何名かの姿がない。
いつの間にか、はぐれたらしい。
「……迷った」
染井 桜花(
ja4386)は小声で呟きつつも、考えてもしょうがないと判断し、合流は運命の女神に任せる事にした。潔く頭を切り換え、縄として使えそうな蔓や枝、大きな葉を探していた。歪みのない枝はわざわざV武器の刀で尖らせ、槍もどきに仕上げておく。山中で一夜を越すことも考慮し、猪や鹿肉を仕留める道具として使う。
「……結衣香の分」
「なるほどー、護身用ねー」
恐るべき順応力で遭難に適応する者達。
その中で、グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)は別な事を考えていた。
『今……地図のどの辺にいるか分からない。それって、もしかして地図にない場所にいるって事? ということは隠された場所ひいては秘宝があるのかも!』
ブリゼの暴走する思考は、斜め上の結論を導き出す。今がチャンスとばかりに探索を開始した。
「秘宝っていうのはね、周りを見渡しても同じ景色に見える危険な場所にあるんだよ! 探検は得意なの! なので行くならこっちだー!」
「脈絡も無くなんの話!? あ、グラサージュさん、ちょっとまって」
結衣香が暴走するブリゼと後方の仲間を交互に見て慌てる。
玉置 雪子(
jb8344)はまるで話を聞いていない。携帯電話を握りしめ、天高く翳したりしているが、相変わらず電波はゼロ。表示は圏外。無表情の横顔に悲壮感が漂い始めている。毎日耐えず見ていた携帯画面も、次第に充電目盛りが減っていく。
「お、オワタ……」
悲壮感に満ちた声に向かって「玉置さん、いくよー?」とブリゼが声を投げる。
とぼとぼついていく背中に気力は無かった。
方向音痴の黄昏ひりょ(
jb3452)は、周囲を捜索して途方に暮れていた。
「ディアボロはなんとかなったが……み、みんなは?」
いない、いない、どこにもいない。
しかも何度か同じ場所を巡った気がする。流石に疲労感を隠せない黄昏が岩に腰掛けて自前のカツサンドと紅茶を食べていると、がさがさと茂みが動いた。
「あ、やっぱり。ひりょくん」
幼馴染みの姉、地堂灯だった。
「あ、灯さん!? なんでこんな所に」
「ちょっと考え事してたら、いつのまにか山奥に。ひりょくん、迷ったの?」
ど直球の質問に「は、はい。恥ずかしながら」と応えた黄昏は、カツサンドを喉に押し込むと速やかに立ち上がった。
「ま、まぁ顔見知りに会えたのは心強い! 一緒に皆と合流しよう」
「別に良いけど、他にもいるのね」
二人はお喋りをしながら歩き出した。
パー……ン。バサバサバサ……
頭上に向けて放たれた空砲の音だけが虚しく響く。聞こえるのは鳥の羽ばたきだけで、人の声はしない。随分前に皆とはぐれたミハイル・エッカート(
jb0544)は暗に『俺は此処にいるぞ』という主張をしてみたが、徒労に終わった事でいよいよ悲壮感を高めていた。
「何故、誰も近くにいない」
自慢のハンターブーツは泥にまみれ、スーツには汗のシミが広がっていく。こんなはずではなかったと現実逃避をしながら同じ景色を歩き回ること二時間。結衣香達が到達したトンネルにエッカートも到達したが、道路の亀裂具合や雑草の生え方からしてもう何年も車は通っていないのだろう。
「腹減った。何か持っていたな」
何故か幸福を呼ぶ招福恵方巻きが懐にあった。ちょっと潰れてる感もあるが、食えることに違いはない。追いつめられているエッカートは恵方巻きに願掛けをすることにきめた。
「俺、無事に帰宅できますように……どっち向けばいいんだ?」
確か特定の方向を向いて一気食いするらしい。しかし方位磁石もない上に、太陽は真上、方角など知りようもなかった。この際、適当で良い、要は心持ちだとかじりつく外国人。
ひとまず小腹は押さえたが……食べた後は、色々と考えてしまうのが世の常だ。
無駄と知りつつ銃の空撃ちで気分を紛らわす。
なんだか鰻重が食べたくなってきた。
文明カムバック。
「余計に腹減ってきたー! うおおお! このまま野宿になったらどうしような、俺」
人間、自分に語りかけ始めたら危険な兆候である。
SAAスープメーカーはある。食料は狩ればよい。エッカートは脱出不能の未来を恐れつつも、ひとまずできることから始めることにした。このまま陽が落ちたら更に笑えない事態になるからである。
「うー…、どうしよう」
早々に遭難を認識していた蓮城 真緋呂(
jb6120)は、食料を探す過程で早速はぐれた。
「折角、何か食べられそうな実を見つけたのに、皆とはぐれるなんて」
地図はなんとなく覚えている。しかし方位磁石はない。
……心細い。
蓮城は首を左右に振って、どうにか合流できるよう頑張ることに決めた。山道か何かが見つかれば、人に会える可能性も高まる。ざくざくと獣道に分け入ると、虫が体にまとわりついてきた。夏の暑さで汗もかく。
「んー? 小川の音、かな」
遭難中に沢へ降りるのは危険行為であるが、欲求に従順な体は自然と川を目指していた。水流の激しくない穏やかな場所。これは……水浴びをしたくなる。
「すっかり土と埃まみれになっちゃったし、汗もかいたから、ちょっと水浴びしようかしら。どうせ道路もない山奥で誰も見てないだろうし……」
蓮城はぽいぽい服を脱ぎ、全裸で川に飛び込んだ。
「わー、冷たくて気持ちいい……べたべたしたのが無くなってく……ん?」
何者かの気配を感じて振り返ると、茂みから野生の猿が顔を出した。
「へー、この辺ってサルがいるんだ。って、いやぁ! 服持っていかないでぇ!!」
この時、甲高い悲鳴を聞きつけたのが米田一機であった。
「真緋呂の……声!?」
蓮城の失踪に気づいていち早く捜索に出た米田が悲鳴を頼りに川へ向かう。
「真緋呂、どこ!?」
ザッ、と茂みから飛び出した米田が見たものは全裸で困り果てている蓮城だった。
遭難を宝探しのチャンスと思いこんだブリゼは、一人ではぐれたにもかかわらず『みんな遅いなぁ』と呑気に考えつつ獣道を歩いていた。せめて一カ所で待てばいいものを、お宝欲しさに止まりもしない。精々喉が渇いたり、お腹が減るくらいだ。
「鞄にはいつもの非常食がバッチリだし」
ブリゼは荷物を漁った。チューインガム。カツサンド。焼きそばパン、焼きそばパン。
「あれ? ほんとに食べ物ばかりで飲み物忘れた……まぁいいか!」
この右も左も分からない状態で『飲み物がない』というのはかなりの死活問題なのだが、ブリゼの前向き思考は窮状を理解していなかった。
「ひとまずおひるー!」
歩きながら焼きそばパンをぱくりと一口。その時、がさり、と茂みが動いた。
「あ、みんなも食べ……」
千切って分けようとしたブリゼの前に、立ちはだかる黒い毛皮。熊だ。
「きぃやあああああああああああああああああああ!」
ブリゼは全力で走り出した。
食べ物の匂いにつられた熊を必死の思いで振り切るが、食べかけの焼きそばパンは離さない。ある意味において凄い執念である。もはや何処を走っているのか全く分からない。坂を下りていくと人影が見えた。日野灯だった。
「あ、灯ちゃあああああああん!」
ぎょ、とした顔で転げ落ちるように走ってくるブリゼを受け止める。荒い呼吸で「く、く、くま」と訴えるが、既に後方には何もいなかった。
「あぁ……びっくりした、ノド渇いた……」
ぺったりと岩に座り込むブリゼに、日野が懐からキンキンに冷えたコーラを渡した。
「のむ?」
「のむのむのむ〜! さすが相棒! 私のこと分かってる〜」
これぞ天の助け、と感激しながらコーラを呷るブリゼに「カロリーブロック食べる?」と再び胸元から物を出した。収納ポケットと化している胸元をジッと眺める。
「焼きそばパンあるから平気。……でもでも、何で全部胸元から出てくるの? 羨ましい」
ぼそりと呟いた独り言は、楽しそうな日野の耳に届かなかった。
その頃、エッカートの水辺に到達していた。
「痛っ、ほとんど水鉄砲だな。直接口に入れるもんじゃねぇ」
コップを使わないと言うだけで此処まで不便になるのが驚きである。しかし喉を潤したエッカートはライフルを抱え、全身に枝や葉をつけて、特殊部隊の如く前進を再開した。
『猪でも熊でもこい! 仕留めてやる!』
ふいにエッカートの視界を横切る金の毛並み。
「こんな所できんしこう!?」
「は? あ、ミハイルさんじゃないですか! よかったです〜! ご飯の支度に間に合わないかと思っていたのです〜」
「アレン! やったぜ、恵方巻きのご利益か! メシくれー」
歓喜しながら走り寄るが、会話がかみ合わない。
アレン・マルドゥークとエッカートが話し込むこと数分、お互いに迷子だと判明した。
しかし一人よりは二人、何より出会ったのは食料持ち。エッカートが空腹だと聞いて、マルドゥークはお弁当の残りを差し出した。河童巻きにサンドイッチと真緑の青汁だ。
嬉々として食べたエッカートは、口の中を蹂躙する刺客の存在に気づいた。
「……アレン、これは、まさかピーのつく」
咀嚼一回で吹き出す脂汗。
「そうなのです〜。私の好きなカッパ巻き……の胡瓜が品切れでピーマン巻いたのと、たまごサラダサンドを作ろう……として胡瓜の代わりにピーマン挟んだのと、健康にいいピーマン青汁です! いやぁ、特売品だったんですよーピーマン」
エッカートの目が死んだ。
「マジか。ピーマンしかないのか。以前、雪山で一緒に遭難したときもそうだ。どんだけピーマン推しだー!? おぉおれの体を蝕む宿命の敵が! くそ、俺はまけないからな」
天秤に餓死を掛けるぐらい嫌いなピーマン。
更にピーマン青汁を差し出されたエッカートは、乾いた笑いを発してSAAスープメーカーを取り出した。
サルに服を奪われた蓮城は、米田からYシャツを借りていた。落ち着かないけれど、やむを得ない。靴が残っているだけマシだと思うことにした。我が身の悲運を嘆く蓮城の肩にジャケットが掛けられる。
「一機君?」
「着てて。心配ないよ、真緋呂は守るから。早く戻ろう」
目のやり場に困る米田の赤い顔を見上げて、蓮城は少しだけ気が和らいだ。蛇や熊に遭遇しても、守ってくれるという。蓮城は「うん。あ、フルート吹いたら皆気づいてくれるかな」と前向きに話し始めた。
地堂の様子に違和感を感じていた黄昏は、積極的に話しかけた。
「あの……何か話聞ける事あれば聞くからね? 悩んでる灯さんを放っておいたらあいつに怒られそうだ。お腹空いたし、持ってきたサンドイッチでも食べませんか」
「励ましてくれるんだ? ありがと。なんだか……弟があなたの事親友だって言ってたのも分かる気がするな」
「ひーりょーさーん!」
黄昏たちの和やかな空気を破ったのが、ブリゼ達の声だ。
ブリゼと日野達が合流した。それぞれに連れの紹介を済ませると、黄昏が唸る。
「ダブル灯結成ですね」
「ひりょさん上手い! さー、四人になった事だし、頑張って合流しましょう!」
全員の合流と脱出までの道のりは遠い。
陽が落ちていく。
地図と方位磁石を持った結衣香たちは、水辺の傍でキャンプを結構していた。ここでももりもり動くのは、染井である。細木を切り倒して蔓と共にテントの骨組みを作り、片面に木の枝を敷き詰めて屋根を作る。火をおこし、沢山集めた薪に火種をうつすと、昼間のうちに捕獲しておいた魚や蛇を捌いて串焼きにして火に炙る。
「……できた。……おいしそう。……はい」
「う、うん」
結衣香、すすめられるままに蛇の剥き身を囓る。
背に腹はかえられない。
「……蛇、……食べられる?」
「一応、味のしない蒲焼きだと思えば。味は白身魚で食感は鶏肉って感じ、へぇ意外」
蛇なんぞ普通、食べる機会はない。
そんな二人をじとめで眺めるのは、携帯電話の充電がつきた玉置だった。
『……皆さんはどうしてあんなに楽しんでいるのでしょう。遭難ですよ遭難……ネットも電話も電気も、あったかい布団も満足なご飯も無い、冷房もないし、汗も止まらないし、虫ばっかりだし、疲れたし……わからない……私には何も理解できません』
これがネットの会話だったら『涙ふけよ』とか『プギャー』とか書かれるに違いない。
「絶望した」
「ん? どうしたの雪子ちゃん」
「ネットに繋げられない一夜に絶望した。下一先輩が『ちょろいもんだぜ』って言うから信用したのに。下一先輩が『銭の無いやつぁ俺んトコへ来い』って言うからついてきたのにィィィ」
「言ってない、言ってない」
ひらひら左右に手を振る結衣香の前をすり抜け、染井が鮎の串をさしだした。
高級魚だ。
サバイバルに慣れない者に、蛇を食うのは至難である。
玉置が黙したまま魚を受け取って食べ。
明日に備えて睡眠をとる。
いびきをかく結衣香に対して、染井は起きあがって川へ向かった。
「……良い月夜」
また魚を獲るつもりなのかもしれない。
しかし玉置にとってはどうでもよかった。
『帰ります 私は一人ででも帰ります。こんな一日、もう沢山!』
玉置は飛んだ。飛べば確実に人里に着くに違いない。精神も肉体も我慢が限界の玉置が取った行動は、一人でエスケープ。
しかし空で立ち止まる。
『……本当にこれでいいのでしょうか。おどけて見えているだけで、本当は皆さん苦しんでいるのではないでしょうか。だからこそ皆さんはピエロを演じているのでしょうか、いつもの私みたいに……そんな皆さんを置いて、私は帰ってもいいのでしょうか』
急激に罪悪感が押し寄せてきた。
『……やっぱり帰りましょう。こんな冷たい夜空からは降りて、皆さんのところへ。そして、皆さんと一緒に雪子は学園に帰りたいです!』
「は、なんだか見覚えのある方が〜」
空飛ぶ玉置の前に現れたのは、エッカートと行動中のマルドゥークだった。空を飛べることを夜まで忘却していたマルドゥークは、どこかで焚き火が無いかと真上に上がってきたらしい。下にはピーマン地獄に窶れたエッカートが待機している。
「むちゃしやがって……」
思わずアスキーアート発言が玉置の口から零れた。調子が戻ってきたようだ。
「向こうの焚き火に皆さんがいるんで合流しましょう」
「賛成です。ミハイルさ〜ん、皆さんと会えそうです〜」
玉置が二人を連れて焚き火に戻る。
すると川へ水浴びに行ったはずの染井が……遭難していた黄昏たち他の仲間と一緒にいて、小柄な猪を捌いていた。
「……御馳走ゲット」
獲物を発見して追いかけていたら合流したそうだ。
翌朝、飛行組が道路を探して一同は下山した。
しかし再開記念で何度も撮影した集合写真には、覚えのない人影が映りこんでいたという。
有名な心霊スポットが幾つか混じっていたと言うが、真実は不明である。