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マスター:むらさきぐりこ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/20


みんなの思い出



オープニング


 南総里見八犬伝。
 江戸時代、曲亭馬琴により執筆された長編伝奇小説である。
 巡り巡る因縁、八つの玉と選ばれた戦士、ダジャレめいた名前、ハチャメチャが押し寄せてくる壮大な冒険譚。
 現代のライトノベルの走りと言っていいだろう。漫画で見かける『それっぽい』設定も目白押しだ。
 二百年の時を超えて、今もなお愛される古典文学である。


『というわけで今回は信乃と荘助をご用意したんスよ』
「何が、というわけ、だコノヤロウ」
 ウェブカメラ越し、フローレンス・ルバートはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。茅原未唯はパソコンデスクに思わず突っ伏した。
 出雲絡みの諸々を纏めて、疲れた心身をリフレッシュしようと自宅に帰ればコレである。
「お前な、こっちは忙しいから落ち着くまで何もすんなって言ったろ」
『うん聞いたお。損害はあったけどとりあえず解決はしたんしょ? だから早速遊ぼうって話っすわー。杉田さん酷いっすわー』
「営業時間外だバカヤロー!」
 思わず叫んでしまう未唯であった。あと杉田って誰だ。


 フローレンスの話は簡潔極まりないものであった。
 最近ハマったゲームが八犬伝をモチーフにしており、にわかにマイブームが再燃した。そこで同じゲームのファン同士でオフ会をしたところ、
「待て。オフ会? お前が? その容姿で?」
『んー、なんかおかしい?』
「おかしさしかねえよ。猫獣人とかモロにアウトだろ」
『あー、界隈的にむしろバカウケ』
「あっ……」
 察した。
 ともあれオフ会をしたらしい。このご時世に暢気なことで、というか一応准男爵だろいいのかお前、で、ともかく色んな人間と意気投合した。
『んで、改造手術受ける人ーって酒のノリで言ったら割と賛同者が』
「いるんかい……」
 曰く、天魔ハーフで迫害食らってたり、元聖女やら何やらでやんちゃしすぎて居場所がなかったり、割と社会に不適合な人達が揃っていたという。みんなのキャッチフレーズは「早く人間やめたい」だとかなんとか。
『複雑に絡み合った世界だー』
「歌わねえよ?」
『ちぇ。秩序のない現代にソバットキック』
 ……ギリギリセーフ?

 とにもかくにも。
『んで、とりあえずヴァニタスってことにして八犬士揃えてみました』
「そんなコンビニ感覚で人攫いしてんじゃねえよ!」
 普通に失踪事件である。
『いや、昨日確認したんだけど……。失踪届……一件も出てないッス……』
「…………」
 世知辛ぇ。あまりにも非情な現実である。こんなテンションで流してしまっていいのだろうか。いっそ笑ってやるべきか。
『まあ元ネタ的にも家族関係は割と不幸だし、義兄弟ってことでワンチャンね。んでまあ、私としても折角作ったんで性能テストしたいし、みんなも鬱憤晴らししたいってさ。明日の午後三時でどう?』
「どうと言われてもな」
 そんな今すぐに頭数が揃うとでも、
『いや、その時間にね。ちゃん信乃と荘助お兄ちゃんが元いた施設を爆破するって息巻いてて』
「テロリストじゃねえか! 謝れ、馬琴先生に謝れ!」
『いやー、孤児院かと思ったら人体実験の機関でしたとかシャレになってないッスわー』
「……まあ、それは洒落にならんが」
『ま、いっちょ人助けだと思って協力してくんなましー。ぶっちゃけ学園で保護ってラインが一番ありがたいのよ。しょーじき私が抱えるには重い子ばっかで、ぶっちゃけこういうのはかよちんの案件だよね』
「おい、ちょっと待て」
 その名前がどうして出てくる、と言いかけた。
『んじゃ、そゆことでー。明日また電話するわー。にゃんこにゃんこ』
 一方的に打ちきられる会話に、未唯はずるりと椅子から滑り落ちた。

 あー、頭痛い。これでは完全に癒着だと思いながら、未唯の気力はそこで限界に来た。
 とりあえずお風呂入って、寝よう。それから考えよう。



 翌日、午後二時過ぎ。住宅街。
 その外れに教会を模した孤児院がある。教会といっても教義は新興カルトで、孤児院と言う名の『実験場』である。
 その前に、二人の人影が立っていた。

「ねえねえ宗兄ぃ、あたしたち、強くなってるかな?」
 守孝永遠は隣に立つ少年にそう聞くと、むにむにと自分の頬を引っ張った。もさもさしていて気持ちいい。
「さてね。でもまあ、博士の腕は信用していいと思う」
 時任宗一は焦げ茶色になった自分の腕を眺めながらそう返す。望んだ変身は、思った以上に馴染んでいる。

 二人は、犬の獣人へと整形されていた。
 永遠は柴犬、宗一は秋田犬をモチーフに。『博士』と知り合うきっかけとなったゲーム、その中における『犬塚信乃』と『犬川荘助』の姿にそっくりだ。
 ……八犬士とは本来そういうことではないのだが、二人にとってはどうでもいいことである。モニタの中で憧れた姿に変身できたことが何より重要だ。それに、自分たちをいいように使おうとした奴らに復讐できる。それだけで十分なのだ。

 永遠も宗一も、事故で両親を喪った。そうしたらここの『先生』たちに引き取られ、今まで過ごしてきた。ちょっと違和感はあったけど、なんとか今まで無事に過ごしてきた。
 ただ、その事故までもが仕組まれていたという事実を知ってからはそうもいかなくなった。
 自分たちが置かれている状況がいかに異常かを悟った二人は、なんとかして逃げ出す手段を探していた。
 そうしたら『博士』に出会った。ちょっと、いやかなり変わった、それも悪魔だったけれど、自分たちにはとても優しい大人だった。

 人間に戻れないことへの後悔はない。悪魔の眷属として生きていくことに不満はない。
 ただ、両親を殺したことへの復讐だけは、果たしておかなければならなかった。
「私は『信乃』だもんね」
 永遠は刀に結わえられた宝石を握りしめる。犬塚信乃。考の玉。父母によく尽くすこと。
「俺は『荘助』だからな」
 宗一も首から提げた宝石を見つめる。犬川荘助。義の玉。道理に適うこと。

 親の仇への復讐を。道理に悖る連中へ鉄槌を。
 二人は『先生』達が集会に訪れる、その時間を待っていた。


 けれど。
 八犬伝は勧善懲悪のお話だ。八人の犬士達は、物語の最後まで高潔で在り続けた。
 私怨のために振るう刃は、曲亭馬琴の描こうとした犬士の姿とは遠くかけ離れたものである。
 故に、

「ッ、宗兄ぃ……!」
「邪魔するなよ、撃退士……!」

 あなたたちは、彼らの前に姿を現した。


リプレイ本文


 午後二時。
 刀を抜いた二人のヴァニタスを前にして、しかし撃退士達は素手だった。
「な、舐めてるのか……!」
 前に立った宗一が唸る。二刀流は、剣道でもやっていたのか、割と様になっていた。
「……宗兄ぃ」
 だが、後ろの永遠は明らかに萎縮していた。縋るように宗一の服の裾を掴む。見れば宗一だって震えている。
 当然だ。二人にとってはこれが初陣で、目の前には戦力も経験も圧倒的に違う撃退士。
 結果など始めるまでもなく自明であり、

「まあ待て、誰も邪魔をするとは言っとらん。まずは話を聞かせてくれんか?」
 故に、アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)は、何も持たない右手を差し出した。


 二人が話した『事情』は、おおむねフローレンスから聞いていた内容と一致した。
 カルト教団に両親を殺されたこと、自分たちも実験材料にされそうになったこと、あわやというところで悪魔に縋り付いたこと。
 威嚇しながらも戦力差に怯える二人は、まるで子犬のようだった。
「なるほど、事情は分かった。君たちの邪魔はしたくない――むしろ、手伝わせてくれんか?」
「――え?」
 優しいアルドラの言葉に二人の瞳が揺らぐ。悪魔の囁きが、切羽詰まった二人の心に染みていく。
「そうだな、目的が一緒だ。ここは協力と行こうじゃないか」
 警戒心が緩んだところに、ミハイル・エッカート(jb0544)は自分のスマートフォンを二人に見せる。そこには『教会』の暗部――人体実験を初めとした悪巧み各種の証拠が収められていた。
「……むゆ、どういうこと?」
 全く理解していないのか、頭にはてなマークを浮かべる永遠である。
「連中に、死ぬよりキツい引導を渡してあげるってことよ、可愛いわんこちゃん」
 ケイ・リヒャルト(ja0004)は微笑むと、書類が詰まった封筒を取り出した。中にはやはり問題しかない書類の山。
「……告発するつもり?」
 はっとしたように宗一が呟く。意を得たりと撃退士は頷いた。
「そう、二度とお天道様の元を歩けなくしてやるんだ」
「今ここで終わってしまうのと、長い余生を監獄で過ごす。さて、どっちが辛いのかしらね?」
 くつくつ笑う二人の大人に、宗一は目を逸らした。
「でも、それじゃ――」
 そしてきつく刀を握りしめる。気が収まらない、とその表情が語っていた。

「ダメだ。君たちはまだ『何もしてない』。だからまだ間に合うんだ」

 それを、アルドラは窘めた。
「いいか。君たちが誰かを殺せば、その時点で『討伐対象』になる。相手が何であれ『人間を殺した悪魔』として扱わなくてはならなくなるんだ」
 強い語調に二人は押される。そこに逢見仙也(jc1616)が手を伸ばした。
「まあ、戦闘したいってんなら止めないけど」
 仙也の気怠げな言葉と共に、指先から派手な放電が起こる。「ひう!」と永遠が身体を強ばらせた。
「俺の攻撃は派手だから、そこのカルト連中には逃げられるよ?」
「う……」
 怯んだように宗一が一歩後じさる。
「俺は別に構わないけどね。死ぬほど痛い思いした挙句、復讐相手に逃げられてもいいなら」
 シニカルに笑う仙也に、宗一は歯噛みする。けれど明らかに戦意が折れた。
 ここで戦闘を行っても、二人には何の利点も存在しない。勝ち目はなく、目的も遂行できず、待っているのは殺処分。

 しかし、
「……協力してくれるっていうんですか。何のために?」
 敵であるはずの撃退士は、お節介にも手を差し伸べてくれるという。心底怪訝そうに、宗一は訊ねた。
 アルドラは言った。
「君たちがまだ生きるべき命だからだ。それをむざむざ見捨てては、誰も幸せにならん」
 手段はどうあれ、この二人は己の信念に基づいて行動しようとしているのだ。それを見過ごすのは、アルドラの理念にも反していた。
「まあ、加えるなら馬琴への冒涜を防ぐためでもあるな」
「人としての幸せを投げ捨てた上、私怨で人斬りするのが八徳の示すものとは到底思えないしねえ」
 仙也の皮肉に宗一が苦い顔をする。それでもその通りなのだ。
 悪魔に身を窶すことを死んだ両親が望むわけもなく、私怨による復讐は人道に悖る。
「それに、君たちの力はまだまだ活かせる場所がある。思ったよりも世界は優しいぞ、『同胞』」
 アルドラの言葉に、二人は顔を上げた。
「それって――」
「――受け入れ準備は調っている。後は君たち次第ということだ」
 既に学園の門は開いていると撃退士は笑った。



 前後して、午後一時。

 『先生』は後悔していた。
「孤児のネットワークで、よりグローバルな信頼関係をですね……」
 この施設は教会を模している。教会である以上は礼拝堂が必要で、原則出入り自由なのだ。
「近年中には全国の学校でWi−Fiが導入されますし……」
 だからうっかり対応してしまった。せめてインターフォン越しなら居留守が使えたのに。
 髪を一つに纏め、眼鏡にスーツの美人。外回りに疲れたOLに見えてしまった。
「ですから、うちはそういうのはちょっとですね」
「是非一度ご検討を。子供達に何かあってからでは遅いのですよ?」
 だと思ったらただの販売員! しかもやたら強かで、何を言っても暖簾に腕押し!

 果たして、四十分近く時間を食わされた。これから大事な会議だと言うのに、なんという厄日。
「クソッ、インチキ業者が……!」
 『先生』は憎々しげに毒づきながら、一旦奥へ引っ込んでいった。

「そういうのは、鏡を見てから言いなさい」
 扉の影に潜んでいた販売員は小さく笑った。そして携帯電話を取り出す。
 大丈夫、これからもっと酷いことになるから。販売員――ケイは『結果』を聞きながら、変装を解くために一度教会を離れた。



 その間の出来事である。

 橘 樹(jb3833)はするりと壁から抜け出した。
「こ、これは地下室だの!」
 陰陽師の潜行に悪魔の透過を合わせることで、一般人にはほぼ観測不能になる。当初は床下から潜り込むつもりだったのだが、思わぬ形で大当たりを引いたらしい。
「ほむ。これは、いかにもだの……」
 ファイルが詰まった資料棚。何に使うのか分からない機械類。――拘束具の付いたベッド。
「あけび殿、これは完璧に駄目な奴だの――」

「――地下室。まさにカルト教団って感じだね……」
 裏口に回っていた不知火あけび(jc1857)はそう返答する。樹の『意思疎通』が繋がっているため、離れていても会話が成立している。

 二人は潜入調査に回ることにした。
 方針が早々に『永遠と宗一の保護』に定まり、それなら組織の摘発は必須である。無論、見過ごす理由なんてないのだが、
 ――なら、それも説得の材料にしましょう。
 あけびの判断は早かった。それに情報収集は先手であるべきだ。万が一取り逃して、証拠隠滅なんてことになったら目も当てられない。

 ……そういえばあの時ミハイルが「流石忍者だな」と笑ったが、アレはもしかしてからかわれたんだろうか。
 そんなことを思った瞬間、裏口の鍵が開く音がした。
 樹である。
「今だの。ケイ殿がうまくやってくれているみたいだの」
「よし、手早く行こう」
 二人は改めて足音と気配を消すと、速やかに地下室へ潜っていった。


 そして。
「うん、これは本当にダメなやつだ……」
 可能な限りの資料を回収する。そこに記されていたのは碌でもない内容ばかりだった。
「これはもう、フローレンス殿に改造された方がよっぽどマシだの……」
 人体実験。覚醒者を作る――ではなく『生体兵器』の作成。言うなれば人間勢力のサーバント・ディアボロ。
 何を思ってそんな実験を始めたまでかは掴めなかったが、これだけあれば十分だ。突き出すには十分な証拠が揃っている。

 あけびは先に裏口から出て、後に続いた樹が透過しながら鍵を閉める。
 間一髪、毒づく『先生』の声が聞こえてきた。

 ――言うまでもなく、実際に犠牲になった子供もいる。
 これはいよいよもって、許されない連中のようだった。



 そして、午後三時。

 この施設が孤児院を兼ねている以上、教会の扉とは別に住居用の入り口が存在する。そしてそこにきちんとインターフォンが設置されていた。
 ミハイルはその前に立つと、「もふもふ」と小さく呟いた。そして呼び鈴を押す。
 ぴんぽーん、というありふれた音。そしてしばらくの静寂。
 ……やがて、『はい』という気怠げな男の声が聞こえてきた。
 ミハイルはサラリーマン然とした丁寧な口調で、こう切り出した。
「失礼致します。わたくし、市役所の福祉課の者なのですが。児童手当加算申請の周知のため、お子さんのいるお宅を回っております。少々、お時間よろしいでしょうか?」
 少しの間。
 インターフォンにカメラが付いていることは見れば分かる。ミハイルは笑顔のまま、辛抱強く待った。
 そして、
「立て込んでるんで、手短にお願いしま――」
 男の声と共に少しだけドアが開いた。チェーンロック越しという、おおよそ孤児院としてはあり得ない対応であり、

 それだけあれば十分だった。

「すまんな、あれは嘘だ」
 にわかに霧が漂う。それは瞬く間に男の鼻腔に滑り込み、男は姿勢を崩した。
 そして即座に引き出したミハイルの銃がチェーンを撃ち抜く。ドアが開くと共に、男はずるりと倒れ落ちる。完全に眠りに落ちていた。
「匿名のタレコミがあってな。調べさせてもらうぜ」
 ミハイルはその額を掴むと、ここ三日ほどの記憶を探り取った。

「二階建て。出口は教会へ抜ける道と裏口、地下通路。対象は残り四名、うち覚醒者は三十代男性一名のみ。子供達は二階の奥の部屋!」
 簡潔かつ冷静に要点を。それはハンズフリーのスマートフォン越しに、全員に共有される。


「さてお二人、お仕事だ。君たちの友人を助けに行くぞ!」
「うん!」
 先陣を切ったアルドラに続いて、永遠が元気な返事をする。
「子供達を盾にするかもしれないわ。どこかしら?」
「こっちです。誰かいるとしたらその前の部屋!」
 ケイの指示を受けて、宗一が先を行く。

 すると丁度階段を降りてきた『先生』と鉢合わせた。
「な、なんだお前ら!?」
「薄情だなあ。一応は育ての親なんだろ?」
 さらっと言うと、仙也の投げた鎖がその足をひっかける。突然の闖入者に動揺していた『先生』は、そのまま無様に転んだ。
 そこに永遠と宗一が乗りかかる。二人は刀を引き抜いて、冷めた瞳で『先生』を見下ろした。
「お前らが」「俺達の家族を」「殺したんだ」
「ヒ――」
 突き刺すような殺気に、『先生』は声にならない悲鳴を上げる。そしてそのまま気絶した。
「うむ、これでこいつはもう逃げられん。司法と世間が罰を下してくれる」
「――うん」
 アルドラの言葉に、二人は刀を収める。あれほど憎んでいた仇の一人は、なんてことはない、ただの人間だった。
「よくできました。それじゃあ、子供達を助けに行きましょう」
「――はい!」
 勢いよく階段を駆け上がる二人に追随する。その様に、ケイは小さく微笑んだ。


 地下通路を男が走る。いかにも高級そうな服を着た、それでいてどことなく歪んだ人相をした二人。
 こんな話は聞いてない。久遠ヶ原には割れてなかったはずなのに、と二人は喚く。
 けれどここからなら逃げられると安堵し、
「ほう、それは興味深い話ですね」
「どうして、わしらには割れていないと断言できるんだの?」
 ――道が塞がっていた。本棚やベッドで、しっかりと逃げ道を塞がれていた。
「まあ、それは今はいいんだの」
「そうですね。取調室でじっくり話してもらいましょう!」
 一般人の二人にはなすすべもない。瞬く間に取り押さえられ、意識を失った。

 何のことはない。「もふもふ」という合図と共に、樹とあけびは同様の手段で先回りした。故に地下通路は塞がっている。


「逃がすかクソ野郎!」
 最後の一人。三十代の男は躊躇うことなく撤退を選んだ。礼拝堂に続く扉を抜けようとする。
 ――他よりも足が速い。となると、コレが唯一の覚醒者だろう。
 だが所詮は在野。歴戦の撃退士達に敵うはずもなく、それを察してすぐ逃げる辺りは評価に値する、が。

 礼拝堂に抜けたその瞬間、あっという間に意識を失った。
 霧が充満した礼拝堂。ミハイルのスリープミストを、永遠の刀が発した霧で固定したものだ。どうやら相性が良かったらしく、持続時間と効果が強化されるという偶然のマリアージュ。
「……ちょっと拍子抜けだが」
 効果がありすぎるのか、相手が弱すぎるのか。ともあれ、ミハイルは気絶した男の額に手を当てた。そしてコホンと咳払い。
「――お前らのやってることは、まるっとさくっとお見通しだ!」
 芝居がかった声と共に、『証拠』がミハイルの脳裏に流れ込んできた。



 午後四時。
 救急車が子供達を搬送する。無事ではあるが、状況を鑑みて一度検査を受けることになったのだ。
 サイレンの音を見送りながら、永遠と宗一は立ち尽くす。
 ――異形のヴァニタスを見て、子供達の目は確かに怯えた。かつて一緒に住んでいたはずの友達は、二人を認識できなかった。当たり前の話だが、それでも来るものがあり、

「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ、君たちがヒーローだって」
「わぷ」「うわ」
 そんな二人を、あけびは後ろからがばりと抱きしめた。
「そうよ。貴方たちは確かにあの子達を守ったわ」
 優しく言って、ケイは二人の頭を優しく撫でる。
「十分に敵討ちは果たしたよ。後はもう、幸せになることが親孝行だと思う。これ以上やるのははもう、義じゃないよ」
「そうだのう。学園ならわしみたいな悪魔やら色んなひとがいるからの! 楽しいことが一杯あるんだの!」
「ふわ」「むう」
 あけびに追随するように樹まで二人をもみくちゃにする。

 ふわふわでさらさらの、とても気持ちいい感触。

「というわけだ。改めて、二人とも学園に来ないか」
 ぷにぷに。あ、柔らかい。アルドラも真面目に言っているはずなのだが、もはや不可抗力だ。
「そうだの。わしと友達になってほしいんだの!」
「わ、わー!」
 もふもふ。そう、一息ついてみれば二人のなんと可愛らしいことか。
「わ、分かりましたから! ちょ、ちょっと!」
 もふもふ。この、なんとも抗いがたい魅力なことか!
 そして満足するまで、二人はもふり倒されたのである。


「……何やってんの?」
 呆れたように仙也が呟く。少し離れた場所で、ミハイルは召喚したフェンリルをもふもふしていた。
「いや……確か二人とも中学生だろ。中学生をオッサンが触りまくるのは犯罪だろ……」
「ふうん」
 興味ないとばかりに、仙也は一段落付くのを待っていた。



「ところで、そろそろ猫ちゃんの実力も見たいのだけれど」
 報告。何故か普通に(通話越しに)参加しているフローレンスに、ケイはそう伝えた。
「働いたら負けかなって思ってる」
「つれないわね。まあ、考えておいて」
「ういおー。まあ、お願い聞いてくれたからね。なんか考えておくお」
 その約束が果たされるかは、定かではない。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍