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マスター:NaggyROSTER
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/13


みんなの思い出



オープニング

 ここはどこかの商店街。
 品揃えも普通、活気もほどほど。大型店舗を仰ぎ見る、ごくごく普通の商店街。
 ただひとつ違うのは。
「天魔が出たぞー!」
 なぜか毎回、妙ちくりんな天魔に狙われる。
 そんな商店街である。

 ベーカリーショップ『ガントレット』のバイト店員エイタは、久遠ヶ原学園に通う撃退士でもある。
 拳撃を修める阿修羅として、自慢のパンチ力をパン生地作りに活かしながら、苦手な販売接客も頑張る好青年。そのお陰で新学期には時給もアップされると聞かされ、否応にも気持ちは高揚していた。
 そんな彼だからこそ、商店街に現れる天魔の撃退もまた、己の仕事として励んでいた。
 今回も愛用の手甲を顕現させ、商店街の人々の為に飛び出していく。

 現れた天魔は六体のサーヴァント、それも下位の屍骸兵のようだ。商店街の中央にある噴水広場に陣取って、誘うように周囲を睨みつけている。視界良好、足場健在、戦うにはもってこいの舞台だ。
 アウルの力がその両手に高まるのを感じつつ、エイタは放たれた矢の如く屍骸兵へと突撃していく。こちらに気付いているかいないのか、屍骸兵は応戦する気配を見せない。所詮は理性を持たない獣同然。エイタの頬がゆるむ。

 一撃粉砕。引き絞られた右ストレートが屍骸兵を射程に捉えた時、エイタの目が不可解なものを捉えた。
 屍骸兵の胸に埋め込まれた、四角い板のようなもの。そこには『0』が並び、まるで部活で見る、点数を示す掲示板のようだ。だが、それにしては桁数も多い。一瞬、エイタの胸に疑念が広がる。
 だが。倒してしまえば問題ない。学園とバイトで鍛えた渾身の拳をしっかりと握ると、エイタはそれを――抉り込むように突き出した!

 ばい〜ん。

「なッ!?」
 異様な感触と衝撃。勢いそのままに弾き飛ばされたエイタは、尻もちをついたまま呆然としていた。
 エイタの全力の一撃などどこ吹く風か、屍骸兵は反撃のそぶりもせずにそこに立つ。
 そして、胸の得点板――それは、文字通り得点版であったのだ。そこに記された数字は『100』
 その表示と屍骸兵の姿を見比べ、エイタは悟った。
 この天魔は、『一定以上の高威力でないと破壊できない』のだと。
 そして、数値化された己の実力をまざまざと見せつけられて――エイタは、燃え尽きた。

「久遠ヶ原学園に連絡だ!」
 一部始終を見ていた商店街の人々が、携帯電話を片手にざわつきはじめる。
 そして。
 商店街からの救援要請は、君達へと託されたのだ。


リプレイ本文

●それぞれの気持ち

 彼は燃え尽きていた。
「……言わぬが花ってな」
 同じ男なら、声をかけぬのも武士の情け。ライアー・ハングマン(jb2704)はそう判断して、あえてエイタに声をかけなかった。やるべき事はひとつ。彼の為にも、目標を無事に破壊するだけだ。
「胸に数字、ね……得点板なぁ」
 麻生 遊夜(ja1838)もまた、あえてエイタに絡むことはしない。たとえ儚くとも、男の子には意地があるのだ。色々と思い浮かぶあれやそれやに脳内で目をそらしながら、頷く。
 そんな遊夜にぴったりとくっつき、来崎 麻夜(jb0905)は今回のターゲットを眺めていた。撃退士の攻撃力の平均でも取りにきたのだろうか? だとすれば、容赦なく殲滅した方が後々の為である。
「……んー、気付いてない内に終わらせてなかったことにしてあげる?」
 そんな面々とは別の思惑で、エイタに声をかける者もあった。セレス・ダリエ(ja0189)とロジー・ビィ(jb6232)のふたりである。
「……エイタさんの攻撃力は武器です。1人では無理でもロジーさんと私……そしてエイタさんの攻撃を同時にぶち込みましょう」
「1人では無理だったことも、仲間と一緒なら成し遂げられることもありますわ。どうぞもう一度、エイタのその力を貸して欲しいのです」
 セレスの言葉をロジーが継ぐ。そして、しかと宣言した。
「さぁ、一緒に戦いましょう!己と仲間の力を信じるのですわっ!!」
 ……。
 …………。
「……燃え尽きてる」
「燃え尽きてますわね」
 殴ってでも無理やり声を届かせようか、一瞬迷うも今は諦める事にした。これから仲間たちが戦う内に、目を覚ますこともあるだろう。
 今回は撃退士チームとしては大人数での作戦だ。各々、想う事柄は違いもする。
「……どんな能力でもやることは同じ、全力で撃ち抜きますの」
 橋場 アトリアーナ(ja1403)の目的は明確だ。敵は殲滅する。それだけ。
「決して一撃に自信があるわけではないけれど……やり方次第では威力は出せるかな」
 護り手としての才を持つリチャード エドワーズ(ja0951)だが、力を試せる場と聞いて、遅れをとる訳にはいかない。
「打ち破って見せるよ、その守り」
 きっぱりと宣言した。
「うーんパンチングマシーン型の敵でありますか、拳を修めるものとしては挑戦するべきでありますが、数値化されるのはなかなかに厳しいものであります」
 メンバーの中では経験の若いアンリエッタ・アルタイル(jb8090)の心中は複雑だ。自分に繰り出せる技の数は限られている。だが、その中で最良の結果を残せれば、それは間違いなく勝利であろう。
「相手の攻撃力を測定するだけのサーヴァントかい? こんなものを使って、こちらの戦力を測ろうとでもしているのかね」
 敵の外見情報から性能を推測しつつ、カティーナ・白房(jb8786)は眉根を寄せた。天使の戯れにしては悪趣味すぎる。よほど倒錯した嗜好の持ち主が創りだしたモノに違いない。
「まあいい、それなら度肝を抜いてやるまでさ」
 仲間の充実度は必要以上。後は、より的確に作戦を遂行するまでだ。
 もっとも、この不条理な状況を半ば受け入れたメンバーも居り。
「時々変な天魔出てきますよねぇ。今回のはパンチングマシーン?」
 Rehni Nam(ja5283)の表情は、台詞ほどには曇っていない。手にしたのは今回集まったメンバーの生まれた祖国の国旗。これだけの戦力が集まった今、彼女は応援団としてこの状況を楽しむつもりでいた。
 この作戦は戦闘依頼ですか?
 いいえ、半分以上コメディです。
 愉快な悪夢を楽しんだら、さっさと目覚めてしまいましょう。
「それじゃ、始めるとするか」
 遊夜の掛け声が合図となる。
 撃退士の破壊力を試す時が、始まった。

●ふたりの夜

 先陣を切ったのはこの二人だった。
「先輩にいいとこみせるんだ」
 クスクス。
 麻夜の笑みは、傍から見れば悪巧みや悪戯といった風情を思い起こさせるものである。
 実際の所それは間違いで、更に根の深いものなのだ。
 先輩――遊夜が、彼女の一挙一投足を見つめている。見つめているはずだ。いや、絶対にそう。そうでなければならない。なぜなら先輩は麻夜の唯一最高絶対至高の先輩なのだから。先輩は麻夜だけを見つめて麻夜の側に居なければいけなくて麻夜はそんな先輩の隣に永遠に彼方まで一緒で最初から最後までの全ての瞬間を体感して体験してそれはとてもたのしくてうつくしくてすばらしくてすてきで――。
「先輩に触れていいのはボクだけなの……ボクに触れて良いのも先輩だけなの……」
 アウルの漲りが、感情が、麻夜の肉体を変容させていく。アウルの幻影で形作られた漆黒の犬耳と犬尻尾が、麻夜が戦闘態勢――Change Houndを発動させた事を表していた。
「今宵も嫉妬の鎖が滾るよ――」
 同行者であるライアーも扱うレヴィアタンの鉄鎖は、麻夜の手にあって更に禍々しさを増していた。許容量を超えたアウルの軋みで、鎖が悲鳴の如き軋みをあげる。もう、抑えきれない。
「さぁて、耐えちゃうかな?絶えちゃうかな?」
 抑えられぬ嗜虐心。先輩に見守られているという至福の高揚感。気持ちの迸りに呼応するように、鎖が一際大きく軋み、麻夜の腕に絡みついた。
 ――ミシリ。
「“Downfall Gloria”」
 麻夜の腕に血の華が咲いた。
 それは瞬く間に収束すると赤黒い一丁の銃となり、肉体の延長たるそれを構えた麻夜は、クスクス笑いを貼り付けたまま――放った。
 一撃――【ゴ】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】――屍骸兵は、健在。
「ッ!」
 反射に身構えた麻夜を、庇う大きな背があった。
「おおっと、よーし」
 激しい衝撃をいなしながら、遊夜はしかし余裕であった。否、余裕で在ろうとした。麻夜の攻撃は決して並の威力ではない。破壊こそ逃したが、撃退士としては一線級である。
 だが、ここで痛みを見せるわけにはいかないのだ。
 麻夜が悲しんでしまうから。
 それは駄目なのだ。
「先輩……」
「もうちょっとだったな。破壊ラインは大体七万点ってとこか」
 慰めはしない。それは麻夜を傷つけるから。こくりと頷く麻夜にこちらも頷いてみせて、遊夜は両足を、今一度踏みしめた」
「んじゃまぁ一発、普通に撃ってみるか」
「先輩……!」
 そのクールでスマートな姿に、麻夜は――惚れた。
 そして遊夜の出番である。
「キャー先輩! 頑張ってー!」
 熱烈な応援にもつとめて冷静に。いつものように変わりなく。
 愛用の双銃は、いつものように両手に馴染む。麻夜のかしましき応援を背に受けながら、遊夜は散歩でもするように、自然にステップを踏んだ。
 一、二――瞬速。
 慣れ親しんだ近接銃撃格闘術の専門知識が、遊夜の肉体を最適な態勢へと導いていた。夜会のダンスのように麗しく、百人殺しのガンマンのように猛々しく、繰り出すは“霧夜の絢爛舞踏”。
 神速のリロードによりほぼ同時刻に放たれた三発の弾丸が、屍骸兵の身体を抉る。
 顔面、胸、腹。弾丸が、それぞれの急所を的確に穿つ。
「撃退士、舐めんなよ」
 呟きは、自信と確信の証。
 災いを断つ必殺の弾丸は、その勢いを削がぬまま、その背後まで一直線に貫通した。
 ――【ハチ】【ハチ】【ハチ】【ゼロ】【ゼロ】――屍骸兵、崩壊!
「おー」
「先輩っ最高ーっ!」
 はしゃぐ麻夜に『なんでもないさ』というように肩をすくめてみせて、遊夜は双銃の握りを確かめる。
 今回の屍骸兵はこれで倒せた。では、次は? これが天使の実験だとすれば、本命は更に強大なはずだ。その時、自分の力は、大切なものを守れるだろうか。
 更に成長しなくては。守るべきものたちの姿を脳裏に浮かべ、遊夜は深く頷いた。

●吊るす者と騎士

 破壊の宴は続く。
「さて、それじゃお仕事と参りますか」
 どこか気の抜けた宣言とは裏腹に、ライアーの手にある紺碧の魔鎖が、ミシリと音を立てる。
 嫉妬の悪魔の名を冠した忌まわしき武器は、手にした者を魔の側に強く惹き寄せる。天使の従者たるサーヴァントである屍骸兵を前にして、鎖は生贄を欲していた。
「普段は隠れて戦わなきゃすぐに落ちっからなぁ」
 ナイトウォーカーたるライアーの戦い方は、闇と共にある。普段ならばこのような光の下で戦うことなど言語道断なのだ。だが、今回は違う。
 敵は逃げない、誘っている。ならば、全力で相手をしよう。
「今日も俺のレヴィアタンは荒れ狂ってるぜぇ!」
 両の獣耳が天を仰ぎ、歪んだ黒骨の翼が、アウルの風圧に揺れる。
 レヴィアタンを手に、一歩、にじり寄る。逃げないことは判っているが、間合いを外されないとも限らない。慢心が最もいけないのだ。
 絞首刑の執行者(ハングマン)は驕らない。自らが施す刑罰の大きさを知っているが故に、誠意をもって咎人を吊るす。
 それが、最期を与える者の覚悟なのだ。
「まずはノックといこうかね。そらッ」
 レヴィアタンを鞭として袈裟懸けに叩きつける。単純な打撃は、ライアーが悪魔であるからこそ、強烈な衝撃をもって屍骸兵を襲った。殺ったか――否。

 ばいーん。

「うわっち!」
 こちらへ跳ね返ってくるレヴィアタンをかわし、ライアーは思わず舌打ちした。息を整え、肩を竦める。
 屍骸兵はまだ立っている。胸に得点が表示されていた――【ロク】【サン】【サン】【ゼロ】【ゼロ】
「六万三千ちょいってとこで、それでも不足ってわけか」
 さすがに通常攻撃で撃破してくれるほど、やわな出来ではないらしい。面白い。ライアーの頬に嗜虐的な笑みが浮かぶ。なら、全力でやらせてもらおう。
「とはいえ、ちぃと不安要素はあるが」
「その隙間、埋めさせてもらうよ」
 んあ? と振り返った先、臨戦態勢で剣を構えていたのは、リチャードである。
 護り手として、得点不足で吹き飛ばされる仲間へのサポートを担っていたリチャードだったが、滾る騎士の血はやはり剣を求めていた。ライアーと目を合わせ、しかと頷く。
「よーし、頼むぜ!」
「任せて。打ち破って見せるよ、その守り 」
 身の丈を越える長剣ツヴァイハンダーが、アウルの高まりに呼応して鈍く鳴いた。絶対鉄壁の『不抜の要塞』も、この時ばかりは攻め手である。
 リチャードは騎士の国に生まれ、騎士となる為ここに在る。この身体に流れるハイランダーの血は、模範たる騎士たれと、常に彼に語りかける。
 さすれば照覧あれ! 金色の光流の渦の中に立つ獅子騎士リチャード エドワーズの姿を。その手にしたツヴァイハンダーに幻視する、獅子の威光を!
「おおおおおおおおおおおおおおおう!」
 助走をつける。屍骸兵の左側を目標として、大剣を腕のごとく自在に操り、駆ける、駆ける、振り上げる!
「いいねぇいいねェ! 続かせてもらうぜ!」
 対する右側面から迫るライアーの腕、レヴィアタンを握る手に、狐を模した刺青が浮かんでいた。否、それだけではない。脚、肩、頬、額。そこかしこに『嘘つき』を現す狐の文様が浮かび上がっている。
 Greed Seeker――強欲の名の元に冥府の風を纏い、ライアーは適切な距離を開けた上で、屍骸兵に向けレヴィアタンを振るう。
 回転する魔鎖が螺旋を描く。それは魔道の通り道であり、彼の必殺の銃口。敵を睨み、吠える。
「Endless Gluttony――!」
 ライアーの全身を覆う刺青が、一瞬にして蝿の文様へと変質した。レヴィアタンで象った螺旋の中で凝縮された濃密な闇が、一筋の弾丸となり、放たれる!
「行けッ!」
「おおおおおッ!」
 リチャードが振り下ろした大剣が屍骸兵を刻む瞬間、闇の弾丸もまた、標的を穿っていた。
 ――命中。即座に防御態勢を取るライアーとリチャードの元に、反動の衝撃は帰ってこなかった。
 回転する得点板――【ク】【ク】【ク】【ク】【ク】――そして崩壊!
「お?」
「どうやら……最大得点を突破したみたいだね」
 瓦礫のごとく崩れ去った屍骸兵の前で跪き、リチャードは祈る。この屍も、昔は人であったのだ。それを戯れに利用する悪しき天使は、許すこと叶わない。
「ま、これで一体クリアだな」
 レヴィアタンを収め、ライアーがにやりと笑う。
 ――執行完了だ。

●撃

 両の足で、しかと地面を踏みしめる。
 成長期を忘れてきたようなアトリアーナのちいさな体躯は、しかし威圧感さえ伴うようなアウルの圧力に満ちていた。
 揺れる赤のリボン。そよぐ黒のリボン。撃退士として戦い続ける意思が、一撃を与えよと語りかける。
「抑えて、抑えて……」
 高まる感情を、自己暗示で抑えこむ。戦場では、冷静さを失った者から死んでいく。怯えや焦りを出さぬよう、心を平坦に、歯車のイメージで覆い尽くす。
「抑えて……」
 アトリアーナの瞳から、人らしい輝きが薄らいでいく。まなざしは鏡のように研ぎ澄まされ、殲滅目標だけを見つめていた。
 胸に得点板を付けた屍骸兵という冗談のような存在は、戦うこともせず、かといって逃げ出すこともせず、ただ、そこに居た。彼らは待っているのだ。その体躯に渾身の一撃が叩きつけられる瞬間を。
 ならば、見せよう。
「……ッ!」
 アトリアーナの腕に装着されたグラヴィティゼロが鈍く光る。超接近戦用零距離突撃兵器。何もかもを破壊するバンカーの切っ先が、屍骸兵の一体へ向いた。
「……撃ち抜く」
 アウルの力が全身に満ちる。練気――阿修羅が修める強化術。基礎にして基本。敵を屠るのに小細工は要らぬのだ。威力を上げ、命中を見極め、殴る。
 それが橋場 アトリアーナという兵器だ。
「ただ、全力で」
 仲間たちの前例の通り、屍骸兵は避ける様子もなくそこに在る。ならば覚悟は出来たと見よう。凶器たる左腕を振り絞り、閃光のスピードで間合いを詰めた。
「――!」
 乾坤一擲。
 技術も流派もなにもない単純な左ストレートが、隕石の勢いをもって屍骸兵に突き刺さる。インパクトの瞬間、グラヴィティゼロの鉄杭が開放され、凝縮された衝撃の余波が、爆音となって辺りを満たした。
 噴出した粉塵が視界を覆う。屍骸兵は? 左腕の一振りでそれらを切り払い、姿を探す。
 視界の先に奴は居た。身体五つ分は吹き飛ばされているだろうか。インパクトの衝撃で四肢を飛ばされ、頭も半ば崩壊していた。ただ、胸の得点板だけが、不気味な程に無傷である。
 ――カタカタカタカタ。
 得点板が動き、数字を刻む。
 ――【ハチ】【サン】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】
「……八万三千点」
 過重圧で熱を帯びたグラヴィティゼロで風を切る。
 抑えていた感情が少しだけ緩んだ。嬉しげに目を細める。
 勝った。
 屍骸兵は得点板もろとも崩壊! 記憶に刻まれた点数を胸に、アトリアーナは微笑んだ。

●一方その頃

 商店街に国旗が踊る。

 頑張れ頑張れもっと熱くなるのです、燃え上がるのです(Hey!)
 賢しらぶって諦めちゃいけません、
 冷めた真似なんて逆にダサいのです(Hai!)
 死力を尽くしてこそ人は輝くのですから、
 何度だってぶつかればいいのです(So!)
 生きていて、そして意志さえあれば人は先にいけるのですから!
 だから、立ち上がるのです!(Wow!)
 これが限界、なんて思っているうちはまだ限界じゃないのです(Hey!)
 大丈夫、貴方なら超えられる、
 今までだって、そう、
 昨日の貴方は、今と同じでしたか?(No!)
 一昨日の貴方は?一年前の貴方は?
 今が本当に限界だったら明日なんて無い(Yes!)
 成長なんてないのです、
 だから大丈夫、絶対大丈夫!(Wow!)

 一撃殺獣☆コメットさん。
 只今全力応援中ミ☆

●破壊は続く

 一方的な戦いは、折り返し地点を迎えていた。
「うーん、やはり今のアンリでは正面だといかんせん攻撃力不足であります!」
 拳による試しの一撃があっさりと反射され、アンリエッタは悔しげな顔で立ち上がり、装束についた埃をはらう。乙女ならば常に清潔に、それが嗜みなのだ。『普通の生活』を望んだ、とても普通とは言いがたい両親の面影が頭をよぎる。アンリエッタが巡り巡って撃退士になったのは、その両親から受け継いだ好奇心の結果である。そして、このパンチングマシーンじみた化け物は、とても興味深い。
「背面腎臓打ちとか狙えれば完璧なのでありますが……さすがにインチキは良くないでありますね」
「既に死んでいる相手に対して、急所攻撃が有効かどうかは一考に値するな」
「白房さん! 見極めは完了したのでありますか?」
「ああ」
 母譲りの狐耳をぴくりと動かし、カティーナは頷く。これまでの仲間たちの攻撃をつぶさに観察し、屍骸兵の『仕様』はおおむね把握できた。強い破壊力を叩き込むごとに合体攻撃の適応間隔は微増し、合計得点が七万を越え八万に達する段階で崩壊する。製作者の悪趣味さを考えるにつけ、崩壊の設定値は七万七千七百とか、そういう験を担いでいる可能性が高いだろう。
 そこまで把握して、カティーナは己が腕とアンリエッタを順に見た。撃退士として成長期にあたるアンリエッタには、この一戦でひとつ経験を掴みとって欲しい。また、アカシックレコーダーとしての研鑽を積んでいる途中なのは、自分も同じだ。そう、端的に言えば、火力が足りない。
 自分と周囲の状況を冷静に把握するのは、幼い頃から“確りせねば”と己に任じてきたカティーナの癖である。不足や弱点も目をそらさず見つめる。それを克服してこそ撃退士である。
 ならば。
「おやおや、私の出番でしょうか?」
 高々と掲げられた旗を大きく振り、Rehniが笑う。
「助力をお願いするであります!」
「宜しく頼むよ」
 Rehniを招き入れ、カティーナは早速、得物である護符にアウルの力を込める。だが、共闘するはずのアンリエッタは、別の方向を向いていた。つられてカティーナもそこを見る。
 アンリエッタの見つめる先には、先ほど屍骸兵を吹き飛ばしたアトリアーナの姿があった。その腕で威容を発する杭打ち機に、アンリエッタの視線は吸い込まれていた。
「あれがパイルバンカー、撃退士だからこそ運用可能な兵器で最短距離を直線的に撃ちぬくというコンセプトは、ジークンドーにも繋がるであります!」
 先ほどの猛攻を見ていたのだろう。アンリエッタの頭に閃くものがあった。両親から受け継いだ格闘術の才が最適な構えを弾き出す。正式なジークンドーから荒々しいボクシングのへ、スタイルが槍のごとき直線のものから、鉈のような振り下ろすものへと変わった。
「橋場氏の武器の破壊力に力負けしない広いスタンスと武器ををコントロールする技術、実に精妙であります、ならば」
「よし、攻撃間隔五秒以内で連続的同時攻撃を仕掛ける。レフニー!」
「任されました。アン、ドゥ、トロワ!」
 Rehniの周囲に、どこからともなく霧が張る。それは微小な光の粒であり、彼女のアウルの活性の印であった。
 満ちた光霧の奥で、蠢くような音がした。それはやがて轟音へと変わり、うねり、決壊するようにその正体を現した。
「――コメットーっ!」
 怒涛のごとき隕石の集団が現れ、魔力の尾を引きながら屍骸兵へと殺到する。重い一撃が、ひとつ、ふたつ、みっつ、やがては数える事など不可能なほど、無数に打撃を加え続ける。
 命中、命中、更に命中。木偶の坊のごとく立ち尽くしながら攻撃を受け続ける屍骸兵の背後に、彼女は居た。
「両面から打撃を加える事で衝撃は増幅される筈。仕掛ける――」
 両足に迅雷のアウルを、肉体に疾風のアウルを。閃滅の魔技を操り、カティーナは屍骸兵の背後から、止まる間もない連打を浴びせる。彼女の全身は淡い緑色の魔光に彩られ、一陣の烈風の如く敵を打ち刻む。
 同時攻撃は成功している。あとひと押し。その発現者は空に居た。
 Rehniの放つ隕石の上、飛び上がった状態で巧みに重心を制御し、右拳の狙いを屍骸兵に定める。細い腰をひねり回転をつけ、更に落下のエネルギーをも味方とし、杭打ち機のイメージをもって――振り抜く!
「この変則ストレートを……橋場式バンカーナックルと名付けるであります!」
 打撃音は重かった。
 屍骸兵の頭蓋が、深く、拳の形に凹んでいる。
 ――【ナナ】【ナナ】【ハチ】【ゼロ】【ゼロ】――屍骸兵、崩壊!
「良い練習台だ、これは。学園で似た物を造れないもんかね」
 カティーナがひとりごちる。もっとも、その時はこの程度の基準点では使い物にならないが。
 撃退士は成長し続ける。今までも、これからも。

●手を携えて

 繋いだ手と手は何よりも強い。
「セレス、行きましてよっ!」
「私たちの力……見せ付けてやりましょう……」
 視線を合わせて握手をかわし、ロジーとセレスは互いの得物を空に掲げた。
 重く、分厚く、頑丈な両手剣を、細身の女性であるロジーは、腕の延長のごとく扱っていた。ルインズブレイドとしての破壊能力を試す為、微笑みと共にアウルを放つ。
 対するセレスは魔術の権化たるダアトである。手にするそれも刃ではなく、雷の意匠を表紙に刻んだ書籍であった。主の号令を待つ雷霞の書が、アウルの高まりを受け開き、呪術文様の記された本文を覗かせている。
 本来ならばここにエイタを加えて三連撃と行きたい所なのだが……彼は未だ灰の如く燃え尽きたままである。肩をすくめたロジーは、静かに書を撫でるセレスに目配せした。
「……私自身も攻撃力は無いですが……それでも、行きます」
「1人では無理だったことも、仲間と一緒なら成し遂げられることもありますわ」
 セレスの台詞は、ロジーの呟きは、はたしてエイタへ届いただろうか。
 いや。届いたと信じ、そして実行してみせよう。
 親愛の力は無敵なのだ。
「あたし達の本気、見せて差し上げましょう」
 ――疾走。
 大剣の重さなど無かったかのように、ロジーが屍骸兵へと肉薄する。突進の勢いのまま、大上段に振り上げられたツヴァイハンダーがアウルを纏い、戦士の雄叫びのごとき刃鳴りを響かせた。
 狙い定める。
 振り下ろす。
 一刀両断。
「――ッ! セレス!」
「……ロジーさん……行きます……全てを破壊し尽くす為に……!」
 得点不足の反射を力任せに押さえつけるロジーに、頷きを返すセレス。
 魔性の力へと変換されたアウルの波動が彼女を覆う。セルフエンチャント。友と放つ最大で最高の一撃の為に、準備は怠らない。
 そして、ロジーの剣技も、その為の準備であった。一刀両断の剣気により、屍骸兵に宿るカオスはフラットに均され、天界の性を持つロジーの剣は、更に鋭さを増すのだ。
「そして敵は粉々ですわ。素敵なオブジェにして差し上げましてよっ!」
 駆け出すロジー。呆れるほどに回避も逃走もしない屍骸兵の背後へと至り、やや距離を開けながら再び剣を振り上げた。爆発的なアウルの力が、大剣の切っ先へと収束していく。
「行きますわよ、セレス!」
「ロジーさん……!」
 振り下ろされた剣から、黒光の衝撃が溢れ出る。荒れ狂う濁流に似た魔光は、屍骸兵を背後から飲み込んだ。
 そして、セレスも。
「灰燼と還れ」
 魔書をめくる手を止める、差し出す、掌を向ける。
 力を込める、アウルを満たす、放つ。
 ――轟。
 衝撃の轍が大地を抉った。
 炸裂掌。衝撃を生み出し放つ、単純で、だからこそ恐ろしい魔法が正面より屍骸兵を殴りつける。
 二方面からの強力な衝撃に、屍骸兵の肉体が軋んだ。その顔面が、腕が、脚が、ミシミシと押しつぶされていく。そして、胸の得点板が怒涛の勢いで回転し初めた。
 ――【ロク】【イチ】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】――崩壊しない。足りない!
「そんな」
「く……」
 眉をしかめ、来るべき衝撃に備えた、その時!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 それは流星であった。同時攻撃の猶予時間の零コンマ一秒前に突き刺さる、手甲によるストレートパンチ。穿たれた得点板が、廻る!
 ――【ナナ】【ハチ】【ゼロ】【ゼロ】【ゼロ】――屍骸兵、崩壊!
「……エイタさん」
 セレスの声に、彼は振り返った。気恥ずかしそうに笑うと、燃え尽きた姿など過去に捨て、親指を天に突き立てた。
「ナイスアシストでしたわ。やはり撃退士とはこうでないといけませんわね」
 大剣を肩に背負いロジーが頷く。エイタも続き、セレスもまた。
 二人の少女の共闘は成功し、少年もまた、拳に光を得たのであった。

●仕上げ

 そして、そこには一体の屍骸兵だけが残った。
 カティーナの生み出す刻印が、Rehniの賦活の力が、橋場の火力を上乗せする。
 遊夜がそれぞれの銃を構え、それをうっとり見つめる麻夜の手で、鎖が鳴る。
 リチャードが大剣を構え、ライアーが今一度鎖を引き絞り、セレスとロジーが、視線を絡めて微笑み合う。
 その輪の中にはエイタも居た。自分より遥かに強く、賢く、向上心に満ちた仲間たちの中に、入ろうと思った。居ようと思った。
 墓標の如く立ち尽くす屍骸兵を皆で囲む。息を合わせる。
 そして放った。

 全ての威力が合わさり、
 爆音が収まったその後、
 悪夢は、この世界から消えていた。
 跡形もなく、彼らの手により、消し去られたのだ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
鉄壁の騎士・
リチャード エドワーズ(ja0951)

大学部6年205組 男 ディバインナイト
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
絶望の中に光る希望・
ライアー・ハングマン(jb2704)

大学部5年8組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
撃退士・
アンリエッタ・アルタイル(jb8090)

中等部1年2組 女 ナイトウォーカー
アナザー・テラー・
カティーナ・白房(jb8786)

大学部6年150組 女 アカシックレコーダー:タイプA