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マスター:中路歩
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/10/06


みんなの思い出



オープニング


「俺は誰よりもビッグになるんだ! 絶対に有名になる! 必ず夢を叶えるんだ!」

 ――そんな夢を抱いて、俺はただただ前に進んでいた。
 夢の達成が簡単なものじゃないのはわかってる。
 でも、挑戦し続けなければ機会は訪れない。
 だから諦めなければ、頑張っていれば、いつかその積み重ねた苦労が報われる日が来る。
 いつか、いつか、いつか、いつか――
 いつか……。

 でも、ふと、あるとき気付いてしまった。
 いつかって、いつなんだ?

 途端、幾つもの言葉が俺を縛り上げた。

「そんな夢なんて叶うわけ無いだろう」
「現実を見て普通に生きろ」
「いつまで両親に心配かけるつもりなんだ」
「成功する人はね、もっと頑張ってるんだ。お前じゃ無理だ」

 手を、脚を、首を、頭を、腰を、冷たくも粘ついた言葉が絡みつく。
 今までは振りきってこられたそれらも、一度足を止めたらもう、逃れられない。
深い深い絶望の沼底に、引きずり込んでくる。
 抗おうとしても、頭の上からまた誰かの声が踏みつけてくる。

「――本当は、わかっていた。どんなに頑張ったって無理なのは、わかってた」

 その声は、俺だった。

「現実を見ないでいたかっただけだ。冷静になって、この過去半年を振り返って見ろ。
お前はなにか変わったか?」

 俺が、冷たい声で、冷たい表情で、俺を踏みつける。

「なにも変わっていない。お前は『頑張ったつもり』でいただけだ。
お前はお前自信を騙して、『頑張ってる自分』に酔っていただけだ」

 そんな、俺は、俺は……、

 俺は……――
 


「安心なさい。わたくしが、あなたを幸せにして差し上げます」

 暖かな女性の声が、俺を包んでくれた。
 そして、沼底から抱き起こしてくれた。

「わたくしは人間さまを幸福にして差し上げる義務があるのです。
さぁ、幸せになりましょう。あなたの望みはなんですか?」

 俺の顔を覗く、金色の瞳。
 ああ、なんて……心地良い光……。
 俺の全部を受け入れてくれる、安らかな温もり。

 それに反して――
 あいつらは、俺を笑ったアイツらは!
 許さない! 俺は絶対に許さない!
 全てを、全員を、俺自身を、見返してやる!

「俺の、望みは……っ!」




 町が一つ、水没した。

 ただでさえ連日の豪雨により水浸しになっていた都市部。
そこへトドメを刺すように、上流にあったダムが決壊したのである。
 不幸中の幸いと言うべきか、水浸しになっていたことで住民の殆どは避難した後であり、
人的被害は最小限で済んだ。
 すぐさま救助に駆けつけたアウル能力者達の尽力もあり、死者や行方不明者はゼロである。

 ――しかし、安堵は束の間のことだ。
 本当の不幸は……いや、絶望は、ここからだった。

「な、なんだ、あれは!」
 誰かの叫びに、疲弊しきっていた救助隊は一斉に顔を上げる。
 雨の帳の向こう側に佇む、人影。それだけならなんの問題も無い。

 その人影が……ビルにも匹敵する大きさでなければ。



「以降、あれを《ベルセルクタイプ》と呼称します」

 ブリーフィングルームに集められたあなた達の前で、オペレーターは緊張を孕んだ声で言葉を続けた。
「あの個体は六月中旬に某都市に出現したディアボロ、
《ベルセルク》と極めて似た性質を持っている事が確認されました」
 その類似点とは。
 まず、『投棄されたディアボロ』であるという点。
周囲に悪魔やゲートの出現は確認されておらず、この認識で正しいと思われる。
 また、『投棄されたディアボロ』はゲートからのエネルギー供給が得られない。
だとすれば必然的に、いずれは自壊するという点も共通しているだろう。
「そして悠長に自壊を待っていては、それまでに甚大な被害が出てしまう、という点でも共通しています。
――しかし、決定的に違う部分がひとつ」
 スクリーンにひとつの画像が映し出される。
 それを見て、あなた達は息を呑んだ。

 そのディアボロが、『ちょっとその辺に寄りかかって休憩する』が如く手を乗せているのは、ビルではないのか。

「見ての通り、この巨大さです。正確な大きさは不明ですが、20mを越えていることは間違いありません」
 続いて切り替わったのは、都市を俯瞰で見下ろした地図だ。
「現在、《ベルセルク》は都市の北部から南側に向かって進軍しています。
目的は不明ですが、進路上の建築物を草でも掻き分けるように破壊しつつ進んでいる模様です。
――現在は災害救助に当たっていた撃退士が進軍を食い止めているはずですが、彼らは救助活動で疲弊しています。
既に負傷者も出ているらしく、あなた達が現地に到着してすぐ、彼らには退いてもらいます」

 オペレーターは手元に開いた書類に目を落とし、眼鏡の向こう側で眉間に皺を寄せる。
「また、現在あなた達とは別に、《ベルセルク》討伐の為に大隊を編成しています。
しかし災害救助や大規模作戦と重なっている事もあり、まだ時間が掛かるでしょう。
あなた達が《ベルセルク》を倒せるのが理想的ではありますが、
無理だと感じたら『時間稼ぎ』に専念するようにしてください。決して無茶はしないように」

 そして。
 オペレーターは声を強めてから、スライドを切り替える。
「今から言う事は、絶対に頭に叩き込んでください。……現在も尚、豪雨は降り止んでいません。
町を水没させている水位は高く、その流れは急流……いえ、激流と言っても過言ではありません。つまり――」
 ぱたんっ、と、オペレーターは強く音を立てて書類を閉じる。

「――万が一でも落水した場合、撃退士と言えど命を落とす事を覚悟してください」
 



「誰よりも大きく、誰よりも立派に、誰よりも目立って、誰にも見下されない強い強い存在になりたい。
そして自分を嗤った者達みんなを畏怖させてやる。か……」

 水没した都市がよく見える、しかし都市からは遠く離れた某所から。
 願いを叶えて幸せになった彼を、微笑ましく見守ってあげよう。
「人間さまは誰しも孤独に苦しみ、自分で自分を苦しめる。誰にも打ち明けられぬ悩みにもがき、やがて挫折し、諦める。
そして出来ることと言えば、後になって自分を偽るだけ。『あの頃は若かった』『あの頃は現実が見えてなかった』と。
本当は諦めた事を後悔しているはずなのに、自分を安心させるために『嗤う側』になることしか出来ない!」

 両腕を広げて、天を仰ごう。
「挫折に苦しむ者が求めるのは、たったひとつ。他者の手。ちょっとした後押しでも良い。
ちょっと手を掴んであげるだけでもいい。『理解』という名の手! 
しかし人間さまは自分がそれを求めるにも拘わらず、他者の心の叫びには気づけない!」
 けれど、と。
 首を横に振って、穏やかに表情を緩める。
「それは罪ではありません。それが人間さまという生き物なのですから。
それに助力させて頂くのが、このわたくしの義務なのですから」

 以前の子も、別の悪魔に捨てられて消滅しかかっていたから、エネルギーを分け与えてあげた。
あれから撃退士と戦って倒されてしまったようだが、きっと幸せに命の幕を閉じたに違いない。

「人間さまの幸せこそ、わたくしの幸せ。さぁ、人間さま。幸せになりましょう!」

 わたくしが皆さまに、ハピネスをお届け致します。


リプレイ本文


 あまりにも、大きすぎた。
 自分が手を出すには、無謀すぎた。

 気付いた時には手遅れで、どうすることもできない。

 逃げ出してしまいたい。
 目を閉じて耳を塞いで、この場から逃げ出してしまいたい。

 誰も自分を助けてはくれない。
 ここにいるのは、自分ひとりなのだから。

 でも、逃げ切れなかったとしたら……?
 そしたら、もう――

 諦めて、終わるしかないじゃないか。




「こりゃぁまた、大物が出てきたもんやなぁ……。うぉっとぉ!」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は翼を羽ばたかせて、バック宙の要領で空中で身を捌く。
直後に巨大な腕が宙を薙ぎ払い、吹き荒れた衝撃風が豪雨を掻き散らした。

 20mを越える巨人型ディアボロ、《ベルセルク》。
 圧倒的な質量。
 凶悪的なパワー。
 そしてその身に纏うのは筋肉のみならず、機械の鎧だ。
 巨大過ぎるゆえの死角をカバーするように、全身の至る所に対人自動機銃が設置されており、
接近そのものすらを困難なものにしていた。

「それにこの……ったく、鬱陶しい天気やで」
 悪態をつき、日中にも拘わらず真っ黒な空を見上げた。降り注ぐ雨や吹き付ける風は、
止む気配が無い。
 ゼロは一度身を翻し、腰に括っていた命綱を掴んで、その先を括り付けていたビルの屋上へと降り立った。
「ほうー、おっきいねぇー」
「はン?」
 いきなり傍で生じた声に、ゼロは振り返る。
「まぁおっきいことは、ひとつの力ではあるね☆」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は悠長に、にこやかーに、「おー、すごいすごい」なんて拍手までしていた。
 その手を抑え、ゼロはじとーっとした視線を友人に送る。
「今までどこ行っとったんや、ホンマにぃ……。互いの位置確認はしっかりとつって、決めとったやろ?」
「ごめんごめん☆ ちょーっと小細工仕込むのに手間取っちゃってさぁ」
 小細工? と聞き返すことは出来なかった。

 グオオォオオオオオオオオ!!!!

 《ベルセルク》が、吼えた。
 見れば、片目から白煙が上がり、体液が噴き出している。
『よしっ!』
 無線から聞こえるのは、仲間の声。
 どうやら、あの巨大で頑丈な化け物も不死身ではないようだ。
「俺らもダベってる暇はなさそうやな。しっかり働かんと!」
「えー」
「えーじゃないわ!」
 ジェラルドもへらへらとはしているが、カラビナで固定した命綱の最終チェックはちゃんと行っている。
「さてとまぁ、体力もありそうだし、じーっくりと対応しなきゃだねぇ♪」
「せやな。じゃ、行くでぇ!」
 ゼロは再びその背中に翼を広げ、飛び立った。



 まずは一撃。
 森田良助(ja9460)はビルの屋上、遮蔽物の後ろに座り込み、安堵のため息をつく。
何の攻撃も通用しない相手、ではなさそうだ。
「……よし」
 気合いを入れ直し、身を起こして銃を構えた。
 《ベルセルク》は、顔の近くを飛んでいるゼロを振り払おうとしている。注意が逸れてる今なら……!
「頑丈だっていうなら、柔らかくしてやれば!」
 アシッドショット――腐蝕弾を装填し、連続引き金を引いた。狙いは、もう片方の眼だ。
 しかし今度は《ベルセルク》も警戒していたのか、思いのほか機敏な動きで身を捩る。

 一発の腐蝕弾は頬に。
もう一発は肩に命中したものの、いずれも効果が薄い。

「くぅ、無駄弾になったかな……」
『大丈夫よ』
 無線越しの声。
 褐色の線が宙に走ったかと思えば、チィン、と《ベルセルク》の形近くにある機銃に火花が走った。
 ――直後。
 《ベルセルク》の血肉が、弾け飛ぶ。
機銃が暴発引火し、腐っていた部位をごっそり持っていったのだ。
 再び《ベルセルク》の咆吼が都市を震わせ、その巨体がよろめいた。
 良助よりも更に遠距離から援護を行っている、矢野 胡桃(ja2617)の狙撃だ。
『命中ね。伊達にインフィしてるわけじゃない、のよ』
 淡々とした口調だが、却ってソレが心強い。

『のわぁぁぁぁ』

 次に聞こえたまったく別の声には、さすがに驚いたが。
 慌てて《ベルセルク》に視線を戻すと、黒い人影が真っ逆さまに落下している。あれは――
「あ、アンノウンさぁぁぁん!」
 良助は屋上の手すりにまで駆け寄り、落下していったであろう激流を見下ろした。
 が、
「呼んだか?」
「うわぁっ!?」
 にょき、と目の前にUnknown(jb7615)の顔が出現した。
良助は、尻餅をつく。
「あ、あれ、アンノウンさん落ちたんじゃ……」
「ふははは! 我が輩はしぶといぞー。ザコキャラは残機だけは大量に抱えているものだ」
 どうやら、壁に貼り付いてシャカシャカ登ってきたらしい。確かに、うん、生命力は凄い。

\流石ザコキャラ湧いて来る/

 なんか聞こえた気がするけど、きっと気のせいだ。
「それに我輩、雨の日の遠足も嫌いじゃない。ではっ」
 きりっ、サムズアップ!
 ふははははー、と笑いながら、Unknownは翼を広げて《ベルセルク》へと向かっていった。
肩に担いだ傘と、逆の手に提げてる弁当っぽい風呂敷がすごい気になった。
 ぽかーんとしていた良助だったが、すぐ傍らで起こった震動で、我に帰る。

 ……ロボットがいた。

「おいおい。ちんたらしてっと、俺が全部もらっちまうぜ?」
 と思ったら、そのぶっきらぼうな口調はラファル A ユーティライネン(jb4620)のものだった。
――いや、露出してるのは口元だけで、それ以外は重装甲と重火器で身を固めているから、
『ロボット』であるのは間違いじゃないが。
 そのままラファルは、建物から建物へと機敏に飛び移り、《ベルセルク》の腕の上に着地した。

『うぉぉぉぉらおらおらおらおらおらおらぁぁ!!!』

 声は無線越しだが、その派手な動きは遠目でもわかる。
 ラファルの両手に装着した、十もの銃口を持つ魔装砲が唸りを上げた。
彼女の周囲の機銃が次々と爆砕していき、いくつもの火柱が《ベルセルク》の腕で起立する。
 《ベルセルク》は苦痛に身を捩り、蚊でも潰そうとするかのように手を振り下ろした。
しかしそれは、良助が許さない。
 叩き込んだ射撃が、その手の平を軌道を僅かに変える。ラファルを潰すはずだったそれは、空を薙いだだけだ。
 直後、その指先が爆ぜ飛ぶ。筋肉がずたずたになり、骨が砕かれ、血が噴き出した。
『血肉が通ってるなら痛覚の一つもあってほしい、けれど。……痛そうね』
 神経が集約されている場所を破壊され、《ベルセルク》はまたもや、苦痛に鳴く。

『のわぁぁぁぁ』

 そしてまた落ちていく黒い影!
「アンノウンさぁぁぁん!」
 にょき。
「呼んだか?」
「あ、お、おかえりなさい……」
 良助も二度目なので、さすがに驚きはしないが……。
「ふははは! 我が輩、アレを救うまで死ぬつもりはないもんで」
 そしてそして、Unknownはまた向かっていった。
 ……なんだろう、彼はなにしても絶対に戻ってくる気がしてきた。
コメディテイストだが、心強い。
「これならきっと、上手くいく」
 雨も少しずつ弱くなってる気がするし、これなら銃も使いやすい。攻めるなら、今だ。
 良助は深呼吸をしてから、再び腐蝕弾を銃に装填していく。
 と、
 空が光り、雷鳴が轟いた。

 弱くなっていた雨脚が、再び、強くなる。

 悪化した視界の中で、良助は、見た。
 黒い影が、落ちていく。
 ――その落ちた影を、《ベルセルク》は、掴んだ。
 そして……、そのまま、

 ドンッッ……――!!

 ビルの壁面に、叩きつけた。
「……アンノウンさん……?」
 今度は、返答がなかった。



「アンノ!」
 ゼロは飛行状態での高い位置から、それを見ていた。
 すぐに、Unknownが叩きつけられた場所へと、一気に突っ込んでいく。
 が、
 突然、がくんっ、とその体が後ろに引っ張られた。
 肩越しに振り返ると……、《ベルセルク》が、命綱を掴んでいたのだ。
 《ベルセルク》は渾身の力で、ゼロを急流へと振り投げた。これでは翼を広げていても、抗えない。
命綱もぶつんと半ばで千切れてしまって――
「おっと−☆」
 しかし、止まった。
 ビル屋上から身を乗り出したジェラルドが、ギリギリのところで綱を掴んでいた。
勢いにそのまま落ちそうになるのを、なんとか、踏みとどまる。
「もー、ゼロったら重いよー。最近太ったんじゃないー?」
「お、おおきに、助かったで……。あと別に太っちゃないわ!」
「あっはっは、冗談だよー☆ それじゃ――ぁ?」
 一瞬で、呆気ない。
 《ベルセルク》が豪腕を薙ぎ払い、ビル屋上そのものを吹っ飛ばした。


 ラファルは紙一重のタイミングで、《ベルセルク》の派手な動きや、ビルの崩落に巻き込まれなかった。
寸前に跳躍し、別の建物へと離脱していたのである。
 だが。
「あぁ、クソ……」
 機装の一部が不調を起こし、膝をついた。
 自分の動きが鈍っているのがわかる。
さすがに無傷では済まされなかったようで、ギリ、ギリ、と間接部が嫌な音を立てていた。
 そこへ――……
「……あー……このタイミングかよ」
 空は曇っているはずなのに、強い光が頭上を照らす。


 アレが、来る。
 しかし胡桃は、スナイパースコープ越しに歯噛みするしか無かった。
 最悪な事に、《ベルセルク》はこちらに背を向けている。これでは顔を狙えない。
「撃たせるわけには……」
 それでも胡桃は引き金を連続して引いて、《ベルセルク》の背中に幾つもの穴を穿つ。
 しかし、止まらない。

 《ベルセルク》は、その口から、エネルギー砲を放った。

 文字通りの、太くて、大きい、ビーム。
 しかも《ベルセルク》はそれを吐き出し続けながら、振り返ってきて――……
「くぅ……!」
 胡桃は、都市そのものを薙ぎ払うようなエネルギー砲から離脱すべく、地を蹴った。

 光が、視界を覆う。



 良助はひとり、辛うじて被害を免れていたビルの屋上に、佇んでいた。
 無線からは、誰の応答も無い。
 ここからも誰の姿も見えない。

 ただ、目の前に、《ベルセルク》がいるだけだ。

「あ、ぁ……」

 あまりにも、大きすぎた。
 自分が手を出すには、無謀すぎた。

 気付いた時には手遅れで、どうすることもできない。

 逃げ出してしまいたい。
 目を閉じて耳を塞いで、この場から逃げ出してしまいたい。

 誰も自分を助けてはくれない。
 ここにいるのは、自分ひとりなのだから。

 でも、逃げ切れなかったとしたら……?
 そしたら、もう――


 諦め――


「……いや、違う!」
 良助は歯を食いしばり、顔を上げた。
 両脚を肩幅に広げて踏みとどまり、引き金を引く。
 至近距離の《ベルセルク》の額が爆ぜ、苦鳴があがった。

「逃げ切れないなら……戦い続けるんだ! 僕は、きみじゃない!」

 その言葉は、《ベルセルク》の癇に障ったようだった。
 《ベルセルク》は咆吼をあげて、大きく口を開く。そこにまた、光が収束していって――
「上っ等、じゃねーか」
 良助の傍らを駆け抜け――ボロボロのラファルが、両手に備えた重火器を向ける。
機装はかなりボロボロだが、肉体的なダメージはそこまで多くないらしい。
言葉には覇気が満ちていて、歯を剥いて笑う目はギラギラしている。

「ハッ、チキンレースとしゃれ込もうぜ。俺ぁ、どこにも逃げねーよ!」

 ラファルは、エネルギー砲をスタンバイしている《ベルセルク》の正面に陣取り、重火器を乱射する。撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って。この距離から全弾の命中。《ベルセルク》の血や筋繊維が弾け飛び、苦痛の悲鳴があがる。それでも、エネルギー砲の光は止まらない。重なって重なり続ける重厚な銃奏に導かれるように、光は強くなる。

 WARRRRRRRR!!!!
 グオオォオオオオオ!!!!

 両者の声が重なり、昂ぶり、そして、そして――
 ラファルは、口角を吊り上げた。

「――……俺らの勝ちだ」

 突然、ベルセルクの顎が跳ね上がり、砕け散った。
 エネルギー砲は天空を貫き、雨風を生んでいた雲を引き裂いていく。

「おー☆ 綺麗に入ったねぇ」

 降り立ったのは、ジェラルドとゼロのふたりだった。
 ジェラルドは相変わらずだったが、ゼロはちょっとだけ疲れているように見えて、
「あ、あのな、ジェラやん。ビルからビルの間に綱で足場作ってたなら、先に言っといてくれへんかな……」
「え? 最初に『小細工仕込んだ』って言ったでしょ♪」
「や、そうやけど……」
「それに、サプラーイズの方が嬉しくないかなぁ☆」
「嬉しいかどうかってのは……。あぁ、もう良い! もっかいやるで!」
 ジェラルドは「仕方ないなぁ」なんてぼやきつつ、ゼロの千切れた命綱を掴む。
同時にゼロも我が身を浮かせて、

「っと……よろしくっ!☆」

 ジェラルドはハンマー投げの如く遠心力をつけて、ゼロを《ベルセルク》へとぶん投げた。

「ほいさっ!任せとけ! もう一発、受けぇやぁ!!」

 弾丸の如きゼロの肉迫。
 強い打撃が《ベルセルク》の頬に叩き込まれ、巨体はコマの様にくるりと反転して――



「限定解除」
 一度、首から提げた指輪に触れてから、呟く。
 獲物が、こちらを向いた。
 胡桃は目を細め、引き金に掛けた指に神経を集中させる。
 エネルギー砲を辛うじて回避してから、この機会を待っていた。
 ここで仕留めなければならない。これ以上の戦闘続行は、仲間の身が保たない。
 しかし……どこを狙う?
 どこを撃てば、止められる?
 葛藤と迷い。呼吸が乱れ、頬に雨とは違う汗が伝う。
 エネルギー砲を宿す口内をブチ抜ければ理想的だが、今は口は閉ざされ……

「――!」

 胡桃は目を見開き、引き金を引いた。
 ゴゥンッ! と重厚な音と共に放たれる弾丸。雨の帳を引き裂き、吹き荒れる風の中を突き抜け、
オフィスビルの窓を砕いてビルの反対側から飛び出して――
 《ベルセルク》の『腐蝕して変色している頬』をブチ抜き、口内へと潜り込んだ。
 途端。

 ブシャァァァァ!!!

 《ベルセルク》の口内で小さな爆発が起こり、光り輝く体液が、眼から、鼻から、耳から、口から、
裂けた喉から撒き散らかされる。
「……好き勝手し過ぎたのよ、あなたは」
 胡桃はスコープから顔を上げて、小さく息を漏らした。



 しかし、《ベルセルク》はすぐには倒れない。
 その巨体を維持するためのエネルギーを吐き出しきるには、時間が掛かるのだろう。
 ――とはいえ、既に《ベルセルク》は暴れることもできないようだった。
 本当に、のたうち苦しんでいるだけで。
 大きすぎるだけの、無力な存在だった。

「貴様の夢に終わりが近い……」

 Unknownは、そんな《ベルセルク》の肩に立っていた。

「……幸福な死を想え、その願いぐらいは叶えてやる」

 果たして、その言葉を《ベルセルク》は理解したのだろうか。
 偶然か、あるいは必然か。《ベルセルク》は、動きを止めて、片目だけでアンノウンを見下ろした。


 最期の一撃は、切ないんだってさ。
 Unknownが振り上げた斧は、雲間の陽光に照らされ、光った。




依頼結果