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奴らが脱出口に目指す我々を追いかけてくる
カサカ・サ
奴らは鳴いた
カサカ・サ
ああ! 床に! 壁に! 天井に!
奴らは我々を逃がさないつもりだ!
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南條 侑(
jb9620)は社長室へと到着してすぐ、目的の人物を見つけることができた。
こ、こないでくださいませ!
やー! やー!
執務机の上に椅子を積み上げ、その上に乗って必死に孫の手をぶんぶん振り回しているあの少女こそが、
CB社の社長である。
半泣きでまったく社長っぽく見えないが、侑は実際に面識があるのだから間違いない。
そしてその社長を追い詰めているのは――床に整然と並んでいる、G。
……厳密に言えば追い詰めているわけではなく、
ただ触覚を揺らしながら静かにしていただけ。
あのGが反応して狙うのは、アウルの力や天魔に対してのみなのだ。
だから、侑が現われたことで、Gどもはいっせいに振り返ってくる。
社長ほどの嫌悪感を示す侑ではなかったが、
やはりアレがカサカサしてるのは見ていて気持ちいいものじゃない。
「……目、しっかりつぶってろ」
侑は手首のスナップで扇子を開き、力強く一薙ぎした。
巻き起こった風はまるで蛇のような形に変わり、Gを食い荒らしていく。
幾ら手を加えられていようと所詮は虫。この程度の数では、恐るるに足りない。
あらかた片付け終えると、侑は目を閉じて耳を塞いでいた社長を抱き降ろしてやり、頭を撫でた。
「もういいぞ」
目を開いた社長は、小動物のように周囲をキョロキョロ。
しかしすぐにハッと、侑の顔を見上げた。曰く、他の社員さまがたは無事なのでしょうか、と。
「さっきの社内放送を聞いたろう? 俺達の仲間が来ている、心配ない」
それを聞いて、社長は安心したのだろう。へにゃり、とその場に尻餅をついた。
そして目元を擦った後、その充血した瞳で侑を見上げてくる。
――ありがとう御座います。助けて頂くのは、二度目ですね。
力無く微笑みながら、言った。
「気にするな。それじゃあ、ここを動くなよ。俺は奴らを片付けてくる」
侑は社長の頭を一度撫でてやり、踵を返す。しかし、
ぎゅっ。
社長は、服の裾を握りしめてきていた。侑は振り返り、そして目を丸くする。
今の今まで穏やかだった社長の顔は蒼白で、身体も小刻みに震えていたのだ。
これは、ただごとじゃない。
「どうした、大丈夫か?」
よもや、あのGには何か他に能力があったのだろうか。
あの開発主任(現在45階シャッター前で正座中)が余計な能力をつけていたのだろうかっ!
やがて、社長は震える口元を動かし、掠れた声を出す。
ずっと、堪えてて……。でも、安心したら……、
……漏れ……、
――ぁ。
侑は社長の身体を担ぎ、トイレにダッシュした。
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「やる、と……決めた時、の……女、は強いのです、わ」
苑邑花月(
ja0830)は魔道書を持つのとは逆の手を振り上げ、振り下ろす。
出現した火球は進路上のGを焼き尽くし、オフィスフロアを浄化していった。
――ここまでである程度の数を処分したはずだけれど、まだまだ数は残っていることだろう。
資料によれば200匹以上のGが存在しているようだし、気を抜かずにいなければ。
「徹底的、に、駆除して差し上げま、す。頑張りましょう、ね? 千早さん」
花月は、傍らで共に戦ってくれる同行者――鈴木千早(
ja0203)を振り返って、笑いかけた。
笑いかけたが……反応がない。
「……千早さん?」
「ぁっ」
肩に触れたところで、ようやく反応してくれた。
ぴくんっ、と身を竦ませた上で弾かれたように振り返り、
向けてくれる笑顔もどこか引き攣ってぎこちなくて、
言葉も若干震えているのだけれど。
「ああ、いえ、ごめんなさい。花月さん、平気、ですか?」
寧ろそれはこちらの台詞……。
しかし花月はそれを言葉に出すことはなく、穏やかに微笑み返す。
「はい、なんとか……。取り残された方々の為、にも……何とかしなければ、なりませんしね……」
「それなら、安心しまし――」
かさ
再び、勢いよく振り返る千早。花月も遅れて目を向けてみて……すぐに、目をそらしてしまう。
わらわらと通風口から溢れ出てくるGは見ていて気持ち良いものじゃない。
かさか――ブゥゥゥゥン
しかも飛んできたっ。
理屈を通り越した恐怖感に、意識がくらり、とする。
「飛ぶなっ。こ、こっちに来るなっ」
と、声を荒げたのは、千早だった。振るう刀はGを的確に叩き落としているけれど、
なんか、こう……見ていて可哀想になる有様である。
例えるのなら、へっぴり腰になりつつも飼い主を守ろうとしている子犬的な。
もっと自分がしっかりしなければ。
花月は脱力しかけていた身体を奮い起こして、再び、手の中に炎を生み出した。
「千早、さま……。お退きに、なって……」
言葉と同時に放った炎はGを焼き尽くし、残った敵に対しても炸裂掌で吹き飛ばした。
これで少なくとも、視界に入る限りのGは仕留めることができた。と思う。
「ふぅ……。なんとか、なりましたね……千早さま……」
「そう、ですね」
千早は刀を収め、しかし何故かだこちらを振り返ってくれない。
花月が覗き込もうとすると、顔を背けてしまう。
「……その。お顔、の色…が……。大丈夫、でして?」
「何の事やら。し、し、心配ありませんよ」
大丈夫ではなさそうだ。
「……何だか、凄い……汗。ちょっと、お待ち……下さい、ね」
「で、ですから気のせいです。さぁ、次に参りましょう。次に」
花月は千早のためにハンカチを取り出すも、彼はさっさと先に進んでしまっていた。
健気で可愛らしく、頼りになることも多いけれど……危なっかしくも感じてしまう。
少し潔癖症の彼がこの状況で正常でいられるはずはないのに、
頑張って、無理をして、立ち向かおうとしてくれている。
「……千早、さま……」
――嬉しいけれど、心配になる。
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吹き抜けた風が、トレンチコートの裾を揺らした。
「やれやれ……ヒデェことになったもんだな、色んな意味で」
麻生 遊夜(
ja1838)は大仰な仕草でため息をつき、ぼやく。
しかしその言葉とは裏腹に、目は鋭くギラついている。
十分すぎるほどのやる気に満ちあふれている。
言葉にするのならば、暴れたい、戦いたい、『試したい』。
強い期待と興奮に身体がそわそわする。うずうずする。
「隠れるからウザイのであって、寄ってくる奴らなんざただの的だろー? ……へへ」
そう……的は――獲物は今、自分を取り囲んでいる。見ずともわかる。
何十もの気配が包囲し、自分達に飛びかからんとしているのだ。
これが、興奮せずにいられようか。
「――じゃ、そろそろ始めっか」
「はぁい♪」
くすくす、くすくす。
遊夜の背後に身を置いていた来崎 麻夜(
jb0905)は、小さく笑いながら、ゆらり、と動き出す。
それを見ずとも感じた遊夜は頷いて、
「って訳で……背中任せるぞ、麻夜ぁ!」
コートの裾を跳ね上げた。
「ガトリングの初御目見えだぜぇ!!」
ゴチャンッ、と出現した巨大な黒光りする物体は、まさしくガトリング砲。
遊夜が両腕で抱えたそれは、唸るような駆動音と共に環状銃身の回転を始める。そして――
ガルルルルルルルルルッ!
毎分200発にも到達する連続射撃が、このCB社社内食堂へとバラ撒かれる。
机や椅子が流れ弾で爆ぜ散り、そこに身を潜めていたGの身体もバラバラに引き裂かれていった。
爆音のような銃声の度に破壊と殺戮が起こり、荒れ狂う跳弾が電球を破壊し、世界を明滅させる。
それでも尚、弾幕を櫂潜ってくるGもいた。しかし、
「先輩の邪魔はさせないよー?」
この轟音下でも、鮮明に聞こえる声。そしてくすくす笑い。
麻夜は遊夜の背中にしなだれかかるように身を寄せつつ、とん、と床を蹴る。
背中に広げた翼で慣性制御を行い、遊夜の肩に手を置いたまま脚を振り抜いた。
その軌道上にいたGは蹴り払われ、壁や、床に叩きつけられて潰れることになる。
そのまま一度遊夜の頬に口付けをした後に、滑るように床ギリギリへと移動する。
低い機動で薙ぎ払った蹴脚はやはりGを確実に仕留め、一匹として遊夜へと近づけない。
「くすくす。ボクは『おかーさん』だからね。この程度じゃ負けないの」
「そしてこちとらぁ、主夫だぜ! 処理は全部俺任せだからなぁ、慣れるわ!」
ぶぉん、と乱暴に振り抜かれるガトリング砲。
その方向転換の動きだけでも長い銃身は質量満載で、運悪くそこにいたGは、ひしゃげた。
「ハッハァッ! どんどん来いやぁぁぁっ!」
悪夢のように飛び回る弾丸。四散するG。破壊されていく社員食堂。
『今日のオススメ』とかかれたパネルが剥がれ落ち、床に落ちる前に粉々になる。
――と。
麻夜の無線に、連絡が入った。
レイヴン・フリューゲル(
ja8394)からである。
彼は要救助者の救出を行っており、終了次第、こちらと合流するてはずとなっているのだ。きっと、あちらは片付いたのだろう。
「はぁーい?」
Gを踏み潰しながら、麻夜はいつもの調子で応答する。
「……」
しかし、返事がない。
一体、どうしたのだろうか……。
●
少し、時間を遡る。
「俺は先に行くぞ!」
レイヴンは誰よりも先に防火シャッターの向こう側へと飛び込んでいき、救助活動を行っていた。
そしてあらかた要救助者の身柄を確保できたレイヴンは、
18人にも及ぶ彼らを連れて45階の防火シャッターまで戻ろうする。
――だが、幾らGがアウルや天魔にしか反応しないとはいえ、大勢で動いていれば目立つ。
本来ならば虫は人から逃げようとするのだろうが、このGは違うのだ。
とにかくアウルの力を持つ者にくっつこうとするのだ。つまり、基本的には人から逃げない。
レイヴンは、他で戦っている仲間達の誰よりも、多くのGを引き付けることになってしまっていた。
「早く! 急げ! 走るんだ!」
社員たちは必死に走って走って走り続け、レイヴンの後に続いた。
そしてようやく、45階防火シャッター前へと辿り着く。
――だが、自分達の背後には、凄まじい数のGが接近していた。
床に、壁に、天井に。
Gは、決してこちらを逃がさないつもりのようだった。
もしこのまま全員がシャッターの向こう側に出ようとすれば、確実に、
シャッターを閉じる前にGが隔離フロアから脱出してしまう。
だから……
レイヴンは、シャッターを背に、その場に留まった。
「俺が囮になる」
その言葉に、開いたシャッターから外に出ていた社員達は驚愕した。
そして口々に言う。馬鹿な真似はやめろ! 一緒に脱出するんだ! と。
しかしレイヴンは振り返らず、ただ、ひらひらと手を振っただけだ。
社員の何人かはレイヴンを連れ戻すべく、隔離フロアに戻ろうとする。
しかしそれを別の社員が止めて、もみ合いになっている内に――シャッターは、閉ざされた。
レイヴンだけが残った。
大量のGを前に、レイヴンただ一人が残った。
「基本的に、弱い奴は男が、守ってやらねぇとなぁ」
呟き、咥えたタバコに火をつけ、煙を吐いた。
そして――
Gは、殺到してきた。
●
「レイヴン!」
5人の撃退士は、合流して45階まで降りてきていた。
そしてそこで見たのは――Gにカサられている、レイヴンの姿だった。
「ちぃっ!」
遊夜が用意してあった洗剤をぶちまけると、Gは退散していく。
その隙に、花月はレイヴンの上体を抱き起こした。
「ああ、ああ……。なんて、こと……」
人一倍『哀』の感情が強い彼女は、頬に一筋の涙を流す。
その後ろに立つ千早もまた、口元に手を当てて顔を背けた。
――と、その時。
レイヴンの閉ざされていた瞼が震え、開いた。
「……そうか、俺ぁ……」
息は絶え絶え、視線は虚ろ。それでも彼は、笑った。
「……みんな助かったんだろう……?」
その独白にも近い質問に、侑は首を縦に振った。
「あぁ、社長も俺が助け出した。あとは奴らを殲滅するだけだ」
「そうか……よかった……。そりゃあ、よかった……」
再び、目を閉じてゆくレイヴン。
「ダメだ、目を閉じるな! しっかりしろ!」
「――洗剤が……目に、染みるんだ……――」
最後に長い長い吐息をついて……
レイヴンは、眠りについた。
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「っ……!」
侑は振り返り様に扇を開き、投擲する。
撃退士達をこっそり包囲しようとしていたGの残党は、咄嗟の事に反応も出来ず、その命を散らせる。
「――生体で対処しようとするからだ、阿呆……!」
叱責は、シャッターの向こう側にいるであろう主任に向けてのもの。
彼女がこんなことに手を出しさえしなければ、こんな事態にはならなかったのだ。
その苛立ち、怒りを込め、侑はGを掃討していく。他の仲間達も同様だ。
しかし、Gもただ自らの存在意義に従い、愚直に突き進んでくる。
その矛先となってしまったのは、花月だった。
「きゃっ……」
何度もふらつきつつも奮闘していた彼女だったが、ついに、腰が抜けてしまう。
Gがそれを見逃すはずはなく、尻餅をついた獲物へと殺到してきた。
花月の脳裏に閃くのは、あのレイヴンのカサらえる姿。怖い。恐怖を感じる。
自分もああなるのか……!? 思わず身体を丸めるようにして、目を閉じてしまう。
――だが、彼女を包んだのは、力強くも柔らかい感触だった。
「花月さんには、絶対近寄るな」
そして目を開くと、眼前にあるのは秀麗な横顔。
「彼女を汚すヤツは、何であろうと消え失せろっ!」
千早は怒りも露わに叫ぶと、集まってくるGの全てを一刀で斬り捨てた。
その怒気の凄まじさゆえか、Gは後ずさり、離れて行く。
だが、もうGに逃げ場などない。
退散しようとしても、その進行方向を阻むように弾幕が吹き荒れるのだ。
無論、遊夜のガトリング砲である。
「うっし。あとは任せたぜ、麻夜!」
気がつけば、残ったGたちは全て1箇所に集められていた。
そこへ踏み込んできたのが、指名を受けた麻夜だ。
「くすくす……。しめやかに――」
彼女は右手を差し出し、その親指の腹と、中指の腹をくっつけて――
「爆散四散♪」
パチンッ。
その瞬間。七色に彩られる大爆発が起こり、Gは完全に掃討された。
――ちなみに、レイヴンは気絶しているだけである。
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数時間後。
当然ながら主任の研究は打ち切り、G兵器計画は完全にお蔵入りとなった。
侑はその旨を社長から聞かされ、安堵のため息をつく。もうこんな事態は二度とゴメンだ。
社長は、後日また改めてお礼に伺わせて頂きます、と言い残し、こちらに背を向ける。
それでこの場は解散……でよかったのだが、侑は幼い背中を呼び止めた。
どうしても、尋ねたいことがあったのだ。
「――社長。俺、あんたの名前知らないんだが」
〇
主任は、自分の身体にくっついてきた最後のサンプルGを握り潰した。
そして自嘲に口元を歪め、呟く。
このあたしにまで反応するなんて、やっぱ失敗作だな。と。
終