●
――キッカリキッチリ、殺し切れたか。
時間制限までにユーは此の場に現れ、そうして、撃退士達と共に潜伏しようとしている。
なんて滑稽。快感を飲み下した悪魔は、歯を剥き出して喉を鳴らした。
●
一同は山中に分け入った。ディアボロ達を避けるために遠回りにはなったが、何事もなくたどり着く。響くは轟々たる音。山肌を叩く駆動音が反響し、撃退士達を包みこむ。
「ふうん…これはこれは…悪魔のくせに暴走族のまね事とは、人間臭いことをするわね」
卜部 紫亞(
ja0256)が黒瞳を細めて言う。言葉尻にその胸の裡が滲んでいた。
「妨害は無かったか」
戸蔵 悠市(
jb5251)が眼鏡の位置を正して言うと、樹木に手をかけたユーが息を吐いた。いつ動くか、と懸念しながらの道中に既に困憊しているようだった。
「…何だか、疲れたわ」
「そういえば、挨拶がまだだったな。私は戸蔵だ。宜しく頼む……どうした?」
呆気にとられた様子のユーに、悠市は首を傾げた。
「こっちに来て初めてまともな挨拶を見た気がしたのよ」
「…そうか」
咳払いを一つして、悠市は続ける。
「あちらは随分と貴女に執着しているようだが何か関わりがあったのか? 例えば――上司が一緒だったとか」
「ただの幼なじみよ。アイツが此処に来てる意味は解かんないけど…アタシの後釜なら多分、リザベル様の指示ね」
言葉に、淡く笑いが落ちる。どこか蠱惑を孕むそれは小田切 翠蓮(
jb2728)のもの。
「随分とモテておるが――手酷く袖にでもしたのかの?」
「どうかしら。一緒にアニメは見たけど…」
「ほぅ」
ユーは釣り上がっていく笑みから目を逸らした。彼女にはその由は解らぬが、凄みを感じたのだ。
「悪魔が感情に引きずられるとは思わんが、敵の親玉を見てもことを急くなよ」
故に、というべきか。蘇芳 更紗(
ja8374)の続く声の乾いた感触に、ユーは小さく笑った。
「別に、大丈夫よ」
なんて事はない、普通の笑みだった筈だ。なのに――亀山 淳紅(
ja2261)は痛ましげに顔を逸らした。その、視線の先。人里が近しいとはいえ、殆ど手の入らぬ野山だ。樹々が深くディアボロ達の様子は伺えない。
「…ゲームのボスは、一面で主人公を本気で斃しに来ないから…最後に倒されるんだよ…?」
同じ方角を見ていた少女が、そう言った。ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)だ。
「…ゲームとかしてたんや」
ツッコミは、淡い空模様に呑まれて、消えた。
●
翠蓮の提案から意思疎通による誘引を試みることとなった。
「あれに、届くのかしら?」
「やるだけやってみよう」
撃退士達が夫々に配置に付く中で、悠市が疑問顔のユーの直衛についた。
樹々の密度が薄くなり、じきに森を抜けようかという頃。遠くにディアボロ達が見えた。悠市がスレイプニルを召喚すると、そのまま一同は――森を、抜ける。
怨、と。音が返った。
●
高く駆動する音が山間を叩く。開かれた視界の先で、ヘルへブン達が一斉に回頭していた。
ユー達に、向かって。
「「準備は出来たか、お姫様」」
計十機から発された罅割れた声が大気を震わせ――。
「退くぞ!」
悠市はスレイプニルの背に乗りながら、声を張った。ユーの肘を掴み、強引に騎乗させる。駿馬は嘶きを上げると疾走を開始。瞬く間に林に飛び込んだ。
「追手は!」
「ダメね。あっちの方が速いわ」
みるみるうちに距離が詰まってくるのが樹々の隙間から伺える。
最前の機体が樹々に触れようか、という時。
――音が、降って来た。
●
――聴け、この歌を。
樹々の上から、音が二つ。戦場を包むような歌声と、それを貫く銃声。
歌い手は淳紅。高らかな歌唱に続いて、巨大な陣が森の入り口に描かれる。緻密なる奏譜の陣が、軋むように密度を増し――轟音。質量すら感じさせる音の波がディアボロ達を激しく鳴動させる。
「頭が高いで、量産型リブロ」
力強い眼差しで言う声は、銃声に紛れた。銃声は、翠蓮の狙撃銃から発されている。
「ディアボロとディアブロ…全くややこしいのう」
男――というには妖艶な佇まいで、空に浮かぶ翠蓮。大魔術によって機速が鈍った今を好機と見たか、音圧に歪んだディアブロを一機、撃ち抜いた。
「ヘルヘブンはキカイじゃが、ディアブロはナマモノじゃよな?」
「…どっちも機械ちゃう? 前に、爆発してたよーな」
「おお」
重力に従って自然落下する淳紅の言葉に、ぽん、と手を打つ翠蓮。
「「…やるじゃねェかガキンチョ!」」
「ガキちゃうよ!」
眼下からあがった歓声に、淳紅は不機嫌そうに眉を潜める。
ディアボロ達はその間に散開。それを見て、翠蓮は口笛を鳴らした。
「成る程、そこそこに小賢しさはあると見えるの」
興味深げな視線を他所に、損耗を引きずりながら森林へと踏み込んでいく。
――阻霊符!
悠市が念じたのと、同時。
樹々が、倒れていく。ある樹木は機槍で、別な樹木は機体と機腕で強引に引き千切られるように圧し折られる。破壊の音は、悲鳴にも似ていた。だが、その甲斐もあり機速が鈍る。
「戸蔵、気をつけて!」
意図通り、だった。だが――。
微かでも。射線が、通った。
●
眼前でディアボロが赤光を帯びる。かつての再現だ。吐出されるのは、高火力の銃弾だと知れた。
――樹々ごと、貫くつもり…。
「…させ、ない」
少女――ベアトリーチェは小さく呟くと目を細めた。淳紅の大魔術に対応するためか、機体の間隔が広くとられている。その中に、見出すべきは――。
「行って」
伏せていた少女の傍ら。新たに顕現していたスレイプニルが疾走を開始。ヘルヘブンに体ごとぶつかっていき――同時、雷轟が疾走った。雷電はディアボロと奥に居たもう一機を灼く。
「「小賢しいなァおィッ!!」」
怒号の中、狙いが逸らされた銃弾に穿たれた樹々が続々と倒れていくと、そうして出来た隙間に入り込むように、三つの機影が進んだ。
「…そのアタマの悪い物言い…反吐が出るわね」
ノイズ混じりの声を、厭うように。声と、魔術が放たれる。
紫亞であった。轟々と焔を曳く炎玉が落ちると、一組を焼き上げる。機動していたヘルヘブンが限界を来したか、噴煙を挙げて失速。騎乗していたディアボロが投げ出され、樹々に打つかる様を見て、紫亞は微かに笑った。
「ちょっとした入れ食いに近いわね」
同時。
敵の動きに変化が生じた。
方やより深く、悠市とユーを追走し、そのまま後方の紫亞達へと向かう一団と。
森の入り口側。淳紅、ベアトリーチェ、翠蓮に向かう一団に、別れた。
●
「――っ」
自らの方へと向かってくるディアボロ達――ディアブロが一機とヘルディアが二組――を見て、淳紅は逡巡。視線は、離れていくユーを追っている。
淳紅が離れると、此の場にはベアトリーチェと翠蓮を残すだけ。葛藤に縛られそうになった、その時。
樹々を避けようとしたヘルディアの横合いに、影が往った。柔らかな土を踏み込んで、その小さな身体には不似合いな程に巨大な戦斧を振るう。山肌を叩くほどの破壊音を立てて、ヘルヘブンが横転。地を踏みしめて立つ少女、更紗は騎乗していたディアボロからの銃撃を受け止めながら、
「行ってもいいぞ」
「…サンキュー!」
そう淳紅を手振りで促す。淳紅は頷きを返して駆け出した。
「さて」
その背を見送る事無く、少女は戦斧を構えて呟く。眼前には二機のディアブロのみ。ヘルディアの方は、と――視線を逸らすまでもない。耳障りな音が存在を高らかに歌い上げている。ベアトリーチェのスレイプニルが追走しているようだった。姿は見えないが、翠蓮もそちらを追撃しているのだろう。銃撃音が断続的に響いている。
「美形悪魔とやらの顔を見てみたい気もするが、下手に出てきて不利になるのも厄介だな」
戯言だ。だが、応答はなかった。
赤光に包まれた戦鬼が機剣を構えて走りだすのを見て、更紗は不敵に笑い――駆けた。
●
銃声、銃声、銃声。樹々を盾に走る駿馬を、銃弾が追う。
「「キシシッ!! ちったァ考えたじゃねェか!!!」」
追走してくるのは二組のヘルディア。夫々に車間を開けたままの状況を、悠市は苦々しげに見つめた。
――圧力は減ったが。
やりにくいな、と零す。だが、反撃するのならば、今だった。
「ユー、合わせられるか」
「オッケー!」
銃撃に樹々が軋み斃れ、視界がクリアになる。ぞっとする程に近くまで、うち一組が至っていた。
悠市がスレイプニルに攻撃を命令。同時、背に乗るユーが黒い仮面を展開。狙える敵は一体だけ。だが、撃たぬ道理も無い。
絡みあうように、砲撃と衝撃が、ヘルディアを包む――。
「「キシ、キシシシッ!」」
かと思われた、瞬後。強烈なエグゾーストが炸裂した。攻撃対象となったヘルディアは強引に樹々を打ち倒しながら、『直角に』方向転換。
「…無茶苦茶ね」
「原作通りよ!」
慣性を無視した機動に嘆息した紫亞であったが、ユーの反駁にさらに顔が渋くなる。追撃を、と。アウルを練ろうと紫亞は集中した――その時、先程超機動を見せたヘルヘブンの背で、ディアブロが機腕を伸ばしていた。
「…ッ!」
そこに黒い穴を見て取って、紫亞は木陰に身を隠し、屈んだ。同時に、頭上を撃ちぬいた銃弾が樹を大きく貫いて彼方に消えていく。
「「チッ…先に『魔法使い』からヤろうと思ったンだがな」」
「…リブロ…ッ」
「「キシ、キシシ…ッ!」
忌々しげな紫亞の声は、リブロ・レブロの笑い声に呑まれた。
●
「リブロめはあちらに行ったか」
推移を見て取って、翠蓮は笑った。
「まあ、良いわ…弱ってる連中から撃破して行くぞい」
眼前。ベアトリーチェの命令でスレイプニルがヘルヘブンを追い立てている。時折、身を隠していたベアトリーチェが銃撃を重ねる事で機先を制する形になり、ディアブロの射撃でスレイプニル自身は傷を負ってはいたが追撃戦の様相を呈していた。
翠蓮はその趨勢を見つめながら、樹上を跳ねるように移動していく。間合いが開いている間は使えなかったが、今なら――。
「どれ」
氣を編む。眼下に至ろうとするヘルディアはそれに気づく様子もない。スレイプニルと、ベアトリーチェの連携が巧みに機能していた。
――澱みを、解き放つ。暗雲にも似たそれが纏わりつくようにヘルヘブンを飲み込むと、瞬く間にその機体が黒々とした石肌に変わっていく。
投げ出されたディアブロに、スレイプニルが文字通り馬乗りになり、追撃をしかける様を見て、翠蓮は口の端を釣り上げる。
ちらり、と見やれば、更紗がこちらへと向かってきていた。成る程。後背には残骸に成り果てた赤い機体が見えた。
「さて、こちらは終わりじゃが…」
●
応射の為に足を緩めたのが災いしたか、別の角度からもう一組が悠市達の元へと至っていた。二つの機銃がスレイプニルに騎乗する二人を狙う。
「チッ…っ!」
樹々を遮蔽に躱そうとするが、容易く樹々が貫かれた。圧し折れる樹々の向こうに紅光を纏ったディアブロが見えて、悠市は歯を噛み締めた。
――ユーに、当たる。
弾速は早く、後悔も覚悟もする暇などなかった。
音は、軽く。
衝撃は――しかし、届かなかった。だが、はたりはたりと、アカイロが散る。
「淳紅、アンタ!」
銃弾は、瞬間移動で間に割って入った淳紅が受け止めていた。淳紅はそのまま溢れかえる血液を無視して、声を張る。
「ユーちゃんに手ぇ出すなら、まず自分殺ってからにしろ!」
「「あァ?」」
きられた啖呵は、なんだかとってもアンマッチだった。
例えば、その状況。
例えば、その表情。
例えば――。
「自分は…ぇ、ぇー…と…ぃ、今の彼氏! やし!」
その、言動、だとか。
ひたり、と。音が止む。動きすらも止まったようだった。
「「「ハァッ…!?」」」
一同から吐出された驚愕。
その隙を、見逃す紫亞ではなかった。
――La main de haine.
描いた円弧。その中から、無数の白い腕が吐出されて、リブロが強化していると思われるヘルヘブンの足を止める。
「捕まえたわ」
「「クッソ…ッ!」」
ダアトの異能――怨霊の如き腕々に、稼いでいた速度ごとヘルヘブンが抱きとめられる。
哀れなのは、急停止に投げ出されたディアブロだろう。悠市のスレイプニルに一踏みされて身動きが取れなくなる。
「悪魔の陣営とて久遠ヶ原の動向は探っているだろう。リザベルとも何度かやり合っているのだしな。依頼になってしまった以上それなりに情報は開示されているぞ…こんなやり口はお前の上司の好むところか?」
「「ユー…てめェ、今度は違う男と…!」」
「アンタ何言ってんのよ!?」
――どうやら、まともに話は通じない、か。
状況はすっかり煮詰まっていた。悠市は嘆息すると、そのままスレイプニルにディアボロの頭部を踏み抜くよう命じる。ユーもまた、砲撃を重ねて徹底的に殲滅を果たす、と。
最後に残った、拘束されているヘルヘブンが片腕を突き上げた。
「「この…ッ! ヴィーッチ!!」」
――その後。この機体もさして時間を置かずにスクラップにされた。
じっくりたっぷりと舐るように紫亞が壊し抜いた事だけは、付記しておこう。
●
全てが終わると、ベアトリーチェはとことことユーのもとに歩いていった。そうして、ユーの全身を眺めて、満足げに言う。
「第一ステージ…無傷クリア…」
「…全然無傷じゃないじゃない」
「ん…ユーが無傷…だから、オッケー」
「…そうね、ありがと」
ユーはそっぽを向く。その距離感に惑うように。儚い花に似た少女を、徒に手折らぬように。
――慣れないわね。
小さく、呟くに留めた。
「ね。ユーちゃん」
淳紅が彼方を茫と見やるユーに、声を掛けた。少しだけ言い淀んだ後に、続ける。
「…学園はね、戦うことを強制せーへん。リンちゃんも、皆も。だから戦う理由を‘誰か’に求めんのはやめよ」
――此処の人間は、簡単に、踏み越えてくる。
「楽すんのはずるいよ、ユーちゃん」
言った当人が傷ついたような面持ちで言う。その表情が、ユーの胸中をざわつかせた。
「アンタになにが解…っ」
飛び込んできたのは、戦闘の名残の負傷の数々。
「……」
だから。彼女は言葉を切った。切らざるを、得なかった。
「アンタには感謝はしてるし、嫌いじゃないわ。でも。それを楽って言い切るアンタは」
――残酷だわ。
ただ、そう言って。ユーはそのまま、その場を後にした。
「…せやね」
言葉は淳紅の足元に落ちて、溶けて、消えていった。
「…なんとも。面白い事じゃの」
「そうか?」
クスクスと笑う翠蓮に、悠市は眉を潜めた。どう見ても修羅場なのだが――と、周囲を見渡す。リブロの気配や兆候を探している者も居れば、どこか満足気に破壊されたディアボロを眺めている者もいる。悠市の嘆息が溢れる中、翠蓮は小さく笑った。
――昔を思い出すのぅ。
けらけらと、愉しむように。どこか、リブロのそれと似た色を孕ませて。