結衣香の部屋に居候している六匹の猫の面倒を見る為、六人が部屋に訪れた。
かといって。
全員が長期間滞在するわけにもいかないので、自宅へ猫を連れていける者達は一緒に遊んで相性を確認する。やがてサイベリアン、スコティッシュフォールド、マンチカンの三匹を三名に託すことになり、残るアメリカンショートヘアとジャパニーウボブテイル、エキゾチックショートヘアーの三匹を結衣香の部屋で世話することになった。
「あ、少し待ってもらえますか」
水無月 ヒロ(
jb5185)は猫の脱走時に備えて六匹の写真を撮影した。
さらに自宅へ帰る者達へ連絡先を渡しておく。
「もし自宅に連れ帰った後で脱走とかしたら連絡して。みんなでヘルプするからね!」
「ありがとう」
「じゃあまた」
「何か有れば連絡しますね」
三人と三匹が出かける。
残る三人に説明している間に、結衣香の携帯電話にアルバイトの緊急呼び出しが入った。
「あああ〜! いかなくちゃ、ほんとごめんねー、今日は早めに帰るから」
「いってらっしゃいです」
ヒラヒラ手を振る水無月たち。
凪澤 小紅(
ja0266)が少し緊張気味の水無月を一瞥する。
「ところでヒロ……だったか」
「はい!?」
「その格好はどうした」
水無月は猫耳ヘアバンドや猫の尻尾アクセサリーを身につけていた。それだけでなく耳と尻尾にあわせた全身タイツという装いをしていた。目立つ。
「猫の行動と心理を知る為には、まず形から……と思いまして!」
一緒に牛乳なめたり、煮干しも囓る覚悟だ。
「猫の尻尾ならこちらも持ってますの」
ジャージに尻尾をつけた神谷 愛莉(
jb5345)が、猫と一緒に床へ転がる。
「ぬこー!」
いつもは流している髪をひとつに纏め、毛が気にならないジャージ姿で猫を構う。
「ぬこーぬこー、今もふもふけつぼうしょうなのです。丁度ケセラン以外のもふもふにさわりたいと思っていたんですが、猫カフェに行けるほどおこずかいもらってないし……」
「丁度いい依頼だった訳か」
「はい。お家にはちょっと連れて帰れないので」
そうか、と呟く凪澤が猫を眺める。
「私も、彼らのように寮へ連れて帰れればよかったんだが……」
「ペット厳禁とかなのです?」
凪澤の視線が、明後日の方向を見上げる。
「寮はヒヨコがいっぱいで……流石に猫を連れて帰るわけにはいかない」
ほのかに惨劇の予感がする。
凪澤はアメリカンショートヘアのアメ子を膝から下ろすと、壁に貼ってある番号へ電話し始めた。神谷が「どうかしましたですの?」と首を傾げる。
「猫カフェの店主に連絡をとる」
「はい?」
「アメ子ちゃん達のアレルギーの類をきいていなかったから苦手なものを含めて把握しておこうと思う」
急に遊び相手がいなくなったアメ子も含めて、水無月と神谷がおもちゃで呼び寄せる。
「ススキをもらってきました。猫じゃらし代わりです。色々試してみましょうか。沢山ありますし……キャットタワーなくても遊べればストレス解消するかな?」
工夫に頭を悩ませる神谷に、凪澤が書き付けをみせた。
『考えてある。心配ない』
街路樹も紅葉に染まり、ひらひらと木の葉が落ちていく。
Kamil(
jb8698)は肉球柄のキャットゲージを手に人通りの少ない路を歩いていた。
「サミーちゃーん、つきましたよー」
Kamilの住んでいる学生寮は平屋の造りをしていて、壁は貝殻のように真っ白だった。
ちゃりん、と鍵を取り出して自室に向かう。玄関を潜ると白と青で統一された室内があった。まるで壁を覆うようにぐるりと本棚が並んでいて、猫に関する書籍が一角に詰まっている。棚の上には猫の絵画や猫の置物が鎮座していた。
Kamilはゲージを開ける前に、ジャージに着替えて部屋の中を見渡した。
『……えと、画材は避難済みですね』
「サミーちゃんおいでー?」
リリン。
猫じゃらしにつけた鈴が鳴る。
茶と白の被毛のサイベリアンは、お気に入りのおもちゃを前に、前足パンチを始めた。たし、たし、たし、と猫じゃらしを捕まえようと頑張る。
『あぁ、夢のような依頼です! 事前に猫ちゃんのお気に入り玩具を調べて正解ですね!』
サイベリアンを自宅へ連れてくる前、Kamilは結衣香の家で猫のハートを掴むべく奮闘した。
六匹の猫が走り回る姿は癒し空間そのものだったが、狙いは犬のように落ち着いた動きをする、ふっさふさのサイベリアン。
「そーれ、ひらひらですよ……?」
長いリボンをはためかせてサミーのストレス解消に務める。
怪我をしないようにタオルも敷いた。
本を見ながら尻尾の動きを観察する。
『えと……まだ遊び足りない、かな。あぁ……サミーちゃんをスケッチしたいです』
しかし本物にかまう魅力にかてない。
普段は公園などで見ているだけの猫が、今目の前ではしゃいでいる。Kamilはここぞとばかりにはしゃいだ。
なにせ人目を気にしなくてすむのだ。
真っ黒なジャージ姿のルナジョーカー(
jb2309)は、二つのキャットゲージを抱えていた。傍らには猫用の日用品をごっちゃりと抱えた華澄・エルシャン・御影(
jb6365)が上機嫌で付き添っている。猫耳カチューシャにウェアキャットワンピ。羽織っているのはバレエのウォームアップの着古しで、ねこしっぽのアクセサリーがワンピースの腰から揺れていた。猫の逃走に備えて動きやすいスニーカーも履いている。
『にゃんこと一日一緒……天国だわ』
顔がほころぶ。
ふいに黒ジャージ姿のジョーカーを一瞥した。
『普通についてきちゃったけど……ルナさん一人じゃお世話キツいのかな?』
男の人だものね、と御影が勝手に納得する。
「ここだ」
到着したのはジョーカーの自宅だ。
特に目立った者がない簡素な部屋だが、猫を預かるという事が決まってからジョーカーは段ボールや安い座布団、毛布やタオルケットを揃えた。普段から黒ずくめの彼からは想像もできないほどカラフルな内装になっている。
しかし猫には天国に違いない。
御影が玄関を閉めた事を確認してから、ジョーカーはゲージの扉をあけはなった。
垂れ耳のスコティッシュフォールドが二人の足下をちょろちょろ動き回り、手足が短い白いマンチカンは段ボールを発見して走っていく。
「マチ子ちゃん元気ですね、ルナさん」
走り回る姿には心癒されるが、人肌が恋しいスコタンには少し困る。
「会って半日も経ってないのに懐きすぎだ……踏まないように気を付けないとな……」
『何故か……動物には、やたらと懐かれるからなぁ……』
ジョーカーが棚から取り出した物を御影に渡した。
「なんですか、これ。ガムテープ?」
「毛が抜ける時期だと言うし、ガムテープがあればついた猫の毛もとれるし……」
そう言うジョーカーは真っ黒ジャージなので、スコタンやマチ子の毛が良く映えた。
「後は餌と水、かな」
ジョーカーが動き出そうとしたが、既に御影が猫草や猫トイレまで完備して設置を始めていた。猫にあわせた栄養食も道中に買ってきていたし、心を動かすおやつだってある。
そして極めつけは羽根の猫じゃらしと鼠のおもちゃ。
「んみゃん! ぐるみゃん!」
スコタンとおもちゃを追いかけるうちに、御影は猫語でしゃべり出した。
「あはは! くすぐったいにゃー!」
「華澄猫が3匹………じゃない、2匹と1人………になるのか?」
大きな猫と普通の猫が転げ回っている。ドラム状のランドリーバッグに入ったスコタンを追いかけるように遊び、さらに血気盛んなマチ子を遊ばせていたジョーカーの猫じゃらしに御影ごと掛かった。
「にゃー!」
「猫じゃらしにお前が反応してどうする……」
グサァ、とジョーカーの太股に刺さるなにか。マチ子が浅く爪を立てていた。これは『もっとかまえ』或いは『抱っこしてもいいのよ』合図だと聞いていた。
「……イタッ、痛い……マチ子、抱っこして欲しいなら登ればいいだろうに……」
マチ子が登ろうとした。
しかし手足が短かった。
ヴェァ〜、と汚い声で主張した。
「ああ……よしよし、膝の上……乗るか……?」
最初からそう言えばいいのよ、とでも言いたげな表情をする。
目は口ほどに物を言った。
「はいはい……首輪の間とか痒いよなー……ブラッシングするか……」
一方。
「つぶらな瞳にふわふわの抱き心地……幸せ。いたずらっこさんね。みゃお? んみーぅ」
御影は穏和で人なつっこいスコタンを、思う存分モフモフしてキスしていた。
時々おやつやマタタビで猫を誘惑しつつ、和やかな時間が過ぎていく。
食事時になって猫にはカリカリ、自分たちはサンドイッチと珈琲を嗜んでいた。
「二匹を見てると子猫とか飼いたくなっちゃいますよね、ルナさん」
「仔猫、か……なぁ華澄」
「あ、珈琲おかわりします?」
「今度、どこか借りて一緒に住もうか?」
室内の空気が止まった。控えめに聞いても、それは求婚に等しい会話だ。
「え? ルナさん……じゃあ、本気で? 私、あのまま夢だった事にしようと……思って」
『だから今日、私をここに……?』
ジョーカーの口元は弧を描く。
「夢にされるのは困るな……指輪も今度、選びにいこうか」
食事を終えたスコタンが御影の膝にのってきた。
猫を抱き上げた御影は指輪の約束に感極まったのか、首を縦にふってただ頷いていた。
一方、結衣香宅の室内では……猫用アスレチックが完成しつつあった。
「凄いです」
「そうか?」
凪澤が持参した段ボールで最初に長いトンネルを造った。
低いキャットタワーなら強度的にも申し分ない。残った空き箱にタオルを詰めれば、お昼寝のスペースになる。
神谷がエキゾチックショートヘアーのブチを段ボールの上に載せてみる。
しかし。
ブチは暗がりに入ってしまう。
「隠れてしまいましたですのぉ」
「まぁ猫は狭い場所が好きだし」
凪澤が額の汗を拭った。
「工作とか久しぶりだ。完成すれば、多少は遊べる場所になるだろう」
時間が余ったらマタタビを仕込んだ爪とぎを作ろう、と工作への情熱が迸る。
『これからしばらく猫と過ごす日々か……天国』
水無月もミケをながーい穴に連れてくる。
「じゃーん、ミケちゃん、凪澤さんが作ったトンネルだよ〜」
「存分に遊ぶといい……が、そろそろ夕飯の時間かな」
段ボール工作は一時中断。
凪澤たちが猫のご飯を手作りを開始する。
水と鰹節を入れた鍋を沸騰させて、ささみを放り込んで一煮立ちさせる。その間に炊いたご飯に煮干しの粉と鰹節を混ぜて猫まんまを作っていた……が。
「アメ子ちゃん。火の傍は危ないから」
なにしてんのー? とばかりにアメリカンショートヘアーが台所の上へ上がって近寄ってくるので、こまめに床へおろしていた。
いい匂いにはつられるのだろう。
野次馬根性で現れる度に、水無月がおもちゃを使って、猫を台所から遠ざけていた。
煮上がったささみをほぐすのを神谷も手伝う。
「かつおぶしと、にぼしと、こまかいささみをごはんにまぜまぜっと」
「完成かな。アメ子、ミケ、ブチ、食事だ」
むしゃむしゃと食べる猫たちを、神谷たちは微笑ましく眺めた。
「猫フードはあきたかな、って思っての手作りでしたけど、美味しそうでよかったですのぉ」
問題は数日間の食事をどう飽きさせないか、だ。
窓の向こうで太陽が沈んでいく。
Kamilはサイベリアンのサミーを膝に乗せて長い被毛のブラッシングをしていた。
「綺麗になりましたね。もふもふのいい匂い」
ぴぴぴ、と音がする。
スマートフォンのアラームだ。猫を預かった日に設定したものである。
みゃあ、とサミーが鳴いた。前足でスマフォにパンチ。
「うぅ……時間が経つのは早いです」
あっという間の日々だった。
「また一緒に遊びましょうね、サミーちゃん」
名残惜しそうにサイベリアンを抱き上げた。
結衣香の所へ……ひいては猫カフェへと連れて帰らねばならない。
最終日。
お手伝いの一同は結衣香の家へ集合して、それから猫カフェへ猫たちを届けに行った。
やはり数日間も猫と過ごすと愛着が湧く。
水無月の提案で、それぞれが猫を抱えて記念撮影をした。
「隣のコンビニで現像して、みんなに配るね」
楽しい思い出のいちページ。
猫と過ごす日々は、和やかに終わりを告げた。