お披露目会の当日。
その日は雲一つない晴天だった。
早朝、誰よりも早くに会場へ到着した美森 あやか(
jb1451)と美森 仁也(
jb2552)は、其々の控え室で着替えを行っていた。
着飾ったあやかは薄く化粧を終えると、化粧台の鏡をジッと見つめる。
『……本当に花嫁さんですね。おとぎ話のお姫様の服みたい』
立ち襟で、首も覆う真っ白なプリンセスラインドレスは、銀糸で雪の結晶の刺繍が施されており、LEDの眩い照明にきらきらと輝いていた。最も露出の低い袖ありのドレスを探して選んだ結果、スノーホワイトもかくやと言うべき清楚で高貴な姿になっている。
黒真珠の髪はパールトリートメントで艶やかに煌き、仕上げのマリアヴェールが可憐な印象を与える。添えられたブーケは白薔薇や霞草、白百合を多用した豪奢な一品だ。
「あ、スタッフさん。白い靴なんですけど、転ぶと危ないので、かかとの低い方で」
白薔薇と銀刺繍の靴を選んでいると、他の花嫁たちも次々に顔を出した。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします」
「おはようございます、間に合ってよかった」
控え室に入った櫻井 悠貴(
jb7024)は、早速ウエディングドレスを選び始めた。
「き、緊張しますね……でも、ドレス綺麗です」
悠貴はドレスの並ぶ一角で、自分の請け負うデザイナーのドレスを見て回った。
朝早くで睡魔が残っていた瞳も、輝かしいドレスの前ではきらりと冴える。
悠貴が選んだのは、裾に透かしの入ったエンパイアラインのドレスだ。オフショルダータイプで両肩を見せている為、首筋が美しく引き立つ。結い上げた茶髪にパールの髪飾り。マリアヴェールは絨毯を流れる薄雲のようで、白い靴にはヒールの高いクローズトゥパンプスを選んだ。
ところで。
ギュウギュウにウエストをコルセットで締め上げられた蓮城 真緋呂(
jb6120)は朝から疲れた顔をしていたが、気合を入れ直した。
『うぅぅ……これでお昼抜きは辛いけど、ステキなドレスを着れて美味しいご飯が食べられるなら我慢! 我慢した分、お腹いっぱい食べるもん!』
体をしめて、衣装を纏い、化粧を終えて。
現在ジェルネイルをパールピンクにしてもらっている最中だ。
蓮城の花嫁衣装は、レースを重ねた白のオフショルダーAラインドレスだ。黒真珠の髪は清楚な夜会巻きにまとめ、水晶輝くティアラとショートベールで仕上げられている。フィンガーレスの総レース手袋をはめている途中、スタッフに渡されたラウンドブーケは、淡い紫のトルコ桔梗が瑞々しく咲き誇っていた。
化粧台の前に腰掛けて仕上げを待つ天ヶ瀬 紗雪(
ja7147)も華やかなドレスを纏っている。
肩で煌く純白の花。胸元はタイトながらプリーツのフリルがあしらわれたスカートは高貴なプリンセスラインを象り、緋色の絨毯の上を歩く姿はさながら牡丹雪の妖精に等しい。
「完成です」
美容師がぱちん、と手元のコテを閉じた。
茶色の髪は耳の上で一つに飾られ、照明で煌くよう、白い花とキュービックジルコニアの装飾が散りばめられていた。仕上げはレースのマリアヴェールと、可憐な手袋。白とグリーンが基調のティアドロップブーケを持てば、花嫁の完成だ。
鏡を覗き込むと、桜貝の唇に笑みが浮かんでいた。
『ふふ、また着る機会に恵まれるとは幸運ですね』
ふいに、女性の控え室の扉をノックする音が聞こえた。
「花嫁達の身支度は整ったか」
尋ねる声は月野 現(
jb7023)のものだった。
パートナーが迎えに来たことを知り、悠貴が慌てて立ち上がる。
「現さん、今行きます」
他の花嫁たちもブーケを手に、パートナーの待つ廊下へ降り立つ。
古葉色の扉が開かれ、大理石のホールへ足を踏み入れた。
花嫁とともに緋色の絨毯を歩くことになっていた現は、当然ながら白いタキシード姿だった。フロックコートの左ポケットに、純白のハンカチのアクセント。靴は白のストレートチップシューズで、黒檀の髪も瞳も、櫛で丁寧に整えられていた。
古い付き合いだが、こういう姿を見るのは無論初めて。
お互いに見つめ合う悠貴と現。
凛々しい立ち姿に頬を赤らめて見惚れていた悠貴は、我に返って現の顔を覗き込んだ。
「あ、あの、現さん。……私、何か変でしょうか」
「……っ、綺麗だよ」
「そ、そうですか。よかった。私、こういう格好は初めてで、なんだか緊張してしまって」
控え室で何度も深呼吸をしたのに、急に鼓動がはやくなる。じきに大観衆の前で緋色の道を堂々と歩かねばならないというのに、ヒールで裾を踏んでこけてしまわないか、等の心配に強くとらわれた。
現は悠貴を近くの長椅子に誘導して腰掛けさせ、震える華奢な手を握った。
「……珍しい依頼ではあるが慌てる事はない。俺は常に横にいる」
パートナーだから。
緊張した己にも半ば言い聞かせるつもりで囁いた言葉に、悠貴は「はい」と呟いて微笑んだ。
震えが止まる。
不思議と心が落ち着いていく。
今日のお披露目会は、慣れ親しんだ者が常に横を歩くのだ。
「実を言うと、最初は俺も緊張はしたけど悠貴を見ていたら落ち着けたよ」
「あら、どういう意味ですか」
お互いに調子が戻ってきたらしい。
一方の蓮城は、ぽーっと自分の花婿役を見た。
「一機、君?」
「なんか、やっぱり変わるね。綺麗っていうか、さ」
青が貴重のタキシードに身を包む米田一機は、普段のゲームオタクぶりからは想像もできないほど凛々しい好青年に変貌していた。蓮城の青い瞳と同じ色で選んだアウィナイトのネクタイピンやカフスが、寄り添う花嫁を引き立たせる。
米田の変身が楽しみだった蓮城は、少し緊張気味に手を取った。一方の米田は、美しい花嫁の姿と普段の姿を脳裏で比べつつ、着慣れない衣装に肩がこりそうだった。
『……流石にこういうオサレを求められる場所だと、自分が浮くなぁ。そこそこに見えるのは多分、美容師マジック』
紗雪を待っていた焔は、燃えるような緋色の髪と瞳が際立つ姿をしていた。
花嫁を誘う白のロングタキシードは高貴な気品を纏い、カフスやタイピンには紅玉がはめ込まれている。羽と十字架の刺繍やアクセサリーは、若者向けの装いだ。
「前の衣装も素敵だけど、こちらも素敵だね」
花婿の言葉に、頬を染めた。
あやかも仁也の傍らに立つ。
一般客の心象を考えて、仁也は偽りの姿を義務付けられた。
闇色の髪に、黒曜石の瞳。身を包むのは金糸と銀糸が輝く真っ白なタキシード。
「こっちの姿になったけど、よかったかな」
「あたしはどっちでもかまわないな。どちらの姿でも『お兄ちゃん』には変わらないんだもの」
お兄ちゃん、の発言に、少しだけ仁也の瞳が憂いを帯びる。
「お兄ちゃん?」
「いや、うん、なんでもない。綺麗だよ、あやか」
あと二ヶ月と少しで、あやかは十六歳になる。十六歳になったら結婚すると誓った関係だから、今日は少しだけ早い挙式のイメージトレーニングになるのかもしれない。
けれどあやかは、結婚式も披露宴も毛頭考えていなかった。
ドレス姿だけは思い出に残したいと思って、この仕事を受けたらしい。最も、仁也に至っては、可愛い未来の花嫁の隣に他の男を立たせてたまるか、という半ば意地でついてきた。
あやかが大ホールの姿見で、くるりと一回転した。
「今日だけしか着れないから、少し残念。お写真とか貰えたらいいのに」
「……そうだ。下一さん、携帯を預かってもらえますか? 写真がほしいので」
仁也が二人分の携帯を下一に渡すと、他のペアも「俺も」「私も」と写真を頼んだ。
皆から携帯電話やカメラを預かった下一結衣香が舞台袖へと連れて行く。
「さぁ、みなさん。時間です。いってらっしゃーい」
ここからが本番だ。
耳に届くのは挙式でよく選ばれる曲だ。
闇の中で犇めき合う観衆たちは、カメラやビデオを回しながら、赤い絨毯の上を歩く蓮城と米田を撮影している。舞台袖では緊張していた蓮城も、終わりのない歓声に笑顔になった。
淑やかに美しく凛とした立ち姿だ。
「それでは、僕の花嫁」
折り返し地点で、米田は蓮城を姫君のように両手で抱き上げた。打ち合わせにない事態に「え、ちょ、聞いてないよ。一機君」と小声で問いかけた蓮城に対して、米田は片目を瞑って悪戯っぽく囁く。
「ほらほら、笑って。まだ舞台だよ。ま、オーダーがオーダーなら、こういうのもありなのかなって」
偶には男らしい所を見せようと考えたらしいが、口をぱくぱくさせた花嫁は、ボッと頬を染めると、首に手を回して照れながら観客に手を振った。
あやかと仁也も、緋色の舞台を歩き出した。
腕を組んでお互いに見つめ合い、この世の春を観客に見せつけていく。
舞台袖に戻ったところで、仁也はあやかを姫君のように抱き上げてキスを贈った。
悠貴と現が、ゆったりとした歩調で列に続く。
繊細なレースの手袋をはめた手をとって、花嫁を引き立たせるように現が歩いた。
決して絶やさぬ笑顔は、人生にたった一度、運命の人と思い出深い一日を過ごす新郎新婦の幸せを意識しての演技だが……時々見つめ合う度に、微笑みは自然と溢れていく。
暗幕の影で焔が「緊張してる?」と囁きかけると、紗雪は「少し」と返した。
「皆さん、本当にお綺麗で素敵で……でも折角のショーです。楽しんで頂かなくては」
「そうか、楽しんでもらわないといけないんですよね」
焔が思案顔をしている間に順番が来た。背筋を伸ばし、焔のエスコートで真っ赤な絨毯を歩いていく。人々の前で立ち止まった時、くるりと回って全身を見せると、向かい合った焔が紗雪を抱き上げて両腕に抱え……誓いのキスを贈る。
刹那、小さな黄色い花が咲き誇るように、輝きが周囲に舞散った。
お披露目会を終えた後、悠貴と現は下一に頼んで、自前のカメラで写真を頼んだ。
飾り立てられた大理石の階段は、まるで本物の結婚式会場さながらの姿だった。
「おつかれさまでしたー!」
美しいけれど窮屈な礼服を脱いでデザイナーに返した後、モデルを請け負った者たちは打ち上げ会を満喫しに向かう。
コルセットから解放された蓮城は、朝食と昼食の恨みを発散させていた。
「スープは濃厚、お肉はジューシーで美味しい。あれも食べちゃおう! 頂きまーす」
次々料理を平らげていく蓮城を見て、米田が感心していた。それを物欲しそうな視線と勘違いした大食い女王は「これとこれ、美味しいわよ。はいあーん」と焼売を米田の口に差し出していた。
紗雪と焔は、というと、乾杯の後は甲殻類の入っていないメニューを狙って楽しんでいた。
「うーん、煮詰め具合が絶品だ」
「本日はご一緒していただきありがとーですよ。ショーとはいえ、隣りは焔じゃないと上手く立ち回れないような気がして……ちょっぴり怖かったのです。だからご一緒できてとても嬉しかったのですよ」
食べさせ合いながら、お互いの視界にはお互いしか入っていない……そんなバカップルの間に割り込む猛者がいた。下一だ。
「おつかれさまでーす! あ、これ預かってた携帯です。中身もばっちり」
二人の携帯のフォルダには、バージンロードを歩く二人の姿が入っていた。撮影を頼んだものである。早速、待受に設定する紗雪に対して、焔はにこやかに笑った。
「うん、よく撮れてる。紗雪、帰ったら印刷して飾ろうか」
「はい」
シャンパングラスが、カチン、と音を立てた。
悠貴は片隅に腰掛け、夢見心地でサイダーの弾けるヴェネチアングラスを持っていた。あっという間に過ぎ去った時間は、まるで舞踏会を踊るシンデレラの幻だ。
「綺麗なドレスとタキシードでしたね、本当に」
魔法のようなひとときだった。
「何時か、あんなドレスを着てお嫁さんになりたいものです。夢のまた夢でしょうけれど」「夢で終わったりしないよ。きっと綺麗な花嫁姿で幸福を迎えられる」
はいエビチリ、と現が料理を差し出す。
「俺たちはモデルとして着ただけ、だったけど。戦いの息抜きとしては、貴重な体験だったよ。良いものも見れたしな。大切な記念になると思う」
「現さんのタキシード姿もお似合いでしたね……私、本当に似合ってましたでしょうか?」
「もちろんだ」
いつかまた拝めることを祈らずにはいられない。
あやかと仁也は料理を食べながら、真面目な批評を行っていた。
「美味しいね」
「……でも、お年寄りから見たらちょっと味付けが濃いかもしれないわ」
「中華だからね。一応アンケートに書いておいたらどうかな?」
「うん、そうする……写真、綺麗に残ってて良かった」
「思い出の一枚だね」
寄り添った二人は、下一から渡された自分達の携帯の待受を眺めて微笑んだ。
こうして華やかなモデルの仕事は幕を閉じた。
それぞれの胸に輝く、永遠の思い出と共に。