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マスター:ムジカ・トラス
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2014/08/26


みんなの思い出



オープニング


 眼前には黒い巨人。懐かしい姿に懐古と懺悔がどうしようもないくらいに湧き上がって、溢れた。
 リンはもう居ない。この子とリンの相性は悪い。この場から引き離す必要があった。
「――久しぶりね」
 問いかけても、言葉は帰ってこない。わかっていた事だ。この子は元々喋れないし、会話なんて出来る知性もない。
「元気にしてた?」
 地響きが返る。このこが一歩を踏み出した音だ。

 ――アタシが、はぐれたからだ。

 この子は狂ってしまった。そしてアタシを、殺そうとしている。



 生死を彷徨いながらアタシは、人間達に囲まれてアレコレと聴取された。
 最初に、『はぐれ』ていないアタシを治療する理由はないと言われた。撃退署だかの偉いオッサンだと後で知った。
 ムカついた。けど、心のどこかで、確かに怯えていた。
 言われるがままに戦場を転々として、最後に残ったのはこんな死に方なのか、って。
 繋がれて。生き死にを握られて。死に物狂いで戦ってきた果てが此処かと思うと悍ましかった。

 ――それだけじゃない。

 絶対に『はぐれ』るものかと思っていた。
 でも。死ぬのは、それだけは、嫌だった。
 アイツはこう言った。
「君が冥魔から離れ、人の世で生きるのであれば、治療も、その後に生き方にも多少の便宜は図ろう」
 ――ああそう。君と一緒に保護された彼女だが……久遠ヶ原学園に入学するそうだよ、と。

 ああ。アタシはいつまでも、誰かの手のひらで踊らされるしかないんだな、って。
 そう思った瞬間――何かが、砕けた気がした。

 その日、アタシは生き延びて、はぐれ悪魔になった。



「ねえ」
「えっ!? な、なに?」
 突然呼びかけられた城之崎リンは慌てて読みかけの文庫本を閉じた。
 はぐれ悪魔、ユー・インだ。
「何してるの?」
「本、読んでた、よ?」
「……そうでしょうね」
 ユーはそう言って溜息を吐いた。
 教室の中。人影はまばらだ。みんな思い思いに散っていく中、リンは読みかけの本を読んでいた。
 教室が閑散とするまで、そうするのが習慣になっている。ユーはユーでぼんやりと空を見つめては何事か考えているのが常だった。
 気を使ってユーに声を掛けた事もあるが、「気にしないでいいから、続き読んでなさいよ」と返されて以来、キリの良い所まで読む事にしていた。ユーはその気配を待ってから立ち上がり、一緒に帰る。そんな感じで過ごしていた。
 今日は、違った。
「あの大天使、死んだんだって」
「え……?」
「アタシ、アイツに一発で殺されかけたの」
 ユーは戸惑うリンを斟酌せずに、続ける。
「いつか会った筋肉ダルマの天使も、死んでた。人間に殺されたみたい」
「うん……」
「アタシを斬ったあのイケメンも、死んだ。アイツも強かったわね」
「……うん」
「皆死んでくのね」
 突然、どうしたのだろう、とリンは思った。時折妙な事を言いはするし成績も良くはないが、基本的にユーは聡い。こんなに漠然とした物言いをする悪魔ではない。
「どう、したの?」
「…どうもしないわよ。ただ、そう思っただけ」
 ユーは深く、息を吐いた。そうして、苛立ちを示すように自らの銀髪を掻いた。
「帰ろ」
「うん」
 その言葉を予想していたのだろうか。リンは直ぐに仕度を終えると、立ち上がった。
 リンはかけるべき言葉を探してはいたが、どれも、しっくり来なかった。
 ――互いのこと、あんまり知らないから、かな。
 元々、城之崎リンは孤独に暮らしていたのだった。そこに、彼女が現れた。
 母の姿をしたユーに甘えた――のは間違いないが、ユーに背中を押された――ような気もするし、ユーの為に身体を張った――気もするが、お互いの話を深めるような事はあまりなかった。
 あの日。撃退署に保護されたあとで、ユーの言葉を噛み砕いた挙句、学園に入学しようと一念発起した。
 そしたら、ユーも一緒に学園に入学していた。
 リンは心底驚いたのだ。バツの悪そうなユーに理由を尋ねたが、教えてもらえなかった。
 以来、聞かないままに日々を過ごしている。
 こういう時、どういう風にすればいいのか、独りで生きてきたリンには解らなかった。

「――ねえ、ユー」
「なに?」
 その良し悪しも、リンには解らない。ただ。
「行きたい所があるんだけど……いい、かな?」

 今日のユーをみて、このままではいけないのかもな、って思ったから。
 そう、言った。



「アタシ、此処で斬られたのね」
「あはは……」
 今。リンとユーは北秋田市に来ていた。
 その一角――かつて、六万秀人というシュトラッサーが斃れた場所である。
 そしてそこは、リンの生家があった。更地の只中で、ユーはくるくると廻るようにして立っていた。
「にしても、跡形も無くなったわねー」
「殆ど瓦礫になっちゃったから、回収できる荷物だけ回収して……更地にしてもらったの」
「ふぅん……」
 ユーは何かを言いかけて、やめた。そうして、当たりを見渡す。
「て、ヤだ、これアタシの血の痕?」
「あー……うん。ユー、そこに寝かされていたんだよ」
「――覚えてないわね」
「ひどい傷だったからね……」
 そんなやり取りをしていると、時折、通りの向こうに人影が見えた。
 彼らはリンの姿を見て、そそくさと道を変えている。明らかに、此方を認識しての行動だった。
「アンタ、ホントに嫌われてたのね」
「……うん」
「……」
 俯いて言うリンに、ユーは言葉を継げずにいたが。

「あのバ火力大天使が開けた大穴を見に行きましょうよ」
 目先を、逸らすことにした。
 いつもどおりに、踏み込まない事を選んだのだった。


 ――それが、間違いだった。



 市街を叩くように、音が響く。戦闘の音だ。ユーと、あの得体のしれない巨人が闘っている。
 その音を背に、リンは走っていた。応援を、呼ぶために。



 ――巨人は、ユーがかつて『死にそうになった』という穴から沸いて出てきた。
 突然の事だったが、ユーに激烈な反応を示したのは間違いなかった。
 巨人は、驚愕するユーの首を、その大きな手でへし折ろうとした。

「アルフィ……ッ!」
 襲われながら、何かを、喚ぼうとしたのだろう。でも、それは此の場所で失われた。時折、ユーはこういうミスをしてしまう。
 ――染み付いてるのよ。そういう戦い方が。
 そんなことを言っていたなあ、と思い出しながら、リンはその間に入っていた。
「ユー、危ない……っ!」
 凄い圧力だった。堪らず吹き飛ばされる。
「このバカ娘……!」
 ユーが、闇色の翼をはためかせながら飛び上がった。砲撃を浴びせながら、叫ぶ。
「リン! アンタじゃ相性が悪いわ。早く応援を呼んできて! ――コッチよ、グレンストラカイザー!」
「わか……え?」
「……」
「今、なんて?」
 目の前で、ユーが空を舞いながらグレンストラカイザーなる巨人の注意を引いているのだが――。
「なんでもない」
「…………」
「…………」
 リンは、呆然としていた。現状を受け入れるには、今聞いた名前が衝撃的に過ぎた。
 ユーとの距離が離れていくのをリンは呆然と見送っていた、が。
「……早く行けサイテーバカ! アンタも一緒に殺してもいいのよ!?」
 威勢の良い声に、走りだした。後ろ髪を引かれているのは明らかだったが、距離が離れるに連れて走る足に力が入っていく。


 ユーとあの巨人に浅からぬ縁があるのは、解る。
 でも。
「グレンストラカイザーって……」

 迷い子のような色を含んだ声であった。


リプレイ本文


 蒼空に、厚く筆で塗られたような白。見事な入道雲であった。熱と湿度を多く含んだ大気を覆う、爽快な空に覆われた北秋田市の裾野は広い。なだらかに山間へと至る、その中間。土と緑とで彩られたそこが、此度の戦場であった。
 音が響く。怨怨と、低く駆動する音だ。一体の巨人が空を舞う一人のはぐれ悪魔ユー・インを追い回す残響。それが山を打ち、音が返る。
 その戦場を、追走する影がある。元よりこの場でユーの傷を癒やしていた城之崎リンと、この場に駆けつけた撃退士達。その中で長髪を赤紐で無造作に束ねた青年、獅堂 武(jb0906)は木霊する戦闘音に負けじと声を張る。
「でかけりゃいいってもんじゃねえぞ……!」
 巨人の歩みは緩やかなものだ。だが、巨体故に歩幅が違った。その違いを、男は嘆いたか。リンが長い金髪を靡かせて走りながら、言葉を返す。
「な、名前があるみたいです! 確か、グレンストラ「リィィィィィン!!!」」
 遠間から、ユーの声が割って入った。その時初めて、撃退士達の姿に気づいたのだろう。逃げに回ってたユーは、その進路を変える。
 緩やかに巨人との相対速度が変わる中、亀山 淳紅(ja2261)は顔いっぱいに疑問を貼り付けて。
「グレ……? え、何てもっかい」
 言う。
「グレンスト「リン! 殺すからね! それ以上言ったら殺す!」、だそうです」
「……触れんといたほうがよさそうやね」
「……はい」
 つと、赤坂白秋(ja7030)は大きく溜息を吐いた。寸前までユーの痛切な表情を見て取っていただけに、その表情にはどこか苦みがある。
「お前、湿っぽい話したいのか笑い取りに行きたいのかどっちだ……?」
 吐き出す言葉には、常ならぬ響きがあった。隠し切れない痛みと倦怠。
「ま、このザマじゃ何も言えねえか」
 白秋は痛む身体に我が身に降り掛かった不幸、出来の悪い悲喜劇に自嘲を零す。
「回復、しましょうか?」
 御堂・玲獅(ja0388)がその様子を横目に言う。彼女であれば、白秋のこの傷を癒やすことが出来る。それ故の提案であったが――。
「いや、いい」
 即答、であった。
「――解りました。くれぐれもお気をつけて」
「アリガトよ」
 食い下がるつもりも無かったのだろう。玲獅が特に気に求めるでもなくそう受けると、白秋は礼を返した。
 ――耳にしてはいたが本当にはぐれていたか、死より生を選んだというところか。
 二人のやりとりを尻目に、蘇芳 更紗(ja8374)は視界にユーをおさめて、そう零した。直接刃を交えた訳ではないが、ユーと相対していた事がある。死にかけている彼女を眼にもしていた。
 ――その判断が吉と出るか凶とでるかだが、今回のところは凶といったとこか。
 胸中で呟きながら更紗は疾走。ユーの方向転換に合わせて、巨人はこちらに近づきつつある。
 無論、巨人に先行するユーとの距離も縮まっている。
 十分に声が通る距離まで待って、リザベート・ザヴィアー(jb5765)は言った。
「あれがお主の創り出した物ならば攻撃は把握しておるじゃろう。戦いながらで構わぬ。記憶の限りお主の知る情報を出せぃ!」
「リンに伝えたわよ! そん、……っ!」
「ユー!」
 巨人の拳が、ユーの言葉を留めた。衝撃に体勢を大きく崩すユー。治療すべく、リンが先ず行った。それを見届けながら、リザベートは続ける。
「本当にあれだけか、と聞いておる!」
「言いたく、無いとも、言ったわ!」
「……そうか、了解した」
 リザベートはその応答を不義理とは取らなかった。不足はあるかもしれないが嘘はない、と。リザベートもまたはぐれ悪魔である。眼前の『はぐれ』の背景も、そこはかとなく透けて見えるというものだった。リザベートは側面へと大きく回りこむように移動する。
「貴様の相手はわたくしだ、臆さぬのならかかって来い……!」
 先ほどの直撃を見て、巨人の眼前に立つ更紗は気迫と共にそう告げる。黒巨人の注意を引こうとしての事だ。胸を張って言う姿は威風堂々。その光景を中空から見下ろす幼い風貌のはぐれ悪魔ナナシ(jb3008)は、遠間からユーに高度を合わせて言う。
「ユーさんだっけ? しばらく引きつけておくから。いったん後ろに下がって回復してもらいなさい」
「それができたら、いいんだけど……ッ!」
 対して、ユーは苦しげに言った。言葉の内容は――改めて確認するまでも、なかった。
「……なるほど」
 更紗の口上の後でも、巨人は一心不乱にユーを追い続けている。注意を引こうとしている更紗に注意を払おうともしていない。
 それだけ、ユーに執着している、のだろう。
「楽に治療、というわけには行かなそうね」
 ぽつ、と現状をそう評価したナナシのその手には得物が顕現されようとしていた。



 ――グレンナンタラはユーを追うとるみたい。
 淳紅は、攻撃を受けたユーに対してすれ違いざまに回復をするリンを見た。それだけ、ユーと巨人が近づいてきたという事。見れば、結構な傷を負っている。
 ――なんやろなあ。
 ユーも、リンも真剣そのもの。だが、それ以上に巨人の姿に鬼気迫るものを感じて、淳紅は逡巡した。
 その逡巡を、貫くように。上空から音が生まれた。ナナシが手にする88mm口径の魔導銃からの砲撃だ。
 大気を焦がし、震わす程の高威力。巨人が背にしているブースターを狙った一撃は――余さず命中。
「おぉ」
 淳紅は巨人の背後へと回り込みながら、感嘆して声を零した。なんというか、音が違う。アウルの銃弾の筈なのに。
「なんであんなに豪快な金属音なん……?」
 要らぬ拘りに職人魂を見た心地がしたが、思わず突っ込んでいた。大きく踏ん張った巨人は揺るぎこそしながったが、直撃を受けたブースターは大きくへこんでいる。
「なるほど、固い、というだけのことはあるわね」
 ――時間が掛かりそう。
 遠く、音の余韻に紛れるナナシの声を、淳紅の耳は確かに拾っていた。ナナシが、固いという。見た目通り、あるいはそれ以上の頑強さという事だろう。
 何となく漂うニチアサの香りに、少年の胸が踊った。
「戦隊物のテーマとか歌う? 」
「危ないからやめとけ」
 淳紅の呟きに、同じく背後に回ろうとする白秋が苦々しげに言う。走る姿は、白秋らしくない無様がある。それだけ、その身を蝕むものがあるのだろう。無茶しよるなあ、と淳紅は思いながらも、唄を紡ぎ始める。
「Io ti lascio, oh cara, addio, vivi piu felice e scordati di me」
 巨人は相変わらず、怨と唸りながらユーを追い回している。
 ――迷い子みたいやなあ、とぼんやりと、思った。



 リザベートは空を舞う。顕現した翼で大気を叩きながら、巨人の左側方に廻る。
 その視線は巨人ではなく、ユーを見つめていた。
 ユーの反駁が耳に残る。論理的ではない、感情の篭った声に覚えがあった。そうして透けて見えたのは、ユーと巨人の関係。
「創り出した責任と救いあげた責任の違いはあれど、似たような話もあるものじゃのう」
 そこに、こんなにも強く内奥を揺さぶられたのは――己の過去との対比による。彼女にもまた、苦い別れの経験があった。
「だが……引導を渡してやるも主の務めじゃ」
 呟く。覚悟が無いのか、とふと思う。覚悟なんて無かった、とやはり、思う。『それ』は突然やってくるものだから。
 その結果を受け止めるのも主の勤めだ、ともリザベートは思う。
 彼女自身、救いあげたその時に、自らの判断が誤っているなんて思いもしなかった。
 だが、振り返ればどこかに瑕疵があったのだ。時は巻き戻すことは出来ない。その瑕疵を取り除く事が出来ない以上、その責はその身で負う他ない。
 右手。巨人の背中側から、淳紅が歌う。いやに胸中に響く歌声だった。
 巨人の足元。血色の深い赤が、五線譜と音符が円陣となって結ばれた。数多の手、手、手が巨人の足を掻き抱くと、巨人の動きが止まった。
 リザベートが、その隙を見逃す由もない。
 顕現した紫電が奔る。金属製――に見える全身に纏わりつくように直撃。
 だが、手応えは乏しい。
「いずれにせよ、あのはぐれ悪魔一人には荷が勝つ、か」
 頑強ならば、それでいい。決断は後ほど下せば良い、とリザベートは判じた。
 そうして、淳紅の魔法で動きが止まった巨人の背をよじ登る影を見る。

 白秋だった。



「う、おお……ッ!」
 ――うむ。男児たるものああでなければ。
 更紗は白秋の奮闘を感じ取りながら、真正面から巨人に肉薄しつつあった。故に背後を登る白秋の姿は見えてはいないのだが。
 よじ登る男とはぐれ悪魔に浅からぬ縁が在ることも更紗は知っていた。
「なるほど。執着、か」
 白秋が止まらぬように、巨人もまた止まらない。更紗にとっても、身を衝き動かす激情には覚えがある。
 これでは幾度注意を引こうとしても難しかろう。だが、今、巨人は足を止めている。
 布槍を手に更紗は往く。ユーと交差するように進み――。
「む……っ」
 途端。気配を感じた。
「赤坂様、振り落とされるぞ、気をつけろ」
 言いながら、その『振動』を誰よりも体感しているのは白秋だろう、と遅れて思った。
「ぉぉぉお……!」
 音に呑みこまれ掛けてはいるが、確かに苦悶の声が響いている。必死なのだろうが、その必死さが更紗には好ましい。いいぞ。もっと頑張れ。
 何の音か。更紗は想像する――までもない。結論はすぐに出た。ブースターだ。相対する位置からでは轟音と噴煙しか伺えぬ、が。
「…………あ。無理やわ」
 淳紅の唄声が止んだ、と更紗が知覚したと同時だ。爆音。急加速する巨人の勢いに沸き上がる無数の手の拘束は引き千切られ、溶けるように消えていった。
「、っ!」
 急加速で至る巨人。その姿は砲弾に近しい。直撃は避けられない。
 ――殆ど反射に近しい判断で、更紗はアウルを展開した。
「ぐっ」
 衝撃を大いに緩和させながらも、絶望的な体重差に吹き飛ばされた。
「……、く、ぅ!」
 ユーもまた、そうであった。巨人に注意を払いながらの飛行だ。直撃は辛うじて避けられたが、大きく飛ばされる。
 更紗は弾かれながら、声を張った。
「わたくしはまだ大丈夫! あのはぐれ悪魔を先に」
「――はい」
 玲獅に向けた声だった。瞬後、素早く結ばれたアウルがユーの身を包む。
「……リンさん、どのくらいならいけますか?」
「しょ、正直、余力はあまり、無いです」
 状況を見て取ったか、玲獅はそう問うていた。
 ユーは可能な限り躱してはいるのだろうが、それでも被弾は多い。玲獅達が集まるまでユーの治療に専念していたという。即ち、その分だけ消耗している、ということだ。
「リンさんが治療が出来る内に、手を打っておきたい所ですが……」
 治療の手すら足りなくなり得るのが、現状であった。
 身動きがとれないでいる玲獅の声に、
 ――上手く敵の目を引ければ、此方で支援に、とも思ったが。
 更紗はそう独語する。どうも、そう簡単にはいかなそうだ。
 現状では、ユーの治療に専念してもらった方がいい、か。振り返り、更紗は追走する。ユー自身があまり距離を取らなかった為、巨人との距離はさほど開いていない。
「どこを向いている! 此方だ……!」
 声を張りながら、更紗は足の隙間を抜け、振り変えりざま、回旋の勢いを込めてその足を布槍で撃つが、やはり、硬い。
 ――打撃力で注意が引けるならば、とうの昔にナナシさまに向かっている筈、か。
「無理矢理に間に入ってでも止めなくてはならんか……?」
 其の言葉を、拾っていた訳でもないだろうが。
「うう、でけえ……」
 至近から、声がした。



 ユーと巨人の間に入る形になった武は、巨人を見上げた。日差しを遮り逆光を背負う姿にげっそりしてきた。
 此方を見ようともしない。拳の動向に注意を払いながら武は符を翳し――そこに。
「そこのアンタ! 何突っ立ってんのよ……! アタシから離れなさい!」
 ユーの声が響いた。
「え?」
「巻き込まれるわよ!?」
 ユーをとにかく追走する巨人。その眼前に立つということは、その巨大な拳に身を晒している事に他ならない。
 今もそうだ。巨人はただ追走しただけ。その拳はまだ――。
「きゃ……っ」
「う、おお……っ!」
 大きく振りかざされた拳を、ユーは何とか避ける事が出来たようだ。拳はそのまま、大地を殴りつけるかのような軌跡を描く。
 ユーの声に注意が逸れていたが、何とか剣を翳す。
 ――直接受けたらマズイ。
 その勢いに、そう直感した。飛び込むようにして、前へ。こちらも直撃を避けることは出来た。だが、衝撃に、其の身が舞いあがる。寸前まで立っていた場所に拳が突き立つ余韻を体感しながら、武は言葉を呑んだ。
「とんでもないな……!」
 ゴロゴロと地面を転がりながら、吐き捨てる。前に立つのは危険だ。とはいえ別の手段でユーを護ろうにも、現状の手札ではそれも難しい。
 武は思考しながら、合金っぽい足に寄りかかるようにして立ち上がる。
「この無防備さはある意味でラッキーだけど……」
 兎角、懐には入った。
 好機だ、と判じ、闘刃武舞を舞おうとして――止めた。
「……と、そうか」
 至近には更紗も居る。張り付いている白秋もブースターが熱い熱いと呻いている。巻き込む可能性がある以上、この手も取れない。
「なら……っ!」
 素早く刀印を切る。八卦石縛風。足元から粉塵が舞い上がり、巨人の身体を叩く。砂塵はそのまま、どこか生物的な動きで包むように。凝集。石化の呪を成さんとする。
「離れて! その子は、そういうのには強いから……!」
「っ!」
 ユーだ。その声に曳かれるように、武は足元から離れた。途端に、大量の砂塵が頭上から降り落ちてきた。



 ナナシは戦場を俯瞰していた。開いた距離。空を舞う高度がそれを可能にする。
「……役割、なのかしらね」
 ぽつ、と呟く。狩猟者、攻撃者たる自分と相性のいい個体だ、と冷静に思った。
 前衛を担う為の要素が揃っている。自分達の火力や絡め手を受け止めても揺るがぬその姿は十分に証拠たり得る。そう作られた、のだろう。
 今、護るべきものが無いことが、この個体の致命的な欠点だと言えた。例えば、自分のような役割を持つ者が。
「指揮下に無く、一体だからこそやりようはあるけど……不幸中の幸いね」
 掲げた魔導銃にアウルを籠める。目標は――やはり、背のブースターだ。淳紅の束縛の魔術は効いた。ならば、あのブースターさえ壊せば趨勢が決まる。そう彼女は判断した。
 そのブースターに張り付いてる白秋が激しく咳き込んでいる姿が見える。先ほどの武の攻撃の影響だろうか。大量の砂塵が舞い上がる中で、大層苦しそうである。
「でも、よく耐えたわ」
 先ほどの加速。機動。そして砂塵。それらから身を護る術は無くても、ただそこに留まるための工夫が、ナナシの位置からはよく見えた。
 白秋が、その身体をブースターの真上に留める事が出来たのにはカラクリがある。今はその姿を見ることは出来ないが、目隠しをした女が顕現し、『白秋を』包んだ。以来、自由は効かぬようではあるがブースターに縫い止められたように張り付いている。
 忍術の一種だろう、とナナシは見て取る。逆説的だが――ならば、安全でしょうね、と判断し。
「そのまま張り付いていてね」
 声は届くまいが、一応言葉にした。
「動くと危ないから」

 撃った。



 砲声の直後、凄まじい衝撃が白秋を揺さぶった。
「つ、ああああっ! なんだこれ、いちいち締まらねェ……!」
 張り付いたまでは良かったが、ブースターの振動は居住性最悪、急加速は乗り心地最低、頼もしい撃退士の攻撃で安心感ゼロ。
 今も、そうだ。ナナシだ。絶対ナナシに違いない、と確信して、白秋は何事かをブツブツと呟きながらブースターに張り付く。 
 ぐらり、と傾ぎ片足立ちになってバランスを取る巨人と白秋は一蓮托生だった。斃れないでくれ、とすら白秋は念じていた。振動はまだしも斃れた拍子に何か不幸が起こる可能性は――現状の負傷を顧みれば、相応に高いと思う。
「やるしかねえ……!」
 幸か不幸か、手を離していても巨人から離れない状況。眼前のブースター。これが、急所だ。
 そこに。
「……ごめんな!」
 やけにさわやかな声が響いた。続いて、歌声。真後ろからだ。こんな事を言い高らかに歌い上げる撃退士など、この場には一人しか居ない。
「待……か、構わねえ、撃て、淳紅!」
 待て、というのは下策と解る頭を白秋は憎んだ。生存本能を理性でねじ伏せて、言葉を呑み込む。
「言われんでも撃つで?」
 ――絶対笑ってやがる……!
 瞬後だ。風威が後背から叩きつけられた。無論、白秋を避けての事ではあったが。ナナシのそれに次ぐ風威に、片足立ちになっていた巨人の身体が急激にバランスを崩す。
「、お、おお……っ!?」
 巨人が膝を付く。残った慣性に振り回され、首の装甲に叩きつけられる。顔面だけは両手で護った。うつ伏せに倒れるような形になった巨人の背に立つ、と。
「――やあ、美しい人」
 眼前。すぐ近くにはぐれ悪魔ユー・インの姿を認めてそう言っていた。傷だらけのユーがいた。
「だ、大丈夫? 頭でも打った? 状況解ってる……!?」
「いや…………そうだな、その通りだ」
 振り回され過ぎた結果、心の安定剤を求めてしまっていた。ただ、心配されたような気がして、立ち直るのにそんなに時間はいらなかった。
 兎角、好機だ。白秋は何とか立ち上がると、双銃を足元に向け――引き金を引いた。アウルを練り上げるのに四苦八苦しながら、何とかそれを為す。
「喰い千切る……!」
 放たれたアウルは、女の形をしていた。それは嫋やかに膝折ると、巨人の装甲に口付けする。
 間もなく、口付けを為した女の影はアウルごと解けて、消えた。
 ――行けるか?
「って、うお……ッ!」
 自問した、瞬後だ。巨人が動きだした。身を起こそうというのだろう。
 振り落とされはしないが、姿勢次第では行動ができなくなってしまう。慌ててしがみついた。
 ――今の俺、最高にダサいな……。
 どこか達観しながら、そう呟いた。束縛は、まだ解けそうにもない。



 転倒を、好機を待ち望んでいた者が居た。
 玲獅だ。
 今、この時、巨人の攻撃の手が緩んでいた。それは即ち――玲獅が回復に専念しなくても良い、ということ。白秋が何をしたのか、玲獅には見えていた。ユーの言葉が想起される。
『その子は、そういうのには強いから』と、言っていた。だが、それでも、淳紅の魔術は通っていた。
「赤坂さん!」
「……効いてる!」
 こちらの意を察したか。呼びかけに、声が返る。声に、行こう、と念じた。その意に添うように、円陣が描かれる。光輝を纏う、封印の陣が。
 ――攻撃が、ただただユーさんに集中するのは想定外でした。
 それ故にユーの傷を専心して癒やすことも出来ず、敵の動きのコントロールも難しい。
 ただし、光明は、ある。
 だからこそ、今はその足を、その火力を止めるために術を紡いだ。
 ――護るために。
「……其の輝きを曇らせないでくれ、とある方に頼まれましたので」
 強欲であろうと、決めているのだから。
 別離があっても救うと決めたのだから。
「深くは聞きません。事情もあるのでしょうが……今は巨人を退治して仲間を救います」
 封印の陣が、発動した。



 ユーは、足手まといだという事をこの上なく自覚している。
 撃退士達が攻撃が可能なように位置どる。
 それだけしか出来ない今が、歯がゆくもあった。
 ただ、漠然と。
 ――『はぐれ』るということは、こういう事なのね。
 そんな事を、思った。

 瞬後だ。

 光が、柱となって立ち昇る。蒼穹を貫く、強大な陣。
「ユー! 今は離れていいから……!」
 声が響いた。リンの声だ。
「っ!」
 意図を察して、全速力で飛行した。今まではブースターがあるが故に出来なかった機動で、一息に巨人を置き去って離れる。



「淳紅さん!」
「オッケー!」
 光の只中から湧き上がった玲獅の声に、淳紅が応じた。そうして再度、鎮魂の歌唱が響く。
 歌声を背に、更紗が光に包まれた巨人に対して跳躍。布槍を最大限に伸張展開。
「イィィィィィッ!」
「、う、は……」
 更紗はそのまま高く響く気勢で、ブースターを殴打した。ぐず、と融解していく装甲が軋む。張り付いている白秋が苦鳴を零した。
「っし、行く!」
 大量の砂埃を上げながら、武は符を構えた。氷晶霊符。氷刃が瞬時に形成されるや否や、陽光を返しながら疾走った。
 更紗と同じ部位を違わず、もう一打。
「こいつさえ壊せば……ッ!」
 終わりが見える、と。武が言うと、更紗が頷いた。
 ――此方の勝ちは大凡決まった、か。
「……さて、ユーはどうするかな」



 皆にならって雷撃を放った後、リザベートは闇色の翼をはためかせて移動をした。向かう先。ユーは振り返り、光柱の只中でそれでも歩もうとする巨人を見ている。
 先ほどのような加速は、玲獅の封印によって出来ないようだ。
 ――分かっておるのだろうな。
 玲獅はこのまま、再度封印の陣を張るだろう。そうしている間に、淳紅の束縛の魔術が展開される。
 ブースターが破壊されれば――この戦局は、終わる。
「お主」
「……何よ」
 傷だらけのはぐれ悪魔は、どこかに敵意を香らせながら、言う。
 ――仕方がないことよな。
 理解と共感と同時に湧き上がった、胸を抉る後悔に、その表情が凍えた。
「なあ」
 己の手で地獄に突き落とした自らのヴァニタスを思い出す。その時渡した引導と、その痛みを。
 だからこそ、言わねばならないと、そう思った。
「……引導を渡してやるも、主の勤めじゃ」
「…………」
 彼方からは戦場の音。それでも痛く残る沈黙に、リザベートはしかし、何も言わなかった。

 関係が深ければ深くなるほど、身動きがとれなくなる事を彼女はよく知っていた。
 彼女を縛る後悔の茨は、今も彼女自身を傷つけ続けているから、だ。

 眼前。ナナシの砲撃が更に巨人の背のブースターを穿つ。次いで、血色の魔法陣が描かれた。五線譜や音楽記号を基にしたそれは、淳紅の魔術に他ならない。
 白秋は撃ち、玲獅が再び陣を張った。巨人はついに身動きが取れなくなり、苛立たしげに拳を走らせた。その先で、更紗は拳を受け、武は先程と同じようにブースターに氷刃を飛ばす。

 苛烈な猛撃に、見る見るうちにブースターは自壊寸前になる。彼方此方から火花が上がる姿は、終わりを予感させるには十分なもので。


●一方その頃
「あ」
 白秋が何かを思い出したかのように、言った。
「どうしたんです、赤坂さん」
 まず応じたのは玲獅であった。
「……なあ、玲獅、俺いま最高にヤバい事に気づいたんだが」
「大丈夫です。一度までなら、死んでも蘇らせます」
「死んだら無理だろ……!」
「覚悟を決めよう、赤坂様」
「蘇芳……てめえ、ひとごとだと思って……」
 武は白秋の置かれた状況に気付き、真剣に悩み、悩んだ末。
「……足元を斬ったら、運べないかな」
 そう、零した。
「斬るて、足をやね?」
「違うだろ……!」
 一瞬だけ唄を止めた淳紅の言葉に、必死に足の周りの装甲を銃で撃ちながら言う白秋。


 狂騒を他所に。
 ――ブースターは、爆発しなかった。



 以降は、一方的な展開となった。
 身動きの取れぬ巨人は、火炎を吐いたらそこを塞ぐように火力が集中し、遠間から一方的に削られていった。
 白秋の為した腐食の呪縛は解けぬまま、巨人は全身を泡立たせながら、撃退士の攻撃をその身で受け続ける。
 こうなると、その手応えにいつ『奥の手』が切られるか、を懸念するようになる。
「多分、自爆だよな……?」
「せやね……浪漫やし」
 武に、淳紅はそう返した。
 だが。一向に、その時は来ないまま。


「ユーさん」
 固唾を呑んで巨人の様子を眺めているユーに近づいたナナシは、そう声を掛けた。
 ユーは、行く末を見届けようとしているように見えないでもないが。
 ――迷い子のようね。
 ナナシには、そう見えた。身動きが取れない、覚悟が出来ていないのだ、と。
「倒しちゃうけど、問題無いわね?」
 だから、そう告げた。
 感情を滲ませるでも無く、平坦に。
 ナナシとて、事情を理解していないわけではない。
「トドメを自分で刺したいっていうのなら、譲ってあげるけど」
 ただ、それが最適だと思っただけの事だ。
 劇的だった。
「アンタ……」
 言葉と同時、激怒の気配がナナシを叩く。
「………ムカつくわ」
 彼女の憤怒が形を為したか。大気を焦がしながら翼をはためかせて往くユー。

 その背を見届けながら、ナナシは小さく零した。
「この先に覚悟をしなきゃいけない事も、多いのよ」
 言葉の平坦さは変わらない。なのにどこか、慮る色が滲んだ言葉だった。
 視線の先。黒い仮面を複数展開したユーの前に、黒光が凝集されていく。
 ユーが声を張ると、射線上の撃退士達はそっと位置を変え――そして。



 陽光を喰らい尽くすように放たれた黒々とした波動が、世界を撫でた。
 音も。闇も。全ては一瞬。後に生まれた無音がいやに耳に残る。

 ――跪き、頭を垂れる姿が、夏の空の下、最後に残された姿だった。



「お主は忠義者じゃな……」
 リザベートは、その姿を目に焼き付けると、そう零した。
 崩壊が始まりつつあった。ひび割れた装甲の向こうから、噴煙が上がる。
 流儀などリザベートは知らぬ。だが、その『奥の手』は彼女の目をしても――不完全なものに見えた。

「生きなさい、なんて。にこやかな顔して、ホンマ優しくなかった」
 中空に舞い上がった淳紅はそれを見届けながら、唄を紡ぐ。
 巨人の姿が、かつて対峙した大天使に重なって見えた。

 その時を待っていたのは、淳紅だけではない。武もまた、四神を各方角に見立て、結界を成す。
「防げるといいけど、も」
「……さて。そこまで心配はいらないだろう」
 内部に収束する破壊の気配は、更紗には脅威には見えずに、そう返した。

 そして。

 爆煙と破片の雨が、音を曳いてあたりに満ちた。
 同時。真っ向からそれを覆うように、淳紅の大魔術が降り注ぐ。
 巨人の欠片を。焔を、その内奥へと押し戻すように。

 ――拮抗は一瞬。それが収束するまで、さして時間はかからなかった。



 うず高く積み上がる、焼け焦げた破片をユーは見上げた。
「アンタ、頑張ったわね」
 右手で触れると、残った熱が肌を灼く。最後にこの世に残ったそれを、その身に刻もうとしているかのように、ユーは触れた手を離さないまま。
「……ごめん、ね……ごめん……」
 そうして静かに、肩を震わせた。


「強欲、ですね。私は」
 その背を見て、玲獅はぽつと零した。
「こうなると、解っていたのに」
 眼前にあるのは、玲獅には癒せない傷。それでも斯く護ると決めたのは彼女自身だった。
「御堂先輩……」
 武は暫く逡巡して、言う。
「他にやりようもないし。仕方ない」
 この別れは、必然だったと武は思う。どこまでも当人の問題でしかない以上、伸べられる手には限界がある。
「――必要な事、でもあるしな」
 そう言葉を継いだ更紗の、視線の先。
「強欲、というのなら。あれもそうなのだろうな」
 ユーに近づく一人の男が、居た。



 あの子の欠片が、熱と共に、消えていく。置いて行かれた気がして、手を伸ばした。
 でも、できなかった。
「名前を教えてくれ、美しい人 。あんたは自分の未来をどうやって決めたいんだ」
 その手首を、掴まれたからだ。
「……アンタ」
 心が、冷えた。無遠慮で、不躾な言葉に、かつてない程に怒りを覚えた。
 ■そうとすら、した。
 でも、その手の感触に――馴染みがあって、戸惑いがあってできなかった。軋むほど噛み締めて、怒りを飲み下す。
「前に、名乗ったでしょう」
 覚えがあった。あの時と違って、真面目な顔だけど。
「覚えてたのか」
 苦笑と、握る手の強さに、色々な感情が見えた。
「なあ、ユー。俺はあんたが俺達の味方になってくれて、素直に嬉しいと思う。世の中全員俺だったら俺は何億倍もあんたを愛せるし、あんたも沢山のイケメンに囲まれて幸せだろうが」
 まくし立てるようにそいつは言う。正直、意味は解らない。そういう長台詞が格好いいと思っているのかもしれない。
「だから、何?」
 だとしたら、大間違いだ。今こんなことを言われても、何も響かない。苛立たしくてそう切り返したら。
「……俺はあんたは義理を果たしたと思ってる。いなきゃならん理由はもうないと思う」
 続いた言葉に、その意味に、絶句した。
「アンタ、意味解って言ってんの」
「ああ。あんたはもう一度考えるべきだ。俺達の側に立つのか――この学園を、去るのか」
 言葉を無くして、視線を逸らす。
 ――あの子の姿はもう、消えていた。
 ただ、アタシの手に火傷だけ、残して。
「あのさ」
 子供の声がして、振り向いた。無邪気に笑いながら近づいてくると、その子は。
「妄想でごめんやけど、グレ」
 目で殺そうとした。
「……なんちゃら」
 失敗したけど、意図は伝わったみたいだった。
「生きろ、って言うてくれたんちゃう?」
「テキトーに言ってない?」
「都合よく受け止めればええんよ。死人に口無しや」
「……」
 にふ、と笑う柔らかそうなほっぺがムカついた。

 大きく、溜息を吐く。
 そうして、手を掴みっぱなしの男に向き直って、言う。
「離して。手。痛い」
「――あ、ああ。悪ィ」
 握られた手首に残った熱を感じながら、もう一度、溜息を吐く。

 正直、どうしたら良いかなんて解らないまま。
 あの子のことも、受け止めきれているなんて、とてもじゃないけれど言えない。
 でも。

「名前、教えてよ」
「あ?」
「お?」
「アンタ達も!」
 遠くの面子にも声をかけながら、思った。

 時間は、ある。もう一度、考えるくらいの時間は。

 ――答えが出るまでの間くらいなら、この学園に居る事は多分、苦にはならないハズ、って。

 そう、思った。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: サンドイッチ神・御堂・玲獅(ja0388)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 時代を動かす男・赤坂白秋(ja7030)
重体: −
面白かった!:7人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
屍人を憎悪する者・
蘇芳 更紗(ja8374)

大学部7年163組 女 ディバインナイト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
その名に敬意を示す・
リザベート・ザヴィアー(jb5765)

卒業 女 ダアト