●ハロウィンな人々
エプロンドレスにお手製赤頭巾を被った神谷 愛莉(
jb5345)は得意げに「あかずきんちゃんですの」と胸を張った。さらに犬耳カチューシャを取りだし、幼馴染に渡す。
「当然アシュは狼さんね」
「ボクが、狼さん」
礼野 明日夢(
jb5590)は犬耳カチューシャを受け取って悟りの境地に至っていた。
職業柄では猟師が適役のはずなのだが、おばあさん役やら丸ごとうさぎを強いられるよりはマシかもしれない……と考えて、狼と言うより執事っぽい現状に気づく。
「さあアシュー、一緒にお菓子の家に行くですのっ!」
「一緒に行くから袖や耳を引っ張らないで、エリ。あ。ちょっとまった」
「アシュっ! 急がないとたべられちゃうですの!」
明日夢は周囲を見回して礼野 智美(
ja3600)を発見すると「おねがいします」と配り歩き用お菓子のバスケットを渡した。
「配らないのか?」
「そうしたいところですが、エリを一人にしたら何をするか」
「はいはい、林檎配りは俺がやるから二人はお菓子の家満喫してらっしゃい。ただし、借り物のメモは書いてからいくこと」
神谷は『バスケット』と書き、明日夢は「結構難しいなぁ……一般の人もいるんだよね」と唸りながら『お年寄り ※65歳以上』と書いた。そして書き終えるやいなや連行されていった。嵐が去った智美は『エリはああいうの好きだよなぁ』とぼんやり思った。
耳飾りに魚のヒレのようなものを飾り、燕尾服を着込んだ佐々部 万碧(
jb8894)は仕上げにボディペイントを施した。どんな模様かというと、魚の鱗である。
「……仮装っぽくしてみたがいまいちわからんが」
まあいいか、と更衣室の外へ出ると洋服の上から包帯をぐるぐるに巻いた全身ミイラ改めシャロン・エンフィールド(
jb9057)が待ちかまえていて、佐々部の腕を掴んだ。
「早いな」
「当然です! ほら、万碧さん、せっかく仮装までしてきたんですから、のんびりしてちゃ勿体ないですよ! 行きましょう!」
目指すは持ち場指定の広場だ。
「こういうときはやっぱり魔女だよね!」
ダナ・ユスティール(
ja8221)とディアドラ(
jb7283)は魔女のコスチュームを着てマントや裾をはためかせていた。とんがり帽子もなかなかに捨てがたい。
「ダナ様。お互い、こういう姿になる事がありませんから、目新しくて楽しいですわね!」
「そうかも! ディアドラさんもかわいー!」
「ありがとうございます。それにヘルマン様は相変わらず礼装がお似合いで」
ぽわわん、と夢見心地な眼差しを向けた先にはバンパイア貴族を意識したヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)が穏やかに微笑んでいた。
「ヘルマンおじいちゃん、そういう服すごい似合うね」
「それはどうも。では持ち場に参りましょうか……御足もとにお気を付けください。麗しの魔女に姿を変えたユスティール殿とディアドラ殿。美女二人に挟まれて歩けるとは、男冥利につきますな」
「そうなの?」
歩きながらユスティールはウォルターの格好を観察し「っていうかあんまりいつもと変わらないね?」とぶっちゃけた。礼装が板に付いていると言うことだろう。
魔王や魔術師を意識して黒のローブを着込た米田 一機(
jb7387)は失敗したと思った。
暑い。
日光が当たると更に暑い。
しかし待ち合わせで米田を発見した蓮城 真緋呂(
jb6120)は感動したようだ。
「おお一機君の魔王、ゴージャスかっこいい!」
「え、そう?」
と振り向いて米田は固まった。
蓮城は魔女の格好をしていた。それは良いのだが、古き良き魔女という風でなく現代風にアレンジされた愛らしいミニスカートワンピースだった。黒のベアトップはいかにもハロウィンらしいが、過度な露出と太股や胸元のレースが大変際どい。
「一機君?」
「……ふ、冬になりきってない今だと、これ割と暑いね。あー暑い暑い、参ったな、それはともかく魔女の衣装、似合ってるよ」
必死に胸元から視線を逸らしつつ、米田は「さ、食べよう」とお菓子ハウスを目指す。
ところで。
道の駅に到着して仮装に着替え終わった後も、酒守 夜ヱ香(
jb6073)はきょろきょろ館内を見渡していた。着替えを終えた志塚 景文(
jb8652)が酒守の様子を不思議そうに眺めながら「おまたせー、夜ヱ香さん」と声をかけても、気がそぞろ。
「どうかした? 何か捜し物?」
「ううん……、列車……ない、ね」
「列車?」
志塚は酒守が抱いている誤解に気づいて、手を繋いで館内の見学がてら道の駅というものが車の止まる場所である事を解説した。自身も車で旅行をする時に度々道の駅に立ち寄るからか、経験も踏まえて楽しげに語る。
「……と、いう訳。道の駅っていう呼称も、そう言うところから来たんじゃないかな。場所によって特徴は全く違うけど、特産品を眺めているだけでも面白いと思うよ」
「あ……そっか」
「列車が無くて残念?」
「ん……少し、でも……いろんな仮装見れて、楽しい……な」
記念撮影の後、酒守は志塚を見上げた。
オールバックに固めた黒檀の髪に似合う漆黒のマント、まっさらな白シャツにループタイ、口元からちらりと見える牙は……吸血鬼の伯爵と言った風情だ。
「何か、変?」
「……背高いから、似合う……ね。吸血鬼。マント……格好いい」
思わぬ讃辞に動揺しつつ「夜ヱ香さんも可愛いよ」と返した。きょとりとした酒守が自分を見下ろす。魔女の黒猫を意識して猫耳に長い尻尾、フェイクファー付きミニスカコスチュームとニーハイソックスを組み合わせた。暫く考えた末に、酒守は黒い長手袋をはめた手を志塚の手から腕に絡めて、猫っぽく腕にすりすりしてみた。
「にゃー……?」
こんな感じ?
といわんばかりの上目遣いは反則であろう。
●お菓子ハウス
お菓子ハウスを見上げたカイン・フェルトリート(
jb3990)は翡翠色の瞳を輝かせた。
「すごい……これ、全部……甘い……お菓子?」
美味しいお菓子が沢山食べられると聞いてはいたが、食べきれない量のお菓子だ。
思わずルーディ・クルーガー(
ja7536)がデジタルカメラを構える。
「すげぇなこれ。ちょっと写真にとっておこうか」
単に写真を撮るだけでは『ふーん』だったかもしれないが、身長が2メートル近いアルフレッド・ミュラー(
jb9067)の後頭部が写り込むと、いかに大きいかが分かる。ミュラーはというと、何故かお菓子の家を見ながら詳しく素材や形状をメモに書き込んでいた。
藤堂 尚也(
ja7538)も「これはまた食べ甲斐がありそうな……」と呟いたっきり立ちつくしている。隣でバシャバシャと写真撮影していたクルーガーは「つーか、どこから食えば……」と開け放たれた扉を凝視した。まごうことなきチョコレートだ。
「チョコ関係からいこうか」
好物だし。
と目標を定めたところで、フェルトリートは飴硝子の填ったマシュマロの白い窓枠にかじりつき、フェルトリートの開けた穴から藤堂が壁のウエハースを豪快に割り出した。
家の裏手の設計図を図面に書き起こしていたミュラーが戻ってきて衝撃を受ける。
「……って描いてる最中もどんどん減ってくな!?」
お菓子はあるだけ。早い者勝ちである。
「沢山……美味しい……」
フェルトリートは金色に輝くべっこう飴のドアノブをもぎ取ってきて満足そうにペロペロと舐め、藤堂はノート十冊分の厚さはあろうビスケットとウエハースのサンドイッチ板をバリバリに囓っていく。クルーガーの目が点になっていた。
「なんか盛大に壁から食べてるが……おまえ、そういうキャラだったのか」
「ビスケット好きなんだよね。ジャムとかあってもいいかな」
藤堂がぽっかりあけた穴から、家の中が見える。随分色の濃いカラトリーがあると思って手を伸ばすと、それはカラトリー型のジャーキーだった。つまり黒胡椒のたっぷりかかった成形干し肉だ。お菓子と言うよりおつまみである。
「……このジャーキー……誰の趣味だ……」
「多分甘いだけだと飽きる……じゃなくて、尚也。壁から中のもん取るなって。横着もん」
「玄関はこみあってるし、普通に手が届くんだ」
藤堂が取り出したスプーンとフォーク型のジャーキーをフェルトリートが囓り出す。
「辛いのも、すき」
「いっぱい食べろよ。と、今度は何か器っぽいものが」
壁から腕を入れて机の上を漁ると、ちょっとした宝箱気分だ。蝋燭型の南瓜プリンを探り当て、これもまたフェルトリートに差し出す。そんな二人を、適当にお菓子を囓るミュラーが真剣に観察していた。探り当てる小道具も記録しているらしい。
フェルトリートが小首を傾げながらミュラーを見上げる。
「誰かに……食べさせたい……の?」
「ん? まぁ、あのチビ、こういうの喜びそうだからな。あれだけ美味そうに色々喰ってたらな……美味いもん作ってやりたくなるからな」
藤堂がハタッと我に返った。
「そういや幼女のお婿さんになったんだっけ? おめでとう! 料理のレパートリーがだんだん増えていくなぁ」
「すげぇ笑顔で言うことじゃねーなそれ? 俺はただ子供は笑ってんのが一番だと……」
云々。藤堂と漫才を繰り広げるミュラーを見上げて、フェルトリートは感心していた。
『すごい、な。……やりたいこと……早く、見つけたいな……』
様々なことが眩しく見える。
神谷と明日夢はお菓子ハウスの反対側で記念撮影をした後に、もりもり食べていた。
「ねー、アシュ。これ、もともと小学校の遠足で食べる予定だったんだよね? 全部食べきれるのかなぁ?」
「食べきれないだろうけど人も沢山来たし大丈夫じゃないかな。これ、お土産にしようか」
暫くはお菓子の日々が楽しめそうだ。
意外と目立つお菓子は高い場所にあるものだ。
「む、届かない。脚立が欲しい〜、あと、ちょっと」
蓮城は必死に手を伸ばしていた。全種類制覇するのだ。腕がぷるぷる震えている。そんな蓮城に米田が気づいて声をかけたが、驚いてバランスを崩し、米田に倒れ込んだ。
「きゃああああ!? ご、ごめんなさいっ! 怪我は!?」
「ふぁ、ふぁいじょう、ふ(大丈夫)」
ふくよかな胸の下でもごもご言ってる。不運なのか幸運なのか分からない事故に巻き込まれつつ、落ち着いた頃に米田は蓮城がとろうとしていたお菓子を渡してあげた。
「はい、真緋呂」
「ありがと……えへへ、美味しいね」
「それはよかった。別の色のとろうか」
蓮城は「お願い」と頼んだ。米田が立ち上がって屋根に手を伸ばす。すると蓮城が後ろから柔らかく抱きしめた。
「……今日は一緒に参加してくれてありがとう。最後に、いっぱい楽しめた」
満面の笑顔が何を語るのか、米田はよく分からぬまま次のお菓子を渡していた。
お菓子を沢山食べているとお腹も満腹感を覚え始める。
「少し休むか。そういえば何か預かったような」
賑やかな面々を横目に、クルーガーはバスケットの中の紙を読んでいた。
「えーとなになに? 借り物競争の品? ああ、後で結衣香が回収にくるんだったな」
依頼主の顔を思い出してボールペンを手に取る。
「この場でありそうなものっつったら、パンプキンプリンかね」
紙に『食べられてないパンプキンプリン』と記すが。
「……やべぇ、食べられたら悪ぃ。一応、一個確保しておくか……尚也ー、パンプキンプリン一つ確保してくれ。俺用じゃねーよ」
手元を覗き込んだフェルトリートは『ジャーキー』と記し、ミュラーは『卵型のグミ』と書いた。そして藤堂は……ああでもないこうでもないと論じる仲間を後目に、外を歩く知り合いへ手を振った。
「頑張ってるなぁ」
●トリックオアトリート?
テラス沿いの持ち場で女性や子供にお菓子を配るウォルターは微笑みを絶やさない。
「お菓子はいかがですかな? 悪戯な悪魔を追い払えますぞ」
ウォルターの一挙一動を写真に納めるディアドラは「人間界のお祭りは楽しいですわね」とユスティールに話しかけた。
「皆楽しそうだよね! あ、とりっくおあとりーと! っていいつつぷれぜんとー!」
会話をしつつも接客はかかさない。ディアドラはテラスの硝子越しにお菓子の家を見た。
「むこうのお菓子の家も楽しそうですけれど、こっちもなかなか楽しいですわね」
知り合いの姿を見つけたディアドラが手を振る。
「あれねー」
ユスティールは巨大なお菓子の家を見て悩みこんだ。
「お菓子の家もすごいなぁ。あれちょっと、後で食べに行こうか! もう少しで配り終わるし。そうと決まれば早速、おじいちゃんも……」
ユスティール達がウォルターのもとへ向かう。ウォルターは老女を見送っていた。
「さぁ、今日という日をお楽しみくださいませ。貴方の一日が良いものでありますように」
手を振りながら、ふっと遠い目をする。
『楽しげに笑う人々のように、あの方にも、こんな風に穏やかに楽しむ日々があったならいいのですが……』
明後日の方向を見上げて悦に入ったので声をかけづらい。ユスティールとディアドラがひそひそと誰の事を考えているのか推察しあったが……
「おじーちゃん」
悟りの眼差しのユスティールは、そっと白い手袋の上に林檎の飴ちゃんをのせた。
「おじーちゃんにも、とりっくおあとりーとなんだよ。元気出してね?」
ウォルターは首を傾げつつ飴玉を受け取っていた。
「おかしー!」
道の駅に立ち寄った一家の小さな子供が、簗瀬深雪(
jb8085)の服の裾をひいた。
大きなマスクをした口裂け女は屈み込んで「私、綺麗? ふふ、なんてね?」と話しかける。
『たまにはこう言ったものも、良いのかもしれませんわ』
「Happy Halloweenですわ。お菓子と悪戯、どちらを御所望でしょうか?」
「おかしー!」
「お菓子ですわね? 特性鼈甲飴ですわ。どうぞご賞味くださいな。ご家族の方もどうぞ」
「ありがとー!」
口裂け女改め簗瀬は丁寧なやりとりをしていたが、時々「トリック!」と言い出すやんちゃ坊主にはクラッカーで驚かせていた。
古めかしい白い魔法使いの服を着たキュリアン・ジョイス(
jb9214)は、お客さんに手品を店ながら味噌パンを渡していた。お腹が減った子供にはお菓子に並んで人気では有ったが、ノルマのお菓子を渡し終えたところで、持ち場を離れる。
『今日は、少し忘れていこう』
人の少ないテラスの隅に腰掛けて、鯉が跳ねる水辺や紅葉に色づく並木を見た。
時にはぼんやりと、何の考え事もしない時間は……必要なのかも知れない。
のんびりと広間に視線を配る。
「ここなら借り物も見えそうだな」
道の駅に溢れる観光客と仮装の仲間達。
率先してお菓子を配る者もいれば、雰囲気を出すべく「トリックアトリート」と言いながらお菓子を渡す者もいる。
エンフィールドは小首を傾げつつ「催しですから些細なことはいいですよね」と言って、自らも小さな子にお菓子を配り歩いた。
楽しそうなエンフィールドを佐々部がぼんやり眺めている。
「海外の風習や祭は日本に来ると日本テイストに変わるもんだからな……しかし元気だな子供は」
「万碧さーん、籠は空になりました?」
エンフィールドが手元を覗き込むと、飴いり林檎ケースがたっぷりあった。
「全く減ってない」
「えー? あ、でも小さい子だと恥ずかしがって近づいてこない事もあるかもしれません」
眼帯をつけた高身長の佐々部が通りすがりの子供を一瞥すると、視線を感じた子供がビクついて大人のもとへ逃げていく。
「……多分、恥ずかしいんじゃないと思うぞ……」
妙な格好のでっかい男に見下ろされたら怖かろう、と自己分析に至ったが、エンフィールドはきいちゃいない。
「内気な子が多いのかも」
「いや、だから」
「お菓子借りますね! そういう子にはこちらから!」
急に身を翻したエンフィールドを見て佐々部が焦る。
「って、おい、その格好で走るな、転……」
ずしゃああああ!
とエンフィールドが倒れた。
どうやら包帯を踏んだようだ。
子供達が「ほうたいさん、大丈夫?」と声をかけてくれる。優しい。
佐々部は「言わんこっちゃない」と呟きながらエンフィールドを助け起こした。
「ぃっ……お、お菓子は、守り抜きました!」
「先ずお前の体を護れ、子供が驚くだろうが」
「あれ?」
心配してくれた子供達にお菓子を配り捲った後、佐々部は最期の一つをエンフィールドの手に乗せた。
お菓子配りにお菓子の家。
賑やかな景色をテラスから眺める者がいる。
『ハロウィンかァ……まァ、日本人ならお祭り事は楽しまないと損よねェ』
黒いマントに魔女の帽子を被った黒百合(
ja0422)の前には、食事やお菓子の代わりに南瓜が鎮座していた。手乗りサイズから一抱えあるものまで様々だが、黒百合は異国の伝説で親しまれるジャック・オ・ランタンを彫り上げた後、新たにカービングの彫刻刀を使って装飾を施していた。
「わー、すごいね!」
依頼主の結衣香がひょっこり顔を出す。
表情豊かな南瓜に骸骨、しまいには籠など様々だ。
「あらぁ……? 興味があるのかしらぁ……はまると結構、楽しいのよねぇ……おひとついかがぁ?」
「じゃあ、このちっちゃいやつ!」
結衣香は黒百合の作った実に蝋燭立てを受け取って去っていった。
「さて、と……それじゃ……大作をつくろうかしらぁ……」
黒百合の口元に笑みがこぼれる。
●仁義無き借り物競走
突然、幾度目かの館内放送が鳴り響いた。
ぴんぽんぱんぽーん。
『ご来場の皆様、館内の特設ステージへお集まり下さい。
これよりハッピーハロウィン借り物競走を開催いたします!
仮装している方は、どなたさまでも参加歓迎!
ルールは簡単!
釣り下げられた借り物メモ中からひとつ選び、借り物を持って受付へもどってくること!
優勝者には、ななななぁんと!
本日の一日親善大使としてプロカメラマンによる写真撮影の後、超豪華黒毛和牛の食べ放題が待ち受けています! 二位には当施設限定で使える寿司券3000円、三位には当館おなじみ牧場アイスクリーム無料回数券などなど、残念賞のお煎餅お楽しみ袋も含めて特典満載!
輝けるのは君だぁぁあああああ!』
依頼主こと下一結衣香が叫び声をあげていた。
そして開始の白いテープ沿いには、本日の勇者予備軍達が並んでいる。
「トリックオアトリート! わーわー! 何だか夢みたいだねぇ!」
吸血鬼姿の青空・アルベール(
ja0732)が観客に手を振る。
「こーいうのも一つのヒーロー修行だよねっ! がんばるよー! 応援宜しくー!」
隣の王子様姿の涼森 夏蓮(
jc0524)は現状を楽しむことに全力を注いでいた。
「どんなに難しい内容でも、絶対に見つけてみせるんだ!」
『諦めずに、頑張って、楽しむ所存だよ! 諦めない勇気!』
王子様ー! という声援にも軽やかに手を振って答える。
「人が増えてきたな」
黒いフード付きローブを着てフードもすっぽり被ってる死神姿の蒼月 夜刀(
jb9630)と使い魔風のミニスカートドレスを着た狭霧 文香(
jc0789)も開始の時を待っていた。
「ですが勝つのは私達! ハロウィンを大いに楽しみますよ! でもこんな格好をしていると、悪いことしたくなっちゃいますね?」
ちょっとぐらい技をつかってもいいですよね?
と思ってしまうルール無用の借り物だ。
そして。
栄えあるコスプレの中でも一等目立つのが、コーラ瓶の着ぐるみを着てマフラーをまきつけた比那風 莉月(
jb8381)だ。
カオスどんとこい、の精神に裏付けされた自信満ちあふれる表情が眩しい。
『コーラ好きなら、コーラにならねばなるまい。今正に、魂と肉体はコーラそのもの!』
「ここは勝つ!」
「客観的な絵面を想像すると、なかなかカオスな状況ですね」
全身和装の雪女こと樒 和紗(
jb6970)は『仮装と借り物競走の接点とは如何に』と考え込んでいたが、やる気だけは負けなかった。
「命じられたからには全力で取組みましょう。どんな指令が来ても、全力で……勝ちに行きます」
か、と双眸が見開かれる。
「それではー、はじめえええ!」
スタートの空気銃が鳴らされた。
一斉に走り出す。
この競技は、誰が先に紙を掴むか、ではない。
誰が先に借り物をもってくるか、が全ての勝敗を決する。
各自が中身の見えない借り物を手にする。
涼森のメモは『ご当地ペナント』と書かれていた。
「これなら楽勝だね! 一番は頂いた!」
しかし売り場のペナントは売り切れだった。
「ざ、在庫おおお!」
売店の店員を連れて、土産物の倉庫に走っていく。
蒼月のメモは『異性の格好をした人』で、狭霧の借り物は『背の大きな人』と書かれていた。
「異、性?」
多種多様な仮装が沢山ありすぎて外見的に分からない者が多すぎる。
下手に問いかけると失礼極まりない。
こちーん、と固まった蒼月の隣で狭霧が首を傾げた。
「背が大きい人は沢山いますけど……いちばん高い人って、だれでしょう。指定ないんでしょうか。蒼月さんも高い方ですけど……ギャラリーの中に、蒼月さんより背が高い人も何人かいます、よね」
一瞬の沈黙。
「どっちも人だ。会場を端から見た方が早い!」
「はい! 異界の呼び手を使ってでも取り押さえますとも!」
容赦ない。
蒼月は狭霧を抱えて走り出した。
樒のメモは『食べられてないパンプキンプリン』と書かれていた。
現時点でお菓子の家は結構、食い尽くされている。残っていると限らないが、どのみちお菓子の家がある隣接の建物まで走らねばならない。
参加を決意した時、和装だろうと全力疾走すると決めた。
『困難な借り物であろうと、俺の元に来たのは運命!』
偶然か、必然か。
「……試されているのでしょう」
強奪してでも借りるべし!
惜しむらくは……パンプキンプリンを確保していた創案者に、誰がその紙を持っているのか分からないことだった。
なにしろ。
創案者は仲間と共にパンプキンプリンを持って、近くの長椅子で申し訳なさげに待機していたから。
「うーん……誰かプリンひいたのかな。やべぇ、見えるように持ってるべき?」
すれ違いが切ない。
青空のメモは『お年寄り ※65歳以上』と書かれていた。
「えーっと、お、お客様の中で年輩のおじいさんかおばあさんはいませんかぁ!
60?
えと、65以上なんだ! ごめんなさい!
え? 身分証明書がいる?
え、えと、65歳以上で生年月日が分かる免許証かパスポートを持ってる人にきてほしいのだー! いませんかー! わーん!」
ハロウィンで子連れ夫婦はいるのに、老人が少ない。
つらい。
比那風のメモは『道の駅で1番高価な商品』と書かれていた。受付に確認したら売り物に限定された。
「これくらいなら、見つかるだろう……これ、どこで借りられるんだ」
狭い通路が広がる売店で値段を確認しろと言うのか。
このコーラ瓶の着ぐるみで。
売店では三人分の林檎飴菓子を配り終えた智美が、おみやげ物を物色していた。
その隣を通り過ぎ……ひたすら探す。
宝石なんて気の利いた小物はなく、瑪瑙の工芸品や金箔の杯などを押しのけて栄えある高額商品に輝いていたのは、注連縄がかけられた巨大な幻の樽酒だった。
正月等の祝いの際、木槌で割られるアレである。
「……ワタシハ、ナニモミテイナイ」
大した指令ではなかったはずなのに、物体が想像を絶していた。
割ったら恐ろしい額の弁償金が降りかかってくるが、転がすしか運びようがない。
いや、そんなことよりも台車、台車はどこだ。
比那風の焦りと葛藤は続く。
悲喜こもごもな借り物の様子を結衣香が実況していた。
「皆さん、走り出して5分が経過いたしました!
おっとぉ?
最初に戻ってきたのは……猫の縫い包みを持った、吸血鬼ぃー!」
青空は急ごうとした。
だが69歳のお爺ちゃんがすっ転んで骨折しては問題なので、ゆっくりと受付を目指す。
「おおっと、後続です!
お菓子の家から戻った雪女がパンプキンプリンを連呼しております!
そして倉庫から現れた影は土産物の段ボール箱を抱えたプ・リ・ン・スー!」
やがて先にゴールしたのは……
「どいてどいてどいてー! 確認、お願いだよ!」
息を切らせて借り物を置く。
一位はペナント入り段ボール箱を台車に乗せて、受付に特攻した涼森だった。
そして二位が青空、三位は樒と続き……
借り物競走は終わりを告げた。
「では皆さん借り物を返却してください!」
「おい、通路で誰か倒れてるぞ」
借り物を返す過程で、コーラの着ぐるみを着た誰かさんが床につっぷしていた。
運び出しで相当に体力と精神力を消費したと見えるが、丸い酒樽にコーラ瓶の着ぐるみはボーリングの球とピンに見えて、かなりシュールだ。
最期に授与式が行われた。
「黒毛和牛の食べ放題ー!」
「お寿司の券かぁ。有効期限いつまでだろ?」
「雪女にアイスクリーム……狙った訳ではありません」
商品を獲得したのは彼らだけではない。
参加賞あらためお煎餅のつまったお楽しみ袋を受け取った者達は、誰もがバリンバリンと煎餅を囓り、良い音を会場に響かせていた。