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マスター:中路歩
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/26


みんなの思い出



オープニング


 命がけ、って言葉を使う奴が嫌いだった。
 死んでも守る、なんて言う奴が嫌いだった。
 自分はどうなっても構わない、なんて思う奴が嫌いだった。

 どれもかつて、自分が使ってて、言ってて、思ってたことだから。

 昔のことなんて忘れていたのに、最近ではことある度に思い出す。
 
 原因はわかっている。
 久遠ヶ原学園の撃退士たちと出くわす事が多くなったからだ。

 どうしても比較してしまう。

 ヒーローとして尊敬を集めている彼らと、今の自分を。
 かつての自分と、今の自分を。 

 時折思ってしまう。
 自分は今、なにがしたくて生きてるんだろう。



「――あのー、あのー! 主任さまー」
 なんか呼ばれてる気がする。
 白衣の裾が強く引っ張られてる気がする。
 CB社開発部門ギーナは、視線を下げた。

「あ、やっと気付いてくれました。大丈夫ですか? 
なんだか、ぼんやりしておられましたけれど……」

 こちらを心配そうに見上げてくるのは、幼女の顔だった。
 まず目を引くのは、小動物のように愛嬌があり、やや気弱そうな金色の瞳。
僅かに色づいた白いほっぺも柔らかそうで、思わず触れてしまいたくなる。
 そっちのケのないギーナでも、素直に可愛いと思う。
 しかし一方で、セミロングの黒髪は寝癖ひとつなくしっかりと整えられているし、
身に付けているのは歳不相応のフォーマルスーツだ。
 七五三みたく見えてしまうのが正直なところだろうが、違う。

 この幼女、エメラ・プレシデントは、れっきとしたCB社の社長なのである。

「しゅ、しゅぃんひゃま?」
「……ぁ、悪い」
 気がついたら、エメラの頬をふにふにしていた。うん、やわらかい。マシュマロみたいだ。
 エメラは頭の上に『?』マークを浮かべ、涙目になりつつも無抵抗。
その表情がなんともギーナの嗜虐心を煽るが、今は解放しておいた。
「も、もう、そういうおふざけは、せめて会社にいるときにお願いしますっ」
 エメラはぺふぺふと自分の頬をさすってから、咳払いをひとつ。
「さて、そろそろわたくし達の出番です。は、はは、張り切って参りませぅ!」
「噛み噛みじゃん、ガチガチじゃん」
「参りましょう、です!」

 ギーナとエメラは、某市の国際展示場にて行われている『ウィンターゲームショウ2014』
というイベントの会場にいた。
 その施設内ホールにて、CB社のエンターティメント業界への本格進出、
及び新ハードウェアの発表を行うのである。
 ギーナはその容姿と怠惰な性格ゆえに人前に出ることは好まないが、
いち責任者として半ば無理矢理に連れてこられたのだ。
 ――まぁ、「ひとこと挨拶だけで構わない」とエメラに言ってもらってるし、さっさと終わらせよう。

 舞台袖の暗がりで、ギィナは棒キャンディーを咥えながらため息をついた。
 ……と、舞台の方から司会のアナウンスが聞こえる。出番のようだ。
 ギーナは足取りは重いが、歩を進めて――

 途端。
 強い震動が、会場全体を揺さぶった。
 続けて観客達の悲鳴、そしてどよめき。
 そして、

『会場にお集まりの皆さん。もし逃げようとしたら、もうひとつの爆弾を起動させます。
次の花火は、大きいですよ』

 館内スピーカーから、物騒な男の声が聞こえた。



 展示場全体が、武装した者達に制圧されていた。
 しかも奴らが持っているのは、V兵器。つまるところ、全員がアウル能力者ということになる。

 しかし。
 天魔やらアウル能力者やら、スーパービックリヒト型生物が横行している今の世の中である。
 会場には完璧に阻霊処理が施され、武器になりそうなものは当然として、
正規撃退士の資格を持っていようとヒヒイロカネひとつ持ち込めなかったはずだ。
 会場入り口で、警備の撃退士がひとりひとりを徹底的に調べたから間違いない。
 が、すぐに理由は判明した。
「警備の奴らが、テロリストかよ……」
 警備の人間が――というより、警備会社そのものがでっち上げであり、全員テロリストだとすれば説明がつく。
 随分と用意周到だし、一瞬で広い会場を占拠したことから統率も取れていることがわかる。
いつぞやの盗賊集団とは違い、手ぬるい相手ではないだろう。

 さて、この手の奴らのお約束としては、何かしらの政治的主張か、あるいは身代金目当てか。
 いずれにせよ、直近の問題としては――エメラも捕まってしまったことだろう。
 壊滅的にとろくさいエメラが逃れられるはずもなく、あっさり捕まり、あっさり連れて行かれていた。

「悪者に捕まったお姫様、ってか。ヒーローならカッコよく助けに行くんだろうけど……」
 生憎、自身は過去完了形だ。
 ひとりトイレの個室に逃げ込んだギィナは、現状を他人事のように考えながら、
新しい棒キャンディーの包みを開く作業に勤しんでいる。
 テロリストを何とかするつもりもなければ、エメラを助けに行くつもりもない。
 それは一般人である自分の役割じゃないし、死にたくないからだ。

「……ああ、そういえば」
 棒キャンディーを咥えたところで、ひとつのことに思い至る。
 確か、エメラが久遠ヶ原学園宛にイベントの招待券を送っていたはずだ。
ということは、この会場内には非武装ながらも、撃退士がいるかもしれない。
 ギーナはケータイを取り出し、久遠ヶ原学園へとSOSメッセージを送った。


リプレイ本文


 異変に気付いてすぐ、桜花(jb0392)は動いていた。
 エントランスホールの一般客らに銃口を向けるひとりへと肉迫し、相手が反応を見せる前に身を翻す。
下方から突き上げた足裏は狙い通りに顎へと刺さり、男の体を吹っ飛ばした。
 そこでようやく他の男が銃を向けてきたが、既に桜花は懐へと飛び込んでいる。
足下を蹴り払われた男は背中から床に叩きつけられ、呻きを漏らした。
 桜花は容赦しない。その胸板を踏みつけ、自らの懐からヒヒイロカネを――
「――っ!?」
 ない。
 武器が、なかった。



 状況は悪い。
「ああ、もう……」
 シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)はエントランスの一角に集められている人質の中に身を潜め、悪態をつく。
状況を把握したからこそ漏れた言葉だ。
 桜花が縛り上げられているのを見る限りでも、綿密に考えて行動を起こさねばならないことを思い知らされる。

 シェリアは視界の端でテロリスト達の動きを追いつつ、こっそりと携帯電話を操作する。
打ち込んでいく文面は、エントランス内にいるテロリストの数や、その大まかな配置だ。
 正確な人数は不明だが、今この国際展示場には何人かの撃退士が存在している。
全員が合流できれば、あるいは――

「おうちに、帰りたいよぅ……」

 聞こえてきた嗚咽に、シェリアは顔を上げる。
 子供達だった。小学生くらいの女の子達が、身を寄せ合って泣いていた。
 ――そうだ。迷ってる場合なんかじゃない。
 シェリアはそっと女の子達に近づき、笑いかける。
「大丈夫です。きっと助かりますから気をしっかり」
 それぞれの手を強く握りしめてから、桜花の方へと目を向ける。
シェリアの視線に気付いた彼女は、察してくれたのだろう。頷き返してくれた。

 さぁ、行動開始だ。



「トイレに行きたいんだけど」
 桜花のその言葉に初めて、テロリスト達が反応した。
「聞こえなかったの? トイレ行きたいんだけど……まさかここで漏らせって、言ったりしないよね?」
 テロリスト達は仲間達と顔を見合わせ、小声で何事かを相談する。
そして数少ない女性のテロリストが近づいてくると、桜花を乱暴に引き起こした。

 その、直後。
 女の顔面に、頭突きがめりこんだ。

 鈍い音がエントランスに響き渡り、後ずさる女の鼻孔からは血が迸る。
桜花の方も意識が飛びそうだったが、何とか踏みとどまり、顔の傷を歪ませながら不敵な笑みを見せつけてやった。
 しかし当然、テロリスト達も黙ってはいない。すぐさま取り押さえようと向かってくる。
 だが、これでいい。
 今この瞬間、場の全ての視線はこちらに集まっているのだから。
 エントランスの天井裏から飛び降りてくる者になんて、誰も気付けない。

「ライダーキーック! ですぅ〜」

 神ヶ島 鈴歌(jb9935)の爪先が、テロリストのこめかみに突き刺さった。
男は勢いのままに錐揉みつつ吹っ飛び、一度床にバウンドし、壁に激突して、動かなくなる。
「――ふぅ〜……。皆さんお元気そうで何よりですぅ〜!」
 しゃきーん、なんて擬音がつきそうな、この決めポーズである。

 状況は一気に動いた。
 人質の中から、柱の陰から、物影から。
潜伏していた撃退士達が一斉に飛び出し、テロリストたちを襲撃する。
 完全に不意を突かれた形となり、テロリストは連携が取れないまま各個撃破されていった。
「さぁ、あんたで最後だ!」
 神谷春樹(jb7335)は強い語気で注意を引き、袖口に隠していたモノを投擲する。
一筋の銀光となったソレは宙を貫き、臆して我が身を庇うテロリストへと突き進み――
 ぺちん、と当たったそれは、ただのボールペンだった。
「ホントはナイフが良かったんだけどね、無かったんだ」
 苦笑いを含んだ声は、テロリストの背後だ。
 気付いた時には既に遅く、首を極められて……意識は潰えた。
 しかし春樹は勝利に喜ぶこともなく、ため息をつく。
「さてと、問題はここからですね……」
 テロリストの通信機からは、『おい、どうした。応答しろ』なんて声が聞こえてくる。
異変に気付かれるのも時間の問題だ。

「もう猶予は無い。メールでの手はず通りに行くぞ」

 南條 侑(jb9620)は足裏の破片を蹴り退かしながら、無力化したテロリストから武器を取り上げる。
主に銃火器類のV兵器しか見当たらないが、素手よりはマシだろう。
「桜花さんと鈴歌は、奴らに気付かれないよう隠密行動で大ホールに向かい、社長たち残りの人質を助けてやってくれ」
 ふたりに武器を投げ渡し、侑は言葉を続ける。
「春樹さんとシェリアさんは、そこの転がってる奴らから情報を得て、爆弾の捜索を」
「可能なら、テロの目的も突き止めますわ」
 シェリアとも頷きあったところで、エントランスの奥――レストラン街の方から幾つもの駆け足が聞こえてくる。
最終的な目的地である大ホールは、このレストラン街の向こう側だ。
「そして俺は、奴らをレストラン街に陽動しておく」
「私もエントランスの皆を避難させたら、すぐに合流するね!」
 グラサージュ・ブリゼ(jb9587)は力強く応えてから、一般人達を振り返る。
彼らは事態の急展開に呆然と固まっていたが、パニックにならなかったのは幸いだった。

「――よし。じゃあ、行こう!」




「久遠ヶ原の撃退士です♪ さぁ、あとは私達に任せて、皆さん脱出しましょー♪」
 「おー」なんて身振りも加えて、グラサージュは満面の笑顔で人々の背を見送った。
 幸いにも建物の外にテロリストはいなかった。人々はすぐに、全速力で逃げていく。
「――よっし」
 グラサージュは踵を返した……が、足を止める。
 後ろから、服の裾を引っ張られていた。
 見れば、先ほど泣きじゃくっていた少女のひとりが潤んだ目を向けてきていた。
「いっしょにいこう? あぶないよ」
 少女は、震える声で言った。
 グラサージュは一瞬言葉に詰まり、しかし、すぐに笑顔を作る。
少女の目の高さに合わせるように膝をつき、その手を強く握りしめた。
「……大丈夫、私も死なないから」
 グラサージュは一度、少女の体を抱きしめる。
 そして身を翻すと、エントランスへと駆け戻った。




 目に映る限りでも8人近くが、侑たったひとりに銃口を向けていた。
「厄介だな」
 柱の裏に背もたれ、大きく深呼吸。
 ――そして、意を決して飛び出した。
 その途端、悪夢のように吹き付けてくるのは数多の弾丸だ。
「チッ……!」
 キュッ、とシューズの踏みしめる音を響かせ、横手に跳躍する。
そのままガラスの扉をブチ抜き、レストランのひとつに転がり込んだ。
ガラス片を振り解きつつ受け身を取り、カウンターの裏へと再び身を隠す。
 身の安全を考えるなら慎重に動くべきなのだろうが、侑は目立たなければならない。なにより――
「主任はどこにいるんだ……っ」
 CB社と親交のある彼は、レストラン街のどこかに隠れてるはずのギーナの身柄も確保するつもりだった。
 と、そこへ、
「きゃー! わー! 侑くーん!」
 再び激しくなった銃声に混じって、女性の声。
 直後、侑の傍らにグラサージュが滑り込んできた。
「ちょ、ちょっと怖かったぁ……」
「無事で何よりだ。――で、そのマフラーはなんだ?」
「え? いや、これでテロリストを縛ってやっつけて――」
 「こうで、こうっ」なんて、身振りを交えつつ笑顔で丁寧に説明してくれる。
 しかし問題はそこではなく、
「武器はどうした?」
「へっ? え、ええと、その……合流するので精一杯で、落としちゃったというか……」
 えへへ、とはにかむグラサージュだった。
 そして眉間が痛くなる侑だった。
「……とにかく、俺達の役目は陽ど――」
 かちゃり。
 不吉な音は、すぐ近くからだった。
 弾かれたように振り返ると、そこにはテロリストのひとりが立っていた。




『撃退士ふたりを捕らえました』
 大ホールに立つテロリスト達の通信機がそんな言葉を吐き、
人質達は一層の失意に堕とされることとなった。
 そもそも、このテロリスト達の目的はなんなのだ。
 外部に何らかの要求をした様子もない。
 ただ、この施設を占拠しているだけ。しかし自分達を逃がしてはくれない。
 意味が分からない。

 不明瞭、というものは人間を不安にさせ、そして精神を追い詰めていく。

 そして彼らは縋る。
 誰か助けてくれ、と。

 ヒーローを求める。

「もぅ誰も傷つけさせないのですぅ〜!!」

 その声に、その場にいた全員が一斉に上を向いた。



 ドグシャァッ、等の激しい擬音こそが相応しい。
 高高度から落下した鈴歌の下敷きとなったひとりは、その強すぎる勢いゆえか、突っ伏したままぴくりとも動かない。
「遅れてヒーロー参上ですぅ〜♪」
 そしてヒーローは、華麗に決めポーズをキメてる彼女だけではなかった。
 大ホールの入り口扉が、勢いよく蹴り開かれる。
 全員が鈴歌の派手な登場に気を取られていただけに、飛び込んできた黒緑の影への対処は緩慢だった。

「制圧目標は三人。侑達の陽動が利いてるね」
 桜花の右目が仄かに光り、組み込まれた射撃用センサーがそれぞれとの相対距離や危険レベルを瞬時にして計測。
情報は視界に重なるように、HMDとして表示される。
 思考し、判断した。
 足を止めないまま、テロリストから奪った拳銃を構え、撃つ。
無造作に放たれたようにしか見えないそれは、しかし、吸い込まれたように男の手首を貫いた。
 着弾の衝撃でバンザイのように仰け反る男の傍らを通り過ぎ、今度は連続して銃声を響かせる。
二人目のテロリストは手にしようとした武器を手元から弾かれ、足首を撃ち砕かれて蹲った。
顔を上げたときには既に、桜花は目の前だ。
直後に容赦なく顔面への膝蹴りが叩き込まれ、鼻血と共に倒れ伏すことになる。

 残るはひとりだが……それももう、終わった。
「他の方に怖い思いさせた貴方達にはぁぁ――」
 鈴歌の強烈な拳が、テロリストの鳩尾に入る。衝撃は防弾ジャケットすらもブチ抜き、男は動け無くなった。
 それを前にして、鈴歌は宙を舞った。
「これをお見舞いなのですぅ〜!」
 その飛び蹴り、雷光の如く。
 豪速で男の体を蹴り抜き、決して小柄では無い彼の体を容易く吹き飛ばし、激しくスピンするよう錐揉みさせる。
 そして華麗に着地をキメた鈴歌の背後で、ドシャァ、と男の体は落ちた。

 途端、大ホール内は人質にされていた者たちの歓声で包まれる。
 これで、あとは皆を脱出さえさせれば、解決だ。


 ――ここに全員いれば、だが。


「……あれ? エメさんは……?」




「……マフラーも侮れないな」
 マフラーで縛り上げられ転がされた男達を見下ろして、侑はぽつりと呟いた。
 いや確かに、大ホールでの敗報の知らせに衝撃を受けていたテロリスト達を無力化するのは難しくはなかったし、
侑も炸裂符などを使用したのだが……。
 「こうで、こうっ」な感じに鮮やかにマフラーで戦うグラサージュの姿は、感嘆ものであった。
「え、えへへ。やれば出来るものだねー」
「まぁ……結果オーライか。――んっ?」
 そこで、携帯電話に新規メッセージの知らせが入った。
 送信者は春樹。そしてその内容は……、

 爆弾が見当たらない
 移動させられている

 悪寒が体を貫き、息を呑んだ。
 その直後。
 館内スピーカーが音を鳴らし始める。

『会場にお集まりの皆さんに、哀しいお知らせがあります。
残念ながら、ひとりだけ犠牲者が出てしまうようです。
それもいたいけな少女。ああ、なんという悲劇でしょう。
 花火が鳴るのは1分後。さぁさぁ、ヒーローは果たして間に合うのでしょうかー』

「……少女。まさか……っ」
 侑とグラサージュは走り始め――しかし、すぐに足を止めた。
 角を曲がったところでばったりと出くわしたのは、

「主任……」




 残り40秒
 冷風が肌を刺す屋外展示場。
 そこには椅子に縛り付けられ、爆弾を膝に乗せて座っているエメラがいた。
 無情に、電子音が一定のリズムを刻む。

 残り30秒
 エメラは泣いてこそいないものの、体を小刻みに震わせ、呼吸を荒くしている。
 その傍らには、覆面を被った男がひとり。退屈そうに拳銃を手の中で弄んでいた。

 残り20秒
 屋外展示場と、屋内への出入り口はひとつだけ。
 しかし、開かれる様子は無い。
 エメラはきゅっと口を引き結び、強く目を閉じた。

 残り――


 ――10秒。
 弾け飛ぶように扉が開かれた。
 飛び込んできたのは……春樹だ。「うおおおおおぁあっ!」彼は叫び、憶することなくエメラの元へと突き進む。覆面男は小さく舌打ちを鳴らすと、手にしていた拳銃を春樹へと向けた。が、それは直後にあらぬ方向へとねじ曲げられる。銃を奪ったのは床から生えた無数の手。「させませんわ!」春樹の後ろにいたシェリアによる異界の呼び手だ。春樹の手はまだエメラに届かない。覆面男はニィと口角を吊り上げると、拘束されていない方の手をエメラに向ける。袖から飛び出したのはもうひとつの拳銃。「やらせないっ!」春樹が叫び、腕を振るう。銀光、そして鮮血。男が苦鳴を漏らして後ずさる。引き金にかかった指を裂いたのは、ナイフだった。直後、シェリアの生み出した無数の手が男を突き飛ばし、エメラから離す。
 残り5秒。
 春樹の指先がエメラに触れた。しかし電光板を見て舌打ちが漏れる。「彼女を!」春樹は叫び、渾身の力でエメラを椅子ごとシェリアの方へと放り出す。爆弾だけはその手の中だ。シェリアはエメラを強く抱きしめる。春樹に背を向けるように、覆い被さる。

 残り――
 春樹は、空へと爆弾を投擲し――

 閃光と熱風が、咲いた。


 
「……死ぬかと思った」
 衝撃波で仰向けになっていた春樹は、大きな吐息と共に言葉を漏らす。
 一方で身を起こしたシェリアは、肩を竦めた。
「でも、守りたい人のためなら……。勇気、振り絞れるものでしょう?」
 そして彼女は、腕の中の幼い顔に微笑みかけた。
 



 事件は無事に、解決した。
 何人かは取り逃がしたものの、人質は全員無事である。
 撃退士の活躍によって、皆は救われたのだった。

 しかし、あんなにも手際よく、尚且つハイリスクなテロ活動という手段を執ったにも拘わらず、
彼らは犯行目的だけは黙秘を貫いていた……。




「主任。ちょっとでも、社長を助けに行こうと思ったのか?」
 侑の疑問に対する応えは、シンプルで、明白だった。
「いんや。あたしはもうヒーローじゃねーし、死にたくねーし」
「私だって、死ぬつもりはないよ。これからも」
 グラサージュはギーナの正面に立ち、顔を見上げた。
「誰かが悲しむ事はしない主義だから……だから私も死なないの」
「……ふぅん」
 そしてギーナは、ふたりに背を向け歩き出す。

「――あんたに何かあったら、社長が泣くぞ」

 足を止めた。
 しかし振り返ることはせず、言葉を返す。
「……でも逆だったら、たぶんあたしは泣けねーな」
 そして今度こそ、ギーナはその場を後にした。


 終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 揺れぬ覚悟・神谷春樹(jb7335)
重体: −
面白かった!:6人

肉欲の虜・
桜花(jb0392)

大学部2年129組 女 インフィルトレイター
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
『楽園』華茶会・
グラサージュ・ブリゼ(jb9587)

大学部2年6組 女 アカシックレコーダー:タイプB
その心は決して折れない・
南條 侑(jb9620)

大学部2年61組 男 陰陽師
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅