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マスター:ムジカ・トラス
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/07/21


みんなの思い出



オープニング

 自分でも、バカみたいって思う、けど。
 しょうがないじゃん。捕まった以上、生きるためにはこうするしかなかったし?
 それにほら。
 借りは返さないと――落ち着かないし?
 天使たちには心底ムカついてるから、アタシ。

 あの子にも……まぁ、借り、あるし。
 別に、アンタ達を助けたいわけじゃ、ないし。



 ――ゲート。
 それはこの世界と並行世界をつなぐ人外の装置。そして支配と隷属の象徴でもあり、混沌と搾取を強要する存在でもある。
「いよいよです…トビト様」
 柔らかな微笑を浮かべ、天の川へと静かに祈りを捧げる菫色の天使。たおやかに紡がれる歌声が厳かに魔力を練り上げ、編み込んでゆく。
 草木の薫り、葉擦れの音。そして、陰の狭間に揺れ動くサーバントの群れ。
 新たな災厄が今、静かに花開こうとしていた………。



 『東北の地で大きく事態が動いた際に、即座に学園からも人員を派遣して欲しい』

 撃退庁東北支部指令・長月 耀より上記の要請が来たのは数週間前のこと。
 わずか、数週間。その間に国内別地域でも大きな動きがあり、実に悪い間で最悪のSOSが舞い込んだ。

 久遠ヶ原学園、ミーティングルーム。
「あらゆるものに、限りはある。撃退士の数も然り。さりとて、やらねばならぬ時がある。それが今だ」
 もっともらしいことを言いながら、職員は正面のスクリーンに地図を映し出した。

 白神山地、二ツ森。

 そこが、新たなる支配拠点として敵が選んだ土地であった。
 世界遺産という、人間にとって『無意識の結界』が張られたその地は天然の要害だ。
 緑生い茂るこの時期、恐らくはトレッキングコースとして整備されている道以外を通るのは至難であろう。
 密偵、曰く。山間にはサーバントの影があったという。

 そしてそこには――大天使、ミロスファの姿もあったそうだ。

 転移魔術を使い、多種多様の魔法を有し、過去の目撃情報から広範囲に及ぶ魔法攻撃を有している事が知られているミロスファ。
 その大天使が、儀式に当たるヴィルギニアを守護する役割を担っている事は、想像に難く無かった。



 今回の撃退士側の作戦要綱はシンプルだ。

 大天使ミロスファを抑え、本命の突破を促す班。
 突破し、ヴィルギニアのゲート展開を阻止し、生還を果たす本命の班。
 そして。その生還を達成するために待機し、合図と共に救助に向かう班。

 君達の班は――。



「救出に行くか、救出に行かないかの二択ね」
「え……でも、ユーさん」
「ユー。何度も言ってんじゃん」
「ゆ、ユー」
「よろしい。で、なに?」
「あ、えと、……えーっと」
「早く言う」
「あ、うん。あの、三班態勢だ、よ?」
「あのね、リン。あんな火力バカ大天使と私達が戦えるわけないし、私達がウジャウジャ居るサーバント突っ切ってその上得体の知れない権天使を殴りにいくとかありえないし、それなら救出に行くか、そもそも行かないかの二択しかないじゃない」
「あ、そっか……そうだよね、戦えないよね、ごめんね」
「……少しくらいは否定しなさいよ……傷つくじゃん」
「あ、ごめん……」
「謝らないで」
「あ……」
「……」
「……」
「……」
「なんか喋りなさいよ」
「あ、うん」
「……」
「……」
「……」
「あ、あのね」
「なに?」
「私……助けに、行きたいな。危ないだろうけど、それでも」
「じゃあ、そうしましょ」
「え!?」
「何驚いてんのよ」
「い、いいの?」
「リンは行きたいんでしょ? なら、アタシも行く」
「……」
「何よ」
「ユー、本当に、素直じゃないなあ……」
「ほっとけバカ」



 救出班に限って言えばミロスファと、ヴィルギニアを守護するサーバントの警戒網に触れさえしなければ経路の選択は自由だった。
 辿り着ければそれで良い。
 だから、目的の待機場所への移動はさして難しくはなかった。
 救出班は、静けさが深まる森の中で、ただ、その時を待つ。

 今回、ゲート展開阻止班は撤退の合図をした後で、所定の方角へと撤退をする手筈となっている。その方角に、救出班は待機していた。
 展開阻止班にとってはヴィルギニアの猛追の可能性もあり、さらにサーバントの中を突っ切っての逃亡だ。
 待っているだけでは、救出ができるべくもない。全員の生還なんて論外だろう。
 故に。
『その時』が来たら、救出班である彼らから、前に出る必要があった。
 万が一、展開阻止班が全滅しても、ヴィルギニアの術に落ちても。
 引きずってでも、連れ帰るために。

 ――最悪の場合は、彼らの証を遺すために。

 そういう戦場なんだ、と自覚するほどに、一人の少女の緊張が深まる。
 その様子をちらりと見て、はぐれ悪魔の少女はおもむろに口を開いた。
「とりあえず、アタシ達に求められているのは……リン、聞いてるの?」
「き、きき、聞いてるよ?」
「……アンタね、まだそんなに緊張しなくてもいいのよ?」
「い、い、いいいつ戦闘がはじまるか、わ、わからないし……」
「……そう。じゃ、続けるわね。アタシ達に求められているのは、別行動中のアイツらを助けに行く為に、『どれだけ早く』、『どれだけの敵を倒し』、『どれだけ進むか』、よ」
 今や立派なはぐれ悪魔となったユー・インは声を潜めながらそう言った。
 銀色のショートヘア。額には二本の角。両の眼は、爛々と金色に輝き――怜悧な風貌ではあるものの、その表情はころころとよく変わる。
 局所的に控えめで長い手足のモデル体型。何故だろう。こうしてみると地頭の良いヤンキー、という言葉が似合う悪魔だった。
「足を止めてたら、助けられない可能性もあるってわけ。オーケー?」
「う、うんうん……わかりやすいね、ユーさん」
「ユー」
「あ……ゆ、ユー」
「よろしい」
 対する少女はというと。金糸のような髪はセミロングに切り揃えられ、160センチ程の細身で、困り顔が似合う金髪金眼という、些か奇矯な容貌の人間だった。なお、ユーと違い、こちらの少女は控えめではない。
 そういう格好を好むタイプには見えない点で、何らかの事情がある事は見る者によってはすぐに解るだろう。
 例えば――ハーフである、とか。
 名を、城之崎リンという。はぐれ悪魔ユー・インとほぼ同時期に久遠ヶ原学園に入学した少女だ。素養もあったのだろう。今では立派なアストラルヴァンガードである。性根と腕前は立派ではないかもしれないが――。
「あのね、ユー」
「うん?」
「私達、それまで何してたらいいの?」
「時間潰しよ。今の私達がしてるみたいな」
「えっ?」
「なに?」
「じ、時間つぶし、だったの?」
「……何が言いたいの?」
「わ、私達のために色々教えてくれてたのかなって……」
「…………」
「ご、ごめんなさい。勝手に勘違いしちゃって……」
「……謝らないでよ」
「……え、っと」
「もういい。知らない」
「あ、ごめん」
「謝らないで」
「……」
「……」
「……」
「何か喋りなさいよ」
「素直じゃないよね、ユー」
「うるさいバカ」


リプレイ本文


 先刻までの静寂が嘘のようだ。森が、山が、慟哭しているように震えている。獣の声。破砕。苦鳴。衝撃。炎上。
 ――此処は静かだ。その対比が、前線の激しさを否応なく教えてくれる。

「別働隊…何とかして損耗具合を抑えてやりてェな」
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)は木々の向こうを睨みつけて言う。口元には紫煙漂う煙草。
「そうだな――だが、問題ない。ブラカジ界を背負って立つ準備は完了済み!」
 応じたのは命図 泣留男(jb4611)である。全てを聞く前にヤナギはそっと目を逸らした。メンナクは止まらない。リビドーがそうさせるのだろう。ただ、小声である。
「お前も癒し手だそうだな…この伊達ワルがチェックにグラデをキかしたら、魔法をかける5秒前だぜ」
「え!? っと…ユー?」
「アタシに振らないで」
 小器用にポーズを決めるメンナクを前にリンは惑い、ユーは逃げた。だが、やはりメンナクは止まらない。
「貴様も久方ぶりだな、悪魔少女…」
「やっぱり覚えてた…」
「ご愁傷さん…」
 ブラックな視線に貫かれ項垂れるユー。事情はさして知らないが小声で呟くヤナギ。
「憧れろ、オレの魅力はアンビリーb」
「やっぱりそうだったの。貴女達、生きてたのね」
 阻んだ声は、クレール・ヴォージェ(jb2756)だ。助け舟を出したのか。ユーは気まずげに視線を外して、言う。
「……おかげさまで」
「この前は良いところを見損ねちゃったのよね。フフ…貴女、強いんでしょ。今度こそ楽しませてもらうわね」
「え、アタシとヤル気なの…?」
「そういう意味じゃなかったけど、うふふ、それもいいわね…」
 そんなやり取りを見て。
「凄いなぁ……」
 苑恩院 杏奈(jb5779)は眩しいものを見るように、目を細めていた。

 そこに。
「ん、静かに」
 アサニエル(jb5431)が声を張る。
「連絡だ」
 竜見彩華(jb4626)が手にした通信機に届いた声に、耳を澄ます一同。

 ――――。

 束の間、辺りの落ちた静寂。意味を汲み取るよりも先に。彩華は立ち上がりティアマットを召喚。そうして、声を張った。
「孤立している皆さんは心細いに違いありません、行きましょう!」
 響いた声ごと護ろうとする仕草で結ばれたそれは、強い意志の篭った声。

 ――ん?
 言いながら、彩華はふと、気づく。
 ――あれ。スレイプニルのつもりでティアマットを喚んでるけ?
 背中に嫌な汗。血の気が引いたが今更後に引けないし、状況を思えば別段悪くもない。名前を呼んで召喚しなかった事を僥倖に思い、見ないフリをした。



 報せに懸念が拭われた八人と一匹の疾走。森を切り裂くように、撃退士達は往く。
「私が先にいくねっ!」
 全力疾走の中、杏奈が先行した。周囲を見ると、静けさだけが返る。
 泳ぐように進むその足取りは、森林を過ぎる風のようだ。杏奈は何事も見逃すまいと目を開き、足を進め。
「居たよっ!」
 彼女が小声でそう言って速度を緩めると、残る面々もそれに合わせた。眼前。獣達が杏奈達に背を向ける形で森の向こうを見ている。
「どうやらあっちは順調そうじゃないか」
 アサニエルはその様子を見て誇らしげに言った。サーバント達は皆、別働隊の方を向いている。
「さて。いっちょ本気出すとしますか…っと」
 歩を進め、ヤナギが言えば。
「狩りの始まりね」
 至極嬉しげな声が響いた。クレールの声だ。女の赤い唇を、血色の舌が這う。
「いや、それは…」
 ――救出が本命で、駆除は二の次なンだが…。
 ヤナギは言いかけて、周囲を伺った。
 そうして、まあ、いいか、と。言葉を呑む。誰も彼もイイ顔をしている。やるべきをやるという、意志の満ちた顔だ。
「水を差すほどでもねェ、よな」
 眼前の獣達を見つめて言うヤナギの顔にも、状況を愉しむような色があることに――彼は、気づいていただろうか。



 まず二つの影が動いた。杏奈とティアマット。並ぶと矮躯と巨躯の対比が際立つ。獰猛に唸りながら奔る同伴者の気配を、少女は愉快に思ったか。少女はどこか愉しげな気配を滲ませて進む。
 ティアマットが僅かに先行。最早こらえる理由もない、とばかりに高らかに咆哮。

 ――――ッ!

 大気が震えるや否や、獰猛な気配にサーバント達が一斉に振り向く。
 視線を一斉に浴びる一人と一匹。杏奈は至近の燈狼し、そのまま後方へ軽く飛んだ。
「ひーふーみー……一杯だねっ!」
「――ッ」
 表情こそは動かないが、どこか愉しげな色を滲ませて言う杏奈に、竜はどうやら応じたようだった。
「もう少しだけ引くよっ」
 サーバント達は一斉に杏奈達に至ろうとしている。攻撃よりもまずは間合いることを優先しているのだろう。
 急速に、濃密に高まりつつある殺気を汲み取りながら、杏奈は後退。
「成る程っ! ス……ティアマット、下がって!」
 杏奈の意図を汲んだ彩華の声に、ティアマットも跳ねるように後退。


「その知略……まさにワールドクラス。だが、俺の闇は世界すら覆う」
「?」
 サーバント達を引き連れて後退してきた杏奈とティアマット出迎えたのが誰かは言うまでもないだろう。

 兎角、そこからは凄まじかった。
「はいはい、危ないから避けてねー」
 ユー。黒仮面が展開されるや否や、砲撃。敵勢力の左半分に向けられたそれは、天と魔の構図を反映するようにサーバント達を豪快に抉り取る。
「…さて。リン。あんたは後衛を守ってね」
「は、はい!」
 アサニエルが赤髪を靡かせながら言うと同時、中空に赤炎が顕現した。アンタレス。超巨星の名を戴く炎が残ったサーバントを覆う。
 同時。
 そのサーバント達の足場から岩土が湧く。みち、と、肉が潰れた気配を残してその姿が掻き消えていった。土遁の術だ。手応えに頷くヤナギ。
「っし、次は――」
「うふふ、逃がさないわよ?」
 仕上げは空から打ち込まれた。枝葉と同じ高さから、クレール・ボージェの魔弾が咲く。
「これで止め、ね」
 言葉に添う封砲。大地を舐めるように黒々とした衝撃波が放たれた。冥魔の一撃だ。燈狼、烏の何れも堪える間も無く、次々と蒸発するように消えていった。視界中、残る獲物など無い。美しき陽動と殲滅であった。

「……」
「え、と」
 無言でサングラスをくい、と上げるメンナクの背にリンが声を掛けた。
「お、終わっちゃいましたね。凄い……あ、あの、行きましょう?」
「……」
 やはり何も言わず、メンナクは静かに歩を進めた。
 いや。
「見ろ」
「は、はい!?」
 視界の先にそれを認めて、どこか嬉しげにこう言った。
「俺達をもっと輝かせる為の、罪深きメンズが向かってきたぜ」
 意訳、敵が向かってきたぜ。
「…あ、はい。でも…」
 嬉しげなメンナクに、リンは少しだけ罪悪感を覚えなくもなかった。
 それが、ただの小物の集まりであるならば、先ほどと同じ対応を繰り返せば良い。
 そうして、空いた空間を押し開くように進むのだ。

 ――つまり、その次の襲撃でも、メンナクとリンが火力を振るう機会はなかった。

「気を抜いてんじゃないよ、あんた達!」
「抜いてない、気力もコーデも完璧だぜ」
「…ご、ごめんなさい!」
 なんとなく茫然としているところをアサニエルに叱られたのは、余録として付記しておく。



「ん……敵、あまりついて来なくなりましたね」
 ティアマットに威圧の指示を出して強引に敵を引き出しながら、彩華の呟き。
 後方からなら、構図がよく見て取れる。状況が変わりつつある。
 これまで誘引しては範囲攻撃で撃滅していたが、杏奈やティアマットの動きに敵が引きつけられなくなってきた。燈狼は幻覚を生み出してから突撃するようになっている。他にやることの無いヤタガラスだけは順次突入してきているようだが、それが燈狼に準備をさせる時間を与えている。範囲攻撃にも回数制限がある以上、常に十全を期待することは難しかった。
 統制の影を見て取って、彩華は思い当たる名を告げる。
「ダークヴァルキュリア、でしたっけ」
「こりゃあ、どっかに居るな」
 前衛に立つティアマットと杏奈の背を負うヤナギは、周囲を見渡しながら言った。木々の木陰。通らぬ視界の何処かに、敵の影を見出そうと。
「そうね…ふふ、どこかしら」
「少し散開しよう。情報通りならイイ的だ」
 ヤナギの提案で、撃退士達の間が広くとられる。前衛に杏奈とティアマット。後衛は幅広く、前後左右にやや広く配置した。
 甲高い声を上げて飛んでくる烏の群れを夫々の得物で撃ち落としながら進むこと、少し。
 杏奈は、木の葉を踏み込む音を耳にした。次いで生まれた高音を曳いて迫るそれは――。
「居たよっ!」
 杏奈がそちらから逃れるように距離をとると、同時。
 彼女の傍らに居たティアマットが、それに呑まれた。黒きアウルの奔流。
 燈狼の向こうから、幻影達を貫くように放たれた黒槍の一突きだった。
「――ッ!」
 彩華の身に、痛みが届く。少女はそれを堪えて声を張った。
「行って!」
 力強い命令。背を押されるように、許しを得た竜は憤怒の咆哮と共に加速。両手両脚で大地を抉るように駆け――跳躍した。そうして4メートルを超える巨躯がダークヴァルキュリアを守護する燈狼達の間に着地すると同時。
 轟、と。荒ぶ風。豪腕と尻尾での薙ぎ払いである。辺り構わず振るわれた一打に、至近の燈狼達は彼方此方へと吹き飛ばされる。
 全ての燈狼が払われたわけではない。だが、十二分に空間が空いた。
「ユー。まだ邪魔者が居る。残った奴らをなぎ払えるかい」
「ん、おかげさまでね」
 アサニエルからアウルを分け与えられ、嬉しげに応じるユー。
 殷々と音、音、音。先ほどの黒槍の一打を遥かに超える規模で砲撃が展開された。
 燈狼達が大きく削られた。瞬後にはダークヴァルキュリアは指示を飛ばし、横合いからその空間を埋めるように他の燈狼達がこちらに至る、が。
 それに対応するように、撃退士達も動く。
 蕭。風切る音が木々を打ち、木霊して響いた。
「ッし……掛かってきな! キレーに畳んでやるからよ」
 鎖鎌を振り回し、燈狼達の気を引くヤナギ。群狼がヤナギへと群がろうとする気配を背に、
「籠ってないで出てきたほうが楽しいわよ?」
 笑みを刻み、空を舞うクレールが行った。燈狼達の頭上を飛び越えるように往くその傍らには、
「よ、と、とっ」
 木々を蹴り、枝葉を散らしながら追従する杏奈。表情には出ないものの、どこか楽しそう。
「でもっ、私達からっ、向かってるよねっ!」
 木々を蹴るたびに弾む声。
「うふふ、そうね、こっちから来ちゃったわね」
 杏奈の無垢な言葉にそう言って笑みを返すクレール。
 そうして、眼前、『忽然と湧き上がり、墜落してきた』それを見てなお笑みを深めた。
「喰らえッ! これこそまさしく彗星級のクラッシャーだッ!」
 遅れて響く場違いに嬉々とした声。メンナクだ。闇よりも深い黒を纏ったその身からアウルが放出され、彗星となって顕現していた。連なる快音が、ダークヴァルキュリアを巻き込んでクレール達の眼前の敵を大地へと縫い付ける。
 十二分に視界が開けた。クレールと杏奈は滑りこむようにして、往く。
 彗星の重圧に姿勢が崩れた敵を穿つことなど、彼女達にとっては造作のない事だった。
「――っ」
 気勢、というにはあまりに可愛らしい声と共に、杏奈。一打はダークヴァルキュリアの脳天へ吸い込まれるように命中。中空からの兜割り。固い手応えに僅かに顔を顰める杏奈の頭上から、クレールが往った。
「あらぁ、イイ顔をしてるじゃない」
 衝撃に兜が外れたダークヴァルキュリアと目が合う。整った顔立ちに乗った、憎悪に満ちた眼差し。コイツを今から頂くのだ、と。思えばそれが喜悦となって背筋を震わせる。
「――ごちそうさま」
 超大なハルバートを振り抜き、一言。
 膝が落ち、首が落ち、光に帰っていくダークヴァルキュリアの残滓を、クレールは陶然と見つめていた。



「アッチはうまくいったか――」
 残る燈狼達。統制を無くした事すら自覚しないままに、彼らは群れをなしてヤナギへと至ろうとしていた。獣の数は、男の細身には明らかに余ろう。
 それでもヤナギはそう言って笑っていた。両の手から、アウルが雷となって描かれる。
 雷遁・雷死蹴。
「――悪ィが、あンまり付き合うつもりも無くってな」
 言葉と同時、紫電が疾走った。電雷一過。余さず燈狼達を貫く。
 ひし、と。不髄に至る燈狼達の身体。それで生まれたのは僅かな間隙。
 絶命には至らなくとも、それだけで十分だった。
「だ、大丈夫ですか!」
「ああ、問題ねェ。蹴散らしたらとっとと行こう」
 リン。そして、彩華のティアマットが間に入っている。
 態勢さえ整ってしまえば後は駆逐しながら進むだけ、であった。


 状況に、撃退士達の行動はよく馴染んだ。
 陽動、殲滅。時に役割を変えながら、敵を撃ち、道を拓き、進む。その役目を、彼らは十全に果たした。

 そして。



 姿は見えずとも、分かることもある。今回もそうだ。
 サーバント達が、此方を向かなくなった。その事実が堪らなく嬉しくて、彩華は喝采をあげた。
「わ! も、もうすぐですよね…! 急ぎましょう!」
 護れた。救えたという実感が、強く胸の裡に灯る。
「あら…もう終わり?残念ね…」
「思ったより上手くいったね……ほらあんた、あんまり急ぎ過ぎると転ぶよ、気をつけな」
 物悲しげなクレールとは対照的に、華やかに笑う彩華につられたか微笑していうアサニエル。
「さて。もう一踏ん張り、だな…随分と口元が寂しくなってきた。さっさと帰ろうぜ」
 軽い口ぶりのヤナギ。懐のシガレットケースを撫でる手つきはどうにも堪え難そうである。
 しかし、燈狼達の向こうに撃退士達の姿を認めてその手を下ろした。
「行くか」
「ああ、救いを果たそう…今日のコーデに相応しい終わりを見るために」
「……」
 メンナクの世界観に言葉を無くしていたが。
「お、おう」
 とりあえずそう言うヤナギは、見かけの割りにはお人好し、かもしれない。



 帰路は往路よりも捗った。救出された撃退士にも取り立てて大きな外傷も無く、道中の敵も十分に撃破できていたからだ。
 だから、少しだけ、余裕があった。
「あのね」
 杏奈はユーとリンを呼び止めた。
「私、あなた達を大事に思う人からお願いされて来たの」
「ん?」
「――」
 ユーは怪訝げな表情を浮かべ、リンは小さく息を呑んだ。その二人の様子を見つめ、杏奈は表情を変える。はにかむような、羨むような、微かな変化。
「あなた達、凄いよ。わたし、この学校でお友達を作るのにちょっと時間がかかっちゃったけど…」
 身体の奥、空っぽだと感じるそこに手を当てる。この場に込められた熱を、少しでも確かめようとするように。
 ――あなた達はもう、誰かに大事に思われてるんだね。

 刻々と喪い続けるこの世界に、永遠などというものは存在しない。
 その中で変わり続けるものの尊さを感じさせる、やわらかな声だった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 想いを背負いて・竜見彩華(jb4626)
 持たざる人形少女・苑恩院 杏奈(jb5779)
重体: −
面白かった!:8人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
Rote Hexe ・
クレール・ボージェ(jb2756)

大学部7年241組 女 ルインズブレイド
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
持たざる人形少女・
苑恩院 杏奈(jb5779)

大学部3年256組 女 鬼道忍軍