●みんな気合入ってるからホットスタート行くわ
「さあ布陣をきゃああああ!!!」
おおっと! 鴉女 絢(
jb2708)が三行で取り込まれた!
もっちりとしたサーヴァントの素材が、絢の小柄な肢体をずももももっと飲み込んでいく。予想外の素早さに、仲間たちはただただそれを見守るしかない。
そして、それは始まった。
ぽこり。
「隠れてバストアップ体操やってて何が悪いのー!」
それは、いろいろな意味で慎ましやかな美少女の、心に秘めた叫び。
「少しくらい胸の大きさ気にしてもいいじゃないー!」
両眼から流れるのは何から来る涙なのか。うら若き乙女はなお叫ぶ。
「最強のバストアップ術ー! 誰か教えてー!」
とにかくこれなんとかしなきゃ。仲間たちの心が一つになる瞬間だった。
「こいつらは放置しておいたら色々とまずいわね!絶対ここで仕留めよう!」
雪室 チルル(
ja0220)の決意は固かった。猪突猛進型前衛女子としての枠を超え、周辺地域の地図把握から避難誘導経路の算出、布陣の計画エトセトラエトセトラ、軍師的な策略を練って今回の戦いに望んでいた。
「氷刃乱舞の名に賭けて、滅ぼすよ!」
トレードマークのウシャンカを煌く氷片が撫でて行く。銃槍の先端に収束された冷気の力場は、凍てつく衝撃となって敵をまとめて打ち据えた。
必死である。だって絶対取り込まれたくないから。胸に秘めた秘密は、消して明かしてはいけないのだ。生命力的に無事でも、社会的に瀕死になってはいけない。思い出して、みんなまだ学生、未成年なんだから――。
「きゃーっ」
ごめん。これってこういう依頼なんだよね。
ぬりぬりと餅状の肉体に飲み込まれていくチルルの姿が、やがて。
ぽこり。
「視線が……いいの!」
なんだと。
「あの時のみんなの目が忘れられない! 見て! 一糸纏わぬあたいの全てを舐めるように眺めてー!」
「だめだこれはやくなんとかしないと俺の命が危ない」
そう上空で頭を抱えたのは今回の依頼で唯一の男性メンバー、ヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)。自身は闇より授かった翼で上空から援護と決め込んでいたが、このままの調子であることあること叫ばれた日には、物理的に記憶を抹消されても文句は言えないだろう。
手にした烈銃をしかと構え、ヴィンセントは不可視の弾丸でチルルを包む餅を打ち据える。構成物が飛び散るのみでダメージの蓄積は判り辛いが、確実に敵の命を削っているのは確かである。
サングラス越しに異貌の瞳を細め、ヴィンセントは狙い穿つ。はいここでシリアス終了。
にょーん。
「なんだと!」
だからそういう依頼なんだってさ。
その伸張性を如何なく発揮した敵が、ろくろ首のごとく伸ばした身体の一部でヴィンセントを捕え、そのまま取り込み引き落とす。
にょむにょむ。ぽこり。
「ああ……彼女とか、欲しいよな」
あ、そうなんですね。
「人間達眺めてて思ったんだがよ、記念行事にソロってのは正直寂しいものがある……パートナーがいりゃ良いんだがな」
そのクールさから絶叫とまではいかなかったのが不幸中の幸いか。ともあれこれで犠牲者三名である。
「うわー…いろんな意味でヒドイ現場だねこりゃ……」
こう見えても大学生。猪狩 みなと(
ja0595)だってそりゃ色々な経験を経て撃退士として活躍しているのだが、いつもとは違う意味で今回はハードだった。
ともあれ。これ以上被害が広がらないよう、まずは見物客を何とかしなければと決める。
「はいはーい、野次馬の皆さんは速やかに避難してくださいねー」
手をパンパンと鳴らすも効果なし。
「言う事聞かないで見物されてた場合、身の安全は保障できませんよー? ポロっとこぼした本音のせいで人生終わっちゃっても責任とれませんからねー?」
冷静に諭してもやはり効果なし。
じゃ、行きますか。
「邪魔だっつってんだろがゴルァ!!?」
その鬼気まさに阿修羅のごとく。咆哮を受けて散り散りに逃げる商店街の皆様を見て、みなとはほっと息をついた。
じゃ、そろそろいい?
「え? きゃっ!?」
一瞬の隙をつく餅にあるまじき瞬発力。取り込まれたみなとの形に、餅状の構成体がにょむにょむと蠢き。
ぽこり。
「ぁー、マジ勘弁してほしいわー。何が悲しくて年末年始のこのクソ忙しい時期に天魔退治に駆り出されなきゃなんないの。まったく、騒ぎを起こすにしても時と場合を考えてほしいもんだわー。寒いし。大事なことなのでもっかい寒いし」
黒みなとさん光臨である。
「身長145cmは日本人女子平均で11歳相当だそうです。小学生!? 私、小学生っ!? 勘違いされてもせいぜい中学生扱いって、私まだ幸せなほうだったんだね!! ちげーよ! ちくしょー! 私だってもっと出るとこ出てたら年相応なんだよー! ばーかばーか!!」
反転するように叫んだみなとの顔が、再びすぅと静まる。物欲しげな唇が、こう告げた。
「ねぇ……ひとりは、さびしいよ……」
そこで餅と格闘してる黒一点はじめ、人類の半分くらいは男ですよみなとさん?
「あかん、これはあかん。なにもかもダダ漏れや」
次々と餌食になる仲間たちに、笹本 遥夏(
jb2056)は頭を抱える。一般人が消えた今、うっかり色々聞いてしまう面子も限られているが、限られているこそ厄介なのだ。
「そんな時でも明るく行くのがうちの流儀! 食らえ爆熱ノック!」
翼を冠した魔杖が、生成した火球を快音と共に打ち放つ。いちおう補足するが魔法攻撃である。
火球を受けて、敵の一体が大きく揺らいだ。焼き餅になるのは苦手らしい。勝機を見つけてニヤリと笑う遥夏。
では、そろそろ。
「うにゃー!?」
驚くべき隠密力で背後に迫っていた敵の一体が、遥夏を背から包み込む。
うごうごともがくその姿が消え。
ぽこり。
「少女趣味の何が悪いんや! フリフリの服着て何が悪いんやー!」
あ、はい、似合うと思います。
「かわいいもんあったら愛でるやろ! 素敵なもん見つけたらときめくやろ! それが少女ってもんや! 何もおかしいことあらへん!」
天に吠える遥夏。これで計五人。
前衛を張る仲間が次々と白状させられる中、後衛で魔法砲台となっていたソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は焦っていた。
敵の取り込み能力は予想以上。戦士たちが踏ん張っている間に高火力で落とすという作戦に、亀裂が入りはじめていた。
それでもソフィアは諦めない。その手から麗しき花弁の渦が解き放たれ、敵の構成物を広範囲に切り裂く。相変わらず負傷度合いの分からない相手だが、効いていないわけではなかろう。
吐かれた本音も暴かれた本性も、全てこの花に包まれて、再び隠れてしまえばいい。その為の術、その為の力。そんなシリアスももうおしまい。
「うわわーっ」
遮蔽する味方を失ったソフィアを、大きく広がった敵が包み込む。
もっちもっちと取り込まれて。ぽこん。
「魔術や魔法の研究するのは良いけど、なんか最近オタクみたいになってないかが心配になってきてる」
大丈夫、かわいいは正義ですよ。
「酷くなければ容姿や性格の傾向はあまり気にしないね。重要なのは愛だよ愛!」
魔女の系譜に連なる者として、女性原理の信奉は必要なのだ。そういうことにしておこう。
戦場が阿鼻叫喚の様相を呈する頃、身につけた業により敵から逃れる者も居た。
「本心を晒されても問題無いです……問題無いはず……」
そう自分に言い聞かせる雫(
ja1894)の姿が霞んで消える。アウルの爆発力により強化された身のこなしは、敵に捕らわれる事態をかろうじて退けていた。
敵との位置取りを冷静に見極め、直線で結んだその軌道に、大地を這う三日月にも似たアウルの衝撃を貫通させる。
仲間たちが蓄積させたダメージはかなりのものだ。早く倒したい。倒さなければ、申し訳ない。
「聞きたくない、聞きたくないんです……もう、帰りたい……」
かえさないよ。
「しまっ――」
心の隙が生んだ一瞬の停滞を逃す敵ではない。あっという間に足を取られ、もにゅもにゅと取り込まれる。
そして、ぽこん。
「ああ身長が欲しい! 整列で一番前はもう嫌です!」
まだまだ成長の余地はありますよ雫さん。
「いい加減、この能面をどうにかして欲しい!」
それだってまだ可能性の塊じゃあないですか。
「貧乳は稀少価値だ! 価値が稀少では無いのです!」
……ああ、うん、そう、だね……。
「巨乳滅ぶべし!」
勢い込んで吠えた雫から、ぼんやり眼で視線をそらすグリーンアイス(
jb3053)。嗚呼、とうとう最後の一人である。
「まあ抵抗はするんだけどね」
放たれた炎気の符が、敵の表面に張り付いて炸裂する。食欲を誘う良い匂いが辺りに漂い、思わず表情が緩むグリーンアイスであった。
「でも、さすがにこりゃ無理だわ」
むにゅむにゃむにょ。ぽこん。
「まだあどけなさが残るきゃわいい男の子ペロペロしたーい!! あたし好みに育てたーい!! 逆光源氏したーい!!」
もしもし天使さん?
「綺麗なおねーさま相手にめくるめく素敵な夜を過ごしたーい!! お仕置きとかされたーい!!」
あの、天使さんってば。
「働かないで好きなことしながらテキトーに生きていたーい!!」
天使さーん、そこの天使さーん。それでいいのか。
「本音なんてものは、吐けるうちが華なのよー!!!」
そう。
包み隠さず本音を放てる。そのなんと幸運なことか。
言いたいことも遠慮して、伝えたいことを我慢して。
そんな人生の虚しさは、何事でも救えない。
「だからって、こんなサーヴァント創ることあらへん!」
餅の中から叫ぶ声。
「逆転王! こっから人類の反撃や!」
遥夏の剛剣が敵の構造体を切り裂き、その隙間をヴィンセントの弾丸が押し開ける。
「年の瀬なのに変なこと言わせるなー!」
「暴露大会は終わりだよ」
チルルの氷が、ソフィアの炎が、絡み合いながら敵を吹き散らす。
「おーっし! 特大の餅つきといこうか」
みなとの得物に宿る焔が、敵を真二つに分断し。
「貴方達に存在する権利は有りません。消えなさい!」
転がり出る勢いそのままに、雫の手にした波打つ大剣が、敵をまとめて薙ぎ払った。
拳が、剣が、弾丸が、魔術が、お返しだとばかりに敵をまとめて打ち払う。
その勢いには、どこか吹っ切れた感があったという。
●余談
「内緒で頑張ってたのに……もうお嫁に行けない……」
落胆と絶望を練り上げた雰囲気をまとう絢。第一の犠牲者は、つまり最も己の本音を聞かれたものである。まだ一般人も居たことだし。
「少しくらい胸の大きさ気にしてもいいじゃないー!」
夕焼け迫る空に叫ぶ絢の肩を、グリーンアイスが判ったもう何も言うなという態でそっと叩く。
それが余計に虚しさを加速させ、絢は慟哭するのであった。
「ま、本音が常に良いものってのは限らないってことねえ」
天使の翼をはためかせ、グリーンアイスは空を見上げる。
その先に居る、事の元凶に思いを馳せながら。