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マスター:むらさきぐりこ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/01/10


みんなの思い出



オープニング


 コトリバコ。
 都市伝説の一種で、初出はインターネットの匿名掲示板とされる。
 その出自から主にウェブ上で話題になるオカルトであり、今日では『検索してはいけない単語』として恐れられている怪談でもある。


 概要はこうだ。

 かつて、差別と迫害で極限まで貧困に陥っていた村があったという。
 そこに戦争から逃げ出してきた男がやってきた。
 村人は男を殺そうとしたが、男は『見逃してくれれば武器をやる』と言って、この箱の作り方を教えた。

 まず、からくり細工の箱を作る。
 中を雌の獣の血で満たし、一週間寝かせる。
 その血が乾ききらないうちに、生贄を中に入れるのだ。

 生贄とは、間引いた子供である。
 子供の数だけ呪いは強くなり、名前も変わる。

 一人でイッポウ、二人でニホウ、三人でサンポウ、四人でシッポウ、五人でゴホウ、六人でロッポウ、七人でチッポウ。
 そして、八人でハッカイ。
 子を取る箱、転じてコトリバコは、こうして完成される。

 箱は、圧政を敷いていた庄屋の一つに上納された。
 その日のうちに、庄屋の女子供は悶え苦しみ抜いて死んでいったという。
 こうして村は、呪いの箱を盾にして、ひっそりと暮らしていった――



 とまあ、こんな感じの話。
 実際の書き込みだともっとホラーしてるけど、核心部分はこんなところかな。気になるなら自分で調べて。

 安い話? いやいや、十年以上生き続けているだけでたいしたものだよ。恐れられていることには変わりないんだから。
 そんなこと言ったら口裂け女や人面犬とか、元々ただのゴシップでしょ。
 四谷怪談なんてただの創作だぜ? それでもお岩さんは祟るでしょ。そういうこと。

 怖い話だ。実際にあったら嫌かも。そういう共通認識が大事なんだ。
 いったん『おそろしいもの』として世間に認識されてしまえば、呪いは現実になりうる。
 そこにアウルという『現実として認識されているオカルト』を触媒にすれば、より精度は上がるだろう。

 ああ、そっちの二人は近づかない方がいいよ。
 言ったでしょ。女子供に効果覿面な呪いなの、これ。近寄るだけでも危ないから。
 結婚願望とかあるんだったらなおさらね。それこそ機能ごと――
 いやいや、会話としてはジョークだってば。このくらいじゃ下ネタにもなってないでしょ。勘弁してよ。
 ねえ、君のお弟子さん、ちょっと潔癖すぎない?


 それでなんだっけ。ああ――山籠もりの理由だっけ?
 深い理由は色々あるけど、語るには尺が足りないかな。

 まあ、ねえ。
 人間は増えすぎた。多すぎて、資源の無駄が加速してる。
 生きなくてもいいものが残って、生き残らねばならないものが死んでいく。
 天魔も正直大差は無いし、悲しいかな、知的生命体は総じて愚昧だ。
 矛盾してるよね。それとも皮肉って言うべきかな?

 だから、頑張って間引かないといけない。
 世界のために、地球のために、何よりも人間のために。

 独善? かもしれないね。
 そりゃ、『そうしないと気持ち悪いから』っていう部分はどうしても否定できない。
 でも『正義』なんてそんなものだろ? 言うなれば人生の指標だ。独善を軸にして人は生きていく。

 はっはー。そこは君も似たようなもんだろ?
 聞いてるよ。会社抜けて『聖女』やってたんでしょ。
 優等生だったのにねえ。
 まあ、遅く来た反抗期(はしか)は重症になるから。
 しみじみ実感するよ。
 お互いさ。


 『材料はどこから調達した?』
 これ聞かない辺り、ホント、大概だよね。


 ――で。
 これ、どういうつもりで録音してる?



 ICレコーダーの再生はそこで止まる。茅原未唯はしかめ面で、それをスピーカーから取り外した。
「――今、『奴』と話していたのが、問題の『爆弾魔』だ」
 未唯がタブレットを操作すると、黒板にスライドが表示される。そこには、ぱっと見十代前半に見える美少年が映し出されていた。
「世上要(せじょう・かなめ)。ここの卒業生で、フリーの撃退士――というのが三年前までの経歴。これは現役時代の写真だから、今はもう少し老けている、とは思う」
 曰く、当時でも二十代後半とのことだった。見た目と年齢が一致しないのは撃退士にはままあることである。
 ともあれ写真の中の要は、人好きのする顔に無邪気な笑顔を乗せている。清潔感のあるベビーフェイス。実際、現役時代は入れあげている女性も多かったらしい。


 しかし、現状は目を背けたくなる有様だ。
 今の混乱している情勢に乗じてか。世間には爆弾魔が出没している。

 大学の研究室、国立病院、暴力団事務所、都心ビル、住宅街の一軒家。
 都市も場所もターゲットもランダムじみた『爆撃』。しかして、送りつけられたものは爆弾ではない。

 ただの小洒落た寄せ木細工だ。それもどこかの民芸品かと思わんばかりの綺麗な箱。
 しかしそれの封を切った瞬間、『何か』が箱からあふれ出して、あっという間に周囲を飲み込んだ。
 そして後に残ったのは、何事もなかったかのように傷一つ無い建物と、身体中から血を吹き出して死んでいる犠牲者達だった。

 『コトリバコ』という単語がネット上を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。

 こんな現象、天魔の関与はもはや疑う余地がない。今の情勢にも関わらず、趣味の悪い天魔はいるものだ――そう踏んで捜査を進めてきた。
 だのに、このタイミングでこんな匿名の情報が飛び込んできたのである。

 投函された封筒の中身――調査書、ICレコーダー、地図、携帯電話――は、完全に状況と一致してしまっていた。
 純然たる人間であり、久遠ヶ原学園の卒業生である世上要が、このテロリストの正体だと告発していたのだ。

「――今、『覚醒者がテロを仕掛けた』なんて事実は発表できない。それは理解しておいて欲しい」
 現状――天魔との和平交渉を進めている状況で、『撃退士そのものへの不信感』を世間へ与えるわけにはいかない。
 だから『爆弾魔』と表現している。手段はどうあれ、広範囲に被害を出す兵器なら爆弾という表現も嘘ではない。
 これではまるで半年前のようだ。未唯は頷いた。
「世上は『聖女』の残党ではないんだろう。この録音を信用するなら、個人的なエゴで動いている危険思想の持ち主だ」
 言って、同封されていた『調査書』を憎々しげに睨めつける。
「どういうつもりでこんなものを送ってきたかは知らんが、もうこれ以上好き勝手はさせない。私は別口でコレを逆探知してみる。だから、君たちは世上を早急になんとかしてくれ」
 要の居所は地図に、能力は調査書に記載されている。気味が悪いくらいに詳細に、傾向と対策まで。
 まるでゲームの攻略本のようだと、未唯の同僚は零したらしい。
「最優先は残りの『コトリバコ』および研究の破壊。世上本人の処遇は現場に任せる。それじゃあ直ちに――」

 携帯電話が鳴った。非通知。確か前もこんなことがあったなと、未唯は舌打ちをした。
 未唯はスピーカーモードで、その着信を受け取った。

 場違いなくらいに飄々とした声が、電話から聞こえてきた。
『やあ優秀なる後輩諸君、久しぶり。世上先輩討伐の準備は整ったかな?』
 信田華葉は、そんな風に切り出した。

『どうして天才は乱心するんだろうね。それとも才能の副作用が厭世なのかな』
『幸福であるには愚民であれ。それが世界のバランスだったりするのかな?』
 そんなことを、宣った。


リプレイ本文


 死。

 廃村に足を踏み入れた瞬間、感じたのは絶望的な死の臭いだった。
 朽ち果てた建物、打ち捨てられた古い車、ざあざあ流れる川の音。
 ただそれだけなのに、ありとあらゆる死という概念を流し込んで煮詰めたような、そんな気配に満ちた世界。

 ――どうして、こう、吐き気のするものばかり。
 電話越しの飄々とした声を思い出して、遠石 一千風(jb3845)は拳を強く握りしめた。



 空は曇天。風はなくて湿気った空気が停滞している。
 立っているだけで黴が生えてきそうな陰鬱さ。強く流れる川の音だけが鼓膜を打つ。

「その道は罠だらけだな」
 しかし気にした風もなく、牙撃鉄鳴(jb5667)は簡潔に言った。

 この村は道と廃屋だけで構成されている。中央に通り道が走っており、東西に四軒ずつ家屋があるという配置だ。
 恐らく小学校のグラウンドほどの広さもないのだろう、かなりせせこましい印象を受ける。周囲を鬱蒼とした森に囲まれているから余計にだ。
 かつては田畑もあったのだろうが、そういった生活の痕跡はすっかり自然に呑まれてしまっている。
 朽ち果てた旧式の車と、切り倒されて苔むした丸太だけが、かろうじて文明の名残だった。

「数は分かる?」
 ケイ・リヒャルト(ja0004)の問いに、鉄鳴はゆるく首を振る。
「範囲外を数えた方が早い」
 けして広くない道に放たれた探知のアウルは、数えるのも億劫になる結果を返してきた。
 コトリバコが罠として仕掛けられている可能性を、あの『先輩』は匂わせてきた。世上要がそういった搦め手を好むということも。
「そう……つまり地雷原ってことね」
 ケイは嘆息した。
 推測するまでもなく、コトリバコは目の前にたくさん埋まっているということだろう。

 元ネタの『コトリバコ』なら効果も女子供に限られるかもしれない。
 しかし今相対しているのは、あくまで怪談を下敷きにしたオカルト爆弾なのだ。事件の被害者に男性も含まれている以上、誰にでも効果があるものと見てかかるべきである。

「それじゃあ、土の色を見て動けばいいんだね」
 あどけない声で、Robin redbreast(jb2203)が何でもないことのように言う。
 確かに目を凝らしてみれば、地面がうっすら斑模様になっている。そこを踏まなければ問題はないだろう。
「けど、いくつか潰しておかないと。いざという時動けない」
 逢見仙也(jc1616)が杖を取り出しながら言う。――戦闘時に足下を気にしている余裕があるかどうかが問題だった。
「外に釣り出すのはやめた方がいいかな? 鉄鳴くん、家の中は?」
 盾を構えた九鬼 龍磨(jb8028)の問いに、鉄鳴はやはり淡々と言い放った。

「――どの家にも仕込んであるな。周到だ」

 『サーチトラップ』はその特性上、複雑な罠は見抜けない。どこに基準を置くかは個人差があるが、おおむねトラップとしての完成度が高いものほど読み取れない。
 今回の結果はその逆だ。『単純な罠が山のように引っかかる』。質より量の大量生産ということだ。

「つまり、何発かは覚悟した方がいいってことだね……」
 龍磨は盾をぐっと握りしめ、一歩を踏み出す。


「……それにしても、要自身はどうやって移動するつもりかしら?」
 ふと挟まれたケイの疑問に、翼を展開した鉄鳴が答える。
「爆弾ではなく呪詛の類だ。この様子だと、仕掛けた本人には効果が無いように調整しているのかもな」
「なるほど。自爆は望み薄ってわけね」

 斑色の地面。朽ちた家々。
 その中には圧倒的な死の塊が山と積まれている。
 すぐ近くに見えている村の奥が、果てしなく遠く映った。



 探索は、仙也と龍磨を先頭に据えて行われることになった。
 二人とも男性で、なおかつ魔法に対する抵抗力が高い。不測の事態には『庇護の翼』によるカバーリングで対処する。
 地道に慎重を期して、六人の撃退士は廃村に乗り込んでいく。


 数歩歩くと、すぐに土の色が変わっていた。風化してはいるが、掘り返した痕跡だろうと思われる。
 仙也は丁寧にそれを掘り返してみた。

 案の定。
 土を被ってなお、場違いなまでに装飾された箱が姿を現した。
「これか」
 軽く触れてみる――それだけで、悪寒が背中を駆け抜けた。間違いない。これがコトリバコだろう。
 血の臭いはしない、ぱっと見ただけでは凡庸な箱。けれど、確かに禍々しい。
 仙也は精神を集中させると、解呪を試みた。


 それを見て、一千風はそっと距離を取る。誤爆を防ぐためだ。まだ程度が分からない以上、女性である一千風はリスクを負うべきではない。
 代わりに廃屋をそっと確かめる。
 前時代的な作りの家屋は、もはやあばら屋と化していた。触れば今にも崩れそうなほど、脆い。
 人が住まなくなった家は急速に滅びるというが、これではまるで白骨死体のような、

「……!」
 扉に手をかける直前で気がついた。
 糸が扉の板に結わえ付けられている。比較的新しい、裁縫用の糸。それがどこに繋がっているのかは分からなかったが、何を目的としているのかは自明だった。
 家にも罠があると鉄鳴は言った。
「なんて執拗な……」
 回り込んでみても結果は同じ。窓にもやはり糸の影が見える。
 中は死の臭いに満ちている。


 ――何を考えているのかしら。
 一千風とは別の家に聞き耳を立てながら、ケイはそんなことをふと思った。
 未だに姿を見せようとしない世上要のこともそうだし、この状況を作った信田華葉のこともそうだった。

 三つ目の家を探る。――気配はない。ぞっとするほど何も聞こえない。聞こえてくるのは川の音だけ。
 コトリバコには生贄が必要だという。ならば捕らえた人質がいるのかと思ったが、どうもその気配すら感じない。
 鋭敏にした聴覚は、確かに『自分達以外の誰か』がいる気配を聞き取ってはいる。
 けれど大した動きが見えない。それが要だとして、まさかこちらに気づいていないのだろうか?

 そもそも。この状況だけを見るなら、『犯罪者を摘発したので解決を依頼された』という形になる。
 もし信田華葉が『聖女』の残党だとしたら、どうしようもない利敵行為だ。行動原理が破綻している。
 ――何を成そうとしているの?
 今考えることではないかもしれない。だが、放置できない違和感だった。


「きりがないね」
 不意にRobinがそんなことを言った。その手にはコトリバコが乗っている。
「あ、あれ、いつの間に?」
 そういえばいつの間にか姿が見えなかったと龍磨は慌てるが、Robinはけろっとしたものである。
「大丈夫、解呪出来たから。強さの目印も分かったし」
 言って、Robinは箱の装飾を指で突く。そこには二本の線が交差して、ちょうど「+」のような形になっている。
「この線の数で強さを分けているみたい。これは二つだからニホウだね。埋まってるのはイッポウとニホウがほとんどみたい」
 口ぶりから察するに、もういくつか解呪を済ませたということだろう。効果覿面なはずの『少女』であるRobinが積極的に解呪しているのは、なんだかとても皮肉な構図だった。
「にはは……それはいいんだけど、やる前に言って欲しかったなあ」
「うん、ちょっとね」
 Robinはにこりと笑う。そして、何事か龍磨に耳打ちした。


 そして。
「ごっこ遊びに付き合うのもばからしいから、もう済ませちゃおうよ」
 大きな声で、言った。



 沈黙。要への挑発は――どうやらまだ空振りらしい。

「そうね。怪談を実際に試すなんて、小学生じゃないんだから」
 次いだのはケイだった。
 既に東側の廃墟を調べて、中に誰もいないのは確認済みである。であれば、西側のどれか――じわじわ奥に詰めているのだから、一番奥の家と見ていいだろう。

「そろそろ観念して出てきたらどうだ、殺人鬼! お前がやっているのは、ただの卑劣な犯罪だ!」
 一千風が叫ぶ。いくらかの本音を乗せて、怒号が廃村に響き渡る。
 あれだけ『正義』とやらを主張していた相手だ。レッテルを貼り付けてやれば怒りもするだろうと踏んだ。

 ――けれども、やはり反応がない。

「野垂れ死んでたりしないよな?」
 仙也のぼやきに、ケイは首を振って否定する。
「いいえ、誰かがいるのは間違いないわ」
「……じゃあ、乗り込むしかないってこと」

 沈黙が降りる。
 ざあざあと川の流れる音が聞こえる。
 朽ちた扉は、どことなく手招きしているような錯覚がした。

「仕方ない、俺が開ける。フォローは頼んだ」
「……分かった」
 仙也が扉に手をかける。龍磨は頷いて全員を下がらせた。

 どの家にも罠が仕掛けられていることは確認した。ならば、当然ここも例外ではあるまい。
 いや。分かっているからこそ、なおさら強烈な圧迫感を感じた。

 意を決して扉を開く。


 瞬間、目に見えるほどの『ナニカ』が、扉から溢れだした。



 何か。何かは何かとしか言えない。どす黒いオーラのような、もやのような、瘴気のような、そんなものが廃墟を丸ごと包み込んだ。
「――づ……」
 ぐらり。
 盾で凌ぐも、思わずバランス感覚が崩れてしまう。そのくらい圧倒的な質量が仙也の身体に襲いかかった。

「っ!」
 爆弾。世間ではそう例えられていた。良くないことに、実に正鵠を射ていたらしい。
 容赦なく後ろに下がった面々にまで被害が及ぶ。龍磨はとっさに庇護の翼を広げて女性陣を庇った。

 身体中の精気を毟り取られるような錯覚。血が凍り、脳髄が痺れ、脊髄が反射する。
「逢見さん! 九鬼さん!」
 一千風が思わず叫ぶ。
 龍磨は遠くなる意識をなんとか握りしめると、自身の代謝を瞬間的に活性化させた。
「だい、じょうぶ……」
 神経に叩き込まれた呪いを強制的にシャットダウン。汚染された血液を排出。骨髄をフル稼働させて補填。
 結果として喀血するという図になったが、なんとか重症は免れた。

「チ――確定で最大火力か。趣味が悪い」
 悪態をつく。それでも仙也は耐えきった。


 ぱちぱちぱち。
 拍手の音がした。


「いや、普通に耐えられるとはね。正直侮ってたよ。今時の後輩はすごいねえ」
 軽薄な、ICレコーダーから聞こえたあの声だった。



 世上要は、廃墟の奥にゆったりと腰掛けていた。
 ――山と積まれたコトリバコに囲まれて、悠然と待ち構えていた。

「動くな! 指一本動かしたら切り落とす!」
 その意味に行き当たって、一千風が吼える。だが要は、
「切り落とす、ってどこを? やだ、怖い怖い」
 おどけるようにひらひらと手を振る。
「ふざけるな! こんなことが許されるとでも!?」
「許されるよ。当たり前じゃん」
 まるで会話が通じない。

 ケイは一千風を手で制すると、しかし容赦なく銃を突きつけた。
「――一応確認するわ。武器を捨てて投降しなさい」
「おかしなことを言うね。まるで犯人に対峙した警察だ」
「間違いなく犯罪者に対峙した撃退士よ。あなた、頭大丈夫?」
 処置なし。信田華葉絡みで何度か相対した、『根本的にズレている』手合いだと確信した。

 人間のような何か。とはいえ、一千風にはまだ躊躇があった。
 撃退士の力。天魔から人々を守るために授かった異能。それをいくら大量殺人犯とはいえ、人間に向けるのは。

 Robinが口を開いた。
「ねえ、どこの悪魔の差し金?」
「は?」
 意外にも、これに対して要は食いついた。
「だってその箱、ディアボロだよね?」
「違う違う。正真正銘、人間の力で作り上げた代物だよ。何でもかんでも天魔のせいっていうのはちょっと時代遅れだって」
 開き直るのとも違う。むしろどこか誇らしげに、世上要は言い放った。

 限界だった。
「何人――何人殺した!」
 思わず漏れた一千風の怒りに、

「『お前は今まで食べたパンの数を覚えているのか?』」
 嬉々として、そう答えた。



 一千風が飛び込むのと、要が腕を振るうのはほぼ同時だった。
 世上要の現役時代はダアト。それなら、得意な攻撃は遠距離魔法攻撃。そして得物は魔導書――

 先んじてケイの銃弾が本を撃ち抜く。腐食の弾丸は間違いなくV兵器を蝕む。要の魔法はあさっての方向へ、

 コトリバコに着弾した。
 部屋に呪いが溢れ出す。密閉空間では避ける手段もなく、

「まだまだ!」
 龍磨と仙也が庇いに入る。先ほどよりも弱い箱だったのだろう、倒れるには至らない。

 そして、吹きすさぶ呪いの逆風を一千風は踏破した。
 阿修羅の膂力を以て、一瞬で世上要への距離を詰める。そしてそのヘラついた顔を、全力で殴り飛ばした。


 いや、殴り飛ばした、のだが。

 ――軽い。
 受け身を取られたかのような。手応えの違和感に気づくより早く、吹き飛ばされた要は廃屋の壁に叩きつけられた。

 すると、くり抜かれたように綺麗に壁が抜けた。そしてそのまま『背後の川』へ落ちていく。
 川の流れは速い。木の板は軽い。要は器用に板の上に乗ると、川上に向かって魔法を構えた。

「な――」
 遊園地のアトラクションを思い出す。アレがやろうとしているのは、

「ばいばーい」
 水流のジェットコースター。要は魔法を推進力にして、一瞬のうちに視界から消えた。



 世上要は元撃退士である。故に、撃退士に対しての戦力計算はすぐに終わった。
 結論。勝ち目がない。
 所詮引退した身である要にとって、最前線で戦う撃退士が六人。相手になるはずがない。
 罠をいくら仕込んだところで、時間稼ぎにしかならないだろう。今の戦争は、自分がいた頃よりも遥かに激化しているのだから。

 だから、逃げることに注力した。正面突破が不可能なら、とにかくこの廃屋にまで引きつけて、一か八かの逃亡劇。
 その僅かな可能性にかけた。

 その結果が、


「……うん。一人、足りないとは思ってた、んだ」

 川下。村の入り口付近。
 勢いを付けて下った結果、そこにあったのは『川をまたいで置いてある廃車と丸太』だった。
 気づいたときにはもはや手遅れで、あえなく正面衝突。車の部品が見事に土手っ腹をぶち抜いた。

 鉄鳴は、磔になった要のその心臓に、容赦なくレールガンを突きつけた。

「躊躇いなく逃げを選ぶのは悪くない。が、そんな手を想定していないはずがないだろう」
 Robinが思いつき、龍磨と協力して設置した『保険』。鉄鳴は上空からその意図を察し、敢えて待機を続けた。
「遺言があるなら聞いてやる。例えば貴様を売った信田華葉への意趣返しとかな」
「へえ、意外と、優しいんだ」
 けれど、要はふるふると首を振った。

「いや、申し訳ないけど。既に彼の目的は済んでいる、としか言えない」

 要領を得ない回答。けれど要とて、これ以上の事は答えられない。説明するには生命力がもう足りない。

「そうか」
 そして鉄鳴は容赦なく、弾を三発撃ち込んだ。心臓に二発、脳天に一発。

 正直な話。鉄鳴にも世上要の言い分は理解できてしまった。
 ただそれを『正義』などと宣うのが我慢ならなかっただけ。
 清濁併せ持って世界は成り立つ。綺麗なだけの世界などあり得ない。

 人殺しは『悪』である。たったそれだけの話だった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
 童の一種・逢見仙也(jc1616)
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト