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マスター:中路歩
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/22


みんなの思い出



オープニング


 一ヶ月前。

 少年の住む町が、天魔の襲撃を受けた。
 すぐさま久遠ヶ原学園より撃退士が派遣され、彼らは町の人々を守る為に天魔を迎え撃ってくれる。
人々はその間に、町が定めた安全地帯へと避難を開始していた。
 少年もまた、母親の背に必死に追い縋るように、火線の飛び交う町を走っていた。
「お母さん待ってよ! 足が痛いよう!」
 少年は涙声で訴えるも、母親は振り返らない。逃げ惑う人々の悲鳴ゆえに聞こえなかったのか、
それとも母親自身も逃げることに必死なのか。
 でも、母親はその背に背負った少年の妹には声をかけ続けている。
妹はまだ赤ん坊で泣き喚いているから仕方が無いのだろうけれど、少年は悲しくなった。
 その時。
 一際大きな爆発が、すぐ近くで起こった。
「あっ!」
 灼熱した空気が押し寄せ、地面が揺れる。少年は姿勢を保つことが出来ずに、転げてしまった。
 横倒しになった視界で、見た。
 今の爆発で燃え上がった家屋が、自分の方に倒れてこようとしている。
 少年は恐怖と痛みで身が竦み、喘ぐような呼吸を繰り返しながら体を震えるのみだ。
「お母さん、お母さん!」
 それでも、眼球だけは動かすことができて、助けを求めるべく母親を見る。
母親の方は転げてはおらず、足を止めて少年を見つめ返していた。
 そして――逃げた。
「っ……!」
 遠ざかっていく背中に手を伸ばせど、届かない。母親は二度と振り返らなかった。
 少年の中で何かが壊れる。
 恐怖よりも絶望感が勝り、嫉妬が溢れ、怒りが爆発する。少年は言葉として意味を成さない絶叫をあげて――押し潰された。


 結果として、少年は助かった。
 ギリギリのところで撃退士に救出され、皮膚に軽度の火傷を受けただけで日常生活に復帰できたのである。
その火傷も、一年もしないうちに目立たない痕になるだけだろう。
 ただ、少年の中の、壊れてはいけない大事なモノは、木っ端微塵に砕かれている。
 少年は一度は家族のもとに返されたが、既にそれは『家族』という形をした他人の集団でしかなかった。
 そんなところで、少年が安らぎを得られるはずも無い。
 やがて少年は、姿を消した。


 現在。
 少年は今、幸せだった。
「ごちそうさま! 美味しかったよ、お母さん!」
 少年の笑顔は、さながら陽光に照らされるまばゆい向日葵だ。
一片の曇りも無く、一切の遠慮も気遣いもない、純粋な笑顔である。
 少年はそのまま、母親の体に飛びつくようにしてしがみつく。
頬ずりをして「お母さん、お母さん」と繰り返し、頭を撫でられると表情を更にとろけさせる。
 『この』お母さんは、誰よりも自分の事を見てくれる。自分の事を愛してくれる。
いっぱい構ってくれて、可愛がってくれて、愛してくれて、一緒にいてくれる。子供にとって、それ以上の幸せはない。
 例え『この』母親が、ディアボロだったとしても。
 例え『この』母親が、5mに匹敵する巨体で、数多の触手を有す、ぶよぶよの肉塊だったとしても。少年はとっても幸せだった。
 少年は、ディアボロの節穴のような目を見上げて、にぱっと笑った。
「お母さん、大好き」
 ディアボロは巨体を小刻みに揺らすと、老婆の絶叫のような音を――いや、声を出した。
「ワタシ モ アイシテル ワ」
 非常に聞き取りにくく、まるで録音していた内容を再生しただけのような平坦さ。
それでも少年は、えへへ、と頬を染めてはにかんだ。

 まるで臓物の中を連想させる、グロテスクな洞穴の中。
 異形の存在を「お母さん」と慕う少年の周囲には、肉のような繭に収められた何人もの子供達がいる。
子供達はいずれも痩せこけ衰弱しているようだったが、幸せそうな寝顔を浮かべていた。


 久遠ヶ原、ブリーフィングルーム。

「最近、某市にて子供達が連続して失踪する事件が起こりました。
当学園で調査を行ったところ、どうやらディアボロ絡みのようです」
 オペレーターが手元のコンソールを叩くと、スクリーンに画像が表示される。
そのあまりの醜悪さに、あなたは思わず口元を手で抑えてしまった。
 一言で言えば、それは肉塊だ。
 ぶよぶよとした肉塊に、かろうじて頭と手足らしき器官が生えている物体。
体中から触手を生やしており、先端からは粘液状の何かを滴らせている。
どう控えめに表現したところで、『醜い』としか言えないだろう。
「この個体を《マザー》と仮称いたします。どうやらこの《マザー》は町の郊外に巣を形成し、そこに子供達を攫っているようです。
恐らく、ある程度の人数が集まれば悪魔が魂を回収にかかるのでしょう」
 なるほど、狙いはわかった。
 しかし疑問もある。このような見るからに動きが鈍重そうであり、それでいて、
大の大人でさえ近づきたくないと思えるような化物だ。
そう易々と、親にすら気付かれずにピンポイントで子供だけをさらえるものだろうか。
 そんなあなたの疑問に気付いたのだろう。オペレーターがコンソールを叩くと、スクリーンの画像が切り替わる。
「この個体の最も恐ろしいところは、外見でも、攻撃能力でもありません。幻惑能力です」
 曰く。
 奴の発する音、粘液の匂い、視覚的な触手の揺らめき。それらが作用し、対象に幻を経験させるのだという。
夢を見せる、と言えばわかりやすいだろうか。
 その幻覚は、相手を苦しませるものじゃない。寧ろその正反対側で、究極の安楽や幸せを与えるのだ。
 内容も限定的で、『家族の幸せ』だ。
 それは過去の家族との思い出や、自らが思い描く強い家族の理想像、あるいは自分自身ですら気付いていない強い願望。
抗いがたい幸福と満足へ堕とすのである。
「幼い子供達は、幸せの多くを知りません。家族と共に居ることを一番の幸せと考えるのでしょう。
だからこそ、子供ばかりが連れ去られてしまったのかもしれませんね」
 スクリーンの光が落ち、「さて」とオペレーターが顔を上げる。
「以上です。対象を撃滅し、子供達を救出してきてください。敵の術を防ぐことは難しいと思いますが……。
大切なのは幻術そのものから逃れる事よりも、それを打ち破ることかもしれません」


リプレイ本文


 御堂 龍太(jb0849)はくらくらする頭を振り、俯せに倒れていた身体を持ち上げた。
「あたし……。なに、してたのかしら」
 とにかく、気持ちを落ち着けなければならない。
 龍太は大きく深呼吸をして……その空気があまりにも清々しく、心地良いものであることに気付く。
 清涼な空気と風が吹き抜ける、森の中にいた。
 そしてここに居るのは、自分だけでは無かった。

 どーしたのよ? へんな顔しちゃって。

 その人物――女性は、くすくす、とおかしそうに笑う。
 髪が森の風に揺れて、心地良い石鹸シャンプーの匂いがした。
 龍太はその人物を知っていた。知っていたが、ここにいることはあり得ない。
「――……」
 掠れる声で、その名を呼ぶ。事実を確かめ否定するために。しかし……、

 もう、久しぶりに会ったからって名前まで忘れちゃったの?

 彼女は苦笑いを返してきて、龍太と手を繋いだ。


「こりゃあ……」
 百目鬼 揺籠(jb8361)は、かつての自分の実家の玄関先で立ち尽くしていた。
 そして、トタトタと慌ただしい足音と共に家の奥から出てきたのは――

 あぁ、帰ったのかい?
 今日も大変だったろう? ほら、早くお上がり。

 ――母親だった。
 家の奥から漂ってくるのは、豚汁の匂い。別に腹が減っているわけではないが、
それでも涎を垂らしてしまいそうな、良い香りだった。
 と。母親がこちらの手を掴もうとしてきたのに気付き、揺籠は慌てて身を引く。
「……あぁ、なるほど。これが幻覚って奴ですね。こりゃ手強――」
 しかし母親は困惑したように眉根を寄せるのみ。あまりにも自然すぎる表情に、揺籠は動揺してしまった。

 幻覚? まったく、だからバイトをお減らしと言ってるのさ。お前いつか身体を壊しちまうよ? 
……なんて、もう子供じゃあなかったね。はぁ、いつの間にか、こんなに立派になったんだねぇ。


 ……紫苑!

 その女性は、優しくも強い声で名を呼んでくれた。
「おかー……さん?」
 紫苑(jb8416)は、自分の声が揺らいでるのがわかった。
 大好きな、大好きなお母さん。
 けれどちょっと歪んでいて、壊れた愛情を向けてきたお母さん。
 ――今はもう、手の届かない場所にいるはずの、お母さん。
「だから、ちがう。おかーさんじゃねぇでさ……」
 わかっている。あの人がここに絶対にいないのは、わかってる。

 あのね、私……退院できたの。もう完全に良くなったのよ?
 だから、あなたの傍に居て良いって、お医者さんが。

 ――ダメだ、聞いちゃいけない。耳を貸しちゃいけない。

 その……また一緒に住もうだなんて言えないけれど……。
 こうやって、ときどき会いにきたらダメ……かな?

 こちらの背丈に合わせるように屈み、真っ直ぐ目を見つめてくる母親の顔は、
紫苑のよく知っている優しい母親の顔。
 欲しくても手に入らないはずだった、愛を与えてくれる人。

 あ、えと……お出かけ……。そう、お出かけしましょう。
 紫苑の大好きなお菓子、一緒に買いに行きましょう?



「――あ……」
 黒夜(jb0668)は我に帰り、膝をついた。
 全身を汗で濡らし、荒い呼吸を繰り返す。悪夢を見て飛び起きた直後のような、そんな有様だ。
「やっと気がついたんですね、黒夜さん」
 顔を上げると、こちらを冷ややかに見下ろしてくる漆黒の瞳とぶつかった。
「……悪ぃ、助かった」
「いいえ、気になさらずに」
 柚島栄斗(jb6565)は黒い瞳を引っ込めて、黒夜を起こしてくれる。
 ……ふと、栄斗は振り返った。
 黒夜も同じ方向に目を向けてみたが、何もない。ただ不気味で暗い洞窟があるだけだ。
生暖かくも甘ったるい匂いのする風が吹き抜ける、不気味な空間があるだけだ。
 しかし……栄斗には何かが見えているらしい。それは決して愉快なものではないようで、口を歪めていた。
「だから、茶番だと言っているッ! こんな悍ましいもの――ただの自己否定だァ!」
 栄斗は叫んだ。
 途端……風が止んだ。
「……さて、先に進みましょう。皆を探すにしても、奥へ歩き続けないと」
「あ、あぁ。――え?」
 黒夜は辺りを見回してみる。自分たち以外誰もいない。
「うちらだけ、なのか? 無事なのは」
「いえ、もう一人だけ……。ああ、戻ってきました」
 洞窟の奥から駆けてくる人影。スピネル・クリムゾン(jb7168)だった。
「はぁ、はぁ……。めきちゃんがいないん、だよ……。無線機にも応答してくれないし……」
「と、いう事は僕たち三人だけ、ですか」
 いきなり戦力が半減してしまったものの、三人は先へと進まざるを得なかった。


 ――そして。
 開けた場所に、出た。
「た、大変だよ! 子供達なんだよ!」
 スピネルの指し示した先には、繭のような肉塊に覆われていた子供達がいた。
 洞窟の壁に整然と並べられており、肉繭は生きているように脈動している。
見たところ、気絶している子供達の寝顔は幸せそうではあるものの、かなり衰弱していた。
「起きて? ねぇ、目を開けて?」
 スピネルはフレイヤの柄を短く持ち、慎重に伐採を開始する。遅れて、黒夜と栄斗も動こうとしたが……。

 お姉ちゃん達、誰?

 あどけない声に三人は振り返り、そして、一斉に息を呑む。
 《マザー》。
 ぶよぶよとした肉の塊が折り重なったような姿。その表面は粘液を纏い鈍色の光沢を放っており、
そこから漂ってくる香りはあまったるい。洞窟に漂ってる香りがアレの体臭だと思うと、吐き気が込み上げてきた。

 だからこそ、それに甘えるように抱きついている少年の姿は、非現実的に見えてしまう。
「あの子はうちらが。クリムゾンはそっちを頼む」
 スピネルは黒夜に頷き返し、二人の背中を見送った。全員を助けなければならないのだ。
あちらも気になるけれど、役割分担が賢明だろう。
 ――しかし。

 近づかないでよ! お母さんに近づくなぁぁぁぁっ!

 まるで少年の絶叫に呼応するかのように、洞窟の至る箇所に大量の触手が出現した。
「ザけんじゃねえぞ! ママのオッパイなしじゃ自己肯定も出来ねえかっ!」
 栄斗は叫び、黒夜はそれを援護する。しかし、少年はまるで聞く耳を持たない。
喚き、泣きじゃくりながら、《マザー》に抱きついている。
 そして《マザー》の触手は、少年を護るように――いや、盾にするかのように、幾重にも覆い被さっていた。
このままでは、強行手段に出ようにも少年を巻き込んでしまうかもしれない。
 どうにか、《マザー》に隙を見出せられれば……。



 龍太は、足を止めた。

 んー? 龍太?

「あ、いや。悪ぃ、何でもねーよ」
 しかしすぐに思い直し、肩を竦めて歩みを再開する。ポケットに突っ込んだ腕に縋ってくれるのは、
最愛の彼女だ。
 こうやってただ森の中を並んで歩くだけでも、幸せで、満たされる。

 ねぇねぇ。

「なんだよ」

 幸せー?

「さぁ、そうかもな」

 なによー。
 じゃあいーわよ。あたしだけ寂しく一人で幸せになってますー。

「何だよその拗ね方は……」

 ……うふふ。
 ねぇ。ずっと一緒よね、あたし達。

「あぁ、そ――」
 ――っ?
 手に痛みを感じて、ポケットから手を抜いた。
 そこには画鋲が何本も深く刺さっていて、血が手を染めている。
 そういえば、出発するときに入れた気がする。でも、一体何の為に――……

 瞬間。
 世界が、変わった。

 清涼な風は消え去り、生暖かい不愉快な風が頬を撫でる。明るかった森は消失し、薄暗い洞窟へと切り替わる。
 ……そうだ。思い出した。思い出してしまった。
「あたしったら……っ!」
 龍太は仲間達を探すべく走り出そうとした。が。
 思わず足を止め、振り返る。
 そこには、彼女が――彼女の幻覚だけが、残っていた。
 幻覚は、微笑んだ。
 鼻白む龍太に向かって、幻覚は歩み寄って来る。手を、伸ばしてくる。
『ずっと一緒にいてくれて、ありがとう』
 その手は龍太の頬に触れて――背後を指さす。そこで人形のように崩れ落ちていたのは、揺籠と、紫苑だった。
 龍太は幻覚の手が消えゆくのを視界の端で見て、目を閉じた。
「……ずっと一緒にいるわ、これからも」


 ここには、揺籠のために用意された、暖かい家庭があった。
「――それでその火の祭りで、俺はギターを演奏したんでさぁ。ガキ共の踊りが、こりゃまた元気すぎましてねぇ」
 ご飯のお椀を片手に、つい、身を乗り出して軽快に話す揺籠。
しかしその口元に母親の手が触れると、口を噤んだ。どうやらご飯粒がついていたらしい。

 はいはい。話してくれるのは嬉しいけれど、今は食事中だよ? 
 あとでゆっくり聞いてあげるから、落ち着いて食べな。

 年齢不相応な説教に、揺籠は頭を掻いて照れ笑いを浮かべてしまう。
 そうだ、急ぐ必要なんてないのだ。ここは我が家なのだから。
 と……。
 玄関の扉がノックされる音が聞こえた。
「あぁ、俺が行きます」
 立ち上がろうとした母親を制し、揺籠は「はいはいはい」と玄関先へと向かう。
「今は夕飯どきでさぁ。新聞売り込みなら帰っ――」
 そこに立っていたのは、龍太だった。

 そして……揺籠は気付いた。
 全て、幻だということに。
 『あとで』なんて、もう、二度と無いことに。

「――いけすかねぇ、ディアボロでさぁ……」
 ほんとに、ほんとに、いけすかない。ぎりり、と歯を食いしばり、岩肌の天井を仰ぐ。
『行っちまうんだね』
 背中にかけられる、母親の――幻覚の声。揺籠は、それには応えない。
 しかし、幻覚は言葉を重ねた。
『行っといで。身体、壊さないようにするんだよ』
「っ!」
 揺籠は、弾かれたように振り返る。
 そこにはもう、誰もいなかった。
 誰も、何も、いなかった。
「……俺ぁ、とうに――」
 心配そうな龍太の胸板を軽く叩き、揺籠は歩き出す。
「とうに、人としての幸せは棄ててまさぁ!」


 ショッピングカートを押す母親の傍を、紫苑は歩いていた。
 一緒にいられることは嬉しいけれど、やっぱりどこか、お互いにぎこちなくなってしまう。

 紫苑……?

 名を呼ばれて、紫苑は母親を見上げる。
 どこか不安げで、けれど優しくて、我が娘の事を大切に思ってるような。そんな顔があった。

 やっぱり……お母さんのこと、嫌い?
 酷いこと、いっぱいしたものね……。

「……そんなことねー」
 紫苑は躊躇うことなく、首を横に振った。
 そして可愛らしい左反面で、にこりと、母親へ微笑み返す。
「おかーさんのこと、きらいになったことねーでさ。だいすき――」
 言葉は、抱きしめられて、尻すぼみとなった。
 何度も何度も名を呼んでくれて、ぎゅぅ、っと抱きしめてくれる。
 心が、揺れた。

 けれど、けれど。
 母親の向こう側に立つ揺籠が、首を横に振った。

「気を確り持ちなせぇ、俺らは助けに来たんでしょうよ」

 周囲の景色が、薄暗い洞窟へと変わる。
 夢が終わる。

 わかっていた。
 大好きだからこそ、わかっていた。
 こんな優しすぎる世界は、偽物でしかありえないのだ。
 でも――
「俺の……紫苑の名前つけたの、お母さんでさ。 意味は――」
『忘れない』
 ハッと、顔を上げる。
 果てしない暗闇の向こう側に、幻覚が立っていた。
『ずっと、忘れない』
 幻覚は悲しげに微笑み、紫苑に背を向けると、暗闇へと消えていった。
 


 突如、《マザー》は苦しげな奇声を上げた。
 統率的に振り回されていた触手は無規則に暴れ始め、洞窟全体を震動が襲う。
 栄斗は忌ま忌ましさに舌打ちを鳴らしたが、
その最中でも、少年に覆い被さる触手に緩みが生じているのを見逃さなかった。
「クリムゾンさんは子供を! 黒夜さんは援護してください!」
 マライカMK-7を構え、栄斗は身を低くして地を蹴った。
 狙いは、《マザー》本体。
 暴走しても尚行く手を遮ってくる触手を撃ち散らかし、しかし、一人ではその全てを排除することは難しい。
側面や上方からも触手は迫ってくる。
 が、それら触手もまた、栄斗に到達する前に切り刻まれる。
黒夜が操るクリアワイヤーは栄斗を中心に鋭利なトラップを張り巡らせ、触手の接近を許さない。
 相対距離はあと僅か。《マザー》の手前には、盾にされている少年。
この後に及んでも《マザー》は少年を盾にしようとしたが、瞬間、触手ごと少年の姿が掻き消えた。
「辛い事はいっぱいかもだけど……そばに居るから」
 閃滅にて瞬時に触手を散らかし、少年を救出したのはスピネルだ。
 これで、《マザー》を守る者はなくなった。栄斗は至近距離から、醜悪な肉塊へと銃口を向ける。
 が、

 おねがい、やめてええええっ!

 少年の絶叫が、聞こえた。
 しかし、無視した。
 引き金に指を掛け、そこでつい、口角を吊り上げてしまう。
 この手は汚れている。今もまた少年の母を奪うために手を汚し、これからも汚れていくのだろう。
 小学生のあの日に汚れて以来、決して綺麗になることはない。
 ならば、汚して汚して、せめてあの日の汚れが見えないくらい汚していくしかない。
 幻覚ですら家族の幸せを求められない、そんな穢れきった自分だからこそ――語れる言葉もあるのだから。
「超えろ、母親の重力を! 掴め、お前自身の愛、欲望を! 世界は――お前のモノだァ!」



 洞窟は崩壊を始めていた。
「ど、どうしよう!」
 スピネルは、焦る。
 自分達だけならまだ良い。少年ひとりならばなんとでもなる。
 しかし、あと11人の子供達が残っている。
彼らを肉繭から脱出させることには成功しているものの、たった3人で彼ら全員を運ぶのは難しい。
 土埃が舞い、《マザー》の亡骸が放つ匂いが鼻につく。思考を乱す。
どうすればいい、どうすればいい、どうすれば――
『スピネル。落ち着け、大丈夫だ』
 聞き慣れた声に振り向き、スピネルは目を見開いた。
『落ち着けば、あなたにもわかるはずです』
 ――幻覚を作るのは、自分自身。自分自身の強い願望。それらは結局全て、自分の心でしか無い。
しかし、こうやって投影しないと気づけないものもある。
 スピネルは深呼吸をして、耳を澄ませる。
 聞こえる。遠くから駆けつけてくれる足跡。そして、はぐれた仲間達の声が。
「……ありがとう、だよ。お兄、お姉。行ってきます!」




「……よう」
 町の病院の、待合室。
 そこで一人残されていた少年に、黒夜は声を掛ける。特に返事は無かったが、気にせずにその隣に座った。
「……家族なんてろくでもねーよな。子供の命も利用して、幸せも生も奪ってく」
 果たして、少年は結局何を求めていたのか。それは黒夜にはわからないし、
もしかしたら少年自身もわかっていないのかも知れない。
 ただ、わかってるのは。このままでは、少年の居場所がどこにもないことだ。
「うち、考えてみたんだ。なんでおたくだけ、化けモンは眠らさなかったんだろうな」
 もし――
 眠らさなかったんじゃなく、眠らせられなかったんだとしたら?
 撃退士を完全に眠らせられなかったように。

「……ちょっとうちの学園に来てみねーか?」

 終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
男を堕とすオカマ神・
御堂 龍太(jb0849)

大学部7年254組 男 陰陽師
完全にの幸せな日本語教師・
柚島栄斗(jb6565)

高等部3年7組 男 インフィルトレイター
瞬く時と、愛しい日々と・
スピネル・アッシュフィールド(jb7168)

大学部2年8組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー