●タユタイSomething Mind
「女子高生の成れの果てがこんなじゃさ、浮かばれないよね。この娘らもさ……」
猪狩 みなと(
ja0595)の呟きが、皆の想いを代弁していた。
情報収集の為に生き残りの撃退士を聴取した時、彼は溢れる涙を隠そうともせず、我々に頭を下げた。
敵総数の目星をつけながらも、ごくごく単純に、その気持ちに心打たれるみなとが居た。
撃退士と成った者として、その願い、聞き止めねばなるまい。
「これは最早、死者への冒涜ね。こんなことばかりするから堕天使やはぐれ悪魔が増えるのよ……」
青銀の髪と同色の翼を揺らし、 イシュタル(
jb2619)が嘆く。
「確かに私達は人間と違い力があるかもしれない……でも、こんなことをする為の力でないことだけは分かる」
同族への疑問と、己の為すべきことの模索。それを道とするために、イシュタルは撃退士としてここにある。
「気に入らないわ、本当に」
非道は終わらせなければならない。この手によって。
「動く死体……あぁ……醜い。存在しているだけで虫唾が走ります」
「天魔からすると人間などは単なるタンパク質の塊か、物質世界に捕われた救い様の無い衆生かに過ぎないので。我々もそんなモノを相手にしているという覚悟は必要でしょうね」
メイド服の両腕を抱いてひとりごちるソフィー・オルコット(
jb1987)と、しごく冷徹な仁良井 叶伊(
ja0618)にとっては、今回の敵は唾棄すべき討伐対象である。
理由思惑様々あれど、撃退士となったということは、恐ろしき化物を相手する覚悟を要するということである。よりスマートに、よりクレバーに。速やかなる死を。
「ですから。今回の事態も私にとっては、想定内だったりします」
所詮は無茶な改造をした屍骸兵。動作に限界はあろう。そう看破した叶伊の表情は淡々。
その側に付き従う従者の如くたたずむソフィーは、笑顔のままぼそりと虚空に毒づいた。
「相手は所詮人間だったもの――同情はしますが容赦は致しません」
敵即殲滅。不安定な足場を照明で照らし、行く先をしかと見定める。
四人はA班として一階から学校内に潜入。4階のB班とサンドイッチにする形で屍骸兵の殲滅を目論む。
時間通りなら、そろそろB班から連絡が来る所――と。
『接近遭遇!』
ただ一言。通信機から切迫した声が弾けた。
●ガラクタ Battle Field
『接近遭遇!』
短く事実だけを告げると通信機を投げ捨て、カイン 大澤 (
ja8514)は左腕のパイルバンカーを大仰に構えた。
カインの放った通信機に気を取られ、朽ちた女学生の顔が横を向く。その瞬間を逃さず、セーラー服の腹に鉄杭が大穴を開けた。
敵も死人、肉体が多少欠損したところで、動きを止める輩ではない。なおも動こうとするそれを、引き抜いた大剣で一閃した。
「プランBは実ったか」
今度こそ倒れ伏す生ける屍を見下ろし、ふと呟く。
自らの血で屍骸兵をおびき寄せるという策は効果を見せなかったが、教室内のモノを鳴子代わりに使うという案が功を奏し、奇襲を避けることができた。
戦場に想定外はつきもの。だからこそ最善を尽くす。それがカインの身体に刻まれた掟。
追撃の為の大剣を振りかぶり、カインの目に鬼気が宿った。
他方。もう一人の前衛は、空に居た。
「あらゆるところから襲ってくるとしますと、床だけでなく天井を全身の武器でひっかけて忍び寄ってくる可能性も否定できませんから――」
打撃一閃。熱風を纏った鉄槌で、天井を駆け抜けようとした女子高生の成れの果てが叩き落される。
「天使を舐めないことです」
武装を鋭い鉄糸に持ち替えて、メレク(
jb2528)がさらりといいのけた。
視点を高くしている分、戦場の俯瞰が出来る。カインの猛攻で一体が落ち、残りは四体。まだ健在の敵も居る。
生真面目な瞳に警戒の色を宿し、メレクは続けて敵の群れに飛び込んだ。
目の前に敵あれば戦う。それは屍骸兵も同じであり、彼女らは一斉に前衛へと殺到する。
数の暴力で一撃を加えようとした一体の顔面、片目を矢が貫いた。
一撃。一撃。更に一撃。
「今度こそ永久にお眠り下さいませ……」
香月 沙紅良(
jb3092)は容赦しない。それが華人の務めならば。
「死人となっても安らかな眠りを得られず、哀れで御座いますね。更なる悲劇を生まぬ為にも、私達が引導を渡して差し上げねばと思います」
そう呟く間に、鋭さを増した弓師の一撃が、仮初の命をひとつ刈り取った。
残り三体。次の目標を定めようとする沙紅良を脅威と見たか、大きく回りこんでメレクのブロックをすり抜けた一体が、腕から生やした鋸刃を振りかざして迫る。
その進軍を阻んだのは、金色の奔流にも見える花弁の渦巻きであった。
「変わった敵が出てくるのはテストだったりすることもある訳だけど……」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は止まらない。魔女の才により自分専用とした魔術の旋風は、屍骸兵の身体を容赦なく切り刻み、花と散らす。
「せめて、終わらせてあげるよ」
残り二体。油断なく周囲を見据えるソフィアの脳裏に、一階の仲間たちの姿が浮かぶ。
無事であるように。願いながら次なる魔術の詠唱を始める。
戦いは、まだ序の口であった。
●ドキドキ Carnival Night
4階での戦闘を把握して、一階の面々は探索を急いでいた。
一階を一回りしてクリア。緊張の糸を張ったまま、二階へと到達する。
「上階の皆様はご無事でしょうか。どうか、ひどい怪我などなさらないように……」
そう呟くソフィーの顔の、なんと慈悲深いことか。清楚なメイドとしての風格そのままに、ふと耳を澄まし。
「――あちらから物音がしますね。ゴm……敵の可能性があります。ご注意を」
さらりど毒を吐きかけて我慢したのに、隣の叶伊が一瞬だけ苦笑する。すぐに無表情に戻ると、ナイトヴィジョンを被り、ソフィアが指し示す暗がりへと向かう。
背後だけは取られないよう、壁を背にしてシールドを構え、じりじりと進む。ナイトヴィジョン越しに見る風景は、一階と変わりない荒れ果てた教室の姿。
ふと、並ぶ机に不自然な切れ込みを見つけ、盾を構え直した。その心構えがあったかたこそ、頭上からの急襲に気付くことができた。
「任良井さん!」
「囮になります。殲滅をお願いしますよ」
叶伊の手から放たれたフラッシュライトの光が、指の先にカッターナイフを生やした屍骸兵の姿を照らしだす。
イシュタルがとっさに放った霊符が、水弾となって屍骸兵の身体をぐらつかせる。芯を外されたカッターナイフの刃が、叶伊のシールドでいなされ火花を散らした。
出来上がった決定的な隙。それを見逃すみなとではない。
「たぁッ!」
鉄槌で邪魔な障害物をなぎ払い、態勢を立て直そうとする屍骸兵の首元めがけて、必殺の一閃が唸る。
吹き飛ばされた女子高生の頭が、彼方へと消えて行く。残った頭は名残惜しげにうごめくと、そのまま後ろへ倒れ伏した。
「まずは一人、と」
「動く死体……。あぁ……醜い。存在しているだけで虫唾が走ります」
やれやれと首を振ったソフィー。その耳が『背後』の音を捉えた。
「おや」
振り返った、ほんの眼前まで迫っていた腐り果てた少女の顔に、ソフィーはふわりと微笑む。
「ごきげんよう」
丸ノコの固定された腕が迫る瞬間も、ソフィーは余裕を崩さない。オートマチックが火を吹き、腕の機動が大きくそれた。
「せいッ!」
縮地の業で瞬間的に加速したみなとが、勢いを載せた飛び蹴りで屍骸兵を大きく弾き飛ばす。立ち上がろうとした屍骸兵の頭部を、イシュタルが放った魔性の水が打ち砕いた。
「どうやら物音に集まる性質があるようで。通信機を狙われたのもうなずけますね」
ナイトヴィジョンの無機質な瞳で、叶伊が辺りを睥睨する。暗がりの中でうごめく影が、一、二……まだ集まって来るだろうか。
「そろそろ出番のようですね」
壁に打ち付けたシールドが耳障りな音を立てる。注目を集めた叶伊めがけて、潜んでいた屍骸兵が一斉に飛びかかってきた。
それを逸らし、いなし、かわし、弾き、叶伊は耐える。
勿論、それを黙って見ているだけの仲間ではない。
「引導を渡してあげるよ!」
みなとの拳がセーレー服の胸を穿ち、悪あがきで振り回される腕を跳ね飛ばす。
ソフィーの冷徹な銃撃が、イシュタルの慈悲と裁きの水球が、弱った屍骸兵の生命を確実に散らしていった。
次々と増える屍骸兵の一人一人を、イシュタルは天使の感性で眺めている。
天使は感情を力とする。これがサーヴァントならば、その目的は特定の感情の喚起にあるだろう。
だとすれば、これを作った張本人は――恐ろしく悪趣味だ。
断末魔。絶望。悔悟。慟哭。
そういったやり場のない感情を、生成するための「装置」が彼女らではないのか。
思わず浮かんだ額の汗を拭う間もなく、放った霊弾が、最後の屍骸兵を貫いた。
「これで二階はなんとかなった、かな」
敵の証拠が何か無いかと、二度目の死を迎えた女子高生に手を合わせながら屈みこむみなと。
ふと、その首筋に、違和感のあるものを見つけた。
「これって……」
そこにあるのは黒いハート。刻印のように入れられたタトゥーは、もしかしたら、「製作者」に繋がる鍵になるかもしれない。
情報を記録し、みなとは三階へ繋がる階段を、決意の表情で見上げるのだった。
●ユイゴト After School
その三階では、激しい戦いが終盤を迎えようとしていた。
「どうか安らかに。二度と目覚めることがないように」
告死の願いそのままに、沙紅良の放つ矢が、女子高生だったものを、永久の眠りにいざなっていく。
奇襲さえ避けれれれば、屍骸兵の討伐は容易であった。それも、先遣隊の命がけの情報あってのものだと、沙紅良は内心で感謝を伝える。
「ゾンビって踏みつければ死ぬんだろ?」
「逃しはしません」
片や激烈に、片や冷酷に。
カインの繰り出す蹴撃の風圧に吹き飛ばされた屍骸兵が、メレクの手から伸びるワイヤーに絡め取られ、命絞りとる絞首刑に処される。
前衛ふたりの圧倒的な破壊力により、あらかたの屍骸兵は片付けられていた。それでも逃走を選択しないのが、サーヴァントのサーヴァントたる所以かもしれない。
彼女らは結局道具であり、こうなってしまった以上は討伐しかないのだ。その事実を心に刻むように、カインは足を振り下ろし、メレクは鋼糸を手繰る。
二人が止めを刺し逃した屍骸兵へと、渦を巻く花弁が殺到し、五体をバラバラに引き裂いていく。
「これで打ち止め、と」
魔術師(ダアト)の火力はまさに魔法砲台として猛威を振るい、反面、持続力に欠けるのは致し方ない。業を自衛のものに切り替えて、ソフィアは周囲を見回した。
ふと、教室の隅に人影を見つけた。屍骸兵だと身構えたが、動く気配も、生ける死者のような鬼気も感じられない。ふと、感づくものがあった。
近づいでしゃがむ。そこに伏していたのは、ソフィアとそう年の変わらない少女の骸であった。
その手に硬く握られたであろうクナイが、側に落ちていた。それを拾って懐に収める。
振り返れば、最後の屍骸兵が、カインとメレクの波状攻撃によって粉砕されている所であった。
「A班から連絡。二階の制圧が完了したとのことです」
「こちらも完了とお伝えください」
沙紅良とメレクが視線をかわして微笑み合う。その側で、ソフィアに気づいたカインが、目を伏せて祈りの句を呟いた。
悪趣味な屍人たちは一掃された。帰りを待つ生き残りの撃退士も、これで報われるだろう。
彼の手にこのクナイを渡す時を想いながら、ソフィアは窓を見上げる。
暮れなずむ空。そこに舞う、一枚の羽根を見た気がした。
それが首謀者の影ならば、今度こそ倒す。そう、心に誓うのだった。