。
 大勢の人々がイルミネーションに魅入っているのに、鈴木の瞳は何処か暗い。
 オパールの如き煌めきが鈴木の瞳には痛かった。
「ねぇ、ロジーさん、死ぬと星になるって聞いた事、ある?」
 ビィは「死ぬと星に?」と首を傾げる。
「うん、そう。この満天の星空が、誰かの魂だとすると……俺の助けられなかった人だとすると、 とても……見ていられない。だけど、星は何時も輝き、瞬いてる。つまり……俺を、責める様に、ね」
 二人の間に広がる沈黙。
 路地を行き交う人々の声が、何故か遠い。
「確かに、この美しい星々の一つ一つが。星々の幾つかが、あたし達の助けられなかった人々の魂だとしたら……切ないですわ」
 けれど、とエメラルドの瞳は鈴木を見据える。
「星はいつも遠くで瞬き、空から見守るように輝いている。あたし達を見ている。そう考えると、悠司。星々は……助けられなかった人々は、決して責めているのではないのかもしれませんわ。だって……あんなに美しく輝いてるんですもの」
 手を伸ばしても届かぬ星の、なんと儚く美しい光か。
「憎しみでいっぱいだったら。あんなに……美しく輝くことは無いと思いますの。
 忘れないで、と。
 此処に居るよ、と。
 ただ、悠司を……あたし達を見守っているよ、と。そう考える事はできませんでしょうか」
 縋るような声に「どうかな」と返した鈴木の声は懐疑的だ。
「ロジーさんは天魔も死ねば、星になると思う?
 だとしたら、今まで屠ってきた、全ての敵も、俺を何時までも照らして、そして、やっぱり責めて……憎んでいるだろうね」
「そのような」
「でもさ。俺は星空、嫌いじゃないよ。俺の業が瞬いてるから。何時までも、忘れる事の、無い様に、と……ロジーさんは如何? 星空、好き?」
「星空は好きですわ」
 ビィはハッキリ迷いのない声で告げた。
「だって何処までも続いていますもの。例えば、悠司と離れた場所に居ても、見上げれば同じ星々を見ることができる……何処かで繋がりあっている。素敵ですわ」
 ふぅん、と違う価値観を耳にする。
「ロジーさんは人間界の事はよく知ってるけれど、星に纏わるお話とかも知ってるの?」
「え、ええ、そうですわね。ギリシャ神話を。星に直結する神々の逸話……そこには何処か人間臭さがある。そこが魅力的なので。幾つか」
 鈴木は「じゃあさ」と振り返る。
「ロジーさん、今夜見えた星、どの星が気に入った? どんな逸話が、どんな星座が好き? 天界からも、こんな風に星空は瞬いてた? 知りたいんだ。ロジーさんの見てきた世界。今度ゆっくり教えてよ」
「そうですわね。今度ゆっくり」
「今夜は付き合ってくれて有り難う。ロジーさんと話してると、何だか……懺悔してる気分だ。勿論、それだじゃないけれど。俺にとって、ロジーさんは……」
 ふんわりとマフラーが降りてきた。ビィが「寒くありませんこと?」と首を傾ける。
「悠司……無理に話さなくていいんです。懺悔、なんて言わないで下さいませ。悠司は悠司の出来ることをしてきただけ。いままでも……これからも」
 鈴木はマフラーに宿るビィの温もりを感じつつ天を見上げた。
「星、綺麗だね」



●指輪の約束

 イルミネーションが瞬く裏通りの自販機は、真っ赤なクリスマスカラーになっていた。
 かしゃん、と音を立てる。
 寒さに負けて支倉 英蓮(jb7524)が買ったのは、濃厚なロイヤルミルクティーだ。樹月 夜(jb4609)に蓋をあけてもらい、ほふほふと必死に冷ましながら、甘くとろける幸せの紅茶を一口。
「ふー、こういう時、猫舌はつらいです」
「でも寒い中は格別ですよね。俺も買うか迷ってます」
「……ん? 夜くん、飲みたい? はい、ど〜ぞ」
『ふふふ、関節キスかもです?』
「ん、ありがとうございます」
 樹月は全く動じず、顔を赤らめることもない。けれど支倉は充分幸せだった。大好きな人とふたりっきり、誰にも干渉されることのない時間はかけがえのない夢と同じ。
 ふいに樹月の視線を感じて、支倉が自分の指を一瞥した。
「この指輪、この前もらったやつだけど……いつも大事につけてるよ。いつか、婚約……ゆ、指輪……とか、もらえるとうれしぃなぁ? なんて」
「婚約指輪、ですか? 時期が来たら考えましょうかねぇ? 来年を楽しみにしておいてください」
「うう」
 来年まで後一ヶ月程度である。
 悩ましい言葉だ。二人は寄り添い合うように天を見上げる。
「夜くん。お星様、綺麗ですねぇ〜……夜目が効かない時の方が、もっと綺麗に見えてたと思いますけど、……いまは夜くんがいるから、それはそれで大満足なのです」
 夜くんは? と暗に問う。
「うん、星空は綺麗ですね。俺も支倉さんが一緒だから嬉しいし、満足ですよ」
 すっかり陽の落ちた世界は、白銀の雪がちらつくような寒さだ。けれど何故か、さほど寒く感じない。支倉は小さなロイヤルミルクティーの缶を飲み干すと、真っ赤なゴミ箱に捨てに行った。踊るような足取りで戻ってきて、樹月の腕に飛びつく。
「わ、大丈夫」
 ですか、と問いかけようとした樹月の頬に、軽く触れる口づけを贈る。すると樹月は頬にキスを返す、と見せかけ、桜色の唇に顔を重ねる。自販機に照らされた二人の影が溶けあい、時間が何処かへ行ってしまった。ふは、と顔を離した恋人に微笑みを向ける。
「えへへ……夜くん、ずっといてください……ね?」
「ん、ずっと一緒に居ましょうね」
 撫でた頬が冷たい。
「外に居すぎましたか」
 樹月は手荷物からパンフレットを取り出した。ワインレッドに金のリボンを飾ったような広告は、結衣香から分けて貰ったものだ。どうしても二人の時間を過ごしたくて相談したところ『後で行ってみるといいよ』と教えられた。
「行きますか。寒いですがゆっくりしたいですし、地図ものってますから」
 光の道を歩いて、オススメの喫茶店に向かう。
 店の前に到着すると、支倉が「あー!」と声を上げた。
「ここのプリンパフェ、一度たべたかったのですよ〜、しかも夜くんと一緒! えへへ」
 にへら、と頬が緩む。
「それは良かったですね。俺は珈琲かな。どうぞ、支倉さん」
 古めかしい扉が、ちりんちりんと音を立てる。
 恋人達は隠れ家のような茶店に消えた。



●黒曜石の瞳に映る

 皆と解散した後、美森 仁也(jb2552)は妻の美森あやかと更に買い物を続けた。
 クリスマスまで一ヶ月を切った今、友人へのプレゼントも考えねばならないからだ。
 真っ赤なラッピングを施されたお菓子、装飾品、筆記用具にお酒の銘柄。
 年齢的にまだ呑めない幼妻にあわせてか、仁也はお酒好きな割に家では殆ど呑まない。
『……こういうのだったら、それなりにお兄ちゃんも楽しめるかなー、なんて考えての買い物同伴だったけど……久しぶりにお酒の試飲で色々試してたし、楽しんでくれた、かな』
 売り場を除いては夫婦で議論。
 あーでもない、こーでもない。
 贈り物選びに、試飲も重ね、デパートの地下を満喫して地上へ戻ってきたら外は真っ暗。
 けれど。
 帰宅が遅くなったなりにも楽しみがある。
 桃色のもこもこ生地のワンピースにアイボリーのコートを着た妻が冷たい風に震えた。
 それを見て、仁也は近くにひきよせた。
 まるで踊るような軽やかなエスコートの向こうに、見慣れた微笑みがある。
「ありがと、お兄……あなた」
「さて。あやか。イルミネーションを見に行こうか」
 コートに革靴で颯爽と妻をエスコートする仁也が、華やかに賑わう声の方向へ妻を誘う。
 闇夜に浮かび上がる真珠の煌めき。
 光の洪水が生み出す美しさに心惹かれ、息を呑んた。
「……わぁ、綺麗。凄く明るい……あ、見てみて、鳥がいる!」
 無数の光で編んだ鳥の群。
 騙し絵のような光の芸術に魅入るあやかを見て、仁也の頬も綻んだ。
『今日は機嫌が良いようで何より。買い物を楽しんだ後のデートも……悪くないものだな』
 自分は……
 少しばかり飲み過ぎた、かもしれないけれど。
 久々に色々な銘柄を楽しんでしまった分は、妻への贈り物に変えようかなと少し思う。
「奥まで歩いてみようか」
 永遠の愛を誓ったオブセディアンの如き瞳を覗き込む。
「お願いします」
 愛するあなたと、光り輝く道の果てへ。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
桜花の一片(ひとひら)・
樹月 夜(jb4609)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
雷閃白鳳・
支倉 英蓮(jb7524)

高等部2年11組 女 阿修羅