●戦いへの布石
近年、S市は急速な発展を遂げてきた。この街は変化を受け入れ、人を受け入れ大きく成長した。
発展の象徴は真新しいビルが立ち並ぶ街の中心地。その一角に一人の男が佇んでいた。長身痩躯のに金色の髪。ヴィンセント・ライザス(
jb1496)だ。
「今回は脇役なのでな‥‥裏方に徹するとしよう」
ヴィンセントが呟くと、足下から霧のような物が立ち込める。
霧はどんどん広がっていき、あっという間にあたりを包んだ……かと思うと、次の瞬間には、何もなかったかのように霧はすっかりと晴れていた。
そこには、もうヴィンセントの姿はなかった。まるで最初から誰もいなかったかのように――。
恒河沙 那由汰(
jb6459)と安瀬地 治翠(
jb5992)は、S市警察署に来ていた。地元警察に協力を仰ぎ、より詳細で生きた情報を得るためだ。
先に探索に向かった仲間に情報を送り次第、2人も現場に急行するつもりだった。
「今回は、人命救助にご協力いただけるということで……」
事情を説明したあと、ようやくやってきた事件の担当警官らしき男が、長々と事務的な口上をはじめた。
那由汰は死んだ魚のような目をして警官を見つめる。その目からは、やる気どころか生気すら感じられない。
(救助……誰のために……あいつの代わりにか? ……ちっ、自己満足にもなりゃしねぇよ……)
そんな那由汰の様子を見てか、要領を得ない警官の話を遮るように治翠が言った。
「取り残された人々はどこにいるのでしょうか? それと……ディアボロの目撃情報も教えいただけると助かります」
治翠はあくまで穏やかな口調で警官を誘導する。
警官はディアボロを倒すということが念頭になかったのだろう。避難状況についてしか話さない。
しかし、撃退士は救命だけではなく、ディアボロを倒し、人々を命の危機から根本的に救うのが最終目標だ。
「取り残された人は、A区画に数名います。それとディアボロですが……同様にA区画にて多数の目撃情報があります……」
どうやら周囲にディアボロが徘徊しているため、不用意に動けず、避難できなかったようだ。事実を確認すると、治翠はもう一つ警察に指示を出した。
「市内放送で流していただいたい事があります」
治翠は取り残された人へ無闇に動かないこと、特にゴミへは近づかない。できれば、警察に位置を連絡する旨を言った。
市内放送で避難の呼びかけなどすでにやっているはずだ。しかし、ディアボロが現れてしばらく経つ。しびれを切らし、危険を冒しても逃げ出したくなる頃だろう。それは、今一番避けたいことであった。
一通り、話し終えた治翠は、仲間と連絡を取ろうとスマートフォンを取り出そうする……それを那由汰が制した。
「さっさと行こうぜ」
治翠が那由汰を見るとスマホをヒラヒラと見せてきた。すでに連絡は終えたようだった。
……やる気がないように見えてもやることはやるらしかった。
「こちら久遠ヶ原の撃退士でーす。逃げ遅れた方はできるだけ物音を立てずに、冷静に、出てきてくださーい」
沙 月子(
ja1773)はやる気なさげな声を補うように拡張器を使いながら避難誘導をしていた。那由汰らの連絡を受けて、この近くに取り残された人がいるのは確実だった。が、同時にディアボロにも接近していること考えれば随分大胆な行動である。
(猿…ですか 。残念、私、二足歩行の哺乳類って愛着わかないんですよねえ 。倒しやすいといえば倒しやすいですけど… )
声に反して目だけはギランギラン 。どうやら来るなら来い、くらいには思っているようだ。そんな月子の耳が小さな唸り声を捉えた。
――瞬間、月子の端正な顔が歪む。
しかし、それは、すぐに優しい笑顔に変わった。声のした方へ月子が駆け寄る。
「もう大丈夫ですよー♪」
そこには足を負傷して動けずにいた男性がいた。すぐさま救急箱を取り出して応急処置をする。幸いなことに命に別状はないようだ。
ディアボロの探索は一時中断。彼を安全な区域まで護送しなければいけない。
(やっぱりもっとスリリングな戦闘がしたいかも……)
そう思いながらも月子はしっかりと男性を背負った。
ビルとその駐車場のすき間にある暗がりの路地。普段なら誰も入りたがらないような場所に、今はだからこそ身を隠すように縮こまるOL風の女性がいた。
その彼女の元へビル上から陰が迫り来る――
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」(小声)
撃退士、イリス・レイバルド(
jb0442)だ。女性は恐怖で一度、驚きでもう一度、声にならない悲鳴を上げた。
イリスは何を勘違いしたのか、それとも彼女を和ませようとしているのか、なにやら的違いな弁明を始める。
「いや普段は天高らかに叫ぶけど 、この状況で大声はいくらイリスちゃんでもしないですよ!」
身につけた虹色の宝石飾りよりもキラキラしながら、しかし、小声で女性に話しかける。
そんなイリスを見て、女性の表情はみるみる緩んでいった。イリスは満足したように彼女を担いで安全区に向かう。
このとき、まだイリス気がついていなかった。この笑顔の女性が、小柄なイリスをかわいらしい撃退士さんだな、と思っていたこと。
そして、彼女たちの向かう先へ、偶然にも大きな陰が近づいていることに……
「ゴミを蹴飛ばすディアボロですか。僕も空き缶とか蹴ってしまう方なので、気持ちはわかりますが……」
エイルズレトラ・マステリオ(
ja2224)は、そう言いながら自販機横のゴミ箱を漁っていた。大きなゴミ袋を丸ごと引き出し、空き缶以外のゴミはゴミ箱に戻す。一通り作業が終わった頃には、ゴミ袋はすっかり萎んでいた。
そこへユリア(jp2624)が大量の空き缶を萎んだゴミ袋に補充した。
「軽いものでも勢いがついてれば危ないよね。手当たり次第みたいだから動きも読み辛いし」
エイルズが辺りを見渡すと、さっきまで散乱していたゴミも見当たらず、すっかりと綺麗になっていた。
那由汰らから連絡のあったA区画の一角。ここでの戦闘を想定し、余計なゴミを片付け、利用できるものだけを集めて、戦況をコントロールするためのことだった。
そこへ同じく大きなゴミ袋を持って、アイリス・L・橋場(
ja1078)がやってきた。
「……そちらの……準備は……できたのですね」
アイリスが持っているゴミ袋の中身は空き缶――ではなく、丸められた新聞紙のようだった。
そのとき、彼らの持つスマホが一際激しく、揺れ出した。
●不測の戦闘
「ディバインナイトなめんじゃねー! 防御陣はるぞサルがッ!」
イリスはスマホを握りながら、眼前にそびえる巨大な2本の柱を見上げていた。黒く、歪に伸びている。頂点を覗くと、ようやくその正体がわかる。真っ赤な顔をしたサル。報告にあったディアボロだ。
助けた女性を担いで、路地を出たところで襲われた。初撃はなんとか避けたが、女性をかばいながら逃げ切る余裕はない。
「ウキキキキキキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
ディアボロの金切り声に耳を塞ぎたくなるがそんな余裕はない。すぐに次撃が“飛んでくる”。
それは自動車。誰かが乗り捨てて避難したのだろう。駐車場付近というのが災いした。さっきは自転車だったが、さすがにこれは躱せない。
とっさに判断したイリスが七色の粒子をまばらに纏う。何もなかった彼女の眼前に大きな盾が出現する。それはイリスと女性をかばうように立ちふさがり、自動車と激突した。
響き渡る衝撃音。しかし、自動車が彼女らに届くことはなかった。
「ウウウ……ウキィィィ!ウキィィィィィッ!」
ディアボロが悔しそうに啼き、次の標的を定め移動する。今度はライトバン。大型の自動車だ。さきほどよりも確実に強烈な一撃。如何に撃退士といえど、何度もやり過ごせる攻撃できない。
ディアボロが巨大な足持ち上げて、今にも蹴り出す姿勢。女性が大きな悲鳴声を上げる。それでも、イリスの表情にはまだ余裕があった。なぜなら――
「助けに参りました」
声と共に雷鳴が迸る。それは剣の形を成してディアボロに襲いかかった。ディアボロの動きが止まる。雷の出所には、治翠の姿。
イリスはもともと1人で対応する気など毛頭なかった。隙を見て仲間に連絡を取っていたのだった。
「助かりたかったら騒がねぇで俺についてきな」
気怠そうに女性の手を取ったのは、那由汰だ。女性は戸惑いつつ那由汰に身を預けた。
彼ら2人だけではない。次々と仲間が到着する。
「……うわぁ、何とも強烈なデザインですねえ。 夜、夢に出てきそうですね」
エイルズは敵の姿を目にして、思わず唸っていた。
その後ろではユリアが阻霊符を展開している。
隣にはアイリス。彼女は何らかのスキルを発動させているようたっだ。その表情からみるみる感情が失われ、血のような紋様の浮いた黒いバイザーが顔を覆う。
「ウキィイィッッィィ」
再び動き始めたディアボロはまだ女性に狙いをつけている。
それを見取ったエイルズは突然、奇妙な名乗りを上げ、アイリスから預かった丸めた新聞紙を投げ捨てる。
「どこを見ている!? 我が名はエイルズレトラ・マステリオ。お前の敵は私だぞ!」
ディアボロはエイルズを凝視する。まるでそこにだけスポットライトが当たっているように……。
そして、彼の手から新聞紙が落ちる瞬間を目にする。
「ウキ、ウッキィ!」
ディアボロが新聞紙に近寄り、足を振り上げ、新聞紙を蹴る。エイルズをめがけて――
「……まあ、痛いといえば、痛いですね」
新聞紙の直撃を受けたエイルズがたいしたダメージもなさそうに言う――と同時にガラスの割れるような音。
「一番脆弱な瞬間と場所、それが……ここである!」
潜行していたヴィンセントが姿を現し、高速でディアボロの元へ移動する。ディアボロの無防備な軸足へ、勢いのまま強烈な襲撃を叩き込む。
「イイィイイ!」
ディアボロが膝を曲げ、体を落とす。その隙を、アイリスは逃さない。膝裏のくぼみをめがけて剣を突き刺す。
「さて……何本まで……耐え切れ……ますかね……?」
アイリスは何本もディアボロの足に剣を突き立てた。
――が、ディアボロは気にも止めない。分厚い皮膚と肉は剣の数本ものともしないのだ。体勢を立て直して、アイリスを直接、蹴ろうと足を上げる。
その動きを上空からユリアが止めた。背中には黒い翼。彼女を中心に霜が降り、周囲をディアボロごと凍てつかせる。そこへ――
「こっちは終わったから後はコイツだけだな 」
那由汰が宣言した。一連の戦闘のうちに女性を安全圏まで待避させたらしい。
隣には月子の姿も見える。どうやらこの区画一帯の避難誘導を終えた模様。これで心置きなく戦える。
「狙って狙ってー」
と言いながらエイルズが再び新聞紙を投げ捨てる。
しかし、ディアボロは見向きもしない。先ほどの攻撃がまるで利かなかったのを学習したのか、本能にあらがうように、狂った金切り声を上げ逃亡を図る。
ユリアが再びディアボロの動きを止めた。
「何でもかんでも蹴り飛ばされると危ないし散らかるから、その辺りにしてもらうよ」
激しい弾幕。ディアボロは反射的に体上部を守る。
……おざなりになった足。月子は見逃さなかった。狂気じみた笑みを浮かべ、咎釘を発動させる。地面から尽きだした“腕”がディアボロの足を鋭く絡め取った。
エイルズが3度ゴミを捨てる。ただし、今度は空き缶。アスファルトにぶつかる間の抜けた金属音にディアボロが絡め取られた足を無理やり動かし、体勢を崩す。
「習性の把握できている敵程、与し易い者はない」
ゲームのルールが把握できている程。そこにランダム要素が少ない程。勝利に近づくのが、この男。ヴィンセントが目にも止まらぬ足技で、今度は足を――叩き折った!
ユリスの冷撃で強度が落ちたディアボロの足は、ヴィンセントの攻撃に耐えられなかった。無論、 アイリスの剣による傷もここで生きた。
そのアイリスが崩れ落ちるディアボロの頭部を狙い撃つ。
「……一点特出……しすぎ……ですね……。……その上……弱点……を……露天……してるとは……」
放たれた矢がディアボロの頭部を粉砕し……
「お疲れ様、ナイスキック!」
頭部と片足を失くしたディアボロに、エイルズがぐっと親指を立てて、締めくくった――。