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まるで咆哮のようだった。Dシュタオプは全速全開で駆動。木々を透過して山肌を滑るように往く。無数の光点と月光に装甲を輝かせながら――狙う、先。こには八名の”撃退士”が、居た。
「おいおいミスター・ラジコンギーク。玩具はちゃんとしまって寝ろよ」
その情景を前にしてもこの男はやはり、牙を剥いて嗤う。赤坂白秋(
ja7030)。
「ほほぅ――これはまたデッカいのが来よったわ。リブロ・レブロの置き土産か?」
不敵さ、という意味ではこの悪魔も相当なものだ。小田切 翠蓮(
jb2728)。白髪を風に流しながら、くつくつと嗤う。
「しかし、どこかで見た事があるような、無いような……懐かしいフォルムじゃのぅ」
――なんじゃったか、クル……樽……。と言葉を探す翠蓮を余所に、
「こちらに来るという事は狙いがこちらの誰かで、しかも位置を特定できてると考えた方が良さそうですね」
狩衣を身につけた廣幡 庚(
jb7208)はそう言ってリンと――ユーを流し見る。
「無数の光点自律兵器を使いこちらを捕捉していると考えるのが普通でしょうね」
「そう、ね」
「あの大きいの…この間…リブロ・レブロが死んだ時に…見た…」
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)は迫る機体から身を隠すように移動しながら、呟いた。訥々とした声には疑念。
「なんでかな…リブロは死んだはずなのに…死んだ…よね…?」
「殺した、ハズよ」
近くから零れたユーの返答に、ベアトリ―チェはその澄んだ瞳を向ける。と、ユーは頷きを返して、少女の背を押した。
「…気をつけて、ね…」
「ん」
Dシュタオプと相対する撃退士達の方針は明快だった。囮となる面々を残して、残る者は潜伏、隠密し、奇襲を仕掛ける。だから少女はそう言って、はぐれ悪魔は不敵に笑った、のだろう。
最前に立つ天羽 伊都(
jb2199)は兜の緒を締める。地を踏みしめながら、己の裡に冷気を沁み込ませるように、息を吐いた。激闘の予感に、心が熱を抱いていた。
「あの、ユーさん」
「なに?」
囮として残った陽波 透次(
ja0280)が言葉を投げた。
「あの子、コクピット無いんでしょうか」
「無い、と思う、けど」
「……無いですか」
目に見えて項垂れた透次を前に、しばしの間目を見開いていたユーは。
「なるほど、ね」
「……え?」
「つまりアンタは、あれに誰かが乗っている……って考えているワケね?」
「え?」
瞬転、透次の思考が、巡る。
――実物はアニメで見るよりカッコイイ! でもミカガミの方が超カッコイイのに!!
――いやでもミカガミだと殴るのが精神的に辛い!!!
などと脳内が湧きあがる程度にはユーの御同類とは言えず、口籠る透次。さりとて推しKVの話題は慎重にならざるを得ない事は重々承知。
「……ええ、まあ、そう、デスネ」
だから。そっと愛刀の『水鏡弐式』――某アニメの機体の名を冠したそれを撫でて、お茶を濁す事にしたのであった。
●
阻霊符が起動された。瞬後、Dシュタオプの周囲から轟音が連なる。
伊都「……踏み越えます、か」
静かに見据える伊都。狂騒を前に、静けさが際立つ。山中の木々を踏み締め、あるいは光剣で切り倒しながらも、その機速は揺るがない。
対して、伊都は動かなかった。彼の後方に立つユー、リンも、また。
奇襲側に回った白秋は木陰に身を隠しながら、五月蠅げに耳を示して言う。
「お急ぎのようで」
「音だけでも大凡、その位置が知れますね」
くつくつと零した白秋に、庚はそう言うとアウルを練る。次いで生まれたのは、光。庚を中心に、深き森林を煌々と照らす灯り。
「――まずはその”目”を逸らせると良いのですが」
彼方に広がった光点はこちらに見向きもしなかったが、こちら側に寄ったもののうち幾つかが動きを乱す。
庚が手応えを得た――転瞬。動きが乱れなかった者の至近に、影が落ちた。人影だ。銀光が奔ったと同時、光点が崩れ、光を失って落ちていき――爆散した。
「これが”目”なら、今のうちに……」
「そうね!」
庚が生んだ光を背に、透次は疾駆。早めに手が届く自律兵器を落とす心算だった。手が空いているユーも封砲を重ねる。
「ユーさん、透次さん、あちらにも」
「はい……!」
ユーとリンにアウルの鎧を付与しながら、庚は次々と自律兵器を指し示していく。示光と剣閃で”目”を潰していく、が、Dシュタオプは――止まらない。
「……明るい、しね……」
「うむ……」
隠密しているベアトリ―チェの言葉に、翠蓮は苦笑をしたようだった。深い夜の中で、伊都達が要る周囲だけが光の中にある。この上無く囮として成立する一方で、
「こっちは…大丈夫、かな…?」
「……奴は此方を独自の方法で捕捉してるように見える。奇襲が成らない事も覚悟しておくんだ」
「ん……そうだね」
少女は闇の中で紛れるように密やかにフェンリルを召喚し――直後。
眼前で、動きがあった。皆が息と言葉を飲み込んだ中で。
「ガンバルゾー」
ベアトリ―チェは訥々とそう言った。緊張など、少女には無縁なのだろう。
●
「……大きい」
最前に立つ伊都がそう零した。黒い泥が沈み込んだような装具は光纏の証。それがさらに冒されるように白銀色へと転じていく。金眼の銀獅子と化した伊都は腰を沈めた。ちり、と焦げ付いた気配は、これからの一太刀を予見させるには十分なもの。
「――ッ」
傍ら。鋭い呼気が響いた。透次の気勢に次いで、同時にその身体から揺らぐようにアウルが立ち上る。透次は『敵』の気配をその身に感じた。慣れ親しんだ、線の如き殺意。あるいは、予感。
「行きましょう」
ぽつり、と透次が落とした言葉が切っ掛けだった。
「銀獅子モード移行。身体よ、耐えてくれよ!」
夜天を貫く伊都の咆哮が、銀光となって奔った。
金眼を見開いて、伊都は疾走。加速。加速。加速。止まらずに、奔る。その呼気は鈍く低く響き渡る。
相対速度を以って急速に距離が縮む。いや、消失した。刀を脇構えにした伊都は。
最後の一歩を、踏み締めた。
「疾――――ッ!!!」
直刀が、轟々と燃えていた。伊都のアウル。それが、刀へと伝わり――。
「覇克……!!」
振り抜く。音も無く、火花が散る間もなく、Dシュタオプの銀装甲が割断。数十センチに過ぎぬ直刀が、機体の足甲を断ち切った。
伊都は、手応えを味わう愚を犯さない。そのまま後方へと下がろうとする、が。
「下がって!」
至らない。そんなユーの声が聞こえた。
「く……ッ!」
直後だった。信じがたい速度で、先ほど切りつけたDシュタオプの足甲が迫っていた。感じたのは相対速度。元々の加速。木々を踏み越える機体の重さ。そして。
――――!
猛獣のように低い唸り声。次いで訪れた全速の蹴り足に、伊都の身が後方へと吹き飛ばされた。
「すぐに治療を!」
リンと庚が癒しの術を紡ぐ。肉が潰れた音がしたと錯覚したが、伊都は一応五体を保っていた。カウンターは重かったが、伊都の装甲も常軌を逸して硬いのだろう。それでも、立ち上がるまでは幾らかの時間を要した。
●
「……ッ」
透次の耳に馴染んだ効果音と共に、大気が焦げる。光剣。屈み、踏み込んで前に行きたくなるのを堪える。
囮に徹するのであれば、出来る限り注視を集めておきたかった。それに、踏み込み過ぎるのも危険だ、と今は知れた。Dシュタオプは決して鈍重な木偶ではない。野生の獣と見紛う程の蹴り足――それを為す巨体だと、認識していた。
「本当にSESは凄いな……!」
言葉とは裏腹に、透次の眼は昏くなっていく。何時の間にか赤色に染まっていた光纏が、振り抜かれていた。在りし日ごと、祓うように。そうして、振り抜きと同時に飛んだ衝撃波を追って疾走し、重ねて刃をDシュタオプの足甲へと突き立てた。
面白い程に、透次はDシュタオプの攻撃を避けてみせる。猛撃もあり、Dシュタオプの注視は十二分に集まっていた。
故に。
「踊り過ぎだぜ! そんなんじゃエスコートも出来やしないんじゃねえか?」
高らかに響いた声にも。
「喰いッ、千切る――!!」
続く銃弾にも、Dシュタオプは反応出来はしなかった。出来ようもなかった。Dシュタオプが手にしたライフルを狙った銃撃は、鈍い音をたてて弾かれた。Dシュタオプの手を持っていかれる程の衝撃であったが、ライフルは壊れず、Dシュタオプも健在。
「ずいぶん頑丈な玩具だ……ッ!」
嗤う白秋。その余裕を裏打ちするように、撃退士達は止まらない。翠蓮が奔り、ベアトリ―チェが召喚したフェンリルが疾駆。
「動きは素早いが、小回りが効かないと見た」
後背から沈み込むようにして接近した翠蓮が、斧槍を振るう。穂先に集う風威は転じて鎌鼬と成った。膝裏からその脚をへと振るわれた奇襲の一撃は、然し、断ち切るには至らない。僅かにその巨体を揺るがしたのみ、だ。ほぼ同時に放たれたユーの封砲もまた、Dシュタオプの身を揺らすのみ。
「魔法は効きにくい、かの?」
これまでの攻撃を振り返って、そう判断する翠蓮。
成程。見れば艶やかな仕上がり。魔術に強いかどうかは兎も角として、有難味を感じる装甲ではあった。
「……行って」
翠蓮がそう思っている束の間、ベアトリ―チェはフェンリルに命じる。高い鳴き声と共に、妖犬は往った。ピンポイントブレイク。翠蓮が風撃を放った部位に重なるように突撃。ぎし、と。衝突部位が軋み、Dシュタオプの体勢が乱れる。足裏の戦輪が高速で土を噛み――急制動。木々をへし折り、身を低くするようにして回旋。
そして。
「何か来るぞい。各々注意されよ!」
眼前の機動で舞いあがった風に晒されて陣羽織を揺らす翠蓮が声を張った。Dシュタオプの駆動音が明らかに高く成り、機体の至る所から赤光が溢れている。不吉を孕んだ機影に。
「EBシステム……ッ」
何処かから上がった声を抜いて、銃口が揺れる。そうして、蒼い光条が吐き出された。奏でられる光線の掃射を、真っ先に狙われた透次は潜るようにして回避。だが、その顔は苦い。
「……くそっ!」
しかし。銃声は、『3つ』、響いた。
――銃撃は後方、ユーとリンへと向かっていく。
「……ここで!」
十分に眼を引いていたと思っていただけに、悔しげに言う。視線の先。
「このバカ!」
反射的に前に出てユーを庇おうとするリンを、ユーが引きずり倒している。砲撃は無慈悲だ。真っすぐに、ユー達の元へと至り――。
「させません……!」
間に、影が割って入った。庚だ。爆光。2連の砲撃に貫かれた庚が、土煙の中に膝をつく。
「く、……」
「庚さん……!」
「アンタまで、何やってるのよ!」
ユーがリンを止めたのは彼女がアストラルヴァンガードだったからだ。そして、ユーははぐれ悪魔だ。庚自身に護りの術も施されている。だからこそ、なのに。それを無碍にした庚を前にまず零れたのは叱咤だった。
倒れ込む庚を支えながら叱りつけるユーに、庚は微かに、そして震えながら笑みを浮かべた。
「……無事だったのなら、それで」
「アンタ達は、バカばっかりね、ほんと……」
転瞬。音が鳴った。
伊都だ。先ほどまでリンと庚に治療されていた伊都が、再度疾走を再開していた。
傷は、決して軽くはない。それでも、先ほどと同じ――『覇克』の再現を、刻む。
「持って、くれよ……ッ!」
銀光と化した伊都。口の端から零れる血が、アウルの磁場に呑まれて消えていく。
疾走の先。Dシュタオプには、彼のみ成らず、他の撃退士達からも、手が伸びている。伊都の前方には、砲撃を回避した透次の背中。ベアトリ―チェは茂みから身を乗り出してショットガンを構え、翠蓮は鳳凰を顕現し、日本刀を構える。
「……明らかに下策、だったはずだろ」
その中で、白秋は双銃を構えて、嘯いた。Dシュタオプの派手な猛突も、敢えてあの局面で『ユー達』を狙った事も。それが、意図する所は。
「『時間切れ』だ、ミスター・ラジコンギーク」
其の銃撃は、Dシュタオプの砲撃と同じく、三度、刻まれた。打ち抜かれたのは伊都と、翠蓮達に狙われた脚部だ。そこに、透次と、銀獅子と化した伊都が続く。
一瞬、であった。赤光が満ちていた装甲から光が失せたのと、自壊するように機甲がひしゃげて、潰れた。
片足を喪い体勢を保てなくなったDシュタオプは横転しながら両腕で大地を掻くようにして立ち上がろうとした、が。
「……貴方は、リブロのオバケなの……?」
ベアトリ―チェと、翠蓮が、獲物を構えていた。散弾が放たれて機体が傾ぎ、翠蓮の刃は肩口から深く、大地へと刺し貫かれる。それでもソレは動こうとしては――至らず、透次の、伊都の、白秋の銃撃で、崩れていく。
「……因縁が、あるのだろう?」
「そう、ね」
問うような言葉は、翠蓮から、ユーに向けてのもの。痛ましげに細められていた目が、静かに閉じられる。
「終わりに、しなくちゃね」
最後に。
――サヨウナラ、と。はぐれ悪魔は言葉にした。
●
Dシュタオプが、崩れていく。銀色は瞬く間に錆付いていき、土へと還るように、消えていく。
「……なんじゃ。模造品か」
冥魔の新技術と興味を抱いていた翠蓮が落胆して言うと、透次が頷いた。
「……持って帰りたかったです」
「おぬしの家に、か?」
「全部とは言わないですけど! は、破片だけでも…よかったんです…」
「ユーと言いお主と言い……解せんのぅ……」
からからと笑う翠蓮とは対照的に、透次は心底悲しげに、重く、息を吐くのであった。
「……ユーはそろそろ私にお姉ちゃんと呼ばせるべき」
「なにそれ、アンタ、悪魔になりたいの?」
「…そうじゃなくて…」
むぅ、とベアトリーチェは唇を尖らせている。不機嫌そうな声に、伊都と庚の治療を手伝っていたリンがぴくり、と耳を欹てているのを見て、白秋は苦笑する。
ユーは”はぐれ”た。リンも、戦線に復帰した。リブロは死んだ。
――これで、良かったんだろうか。
白秋には、分からない。他人の幸せを決めるつもりなど、男にはありはしなかった。視線に気づいたユーが、男を見た。そうして、視線を傍らでむくれているベアトリーチェへと向ける。
「別に、姉って呼んでもいいわよ。かわりにアンタの名前を短く呼んでもいい? 長くて咄嗟に呼びにくいのよね」
「……!」
表情は乏しいながらもベアトリーチェは驚嘆したようだった。微かに――ほんの微かに目を見開いた少女は目を見開いて、こくこくと頷く。「なんて呼ぶかは、また考えとくわ」と言ってユーは笑った。そうして、ユーは足を進めて白秋と並び立つ。
「もうすぐで、一年、ね」
「――そうか、そう、だな」
「アンタが、アタシの名前を聞いてから、一年だわ」
声には、痛みがあった。悲しみも、苦しみも。良い思い出ばかりではない。悩みは今もある、と。そう知れた。
それでも。
「アリガト」
その場に居ない面々にも、等しく告げるように。
夜空を見上げながら、はぐれ悪魔はそう言った。