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マスター:むらさきぐりこ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/05/30


みんなの思い出



オープニング


 ある朝のことである。
 招集に応じた撃退士達が会議室にやってくると、何故か朝っぱらから疲れた顔の茅原未唯がそこにいた。
 会議机の上にはウェブカメラ付きのノートパソコンが置いてある。無料通話ソフトが起動していて、どうやらビデオチャットが出来るようになっているらしい。
「……あー、ご協力ありがとう。そして先に謝っておく。ほんと申し訳ない」
 いつもの態度はどこへやら、未唯は本当にくたびれた顔と声をしていた。頭からキノコが生えていそうなローテンションである。
「すまん、寝てないんだ……。火急の案件というか、思い出したくない黒歴史を抉られたっていうか……」
 ともすれば口から魂が抜けていそうな有様だった。

 確か依頼の募集要項にはただの『ディアボロ討伐』とだけ記載してあったはずだ。現在の戦況を鑑みれば、むしろささやか過ぎて拍子抜けしそうなほどの内容である。
 それがどうして、こんなに疲労困憊する事態になるというのか。

「……あー、いや。実のところ重要度はそんな高くない。抗争という意味では、むしろ可愛い話だ。遊びだよ、遊び。……だからこそ余計に厄介っていうかな……」
 すると、不意にパソコンから着信音が鳴り響いた。グループチャットの開始を告げる合図である。
「……この先にいるのは、とある『悪魔』だ。その、なんだ。なんかこう色々な意味で疲れるから、覚悟しとけ」
 会話が繋がった。



「フロちゃんだよー!」
 第一声はそんな底抜けに明るい声だった。
「おういえおういえ、やっほい。んーと……イースーチー……え、なんか人数少なくないッスか、どうなんですかみゆちゃん! 十年前のあの大軍勢はどうしたというのですか! EXクラスの宝具もかくやといったあの光景を私はあんまり覚えてないぞ! 寝てたから!」
 意味不明なマシンガントーク。そしてふしゃー、と猫めいた唸り声。
 画面の向こうには、明らかに異形の存在がそこにいた。
「……こいつの言うことは九割方妄言だから聞き流すんだぞ。変な電波に当てられないようにな」
「あと一割は?」
「譫言」
「にゃっはー! アテクシいっつも寝てますわー! アザートゥース! 間違ってねえな、つれーわー。二時間しか起きてねーからつれーわー!」
 ぱっと見、カツラを乗せた黒猫。ところが体型は完全に人間のそれで、ご丁寧に服まで着ている。
 ……『大丈夫!頑張れば相手ファンブる!』と書かれているTシャツのセンスが意味不明である。
 いわゆる獣人だ。異形の悪魔には違いない。ところが、
「このお洒落カフェいいッスよ。試作品のドーナツとかコーヒーとかフラペチーノとか色々おごってくれたし、これも偏にフロちゃんの女子力故にですかねー。そうそう、タブレット新調したんスよ。これで高画質で担当とシャンシャンできるっつーか」
「それ厄介払いだ。いいから本題に入れ。お喋りしてる時間がもったいない」
「ぶにゅー。ガチャ600連で大爆死して今月のお小遣い全部パァになっちゃったんだからちょっとくらいいじけてもいいやん」
「お前何やってんの?」
「半分くらいはうちのメイド共から巻き上げてリボンザムしたから多少はね?」
「いやホントお前何やってんの!?」
「課金の匂い染みついて……」
 ……傍から見ると実に楽しそうな会話を繰り広げているのであった。

 てんやわんやの後、こほん、と未唯は咳払いをした。そして画面の向こうの黒猫を指さす。
「……コイツが今回の『依頼人』兼『仕掛け人』。フローレンス・ルバートという、れっきとした敵対勢力の悪魔だ」
「フロちゃんって呼んでね☆ ルバちんでも可」
「……こんな奴でも准男爵。取り扱い間違えると危険だから注意するように。あと毒電波に気をつけろ」
「晴れた日はよく届くから……」
 カメラの向こうで、フローレンスという悪魔はダブルピースなんぞしてみせた。ちなみに空は曇っている。



 本題。
「えーとね、今回はこんなの作ってみました♪」
 フローレンスはカメラをずらす。
 すると、そこには椅子の上にちょこんと座った犬のぬいぐるみがあった。赤色のエプロンドレスを可愛く着飾っていて、すわどこぞのマスコットキャラかと思わんばかりの愛らしさである。
『てぃこてぃこ』
 ……鳴いた。ついでに思いっきりフラペチーノをストローで吸い込んだ。
「この爆裂に可愛いイキモノは暫定的に『ティコちん』と名付けてみました。いやほらそのまんまだと著作権とか色々絡むし? 制作費は大体ガチャ600連分です。要するに出なかった恨み辛みを沢山突っ込みました。ほらこんなに可愛い」
『てぃこ』
「オウアー!」
 フローレンスが頬ずりしようとすると、ティコちんは無慈悲にその爪を顔面に突き立てた。まさしく悪魔の所業である。
『てぃこてぃこ』
「ギャー!」
 その爪痕が発火した。フローレンスは画面から転がり落ちると、しばらくごろごろ悶える音が聞こえた。
「……と、とまあ、このように炎属性となっておりますのことよ。紹介はここまで! 後の解説はみゆちゃんにポーイ! フロちゃんはここでタブレットいじって意識高い高いごっこしてますので、本日中にどうぞ!」
『てぃこー』
「ぬわー!」
 ティコちんの顎が的確にフローレンスの喉笛を狙ったところで通信が途切れた。

 …………。
「……うん。まあ、こういうアホなんだ。コイツは」
 はぁ、と、未唯は溜息を一つ吐いた。
「フローレンス・ルバート。冥魔の技術開発に携わっている科学者みたいな立場なんだが、如何せん頭のネジがな。こういう風に『成果物を見せびらかし』に来るんだ。完全に独断の物見遊山。ゲーム感覚だよ」
 こほん、と一つ咳払いして空気を整える。
「今回の討伐対象はあのディアボロだ。一つ注意しておくが、あんまり甘く見ない方がいい。いくら言動がアレでも開発技術が優れているから今の立場があるとも言える。油断せず、きっちり対処して欲しい」
 すると通信ソフトにチャットが入ってきた。リンクを立ち上げると、どうやら位置情報らしい。
「この喫茶店にアレがいる。今日の日中に行く分にはきちんと待っているし、他に手を出すことはしない。逆に言えば、放置すれば何をするか分からないということでもある。『構ってやれば満足する』んだ。駄々っ子と思ってくれればいい。ちゃんと『遊び相手になってやれば』、無害なんだ」
 随分知った風の口調だとあなたたちは訊ねた。未唯は心底憂鬱そうに答えた。
「……十年くらい前か。現役時代にさんざん付き合わされてね。最終的には見かねた親御さんに幽閉されたとかなんとかで落ち着いたんだが、昨晩電話がいきなりかかってきてな……」
 ぞわっと未唯の腕に鳥肌が走ったのが見えた。どうやら性格的な相性は最悪らしい。
「そうそう。加えて言っておくが、ヤツ本人を討伐しようとは考えるな。実力も相当なものだし、必ず何かしら余計なギミックを仕込んでいる。特に今回は市街地だから、周囲の被害を考えると洒落にならん。癪かもしれんが、ヤツの『遊び』に付き合ってやるのが一番穏便に済むんだ」
 今の情勢はとかく不安定だ。余計な問題は増やさない方がいい、と未唯は言った。


 そうして喫茶店。
 そこには愛くるしい姿をした犬が、無骨な炎の槍を構えて待っていた。しかも三体。
「デュエルワン、ふぁいとー!」
 人気の無いオフィス街に、フローレンスの間の抜けた声が響いた。


リプレイ本文


 整備された高層ビル、六車線の大通り、生活の気配が薄い画一的な施設群。人のいないオフィス街はがらんどうだった。

 今日が休日で良かったとミハイル・エッカート(jb0544)は思った。サラリーマン故に、こんな不測の事態で業務中断など他人事ではないからだ。仕掛けた悪魔が『遊び気分』であれば尚更である。
「ふうん、こいつが元ネタか」
 ともあれ、ミハイルは移動中の車の中でスマートフォンをいじっていた。『タコ殴り英雄譚』というゲームが今回の元ネタらしいと未唯が調べたのだ。
「あら、可愛いわね」
 ミハイルが画面を見せると、ケイ・リヒャルト(ja0004)は率直な感想を述べた。そこにはあのエプロンドレスを着た犬が映っている。
「アステカの女神……? へえ、始めて聞いたな」
 龍崎海(ja0565)は出てきた名前を検索してみるが、あまり詳しい結果は得られなかった。『憤怒とかまどを司る女神。断食中に禁忌である焼き魚とパプリカを口にしたために犬の姿に変えられた』としか書かれていない。相当マニアックな部類なのだろう。
「これ著作権的にどうなのかしらね。映像記録を取るなら、モザイクかけないといけないんじゃないかしら」
 創作に関わる者として、巫 聖羅(ja3916)は涼やかに言い放った。これでは海賊版だ。悪魔が版元に許可なんて取っているはずもなかろう。いや、炎上しようが知ったこっちゃないのだが。

 さて、そんな感じで待ち合わせ場所に辿り着く。
 そこは企業戦士達のオアシス、チェーン店のお洒落カフェ。猫人間の悪魔は、オープンテラスで待っていた。
 撃退士達は車を降りると、それなりの緊張感を保ったまま近づいた。



「おー来た来た! ずっと待ってたにゃんこ! んーん私も今来たところだから! 一緒に帰って噂とかされると恥ずかしいし……」
 開口一番ツッコミが追いつかない。
 フローレンスはタブレットを操作しながらスマートフォンで電話をし、眼鏡をクイクイといじる。『いかにも』なスタイルだが、服装が致命的にだらしないのでそういうコントにしか見えない。馬鹿にしているのか。
「見て見て、フルコンしたお! いやージュエルが溶けまんた。私達は登り始めたばかりだからよ、この果てしない道玄坂を……」
 そして始まるマシンガントーク。脈絡もなければ収拾も付かない。会話のドッジボールどころかピンボール。本題どこ行った。

「こ、こいつはヤベぇ。ノリが皆目見当つかねェぞ……」
 法水 写楽(ja0581)は普通にドン引きした。
「……うぜえ」
 鈴木悠司(ja0226)の独り言は万感籠もっていた。
「いいからとっとと本題入れこのタコ!」
 舐めきった態度に天王寺千里(jc0392)の怒りゲージが速攻でカンストし、見事なグーパンがフローレンスの顔面に、

 ちゃりーん☆ というふざけた効果音と共にその拳の軌道が『書き換えられる』ような錯覚を、

 結果として喫茶店の壁に拳が突き刺さり、
「やだイケメン……壁ドンいただきましたーッ!」
 きゅんきゅんとハートマークを飛ばすフローレンス。修羅のような形相をする千里に、一切動じた様子がなかった。



 改めて、これは『ただのディアボロ討伐』である。
 たかがそれだけの本題に入るまでに、二十分以上を消費することとなった。いちいち描写していてはEXフラグでも足りないので、要点を纏める。

 一つ、ティコちんは受けたダメージを二回まで記憶してそのまま返すので注意すべし。
 一つ、ティコちんの攻撃は自然現象再現なので火災に注意すべし。
 一つ、フローレンスへの直接攻撃は罰金。先程の千里の一発は説明前なのでノーカウント(返金済)。
 一つ、撃退士が危なくなったらそこで中止とする。

 完全にゲーム気分、しかもイニシアチブはあちらにある。端的に言って舐めくさっていた。

 だだっ広い大通りの真ん中には、ぬいぐるみのように愛らしいティコちんが三体ふんぞり返っている。その手には無骨な炎の槍。『てぃこてぃこ』とそれはもう可愛らしいボイス。

「……不愉快だ。さっさと倒そ」
「全くね」
 完全に不機嫌な悠司の呟きに、ケイは苦笑した。そして使い慣れた愛銃を一旦仕舞って、可愛らしい花の指輪を指に嵌める。

 海は気を取り直すように咳払いをすると、宙に浮く盾を具現化した。
「俺と巫さんが抑えに回る。その間に一点集中で行こう」
「空から狙い撃ちにしてあげるわ」
 言って、聖羅は悪魔の翼を顕現する。今日の得物は魔道書だ。
「まさに『タコ殴り』って訳だ」
 ミハイルが肩を竦める横で、ずうんと重たい音がした。
「……何だっていい。速攻でブッ殺(とば)すぞ」
 ドドドド、と書き文字を背負っていそうな程、千里のアウルは高まっていた。というより完全に修羅と化していた。特攻服めいたロングコートがはためいて、ごきりごきりと拳を握る。一人だけ世界観が違う。
「お、おお。こいつァ頼もしいぜ……」
 美人なのになァと思いつつ、とても口には出せない写楽であった。

「ヤンキーてぃこ」「あれはレディースっていうてぃこ」「やだこわいてぃこ」
 ぷるぷる。なんか喋った。
「っぜーぞバカ犬共がァーッ!!!」
 天王寺千里は激怒した。必ず、かの邪知暴虐な悪魔、いやぱっぱらぱーのぼけなすを除かねばならぬと決意した。



 千里の咆吼を合図として戦闘が開始された。

 作戦は至極単純。海と聖羅が一体ずつ引き受ている間に、残りの五人で囲い込むという形である。
 ただし『思考停止の力押しでは痛い目を見る』というヒントも呈示されている。

 ケイの指先から白色の花弁が射出される。それをティコちん――仮にAとする、はひょいっと避けた。攻撃力に振ってあるとフローレンスは言っていたが、回避力がないというわけではないらしい。
「……厄介ね」
 受けたダメージを自身の攻撃に上乗せする特性を持つ、とわざわざ解説された。ストックできるのは二回まで、とまで。
 つまり『最初の二回は強力な攻撃を当てられない』ということになる。迂闊に最大火力をぶち込めば、仕留められなかった場合、非常に危険だ。
「おらおらァ!」
 写楽もまたオートマチックで攻める。だが『敢えて』カス当て狙いは存外に難しい。「てぃこっ♪」とティコAは踊るように避けていく。


「チッ、マジうぜぇ……」
「……」
 千里と悠司はタイミングを伺っていた。二人で紫煙を燻らせながら、『総攻撃のタイミング』を待っている。
 激情こそしているが、千里とて歴戦の撃退士である。感情優先で作戦を台無しにするわけにはいかない。だからこうして無理矢理煙草で押し込める。ついでに路傍の石に蹴りを入れる。

 一方の悠司は、自身の魔法耐性を鑑みた結果であった。ティコちんの攻撃は見るからに魔法属性である。自身の魔法に対する防御及び回避力を、悠司は『役に立たない』と判断した。
 また、『爆弾を使う』という予告――まったくふざけている――もある。いくら道が広いとはいえ、下手に固まると投げられかねない。
 その代わり。
 悠司は刀を握りしめた。掌に吸い付く。大丈夫、問題ない。


 ぱきゅん、とティコAのドレスにアウルの弾丸が刺さった。ようやくまともな一発目だ。
 ミハイルはそのまま手にした銃を入れ替える。慣れない魔法攻撃よりも、銃そのものの攻撃力を落とした方が早いという判断だった。
「あーーーっ!」
 途端、ティコAが悲鳴を上げた。まるでお気に入りの人形が壊れた女の子みたいな泣き声だった。
「ティコのドレスがー! ひどいよ、ひどいー!」
 着弾した部分からぐずぐずとほつれ出すエプロンドレス。やがてぐずぐずと黒く泡立って台無しになっていく。
「悪いね」
 ミハイルはクールに言い放つと、すぐに次の銃に弾を込める。装甲低下――腐食の弾丸『AS』。ティコAはギャンギャンと泣きわめきながら、
「うわーん! 激おこてぃこてぃこまるー!」
 途端、切り返すように炎の槍が射出された。完全なノーモーション。不意打ちじみたそれに、ギリギリ弾丸を撃ち込んで角度を逸らす。
 ゴォと猛る青い炎がミハイルの頬を掠め、上空に逸れていった。ウェルダンなど生温い、一瞬で昇華してしまいそうな熱量である。

 なるほど『開発能力』自体は確かなのかと、ようやくここでギャップが埋まった。



「やめて! 酷いことするんてぃこ! スマート本みたいに!」
 そうティコちん――仮にBとする、は叫んだが、あいにく海にはネタが通じなかったようだ。
「悪いけどしばらくじっとしていてもらうよ」
 生真面目に切り返すと、海はティコBを『審判の鎖』で縛り上げる。ティコBは苦し紛れにパプリカ――の形をした爆弾を転がすが、海の召喚した盾がその前に立ちはだかる。
 ドォンと派手な音が轟くが、瞬間、盾が広くアウルを纏う。アウルは衝撃を全て吸収すると、後にはアスファルトの上の焦げ痕だけが残った。

 ――それでも、生半可な威力じゃない。
 今回は上手くしのげたが、この火力を連発されればたまったものではないと海の経験が告げる。それこそ三体揃えば辺りが焦土と化すだろう。

「ひどいてぃこ! これハメてぃこ! うちのシマじゃノーカンてぃこー!」
 ……ぎゃんぎゃん泣きわめく姿はまるで子供だ。チャンスが来るまで、きちんと縫い止めておかなければならない。
 海は戦局を見る。三分割自体は上手く行った。もう一人の抑え役は――



「うわーんうわーん! いじわるー!」
 最後のティコ――Cとする、は号泣していた。まるでいじめっ子に遊ばれている女の子のように。
「ずるいてぃこー! 降りてきてよー!」
「何とでも言いなさい」
 聖羅は冷たく切り捨てた。そして空の上で意識を研ぎ澄ます。高層ビルの屋上よりも高い位置から、空気の刃を錬成する魔道書が唸る。
「いじめっこ! れいけつかん! どえす! にんげんのくず! しゃかいのぼとむず!」
「あ、今ので吹っ切れたわ。実は少し悪いかなってほんのちょっぴりでも思ってたんだけど、そんな必要全くないみたいね」
 そして容赦の無い一撃が空から振ってくる。ティコCはあえなく直撃を食らう。
「むせる!」
 『ふんぬのめがみ』は撃ちきったので、もはや泣きわめくしかないぬいぐるみである。

 最初こそ少し焦った。聖羅は陽動のために、空からティコCを狙い撃った。
 その際、反撃の炎の槍が足を掠めたのである。あまりにも速い一撃。痛みに足を顰めたが、動けないほどではない。聖羅はそのまま飛び上がり、空中からティコCに照準を合わせた。
 結果、聖羅の最大射程に槍が届かないことが分かった。こうなれば一方的である。

 問題は、
 ――これ以上は近づかないとダメか。
 弾切れである。

「うわーん! いじわるいじわるー!」
 このまま逃げに徹しても、いずれ興味を失って逃げられる。そうなる前に決着を――



「あーッ! まだるっこしィーッ!」
 限界だった。
 千里には政治が分からぬ。けれども天魔に対しては人一倍敏感であった。
 火の付いた煙草を投げ捨てる。それが地に落ちるよりも速く、千里の拳はティコAの腹部を殴りつけていた。
「こしみっ、」
「ご主人様のケツでも噛んでろ駄犬がァーッ!」
 まさしく乾坤一擲の一撃。煮えたぎった憤怒の一撃は、ティコAをまるでバレーボールのトスのように打ち上げた。

 刹那、悠司は音もなく走り寄った。地面を縮めるかの如き足捌きで、宙に浮いたティコAに飛びかかる。
 トスからのスパイク。まさしく速攻の勢いで、曲刀がティコAに叩き付けられる。バァンといい音がして、ティコAはアスファルトに叩き付けられた。そのままぴくりとも動かなくなる。
 その際に腐食していたエプロンドレスが綺麗にはじけ飛んだが、だからどうしたという話である。

「切ない話よね……」
 車に轢かれた野良犬を思い出す。いくら可愛い外見でも、ディアボロである以上はこうなるのだと、ケイは嘆息した。


 趨勢は決した。
「んもー! てぃこちんカム着火インフェルノー!」
 鎖が解ける。ティコBは海に向かって炎の槍を構える、が。
「残念。時間切れだ」
「だぶるおーせぶん!?」
 背後に現れたミハイルの盾――アサルトライフルの銃床が後頭部へ振り下ろされる。行動は否応なくキャンセルされる。
「さっきからどういう言語センスなんだ……?」
 海は首を傾げつつも、盾で殴りつけトドメを刺した。

「いぢわるいぢわるいぢわるー!」
「そんなに泣いたら疲れちまうぜェ?」
「てめーのかおもみあきたぜ!?」
 聖羅を見上げて泣いていたティコCを、突撃してきた写楽の大剣が吹き飛ばす。
「ごめんなさいね」
 ケイがそれを的確に射貫き、こうして討伐は完了した。



 で。
「お疲れー♪」
 配下のディアボロが討伐されたにも関わらず、ものすごい楽しそうな猫悪魔。テーブルの上には人数分のコーヒーと茶菓子。お茶会する気満々である。
「……アタシはパス」
 早々に車に戻る千里にフローレンスはぶうぶうと口を尖らせるが、それに構うのも馬鹿らしい。
 六人は顔を見合わせたが、ひとまず情報収集するべきだと同席することにした。


「それで。今回のゲームは何点?」
 飲食物には手を付けず、悠司は淡々と聞いた。
「百点、面白かったもん♪ 今の撃退士ってこんな強くなってるんだにぇ」
「ふうん。お気に召すデータは取れたのかしら?」
 警戒しながら聖羅が聞く。馬鹿のフリをした狡猾さを持っていると、
「そりゃーもうティコちんのマッパよ。眼福眼福!」
 ……思いたいのは山々なんだけどなあ。

「勝者として聞くけど、十年越しに現れたのは関東と関係が?」
 しかつめらしく海が聞いてみるも、
「え、それ何の話?」
 逆に聞き返してくる始末である。
 因果関係としては、昨今の諸々の混乱に乗じて監禁状態から抜け出してきた――ということになるらしい。


 その後至極どうでも良い雑談の末、『どうやら遊ぶ事しか頭にねーぞコイツ』という結論に至った。
「フロ、こういうのは冥魔同士でやってくれ。迷惑だ」
「えー、だってこっちのが楽しいんだもん」
 ミハイルの忠告にも何処吹く風。悪魔の事情も人間の都合にもとことん無関心のようだった。

「ところでよォ。元の顔はどんなんだい?」
 写楽は興味半分に聞いてみた。
「なんでー?」
「美人だったらもったいねェだろ?」
 その瞬間、ナイフのような殺気が場を支配した。
「は? これが一番美人だろ」
 ドスの効いた声に、これ以上の追求は諦めた。

 去り際。ケイはふと思いついて聞いてみた。
「ところで、未唯先生の武勇伝ってないの?」
 フローレンスは「うにゃ」と言った。そして、
「そーいや格好が普通だったねえ。どうした『コスプレ撃退士』。その時ハマってるアニメキャラになりきる芸風でね――」
 垂れ流される武勇伝(くろれきし)。
 ちなみに。未唯は今年三十二歳。十年前でも二十二歳。
 そうか、だからあんなに嫌がっていたのか、とケイは納得した。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
法水 写楽(ja0581)

卒業 男 ナイトウォーカー
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
焔潰えぬ番長魂・
天王寺千里(jc0392)

大学部7年319組 女 阿修羅