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マスター:むらさきぐりこ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:11人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/22


みんなの思い出



オープニング


 ――こういう時だからこそ、全力で楽しみましょう!
 カタログより抜粋。


●side-A
「さる信頼できる筋からの依頼だ」
 夕方の会議室。茅原未唯はそんな風に切り出した。
「……いや、依頼? 依頼……うん、依頼ではあるのか。公私混同……いや、いやいや」
 そして首を傾げ、何やらぶつくさ呟いた後、「うん」と何かを納得するように独りごちた。

「えーと、諸君には『ファ○ネル』になってもらいたい」
 さて解説。
 近日中にどうやら同人誌即売会があるらしい。
 夏と冬ほどの大規模なものではないにしろ、それなりに伝統のあるオールジャンル即売会なのだそうだ。

「依頼主……暫定的に『さるお方』と呼ぶが、前々から予定していた参加をキャンセルせざるを得ない状況に追い込まれた。しかしどうしても欲しい本がある。そして諸事情により身近な人には相談できない――ということで、みんなには『買い出し』を頼まれて欲しい、ということだよ」
 一般的に同人誌は『即売会でしか手に入らない』ものである。
 最近は委託販売や通信販売、デジタル形式も普及してはいるが、未唯が呈示した『買い物リスト』によると、そういった手法が望めないサークルが殆どであるようだった。

 要するにマイナージャンル。あるいは老舗。はたまた名前も聞いたことのないピコ手(※弱小の意)。
 ……マニアックかつ雑食な趣味の依頼主であると、その道に詳しいなら気づいてもいいだろう。

「報酬はノルマ式、出来高制。一冊ずつ揃えばいいから、全員で報酬を等分することになるな。ちなみに完全に私的な依頼だから、学園側のサポートは一切ない。報酬は期待するなよ。『さるお方』はそれほど裕福でもないからな」
 ……? その呼び方では、まるで地位も名誉も持っているようだけど、とあなたたちは疑問をぶつけた。
 未唯はシニカルに笑った。
「ただの嫌がらせ」


 ――同時刻、その会議室の前で不審人物が目撃されていた。
 悔しそうにハンカチを噛むという古典的アクションを行いながら、会議室の様子を覗き見る様はまごう事なき不審者である。
 それが学園の教師――それも現在進行中の重大作戦の指揮を執っている一人――でもなければ、早々に通報されていたことだろう。


●side-B
 そんな事情があるとはつゆ知らず、あなたたちは来たるべき即売会の日に向かって準備を進めていた。

 天魔の侵攻もいよいよもって苛烈さを増している。そして最近は不穏な噂もまことしやかに囁かれている。今日もどこかで誰かが助けを求めている。
 けれども、撃退士だって人の子だ。たまの娯楽がないとやっていられない。若干人間ではない子もいるが、そこはご愛敬。
 楽しみにしていた即売会、全力でエンジョイしないと損というものです!


リプレイ本文


 世間は2月14日になりました。皆様如何お過ごしでしょうか。
 このクソ寒い中、男女のささやかな恋の駆け引きと、製菓メーカーと小売店の経営戦略によって街は浮かれております。
 手作りを、高級なブランド品を、あるいは錬金術の結果を、手渡しやら下駄箱やらポストやらで受け渡す撲殺記念日。

 知るかボケ。

 市民ホールはそんな勢いで溢れていた。あるいはハナから意識すらしていなかった。
 午前九時、普段なら絶対にあり得ない長蛇の列がホールに向かって形成される。
 誰もが己の闘志(よくぼう)に忠実で、世間の軽佻浮薄な動向になど目もくれぬ。恥を知れ。我々は俗世から解脱した勇者(オタク)である。チョコ如きにかける金があるなら、軍資金に使うのが正しい姿だと知らしめろ。
 決して寂しいからとか辛いからとか縁がないからとかそういう理由ではない、決して。

「フヒヒ」
 待機列ほぼ最前で、玉置 雪子(jb8344)はニヤリと笑った。その財布は、潤沢な資金という名の愛に満たされていた。



 年二回行われる有明海祭りほどではないにしろ、この即売会も十分な規模と歴史を誇っている。時期が被らない上にオールジャンルのため、制作ピッチが早かったり、予定が合わない同人屋の受け皿として機能しているのだ。
 故に参加者の熱気は負けず劣らずである。ついでにかかっている予算も相当なものである。さらに言えば警備だってかなりの人員が割かれており、

「いや、だから俺は同僚の手伝いにだな」
 トレンチコートにダークスーツ、サングラス、さらには頑丈なジュラルミンケースという出で立ちの不審者には、容赦ない荷物点検が入っていた。
 結果、もんだいなし。コスプレは着てこないでくださいねという注意に首を傾げていると、迎えに来た同僚が眉を顰めながらやってきた。
「遅いと思ったら。なんでそんな格好なんだ」
 怒られた。
「即売会は戦場だと聞いたからだ!」
 間違ってはいない。だがそれは同士故のスラングであり、その方面の趣味を持ち合わせていなければ、勘違いも致し方ないと言えた。
 企業戦士であるミハイル・エッカート(jb0544)にとっては、これが戦闘服なのである。


 で。
「あ、はい……。分かりました」
 同様に止められている黒猫着ぐるみが一人。普段着だと言い張るも、昨今の防犯意識の向上を受け、やむなく出入りに際しては脱がざるを得なくなった。着替えも更衣室でお願いします。アッハイ。
「まあ、そらそうじゃろうなあ」
「そんな殺生な、平坂さん」
 日常生活ではこれで通しているので、残念さもひとしおである。カーディス=キャットフィールド(ja7927)は、もはや自分の顔と化している黒猫の頭を愛おしそうになでつけた。
「カタログで書かれている以上はなあ。ここは久遠ヶ原ではない故に仕方ない」
 そう言う緋打石(jb5225)も、普段と同一であるのは声だけだった。術によって見た目がぐんと大人びているため、ぱっと見では分からない。というより普通に分からない。これはコスプレに入りますか? ノーコメント。
「まあ、更衣室は既に開放されておるらしいからの。さくっと手続き済ませて着替えるぞ」
「それもそうですね」
 妙齢の女性と英国紳士。部外者から見れば、こっちの方がまだありそうな組み合わせではあった。
 ちなみに両名の普段はいわゆる『ロリババア』と着ぐるみにゃんこである。今更ながらどういうことなんだってばよ久遠ヶ原。



 開場のアナウンスは、盛大な拍手と響き渡る足音によって迎えられた。
 走らないでくださーい、走らないでくださーい、走るなつってんだろーがー。そんな怒号も風物詩。
 でも良い子のオタクの皆さんは真似しないように。おさない、かけない、しなない。これ即売会の『おかし』です。


 雫(ja1894)は想像以上の人波に困惑しつつも、依頼を遂行しようと試みた。
 受注者の中には当然『歴戦の猛者(※非オタ視点)』もいる。雫は彼ら彼女らが作成した『最短距離マップ』を参考にしようと、
 参考にしようと、
「こちらは一方通行でーす! 現在通り抜けできませーん!」
 参考に、
「こっち列整理入ってー! はみ出さないでくださーい!」
 参、
「南ホールへは一度外に出ていただいておりまーす!」

 ……所詮は机上の空論。突発的なブーム再燃、今期アニメのダークホース、動画サイトやSNSで人気急上昇のあの人が急遽参加決定。それでなくとも午前中ってこんなもんです。
 目の前にあるはずのサークルに辿り着けない。そしてそこには既に長蛇の列が。一体どこにそんな数の人間が。
 ――仲間を信じて。
 思った以上にキツかった。下手な天魔戦より(精神的に)辛いんじゃねえかコレ。雫は『最優先サークル』を慣れている人に任せることにして、もうちょっと人混みが大人しい所へ向かうことにした。


 一方で。人混みを生み出している側の人間も、久遠ヶ原には相当数いた。

「一人三限とさせてもらってまーす! ありがとうございまーす!」
 巫 聖羅(ja3916)はその極致である。なんと壁際配置、通称『壁サークル』である。『配置時点で行列が見込まれている』人気作家というわけだ。
 もっともそれを聖羅はおおっぴらにしているわけではない。依頼の存在を知ってはいるが「そう、頑張ってね」で済ませた。参加するとは言ったが、所用があると詳細は誤魔化した。

 宣伝など、

「いやっほーう! ルシレミ最高ーッ!」「ルシレミ! ルシレミ! ルシレミぅぅうううわぁあああああ!」「心がルシレミたがっているんだ。」(※最前列に並んでいた参加者の感想より抜粋)

 出来るわけがなかった。

 聖羅のジャンルは『ルシフェル×レミエル』、要するにナマモノである。夢見る乙女界隈の中でも細心の注意を払わねばならぬジャンルであり、ましてや撃退士的には『敵の一番ヤバい奴×味方の雲上人』という業(あい)の極まったカップリングである。
 ――もうすぐお二人にお会い出来るかと思うと夜も眠れないわ……。
 日本がヤバいレベルでの大規模な衝突、という形でだが。
 今回の新刊はそのパトスに導かれ産まれたものでございます。A5・80Pと小ぶり(当社比)ながらも、ギャグ、シリアス、参加型企画とバラエティに富んだ内容となっております。豪華ゲストも多数参加! ノベルティにはルシレミプリントのトートバッグをプレゼント!

「大丈夫なの?」
 という同業者の心配については、
「これファンタジーだから。そうでしょ?」
 そういうことでよろしく。


「絶好蝶、で、あーる、なの☆ よろしくお願いしますなのー☆」
 ペルル・ロゼ・グラス(jc0873)もまた、かなりの人の目を引いていた。
 ファンシーに飾り付けられた長机の上には、かわいい動物たちのイラストが所狭しと踊っている。それも犬や猫だけではなく、ドラゴンやグリフォンといった幻想動物が、ふわふわ可愛い絵本のようなタッチで描かれているのだ。老若男女の心を掴んで離さない、普遍的なテーマである。
 ペルル・ロゼのサークル『絶好蝶』は、中堅サークルとしてそれなりに有名である。
「氷室さん、調子いいですね」
「えへへ、そちらこそなの」
 仲良くなった隣のサークル主と雑談を交わす。そちらも同じような作風だ。
 この辺りは動物系のサークルがまとまっている。グッズ、小物なども多く、ファンシーな雰囲気が醸し出されている。
 ちなみに同人屋としてのペルル・ロゼのPNは『ペルル・ロゼ・氷室』であり、いわゆる『女性向け』を中心に活動をしており、
「……で、このページ。このペガサスが、このドラゴンに? こういうことで?」
 隣のサークル主は、左手の親指と人差し指で丸作って、そこに右手の人差し指をぶっこんだ。
「ご明察」
 そう。彼女も同じような作風だ。
「そうさBL(ゆめ)だけは?」
「誰にも奪えない心の翼だから?」
 ふわふわ可愛い絵本、実に普遍的なテーマである。そして絵本というのは得てして根底に流れているテーマがこう、アレだったりして。

 ――聞こえますか。当サークルに、寄るのです……。
 そんな(文字通り)悪魔の囁きと共に、何も知らない人々が嬉々として『絵本』を買っていく。さて、そこに仕込まれた『可能性』を見いだせる有望な子はどのくらいいるかしらん?

 ちなみに、
「……一冊ください」
「ありがとうなのー☆」
 『可愛い動物の本』として、雫も買っていたとかなんとか。


 ――思いの外可愛い動物の本が多い。
 雫は割と状況に馴染んでいた。
 今のサークルも指定にあった分だが、つい自分の分も確保してしまった。こんな世界もあったのかと、少しだけ胸の奥が疼く。これは何だろうと思いながら、次の指定分を、

 すごいものが視界に入った。

 ラッコの着ぐるみ、2メートル弱。それがヒーロースーツに獅子舞の被り物と、眼鏡に天魔っぽい翼を装備している。
 それがホワイトボードを持って筆談しているのだ。
 まごう事なき不審者が、しかし、
「助けてラコトラマーン!」
『キュゥ!』
 あ、鳴いた。もとい、めっちゃ普通に受け入れられていた。よく見るとサークル内できちんと売り子をしていた。あと立ち振る舞いがものすごく丁寧だった。

 頒布物を確認してみると、どうやらこのラッコ『ラコトラマン』が活躍する絵本らしい。
 デフォルメが利いていてなかなか可愛らしい絵柄である。
 内容は――

 ラコトラマンは正義のヒーロー! 今日もぷかぷか海のパトロール!
『たすけてラコトラマーン!』
 大変だ、巨大化した海のみんなが暴れてる! 魔法の薬で巨大化だ!
 ラコトラ・ソバット! ラコトラ・卍固め! ラコトラ・トンファーキック! ラコトラ・ジ・アルティマックス・ウルトラスープレックスホールド!
 こうして海の平和は守られた! ありがとうラコトラマン! 夕陽に向かって飛び去っていって笑顔でキメ!

「……一冊ください」
『キュッ!』(お買い上げありがとうございます)

「…………」
 ラコトラマンは、去って行く雫の後ろ姿を見つめて少し固まっていた。
 気づかれただろうか。どうだろう。どうかなあ。うーん。
 ラコトラマン、もとい鳳 静矢(ja3856)は、思わぬ知人とのエンカウントに世界の狭さを噛みしめていた。


「こんなマニアックなものまで……」
 雫は思わず独りごちた。
 指定されたサークルに行ってみれば、なんと『猟師の心得』なる本が並んでいるではないか。

 ――上手な罠の設置方法、獲物別:解体のコツ、猟師の一日、特選レシピ。
 そこいらの本屋やネットでは早々お目にかかれないマニアックな内容だ。そんな情報がこんな濃度で。
 これを依頼した人間とは話が合うに違いない。

「一……二冊ください」
「ありがとうございまーす。……お嬢さん、猟師に興味あるの?」
 サークル主である逞しい男性は人なつこく笑った。実際、こんな内容に美少女が食い付いたという現状が彼らにとっては割とあり得ない状況である。
 雫はこくりと頷いた。
「……趣味と、実用を兼ねて?」
 動物は食料ですから。
 さて、後はいかにして動物に好かれるかの情報を探さなくては。



 12時を迎える頃に、入場制限が解除されたというアナウンスが入った。
 お昼時なので近所の食堂やコンビニに人が流れていく。ぼちぼちホール内の人数も落ち着き始めた。


「ふいー、大漁大漁」
 両手にずっしりとした紙袋を抱えて、ほくほくした顔でスペースに戻ってくる美女が一人。
 その衣装はいわゆるゴシックロリータ。さらには銀髪ツインテール(縦ロール)のカツラを装着している。まさにアイドル然としたコスチュームで、子供向けの筐体にお金持ちのおじさんが小銭積んでそうである。
「やみのま?」
 どこかから聞こえてきた呟きは笑顔でスルー。熊本弁は喋らないので注意が必要だ。
「お疲れ様です。どうでした?」
 それを迎えるのはカーディス――黒猫の着ぐるみ姿――がさらに忍者コスチュームを着ている――傍から見ればコスプレ on コスプレ。
 カーディス本人にしてみれば普段着にプラスアルファなのであるが。
「うむ、かなり粒ぞろいじゃ。先行投資のしがいがあるというもの」
 ばっちりコスプレを決めた『平坂読子』は満足げに頷くと、席に着いて肩を鳴らした。いかんせん『戦場最前線』でフル稼働していたのだから、流石に疲れる。
「さて交代じゃ。ああ、自分はもう食べてきたから、カーディス殿は少しゆっくりしてくると良い。喉も渇いておるじゃろ」
「かたじけない。それでは私も行って参ります」
 カーディスは綺麗に一礼すると、軽やかな足取りで戦場へと赴いていった。読子はスペース内のメモとゴミ袋をチェックする。

 ――売れ行きは上々。飲み物は……きちんと飲んでいる、と。
 相方は、どうやら用意した水分はきちんと補給したらしい。そこを怠るようなタマではないが、この熱気できぐるみ姿というのは心配してしすぎることもなかろう。
 そしてサークル『黒猫忍者』の頒布物もおおむね予想通りの売れ行きである。このジャンルでこの時間にこの程度なら、少し赤が出る程度か。同人としてはこれで十分だ。

 頒布物はカーディスの猫二匹の写真集と、日常ほのぼの絵本。写真集の文章は読子が書いた。
 読子はオリジナルファンタジー小説を少部数書き下ろした。内容は有名作品の世界観をなぞるように――まあ、一種のクロスオーバーである。挿絵はカーディスに描いてもらった。

 創作系は基本的に平和なジャンルだ。人混みと人混みの緩衝材に配置されることも珍しくない。それもまあいいか、と読子は戦利品の入った袋を手に取り、

「あれ」
 ふと、聞き慣れた声と気配がスペースの前で立ち止まった。
「参加してたのか。偶然だな」
 視線を上げる。そこには顔馴染みの人間がいた。見抜いてくる辺り、流石は教員と言うべきなのだろうか。
 『平坂読子』は、にこりと笑顔を作った。
「――ええと、すみません。人違いでは? あ、もしよろしければご覧ください」
 相手は一瞬はてなマークを頭に浮かべたが、すぐに得心いったようだった。こういう時にプライベートの話はNG。ここにいるのはあくまで同人屋のペルソナを被った同士である。
「……おっと、失礼しました。確かに人違いです。……そうですね、では失礼して」
 理解が早くて助かる。そして相手は一冊ずつ買っていった。そのままお互い見知らぬオタクとして一期一会である。例え明日教室で会うことになろうとも、今日のことはアンタッチャブル。それが暗黙の了解。
「しかしやはりというか、こういう趣味あったのか」
 読子――緋打石は、去って行く茅原未唯 (jz0363) の背を見ながら、そう呟いた。


 スペース前で立ち止まる。本を確認。逡巡の末、一冊くださいの声。
「ありがとうございましたー」
 逢見仙也(jc1616)は不思議な達成感を得ていた。
 仙也にこういう趣味は元々ない。今日は単に、知り合いに誘われたから付いてきただけである。元々は売り子を手伝って欲しいという話だった。

 しかし折角参加するとなれば、何かしら本を作りたいと思うのが仙也の性だった。そしてやるからにはとことんだった。
 オリジナル撃退士の日常ものとファンタジー系青春もの。そうと決めればアイディアがみるみる湧いてくる。
 仙也は推敲に推敲を重ね、同時に漫画のいろはを勉強することにした。コマ割り、絵の技術、漫画系の知り合いや美術、アーティスト担当の教員、頼れる人は何でも頼った。プロットも漫画用に作り直し、『そこまでやるか』と半ば呆れ顔の知人が認めるまで練り直した。
 そしてギリギリまで頑張った結果、薄いコピー本が二冊出来上がった。

 その時点で満足感があったのだが、それを買っていく人がいるという事実に奇妙な感情がわき上がる。
 言うなれば素人が漫画を描いたコピー用紙の束。それにわざわざお金を出していく。奇妙な感覚だった。
「失礼します」
 即売会の風習というのは不思議だ。立ち読みにわざわざ声を掛ける。――いや、それだけマナーが良いという話なのか、
 仙也は顔を上げて、固まった。
「……ふむふむ、ふむ」
「……あ」
 いや、ちょっとタンマ。確かにぼちぼち学園で見たような人もいるなーとか思ってたし、学生相手ならなんとも思わなかったけれども、
「話には聞いてたけど、これで処女作か。才能あるんじゃないか? 一部ずつ」
「…………あ、ありがとうございま、す?」
 流石にオフタイムに教員相手に自分の作品を見られるのはキツいものが。硬直する仙也を余所に、早々に会計を済ませて去って行く。
 未唯の後ろ姿に、そういえば私服は初めて見るなとだけ思った。



 さて。
 同人誌とは読んで字の如く、『同好の士のための本』である。何よりも己のためであり、同好のためであり、儲けという概念は二の次であることが多い。
 故に。


「はあ……」
 鷺谷 明(ja0776)は溜息を吐いた。
 スペースには明一人である。他に売り子はいない。そして明が読んでいるのは自分の頒布物である。
「尊い……」
 そして、完全に自分の世界に入り込んでいた。呼び込みを頑張っている近隣のサークルとはえらい温度差である。

 ――ご主人様、お帰りなさいませ。
 そう事務的に呟こうとする彼女の瞳には、確かに安堵の色が浮かんでいた。偏に『寂しかった』である。まったく、この表情が見たいがために私はこの屋敷へ戻ってくるのだ。

 ああ、尊い! なんて尊いのだ!
 紫の瞳に、桃色の髪。性格は淡々としているが、確かに『あなた』へ好意を寄せてくる寂しがり。ひょんなことからこの悪魔をメイドとして雇うことになった日常の物語――

 売る気が無かった。彼女は鷺谷明のための存在であり、なんつーかこじらせすぎちゃった性癖の塊であった。
 あるとき、「どういう話なんですか?」と聞かれた。
 明は語った。軽くジャブのつもりで、尊さを語ったつもりだった。
 どん引かれた。それはもうアメリカザリガニのように、ドン引きされた。
 まあいいや。この愛に付いてこれるものなら付いてこいって感じである。


 まあ、これはこれで同人誌のあり方である。
 よって、こんな形もあり得るのだ。


「このスト、桃々の同人誌も入っているのであります。感激であります」
 桃々(jb8781)は一人歓喜に噎んでいた。
 オールジャンルはあらゆる同人誌を許容する。よって、『考察本』というジャンルも成り立つのだ。
 桃々の本は『ゴミックスーパースター列伝』と銘打たれている。

 ゴミックとは。
 世の中には、箸にも棒にもかからない、山もなければオチもなく意味も無い、なんで出版社がGOサイン出したのか分からないクソ漫画が確かに存在する。俗に言う資源の無駄だ。
 だがしかし、世の中にはそのクソ漫画――ゴミックを愛する好事家がいるのもまた事実。桃々はその一人者として、常に背中の相棒(バッグ)「ゲレゲレさん」にありとあらゆるゴミックを詰め込んでいるのだ。

 そしてこの同人誌は言うなればそのムック。桃々が選んだ10大ゴミックを面白おかしく紹介するというコンセプトである。
 あまりの禍々しいオーラに普通の人は避けていく。しかし、好んで寄ってくる如何物食いは確かに存在した。
「通、実に通ですな」
「3冊オマケするであります。布教用と観賞用、保存用であります」
 ……まあ、結果として結構な在庫を抱えてしまうわけではあるが、それはそれとして同士がいたという事実だけでも嬉しいものである。



 閉会まで二時間を切った。ぼちぼち撤収し始めるサークルが増えてくる頃である。

 再び売り子に戻っていたカーディスの所へ、ミハイルがとぼとぼとやってきた。
「えーと、一冊ずつくれ。猫グッズも」
「はい、ありがとうですの。……あの、どうかしました?」
 気遣うようなカーディスの声色に、ミハイルはがっくりと肩を落とした。
「……いや、なんというか。疲れた」
「というかミハイルさん、こっちの趣味ありましたっけ?」
「……いや、素人だ。今日は同僚の手伝いだったんだがな?」
 慣れない空気に限界だったのか。企業戦士にも耐えられないことはある。
 ミハイルはぽろぽろと事情を話し始めた。

 開場して早々、同僚は席を立った。元々売り子として残るつもりだったからそれは良い。
 だが「一時間で戻る」という約束は果たされなかった。いや、そもそも買い物でそんなに時間がかかるものなのか? という疑問は、「女子トイレが最大手」というさらなる謎フレーズによって混迷を極めた。
 トイレが最大手。なんじゃそら。こんなホールなんだからトイレくらいいくつもあるだろう。

 そう、トイレ自体はいくつもある。しかしこの場にいる『女性の人数』との比率を考えれば――そして、今は冬である。
 良いオタクのみんなは、催す前に向かっておこうね! 酷いことになりたくなければ!

 二時間経っても同僚は帰ってこない。入場制限がどうののアナウンスが聞こえたが、しかし関係のない話である。それより早くこの場から離れたいと思った。
 いかんせん周りが若い娘ばかりで居心地が悪いのだ。
 よく分からない話でキャッキャと盛り上がっている。花が咲く。周囲はそんなのばっかりで、ぽつねんとミハイルだけが取り残される。
 若い娘がテーブルに寄ってきた、かと思ったら避けていく。微妙に傷つく。
 そして腹が空いてきたが、無人にするわけにもいかない。
 ……同僚がやっと帰ってきた頃には、三時間半が経過していた。

「それは……なんというか、お疲れ様です」
「『戦場』って、こういう意味だったのか……」
「それはまた微妙に違うんですけどね……」
 主に同僚が悪い気がするが、それはカーディスには言いづらいことだった。良い本を見つけたらついウロウロしてしまうのは性である。そこで見逃してしまったがために、一生手に入らない後悔を味わう羽目になるのだ。
 それはともかく。カーディスはおそるおそる突っ込むことにした。
「……ところで、そのネコミミは?」
 ミハイルの頭に、ファンシーなネコミミカチューシャが一丁。
「ファンシーさを醸し出す一環として」
「……ああ、はい。ええと、そういう乙女ゲーム、ありそうですね」
 似合っているかどうかは、えーと、みんなの心の中に、ということで一つ。



 午後4時。終了を告げるアナウンスが鳴る。
 割れんばかりの拍手でホールが満たされ、今回の即売会も無事に終了となった。

「打ち上げのご飯ですの!」
 カーディスの提案に、なんだかんだ集合していた久遠ヶ原の生徒は乗っかってきた。
 侃々諤々の競技の結果、ちょっと離れた場所にあるレストランでぱーっとやろうという話になる。
「楽しみですわ。久遠ヶ原の人に興味がありましたの」
 もっとも、緋打石は『平坂読子というカーディスの知人』という体を守り通すつもりらしい。

「これだけ買えました」
 雫を始め、依頼を受けていた一行は戦利品を確認する。おおむねほとんどは買えたようなのだが……
「……少し、足りませんね」
 いくつか抜けがあった。それは初めから『入手難易度高し』とされていたもので、並ぼうとしてもそもそも辿り着けないようなサークルばかりであった。
 仕方がないと言えば仕方がない。しかし、それらは『欲しいものリスト』の中でも上位にランクインしていたものだ。
 こうなってくると依頼は失敗と言わざるを――

「あら、それなら押さえてあるわよ」
 不意に、聖羅が紙袋を抱えてやってきた。
 中身はなんと、見事に買い逃した超人気本の数々!
「……どうやって、これを?」
「ちょっとね」
 雫の問いを、聖羅は軽く流すだけだった。

 聖羅は大手サークル故に、ある程度顔が利く。そこで様々な手を打った。
 一つ、友好のあるサークルなら事前の『取り置き』申請。
 一つ、売り子や友人の草の根ネットワークを使って人海戦術。
 その他諸々。
 ――自分の活動については伏せている聖羅なので、説明しようがないのであった。

「やっぱり、買えないのは残念だからね」
「これで、依頼主も喜びますね」

 こうして、楽しい即売会は終わりを告げる。そしてまた次の機会へ向けて、同人屋達は羽を休めるのであった――。




「後日談というか、今回のオチ」
「そうだな。今回のオチ要員だな」
「ちょ待てよ。そこは『それ三男だろ』って突っ込むところダルルォ?」
「誰も声ネタの話はしていないなあ」
「すいまえんでした;;」

 体育館裏。
 市民ホールは体育館も併設しているので、まさに体育館裏であった。

「で、玉置。――お使いは?」
 ドドドドドと書き文字を背負うような形で、茅原未唯教諭は笑顔を作った。
 というか、
「oi。みうs、みす、ミス。おいィ? 今の言葉聞こえたか? 俺のログには何もないな」
「ログはなくても証言と現物はあるな」
「いやそれハメでしょ? 俺のシマじゃノーカンだから
 発言こそ強気だが、笑顔の未唯が雪子を追い詰めている構図となる。
 雪子の鞄はパンパンである。愛という名の軍資金は、確かに同人誌へと費やされた。

 が。

「お使いと称して金を巻き上げ、挙げ句全部自分の買い物に突っ込んだ。バレてるぞ?」
 雪子の軍資金は、正真正銘『人の金』である。
 『お使いに行く』という名義のもと、様々な人から金を巻き上げ、そして――
「そのりくつはおかしい。この可愛い雪子(天使)の顔は一度も会場内で描写されてないサル!」
「私が『生徒の別形態に感づく』という伏線なら描写されてるけどな?」
「ぬぬす『ぱわー!』」
 微妙にメタい会話はコメディ空間なのでスルー。
 雪子はカオスレートによって姿が変わる特異体質の持ち主である。最近は人間形態も使用してなかったしどう考えてもバレんでしょ? という計画だった。
 しかし現実は非情である。見た目が変われども、なんかその他要因によって気づかれてしまったらしい。

 雪子はわざとらしく首元を押さえて転がった。
「粉バナナ! ドッペルゲンガーが雪子を陥れるために仕組んだバナナ!」
「物真似完璧だな……」
「無駄な再現度を目指している故に龍剣伝」
 キリッ。
「天魔じゃ、天魔の仕業じゃ!」
「そうだな。玉置の心に巣くった天魔の仕業だな」
「すいません、装備没収だけは許してください! なんでもしますから?」
「ん?」
 そこで乗るのはわざとなのか、それとも魔法の言葉なのか、未唯の動きが一瞬止まった。
「今なんでもって」
「逃げるんだよォーッ! 煙(スモーク)ィーッ!」
 そしてぶっ放されるスモークグレネード。

 ゆきこ は にげだした! ▼
 しかし まわりこまれてしまった! ▼

「なんでェ!」
「ここまでテンプレ」
 そして入るそれ以上いけないアームロック。
「ちょっとsYレならんしょこれは……? 大体、先生からはお金もらってないですしおすし?」
「教員としての教育的指導。あと『怪しいから監視してくれ』と密告もらってる身でな。お前、金渡す時点で信用されてなかったぞ」
「ウソダドンドコドーン!」
 どかーん。破れかぶれのスモークグレネード(おかわり)が爆発してフェードアウト。
「爆発オチなんてサイテー!」
 ちゃんちゃん。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
氷結系の意地・
玉置 雪子(jb8344)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプB
ゴミックマスター・
桃々(jb8781)

中等部3年9組 女 陰陽師
┌(┌^o^)┐・
ペルル・ロゼ・グラス(jc0873)

高等部2年3組 女 陰陽師
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト