○
あまりにも、大きすぎた。
自分が手を出すには、無謀すぎた。
気付いた時には手遅れで、どうすることもできない。
逃げ出してしまいたい。
目を閉じて耳を塞いで、この場から逃げ出してしまいたい。
誰も自分を助けてはくれない。
ここにいるのは、自分ひとりなのだから。
でも、逃げ切れなかったとしたら……?
そしたら、もう――
諦めて、終わるしかないじゃないか。
●
「こりゃぁまた、大物が出てきたもんやなぁ……。うぉっとぉ!」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は翼を羽ばたかせて、バック宙の要領で空中で身を捌く。
直後に巨大な腕が宙を薙ぎ払い、吹き荒れた衝撃風が豪雨を掻き散らした。
20mを越える巨人型ディアボロ、《ベルセルク》。
圧倒的な質量。
凶悪的なパワー。
そしてその身に纏うのは筋肉のみならず、機械の鎧だ。
巨大過ぎるゆえの死角をカバーするように、全身の至る所に対人自動機銃が設置されており、
接近そのものすらを困難なものにしていた。
「それにこの……ったく、鬱陶しい天気やで」
悪態をつき、日中にも拘わらず真っ黒な空を見上げた。降り注ぐ雨や吹き付ける風は、
止む気配が無い。
ゼロは一度身を翻し、腰に括っていた命綱を掴んで、その先を括り付けていたビルの屋上へと降り立った。
「ほうー、おっきいねぇー」
「はン?」
いきなり傍で生じた声に、ゼロは振り返る。
「まぁおっきいことは、ひとつの力ではあるね☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は悠長に、にこやかーに、「おー、すごいすごい」なんて拍手までしていた。
その手を抑え、ゼロはじとーっとした視線を友人に送る。
「今までどこ行っとったんや、ホンマにぃ……。互いの位置確認はしっかりとつって、決めとったやろ?」
「ごめんごめん☆ ちょーっと小細工仕込むのに手間取っちゃってさぁ」
小細工? と聞き返すことは出来なかった。
グオオォオオオオオオオオ!!!!
《ベルセルク》が、吼えた。
見れば、片目から白煙が上がり、体液が噴き出している。
『よしっ!』
無線から聞こえるのは、仲間の声。
どうやら、あの巨大で頑丈な化け物も不死身ではないようだ。
「俺らもダベってる暇はなさそうやな。しっかり働かんと!」
「えー」
「えーじゃないわ!」
ジェラルドもへらへらとはしているが、カラビナで固定した命綱の最終チェックはちゃんと行っている。
「さてとまぁ、体力もありそうだし、じーっくりと対応しなきゃだねぇ♪」
「せやな。じゃ、行くでぇ!」
ゼロは再びその背中に翼を広げ、飛び立った。
●
まずは一撃。
森田良助(
ja9460)はビルの屋上、遮蔽物の後ろに座り込み、安堵のため息をつく。
何の攻撃も通用しない相手、ではなさそうだ。
「……よし」
気合いを入れ直し、身を起こして銃を構えた。
《ベルセルク》は、顔の近くを飛んでいるゼロを振り払おうとしている。注意が逸れてる今なら……!
「頑丈だっていうなら、柔らかくしてやれば!」
アシッドショット――腐蝕弾を装填し、連続引き金を引いた。狙いは、もう片方の眼だ。
しかし今度は《ベルセルク》も警戒していたのか、思いのほか機敏な動きで身を捩る。
一発の腐蝕弾は頬に。
もう一発は肩に命中したものの、いずれも効果が薄い。
「くぅ、無駄弾になったかな……」
『大丈夫よ』
無線越しの声。
褐色の線が宙に走ったかと思えば、チィン、と《ベルセルク》の形近くにある機銃に火花が走った。
――直後。
《ベルセルク》の血肉が、弾け飛ぶ。
機銃が暴発引火し、腐っていた部位をごっそり持っていったのだ。
再び《ベルセルク》の咆吼が都市を震わせ、その巨体がよろめいた。
良助よりも更に遠距離から援護を行っている、矢野 胡桃(
ja2617)の狙撃だ。
『命中ね。伊達にインフィしてるわけじゃない、のよ』
淡々とした口調だが、却ってソレが心強い。
『のわぁぁぁぁ』
次に聞こえたまったく別の声には、さすがに驚いたが。
慌てて《ベルセルク》に視線を戻すと、黒い人影が真っ逆さまに落下している。あれは――
「あ、アンノウンさぁぁぁん!」
良助は屋上の手すりにまで駆け寄り、落下していったであろう激流を見下ろした。
が、
「呼んだか?」
「うわぁっ!?」
にょき、と目の前にUnknown(
jb7615)の顔が出現した。
良助は、尻餅をつく。
「あ、あれ、アンノウンさん落ちたんじゃ……」
「ふははは! 我が輩はしぶといぞー。ザコキャラは残機だけは大量に抱えているものだ」
どうやら、壁に貼り付いてシャカシャカ登ってきたらしい。確かに、うん、生命力は凄い。
\流石ザコキャラ湧いて来る/
なんか聞こえた気がするけど、きっと気のせいだ。
「それに我輩、雨の日の遠足も嫌いじゃない。ではっ」
きりっ、サムズアップ!
ふははははー、と笑いながら、Unknownは翼を広げて《ベルセルク》へと向かっていった。
肩に担いだ傘と、逆の手に提げてる弁当っぽい風呂敷がすごい気になった。
ぽかーんとしていた良助だったが、すぐ傍らで起こった震動で、我に帰る。
……ロボットがいた。
「おいおい。ちんたらしてっと、俺が全部もらっちまうぜ?」
と思ったら、そのぶっきらぼうな口調はラファル A ユーティライネン(
jb4620)のものだった。
――いや、露出してるのは口元だけで、それ以外は重装甲と重火器で身を固めているから、
『ロボット』であるのは間違いじゃないが。
そのままラファルは、建物から建物へと機敏に飛び移り、《ベルセルク》の腕の上に着地した。
『うぉぉぉぉらおらおらおらおらおらおらぁぁ!!!』
声は無線越しだが、その派手な動きは遠目でもわかる。
ラファルの両手に装着した、十もの銃口を持つ魔装砲が唸りを上げた。
彼女の周囲の機銃が次々と爆砕していき、いくつもの火柱が《ベルセルク》の腕で起立する。
《ベルセルク》は苦痛に身を捩り、蚊でも潰そうとするかのように手を振り下ろした。
しかしそれは、良助が許さない。
叩き込んだ射撃が、その手の平を軌道を僅かに変える。ラファルを潰すはずだったそれは、空を薙いだだけだ。
直後、その指先が爆ぜ飛ぶ。筋肉がずたずたになり、骨が砕かれ、血が噴き出した。
『血肉が通ってるなら痛覚の一つもあってほしい、けれど。……痛そうね』
神経が集約されている場所を破壊され、《ベルセルク》はまたもや、苦痛に鳴く。
『のわぁぁぁぁ』
そしてまた落ちていく黒い影!
「アンノウンさぁぁぁん!」
にょき。
「呼んだか?」
「あ、お、おかえりなさい……」
良助も二度目なので、さすがに驚きはしないが……。
「ふははは! 我が輩、アレを救うまで死ぬつもりはないもんで」
そしてそして、Unknownはまた向かっていった。
……なんだろう、彼はなにしても絶対に戻ってくる気がしてきた。
コメディテイストだが、心強い。
「これならきっと、上手くいく」
雨も少しずつ弱くなってる気がするし、これなら銃も使いやすい。攻めるなら、今だ。
良助は深呼吸をしてから、再び腐蝕弾を銃に装填していく。
と、
空が光り、雷鳴が轟いた。
弱くなっていた雨脚が、再び、強くなる。
悪化した視界の中で、良助は、見た。
黒い影が、落ちていく。
――その落ちた影を、《ベルセルク》は、掴んだ。
そして……、そのまま、
ドンッッ……――!!
ビルの壁面に、叩きつけた。
「……アンノウンさん……?」
今度は、返答がなかった。
●
「アンノ!」
ゼロは飛行状態での高い位置から、それを見ていた。
すぐに、Unknownが叩きつけられた場所へと、一気に突っ込んでいく。
が、
突然、がくんっ、とその体が後ろに引っ張られた。
肩越しに振り返ると……、《ベルセルク》が、命綱を掴んでいたのだ。
《ベルセルク》は渾身の力で、ゼロを急流へと振り投げた。これでは翼を広げていても、抗えない。
命綱もぶつんと半ばで千切れてしまって――
「おっと−☆」
しかし、止まった。
ビル屋上から身を乗り出したジェラルドが、ギリギリのところで綱を掴んでいた。
勢いにそのまま落ちそうになるのを、なんとか、踏みとどまる。
「もー、ゼロったら重いよー。最近太ったんじゃないー?」
「お、おおきに、助かったで……。あと別に太っちゃないわ!」
「あっはっは、冗談だよー☆ それじゃ――ぁ?」
一瞬で、呆気ない。
《ベルセルク》が豪腕を薙ぎ払い、ビル屋上そのものを吹っ飛ばした。
●
ラファルは紙一重のタイミングで、《ベルセルク》の派手な動きや、ビルの崩落に巻き込まれなかった。
寸前に跳躍し、別の建物へと離脱していたのである。
だが。
「あぁ、クソ……」
機装の一部が不調を起こし、膝をついた。
自分の動きが鈍っているのがわかる。
さすがに無傷では済まされなかったようで、ギリ、ギリ、と間接部が嫌な音を立てていた。
そこへ――……
「……あー……このタイミングかよ」
空は曇っているはずなのに、強い光が頭上を照らす。
●
アレが、来る。
しかし胡桃は、スナイパースコープ越しに歯噛みするしか無かった。
最悪な事に、《ベルセルク》はこちらに背を向けている。これでは顔を狙えない。
「撃たせるわけには……」
それでも胡桃は引き金を連続して引いて、《ベルセルク》の背中に幾つもの穴を穿つ。
しかし、止まらない。
《ベルセルク》は、その口から、エネルギー砲を放った。
文字通りの、太くて、大きい、ビーム。
しかも《ベルセルク》はそれを吐き出し続けながら、振り返ってきて――……
「くぅ……!」
胡桃は、都市そのものを薙ぎ払うようなエネルギー砲から離脱すべく、地を蹴った。
光が、視界を覆う。
●
良助はひとり、辛うじて被害を免れていたビルの屋上に、佇んでいた。
無線からは、誰の応答も無い。
ここからも誰の姿も見えない。
ただ、目の前に、《ベルセルク》がいるだけだ。
「あ、ぁ……」
あまりにも、大きすぎた。
自分が手を出すには、無謀すぎた。
気付いた時には手遅れで、どうすることもできない。
逃げ出してしまいたい。
目を閉じて耳を塞いで、この場から逃げ出してしまいたい。
誰も自分を助けてはくれない。
ここにいるのは、自分ひとりなのだから。
でも、逃げ切れなかったとしたら……?
そしたら、もう――
諦め――
「……いや、違う!」
良助は歯を食いしばり、顔を上げた。
両脚を肩幅に広げて踏みとどまり、引き金を引く。
至近距離の《ベルセルク》の額が爆ぜ、苦鳴があがった。
「逃げ切れないなら……戦い続けるんだ! 僕は、きみじゃない!」
その言葉は、《ベルセルク》の癇に障ったようだった。
《ベルセルク》は咆吼をあげて、大きく口を開く。そこにまた、光が収束していって――
「上っ等、じゃねーか」
良助の傍らを駆け抜け――ボロボロのラファルが、両手に備えた重火器を向ける。
機装はかなりボロボロだが、肉体的なダメージはそこまで多くないらしい。
言葉には覇気が満ちていて、歯を剥いて笑う目はギラギラしている。
「ハッ、チキンレースとしゃれ込もうぜ。俺ぁ、どこにも逃げねーよ!」
ラファルは、エネルギー砲をスタンバイしている《ベルセルク》の正面に陣取り、重火器を乱射する。撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って。この距離から全弾の命中。《ベルセルク》の血や筋繊維が弾け飛び、苦痛の悲鳴があがる。それでも、エネルギー砲の光は止まらない。重なって重なり続ける重厚な銃奏に導かれるように、光は強くなる。
WARRRRRRRR!!!!
グオオォオオオオオ!!!!
両者の声が重なり、昂ぶり、そして、そして――
ラファルは、口角を吊り上げた。
「――……俺らの勝ちだ」
突然、ベルセルクの顎が跳ね上がり、砕け散った。
エネルギー砲は天空を貫き、雨風を生んでいた雲を引き裂いていく。
「おー☆ 綺麗に入ったねぇ」
降り立ったのは、ジェラルドとゼロのふたりだった。
ジェラルドは相変わらずだったが、ゼロはちょっとだけ疲れているように見えて、
「あ、あのな、ジェラやん。ビルからビルの間に綱で足場作ってたなら、先に言っといてくれへんかな……」
「え? 最初に『小細工仕込んだ』って言ったでしょ♪」
「や、そうやけど……」
「それに、サプラーイズの方が嬉しくないかなぁ☆」
「嬉しいかどうかってのは……。あぁ、もう良い! もっかいやるで!」
ジェラルドは「仕方ないなぁ」なんてぼやきつつ、ゼロの千切れた命綱を掴む。
同時にゼロも我が身を浮かせて、
「っと……よろしくっ!☆」
ジェラルドはハンマー投げの如く遠心力をつけて、ゼロを《ベルセルク》へとぶん投げた。
「ほいさっ!任せとけ! もう一発、受けぇやぁ!!」
弾丸の如きゼロの肉迫。
強い打撃が《ベルセルク》の頬に叩き込まれ、巨体はコマの様にくるりと反転して――
●
「限定解除」
一度、首から提げた指輪に触れてから、呟く。
獲物が、こちらを向いた。
胡桃は目を細め、引き金に掛けた指に神経を集中させる。
エネルギー砲を辛うじて回避してから、この機会を待っていた。
ここで仕留めなければならない。これ以上の戦闘続行は、仲間の身が保たない。
しかし……どこを狙う?
どこを撃てば、止められる?
葛藤と迷い。呼吸が乱れ、頬に雨とは違う汗が伝う。
エネルギー砲を宿す口内をブチ抜ければ理想的だが、今は口は閉ざされ……
「――!」
胡桃は目を見開き、引き金を引いた。
ゴゥンッ! と重厚な音と共に放たれる弾丸。雨の帳を引き裂き、吹き荒れる風の中を突き抜け、
オフィスビルの窓を砕いてビルの反対側から飛び出して――
《ベルセルク》の『腐蝕して変色している頬』をブチ抜き、口内へと潜り込んだ。
途端。
ブシャァァァァ!!!
《ベルセルク》の口内で小さな爆発が起こり、光り輝く体液が、眼から、鼻から、耳から、口から、
裂けた喉から撒き散らかされる。
「……好き勝手し過ぎたのよ、あなたは」
胡桃はスコープから顔を上げて、小さく息を漏らした。
●
しかし、《ベルセルク》はすぐには倒れない。
その巨体を維持するためのエネルギーを吐き出しきるには、時間が掛かるのだろう。
――とはいえ、既に《ベルセルク》は暴れることもできないようだった。
本当に、のたうち苦しんでいるだけで。
大きすぎるだけの、無力な存在だった。
「貴様の夢に終わりが近い……」
Unknownは、そんな《ベルセルク》の肩に立っていた。
「……幸福な死を想え、その願いぐらいは叶えてやる」
果たして、その言葉を《ベルセルク》は理解したのだろうか。
偶然か、あるいは必然か。《ベルセルク》は、動きを止めて、片目だけでアンノウンを見下ろした。
最期の一撃は、切ないんだってさ。
Unknownが振り上げた斧は、雲間の陽光に照らされ、光った。
終