.


マスター:夏或
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:14人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/17


みんなの思い出



オープニング

 高等部二年の下一結衣香(しもいちゆいか)が、最近妙な勧誘を行っている。
 アイススケートができるか、とか、寒いのは平気か、とか。
 挙動不審な数名が結衣香を捕まえて話をきいてみると、バイト先でアイスリンクの利用優待券を配り歩いて来いと言われたらしい。

「リゾートとかなら結構欲しがる人もいるんだけどさ、こういう割引券的なのはねー」
「でも涼しいんでしょ? 一枚もらいー!」
「うちはペアで。恋人と行くわ」
 集まった学生たちがチケットを受け取っていく。しかしそのチケットには、何故か二か所の切り取り線があった。ひとつはアイスリンク。
 もう一つは、氷の城。
「なにこれ」
「ああ、スナックバーの無料チケットよ。ジュースやお酒が一杯タダなの」
「へー、らっきー」
「机も椅子もグラスも全部、氷で出来たスペースだけどね。中は極寒よ」
「は?」

 昨今の利用者離れに悩んだ会場の主は、二つあるホールのうち、一つをアイスリンクに。もう一つに巨大な氷の城を作った。ぱっと見、ギリシャ彫刻のような美しい内装だ。しかしマイナス十度に設定された氷の城は、貸し出される厚手のコートとブーツがなければ……とてもじゃないが氷のソファーに座っていられない。氷のシャンデリアはLEDで熱源は最低限。座敷席もあるけれど、座布団や畳を模した氷の彫刻。
 徹底したアイスバーだ。

 氷で作られたカウンター。
 氷で作られた机。氷で作られた椅子。
 氷で作られた皿やコップ、ナイフやフォーク。

「ほっとくと……ジュースとか凍るよね?」
「凍る前にのめばいいんじゃない」
「何か食べられる?」
「フツ―にケーキとか甘いのはあるよ。プリンはアイスプリンとかになってるけど。ご飯は……そうめんとか、うどんとか、ざるならぬ氷お蕎麦とか。全部つめたいメニューらしいよ。唐揚げとかポテトとかのホットスナックもあるけど、食べてるうちにかっちかちになっちゃうみたい」

 好奇心に負けた者たちが、ぞろぞろと氷の世界へ旅立っていった。


リプレイ本文

 銀色に輝く白い平原の前で、若杉 英斗(ja4230)は感動に震えていた。
「うおぉー、でっかいスケートリンク!」
 そして興奮冷めぬまま、若杉はある決意を固めていた。
「ここなら……できる! そう『久遠ヶ原の銀盤の貴公子』としてはっ! トリプルアクセルに挑戦するしかない!」
 キリリと凛々しい表情で熱い情熱を燃やしているが、若杉の滑りはドシロートに他ならない。可もなく不可もなくという奴だ。誰しもテレビ画面で華麗に滑るフィギュアスケーターを見て憧れ、易々と滑る様に『もしや自分も滑れるのでは』という錯覚を抱くことがあるだろう。
 挑戦するのは、よい。
 しかしながら若杉の無駄な情熱は、後に悲劇を運ぶ。
 ひたひたと歩み寄る運命の悪戯を知らない若杉の後方に、悲壮な表情をした対照的な若者が現れた。ラグナ・グラウシード(ja3538)だ。
「スケート……か、く、こんな事なら経験しておけばよかった」
 あっちにも、こっちにも。
 可愛らしい女の子がいっぱい。
 きっと此処で華麗に滑ることができたなら、まだ見ぬ運命の女神と微笑みあう事ができたかもしれない。だが悲しいかな。滑ったり転んだり、ろくでもない格好になる自分の未来しか想像できなかった。
「あれ、ラグナさん」
「……若杉、殿? 若杉殿ではないか!」
 これはきっと神の助け。グラウシードは若杉に歩み寄った。
「若杉殿……す、スケートは得意か? よかったら、コツのようなものを教えてほしい」
 恥を忍んで小声で頼み込む。
 すると若杉は「任せてください!」と眩しい笑顔で応じた。まずは縁にしがみつき、立てるようになるところから、前進する方法を教えていく。
「凄いな。若杉殿! 今日中に滑れるようになれそうだ!」
「そうでしょう! ではみててください、ラグナさん。俺の華麗なジャンプをっ!」 
 若杉は調子にのっていた。すいすいと滑って華麗なジャンプを決め、女の子達の注目を浴びる己の姿を妄想していた。光纏状態になってまで、スイーッと助走をつけていく。
『いざ! 女神よ、俺に微笑め!』
「トリプルアクセルッ!」
 残念ながら彼に微笑んだのは、不幸の女神である。

 時は少しばかり巻き戻り。

「なぁ神楽さん、このスケート靴脱いで水上歩行使ったら、あかんかな……」
「水上……なんですかねこれ。そもそも今は、二人揃って陰陽師ですけどね」
「そうや、今陰陽師やった」
「さあさあ、まずは靴で滑れるようになりましょう」
 にこにこと微笑む石田 神楽(ja4485)は、宇田川 千鶴(ja1613)の手を引いてアイスリンクを滑っていた。宇田川は恐る恐る前進するだけだが、石田は後ろ向きのまま誰かにぶつかることもなく滑っていく。
「神楽さん、ほんま凄いなぁ」
「それほどでも。もう少し慣れてきたら、二人で一周してみましょうか」
「せやね。おかげでコツが分かってきたし。最近暑いからこういうのもえぇんちゃう?」
 会話をしながら滑る余裕が出てきた宇田川に、石田は「避暑ですか?」と問い返す。
 宇田川は頷きながら「身近な避暑やね」と言った。
「うーん。避暑というのはよく聞きますが、私はそんな必要ないと思うんですよ」
「え、なんで?」
「だって暑い方が私は楽ですし、私は寒いの苦手ですし」
 石田は寒さが苦手だった。故に、他の者達が軽い長袖を着ているだけなのに対して、石田はマフラーも含めて真冬の装備だ。宇田川が小さく笑う。
「よく言うわ。こんだけ滑れるのに」
「経験がある、と言うだけで、寒さに強いかの問題は別なんです」
「ええやん、たまには。ほら、寒いの苦手とか言ってやんで」
 その時、宇田川は華麗なる滑りを見せようと奮闘していた若杉を見た。
「お、若杉さん。凄い、まるでプロ」
 若杉は飛んだ。
「トリプルアクセルッ!!」
 猛烈な勢いをつけて、氷の床が凹むほどに力を込め、三回転半のトリプルアクセルを決めるべく、天へ向かって羽ばたいた。眼鏡がすっ飛んでいく。叫び声は若杉の決意を露わにし、周囲のスケーター達が生のトリプルアクセルを見ようと、驚きの表情を浮かべて目を見張る。
 しかぁし!
「…………あ」

 ズシャアアァアァァァァァァァ……ッ!

 華麗に舞った若杉は、華麗に着地できなかった。
 顔面から落下し、勢いのままに滑っていく。
 これは痛い。
 否、痛いですまない。
 もしかすると前歯の数本ぐらいは逝ってしまったかもしれない。
 いかに撃退士の身体能力が優れているといえど、練習もなくプロスケーターと同じ技が即興でできようはずがない。
 観客が呆然とする中、宇田川と石田が我に返った。
「わ、若杉さんが」
「あれは痛いですねぇ、顔から行きましたよ」
 冷静に観察している場合ではない。
 身動き一つしていない若杉の元へ、宇田川達は急いだ。開店の勢いですっ飛んだ眼鏡も回収していく。凛々しい顔が無惨な事に成っている上、打ち身と擦り傷が酷い。やむなく宇田川は治癒膏を使うことを決意した。無謀な勇者こと若杉が意識を取り戻す。
「……う、宇田川さん、石田さん? 目がチカチカする。これは、幻?」
「幻だったらあかんて。いきなり三回転半は無謀やろ……」
「今のは、現実?」
 石田が「ええ」と相づちをうった。
「ジャンプは飛んだ後の着地が難しいらしいですよ」
 実際やったことはないけれど、テレビでは確かそんな話をしていた気がする。
 若杉はハッ、と我に返り、眼鏡を受け取るより先に、急いで口を確認した。からかわれる材料の唇が腫れあがっていたらと思うと冷静ではいられない。ぺたぺた触って無事な事を確認すると……漸く、ほっと胸をなで下ろした。
「痛みは? 他に怪我したところがあるんやったら、治すけど」
 宇田川の心優しい申し出に対し、若杉が「学園の人達に内緒にしておいてくれれば、それで充分です」と言いながら顔を覆った。
 華麗に決めたかった。
 しかし今は消え去りたい。
 自己葛藤する若杉の背に「若杉殿ぉ〜」という声がかかった。
 グラウシードだった。まともに滑れないグラウシードは内股で前進し、ブルブルした生まれたての子鹿が如き動きで近寄ってくる。
 若杉は悲劇の主人公が如く叫んだ。
「ラグナさん、すいません。俺は、俺は、銀盤の貴公子になれなかったァァァ!」
 絶望した!
 を、体で体現する若杉。
 グラウシードは赤い瞳に涙を浮かべて拳を握る。
「いいや! 若杉殿、あえて、氷上で危険だが華麗な技に挑戦する……それこそが、なにより大切な心意気なのだと教えてもらった!」
 子鹿なグラウシードはプルプルしながら熱い感動に震える胸に手を当てた。
「若杉殿の心は立派な貴公子だ! 今は飛べずともいつか飛べるようになればいいではないか! 何度でも挑む事こそ真の貴公子! そして二人でトリプルアクセルに挑戦して、何度でも転んだりしよう!」
「ラグナさん! 我が友よ!」
 輝かしい情熱と孤高の精神を確かめ合う一瞬。
 素晴らしきかな友情。
 そして、すっかり蚊帳の外な状態の宇田川と石田。
 目の前で繰り広げられる三文芝居に、一般客がひそひそと何か囁きあっている。
 いたたまれない宇田川が石田を見た。
「えーと、体動かすとやっぱり暖かくなるな、なんか食べに行こや」
 棒読みの言葉と眼差しが、口ほどに物をいう。
「ふむ、では食事に行きましょうか。アイスバーのチケットもありますし」
 石田は全て氷で建造されたアイスバーの事を思い出して『寒そうだな』と思いつつ、目の前で友情を確かめ合う若杉たちの傍から離脱した。


 広がるアイスリンクでは男女が楽しそうに滑っている。
 しかし一川 夏海(jb6806)は絶望に満ちた眼差しを向ける。というのも隣には新妻の一川 朔夜(jb9145)がいたからだ。妻が怖いのではない。妻の前で恥を掻く未来が、ありありと脳裏に思い浮かぶ。
『誘ったはいいものの……アイススケートなんて、やったこと無ェ……、だが朔夜にカッコ悪ィ俺は見せられねェ……どうしよ……』
 見栄を張りたい。男ならば。
 しかし見栄でどうにかなる問題とならない問題がある。
 夏海の葛藤を知らない朔夜は「アイススケートなぞ初体験じゃからの〜」と言いながら、壁の案内を見て借り物のスケート靴を履いていた。
『……どっちも初心者! ヤベェ!』
「朔夜」
「なんじゃー?」
 新妻の間延びした返事。
 黒いワンピースに赤いベレー帽を被った朔夜は「似合うか?」とスケート靴を見せてくる。
 ぐ、と押し黙る夏海は暫く金魚宜しく口をぱくぱくさせていたが、やがてアイススケートの経験が無いことを自白した。
「何、そなたもか? ならば二人で支え合って挑もうではないか」
 朔夜が軽やかに笑う。
 散々悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいほどに、夏海の悩みは終了した。
「よし。それじゃあ、後から付いて来いよ?」
「ま、まて……ひ!」
「ぬおぁ!? さ、朔夜……大胆になってきたな、全く。立てるか?」
 手を引かれて氷の床に一歩踏み出した途端、朔夜が足をすべらせた。初心者はまず壁につかまってバランス感覚を掴まねばならない。
「す、すまぬ夏海。怪我は無いか? ……うむ、手を離すでないぞ? せーの」
 まるで遊具のシーソーでもしているかの如く、二人は起きあがろうと奮闘を重ねるたびに転倒を繰り返す。転んだ拍子に朔夜へ覆い被さり、胸に顔を押し付けてしまった夏海を朔夜は笑って許した。夫婦でなければきっとひっぱたかれているに違いない。
「ぐ、……上手くいかねェな。すまねェ、朔夜」
「どうすればこうなるのだ、馬鹿者……まぁ、立てないのはお互い様じゃな」
 せめて今日が終わるまでには、二人で一周を滑れるようになろうと決めた。


 真夏の太陽が燦々と輝く中で、真冬のコートをもって歩くと奇異な視線をあびるものだが、氷の空間に行くと決めていた澤口 凪(ja3398)と桐生 直哉(ja3043)は自前のコートを持ってきていた。澤口は黒ウサギのもこもこコートで、フードにうさみみがついている。桐生も毛皮を使ったもこもこのコートだが、フードには狼の耳があしらわれていた。
 汗が噴き出す屋外と違い、館内へ足を進めるたびに気温が下がっていく。
 ロッカーに荷物を預け、貴重品とコートだけ持って、靴をかりにいった。何しろ噂のアイスバーは床も天井も氷一色だというから、普通の靴では歩けないに違いない。
 スパイク付きのブーツは、二人ともコートの色に合わせた。
 氷の上に踏み出しても、ガツ、と食い込んで滑らない。
「ここの通路を過ぎて右……なんか寒、わあ!」
 澤口が立ち止まった。
 其処は一種の屋内冷蔵庫であり、想像を超える立派な氷の彫刻が聳えていた。
「すごい、ほんとに全部氷です! 中の人達がちょっとだけ透けて見えますよ!」
 指さしでびょこぴょこはしゃいだ。アイスバーの中で過ごす人影がぼんやり分かるということは、相当に良い氷を使っているに違いない。氷の城は扉代わりの門構えも、看板も、煉瓦のようなブロックですら、見えるもの全て氷で造られていた。
「そんなにはしゃぐと転ぶぞ、凪」
 澤口の興奮する姿を微笑ましげに眺めつつ、桐生が後を追いかける。
「早く、行きましょう直哉さん! まずは一緒に看板と女神像の前で撮影です! あ、あっちに丸いポスト! 手紙入ってますよ、凄い!」
 落ち着きが無いに等しい。
「ほら。アチコチ凍ってるし、手ぇ繋ぐぞ」
 差し出した手に手を重ねて軽くと引っ張る。そのままコートのポケットに押し込んだ。
 少し恥ずかしいけれど、冷えた指先が温まっていく。
 門を潜ると、凍れる店内に溢れる人。
「直哉さん! 椅子も机も氷ですよ、氷。氷の中に花束が入ってます!」
 室温がマイナスに維持された極寒の店内は、人が氷の椅子に座っても溶ける気配をみせない。二人がけの席で、最初に頼んだのはフルーツジュースだ。
「お待たせいたしました」
 ひんやり美しいクリスタルのような分厚いグラスも、使いっきりの氷。ごろごろとざく切りのカットフルーツが、ひんやりジュースの中をたゆたっている。しかし何故か……フォークとナイフがストローの横に添えられている。まるでパフェだ。
「冷たい、っでも……おいしいですね!」
「……うまい。うまい……けど、寒……寒いなっ!」
 マイナス十度は伊達ではない。うっかり澤口と桐生がお喋りに花を咲かせると、フルーツが容器に張り付いたり、ジュースの表面がシャリシャリに凍り始める。
「シャーベットみたいですね」
「そうだな。お品書きがあるな、何か食べるか」
 マンゴーをぱくりと口に放り込んだ澤口が、ケーキのページを眺める。写真はどれも美味しそうだ。苺のショートケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、レアチーズ……
「直哉さん、直哉さん、麺があります。麺」
「何ページ?」
「6ページから。ご飯もの、ちゃんと食べられるのでしょうか?」
 冷やしラーメン、冷やしうどん、冷やし蕎麦、冷やし中華、冷製パスタ……
「気になる時は頼むしかないな」
「そうですよね! 私、デザートも全部制覇したいです!」
「決まりだな。店員さん、注文頼む」
 桐生と澤口は恐るべき物量を頼んだ。食べることが好きなはらぺこーずにとって、寒さがどーとか、体が冷えるとか、そんな事よりも好奇心と胃袋を満たす事が最優先である。
 皿や器も氷という徹底した有様にへこたれず、めんつゆを絡めてゆっくりと麺を頂く。
「うまいな、この饂飩。コシがあって……暫く放置するとタレがカチカチになりそうだが」
「こっちのパスタも美味しいですよ。蟹のトマトソースがきいてて」
 澤口は一瞬手元をみて、くるくるとスプーンにパスタを巻く。
「私の味見してください。はい、あーん」
 桐生の目が点になった。
 しかし男児たる者、これを食べない訳にはいかない。
 むしろこんな機会は滅多にない。周囲の人目を忘却の彼方に放り投げた桐生は「あーん」と素直に食べさせて貰った。もぐもぐ咀嚼して幸せを噛みしめる。
 大事な人と一緒に過ごす時間は格別だった。


 目の前に聳えるのは氷の城という異名のアイスバー。
「……日に日に暑くなって、只でさえ外に出るのが辛くなってたところだ。面白そうじゃないか、とは思ったが……これは相当防寒しとくべきだったね」
 羊さんのもこもこマフラーを着た不破 怠惰(jb2507)は氷の建造物に感動するより先に、防寒をあまくみていた己に気づいた。こんな事なら北極のアザラシよろしく着ぶくれするまでもこもこになって挑めば良かった……と思った所で、アイスリンクに来るまでの道路は太陽がギラついており、冬服を着込んで歩く訳にもいかない。
 間違いなく行き倒れる。
 不破は潔く、ロングコートとスパイク付きのブーツを借りた。
 完全防備姿でマイナス室温のアイスバー店内をのぞき、居心地の良さそうな場所に腰を据える。……と言っても座布団も机も氷製のテーブル席だが、お飲み物と食べ物を頼み、部屋の隅で身を丸めた。
「外はむしむしするのに、よく寒い場所作ろうと思ったよね。まるで魔法みたいだ」
「ありがとうございます」
 注文品を運んできた店員が微笑みを返す。
「ごゆっくり、お過ごし下さい」
「そうするよ」
 しかしドリンクの器も氷なので、持つことは困難。透明なストローでキンキンに冷えたジュースを頂くと、体の中に籠もっていた熱も消えていくような錯覚を覚えた。
「人の子の娯楽に対する情熱は、常々すごいと思うよ、うん。こんな楽しみ方はまたとない。よくできている」
 つかいっきりの氷のグラス。葡萄の文様が象られているが、飲み終えたら壊すだけというのがもったいない気もする。惜しんで呑まずにいるとジュースごと凍りつくが。
「そう言えば、なんだか眠く……なってきたな…… 意識が遠く……吹雪く雪山の山荘にでもいるかのような……ううん、少し寝るか」
 こっくり、こっくり。
 不破の頭が船を漕ぐ。
 どれくらい、そうしていただろう。
「相席、かまわぬかの?」
「ご一緒しても良いですかー?」
 不破が危険なうたた寝から目覚めると、アヴニール(jb8821)と藍那湊(jc0170)が顔を覗き込んできた。いつの間にか店内が込み合ってきたようだ。うたた寝している間に、ジュースが華麗なるアイスバーと化していた。
「構わないが……寒くないのか」
 アヴニールはコートを着ていたが、藍那は夏制服のままだった。見ているだけで寒い。
「僕、寒いのは平気だよ〜、おじゃましまーす」
『キラキラでひんやりな氷に囲まれるなんて幸せ!』
 藍那は、故郷の懐かしさを感じさせる氷の空間にいるだけでテンションが高い。
 淑やかな所作のアヴニールも不破の向かいに腰掛ける。
「ふむ、ではじゃまするぞ。ほんに半袖とは凄いのぅ。我にとっては、ちと寒いのが難点じゃが……暑い日が続いておるし。こうして過ごせるのは贅沢なのじゃ。食べ物も、勿論飲み物も頼むのじゃ!」
 アヴニールが早速、お品書きを手に取った。
 藍那は店員にお勧めのメニューを聞いている。
「じゃあ、僕。冷製パスタとびっくりアイスパフェ」
「我はイチゴのショートケーキ。飲み物は……寒いし、ホットの紅茶なのじゃ」
「かしこまりました」
 目が覚めた不破は、思わずお品書きを三度見した。
 確かにコーヒーと紅茶は、アイスとホットで選べるらしい。しかし先ほどから器は全て氷である。自分が頼んだジュースや食べ物は見事に凍りついている。果たして氷の器にホットの紅茶が入れられるのか? と悩んでいると……なんだか異様に分厚い氷がアヴニールのもとへ運ばれてきた。スープカップのような外観で、氷の厚さは二センチ近くあるだろうか。
「ホットティーでございます」
 湯気は、ある。
 ビシビシと氷の器に亀裂が入っていく。しかし湯気は間もなく消えた。
「……これは……アイスティーになっておるの」
「まだ多少はぬるいんじゃないか?」
「縁が冷たくて芯がぬくい……不思議な紅茶じゃ。まあ、氷のグラスに入った様は、キラキラとしていて綺麗故、良いがのう」
 執念を感じる徹底した氷の器。思わず感心するアヴニールの隣では、藍那が不破の皿を凝視していた。
「食べないんですか?」
「いや、食べようにも、これでは難しいと思うよ」
 居眠りしている間に、クレープミルフィーユがシャリシャリ音を立てる。
 重ねて書くが、此処はマイナス十度の氷の部屋である。ジュースも食べ物も放置すれば凍り始める。注文した物は、氷ってしまう前に食べるが吉だ。
「あ、そうか……こ、これが噂にきく『れいとうしょくひん』だろうか!? れいとうしょくひんって凍ったまま食べるんだ! 凄いですね」
「これは冷凍食品では……」
 勘違いを正すべきか迷う不破。
 アヴニールは頼んだケーキを口に運びつつ、内装をぐるりと見渡した。家具が氷で造られているのも素晴らしいが、天井で灯りを発するシャンデリアは推奨のように煌めいている。目を凝らすと、装飾の代わりにカーネーションやキャットテールなどの明るい花が閉じこめられていた。
「然し綺麗な内装なのじゃ。特にシャンデリアが気に入ったのじゃ! 氷であのようなものを作るとはこ洒落ておる。折角だから、友人も連れてこれば良かったかのう」
 せめて写真を撮れたら……と考えていると、売店でインスタントカメラを売っていた事を思い出した。
「そうじゃ、のう二人とも。折角であるし、記念撮影でも一緒に……」
 アヴニールが嬉々として話しかけると、不破と藍那が丸くなっていた。すぴー、と寝ている。重装備の不破は兎も角、藍那は半袖だ。
「大丈夫か、二人とも! ねるでない、凍えてしまうぞ」
「……むにゃ、なんだか落ち着きすぎて眠く……」
 氷の城で、睡魔の誘惑は危険である。


 アイスリンクの更衣室でもたもたと着替える御堂島流紗(jb3866)が、カーテン越しに声を投げた。
「アイススケートとか見たことはあるけど、初めてやるんですぅ」
 すると可憐な声が返ってきた。
「皆殆ど初心者なのが、反ってわくわくしますわね。滑って転ぶのも、上達する楽しみがありますもの」
「リンクでは新柴さんに捕まって、リラさんと一緒に滑るですぅ」
「名案ですわね!」
 新柴 櫂也(jb3860)は二人を連れてきた引率者だ。
 今頃男子更衣室で着替えを終えて、出入り口で待っていることだろう。
「着替えが終わったですぅ」
 リラローズ(jb3861)は現れた御堂島の姿を見て、ルビーの瞳を輝かせた。
「まあ! 流紗様、フィギュアスケートの選手みたいで可愛いですわ。妖精さんみたいです」
 御堂島の体にフィットするピンク色の特注フィギュア衣装。銀と金の刺繍。光に輝くスパンコール。短いスカートはフリルを何枚にも重ね、しなやかな足が伸びている。
「これが正装だときいたんですぅ。でもリラさんの格好も可愛いんですぅ」
 薔薇色の髪と瞳のリラローズは、冷えないようドレッサーな黒タイツの上に七分袖の赤いドレスシャツに黒レースで縁取った赤のコルセットスカートという装いだ。薔薇姫のあざなに相応しく、真っ赤に燃える薔薇のコサージュが人目をひく。あしらわれたビーズはまるで煌めく朝露だ。
 頭のてっぺんからつま先まで装いを変えた二人に、更衣室の出口で待っていた新柴は目を丸くした。言葉短く「うん、可愛いな」と褒めつつ……TシャツにGパン、ダウンジャケットにマフラーと手袋な装いの自分が、なんだか場違いに感じるのは気のせいだろうか。
「つるつるしていて難しいそうだけど……皆、楽しそうなんです。のんびり一緒にすべるんですぅ」
 がし、と御堂島が新柴の腕を掴む。
「うーふーふ、しば兄様、エスコートして下さいますわよね?」
 悪戯っぽい微笑みを浮かべたリラローズの華奢な指先が、新柴の腕に絡みつく。
「頼りにしてますわよ?」
 両手に花だが、無言の圧力。
「俺もきちんと滑ったことはないんだが……まぁなんとかなるよな」
 周囲の人々を観察しつつ、まねっこ開始。
 壁から手を離せないリラローズは、ひよこ宜しくよたよたと進む。
「待ってくださいな、しば兄様。おいていかないで!」
 新柴の腰にしがみつく。
「思ったよりよく滑るんですぅ。楽しいですけど、まともに立てないんですぅ!」
 御堂島も右に同じ。
「おぉぉおぉ!?」
 二人にしがみつかれて新柴は慌てた。
 しかし一時間も経つ頃には、三人揃って前へ進めるようになっていた。
 手を繋いで泳ぐように滑るリラローズと御堂島の姿を、新柴は微笑ましく見守る。
「夏のスケートも悪くないかも。あともう少ししたら、何か食べに行くか」

「あら、これから行くの?」
 アイスバーから戻ってきた下一結衣香が新柴に声をかけた。
 冷えた体を温める為に、ひと滑りするのだろう。食べたばかりでお腹がぽっこりしている結衣香は靴の紐をしめる事にすら苦労している様子だったので、新柴が「手伝おうか」と手を貸した。
「こんなものか。下一さん、どう?」
「ばっちりー! きつくもなく、ゆるくもなくって感じ。ありがとー!」
 重いスケート靴を持ち上げてみせる。速やかにアイスリンクに立った。新柴が手を振る。
「どういたしまして。そういえば氷の城の中、どうだった」
「マイナス十度は伊達じゃないって感じ」
 結衣香が肩をすくめる。
「コートとスパイクシューズ借りれば大したことないけどね。ジュースもデザートも美味しかったわ。金魚鉢パフェとか色々入ってて食べ飽きないし、ホットコーヒーがガラスの器に入ってるのを見ると笑えるわよ」
 新柴が「へぇ」と相づちをうちつつ想像できないホット商品に首を傾げる。
「最終的に温かいの頼んでもアイスバーになってたりするけど」
「……冷凍庫?」
「あながち間違いじゃないかも。でもね、内装や家具や彫刻も全部氷で、シャンデリアもキラキラしてたわ。薔薇の花とかが机に閉じこめてあったり。入ってみて損はないかな」
 新柴は美味しい物や甘い物が好きだった。くわえて見目美しい装飾が沢山ある店内ならば、リラ達も楽しいんじゃないだろうか、と考えを巡らせる。
「そっか。ありがとう、後でリラ達を連れて行ってみるかな」
「リラ?」
「連れてきた妹。あそこで滑ってる、右の赤い方」
 新柴が指を差す方向には、滑って転んだ御堂島を助け起こそうと奮闘するリラローズがいた。視線に気づいたリラローズが、立ち上がった御堂島と手を繋ぎ、笑顔で手を振ってみせる。あの笑顔を見ていると、他はどうでもよくなるとは新柴談。
「でも残念だ。まだ行ってないなら下一さんにも紅茶くらい御馳走したんだけど」
「甘い物は別腹よ!?」
「……金魚鉢パフェを食べた、って言ってなかった?」
「そんなの少し滑れば消化できるわ! まってて! ケーキ付きのBセット奢ってね!」
 誰も『ケーキを奢る』などとは一言も言っていないのだが『奢り』につられた結衣香が、ビシィ、と約束を確認して滑りに行った。別に無理して滑る必要はないんだが、という新柴の発言は独り言に消え……、一周して戻ってきたリラローズと御堂島が声をかける。
「しば兄様、お知り合いですの?」
「なんだかいっぱいお話してたですぅ?」
「単なる顔見知りだよ。ここのチケットくれた人なんだ。話のなりゆきで……後でアイスバーでデザート奢ることになったんだけど、その、一緒でもいいかな、リラ、御堂島さん」
 少女達は顔を見合わせた。
 御堂島がふんわり笑う。
「新柴さんがいいなら、私はかまわないですぅ。ご挨拶してくるですぅ」
 御堂島がスィーっと滑っていく。
 残ったリラローズは新柴の服の裾を掴んだ。
「しば兄様がおっしゃるなら……でも、知らない方ですから、……しば兄様、私をおいていかないですわよね?」
 真紅の瞳が不安そうに新柴を見上げる。
 新柴は「一人になんてしないさ」と言いつつ、紅玉に煌めく髪を梳いた。


 かくして思い思いの一日が過ぎていく。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
君のために・
桐生 凪(ja3398)

卒業 女 インフィルトレイター
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
不破 怠惰(jb2507)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
撃退士・
新柴 櫂也(jb3860)

大学部3年242組 男 鬼道忍軍
砂糖漬けの死と不可能の青・
リラローズ(jb3861)

高等部2年7組 女 ナイトウォーカー
ドォルと共にハロウィンを・
御堂島流紗(jb3866)

大学部2年31組 女 陰陽師
撃退士・
一川 夏海(jb6806)

大学部6年3組 男 ディバインナイト
家族と共に在る命・
アヴニール(jb8821)

中等部3年9組 女 インフィルトレイター
開拓者・
一川 朔夜(jb9145)

大学部7年147組 女 陰陽師
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA