斡旋所で依頼の内容を聞き、急ぎ準備して転送装置に戻った時、そこには7人の姿しかなかった。
しかし最後の一人、天羽 伊都(
jb2199)をこれ以上待っている時間は撃退士達には無い。
「時間がありません。仕方がありませんので今回は7人でお願いします。バスの乗客、美月さん、双方をよろしくお願いします」
祈るように、琴音は撃退士達を転送装置へ送り出した――。
●
「月夜に一杯、とねえ」
転送装置から抜けた先、まんまるの月を見上げて、鷺谷 明(
ja0776)は呟いた。
依頼で無ければ良い月見酒が味わえただろう。
が、今はまだ飲むには些か早すぎる。
「半年ぶりに名前を聞いたと思えば…相変わらず厄介に巻き込まれているのね。 今回も無事に助けてあげたいところだわ」
半年前、美月が最初にデュラハンに襲われた時も、田村 ケイ(
ja0582)は美月の危機を救った。
また目の前で厄介事に巻き込まれている後輩を、黙って見過ごすことは出来なかったのだろう。
「試験は大切やけど、他人に迷惑かけるのを試験とは言わへんわな。よっしゃ、ちゃっちゃと解決したろ!」
黒神 未来(
jb9907)はぐっと左拳を握って、気合を入れ、山を望む。
月明かりがあるとは言え、やはり暗い。
「暗いなぁ…やけどうちにはこの左目がある!」
ギンッ!と灰色の瞳の左目を強調する。
と、その横で他の全員はナイトビジョンを装備して準備万端に。
「黒神君、君の左目は優秀な様だけど、長時間の捜索には不向きだろう?これを貸すから使うかい?左目は戦闘まで取っておくといい」
明は携帯袋からすっと予備のナイトビジョンを取り出す。
「ありがとー!鷺谷クン!うちだけ途中で路頭に迷うとこやったぁ」
元気にわーっと走って取りに来て早速セット完了。
「完璧や!行くで!」
後は手はず通りに。
バスの人々の、美月の、そしてそれぞれの無事を祈りつつ捜索が開始された。
●
捜索開始後、阻霊符を発動して天宮 佳槻(
jb1989)は森を走る。
当人とも悪魔とも面識は無い。
だが乗客ごとバスまで人質に取られている状況だ。
見過ごす事などできなかった。
地上を一通り見た後、空中へ移動し捜索範囲を広げる。
「敵はどこでありますか!」
ナックルを装備した小柄な少女がブンブンと首を左右に動かす。
「そんなに早く首を動かすと痛めてしまいますわ」
アンリエッタ・アルタイル(
jb8090)の髪を撫でて、ロジー・ビィ(
jb6232)は優しくそう言う。
それにそんなに早く動かしてはナイトビジョンの視界も流石に見えにくくなってしまう。
最も現状、敵らしい影も、バスも発見できていないが…。
ロジーは携帯を取り出して先程入手した番号にかける。
「佳槻、なにか手がかりはありまして?」
「…そこから300m程度北東の方角、調べてもらえませんか。不自然に木が折れ曲がっているように見えます」
ロジーの携帯に聞き耳を立てていたアンリエッタは、誰よりも早く駆け出していく。
「折れているであります!」
そこには確かに不自然に折れ曲がった枝。
それが一方へ向かって続いていた。
「アタリ、ですわね。お手柄ですわ、佳槻。合流して先を急ぎますわよ」
シルバーの髪をふわりと風になびかせ、携帯をしまい木々の折れた先を見据え、小さく呟く。
「今行きますわ。美月」
●
誰よりも冷静に、そして注意深く、只野黒子(
ja0049)は捜索を進める。
先ほど何者かが移動したような形跡をもうひとつの班が見つけたと連絡があった。
その先にいるのは美月か、バスか、ディアボロか。
何が待ち受けるか分からないが、対象が複数いる以上、今は捜索を続けるしかない。
向こうの班の情報は、すぐにこちらの班にも伝達し、捜索を続ける。
ケイがバス会社から仕入れた情報によると、バスは40人乗りの大型バスだが、乗客は15人との事だった。
バスのルートから考え、ある程度の目星は付けたものの、捜索範囲は依然として広い。
「こちらも特に何もなし、か」
溜息を一つついて、明は地図の一部を塗り潰した。
美月がデュラハンと接触してから既に2時間が経過している。
急がなければならない。
ケイは一度歩を止め、深呼吸を一つしてから耳に全神経を集中する。
―――ガサ―。
小さな、木々の揺らめく音とは何かが違う違和感のある音を感じ、そちらに目をやる。
刹那、一筋の銀色が見え、反射的に身を翻す。
ヒュオン、と何かがケイの今まで居た場所を掠めて、先の木に突き刺さる。
遠方の木の陰、一瞬しか見えなかったがソレはいた。
巨大な、髑髏の窪んだ瞳が怪しく光り、そしてそのまま闇に消えた。
急ぎ携帯で黒子へ連絡をする。
敵を発見した――と。
●
3mはあろうかというスケルトンの一撃は、撃退士になって半年程度の美月が受け止めるには重い。
二本の剣で極力方向をずらす様にして受け止めてきたが、戦闘開始からかなり経過しており既に両手が痺れて感覚が殆どない。
持っていたカバンから携帯電話が鳴っている音が聞こえているが、それを取って助けを呼ぶ暇もない。
せめて着信音で撃退士が助けに来てくれるのを祈るばかりだ。
頑張って修行して来たつもりでも、それでもこのディアボロ一匹倒せないのか。
それでも、自分が倒れてしまったらバスの乗客が殺されてしまうかもしれない。
その一心だけで、辛うじて立っている状態の美月に、次の攻撃は避けられよう筈もない。
髑髏の目が光り、剣を大きく振りかぶり、振り下ろす。
ドンッ!
切る、というより叩き潰す勢いで一撃が振り下ろされた。
「危なかったわね、美月」
一瞬瞑ってしまった目を開くと、そこには撃退士の背中があった。
黒い、熱の吹き出す大剣を器用に使い、ロジーはその一撃を受け流していた。
「着信音になっていたお陰で思ったよりは早く見つけられた。むこうも、もうひとつの敵との戦闘を始めたようだし、こちらも急がないと」
敵の上空、佳槻が符を展開するとソードスカルの足元から砂塵が舞い上がる。
石化とは行かないまでも、隙を作るには十分。
ロジーは美月を抱えて一旦ソードスカルから距離を取った。
「中々にデカイでありますが、人体骨格上の攻撃予測可能ポイントは丸見えなのです、懐に入ってしまえばそのリーチは仇になるのであります」
ふふん、と、鼻を鳴らしてソードスカルを見上げる。
1m少々のアンリエッタにとって、相手は3倍近くあるが、そんな事はどうやらお構いなしの様子だ。
グルグルと回転しながらスカルの足元へ移動し、具現化した双剣の片方をグサリ!と足の甲へ突き刺そうと試みるが、思いの他その部分は硬い。
ジーンと痺れる手をバタバタと振ってから、両手で燃え盛る炎の様な剣を握り、膝関節に向けて力いっぱい降る。
こちらは効果的だったようで、よろり、とスカルの体制が崩れた。
好機!と、空中からの一撃が再び砂塵を巻き上げスカルを襲う。
今度はまとわりついた砂が足元を固め、石化までさせるオマケ付きだ。
「なまじデカイ上に骨だけにしているから、弱い骨もむき出しなのです。このまま砕いてやるのです!」
ロジーが何やら周囲を移動している中、アンリエッタは下半身の身動きが取れなくなったのを良いことに、よいしょ、とスカルによじ登る。 そのまま左右の11番12番肋骨を狙い、強烈な一撃が打ち込まれた!
「とはいえ、内臓が無いから効果的とは限らないのが難点でありますが」
足場も安定しないので狙いも多少ズレたが、そこはそれ。十分なダメージを与える事は出来た。
くるりとスカルの巨体から飛び降り、ロジーを見ると、彼女の準備は済んでいるようだった。
「これでラストですわ」
ぐるりとスカルを囲むように用意された、銀月の如く美しくも鋭い糸がスカルの体を一気に締め上げていく。
その力は徐々に強力になり、最大になろうかと言う所でロジーの体から光のアウルが溢れる。
アウルは張り巡らせた銀線を伝い、その力が完全に伝わりきった最後の瞬間、骨を細かく切り裂いたのだった――。
●
「あちらは神沼様の保護及び敵の殲滅を終了したようです。引き続きバスの捜索を続けると連絡がありました」
携帯を切り、黒子が皆に告げる。
つまり目の前にいるであろう不可視の敵を倒し、急ぎバスを捜索しなければならい。
残された時間はそう多くはない。
まずは闇に消えたアーチャーの炙り出しを行わなければ。
「攻撃が来たあたりの場所にスナイパーライフルでマーキングはしておいたわ」
「確かにあの周辺の木々が不自然に折れ曲がっています。近くに居るのは間違いないと思います」
ケイのマーキングした場所をじっと見つめて、黒子が頷く。
アストラルヴァンガードが居れば生命探知もできよう物だが…。
と、次の瞬間、マーキングされた直ぐ傍の木々が揺れたかと思うと、ぼうっと白い巨大な骨が姿を現す。
かと思うと素早く弓を引き、一撃を放つ。
二度も見逃してやる程、ケイは甘くはない。
矢はケイ目掛けて近づいて来るが、臆さずに、即座にアーチャーにマーキングを放つ。
矢と弾は、ほぼ同時にお互いに突き刺さった。
「っく…」
小さく声を上げるケイにすぐさま駆け寄り、傷口に手を当てて、明はアウルの力を注ぎ込んだ
多少無茶はしたが、とりあえずはこれで敵の位置は正確に把握できる。
位置さえ把握してしまえば相手取るのはそう難しい事ではない。
ケイが情報をリアルタイムで伝達する。
「よっしゃ!あのあたりやな!」
装備していたナイトビジョンを外し、左目に力を集中する。
真眼を発動しすべてを見渡す。
精密な行動が必要となる戦闘ではやはりこの方が良い。
真っ赤なギターをかき鳴らした事で生まれた衝撃波が、アーチャーに一直線に向かう。
たまらず姿を現しアーチャーがそれを避けつつ矢を射るが、矢は未来の紙一重をすり抜けていった。
「うちには見えてるんやで?」
灰色の瞳でニッと笑ってアーチャーの死角に徐々に回り込む。
未来の進行を阻もうとアーチャーが矢を番える。
「させません」
すかさず黒子が、二本の指で符を挟み口元へ運ぶと、蒼色の風の刃が一直線にアーチャーを襲う。
同時に二本の木杭を十字に組んだ素朴な木杖を携えた明が、淡く発光する太刀状のオーラを発生させて放つ。
それらの攻撃はアーチャーの両足にクリーンヒットし足を吹き飛ばす。
白い骨が砕け散り、上半身だけになった状態で弓を放つ。
まるで固定砲台の用に次々と。
「おいたはお仕置きやな」
ギターによる衝撃波で攻撃を続けたまま、距離を縮めつつ移動していた未来が、再び左目の力を解放する。
赤く輝く左目をアーチャーの窪んだ瞳に合わせた瞬間、放たれた攻撃と共に生まれた激しいプレッシャーのせいで、アーチャーは思うように攻撃が続けられない。
「まだバスを探す仕事が残っているの。だからこれで終わりよ」
手数の少なくなったアーチャーの迫り来る矢を拳銃で撃ち落とす。
直後にアウルの限界まで込めた一撃が頭部を貫き破壊する。
「アンタの命もこれで終わりや!」
ダメ押しとばかりに、再び未来の左目に力が宿り、膨大なアウルが溢れ襲う。
その力は直ぐにアーチャーを飲み込み、そのまま二度と動き出すことはなかった――。
●
「残り20分、か。制限時間3時間は長かったな」
バスの上空、デュラハンは大きな欠伸を一つして状況を眺めていた。
美月を助ける撃退士達は強く、既にディアボロは2体とも殲滅されている。
後はバスを発見すれば美月の勝ち。
そう、今はそれでいい。沢山の人の力を借りて強くなればいい。
そして時が来たら…
にやぁっと生首が笑う。
「時間がありません、どこかにバスを移動した形跡はありませんでしたか」
携帯電話をグループ通話にし、明から預かった地図を塗りつぶす。
あと捜索していない部分は3分の1程度。
バスルートの手前から丁寧に捜索を行っているせいもあり、奥側が手付かずになっていた。
「一瞬だけですが、デュラハンが飛び立った方角は向こうだった気がします」
美月が走りながら北東を指差す。
「あれだけ大きなバスです。山に降ろす際には周りの木々に何かしらの影響が出ているはずです」
塗りつぶした地図から、空中を飛ぶ佳槻へ視線を移す黒子。
「1キロ程度先、不自然に思える区画がある」
今の佳槻位置から約1キロ先…。
地図に線を書き込み、丸を付ける。
「田村様の位置から東へ200m程度です」
言われてケイは歩を止め、聞き耳を立てる。
―――。
低い唸りが聞こえる。
これは…エンジン音?
「神沼さん、この先、エンジン音が聞こえる」
弾かれたように、美月は全力で駆け出した。
木々をすり抜け、たどり着いた先、そこにはエンジンをかけたまま、連れ去られた状態のバスがそのままで置かれていた。
「良かった…」
へたりと、美月はその場に座り込んだ。
●
バス発見の知らせはすぐに伝達され、数分の後には撃退士達は全員集まった。
幸い中の人達にも怪我はなく、睡眠状態から目覚めてバスの外に避難している。
「またご迷惑お掛けしてしまいました。すみません、ケイさん」
頭をぺこりと下げ、お礼を言う。
「無事で良かったわ」
ふっと一つ笑いを浮かべる。
「みんな無事で何よりやな!よし、うちが一曲歌ったろ!」
乗客や美月を安心させる為、ギターにて一曲披露。
全くの無音の山に、綺麗な歌声が響き、どこか安らぐ。
「今宵は良い月。酒の一杯ぐらいは許されるさ」
満月だ。酒を呑もう。そう思ってぶらぶらふらふらしてたら何故か依頼に参加していた。
参加した時はたぶん理由があったのだろうが、もう覚えていない
だがそれでいい。愉しめればそれで。
明はスキットルのウォッカを煽る。
そうだ。神沼君の進級祝いと言った所だろう。
恐らく悪魔デュラハンはこの状況を近くで見ているだろう。
ならばお前も飲むといい。
ぽい、っと真上に予備のウォッカを放り投げる。
――そのウォッカが再び明の下に落ちてくることはなかった。
●
「及第点、と言った所だね。今回は良い仲間に助けて貰えて良かったね」
バスの遥か上空、デュラハンはニタァっと笑い、次いで黒いオーラが瓶を包む。
「それにしても僕の美月以外にも、面白い人間は居るものだね」
ウォッカを喉に流し込み、また笑う。
「これからまだまだ成長してもらわくちゃいけない。その為に沢山仲間を作るといいね。まぁとりあえず今は、進級おめでとう。僕は次の楽しみを考えなくちゃ」
ハハハっと不気味な笑いを残して、デュラハンは更に空高く消えていった――。
終