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マスター:ムジカ・トラス
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/25


みんなの思い出



オープニング


 煌々と灯る光を、ユー・インは見下ろした。かつてとは違う高度。かつてとは違う自らの力。かつてとは違う胸の裡。変わってしまったことだ。あれから、どれくらいの時間が流れたのだろう。
 思い返す。孤独だった自分自身を。戦場にいればそれでよかったあの頃を。
 あの時とは、何もかもが違う。生きる事。それだけを考えていればよかったあの頃とは何もかもが。
「うっとうしいわね」
 呟きは夜風に流れて、消えた。

 その時だ。夜風の音に沁みるように、機械音が響いた。
 ユーは覚束ない手つきで音の源である携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押す。
「……アタシよ」
 ――そういえば、こういう時どう言えばいいのかしら?
 そんなことを思いながら、話を聞くこと、暫し。

「リンが、起きた?」



 病室に足を踏み入れると、かつての機械音は聞こえなくなっていることにユーは驚いた。
 とても静かな空間が、胸を打つ程だった。渾然とする胸中を飲み込んで、言葉を紡ぐ。
「……痩せたわね、リン」
 すっかり痩せ細ってしまった城之崎リンが、そこにいた。
 ――当たり前ね。長い間、食事をとれていなかったし。
 致命傷の代償か目覚めるに至らなかったリンは、点滴やチューブで栄養を送られていた。元々色白だったが、血の気を失ったかのよう。頬もこけて、折角鍛えた身体も、見る影もない。
 それでも、生きていた。生きて、目を覚ました。

「……え、っと」
 ユーの姿を認めた城之崎リンが、口を開いた。少し罅割れた唇は、クリームかなにかでいやに艷やかだった。

「ご、ごめんなさい。あなたは……だ、誰、です、か?」

 ゆるやかに、怯えるように告げられた言葉。
 ユーは、目を見開いて――すぐに、目を閉じた。細く、長く、震える吐息。無理矢理にでも気持ちを鎮めなければ、自分が何をしでかすか解らなかった。
 歯を噛み締めそうになって、止める。リンが不審に思うだろう。怯える彼女を、これ以上怯えさせる気には、到底なれなかった。

 ――そうだ。あの時はこの子から声を掛けてきたんだった。困っていたアタシを、見かねて。そしてあの時のアタシは、人の姿を擬態していた。

 これが、本当の初対面か、と。ユーは頭の片隅で思う。これが本当の、正しい出会いだったのか、と。
 怯えたリンの表情が、その証左だった。だから。
「……ごめん。アタシ、病室を間違えたみたいだわ」

 これは、アタシへの罰なのかもしれない。死なないために、色んなものを捨ててしまった、アタシへの。
 ユーは、逃げるようにその場を後にした。


 現状を問い詰めるまでもなかった。
 リンには、身寄りがいない。医師や看護師たちも悩んではいたようだったが、足繁く見舞いに通うユーには、事情を話す事にしたらしい。
「記憶を、無くした」
 改めて言葉にした時、ユーの胸中が苦く、重く変じた。
 記憶。確かな筈のそれが、急に不確かなものになることが、ユーには了解が出来ない。
「少し違いますが、そのようなものですね」
 医師は長々と、説明した。
 逆行性健忘症、というのだそうだ。リンのように何かしらの病因――今回の場合は脳の虚血や低酸素などが引き金になり、脳の一部が障害される。それによって、発症時点より過去の記憶が曖昧になる。
 曖昧になった期間を明確に定義することは難しいらしい。どの時期のものが曖昧なのか。どのエピソードを忘れているのかを調べる事が難しいから。

 明確なのは、城之崎リンはユー・インを忘れていること。
 そして、久遠ヶ原学園を、忘れていること。
「……戻るの?」
「時間がたてば、ある程度までは戻ります、が……それがどの時期まで回復するかは経過を見なければ解りません」
「そう……」
 ユーは深く重く、息を吐いた。目を閉じたユーに、
「何か、解らない事や気になる事はありますか?」
 と、医師が尋ねる。気遣わしげな声に、ユーは苦笑を零した。
「……何も」



 記憶を喪う、とは。どういうことだろう。
 病院の屋上。ユー・インは溜息と共に思索する。

 例えば。ユーと全く同じ姿の誰かがいたとして、ユーと違う記憶を持っている場合、それはユー・インと言えるだろうか?
「言えないわね」
 では、ユーと同じ記憶を持っているとして、それが違う個体に宿ったら、それはユー・インだと言えるだろうか? もし記憶をもつのが意思表現の出来ない石ころだったら?
「……」
 それは、ユーとはいえないのではないのかもしれない。ユー・インの実在を信じてくれる誰かが現れるとは思えなかった。

 では。城之崎リンは、どうだろう。
 今の城之崎リンは、城之崎リンか、否か。
「リンに、決まってるわ」
 臆病な、リン。どうしようもなく、城之崎リンのままだった。
 ユーにとっても彼女が城之崎リンか……これは、問うまでもない。リンに、違いはなかった。一部とは言え記憶を無くした彼女は、それでも、どうしようもなくリンだった。
「……そっか」
 そこまで考えて、ユーは漸く、解った。

「アタシ達を知るリンは、死んだ」
 単純なことだった。ユーと出会う前のリンが、彼処にいただけ。それは、ユーが付き合っていたリンではない、別のリンの姿。
 そう思うことにした。
 それが――リンにとって、一番幸福なのだと、そう思ったから。

「リンは、リブロに殺されたのね」

 ぽつり、と。呟いた。




リプレイ本文

●亀山 淳紅(ja2261)
 鉄扉が軋む音を立てた。驚き顔のユーちゃんが、自分を見るや否や不満気な顔に変わった。ううむ。
「何か用?」
 横たわるあの日が痛いほどに解る距離と、温度。
「よう我慢したやん、偉いなぁ…自分やったらあの場で泣いてたな」
 一歩踏みだそうとして、ユーちゃんの強い視線に踏みとどまる。ぬぐ。
「…アンタなら、そうでしょうね」
 懊悩している内に、ユーちゃんが溜息をついた。そして、ドアを指さして、言うた。
「こっちに来たら? 中に風が入るわ」

「あの」
「何よ」
「いえ」
 気まずい。
 ――けども、言わないと。ユーちゃんも。リンちゃんも。誰も、進めないままだから。
「こないだのこと、考えた」
「…」
 あああああほら踏み抜いた! 蛇に睨まれた蛙。ユーに睨まれたミー…じゃなくて。
「自分にはユーちゃんのこと、何も、わからんかった。でもこの前自分が言うた言葉が残酷やと言うのなら…ユーちゃんの言葉も充分残酷やと思ったよ」
 踏み込んだ。
「…そうね」
「その、今ユーちゃんが立ってる場所は、こ…え?」
 見れば、ユーちゃんはそっぽを向いていた。
「アタシも悪かったわ」
 あれ?
「確かに狡かったわ。ゴメン」
「え?」
「何よ」
 自分を睨みつけては、振り子のように視線が離れていく。
「いや」
「わざわざそれだけを言いに来たの?」
「あ、えと」
”だから、一緒に悩んで苦しんで足掻いて選んで一緒に青春しませんか!”
 と声を大にして言うつもりやったけど…。
「ねえ、淳紅」
「は、はい!」
 ビシィ、と折り目正しく立つ。
「…」
「…」



 ん?
「ユーちゃん…?」
「アリガトね」
「はい?」
「…考えたとか、その辺のことよ」
 ――何か、したわけでもないのに。
 ユーちゃんの顔には、苦笑と微笑が半分ずつくらい。でも、ほんとに喜んでいるみたいで…ほんとに自分は解っていないんやなあ、と改めて思って苦笑が零れた。
「…リンちゃんのこと、どうするん?」
「放っておくわ。もう会わない」
「…」
「その方が、いい」
 決意を秘めた顔で。
「…自分は、今のリンちゃんが、何より一番不安やと思うんよ。せやから今度はユーちゃんが大丈夫? って声かけに行くのがええと思う」
「――」
 もっと、言葉を重ねたほうがいいやろか――とは、思わなかった。ユーちゃん、結構、聡いし。謝れるし――やり直せる。
 だから。
「てなわけで、2人のために自分、歌います!」
「はぁ!?」
 歌おう。

●小田切 翠蓮(jb2728)
 ぱらぽろと音が溢れて落ちている。軽快じゃが、優しくも切ない旋律と歌声。
「先生、何処か異常は無かったかのう?」
「ん…問題はないですね」
「それは重畳」
 医師の言葉に頷くと、立ち上がった。
 あの音は――はて。どこからかの?


「――おや? おんしはあの時の」
「げ」
「げ、とはなんじゃ。ユー、と言ったかの」
「アンタは小田切、だったわね…」
「先程の奏楽は、おんしか?」
 言いながら、ユーの傍らに腰掛ける。
「違うわよ。あの子ならちょっと前に看護師に連れて行かれたわ」
「それは残念…おんしはこんな所で何を黄昏れておるのだ? 具合でも悪いのか?」
「具合? 悪く無いわよ、別に」
 ふむ。後の問いにのみに応える、か。なら――。
「…もしや。『城之崎リン』とかいう娘を見舞いに?」
 ユーの浮かべた渋面に、笑いが零れた。
「かか。図星か」
「…アンタのそういう所、キライよ」


「リンは無事に意識を取り戻したと聞いておったが…違うのかのう?」
「違わないわ。ただ…傷が重すぎたのか、色々忘れちゃったみたい」
「ふむ」
 それが理由か、と思い至る。ふーむ…?
「記憶が無くなったのなら、想い出させれば良いではないか」
「…そうかもね。でも、アタシは、そうしたくないの」
「なら、新たに作れば良い」
 単純な事に、何を惑うておるのか――と言いかけて、止めた。脳裏を、遠い記憶が過った。
 …ユー。おんしはまだ、喪った事がなかったのじゃな。
 成程、この黄昏っぷりも了解できた。カカ。
「そもそも『記憶』なんちゅうモンは脳ミソだけに蓄積されておる訳では無い。今は上手く情報が引き出せないでいるだけで、おんしとの想い出はちゃんと身体と魂に刻まれておる筈じゃよ」
「…」
 愉快ついでにユーに、問うことにした。
「仮にリンがおんしの事を綺麗さっぱり忘れてしまったとして…おんしのリンへの想いは変わってしまうのか?」
「…想い?」
「畢竟、おんしにとっては彼女は彼女でしかなかろうて…違うか?」
「…」
 まっとうに、懊悩しているようであった。
 ――頃合い、か。
「さて。お暇するかの」
「ん」
 埃を払い、立ち上がる。
「失ってから嘆くのでは遅い。本当に大切な物は手放してはならぬぞ」
「…だから、じゃない」
 去り際の言葉への応答に、苦笑が零れた。

●命図 泣留男(jb4611)
 今日のコーデは完璧だ。ブーツが一味違う。足音も残さぬ真の影。病院を意識した真実の黒。手にした花束も優しげな香り。
「幻惑の貴公子が見る夢はバラの匂いがする」
 城之崎リンを、見舞いしなければ。

 ―・―

 凄い人が病室に現れた。
 知り合い? 私と? この人が?
 病院なのにサングラスをつけているこの人が?
「え、と?」
「そうか」
 …私は一体、何をしていたんだろう? 
「リン」
「は、はい」
 彼は花束をサイドテーブルに置きながら私の名を呼んだ。日当たりのいい場所に置かれ、花束は柔らかい輪郭を帯びる。この人、服装はともかく悪い人では、

「お前が黒に魅せられるのはゲノムから決まっていた」

 ダメな人だ!

 ―・―

 結局看護師さんは呼べなかった。呼ぶ度胸が、無かった。
「…は、はい」
「今はバラの香りに包まれて眠りな」
 ふわり、と柔らかな気配が部屋に満ちる。そっと額を押されて、ベッドに寝かされた。
 そして、その人はそのままこう言って、部屋を後にした。
「眠り姫が夢から覚めるころに、全ては終わっているだろう」

 …別に眠くない、けど。眠ったふりをした。

 ―・―

 小田切が言っていた事を考えていたら、また、扉が鳴った。もう誰が来ても驚かない自信があった、けど。
「メ、メンナク?」
「…」
 メンナクは頷き、近づいてくる。そして。
「…大変だったな」
 苦々しげに、そう言った。
「俺が力を貸してやれなかったのが、残念だ」
 一瞬、何を言っているのかが解らなかった。普通すぎて。
「話をしよう」
「…どういうこと?」

 ―・―

 色々と話している内にメンナクが、アタシのことをどうやら心配しているようだ、と気づいた。
 強引というか――不器用というか。奇っ怪過ぎる。
「お前が望む、最上のエンディングはなんだ。そのために、俺は…そしてお前は何ができる?」
「…今、考えてるの。しようと思ってた事に、ケチつけられて。どうしようかな、って」
「そうか」
 メンナクは解答に満足したのか、そのまま宙に浮かんだ。黄昏時の空に、メンナクの黒い影が染みてくみたいだ。
「決まったら、また、教えてくれ」
「ん」
 そのまま去っていくメンナクに、言葉を投げた。
「アンタ、普通に喋れたのね」

 返事は、なかった。

●ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)
 夜の病院。私はリンの病室の前にいた。
「…記憶…」
 状態のことは看護師さんに聞いた。すぐに部屋に入れないのも、それが理由。
 事前に聞けてよかった、というのと、いやな感じと、半分くらいで。
 深呼吸を、して。ゆっくりと、心を落ち着かせて。
「…ゴーゴー」
 扉を開いた。

 病室の中は、明るい。ゆるゆると、リンが私を見た。小さく目を見開くと、すぐに柔らかな笑顔に変わった。
「こんばんは、お嬢ちゃん。どうしたの? お部屋、間違えたのかな…」
 ――やっぱり、だ。
「…こんばんは…」
 たとえ、忘れていたとしても。手も顔も胸も、とても痩せ細っては居たけれど…リンが生きて、笑顔を浮かべられる事が、嬉しかった。
 …自己紹介、しないと。
「…初めまして…私、ベアトリーチェ・ヴォルピ…」
「え、あ…うん、初めまして。すごい、日本語、上手だね」
「リンの…後輩…だよ?」
「え?」
「…後輩…」
「え…?」
 …そんなに驚かなくても…。

 ―・―

 部屋を出ると、そろそろ面会時間が終わるから、と看護師さんの言われた。友達も、屋上にいるみたいだから伝えておいてね、とも。
 勿論、屋上に行った。

「…ユー?」
 ぎぃ、と。思っていたよりも大きな音がして、ゆっくりと開けると。
 居た。
 制服姿のユーが、ぼーっと空を見ていた。
「…アンタも、来たのね」
「ん…他にも…?」
「色々、ね」
「…そう…」
 ユーが、ほう、と息を吐いた。白い吐息が、ふわふわと夜空に溶けていく。綺麗、って。そう思った。
「こっちの人間は…悪魔もいるけど、皆、勝手よね」
「…そう…?」
「ええ。皆、お節介だわ」
 そう言うユーは、これまでに見たどんな表情とも、違ってて。
「…あんまり、嫌そうじゃないね…」
「…そうかもね」
 ユーは、笑っているみたいだった。顔が見えなくて、解らないけれど。

 その時だ。
「くしゅんっ」
「…どうしたの?」
「…風邪…治りかけだった…」
 元々、風邪薬を貰いに来た事を今更ながら思い出す。とん、と背中をはたかれた。ユーがちょっと怖い顔で見下ろしている。
「帰りなさい」
「…う」
「風邪が悪くなるわ。帰りなさい」
 …不覚…。
「…ね、ユー」
「ん?」
「快気祝い…ケーキがジャスティスだと思うけど…どう?」
「…んー」
 考えこむのは…理由を探しているから?
「記憶が無くなっても…それまで一緒に居た過去は変わらないから…」
 それは…嫌だって、思ったから、言った。
「ずっと…友達で居て良いと思うから…ね…?」
「…考えておくわ」
 苦笑しながら、ユーが私の髪を撫でた。
「だから、帰って寝てなさい」
「…はあい…」
 むぅ…。

●赤坂 白秋(ja7030)
 赤坂白秋の朝は早い。
「ユー! こんな所で奇遇だな!」
「帰れ」

●キュリアン・ジョイス(jb9214)
「…健忘症、か」
 本当は聞けちゃまずいはずなんだけど、ひょんな事でその子の事を知った。
 同じ撃退士。同じ学園生だから――話しぐらい、聞けるだろう。
 緊張はないでもなかった。というよりは、かなり、緊張していた。
 もとより、僕自身の事で手一杯だ。それでも、会って、聞いてみたかった。
 彼女が、何を想い、どうしたいのかを。そうすることで――何かが、得られる気がした。

 見舞いと言って、部屋を訪れた。長らく寝ていたからだろう。彼女の身体はとても細かった。病的な萎縮。
「初めまして。僕はキュリアン・ヴィリアーズ・ジョイス」
「…は、はじめまして」
 怯えを孕んだ視線が、少しばかり胸に痛い。
「貴方も…私の、先輩、ですか?」
「ああ。そうだよ。大学で考古学を学んでる…君の名前を、教えてくれないか?」
「え、っと…城之崎リン、です」
 あれ? という顔をする城之崎さん。む――そうか。名前を聞くべきではなかった、か…?
 ひたり、と背筋を冷たいものが落ちるが、押し通す。
「色んな人が此処に来たかもしれない、けど。城之崎さんは、これからどうしたい、とか…あるかな?」
「したい、こと」
「うん」
「…無いでも、無いです」
 思いの外、返事が早かった。
「それは…?」
「”私”の事が、知りたいです」
 言葉の強さも、意外だった。ただ、その意図は僕には了解できた。でも、だからこそ。
「何でだい?」
 意外、だったのだ。彼女は全部、忘れているはずなのに。
「何で、求めるのかな」
「”私”には、居ないんです。そういう、先輩とか、後輩とか…友達、とか」
 艶やかな金髪を、触りながら、言う。細められた金色の瞳に天魔の影を見て、理解が追いついた。
「でも、”私”には、居たんです。色んな人が、色んな形で、一緒に居て」
「…」
「今までは、どれだけ、寂しくても、我慢、出来た、のに…」
「そう、か」
 ――失ったものは、彼女の場合、ただ彼女だけのものではない。
 その事に気づいた結果が…この、涙か。はたはたと頬を落ちる涙が、病衣を濡らしていた。
「…ゆっくり、落ち着いて」
「すみま、せん…」
 一人で、考え続けていたのだろう。起きて、恐らく、学園の誰かと会ってから。
 彼女も、自分と似ているのだと感じた。”自分自身”に、振り回されている、と。


 だから、解ったのだ。彼女の涙も、懊悩も。
 彼女が進む為に必要なものなのだ、と。


 冬のコンクリートは冷たかった。
「すみませんでした」
「で、何しに来たの?」
 顔をあげるとユーは仁王立ちしていた。
「…なあ、ユー。例えばだが、難病で患者が死んだとして、医者は病気を憎むだろうか。それとも、己の未熟を憎むだろうか」
「何よ、突然」
「俺は、リンをああさせたのは、自分だと思えてならない」
 ユーは息を呑んで、それから、小さく首を振った。
「それは、違うわ」
「俺がそう思う、って話だ」
 そして――お前は、そう思わないで良い、という。
「で、だ。俺は思うんだ。倒したはずの魔王の配下が、実は生きてたら勇者様はすげェウザいだろうなって」
「白秋、アンタ!」
 解っていた。そういえばお前は怒ると。だから。
「さあ、行くぞ。リンの病室に」
「言ってる意味、解ってんの!」
「解ってるよ。さあ、善は急げだ。行くぞ」
 ユーの思考と覚悟が追い付く前に、連れて行く事にした。全速力で間合いを詰め、ロータックル。
「はっはー! お姫様d」

 凄まじい衝撃と共に、世界が暗転した。




 知らない天井だ。
「…ッ!」
 病室だと知れて身を起こす。感触でソファだと解った。次いで目に入ったのは。
「ユー、リン…?」
 向かい合う二人、だった。
「…アンタが寝ちゃったから」
「いやいや」
「うるさいわね。アタシが、ちょっとだけ、説明してたの」
 後頭部がすげぇ痛い。首も。仕草で示すと、ユーは気まずげに視線を逸らした。
「どこまで聞いたんだ?」
「…えっと、出会った、ところまで」
「全然話してねえ…」

 それからは俺が説明した。
 ユーがリンの恩人であること。はぐれ悪魔であること。恐らくリンの為にはぐれたこと。
「…記憶を取り戻せとか言う訳じゃない。ただ、リンの側で笑い、怒り、悲しんだ、ユー・インという存在の仮証明であって欲しい」
 そして一刻も早く頷いて欲しい。ユーが殺気丸出しでこっちを見ている。
 リンは、苦笑していた。
「全部、ユーさんの為なんですね」
「…」
 それを言われると、困る。
 だが。
「ユー、よ」
 意外なところから、助けがあった。
「アンタは、そう呼んでたわ」

 ―・―

 少しだけ話し込んで、病室を後にした。早足で歩くユーの背中に、声を掛ける。
「なあ」
「うるさい馬鹿」
 …これは、リブロの事を話せる空気じゃないな。
 そっと両手を掲げて、言う。
「送ってくよ」
「イヤ、よ」
「送らせてくれ」
 すん、と。音が零れた。
「此処で別れたら、俺が泣かせたみたいに思われる」
「…アンタの、せいよ」
 馬鹿、と。最後にユーはそう言った。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 時代を動かす男・赤坂白秋(ja7030)
 揺籃少女・ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)
重体: −
面白かった!:1人

歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
来し方抱き、行く末見つめ・
小田切 翠蓮(jb2728)

大学部6年4組 男 陰陽師
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
魔法使い・
キュリアン・ジョイス(jb9214)

大学部6年3組 男 バハムートテイマー
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー