.


マスター:NaggyROSTER
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/14


みんなの思い出



オープニング

●残陽

 久遠ヶ原学園にほど近い商店街の一角に、その喫茶店はあった。
 『MerryMarryCoffee』と洒落た筆記体で描かれた小さな扉をくぐると、木目に包まれた屋根裏のような空間が、客を迎えてくれる。
 五人も座れば一杯になるカウンターの端。そこで、うらぶれた中年男が鬱々とした視線を虚空へ投げかけていた。
「陰気なもんだな」
「ん――ぐぇ!?」
 背から翼を生やした青年が、中年男の背後から腕を回して首を締め付ける。
 ギブギブ! と、カウンターを叩く中年男の姿をニヤニヤ眺めて、青年はようやく彼を解放した。
「無事のご帰還おめでとう。生きてるだけでめっけもんだろ」
「……まあな」
 襟元を直して憮然とした顔をする中年男と、その隣に座って頬杖をつく青年。ふと、中年男の手の中にある細長い金属棒が、青年の目に留まった。
「あいつのか」
「ああ。不甲斐ない先輩の失敗を後輩たちが尻拭いしてくれたついでに、拾ってきてくれた」
 中年男の視線が、よりいっそう陰鬱さを増す。
 以前の任務中、彼の所属するチームは謎のサーヴァントにより壊滅し、彼以外の仲間は戦場に命を散らしていった。
 事件解決を引き継いだ久遠ヶ原学園の生徒たちは、無事にサーヴァントを撃破し、大切な人の形見さえ持ち帰ってくれた。
 優秀な後輩たちには感謝している。そして、己の不甲斐なさが余計身に染みた。
 隠密行動に特化した彼の能力は、前線で身体を張るにはいささか頼りない。本人もそれを自覚していて、そして、悔やんでいた。
 もっと力があれば。もっと修練を積んでいれば。
「悩むのは簡単だけど先が無ぇよなあ」
「あン?」
「ちょっと顔貸せ。新人撃退士を中心とした組み打ちの戦闘訓練をこれからやる。見てるだけでもヒントにはなるだろうよ」
「いや、俺は」
「いーから来い! 同期のよしみには甘えとけ!」
 どう見ても中年には見えない翼の青年が、中年男の襟首を引っ掴んで軽々と運び出す。
 後に残るのは沈黙と、持ち帰り損ねた黒い金属棒がひとつ。
 鋭く磨かれ今も光沢を放つ一本のクナイが、彼らの帰りを待つよう、鈍く光りを反射していた。


リプレイ本文

●撃退士 対 撃退士
「なかなかにいい面子が揃ったじゃないか、なあ?」
 審判役の青年が、そう一人ごちて、背の翼をはためかせる。
 その隣で、冴えない中年男が、じっと彼らの様子を眺めていた。
 経歴でいえば後輩にあたる、久遠ヶ原学園、現役の撃退士たち。
 より高い練度を求め、彼らが選んだのは攻撃側と防御側に別れてのチーム戦であった。
 着々と進む準備を眺めながら、中年男が一言呟く。
「ああ」
 硬く微笑み、眺める先で、勝負は始まろうとしていた。

●剣の者達
「まだまだ未熟の身、このような機会は非常にありがたいな。感謝だ」
 肉厚な刀身を誇る巨剣を肩に担ぎ、穂原多門(ja0895)は、緊張をほぐすように大きく息をついた。
 今回は先輩方も見守ってくれている様子。後で感想が聞ければと楽しみな心は胸に秘め、闘気でそれを覆っていく。
「まあ、そう緊張することはないよ」
 対して、自然体を崩さないのは龍崎海(ja0565)。今回のメンバーで突出した実力を持つ彼は、つまりは最も実戦経験を重ねた撃退士ということである。
「撃退士ゆえの実戦式訓練だけど、意識が飛びかけたら、意地を張らずにリタイヤするんだよ。訓練で重体になっては意味ないからね」
「はい。肝に銘じます」
 更に緊張の度合いを増す多聞の腕を軽く叩いて、海は柔らかく微笑む。彼もまた、この頃を経験してきたからこそ今があるのだ。
 海もまた、気の持ちようを戦場のそれに切り替えはじめる。視線を投げかける先には、攻撃側を担う仲間たちの姿があった。
「人間が相手かぁ♪」
「やけに楽しそうだね」
「うん♪」
 その瞳に浮かぶ嬉しさを隠そうともしないErie Schwagerin(ja9642)の“無邪気さ”は、相対する者にとっては悪夢以外のなにものでもないだろう。
 その純粋な殺意に気圧されつつ、フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)もまた、己が限界を試すという純粋な思いでもってこの訓練に参加した一人である。
「向こうは防御を固めてきてますね」
「あっちが隠れんぼなら、こっちは鬼になるしかないよねー」
 殺意十分のエリーにとって、『人間を相手にできる』この仕事はご褒美といって良いだろう。彼女の心に深く跡を残す刻印が、蹂躙せよと声を上げている。
 それに比べれば、フラッペの様子は普通といっても差し支えないだろう。速さの高みを目指す若き銃士にとっては、相手が誰だというよりも、自分の速度がどれだけ通用するか、その結果が最も重要なのだ。
「ボクの脚が何処まで届くか、試してみるのだ……!」
 湧き上がるアウルの奔流。蒼い光輝がフラッペの身体の線をなぞり、トレードマークのカウボーイハットのフチを揺らして行く。
 その側で膨れ上がるのは、血よりも深く、炎よりも鮮やかな紅色のアウル。
「楽しませてくれなきゃ嫌よ? 退屈させたら、串刺しだからね」
 その魔術の真髄によって肉体さえも変貌させ、顕現するのは赤き魔女。美しき顔立ちに浮かび上がった“破壊”を表すルーンが、殺戮を求めて尚輝く。
 戦いが、始まろうとしていた。

●盾の者達
「攻撃側が準備し初めました! そろそろ来ます!」
 そう叫ぶサミュエル・クレマン(jb4042)の瞳には、隠し切れない緊迫の色があった。
 メンバーの中では一番の新人。学ばねばならないことも、学びたいことも沢山ある。これから始まる一時一瞬たりとも無駄にしたくないという想いが、頬を熱くさせる。
 サミュエルの修めるのは護りの業。たとえ力では皆に及ばなくとも、守って守って護り切る。その気概だけは、人一倍強かった。
 防御側の面々は、校庭に設置した器具や遊具にシーツをかぶせた簡易障壁の影で、攻撃側の初手を迎え撃つ算段である。その最も奥、跳び箱を積んで造られた高台には、相棒のスナイパーライフルを油断なく構えた谷屋 逸治(ja0330)の姿がある。
「さて」
 寡黙な彼は多くを語らない。それに反比例するように、心の内を激しい戦意が満たしていくのを感じていた。
 撃退士同士の実戦訓練はつまり、天魔に対抗しうる人材としのぎを削れるという、経験を積むには格好の場である。
 平凡な生活に疑念を覚え、撃退士という荒海を目指した逸治にとって、この戦いは、己が戦い方を定める為の良い機会。逃すわけにはいかない。
 金色の瞳が周囲を見渡す。そこに、隠れ潜む仲間の姿があった。
「こういう機会はあまりなかったし、いい経験になりそうですね」
「強くなるためには、必要な戦いです……!」
 あくまでクールなアンナ・ファウスト(jb0012)と対をなすかのように、黒井 明斗(jb0525)の双眼には、抑えきれない戦いへの期待があふれていた。
 龍崎海。攻撃側に所属する先輩撃退士のことを、明斗は尊敬していた。偉大なる先達として、全力で当たっていくことこそが誠意なのだと信じている。だから正直いえば、今にもこの遮蔽から出て、飛び出して行きたいのだ。
 しかし、行かない。理由があるからだ。
「一人じゃ誰にも勝てない、力を合わせて各個撃破、これしかない」
 自分の力量はわかっている。海と一騎打ちで対峙したい気持ちを押し込んで、明斗はタイミングを図る。
「そろそろ始まりそうですね」
 そう告げるアンナの表情に、表立った変化はない。静かに、自然に、力むことなく。それが、アンナの真髄たる魔術をより的確に発揮させるコツだ。
 もっとも、しばし平穏は望めそうにないだろう。戦いの火蓋は、切って落とされる。
「攻撃開始です!」
 サミュエルの叫びが、始まりを告げた。

●激突
 まず最初に噴き上がったのは、白く濃いめくらましの煙であった。
「発煙手榴弾――!」
 慌てて立ち上がろうとしたサミュエルを、アンナの手が抑えた。いまは焦るときではない。戦いはまだ始まったばかり。
「逸治さん、相手の布陣は!」
「一人が大きく迂回して移動している。奇襲に注意」
 逸治の冷静な声が、防御側の心を一旦落ち着ける。仕掛けるのは向こうから、ならば来ればいい。
 刹那、沈黙の時が過ぎた後、天秤は傾いた。
「どんな壁も……砕く!」
 多門の叫びが、校庭を戦場へと変貌させる。
 より重く断ち切るための剣を振りかぶり、防御側の潜む陣形へ突撃する彼を、不意の射撃が襲った。
「それが騎士の盾か」
 瞬時に構成された防壁によって一撃を逸らされ、逸治が軽く舌打ちする。
 こと防御に長けるディヴァインナイトは、突撃役としても相応の力を誇る。防御側が巡らせたバリケードも、神の炎をまとった剣の一振りで軽く薙ぎ払われていた。
 なお進撃せんという多門の前に、十字槍を構えた明斗が立ちふさがる。
「これ以上の前進は許しません」
「一人で構いますか。いいでしょう」
 明斗もまた、盾術を備えるアストラルヴァンガード。繰り出される攻撃は、そのほとんどを阻まれ、事態の膠着を予感させた。
 もちろん、それを許す攻撃側ではない。遠方から飛来した扇が、明斗の槍先を軽々と弾いて戻っていく。
 たたらを踏んだ明斗の前に悠然と立ちふさがるのは――憧れの人、海。
「正面激突ならこちらが優勢だろう。いかに敵陣地を攻略し、そう持ち込むかが勝負の肝かな」
 それくらいは君もわかっているだろう。そう穏やかな顔に言葉を宿しながら、海は扇を明斗と同じ長槍へと持ち替え、軽く振り下ろす。
 激突する穂先からアウルの火花が散る。予想通り、いや、ぞれ以上の重さに、明斗の表情が歪んだ。
「まずいな」
 後方の逸治が眉根を寄せる。一人ずる的確に落としていくのが防御側の戦術。しかし、多門と海の二人を相手にしてしまえば、戦況は明らかに不利だ。
 僅かな焦りに気が逸ったのかもしれない。海が陣取っていた攻撃側の陣地に、ぽつんと立つエリーを格好の的と思ってしまったのは。
 慣れた手つきで狙撃銃の空薬莢を放り捨てる。狙いはあやまたず、彼女の額に血の花が咲くはずであった。
 瞬間、蒼き奔流が、逸治の頬を打った。
「グッモーニン!」
 美しき太刀が逸治を撫で斬りにし、そして消える。奇襲役を買って出たフラッペは、再び障害物の向こうへと消え去ると、次の獲物を狙う。
 流れが一気に攻撃側に傾く中、勝機に背を押された多門が、明斗の肩から脇腹までを、斜めに切り裂く。
 いや、切り裂いたはずであった。与えたはずの傷は、彼には存在しない。その理由を直感し、多門が叫ぶ。
「庇護の翼! どこかに伏兵が――」
 その声を掻き消さんばかりの轟音が、戦場に高らかと鳴り響いた。
 銃口により指向性を与えられた魔力の塊が、多門の胴を撃つ。不意の一撃に動きを止めた彼めがけ、鋭い槍の一撃が浴びせられた。
「当初の思惑とは違ったけれど、カウント一という所かしら」
 ふらつく多門を見てアンナがひとりごちる。最初はエリーを狙うつもりだったのだ。その彼女は、煙幕の向こうで途切れ途切れにしか見えない。
 せめて一撃を、と突撃銃を構える彼女の背後から迫る影。それは、青い輝きを伴っていた。
「ハロー、ご機嫌いか――」
「二度はやらせん」
 刀を閃かせようとしたフラッペの頭が、横殴りに吹き飛ばされる。転がり消えていく襲撃者の姿を、逸治の索敵力が的確に捉えていた。次の不覚はあり得ない。
 ほっと息をついたアンナの隣で、青い顔をしたサミュエルが、震えながら歯を食いしばっていた。
「一人よりも二人よりも……どんどん心強くなります。これが仲間……!」
 アンナの負傷を免れた代わりに、明斗の受けるダメージが、サミュエルへと流れこんでいく。
 そう数撃てる技ではない。それでも負傷が激しいのは、一撃一撃を加える相手が、歴戦の海であるからだ。
 その技の冴え、重さ、込められた力量。それを感じさせない静かな表情をたたえたまま、海は十字槍を手足のように自在に繰り出す。
「僕を落とさなければ、君たちに勝機は無いよ」
 短く告げられた事実に、アンナが魔術を以って応えた。放たれた魔弾が海を撃つ。と同時に、アンナの位置もまた、彼女に知れていた。
 今まで沈黙を保っていたエリーが、動く。
 タイミングを待っていたのだ。より強引に、凄惨に、恐怖をもって術を使える時を。
 紅の衣装がアウルの圧力ではためく。涼やかな喉元から豊かな胸元へと滴った汗が、その熱を浴びて乾いていく。
「Demise Theurgia-Sheolserpent Medusiana」
 それは詠唱であり、極めた技の名であり、獲物を定めた合図である。
 地より湧きでたのは蠢く蛇にも似た黒き深淵。それがアンナの肉体を瞬時に縛り付け、身体の自由を瞬く間に奪っていく。
 声すら発せぬ束縛。それを満足げに見つめて、魔女は恍惚と微笑んだ。
「悪い子は串刺しにするわよぉ♪」
 否。彼女が重視しているのは善悪ではない。ただ、相手が人であるかどうかという一点である。
 魔女は人を喰らう。だから魔女なのだ。
「Demise Theurgia-Naiad Osculum-」
 次なる詠唱が始まり、アンナの顔に、明らかな恐怖が浮かんだ瞬間。
「止め!」
 朗々とした声が、戦場に響いた。

●戦果
「邪魔しないでよぉ〜、良いとこなんだからぁ!」
 そんなエリーの恨み節も、だいぶ収まった頃である。
「お手合わせ願いたい所なんですが」
「遠慮しとく。実力もなにも君が上手だ」
 へらりと笑う審判役の先輩と、その隣で口を結んだまま頭を下げる中年男。何か、彼にも得るものがあったのかもしれない。
「今は訓練だけど、これが実戦だったら……」
 手当を受けるサミュエルが、空を仰ぎながら、しみじみと呟く。
 本当の戦いは“こんなものではない”。それを身体で実感するのは、そう遠くないだろう。
「有難うございました」
 海に。対戦してくれた相手に。そして共に居てくれた仲間に。
 最後に、戦場となった校庭に深々と頭を下げ、明斗は槍を収める。
 2月の空は未だ寒い。彼らがこれから向かう戦場もまた、凍てつく場であろう。
 撃退士の真なる闘いは、これからである。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
寡黙なる狙撃手・
谷屋 逸治(ja0330)

大学部4年8組 男 インフィルトレイター
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
函館の思い出ひとつ・
穂原多門(ja0895)

大学部6年234組 男 ディバインナイト
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
翼の下の温かさ・
アンナ・ファウスト(jb0012)

高等部1年13組 女 ダアト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
守護の覚悟・
サミュエル・クレマン(jb4042)

大学部1年33組 男 ディバインナイト