●
毎度の事ながら、転送装置の精度はそれほど高くない。
自分達の現在地を確かめるべく、Viena・S・Tola(
jb2720)は、事前に入手していた地図を広げた。
どうやらこのあたりは先日件のディアボロが暴れた市街地の様だ。
「コイツをレオがやったのか…」
ギリッと奥歯を噛み締め、鈴原夏彦は右手で強く拳を作った。
怒りとも、悲しみとも取れる表情で。
「目撃情報があったのが、ここと、ここと…。そして最後に目撃されたのがこの倉庫街…。うん。真っ直ぐ夏彦さんの家に向かってる。動物の本能って、すごいのね……ディアボロとなってなお離れたご主人様を探そうとするなんてね」
地図に丸印を書き込み、鏑木愛梨沙(
jb3903)は状況を確認した。
「こんなに気分の悪い依頼は初めてだよ」
地図をすっと覗き込み、伊藤司(
jb7383)は小さく呟いた。
「今日の私は最初から最後まで全力だ。信頼しろなどとは口が裂けても言えんがな…」
司の隣で長髪をふわりと揺らし、御門 彰(
jb7305)が呟く。
二人共、それぞれ思う所があるのだろう。
「申し訳ありません。家族という大切な存在にも関わらずレオくんを救えない状態にしたのは私達学園側の責任ですぅ〜」
夏彦の隣へすっと移動し、神ヶ島 鈴歌(
jb9935)は頭を下げた。
「いや…、君達が責任を感じる必要はない。学園の判断は最もだ。むしろ、今君達が足でまといの俺をここに連れてきてくれている。それだけで俺は救われているよ」
ふっと、表情を緩めて鈴歌の頭を撫でる。
鈴がチリンと鳴り、少し心が安らいだ気がした。
●
最後に目撃された倉庫まで、距離にして2km程度。
この周辺には避難指示が出され、街は静まり返っている。
相手は鼻のきく犬型ディアボロである。
この距離でも位置を察知され、奇襲を受ける可能性も考慮し、司は阻霊符を発動した。
これで少なくとも、透過能力による奇襲は防ぐことが出来る。
後はどこで、迎え撃つか。
ヒリュウを召喚、先行させた司は、大空から状況を確認する。
現在のところそれらしい動きはない。
「倉庫周辺が…一番被害が少なそうですね…」
現在地から倉庫までは、民家が立ち並んでおり、戦場とする事は極力避けたい。
「今のところ、ディアボロの動きもなさそうだよ。今のうちに急いで倉庫へ移動するのがいいと、俺も思う」
Vienaに司がこくりと頷いて見せた。
「後はそこで鈴原サンが呼び掛けてくれれば、手間ァ省けそうだな」
口角をやや釣り上げて、法水 写楽(
ja0581)が夏彦を見る。
「ああ。呼びかけに応えるかは解らんが、やってみよう。戦闘に協力はできないが……すまない」
「なぁに。鈴原サンは最後の一瞬の事だけ考えてりゃぁそれでいい。それ以外は全部俺達が背負った仕事だぜ」
「すまない…、いや、ありがとう」
撃退士と共に、夏彦は移動を開始する。
自分の心にまだある、葛藤と戦いながら。
●
ピクリ、と鼻が動いた。
自分が行くべき所が、近くに来ている。
それが本能的に解った。
なぜそこへ行きたいのか、そこで何がしたいのか。
そんな事を考える力は、既に残されていない。
耳を立て、鋭い目を匂いの方角に向けた。
そして移動を開始する。
唯、本能の求めるままに――。
●
倉庫街にたどり着いた頃には夕方の時間になっていた。
撃退士達は夏彦の傍に集まり、フォーメーションを作る。
どこから襲われても、確実に守れるように。
「今のところまだそれらしい動きはないよ。鈴原さんにレオを呼んでもらった方がいいかも」
ヒリュウを戻し、変わりにストレイシオンを呼び出す。
「そうね…夏彦から呼びかけて貰えば、きっとレオは隠れている場所から出てくるはずよ」
確信を持って愛梨沙は夏彦に促す。
ディアボロ化して尚、夏彦を求める本能。
それがある以上、間違いはないはずだ。
夏彦はちぎれた手綱を握り締め、顔を上げた。
「来い…!レオ!!」
その声は、倉庫街にこだました――。
●
ややあって…
それは突然飛び出してきた。
倉庫の壁を破壊して。
或いは透過しようとしたのだろうか。
もし阻霊符が発動していなかったら、気が付くのが遅れたかもしれない。
「レオ!!」
ガラガラと壊した壁の中から出てくる一匹のディアボロ。
夏彦の方をじっと見て、低い唸り声を上げている。
「やはり記憶は無いようだな…レオ……」
連れ去られてから一ヶ月以上の時間が経過しているのだ。
当然と言えば当然だろう。
しかし、どこかで夏彦は期待していたのかもしれない。
まだ、レオが元に戻れるのではないか、と。
だがやはり淡い期待だったようだ。
「来やがったな!」
ディアボロはディアボロである。
それ以上でも、以下でもない。写楽は二丁の黒色銃を抜き、連続で発砲する。
その速さは大したものだが、それでも動物のソレには一歩及ばない。
レオは写楽の横をスルリと駆け抜ける。一直線に。夏彦へ。
「なっ!?思ったより速ぇな!」
同時に仕掛けたVienaの符もヒョイと避ける。
素早いだけではない。1m弱という小柄さも、捉える事の難易度を上げていた。
「ストレイシオン!鈴原さんを守るんだ!」
「夏彦はやらせないわ!」
司、愛梨沙の二人がレオと夏彦の間に割って入る。
一旦止まり、グルル、と低く唸り声を上げると、レオの周囲の黒いオーラが膨らみ始めた。
「まずいです…大きな攻撃が来ます…」
危険を悟ってVienaがスタンエッジで無力化を試みるも、その攻撃がレオに命中することはない。
「ヴォウ!!」
邪魔をするな、と言わんばかりに大声でレオが吠える。
同時にレオを覆っていた黒いオーラが夏彦へ向け放たれてしまう。
「分散して威力を削ぐしか…!」
すんでの所で愛梨沙がブレスシールドを展開する。
「鈴原さんを守るんですぅ〜!」
桃の形を象ったシールドを懸命に差し出し、夏彦を守る。
すぐ隣では、青地の美しい盾を前面に押し出し、長い黒髪をはためかせながら懸命に耐える愛梨沙の姿。
司も加わり、やっとの思いでレオの一撃を凌ぐ。
「怪我はないかしら?」
自分は傷つきながら、それでも夏彦の心配をする。
やはりレオは全力で攻撃を仕掛けてきている。
理性などないのだ。
「どこか、怪我をしたんですぅ?」
心配そうに年端もいかない少女が自分の顔を覗き込んで来る。
「いや、君達のお陰で俺は無傷だ、本当にありがとう」
その言葉を聞いて満足そうに笑みを浮かべる鈴歌。
若者がこうして無理を聞いてくれているのだ。
しっかりしなければと、夏彦は自分に言い聞かせた。
「此度の悲劇、事態を軽く見た我々の失態によるもの。恨んでくれてかまわん」
夏彦に言ったのか…、それともレオに言ったのか…。
すっと、目の前のディアボロを見据えて彰は鎌を具現化する。
素早い動きでレオに近づき、一閃。
ブォン!
その鎌は空を切る。そのタイミングで無防備になる彰だが、レオは思いがけず一歩退いて低く唸っている。
今まで夏彦に向けて一直線に攻撃していたレオが、彰へ攻撃態勢を取ったのだ。
「これは…面妖な…」
ふむ、と首を傾げたが、考えている暇はなさそうだ。
黒いオーラを纏ったまま、レオは彰に一直線で突撃をかける。
「ぐぅ…!」
なんとかガードしたものの、空中へ跳ね上げられ、そのまま地面の叩きつけられる。
バァン!!
その瞬間、衝撃を大地へと受け流す。
柔道の初歩にして奥義、これぞ、UKEMI!
「大丈夫か!……ってオィ、なんだァ、この匂いは!」
心配して近づいた写楽は鼻を押さえて彰から一歩離れた。
「これは芳香剤を……」
数日前に武器に派手に撒き散らしてしまった芳香剤の匂いが、取れなくなっていたのだ。しかも多種の芳香剤が混じりあったようで、その匂いはかなり強烈なものになっていた。
彰が説明しようとするが、すぐにレオが踵を返して攻撃を仕掛けてくる。
「危ない…」
敵の動きをしっかりと観察していたVienaが、二人の前に飛び込み、アウルの力を網のように張り巡らせてレオの攻撃を受け止める。
だが攻撃を完全に受け流すことはできず、一部ダメージは負ってしまった。
「この匂いが…嫌いみたい…」
「そうみたいだなァ。こいつは利用できそうだぜ」
怪我した右腕を抑えつつ言うVienaに、ニィっと口角を上げ写楽は答えた。
夏彦が狙われるのでなければ、攻め手を増やして一気に畳み掛ければ良い。
レオがVienaに攻撃した直後、夏彦の傍から移動し、愛梨沙は次の行動を起こしていた。
初撃の一発、あのスキルをもう一度やられるのは厳しい。
レオが網にはじかれ、着地する一瞬を狙ってスキルを発動する。
ヴォンと愛梨沙の下に結界の紋様が映し出されたかと思うと、それはレオの元へ収束する。
「封じさせてもらったわよ」
ニコッと微笑み、再び夏彦の護衛に着いたのだった。
●
ターゲットが夏彦以外に向き、更にスキルが封印された状態にあるならば、叩くのは今をおいて他にない。
「頼む!ストレイシオン!」
今まで防御に徹していたが、司の号令を受け一気に攻撃に出る。
その長い尻尾を利用し、レオに重い一撃を叩きつけた。
追撃するならここを置いて他にない。
Vienaの振るうは、伸ばすは、青く明滅する紋様が刻まれた細長い黒き左腕。
右腕のダメージを補おうと、レオに絡みつきその力を奪う。
このチャンスを逃すような写楽ではない。今まで遠距離から攻撃を続けていたが、ここへ来て一気に畳み掛けに入る。
「すまねェな」
双銃をヒヒイロカネに戻し、代わりに双剣を具現化、縮地を使用し一気にレオとの距離を縮める。
今までより速い動きにレオの回避は一瞬遅れてしまう。
写楽にはその一瞬があれば、それで十分だった。
ドン!!
鈍い音が響く一撃。
あまりの衝撃にレオはヨロヨロと後退さる他なかった。
「千載一遇の名誉挽回の機会。これを逃しては撃退士の名折れというものだ」
軽い眩暈状態にあるレオに、捕縛を試みるべく最後の一撃を。
彰の髪がワサワサと伸び、レオに絡みつく。
「ヴォウ!」
小さく吠えながら抵抗するも虚しく、髪は雁字搦めにレオの自由を奪った。
それが現実かどうか、レオにはもう判断するだけの力もなかったようだ。
この瞬間、レオの『捕縛』は完了した。
●
皆の戦う姿を、夏彦はじっと見ていた。
自分が本来やるべきこと、それを押し付けてしまい申し訳ないと思いながら。
そして同時に、背負ってくれてありがとうと思いながら。
「家族を目の前で失うのは言葉じゃ表せないくらいツラいのですぅ〜。でも…鈴原さんが諦めたらレオくんはっ…!救えないのですぅ〜!」
鈴歌は綺麗な澄んだ声で、しかし泣きそうな声でそう伝える。
「鈴原さん…レオくんの想いを受け取ってほしいのですぅ〜…。ディアボロになっても理性じゃない…本能で鈴原さんと一緒にいたいと…思うのですよぉ〜!ですから…あなたの手で救ってあげてほしいのですぅ〜!」
ポン、と夏彦は鈴歌の頭に手を置く。
「わかっている。あいつが俺を真っ先に狙うのは、それだけ思いが強かったからだろう。それだけ、ディアボロ化するまでの間に俺を求めたのだろう…。辛かったのだろうだから…そろそろ楽にしてやらなきゃな…」
夏彦の言葉に、泣きそうな表情のままの鈴歌はこくりと頷き、縮地を活用して夏彦を急ぎレオの元へ誘導した。
「レオ、貴方に安らかな眠りを」
一緒に夏彦をレオの下まで誘導してくれた愛梨沙が、小さく祈りを捧げる。
「苦しい思いをさせて済まなかったなぁ、レオ。だがもう大丈夫だ」
レオのすぐ目の前、そこで夏彦はスラリと剣を抜いた。
もう言葉の届かないだろう愛犬はピクリと耳だけ動かした。
「俺がデュラハンにやられて立ち直れずに居た時、お前は俺に希望をくれた。救ってくれたんだよ。だから今度は、俺の番だな…」
「ヴォゥ…」
小さく、レオは呟いてその場におすわりをした。
あるいは、涙で滲んでそう見えたのか―。
「はは、わかるのか……? お前は賢かったからなァ…。今までありがとうな……。またな……レオ――」
音もなく――。最後の一太刀を――。
●
横たわるディアボロの体から、鈴歌はレオの首輪を拾い上げた。
「鈴原さん…」
なんと声をかけていいのかわからず、そっと首輪を手渡した。
「ありがとう。形見ってヤツだなぁ。コレは」
ははっと、小さく笑ってその場に座り込む。
疲れたのは体か、心か。
その隣では愛梨沙が静かに祈りを捧げている。
「何故…貴方様の元へと帰ろうとなさったと思いますか…? わたくしは…最後に別れを言いたかったのだと…そう思います… 今まで愛してくれてありがとうと…そして…またいつか会えることを願って…別れの言葉を言いたかったのだと… 家族…だったのですから…」
Vienaは静かに語る。
「貴方様は今…幸せですか…? 大切な方には…笑顔でいて欲しいもの… 貴方様は…最後にまたお会いできたのですから… 家族の望む…幸せでいて欲しいという願い…いつまでも…お忘れなきよう…」
夏彦は、自分の手で果たすべき事を果たせた。
自分と同じ思いだけは、させずに済んだ。
だから、笑顔でいて欲しい。
「大丈夫。レオの気持ちは届いてる。ありがとう、Vienaさん」
今はまだ、作り笑い。
それでもいつか心から笑える日が来るだろう。
Vienaも夏彦に少しだけ微笑んだ。
「スッキリしない依頼だったね…」
「今回の事件、学園は判断を誤った。 冥魔が現れたというのに、被害の大小で判断してしまった。僕達の仕事は被害が出る前に対処する事だというのに……。しかし、撃退士の人数が限られる以上、今後も緊急性の高い依頼の方が優先される。 これからもこういう事例は無くならないんだろうな。 組織として仕方ない事だけど……割り切れないなぁ」
司と彰が納得の行かない表情で呟く。
「仕方ねぇ事だとは思うぜ。 それでなくても人手は足りてねぇんだしな…」
「人ではないから動かないのですぅ〜? 人ではなくても家族という大切な存在には変わりないのですよぉ〜!」
割り切るタイプの写楽に、思わず鈴歌が立ち上がった。
「組織となると、そういう物だろう…。だからもし、まだ取り返せる状況にある場合は、真っ先に力を貸して欲しい」
夏彦の言葉に鈴歌は力強く頷いた。
「兎に角、ありがとう。君達のお陰で被害を最小限に抑えられた。そして…俺自身の心も救われた。学園に戻ろう」
納得のいかない部分のある者も居る。
それでも、進むしかないのだろう。
撃退士達は様々な思いを胸に帰路に着いた―。
最後に一度だけ、夏彦はそっと振り向いた。
「ありがとう…。 そして―――さよなら、レオ――。」
終