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マスター:ムジカ・トラス
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/03/27


みんなの思い出



オープニング



【‥‥おかしな話だな、六万。
 あの日以来私は、生きている確信がもてないでいる】



「一段落、か」
 独語し、息をついた。無意識に首もとへと手が伸びる。
 ――まだ、生きている。
 この首が、まだ、繋がっている。その事を確認するように。
 いつもの事ながら、苦笑がこぼれた。




 さて、と。感傷を意識の片隅へと追いやる。今はやるべき事があった。
 見渡せば、そこかしこに戦闘の名残が刻まれている。さらに遠景には後続の気配。こちらを警戒し、都市部への侵入をあきらめたようだが‥‥いずれ、動き出すだろう。
「これは、私一人ではキリがないな」
 無理ではないにせよ、相性が、悪い。
 応援を含め、どうしたものかと思案していた、その時だ。

「まさか、撃退士がこの市にいらっしゃったとは‥‥!」

 嗄れた老人の声に、閃きを得た。


 能代市の郊外でディアボロが発生。
 ディアボロは非力なものの数が多く、運よくその場に居た撃退士が対処に当たって居るが、たった一人では決定打に欠ける――その一報を受けた撃退署は、すぐに学園へ増援を要請した。
 近隣で活動していた学生を招集して事態に対処させる事となる。

 集合場所として指定された公民館、その小さな会議室に到着した撃退士達を迎えたのは、おそらくこの市の要職についているであろう老人と、一人の天使だった。柔らかな陽光が、背にした窓から差し込んでいる。
 入室した撃退士達に――老人を差し置いて――天使の方が手を広げる。

「よく来てくれましたね」

 声色には親しみ。笑顔には博愛の色が滲んでいた。
 天使の禿頭は僧侶を想起させる。しかし、その細身には些か余裕のあるつくりの白いローブは、僧侶というより牧師に近しい。彼が件の通りがかりの撃退士だという事は想像に難くない。老人の方も安堵を得ている様子だった。
 天使が、胸元へと手をやる。己の存在を示そうとするそれは、余裕と確かな自負を感じさせるが――。

「私は大天使のミロスファ。よろしくお願いします」
「そして、私は市長の‥‥‥‥え、何ですって?」

 その名乗りが、問題だった。

「大天使の、ミロスファです」

 言葉に、握り返そうと手を伸ばした者の手が止まった。
 撃退士達の雰囲気に、名乗ったミロスファの方が困惑げに小首をかしげた。
「‥‥どうかなさいましたか?」
 天使に限らず、はぐれの天魔は階位を捨てている。階位をそのままに名乗ることは、ない。

 つまり。

 ――目の前の男は現役の天界軍。
 それも、大天使だという。
 この東北ではダルドフやフェッチーノと同じ階位であり、その上を探すとなれば、片手で事足りるほど。

 撃退士達とミロスファの間に、緊迫が走った。正真正銘の、戦場の気配が満ちる。

「だ、だ、だだ、だだだ大天使? な、なんでここに!?」
 殆ど倒れ込むようにして壁に背を預けた市長の某かが、叫んだ。

 しかし、肝心のミロスファは目を白黒させるばかりだった。
「え‥‥何と言われても、湯治ですが」
「ト、トウジ?」
 この場に似合わぬ発言に、市長も、撃退士達も、困惑を深める。
「はい。湯治です‥‥なるほど」
 ミロスファは心得た、といった調子で続けた。向けられた敵意を意に介している様子は全く見せずに。
「恥ずかしながら、半年ほど前の戦闘で大きな怪我をしましてね。温泉を利用させていただいておりました。それがこの騒ぎで仕方なく‥‥」
 そう言って、肩口を少しはだけて見せた。均整の取れた身体を予感させる、筋張った白肌の肩。そこには、大きく引き攣れた刀傷が一条、刻まれていた。
「こっそり利用していた手前もありますから、入湯料分ぐらいは働こうと思ったのですが‥‥」
 後ろめたさか、肌を晒している事に対してかは判別しないが、どこか気恥ずかしそうに禿頭に手をやり、言う。
「作戦行動中でもないので、シュトラッサーもサーバントも連れていなかったのが災いしました。ディアボロの巣はわかっているのですが、私がここを離れると街の人が襲われてしまいます」
 それは、事実だろう。
 外に刻まれた戦闘の痕。至るところにディアボロの死骸の山。なるほど、単身で成した戦果としては並外れているが、大天使ならば納得もできる。しかし、いくら大天使とはいえ、あの数は手間だったろう。
「なので六万を‥‥ああ、私のシュトラッサーですが、彼を呼ぼうと思っていたのです。しかし、貴方達が協力してくれるなら話が早い」
 嬉しげに言うミロスファだったが、依然として凝り固まったままの雰囲気に、ようやく満面の笑みを崩し眉根を寄せた。不思議と、そういう表情がよく似合う天使だった。

「‥‥なるほど」

 言って、ミロスファが小さく一節を唱えると、その手に深紅の宝玉が据えられた金属製の杖が現れる。

 ――途端、アウルが、塊となって押し寄せた。

「確かに、私たちは戦争をしている敵同士。そこを履き違えるつもりはありません。不信もあるでしょう。不満も、不安も」
 挨拶を交わした時と変わらぬ声音、変わらぬ表情で、ミロスファは言う。となればいっそ、異様ですらあった。この大天使は、この局面に対して全く揺るがずにいる。

「ただ――今、この場においては、択んでください。私と戦うか、私と共に戦うかを。この街が最終的に守られるのであれば、私はどちらでも構いません。‥‥‥‥とは、言え」
 そこまで言って、ミロスファは不意に視線を切る。アウルの圧が消え、理解の声色が、こう紡がれた。
「あなた達にとってはこれは急な話だ。相談する時間は、必要でしょう」
 ミロスファは笑みを浮かべると、撃退士達に背を向け、窓へと手を触れた。
 まだ阻霊符を使っていないため、窓に触れた手は音も立てずに沈んでいく。
「幸い、ディアボロに動きはなさそうです。‥‥私は席を外します。相談が終わったら教えてください。外で、待っていますので」

 言葉だけ落として、大天使は消えた。
 逃亡を危惧――あるいは期待して窓から見下ろせば、自販機の横でぼんやりと首もとに手をやり、空を見上げている大天使の姿があった。

 残された撃退士達は互いを見交わした。

 撃退士それぞれに、それぞれの事情がある。
 現状は、その事情に対してどう響いたか――。

 互いを探るような、躊躇の間。
 最初に声をあげたのは‥‥。

「そ、それで、い、一体、どうするんです? ど、どうなるんです!?」

 緊張に、息も絶え絶え市長の某かが、乞うように、言った。

 ――それが相談の始まりとなった。


リプレイ本文


 間下 慈(jb2391)は、簡潔な自己紹介の後大天使に方針を告げた。共闘の意を。
「そこで、ミロスファさんには殲滅側に同行して頂きたいです」
「はい、了解しました」
 返答の早さは、慈の方が面食らうほどだった。
「私がこのまま此処にいては、ご迷惑をお掛けするでしょうしね」
 添えられた微笑は脅える弱さを赦すもの。排斥を嘆くでもなく、当然のものと受け止める優しい笑み。
 寛容は、過ぎれば異質を孕む。その笑みは凡人を自称する慈に、どう映ったか。
「…助かります」
 ――彼は、そう結ぶに留めた。


「まさか、大天使と共闘することがあるとはな」
 堕天使である綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)が、携帯電話の地図アプリで周囲の地形を確認しながら、言う。出自は天使とのことだが、なかなか適応力のある男だ。
「…まぁ、天魔にも色々いるからな」
 ファウスト(jb8866)の言葉が返る。声には興味の色。視線の先には、慈と会話するミロスファがいる。
「なんか思惑があるんかねー。サーッパリわかんねーが」
 赤坂白秋(ja7030)。投げやりな言動の端々に理知の気配が滲む、何とも不思議な男である。
「確かに不安はあるが…今は、立場も、種族も関係ないさ。守るべき人のための共闘だ」
 月野 現(jb7023)がやや語気を強めて言った。ミロスファに対しての信用、信頼の拠り所はただ一点、ミロスファが『住民を守った』点にある。信じたい、と。そう思うからこその言葉だった。
 そんな彼に、ルーガ・スレイアー(jb2600)が重々しく頷く。
 彼女も、綾羅と同様にスマートフォンを操作していた。佇まいこそ凛としているが、彼女が『天使キタ!(´∀`)』など呟いていることは、余人の預かり知る所では無い。電子の海の片隅が僅かに波打っただけだ。

 静かな沈黙が落ちる。

 綾羅が再び口を開いた。
「例え何らかの思惑があったとしても、戦う必要の無い時に矛を交える事も無いだろう」
「…せやろかねぇ」
 ボンヤリとした言葉に、亀山 淳紅(ja2261)の思索もまた宙を舞う。視線は、この場を見張っているかもしれないサーバント…八咫烏を探してのものだったが――今のところ、見当たらなかった。

 ――かくして。
 大天使と撃退士の共闘が、成された。


 撃退士達は殲滅と防衛の二役に別れた。前者には慈、ルーガ、ミロスファ。後者に淳紅、白秋、現、綾羅、ファウスト。
 自然、殲滅役が先行する形となり――戦端は、そこで開かれる。

 羽音が確かな音圧を伴って響く距離まで三人が至ると、敵方に動きがあった。
 音曳き迫る、蜂の群れ。
 最初に動いたのはルーガだ。女は怜悧な美貌を無骨なガスマスクに収め、篭った笑い声と共に飛翔。

『このアイディアはタイムラインの愉快な野郎どもに貰ったンゴ!』

 篭った声は地上の二人には届かない。ただ、二人は彼女が手にしたソレ――『ヘアスプレー』に訝しげな顔を返していた。

『フアハハハハーーッ!』
 爽快な音を立てて整髪剤が蜂の頭上へと撒布された。女は降下しながら一心不乱にスプレーを撒く。着地と同時、ルーガは切り札を振りぬいた。180cmを超える長身から繰り出されるソレは、余さず蜂の群れへと叩き込まれ…羽音が、弱まる。
 しかし。
 数瞬の後、再度羽音は勢いを増し――彼女の得物を突き破った。

『なん…だと…』

 得物は、市販の虫取り網だった。撒布したスプレーも多少の効果はあるもののディアボロの蜂には些か心許なかった。何より、数と範囲が、足りない。
 打ち合わせのない動きに、同行者達も対応が遅れた。たちまち黒波に飲まれてしまうルーガ。刺され、噛まれ、身動きも取れない間に毒に侵され、身体が痺れる。
『あ、アバババ!』
「何しに来たんですかあなた…!」
 叫ぶ、慈。飛翔したルーガにあわせて援護射撃を開始していたが、こうなっては彼女を救うべく蜂を撃ち抜くのは至難の技。ならば、と。更に群がろうとする蜂を穿つ。
 どうしても、手が足りない。

「ミロスファさん! 対応を!」

 言って。状況を俯瞰した慈の背を、冷汗が伝った。
 ――彼は今、大天使と二人きりだった。

 振り返れば…彼は慈とルーガを見やりながら、笑っていた。


 殲滅側が戦闘を開始してまもなく、蜂の群れはそこから溢れるように能代市側へと移動を始めた。
 彼処に対応している蜂は囮、本命は――こちら、という事だろう。散らばり、街へと至ろうとする蜂。

 その波が、不意に纏まる。

「わ、わ、わ…!」
 その先に、疾走する一人の少年の姿があった。淳紅だ。得物を持たず、撃退士にしてはとろとろと走る姿はそう、力無き人の子が逃げ延びようとしているかのよう。知恵あるものならばそれを欺瞞と見破る事も出来ただろうが――結果は、こうなった。

 少年の背に喰らいつこうと我先にと追う蜂。暴威を秘めた『音』が背に迫るのを聞きながら、少年は。

「ほな、おやすみなさい♪」

 笑みと共に告げた。途端、その背から後方へと濃霧が湧き立つ。眠りの霧が黒雲の如き蜂を呑み込むと、儚い墜落が乾いた音を立てた。同胞の危機を悟ったか、残った蜂はたちまち散開を選んだ。

 そこに。

「――薙ぎ払う」
 声が落ちるや否や。濃霧を避ける蜂に弾丸の雨が降り注いだ。飛翔した綾羅が構えるガトリング砲が、上空から暴威を落とす。同時に、横合いから白秋の二丁拳銃が嵐の如き弾丸を浴びせ、ファウストが残党に対して掌から魔力の波を放ち、現の自動拳銃が火を吹いた。
 ――此程までに情け容赦のない後衛火力の乱舞も珍しい。
 数瞬も待たずに、流れてきた蜂の大部分の駆除がなされた、が。

「…質はともかく、数だけは多いな」
 言葉は、現のもの。ここからが前衛たる彼の戦場だと示すように盾が鳴る。
 ――前方から、蜂の後続が迫っていた。
 先程よりは数も、勢いも乏しい。
「まぁ、この分なら大丈夫だろう…大天使殿達は上手くやってくれたか…?」
 綾羅の言葉に五人の視線が一斉に前方に流れ――。
「ん?」
 不意に、ファウストが訝しげな声を上げた。視線の先には先行していた筈の殲滅班の姿があるが。
「…動きが乏しいな」
 疑念が湧いた、その時だ。

 ――爆炎が、咲いた。

 重低音が遅れて響き、身体を叩く。黒煙は上がらず、ただ炎の存在だけが生々しく世界に刻まれた。ディアボロ達の存在を呑み込んで、尚も燃え上がる紅い炎。
「…おぉぅ」
 誰ともなく、呻いた。
 撃退士の魔装を想起するまでもない。

 大天使の、御業だった。



 戦闘はそう時間を置かずに終了した。殲滅側が巣に至るその最後まで、蜂達は街への侵入を試みたが、全てを撃退士達の手によって阻止された。完封と言って良いだろう。


「…ミロスファさんは、どうでした?」
 現は負傷したルーガに治療を施しながら、慈に尋ねた。
「そう、ですね…」

 ――すいません、呆気に取られてしまいました。…さて、此処で働かなければ、大天使の面汚しですね。

 微笑みながらそう言い、放った初撃。
 以降、ミロスファは細やかな攻撃に終始した。潜り抜けて接近してきた敵は障壁で受け止め、擬似的に前衛を務めもした。射撃手である慈を勘案しての立ち回りだったろうが…その背を思い返しながら、慈はこう結んだ。
「こちらの意図を、見越していたんでしょうね。余り多くは得られませんでした」
「…なるほど」
 落ちた沈黙。それも、長くは続かなかった。

「おーい! ミロスファも風呂に入るってよ!」
 そんな白秋の声が響いたからだ。


 ――さて。
 温泉である。



 大天使オススメの湯は、彼が最初に戦闘していた付近の大衆浴場であった。
 男達は既に銭湯態勢万端である。腰にはタオルを巻き、手首にはロッカーキー。惜しげも無く肉体を晒す男が“六人”、脱衣所に並び立つ。
「入られないのですか?」
 大天使は脱衣所の入り口で着衣のままの淳紅にそう問うた。
「いやぁ、火傷もあって肌あんまり綺麗やないもんで…」
 頬を赤らめて、ついと少年は目を逸らす。多少の演技も混じっているが、素面で全裸の男達と対面する事に気恥ずかしさがないでもない。
「そうでしょうか。別に、恥じ入る必要は」

「ッああああッーーー!」

 大天使の声を貫いて白秋の奇声。苦笑した淳紅が両手で促すと、大天使は会釈をひとつして、浴場へと向かう。現と慈、ファウストは先に身を清めていた。

 その中で、綾羅だけが唖然としている。
「…何だこれは」
 流れに任せて服を脱いだ彼だったが、このまま全員で湯に浸かる事になるとは想定GUYであった。
 見れば、凛と背筋を伸ばし、離れていく大天使の後ろ姿は実に熟れたもの。
 ――彼に付いていけば、大丈夫か。
 綾羅は頷くと、同じようにしゃんと背を伸ばして歩を進めた。

「任務後の温泉最高だわ! これで混浴なら死んでも良かった!」
 ぷはー。と、白秋が顔を洗いながら、言う。なお、「トウジ…クサツの湯…」とフラつきながらも入湯を希望したルーガは諸般の都合により女湯入りとなった。ご了承頂きたい。
「正直あんたの目的がわからず、腹の内で悩んでたが、どうでも良くなったわ!」
「白秋さん、さすがにそれは…」
 言った白秋が、続いて入浴してきた現に窘められる。身体を洗っている大天使の背が、愉快げに揺れていた。
「なあオッサン」
「…白秋さん」
「硬い事いうなって! なあオッサン、キララちゃんいるだろ。俺の97回目の初恋の相手なんだけどよー、どうも俺は好みじゃねえようなんだよな…どうしたら振り向いてもらえるだろう?」
「白秋、吾輩が良いことを教えてやろうか。初恋は、実らんぞ」
「マジで? いや、実るまで初恋をすれば…」
 悪戯気なファウストの言葉に白秋は暫し、思考の迷路に落ち込む。
「…白秋さんも、飲みますか?」
 不憫に思ったか、現は密かに持ち込んだ酒を手にそう言った。


 自然と、話題は大天使に集中した。
「その傷痕は人に付けられたのか? それとも冥魔に…?」
 たっぷりと二人分くらいの幅を空けて座る綾羅が、大天使の肩に残る痕を指して言う。
「冥魔、ですね。傷は癒えましたが…戒めとして残しているのです」
「ほう。余程の手練だったのだろうな…」
 ファウストが頷きを返す。すると、苦笑が零れた。大天使ではなく――慈だ。
「私はてっきり六万さんに斬られたものかと思ってました。実は…僕も先日、スパッとやられてしまったので」
 片手でかつて斬られた場所をなぞる慈に、大天使もまた苦笑を返した。
「六万は…純粋ですからね。私も、彼に首を斬られた事があります。彼がまだ、人間だった頃に」
 言って、慈と同じように首元をなぞる。
「勿論、人間の振るう武器でしたから、ご覧のとおり無傷ですけどね」
 回顧する眼が、酷く優しい。その感傷に添うように、現はこう問うた。
「…これからどうするか、決まっているんですか?」
「どう、とは?」
「…俺は、人間を護ると決めているんですよ。だから――」
「なるほど…暫くはディアボロの掃討をする予定です」
「そうですか…」
 その後は、どうなるのか? 弱気が混じり、現は言葉が継げずにいた。
 予感していた。彼が天魔である限り、どこかで衝突は避けられないと。

 だから。

「…俺はな、思うんだよ」

 白秋の言葉が、この場に酷く、沁みた。

「ある天使は夏のビーチに突然現れボディビルコンテストに出場して、優勝を掻っ攫って行った」

 懐かしむように、笑って。

「ある悪魔はサーカスを開催し、人間と共演し、最後に喝采を送りあった。ある人間は天魔を口説いてはフラレ続け――そしてある天使は、人間と風呂に入ってる」

 これから97回目の失恋をするのであろう男は、それでも笑って、こう言うのだった。

「色んな事があって、世界は少しずつ動いてる。その結果は、『ひょっとする』かも知れない。やってみなくちゃ分からない…そう思うんだよ。だからさ。
 
 キララちゃんをどうやったら口説けるか一緒に考えてくんね? 」

「…初恋は実りませんよ?」
「やめてくれ」
 白秋が盛大にうなだれると、浴場に笑いが満ちた。



 一同が湯から上がると、飲み物を手にした淳紅が迎えた。マッサージチェアには重傷の身を沈めるルーガの姿もある。身体を起こす事も叶わぬのだろう、女は大天使を認めると、そのままの姿勢で「大天使殿よ。聞きたいことがある」と言った。
「貴殿は街の者達を守ろうとした。それは、弱き者を守る矜持だと…私は思いたい。今、天魔の戦いを『外側』…即ちそのとばっちりを受ける側から見る者となって、私は、思うのだ」
「なんでしょう?」

「…強者が弱者を踏みにじっている現状は、果たして正しい世の在り方、だろうか」

 言い切って、女は深く息を吐いた。綯い交ぜになった感情が、重く、響く。
 大天使は、その問いをどう受け止めたか。

「…堕ちた悪魔の貴女に言うのは心苦しい事ではありますが。私達にとって、分水嶺はとうの昔に超えてしまっています。その上で、秩序の元とはいえ人の世に自由を育めるのは…私達しか居ないでしょう。そこで、正しさを公平に論じる事は…申し訳ない。私には、出来ません」
「そうか…」
 答えは、果たして女の意に添うものであったか。重い身体をチェアに沈めたまま、彼女は呟いた。
「…私は、人の世で生きたいと思うよ」
 その答えしか言えない不自由さを痛感し。
 ――例え、最後に人間たちに、我が心臓を貫かれるとしても。
 願いのように。そう零した。


 別れ際、撃退士達はそれぞれに礼を言って離れていった。
 街を、人を守ってくれてありがとう、と。口々にそう言って。敵対したくないという者すら居た。
 最後に一人、淳紅と名乗った少年が残る。彼は手にした機械を撫でながらこう言った。真っ直ぐに見つめる、幼い眼差しと共に。
「以前、ダル…他の大天使に、何故戦うのかを問われました…貴方にも、理由はあるんですか?」
 ふむ、と。小さく唸った。通り一遍等の答えは…少なくともこの少年は期待していないだろう。
 ――全く、気持ちが良い子たちだ。
 眼差しの強さに、そう思った。だから。
「…私は、一度死んでいます。生の確信が持てない私にとっては…輝きを放つ生者こそが戦う理由であり、存在理由でもあります」
 曖昧な答えを、曖昧なままに、言う。少年は首を傾げていたが…暫くして、手にした機械を差し出した。

 ――音楽は、敵味方も関係なく耳に届きます。
 そう言って、小さな約束を告げると去っていった。“もし”という、言葉を添えて。

 去る背中を見ながら、私は苦笑した。
 撃退士達は疑念を持っていたし、警戒もしていたのだろう。
“もし”私に他意があるのなら?
 そう仮定した時、共闘を訴えた私の言動は、全てに詐意が満ちていたことになる。

 …だからこれは、一時の夢、なのだろう。

「そちらは順調でしょうね…六万」

 首元に手がのびる。
 感傷が、募る。自分のシュトラッサーに――ただ無性に、会いたくなった。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: 駆逐されそう。なう・ルーガ・スレイアー(jb2600)
   <戦術面での齟齬:援護が困難であった為>という理由により『重体』となる
面白かった!:10人

歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
治癒の守護者・
月野 現(jb7023)

大学部7年255組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプB
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト