「青い空ァ、白い海ィ……」
黒百合(
ja0422)が気怠そうに澄み渡る空を見上げる。
「そして素敵な漂流日和だわねェ」
気分は映画の主人公。
「あれ? 船が何故か止まっちゃったけれど……あぁ! なるほど」
グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)は斜め上の発想に行き着いた。
速やかに船内へ向かい、テーブルクロスなどを引っ張り出して操縦室へむかう。
「この場所で水上レストランを開店させようって作戦だね! 周りは海ばかり! となると、お腹が空いた人はここに寄るしかない、まさに商売するには絶好の立地!」
お気楽すぎるのか、現状を曲解しようとしているのか。
それは誰にも分からない。
「お食事は……船長気分を味わえるように操縦席にしようかな。箸置きとかシェラカップとか、レストランっぽいロゴを入れたいよね!」
テーブルクロスをひき、油性マジックで箸置きなどに魚の絵を描き始める。
呑気なブリゼの行動を現実逃避と判断した残った者達が、ブリゼをそっとしつつ対策を練り始める。黒百合の微笑みが虚ろなのは気のせいだろうか。
「……さてェ、誰が一番最初に日干しになるのかしらァ」
「せめて不吉なことを言わないで」
青ざめた下一結衣香の肩を軽く叩いた藤井 雪彦(
jb4731)は陽気に笑う。
「いやぁ〜まいっちゃったねぇ〜」
周囲を見回す。女装男子と思しき者の姿はさておき、女子が多い感じに見えるクルーザーの中で導かれる結論は一つ。頑張れ自分。どうにかして皆を救わねばならない。
藤井が使命感に燃える。
「ま、あがくだけあがいてみないとねー。発煙手榴弾なら持ってるし、どうにか発見してもらわないとなぁ」
藤井が方角の調査を開始する。船は益々沖合へ移動しているらしい。
ヒリュウを空に飛ばし、双眼鏡で陸側を見ていた黒百合が淡々と現状を分析する。
「そぉねぇ。私達が漂流としたと判断されェ、捜索が開始されるまで1日から2日って所かしらァ……そこから救助されるまで運任せェ。結構つらいわねェ」
泣きたい。
「とりあえずぅ、1週間は日干しにならない様に頑張りたいわねェ」
考えるそぶりを見せた後、黒百合は沈着冷静に指導力を発揮した。まずは皆の荷物を整理し、食料関係を船内の貯蔵庫に。その他は陽の当たらない影に保管しにいく。
やがて黒百合がクルーザー船内から藤井たちのところへ戻ってきた。動きやすいように白のスクール水着と防水性ジャケットを着ている。
「水の残量を見てきたわァ……あまり余裕はないみたい。まずは真水の確保からねェ」
まずは台所で火をおこし……といっても先の見えない生活の中で所持品の浪費を最小限に抑えつつ確実に火をおこすという徹底ぶりだが、鍋に汲み上げた海水を沸騰させつつ、水蒸気を少しずつ集めていく。
「量は少ないけど真水の確保ォ……今後、全員に行き渡るか不安だけどォ」
「黒百合さん、すごいねぇ」
「それほどでもないわァ、結衣香ちゃん」
手持ち無沙汰な結衣香を見て、藤井がぴーんと閃いた。
「よし、結衣香ちゃん。ボクと一緒に釣りしようよ。夕飯は人数分必要になるしさ」
釣り竿が人数分あったので拝借した。
「釣りなら私も得意よ! 海で釣ったこと無いけど」
「みんな初めてってことでいいと思うよぉ」
食料調達開始だ。
一方、漂流した現実と未だ向き合えない者達もいた。
甲板で身動きひとつしない橘 優希(
jb0497)は途方に暮れていた。
『……折角遊ぶつもりが、またサバイバルかぁ。でも、今回は命の危険がありそう』
どんぶらこー、どんぶらこ。
海上アクシデントという環境の特殊性が、過去のサバイバルな経験を思い起こさせつつも、さっぱり自信になってくれない。脳裏をよぎるのは不安ばかりだ。
桜井・L・瑞穂(
ja0027)は両手で頭を抱えて仰け反った。
『ど、ど、如何してこうなりますのぉー!?』
人生とは何が起こるか分からない。
「おや、何か妙なコトになっちゃったね」
呑気な声を放った帝神 緋色(
ja0640)が茫然自失な恋人の肩を揺らす。
「ま、そのうち何とかなるんじゃない。ほら、瑞穂も落ち着いて」
「緋色っ! 貴方は何を落ち着いているのですか」
「やることないし。折角のクルージングだし愉しもうじゃないか」
ハッ、と正気に返った桜井が恋人や仲間を振り返る。ショックのあまり一言も発しなかった桜井の様子を伺ってくる顔が、冷静さを引き戻す。
『くッ。緋色や優希の前で、情けない姿は見せられませんわ!』
とかなんとか考えている間に、帝神が暗い空気を吹っ飛ばす為に桜井の服を剥き出した。
橘が顔を真っ赤にして両手で隠す。
「って、緋色さん!? な、何しているんですか!? わわわっ!」
しかし指の間から騒動が見える。年頃の男子には悩ましい光景だ。
困惑気味の桜井が抵抗していた。
「ちょ、コラッ! 楽しむって、見せ物じゃありませんわよ!?」
「瑞穂ったら何を大騒ぎするんだか。どうせ下は水着……だよね、やっぱり。あっついんだし……服なんか脱いじゃいなよ。はーい、ばんざーい」
「うっ。此れはその、た、確かに水着は着てましたけど……い、いけませんわ人前で!」
二人の脱衣対決を眺めていた橘は「……水着?」と呟きつつ胸をなで下ろす。安心したが少し残念な気もする。やがて私服姿だったはずの桜井は、青白チェック柄のビキニ水着の姿にされていた。衣類は没収。
「本来ならウキウキの豪華クルージングを楽しむはずでしたのに」
うっうっう、と思わず悲嘆に暮れたくなる。
「瑞穂ったら何を悩んでるんだか。優希も見てあげてよ、水着姿。瑞穂の身体もじっくりと、ね」
気づけば帝神もモノトーンのワンピース水着姿になっていた。女物の水着だが中身は男。
「僕も早速っと。……何か変かな?」
橘は「いえなんでも」と首を左右に振りつつ、自宅居残りの同居人が心配になった。果たしてちゃんとご飯を食べているだろうか。しかし電波がないので確かめられない。
「……も、もうこうなったら、開き直るだけですわ!」
桜井は立ち直りが早かった。というよりやけっぱちなのかもしれない。
「では優希! 食料の確保は任せましたわよ」
「こんな海の真ん中で!?」
「このくらいなんとかなさい」
橘は『どうせ元は遊びに来ていたし』と前向きに考える。
「よし、それじゃあ僕は釣りでもしようかな」
地道に釣るしかない。
「すみません、下一さん、藤井さん、お手伝いしていいですか? あ、結構釣れてますね」
「今晩は多少何か食べられそうよ」
「はい、釣り竿。あ、黒百合ちゃん」
藤井が接近に気づく。
黒百合は甲板の釣り組の為に、ビーチパラソルを差して日陰を作った。
「この暑さだからァ、強い日差しは毒よォ。まめに水を摂取して熱中症の予防が大事ねェ」
夕飯調達に勤しむ藤井達を気遣いつつ、既に釣れていた魚を一つの鍋に集めて「任せてェ」と台所へ持っていく。
「ありがとー。こっちもがんばるねー」
藤井は隣の結衣香にカロリーブロックの半分と烏龍茶を「食べない?」と差し出した。
「でも」
「ん、ボクはまだ大丈夫だから、良かったら使ってね。何事も腹ごしらえからって言うし、この天気で我慢は禁物だからさ」
「ありがとう」
「そーんなに暗い顔しなく立って大丈夫だよ〜ってか。ボクら撃退士だしぃ〜? いざとなったら力技にでちゃえばいいよぉ。今はちょこっとバカンス気分でね」
どうにもマイナス思考な結衣香を元気づけた藤井には、いざという時は海に飛び込む覚悟くらいは備えていた。勿論、皆が助かる可能性が高いなら……という条件付きだが。
『今度こそ守れるなら、飛び込んで無茶するくらいわけないよね』
胸中で呟き、青い空を見上げる。
「大切な食材のお魚さん、なかなか釣れないです?」
突然ブリゼがにょっと顔を出す。
暫く悩み混んでいたブリゼは『お魚の気持ちになってお願いすれば釣れるかも!』という発想に行き着き「私にいい案が!」と叫んで船内にひっこんだ。そして再び現れた時にはさかなの着ぐるみ姿で甲板に現れ、海面を覗き込んで謎の踊りを始めた。
「お願いです〜! これは釣り餌ですけど、騙されたつもりで騙されてください〜! あなたたちの命が必要なんです〜! 骨まで残さず出汁にして美味しくいただきます〜」
ブリゼの様子を遠巻きに見つめる下一は「……祈祷かしら」と呟き、藤井は笑う。
「いいと思うよぉ、かわいくて。こういう時こそ心の余裕が必要だよね〜」
果たして、アレは心の余裕なのだろうか。
更にブリゼは自作曲を歌い出した。
「陸は遠くて周りは海で〜、太陽熱くて喉もカラカラ〜。でも大丈夫! 中華クラゲは海のクラゲ〜、でもキクラゲはキノコなの〜要注意!」
「元気ねー、見習わなきゃ」
「みんなで歌う? うたっちゃう?」
「ブリゼさんのお祈りがきいてくれると……ん?」
橘の竿が引いた。
慎重に寄せていき、最後はタモで掬う。
「……タコ?」
タコが二匹。とりあえずは食料は確保できたことが小さな安心感に繋がる。
「ほら、緋色はわたくしにオイルを塗りなさいな」
優希達の食料調達を手伝う気皆無な帝神は『僕は瑞穂と遊ぶとしようかな』と恋人から渡されたサンオイルを受け取り「じゃあ塗ってあげるよ。背中も濡れるように水着の紐ほどくね」と至ってマイペース。
「……そ、そうですわね。上の紐は解いても構いませんわ。うつ伏せなら見えませんもの」
「ついでに色々もみほぐして戦いの疲れもとってあげよう」
気を利かせて疲労気味の筋肉をもむ。帝神のマッサージが際どいところも遠慮なく行うので、桜井は「コラ、緋色。くすぐったいですわよ」と言いつつも時々身を捻っていた。
「……なんか変な声出てないかい? 具合悪くなったら早めの申告が大事だよ」
何故ならここは医者のいない大海原だから。
更に熱中症に警戒する黒百合が貴重な水を桜井の横に置く。
そこへ橘がやってくる。
「緋色さん、瑞穂さん。夕食が取れまし……あっ」
滑った。橘のバケツからぽーんと二匹の軟体動物が空を飛ぶ。
「っと、優希。何か釣れて――って、キャアアアアッ!? な、な、なな、何ですの!」
「あ、優希、何か釣れた……って。こ、これって蛸? ちょ、変なトコ入ってくるぅ」
タコだ。
刻めば大変美味しい食材に違いないが、ぬるぬるは兎も角、その吸盤に吸い付かれると痣になるほどの力がある。最初はなまめかしい声が響いていたかと思いきや、途中で悲鳴に変化した。蛸の吸盤は強力で、へたに引き剥がそうとすると玉の肌に痣が残りかねない。
茫然気味の橘は顔を赤くしたり青くしたりしながら引き剥がそうと必死になった。
「きゃぅ!」
「へ、変な声を出さないでくれますか!?」
眼福が悪夢に変化した帝神もまた「……まあずっと見てるワケにもいかないからあっちのタコも取ってあげないとね」と動き出したが、ぬりんぬりんとぬめって掴めないので上手くいかない。
甲板が桃色吐息と蛸の死闘を繰りひろげていた頃、台所では黒百合が中華包丁で魚をばっさばさと捌いていた。綺麗に内臓と血合いを取り除き、海水を蒸留した時に得られる塩で塗していく。さらに内臓も生ゴミにせず、海に撒いて撒き餌にした。
「初めが肝心よねェ。嵐とかにならないでくれればいいんだけどォ」
流石に天候は神頼みだ。
漂流生活を覚悟している数名と、悪い夢であって欲しい現実逃避組。
これが本気で一週間近く漂流していたら大騒ぎだったのだろうが、体力を養うために早く眠った後、寝ずの番をしていた藤井が黒百合から渡されていた発煙筒で近くの漁船に合図を送った。
「こっちー、こっちだよ! おじさあぁぁぁあん!」
「なーにやってんだぁ、わかいの」
烏賊釣り船だろうか。
鮪漁だろうか。
よくはわからないが、まごうことなき漁船であった。藤井がライトを振り回す。
「やった! 気づいた! エンジンが故障しちゃったんだ。助けを呼んで欲しいんだよ! 中に女の子達もいる! 昼間のディアボロ退治仕事に来てた撃退士だよー!」
「あー、なんか聞いたきがすんなぁ。ちーとまってな」
漁船に牽引されて晴れて帰れることになった。
わいわい騒いでいたので、黒百合やブリゼも起きてきた。
「案外早く見つかってよかったわねェ」
保存食は夜食に代わった。
甲板でジュースと一緒に、美味しく頂く。
「お客さんじゃないんですねー、残念」
藤井は星空を見上げる。
「偶然だよ。偶然。案外、何もしなくても助かったのかな? でもやる事はやったし……みんな助かったんだったらよかった。ボクはハッピーエンドは好きだからネ」
ぱちんと片目を瞑って見せる。
「船が移動してるー!? エンジン直った!?」
「あ、結衣香ちゃんの声っぽい。そのうちみんな起きるかな。結衣香ちゃーん、最後の晩餐しようよー!」
夜の海に賑やかな声が消えていく。