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ここは本物の久遠ヶ原学園ではないが、実物とまったく同じ形で存在している。
撃退士たちの前に立ち塞がる《もうひとり》たちもまた、実物とまったく同じ形で存在している。
ただここがゲートの中であり、《もうひとり》たちはディアボロというだけで、
本物とそれらの形や能力はまったく同じなのだ。
――いや。
同じであり、尚且つ、オリジナルの質を上回っていたとしたら。
それはもはや、《もうひとり》がオリジナルに成り代わった、と言っても過言ではない。
オリジナルがオリジナルたりうるのは、何故か?
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麻倉 匠(
jb8042)は廊下の壁を駆け上がり、視界が90度傾いた世界で疾走する。
しかし匠の視界は、ひとりだけ、90度傾いていない人影を捉えていた。
匠の《もうひとり》自身である。《もうひとり》もまた、
匠とまったく同じタイミングでまったく同じ行動をとり、壁を駆けているのだ。
「……自分と戦うって、なんか変な感じだね。……っ」
攻撃に移ろうとして、息を呑む。
匠が相手に向かって手のひらを突き出したのと、相手が匠に向かって手のひらを突き出したのは、
同時だった。
当然ながら、その指輪が生み出す魔法攻撃――我が身の周囲に出現する水の玉の個数さえもまったく同じ。
まるで、鏡を相手にしているかのような。
目を細め、そして攻撃を放つ。
相手もまた、攻撃を放ってくる。
《もうひとり》を襲撃し、そしてこちらに襲来してくる水の玉の軌跡は、まったく同じだ。
ゆえに空中でそれらは相殺されて、ただ水飛沫が弾けただけで終わってしまう。
匠は鎌へと武器を持ち替えると、一気に肉薄した。同じく《もうひとり》も武器を持ち替えていたが、構わない。
――次の瞬間、匠の体は《もうひとり》の背後にある。
瞬時に気配を消し、相手の後ろに回り込んだのだ。
目の前に《もうひとり》の背中があるということは、出し抜けたと言うこと!
「背後にも気をつけたらどう?」
巨大で無骨な刃を、たたきつける。
が、
「え……?」
ふっ、と姿が消えた。
そして背後に生じる気配。
これは、今自分がやった戦法と、まったく同――
「危ない!」
強引に、床へと引きずり下ろされた。背中を、鋭い風がかすめる。
匠は、自分を助けてくれた森田良助(
ja9460)に腕を引かれて後退するしかない。
匠の《もうひとり》は深追いしてこなかったが、代わりに、別の――良助の《もうひとり》が、
こちらに銃を向けている。
同じく相手へと銃――ヨルムンガルドを向けていた良助は、連続して引き金を引いた。やはり、
相手も同じく撃ってくる。
冗談のように宙で銃弾同士がぶつかり、火花をあげる。
しかし魔法と違い、銃弾の軌跡は同じとは限らない。
ぶつかることなく互いを掠め、軌道が乱れた弾が一発ずつ。《もうひとり》が放った一発は外れ、
良助の弾丸は相手の太ももへと直撃した。が、まったくダメージを与えられた様子はない。
「結構、手強いね」
良助は銃口を下ろしながら、喉を鳴らす。良助の《もうひとり》もまた銃を下ろし、同じ行動、
同じタイミングであることが本当に気味悪い。
悔しくはあるが、匠も同意見だった。
●
「我輩を模すとはいい度胸だな……。いやしかしもうちょっと禍々しい感じにならんかったか?」
人とは違う、生粋の悪魔のごとく容貌を持つ悪魔Unknown(
jb7615)だったが、
その面はまるで楽しい玩具を見つけた子供のように笑んでいる。
廊下の向こう側で、《もうひとり》の自分も同じような姿勢、同じように首をかしげ、
同じように尻尾を振っているのだ。距離があるので同じ言葉を吐いたかまではわからなかったが、
ちょっと楽しい。
とはいえ、戦闘においてそれは楽しいなんて言ってられない。
相手はこちらの動きを把握していると共に、多少の応用まで効かせてくる。
匠の奇襲に奇襲で返してきたのが良い例だ。
『どう行動するか』が見透かされ、同じか、同じ以上の動きをされてしまう。
すでに戦いが始まって幾らか時間が経過しているにも関わらず、未だに、
相手の数を減らすことすらできないでいた。
「こんな能力を真似だけの相手に…っ」
神谷春樹(
jb7335)は、Unknownの《もうひとり》に向かってスナイパーライフルを構え、
撃つ。狙いの段階では完璧に射線は通っていて、確実に相手の目を撃ち抜けるはず――だった。
しかし、弾丸は途中で、撃ち落とされる。
春樹の《もうひとり》が、ライフルの狙撃で迎撃したのだ。軌道と狙いを完璧に読み切ってるからこそ、
できる芸当。
《もうひとり》のライフルは、当然のように味方のUnknownを狙ってきて、
「狙いは頭じゃない……僕が狙うならほかの部位……。Unknownさん! 右へ!」
「わー恐ろしい。キャッキャウフフー」
なんてふざけたような物言いだったが、屈もうとしていた動きからすかさず横っ飛びに切り替え、
きっちり弾丸を回避するUnlnown。更にその不安定な状態で弓を構え、
矢を放ったのはさすがの一言だ。
その矢はUnknownの《もうひとり》の肩へと突き刺さり、よろめかせる。
隙を見逃さない。
「偽物がァ!」
殺意の塊のような声を出したのは、柚島栄斗(
jb6565)だ。
手にした自動拳銃をすかさずUnknownの《もうひとり》へと向けて、
立て続けに銃弾を叩き込んでいく。仲間が足止めした敵を、確実に屠って仕留めることこそが、
彼の役割なのだ。
しかしこれは、栄斗自身の《もうひとり》によって防がれてしまう。
弾丸の殆どを宙で弾き落とされ、それを越えて襲い来る弾丸。栄斗は舌打ちし、物陰に身を潜めた。
――さきほどのUnknownの行動は、春樹という仲間の声かけがあって初めて成しえたものだ。
つまりは仲間との連携。連携に連携を積み重ねることで、かろうじて《もうひとり》たちに一矢報いることはできている。
しかし、これではいつまでも終わらない。一矢報いただけで、その先に続かない。
最初からこの調子を変えられず、苦戦し、泥仕合が続いている。
「何か、大きなきっかけで……変わるな」
冷静に状況を分析した上で、詠代 涼介(
jb5343)はそう判断した。
手強く、困難で、不安定な状況だ。ひとつのきっかけで、一気に戦況が傾くことも十分にありえる。
そのきっかけとなり得るのは、涼介自身。
召喚で頭数を増やせる能力というのは、このような拮抗した状況では大きな力となる。
――そして涼介には得意な戦術がある。
「ひとりの動きを封殺する。その隙に、攻撃を頼んだ」
涼介は味方にそう声をかけて、距離を詰める。予想通り、涼介の《もうひとり》も前に出てきた。
召喚獣の召喚可能距離は半径10mという制約がある。しかし逆に言えば、
その範囲内ならばどこにでも召喚できるということ。
そう、例えば、相手の背後とか。
「ティアマット!」
自らの《もうひとり》の背後に現われる、巨大な召喚獣。
召喚獣に攻撃指示を出しつつ、涼介は振り返った。この場合、自分の背後にも敵の召喚獣が――
「――い、いない?」
代わりに訪れたのは、弾丸だった。
強引に割り込んできた良助の《もうひとり》が、涼介と、涼介のティアマットの両方を一度に銃撃したのである。
バレットストームだ。召喚獣へのダメージは召喚者へのダメージであり、二倍の傷を受けた涼介は大きくよろめいた。
ティアマットものたうち苦しみ、掻き消えてしまう。
そして。
このタイミングで、涼介の《もうひとり》が、涼介の背後にティアマットを召喚した。
匠と同じパターンだ。動きを読まれ、応用を利かされてひっくり返される。
敵ティアマットのアギトに、光が収束する。涼介にはわかる。アレは、サンダーボルト。
光が、放たれる。
涼介は強く目を閉じ――しかし、衝撃はなかった。
「あーあー痛いなァ……」
Unknownが、ティアマットの頭部を抱え込むように、庇っていた。
彼の身からは煙と焼け焦げた臭いがあがっているも、ニィと口角を吊り上げて不敵な嘲笑を見せている。
しかし。
忽然と、味方陣のど真ん中に、良助の《もうひとり》が出現した。
先ほどのバレットストームの影響で、一時的に全員が認識しづらい状態――潜伏状態となっていたのである。
もし、今。またバレットストームを撃たれたりしたら。
味方のほぼ全員が、効果範囲内に入ってしまっている。
良助の《もうひとり》は、引き金に指をかけて――
銃声が、虚構の学園へと響き渡った。
●
どさ、と倒れる撃退士。
――厳密に言えば、撃退士の姿形をした、《もうひとり》だ。
「丸見えなんだよね、僕!」
良助は自らの《もうひとり》の側頭部を撃ち抜いた銃を肩に担ぎ、ふふん、と鼻を鳴らした。
彼だけが、自らの《もうひとり》の潜行を看破し、その位置を確実に捉えていた。
――匠を助けたときに放った『ダメージのなかった銃弾』。
あれは、マーキング弾だったのだ。
「これは僕の鏡、だったんだね。……だから正確に同じ行動を真似てくるけれど、行動しか真似てこない」
なんとなく、良助は理解した。
匠を助けたときの銃撃戦は、相手もマーキングを撃ってきていた。それはこちらの行動を模倣したからだ。
しかし、もし『マーキングをする意味』までわかっていれば、当たるまで、
あるいはマーキング弾が尽きるまでは撃ってきていたはずなのだ。
結局《もうひとり》は『行動ルーチンを真似る』だけで、『行動の意味や理由』は空っぽ、ということ。
明確な意味、理由、意思がなければ、結局は勝てない、ということ。
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「ほらほらもっと頑張れ?」
栄斗の撃った弾丸は、自らの《もうひとり》の膝頭を突き抜け、砕いた。
《もうひとり》は崩れ落ち、しかしそれでも銃を向けてくるが――第二射が手首ごと得物を吹き飛ばす。
立て続けの第三射は肩に直撃し、着弾の衝撃でその身を仰向けに倒した。
「やっぱ偽物だなあ。お前が僕ならもっと愉しんでるぜ?」
口角を吊り上げる、栄斗。撃ち合ったことで彼の身も傷ついているし、膝も砕けている。
が、《もうひとり》と違って動きに停滞はない。
愉悦。ただただ相手を嬲りたい。
そんな強い『目的』を、《もうひとり》は持っていないし、理解もしないだろう。
それが自らの敗因であることすらも、わからない。
栄斗は《もうひとり》の砕けた膝を踏みにじり、更に引き金を引く。腹腔が抉れ、耳が吹き飛ぶ。
また撃つ。脇腹の肉が抉られ、指が千切れる。撃つ、片目が潰れる。撃つ、頭が削れる。
撃つ、身体が跳ねて痙攣する。
「――笑えよ? じゃなきゃ死ね」
一方的に言葉を叩きつけ、苦しげに開かれたままな《もうひとり》の口の中へと銃口をねじ込んだ。
「まあ笑っても殺すんだけどな?」
また一体、《もうひとり》が潰えた。
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「くっ……」
春樹の腕や肩を弾丸が穿つ。視界が霞む。気を失ってしまいそうな激痛に膝をついて、
取り落としたブレイジングソウルはヒヒイロカネに戻ってしまった。
『もうひとり』が攻撃を緩めてくれるはずもなく、銃口は向けられる。
が、横手から飛んできた矢が、《もうひとり》の腕と脚に突き刺さった。
「ウフフーホラー大当たり……あっやべえ」
Unknownが注意を引いてくれたのだ。が、彼は彼で自らの《もうひとり》を相手にしており、
「わ−まてー、つかまえてごらんなさーい」とか言いながら追いかけっこしている。
Unknownの《もうひとり》でさえどこかふざけている感じなので、あの空間だけ、なんか空気が違う。
なににせよ。
春樹と、春樹の《もうひとり》は同じような状態だ。
腕を負傷し、膝をついている。
ヒヒイロカネとなった得物が、足元に落ちている。
両者は互いを睨み付け、同時に動き出した。
歯を食いしばり、脚に力を撓め、立ち上がる。
その際、掬い上げるように足元のヒヒイロカネを手に取る。
銃を出現させ、汗と血でべたつく手で銃把を握り直す。
ここまでは、間違いなく、同じタイミングだった。
「――自分には大切な人との繋がりが、撃退士としての誇りが、帰るべき場所がある」
春樹は、《もうひとり》の額に銃口を押しつけながら、淡々と声を出す。
『もうひとり』の腕は、未だ春樹の額に向かう途中で、止まっていた。
「それが無い自分になんて絶対に負けない」
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「俺の戦法は、相手が自分の周囲をまとめて攻撃できる能力を持っていた場合は、自殺行為になるらしい」
涼介は、対峙する自分の《もうひとり》に、言葉をかける。
「お前らと戦えたのは、良い経験だった。助かった」
しかし、《もうひとり》は無反応だった。
涼介は肩を竦めて――ティアマットを出現させる。同時に、《もうひとり》もだ。
《もうひとり》がティアマットを出現させたのは、涼介の背後。
「考えてみたんだ。この弱点の原因のひとつは、『攻撃のワンアクションの機会を相手に与えていたこと』じゃないか、と」
涼介は冷静だった。後ろでサンダーボルトの光を感じても、冷静なままだ。
「――だから、こうしてみた」
瞬間。
《もうひとり》の身体は、『押し潰された』。
涼介がティアマットを召喚したのは、半径10メートル以内である、《もうひとり》の真上だった。
ティアマットの巨体は軽く200kgを越えており、召喚と同時に重力に引かれて落ちたのだ。
当然、涼介の背後の敵ティアマットは、消失した。
「まぁ、次もうまくいくとは限らないし、どうせお前は昨日の俺だ。――気にするな」
涼介は潰れた《もうひとり》に背を向けて、仲間達の方へと歩み戻った。
●
「それじゃあ、破壊するね」
《もうひとり》が全滅すると、虚構の学園は消え去り、ゲートのコアが露わになった。
匠は影手裏剣を手にすると、鋭い風音を立ててそれらを投擲する。幾つもの刃は停滞なくコアに埋没し、
切り裂き――破壊する。
ガラスが砕け散っていくように白色の世界は消失していき、気がついたときには、撃退士たちは草原に佇んでいた。
「ゲート破壊はかーい……。ン、眠いな」
Unknownの終始変わらなかったマイペースな言葉に、緊張の解れた一行からは笑いが漏れた。
「傷の深い人だけ応急手当しておこうよ! ほら、こっち来て。こっち座って!」
良助もまた元気よく、そして明るく全員に声をかける。
今回は誰も重体者が出なかったし、多少の傷はこの場で癒やすことが出来る。
変化球な任務ではあったものの、全員がこうして無事に戻ってこられたのだ。空気は和やかである。
しかし匠はその和から少し離れて、自分が先ほど破壊したコアが存在した辺りを、振り返る。
「自分たちと戦うって、意味が――」
あったのか、なかったのか。
それを決めるのは、自分だ。
そしてその答えに、正解はないのだろう。
オリジナルがオリジナルたりうるのは、何故か?
終