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マスター:むらさきぐりこ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/21


みんなの思い出



オープニング


 天地神明に誓って断言しよう。

 僕は、ただの一度も、人間を殺したことはない。



 蓮の台という地方都市がある。かつての好景気に浮かれて山間を切り開いたベッドタウンだ。
 半端に開拓された田舎町は、『村』としての距離感と、『都市』としての機能性が入り交じる。
 それなりに仲の良い住人達。高望みをしなければ十分に現代的な生活が送れる機能性。若者には物足りないが、終の棲家としてはまずまず――それが、数年前までの蓮の台の評価であった。

 しかし、永遠の安定などこの世には存在しない。バランスは簡単に裏返る。
 例えば大病をきっかけに人間性が変わってしまうように、現在の蓮の台は少々危なっかしい。


 ――うん、正直しんどい。
 江戸川葉月は心中でため息をついた。

 今日の任務はなんてことはない、野良天魔退治である。
 葉月が堕天し、撃退士として活動するにようになってから半年以上が経過した。
 結局華々しい表舞台には縁が無かったが、こうして地道な活動で経験と日銭を稼いでいる。
「……うん、これであのバッグも買えるはず。さっさと帰ろう」
 実に年頃の少女らしい、ささやかで小市民的な思考回路。

「先輩、今日は妙に挙動不審ッスね?」
 そして気づけばいつの間にか後輩と呼べる相手も出来ていた。いつまでも新人気分ではいられないのである。
「そ、そう?」
「すげー居心地悪そうというか。いつもの暴虐無人がなりを潜めてるっていうか」
「日本語はきちんと使え」
 かつての自分が見たら絶望するであろう、しかし確かに幸福な日常。


 蓮の台に野良天魔、はぐれたディアボロやサーバントが頻繁に湧くようになったのは、大体一年ほど前かららしい。
 とある天使が、遊び気分でゲートも展開しないまま巨大サーバントを放つという暴挙を行った時期からである。因果関係は不明だが、それ以降『なくはない』程度だった天魔事件の頻度が急上昇した。
 穏やかだったはずの街は、とたんに新人撃退士の稼ぎ場、もとい要注意スポットへと変わってしまったのである。

 ……ちなみに元凶となった事件自体の死傷者はゼロというオチが付く。
 解決に当たった撃退士達が優秀だったということもあるが、ほんとその天使は何を考えていたのやら。

「先輩、蓼食う虫を噛みつぶしたような顔してますけど」
「テメー国語力あるのかないのかどっち?」
 昔の話だ。
 しかし責任を感じないわけではない。むしろ気を抜くとしゃがみ込んで立てなさそうである。
 せめてもの罪滅ぼしという気持ちが無いわけではなかった。


 不意に怒鳴り声が轟いた。
 聞くに堪えない、獣のうなり声のような男の声。

「……今のは」
 またか、と葉月は嘆息する。
 視線の先にはコンビニがある。そこで店員と揉めている男女がいる。
 ちゃらけた雰囲気の若い二人が、平身低頭する店員をいたぶっている。

「最悪」
 それを見た後輩が吐き捨てるように言う。
「なんか、この街こんなのばっかですね」
「…………」
 既に臨戦態勢に入っている後輩に、葉月はうまく答えられなかった。


 ――ある意味、天魔よりもたちが悪い。
 ささやかな驚異の連続。
 日常を緩やかに侵食する、かといって蹂躙はしない非日常。
 常に緊張した状態に晒され続け、人心は少しずつ燻っていった。

 そう。現在の蓮の台が抱えている最大の問題。
 ――治安の悪化。
 民度の低下と言い換えてもいい。穏やかだったはずの住民達は、些細なきっかけで互いを疑い、罵り、憎み合いやすくなっている。
 村社会の距離感がストレスを生み、都市の機能性が安易な解消の手段を提供する。

 少しずつ黴びていく、膿んでいく。
 時代が動いていることも相まって、安定を欠いた街は加速度的に病んでいる――。


 頭痛がしそうな気の重さを覚えながら、葉月は事の成り行きを見守ることにした。
 所詮相手は半端なチンピラであり、撃退士が突っつけば蜘蛛の子を散らすように逃げていくことだろう。
 それにあの後輩は正義感の塊であるから、放っておいても状況は勝手に動く。第一、あんなのにいちいち構っていたら時間がいくらあっても、


「――え」

 男女の首が、飛んだ。
 コメディ漫画のようにあっけなく、現実感のない現象だった。

 頭が地面に落ちる音と、スプリンクラーのように鮮血を吹き出す胴体を見て、ようやくこれが現実だと――

「避けろォ!」
 葉月は無意識のうちに叫んでいた。
 次の瞬間、今まさに男女に殴りかかろうとしていた後輩の延髄に、

「――あれ。君は違うな」
 その場にそぐわない澄んだ声と共に、ぴたりとナイフは停止した。
 あまりの出来事に硬直してしまっていた後輩は、噴水となった胴体に真正面から突っ込んだ。



 白い。そんな印象だった。
 白いワイシャツ、白い髪、白い肌。天使の葉月が言うのも何だが、『天使のような』美青年だった。

 けれど目の前の凶行を行った人物は、間違いなくその男で。
 だというのに、手にしたナイフは新品のように綺麗なまま。

「――うん、君はダメだな」
 そしてそのまま滑るように、葉月に向けて飛び込んできた。
 殺意なんて微塵も感じられないまま、殺意そのものであるナイフが葉月の胸に吸い込まれ、


「……って、通すか!」
 紙一重で盾の顕現が間に合う。V兵器同士が打ち合って派手な音を立てる。
 青年は気にした風もなく、実に滑らかな動作で今度は首元を狙ってくる。

 ――ダメだ、雰囲気に呑まれるな。
 人畜無害を絵に描いたような風体で、それでいて行動は鬼畜有害。だのに誰の妄言か、ついたあだ名は『正義の味方』。
 そう、こいつの名前を知っている。
 指名手配中の、元撃退士。

「……生駒、真凪――!」
 その反応に何ら興味を示さず、生駒真凪は淡々とナイフを振るう。



「先輩!」
「いいから応援呼んで! すぐ!」
 一瞬でも気を逸らせば殺される。
 『撃退士として』ようやく中堅といったところの葉月にとって、この相手に防戦が出来るだけ僥倖であった。

「――ああ、なるほど」
 陽炎のように姿がゆらめく。単調な一撃が、徐々に威力を増していく。
「そうか。キミがここに眷属を放った天使か」
「なんでッ……!」
 そんなことは一言も言っていない。仲間の誰にも教えてはおらず、おくびにだって出したことはない。
 それに――自分で言うのも何だが――『天使・オーガスト』の起こした事件は取るに足らない事件であると、葉月自身が認めている。調べる情報も価値もない。

 この男は、江戸川葉月の人生において、全く無関係のはずである。

 気づいてはいけない。だって伏線がない。そんな過去視じみた能力、もはや越権行為である。

「うん。じゃあ元凶(むし)の駆除だね」
 優しい声。――ふと、目の前の敵がかき消えた。

「――先輩! 上!」
 声に合わせて盾を合わせる。けれど間に合わなくて、ざくりと右腕が熱くなった。
「……あぐッ……!」



 この世は人でなしで溢れてる。かくいう僕も人でなしの畜生だ。
 なので畜生以下はそれらしく、人間に迷惑をかけずに生きていかねばならない。
 だのにこの世界には、ちょっとばかり人でなしが多すぎる。

 だからせめても同族として、畜生以下を駆除せねばならない。
 それが人間に迷惑をかけている、僕らという存在の責務だろう。

 ――僕は人を殺したことがない。
 天地神明に誓って、ただの一人も。


 ――じゃあ君にとっての『人間』とは、誰のことなんだろうね?


リプレイ本文


 ざく、ざく、ざく。
 嬲るような攻撃に、江戸川葉月は悟った。

 ――ああ、ここまでかあ。

 音が遠い。腕はもう使えない。盾の活性化が間に合わない。
 因果応報。
 世界は「大人しく仲間になってめでたしめでたし」で許してはくれなかったのだ、と。

 攻撃の手は緩まない。まるで流れ作業のような気軽さで、葉月の首筋にナイフが落ちる。それはさながらギロチンのような、

 ぱしゅん。
「――――」
 その腕を、牙撃鉄鳴(jb5667)の放った弾丸が掠める。

「ああ、ダメだ。あれは、ダメだ」
 微かに聞き取れたのは、そんな歓喜の色を含んだ声。
 乱雑に蹴り飛ばされて、葉月の意識はそこで途切れた。



 純白の男は、目を爛々と輝かせてこちらに走り込んでくる。
 獲物を見つけた肉食獣のようなその姿に、ミハイル・エッカート(jb0544)は思わず口の端を歪めた。

 先行しているのはミハイルと鉄鳴。応援の六人の中で、間違いなく『堅気ではない』二人である。
 素人目にもそうなのだから、況んや『正義の味方』に於いておや。
 どのような手段かは不明だが、生駒真凪は確かに二人の属性を見抜いたらしい。

 ――ああ、ゾクゾクするぜ。
 かつての本業を思い出す、社会から大きく逸脱した狂気の瞳。冗談めいた悪性。行きすぎた行動理念。
 信田華葉に関わった覚醒者は、皆このような手合いなのだと報告書で知っていた。
 ほんの一瞬、内からこみ上げる衝動にミハイルの表情が彩られた。

 とはいえ。

 ふ、と真凪の姿がかき消える。確かにそこにいるはずなのに、うまく認識できない。
 どのような技術か、白昼夢のようにあやふやになる。いくら元が鬼道忍軍だからとて、人間の分際で障害物もないのに消えるのは反則行為だ。
 そしてミハイルの足下から掬い上げるようにナイフが振るわれ、ようやく認識が追いつく。
 滑らかに白刃はミハイルの土手っ腹に吸い込まれ、

「あ」
 うっかりした。そんな素朴な声を真凪は漏らした。
 ナイフが引き裂いたのはただの布。ミハイルはいつの間にか自分を通り過ぎている。
「しまった、忘れてた」
 鬼道忍軍なら知らぬはずもない変わり身の術。その定番として使われる、学園指定のジャケットである。

 真凪は回転しながらぼろ切れを捨て、背後を一瞬だけ見る。
 金髪の男はあの天使に向かっている。救助のつもりか。まあいいや、と独り言つ。

 ――アレはもうどうでもいい。
 にたり、と真凪の口元が歪む。そのまま身体を捻り、畳み、矯める。
 その肩が弾け、赤黒いものが飛び散る。
 しかし一切を気にせず繰り出される、鮮やかなアンダースロー。飛び魚のような白刃は、空に舞う黒い翼を穿つ。

「だって、君はぶっちぎりに『ダメ』じゃないか」
「随分とご挨拶だな、『下手くそ』」
 銃弾と投げナイフの応酬。結果(ダメージ)はほぼイーブン。
 さりとてそんなことはおくびにも出さず、真凪は笑い、鉄鳴は涼やかに、次への布石を打つ。



『CQCQ、こちら緋打石』
 目の前の状況に混乱していた後輩の一人に、緋打石(jb5225)からのテレパスが入る。
『今から応援六名が入る。葉月はグラサンのナイスガイが助けるので、諸君は一般人の避難を』

 視界の端。このコンビニが面している道路の向こうから、確かに歴戦の先輩達の姿が見える。
 あの中の誰かが自分に繋げているのだろう、と後輩はなんとか理解した。

『大声で共有、行動!』
 強く言われて、後輩は我に返る。
「――そうだ、コンビニの人たち!」
 蹴り飛ばされた葉月は動かない。けれど『敵』は悪魔の射手に向かっているし、サングラスの男性が葉月を抱えて回復魔法をかけている。

 ……力のない自分たちに出来ることは限られる。ならせめて与えられた役割はこなそうと、新人達はコンビニに取り残された人たちに向けて走った。


「指名手配犯、生駒真凪! 確保する!」
 アスファルトに遠石 一千風(jb3845)の怒号が反響する。
「ヒーローごっこはそこまでだ!」
 まるでこの『場』そのものに訴えるような声は、コンクリートの街を跳ね回る。

 ――嫌な感じがする。
 きっとそれは気のせいではない。

「何を言ってるのかよく分からないな」
 ぱきゅん。地面を弾丸が跳ねる音と共に、真凪の姿がかき消える。
「そんなそんな、僕みたいなのに『そんな高尚なこと』できないよ」
 日常会話のような気安さで、よく分からない返答が返ってくる。

 それはいい。まともな会話など最初から期待していない。
 今の言葉は『周りの』人たちに投げかけたものだ。

 じろじろと舐め回されるような嫌悪感。数知れぬ『視線』がこの場に注がれている感触。
 ――どうやら盗撮はもう始まっているらしい。
 アングラ系サイトにいくつもアップされているという、生駒真凪のスナッフビデオ。アレを『正義の味方』と祭り上げる、インターネットに蔓延る狂気。

 闘気を全身に張り巡らせながら、一千風は吼える。
 そんな需要(もの)、どうしたって認められるわけがなかった。



 異様な空気のまま攻防は続く。
 陽炎のように揺らめく真凪を上手く捉えきれない。攻撃を避けられているのはまだ仕方の無いこととしても、『狙いがそもそも定まらない』。
 ――あり得ない妄想を相手取っているような不安感。気を確かに保たないと、いつの間にかそこにいたことさえ忘れてしまいそう。

 だから、うかつに包囲を緩めようものなら、するりと隙間から抜け出していくのだろう。
 まるで初めからそこにいなかったかのように。

 閃く白刃。『正面からの不意打ち』を、ケイ・リヒャルト(ja0004)は容赦なく零距離射撃で弾き返した。
 身体を屈め、懐を狙う。そしてすぐさまその喉元を狙って一発を見舞った。
「おおう」
 ――だが間の抜けた声と共に、紙一重で躱される。いや、『狙いがズレた』のか。
 ともあれケイはすぐさまバックステップで距離を取る。

 当たり前の話ではあるが、二年前よりも遙かに強くなっている。
 技量的にはもちろん、精神的にも――ベクトルはどうあれ。

 幻影の毒蛇が虚空を噛んだ。
「おわったった」
 真凪は暢気な声を上げる。……当たったようには見えない。
 いつの間に切り返したのか、対面に控える仄(jb4785)の術の圏内にいた。

 前は『強行突破』だったものが、しれっといなくなろうとしている。
 同じ練度の撃退士による一対六。
 冷静に考えれば、逃げの手を打つのは当然だ。年始のコトリバコ事件を思い返せば、確かにその選択は正しい。

 けれど、

 ――ちらりと鉄鳴とミハイルに視線をやる。
 真凪が最初に『食いついた』ということは、『そういうこと』でいいのだろう。
 だが、二人ともまだ大した傷は負っていない。
 最初こそ二人に的を絞っていた真凪だが、全員で囲んで逃がさないという布陣が成立してからは、逃げを狙い続けているように見える。

 アレの行動原理は病的に自己中心的な思想のはず。それを覆してまで、生き延びることを目標とするのだろうか――?


 だが、そんなことは今はどうでもいい。
 もとより付き合い続けるつもりなどない。

 鉄鳴の銃撃がアスファルトを叩き続ける。空の薬莢が落ちる度、今度はミハイルの放った十字架がプレッシャーをかけていく。
 アスファルトが跳ねる、砕ける、音を鳴らす。舞うナイフを、ミハイルは大げさに後ろへ飛んだ。

 ――ケイは、合図代わりに五挺の愛銃を宙に舞わせる。
 円の中心。ぽっかりと開けた駐車場の真ん中。誰からも等距離なその位置。

「ん」
 仄の魔力が澱みを産む。砕けたアスファルトが舞い上がる。砂塵と化したそれが、魔力を帯びて吸着する。

「そら、よッ!」
 合わせて緋打石が炎を呼び出す。罪深き亡骸を地獄に連れて行くもの。その名を冠した戦車(チャリオット)は、ゴウと地面を焦がしながら爆走する。

 そして、ケイは手にした最後の一挺のトリガーを引いた。

 銃弾の驟雨。走る火車。煙る砂塵。
 どこまで突き抜けた技術を持っていようと、空間を制圧されれば、透過の出来ない人間に回避することは叶わない。
 『回避特化』の相手だ。『打たれ弱い』のが定石である。つまり一発でも当てれば、その性能は大きく落ち、


「ッ――緋打石さん!」
 一千風の踏み込む音とほぼ同時。
 緋打石の眉間に、赤い尾を引きながら、白いナイフが穿たれた。


「――は、まったく。悪魔でも身震いする最低さだ」
「……ちぇ、なんだ。君もそれかい」
 突き出されたナイフの先には、砕け散るスクールジャケット。
 全身が焼け焦げ、血に塗れた生駒真凪は、それでも確実に緋打石の命を取りに来た。その身体を間一髪飛び越えながら、緋打石は獰猛に笑う。
「いっそ清々しいな。十王の手間を煩わせるのは忍びない」
「いやだな。どうしてこう、肝心なところでツキがないんだろう……」
 会話にならない言葉。
 真凪の声色に落胆が混じる。まるで『今から苦手なテストなんです』程度の場違いな感情。コンマ秒後に待っている現実とまるで釣り合わない、暢気な感想。

「――ら、あァッ!」
 さながら狼のような。
 裂帛の気合いと、十分な加速の乗った一千風の拳が、生駒真凪の顔面を貫いた。



 真凪の身体が吹き飛び、コンビニの壁に激突して止まった。
 だらんと投げ出されたその両手両足に、無慈悲な弾丸が何発も突き刺さる。

 勝敗は決した。鉄鳴は淡々と頭部に狙いを付けようとして、レールガンが過熱されていることに気がついた。
 仕方無いので拳銃に持ち替え、

「まあ待てよ。せっかくまだ口がきける状態なんだ。ちょっとくらいお喋りさせてくれよ」
 飄々と言いながら、ミハイルがわざと射線を遮る。――だがその手にはきちんとライフルが握られており、何より口の端が愉しそうにつり上がっている。
「まともに答えるとは到底思えないが」
 構えながら一千風が鋭い声で言う。態度にこそ出さないが、鉄鳴も同意見だった。

「……酷いなあ。質疑応答くらいなら、対応できるって……」
 あはは、と力なく笑いながら、真凪はごろんと仰向けになった。
 その顔面は砕け、両手両足に力はない。そしてきちんと『存在感』がある。
「ああ、でもそうか。前が折原さんだったし、そう思っても無理は……うん、あの子と比較されると、純粋にへこむな」
「仲間だったんでしょう? 随分辛辣なのね」
 銃口を突きつけるケイに、真凪はまるで友人のような気安い笑顔を向ける。
「いや、それとこれとは別問題だって……」

「聞きた、い事、があ、る」
「うわ」
 にゅっ、と。仄はマイペースに、いきなり真凪の顔を覗き込んだ。
「『ゴミ』処理を全、て、熟した時、お前、は、如何在るつも、り、だったの、だ?」
「ああ、それは俺も聞きたい」
 凄惨に笑いながら、あくまで軽口のようにミハイルが言う。

 そして、答えは簡潔だった。
「どうあるも何も。終わるわけないじゃないか」
 は、とミハイルは吐き捨てた。
「日本人だろ。ちゃんと日本語で話せ」

 真凪はくつくつと笑う。
「……ほら、掃除ってさ。家に人がいる限り、絶対しなきゃいけないことじゃない。エネルギー活動には、どうしたって廃棄物が出る。つまり『人類がいる限り、ゴミはどうしたって発生する』。最初から不出来なものが、どうしたって出るんだ」
 僕みたいな、と真凪は笑った。
 無邪気な笑みだった。
「資源の無駄、なんだ。じゃあ資源の無駄同士、消し合った方が、節約くらいにはなる、でしょ?」
 吐き気がするくらいに。

「――その論だと。人間は滅ぶべき、と言っていることになるが」
 緋打石の感情のない言葉に、真凪は屈託の無い笑顔を浮かべた。
「……ああ、うん。そういうことになる、のかな?」
「不、毛」
 仄は、ぽつりとそんな言葉を零した。

「随分勝手なことを言うんだな。その基準なら、華葉だって立派な『ゴミ』だろう。奴の撒いた種で、どれだけ『そうじゃない』人が巻き込まれたと思ってる?」
 ミハイルの瞳は、サングラスに隠されて見えない。
「そんなにゴミ掃除がしたいなら、政治家にでもなった方が良かったな。――所詮、お前は華葉のオモチャか実験台だぜ?」

 ぬたり。
 蔑むようなその言葉を受けて。真凪はそんな、得体の知れない表情を浮かべた。

「『そのとおり』。よく分かってるじゃないか」

 ぱん。
 弾けるような音がして、真凪の頭部ががくんと揺れる。
 そしてそれきり動かなくなった。

 いつの間にか地面に降り立っていた鉄鳴は、煙を噴くリボルバーをヒヒイロカネに仕舞うと、
「何か奥の手を晒すつもりかと思ったが、当てが外れたか。まあ、やってしまったものは仕方が無い」
 事も無げにそう言った。



 誰もが駆け出しの頃にお世話になったような普通の病室。
 江戸川葉月は、そこで横になっていた。

「しかしあそこまで後輩に慕われているとはな。無事に馴染んでいるようで何より」
「やめて、やめてください……」
 ベッドの側で快活に笑う緋打石から、極力葉月は目を逸らそうとする。
 葉月にとって緋打石は『会いたくないようで会いたい、やっぱ会いたくない』くらいのとても微妙な立ち位置である。なぜなら『黒歴史を洗いざらい知られた上で』好意的に絡まれると、とても反応に困るからである。
 しかし対岸には、
「葉月が頑張って耐えたから、みんな無事だったのよ。誇って良いと思うわ」
「成長し、た」
 ケイと仄という、やっぱり『握られている』見舞い人がいるのである。

 その、そんな和やかなムードを出されても、困る。
 逃げ場がない。ダレカタスケテ。

「そう嫌そうな顔をするな。いずれ一緒に依頼をこなす仲なんだから、いつまでもそんなじゃ困る」
 言って緋打石は数冊の文庫本を取り出す。
「そろそろ読みたい本が減ってきた頃だろう? おすすめだ。ちゃんと返しに来いよ?」
 その表情は後輩を慮るそれ以外の何物でもなく、大変反応に困る。

 ともあれ。
「……その。ありがとう、ございまし、た……」
 か細く言って、耳まで赤くなる。
「んー?」
「ごめんなさい、聞こえなかったわ」
「もう、一度」
 ニコニコしながら迫ってくる『先輩』を、布団に潜り込んで回避する。

 そして、
「おう、邪魔するぞ」
「見舞いにきた。大丈夫か?」
 ミハイルと一千風が現れて、救われたような気持ちになったのもつかの間。

「ところで、葉月って何をやらかしたんだ?」
「ああ、それはな」
「ギャー! ヤメテー!」
 そんな感じで騒いでいたら、看護師達に怒られた。

 こんな一つの、団円の形。



 最後に。

「殺すときはばれずにやるものだ、『下手くそ』」
 コレの思想も異常性も興味は無い。
 ただ一つ。
 人殺しは『悪』である。行うのであれば、その罪深さを知れ。
 それが【名無鬼】としての矜恃であり、在り方であり、譲れない一線である。

 ――詭弁を弄して正義の味方呼ばわりなど、虫酸が走る。
 生駒真凪の亡骸を前にした鉄鳴の瞳は、まさしく塵芥を見るソレだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
静寂の魔女・
仄(jb4785)

大学部3年5組 女 陰陽師
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター