●はっけよい
「あー、てれびで見た事あるぞー、格闘技の一種だろー?」
常世の常識に疎いルーガ・スレイアー(
jb2600)がそんな感想を漏らすほど、その空間は『土俵』であった。
もともとあった噴水も、フリーマーケットの品々も、等しく平らにならされて、円形の空間を作り上げていた。
その中央に鎮座する異形の力士は、感情を宿さない濁った瞳を虚空に向けたまま、何かを待つように佇んでいる。
「なんかアレみてると、去年の暮れあたりに同じような屍骸兵の事件に関わった時を思い出すね」
「そういえば、あれも屍骸兵でしたね」
猪狩 みなと(
ja0595)とメレク(
jb2528)は、そんな会話を交わしながら、立入禁止のテープを『土俵』の周囲に張り巡らせていた。
やけに天魔慣れした商店街の皆様は近づきこそしないが、好奇心旺盛にこちらを見つめている。万が一は避けたいところだ。
「特に根拠があるわけでもないんだけどさ、その時と同じ『ニオイ』を感じるよ」
目に険しい色を宿し、みなとが屍骸兵を見遣った。
複数人の肉体を使ったのであろう継ぎ接ぎの身体は、とうてい力士に例えられようはずがない。冒涜の極みである。
「ん〜、天使か悪魔か知らないけど、なんか悪趣味な人形を作ったものね。もっとこう、継ぎ接ぎじゃなくて、筋肉美を前面に出すとか?」
思わずツッコミを入れる雀原 麦子(
ja1553)に。
「醜悪な外見だが、やってることは相撲リスペクト……なのか? 若干相撲を舐めている気がしなくもないが」
エルザ・キルステン(
jb3790)の辛辣な評価が続いた。
「単なるゾンビなら殴れば済むんだけど、あきらかに硬そうだよね」
「そのための作戦だ。幸い、こちらには『適任』の者が居る」
エルザの見つめる先、ちいさな相撲取りが、そこに居た。
入念にストレッチをする身体をつつむ、動きやすいシャツと、しっかりとしめられたまわし。
光纏せずとも感じられる闘気が、屍骸兵と比べれば赤子のような背丈を、一回りも二回りも大きくしていた。
キリリと眉根を整えて、丁嵐 桜(
ja6549)は、高らかに宣言する。
「相撲はあたしの最も得意とするところ。ここでやらなきゃ女が廃りますよね!」
たとえ天魔の下僕でも、相手は力士に例えられる者。待ちに待った対戦が、始まろうとしていた。
「桜さんに土を付けるわけにはいきません。見様見真似ですが、ギョウジなら敵の動きを制御できるかもしれませんし」
軍配に見立てた光剣を、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)はグッと握り締める。本来は一対一では厳しいとされる相手、勝利を掴む為、策は必要だった。
「街中でまさかの相撲勝負です……!! 桜さんとRIKISHIさんの1対1の大勝負、どうなってしまうのでしょうか!」
興奮を抑えられない様子で、リゼット・エトワール(
ja6638)は、はらはらと、桜が『土俵』に上がるのを見つめていた。
「桜さん、頑張ってくださいっ!」
その声に、桜は盛大な塩撒きで応えた。
舞い上がった塩が、フェリーナの頬をかすめた。思わず舐めとった瞬間、その味に唖然とする彼女であった。
「これは……砂糖?」
「白い粉を巻くんだろー。どうだ物知りだろう!」
仁王立ちでサムズアップするルーガに、相撲好きメンバーがお説教をするのはまた後の話。
「始まりましたね」
メレクはもちろん、皆が見守る中、桜の身体を、その名前通り、桜色の陽光が包み込む。
両の腕を大きく広げ、拍手一拍。清らかな音が、『土俵』を中心に広がっていく。
深く腰を落とし、異形に蹂躙された大地を励ますよう、慈しむよう、大きな動作で四股を踏む。
相撲の形にのっとった桜の正々堂々とした姿を、屍骸兵の濁った瞳は、ただ無感動に映しているだけだ。
拍手するわけでもなく、四股を踏むだけでもなく。ただ、桜が構えるのを待っている。
「大丈夫なんでしょうか……!」
「大丈夫。桜ちゃんの心意気を、信じよう」
不安がるリゼットの頭を撫でつつ、麦子は、いつでも手が出せるよう得物を握り締める。
行司役のフェリーナが軍配を掲げる。いつ戦闘――いや、『取り組み』が始まってもおかしくない。
一瞬の間、そして。
「――!」
「――ゥォオオオオオオオ!」
圧倒的に違う質量の二人が、ぶつかった。
●のこった!
轟音が、その場を支配した。
「ゥォオゥオオオオゥオオオゥオオオオオオオ!」
おおよそ相撲取りにあるまじき奇声を推進音に、屍骸兵が押しに押す。
「く……!」
その代償は少なくなかった。全身を襲う衝撃は、ともすれば意識ごと刈り取られそうな勢いで、桜を蝕んでいく。
「桜さん!」
いざというときは物言いをつけようと身を乗り出したメレクは、しかし、桜の足が『土俵』のきわで踏みとどまっていることを確認して、しかと頷いた。
次は、桜の番である。
相撲においても、小兵の立ち回りというのは、機を伺い機に乗じる、機転を利かせたものである。
すなわち――いなす。真正面にかかる力を横へと滑らせることで、どんな巨人もかわす相撲の技。
「――ッ!」
「ヌゥ!」
相手の勢いを殺すことなく、そのまま土俵際に流し出す。桜が小柄だからこそ、その動きは的確に、屍骸兵の勢いをコントロールしていた。
あと一歩踏み出せば土俵を割る。しかし、屍骸兵もまた力士、すんでのところで踏みとどまり、後ろへと重心を傾けた。
そこが、好機であった。
「えぇいっ!」
気合を纏った身体を翻し、桜が屍骸兵の背を駆け上がる。
肉達磨の上にちょこんと生えた外国人青年の首が、ぐるりと回って桜を見た。まわしをキリリとしめた、相撲取りの桜の姿を、しかと見届けた。
一撃を加える寸前、桜の目には、青年が微笑んだように見えた。相撲を見せてくれてありがとう。そんな気持ちを込めて。
「やぁ!」
ズレた重心を上から押し込む、桜の必殺の一撃。
――叩き込み。
最初の轟音を上回る破砕音が、屍骸兵が土をつけたことを如実に表していた。彼の足元の地面は割れ、文字通り、土俵を割っていた。
尻餅をついた状態から動けない屍骸兵。その側に着地した桜は、呼気を整えると、静かに彼へと礼をした。
こんな異形と化しさえしなければ、桜と青年は仲良く相撲を語り合えたであろう。そんな友への礼であり、これから行うことへの、侘びへの礼であった。
「勝負はつきましたね。では、始末をつけましょう」
フェリーナが軍配、否、光剣の切っ先を屍骸兵へと向ける。
それが、進軍の合図であった。
●勝負あり
「安息を与えるために」
空の上、天上のなにかに声を届けた後、メレクが放ったのは細く長いワイヤーであった。
屍骸兵の肥大した肉体から伸びる四肢に絡みついたワイヤーは、その動きをしかと制限する。
それと似た細い鉄糸を、エルザもまた地上に向けて繰り出していた。
「空から見ても奇妙な輩だ。製作者の顔が見てみたいものだ」
呆れた声音と対照的に、その技は的確に屍骸兵を捉えていた。
的としては外しようのない巨体に、鉄糸がめり込み、深く傷跡を付けていく。これで、仲間の剣が幾分通り易くなっただろう。
「今度はばとるろいやるだぞー!」
おぞましき形状の鉄爪を閃かせ、ルーガが激烈な一撃を加える。まわしを狙い『不浄負け』を誘うことを狙っていたルーガであったが、先の黒星があまりにショックだったのか、屍骸兵は微動だにしない。
「ただの的なら容赦しないよ! えいえいー、なのだー!」
両手の爪が閃くごとに、屍骸兵の肉が削げていく。継ぎ接ぎされた部位部分が、攻撃の度に分離し、地に落ちては魔力を失い腐り果てていく。
「しかし、恐るべき耐久力ですね。これだけ集中攻撃して、まだ健在……」
限界以上にアウルを注いだ銃撃で屍骸兵の胸を穿ちながら、フェリーナが舌を巻く。取り組みを行わずに力押ししていけば、また展開は違ったのだろう。
「相手が我に返る前に畳み掛けないとね……むぎちゃん、即席だけど連携プレーでいくよ!」
「おっけーミーちゃん! せーのっ!」
拳を用いてもなお激烈な麦子の正面突きが、屍骸兵の肉体をぐらりと揺らす。そこで見えた継ぎ接ぎの奥を狙って、みなとの大槌が閃いた。
ただ殴るだけがハンマーの技ではない。柄で突いて崩す、槌頭を短く振って衝撃を放つ。そして、大きく振りかぶり渾身の一撃で吹き飛ばす。
「もう土俵は割ってるんだから、ルール無用でいいかな?」
そんな呟きを宙に残し。麦子の俊足が、屍骸兵を更に大きく揺らめかせた。屍肉を繋いでいた糸が衝撃でほぐれ、強固だった肉の鎧に、ほころびが見える。
「応急手当はできました。ご武運を……!」
リゼットの処置で手足にテーピングを施されてもなお、桜の目には強い意志が宿っていた。
一方的な攻撃を許していた屍骸兵も、攻撃の痛みで我に返ったのか、座った姿勢から立ち上がろうと、ボロボロの脚を震わせている。止めを刺すには、今しかない。
ぐいと両足を踏ん張って、桜が戦線に踊り出る。
「相撲を愛する心、それはしっかり受け取ったよっ。だからっ」
ちいさな両手で屍骸兵の脇腹を抱える。下半身にかかる重量をものともせず、まさに阿修羅の鬼気をもって、屍骸兵を頭上へと抱え上げた。
「これで……さよならっ!」
――今生投げ。
大地へ激突した屍骸兵の身体をつないでいた糸が、衝撃に耐え切れず四方八方に散り跳ねる。
バラバラになった肉片の只中に、どう見てもインドアで、細々とした青年の骸が、こじんまりと横たえられていた。
「……許せないね」
みなとが呟く。
ただ相撲を愛していただけの青年は、ようやく、安らかな死を遂げることができたのであった。
●興行主はだれだ
「真剣勝負、お見事でした。どうか安らかに……」
すべてが片付いた土俵の跡地で、リゼットが手を合わせ祈りを捧げる。
勝負の付いた後、後始末はあっという間の出来事だった。
いろいろ慣れすぎている商店街の皆様と、応援に来た撃退士たちの手により、屍骸兵の肉片は廃棄され、土俵だった場所の目立った残骸も撤去された。
だからなおさら、この空間の寒々しさが、皆の心を締め付けるのだ。
「厄介なディアボロでしたね」
「いえ、サーバントです。あれは」
フェリーナの独白を遮り、天使たるメレクはそう断言する。そして同時に、天使らしからぬ創造主の性質に、言い知れない不安を感じるのであった。
「忘れないよ。相撲が好きだった君のこと」
空に呟いた桜。
彼女は鎮魂の意思を込め、今一度、高く、高く、四股を踏むのであった。