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天羽 伊都(
jb2199)がその会議室の前を通ったのは、何の気も無い、ただの偶然だった。
『大喜利大会』。自由が売りの久遠ヶ原において、こんな活動も珍しくはあるまい。だが、
「……最近、学生らしいことをしてないなあ」
仕事、仕事、余暇には修業、そして仕事。最近はそんな生活だ。撃退士たるもの、人類を天魔から守らねば――そう肝に銘じ続けてきた。
けれど、そういえば最近は気分転換をしていない。それに元々、こういうのも好きだったはずだ。
――たまには、いいか。
伊都はふと口元を緩めると、会議室の扉を開けた。
●
「解答権は皆様にありますのでね。思いついたらご自由にどうぞ!」
司会の男子生徒は手慣れた調子で場を回していく。
「それでは第一問――こほん。
我が落研のイベントは新歓に間に合わなかったわけですが、他にもどうやら間に合わなかったクラブイベントがあるようです。どんなクラブが、どんな理由で間に合わなかった?」
少しの間。考えるようなざわめきの後、やがてぽつぽつと手が上がり始めた。
「はい、ではどうぞ!」
木嶋香里(
jb7748)は立ち上がると一礼した。モデル並の身長とスタイルの良さに、感嘆の息が聞こえる。
「読書愛好会です。撃退士作家によるトークショーを予定していたのですが……」
香里は右手の人差し指を立てると、にこりと笑った。
「新刊発売中止のため、新歓イベントも中止になりました」
忍び笑いが漏れる。司会はぽんぽんと手を打った。
「いいですよいいですよ。こんな感じです。さて、どうですか」
「シンプルでお題に即したいいダジャレですねー。場を温めるには最適です」
部長が悠々と笑い、ぱちぱちと拍手が湧いた。
「あ。この人女の子に弱いんで、今みたいに表情とか付けてアピールするのも有効ですよ。狙い目ですよ、女子のみなさーん」
副部長の茶々にささやかな笑いが起きる。部長は「ストップ、風評被害」と呟いた。どうやらマイブームらしい。
「それでは、次の方どうぞ!」
いくつか答えを経て、場が暖まってきた。参加者の殆どが素人らしく、中には恐ろしいほど『寒い』答えもあったが、部員は上手く躱していった。
そして次に指名されたのが鳳 静矢(
ja3856)であった。静矢は紫色の着物を纏っている。場に即した衣装で、いかにも風格が漂っていた。
「学園の全料理研究系のクラブが合同イベントを企画していたそうでね」
ほうほう? と司会が促す。
「全クラブの総力を結集した最高のメニューを出す予定だったらしいんだが、けれどそれぞれの好みがばらけてね。趣味嗜好も味付けもバラバラで、メニューが全くまとまらずお流れになったそうな」
静矢はそこで一旦溜める。
「まあ、料理も相談も匙加減が大切ということで……」
「いいですねー、洒落効いてますよ」
部長が拍手した。おじさまもうんうんと頷いている。
「この学校だと本当にありそうなのがまた……」
副部長の呟きに同意する声が上がった。なお、事実関係は不明である。
次に手を上げたのは礼野 智美(
ja3600)だった。
智美は昔祖母と見ていた大喜利番組を思い出しながら、なんとか答えをひねり出してみた。
「水泳部だ。西瓜割りをしようとしたんだが、季節外れだからな。部員全員でバイトをしたけど予算に足りなかった」
「西瓜食べたーい!」
副部長が大きな声を上げた。
「いやー、この人、リアル西瓜アイスとか作るくらいのジャンキーなんですよ」
「あれは試練でしたねー」
部長と司会がうんうん頷く。
「どういう意味だコラ」
副部長が凄み、男二人は大仰におののいてみせる。
――やっぱりとっさには思いつけないもんだな。
フォローされた、と智美は悟った。笑わせるということは、なかなか難しい。
スッ、と綺麗な姿勢でミハイル・エッカート(
jb0544)は手を上げた。
「探検部だ。学園敷地の一角を使って、古代遺跡をイメージした秘境を作り上げたらしい。売りは本物の冥魔だった」
ミハイルは格好を付けるように、すっと視線を傾ける。
「イベント失敗とかけて、調達ミスと解く。その心は……」
そして、両手を上に上げて、肩を竦めた。
「間(魔)に合(遭)わなかった、と。結局捕まえられなかったんだ。無茶しやがって」
部長が吹き出した。
「ほー、謎かけをしてきましたか。いいですねえ」
おじさまがふくふくと笑って柏手を打つ。随分満足そうだった。
そしてヒソヒソと何か内緒話をする。
「うーん、もうちょっと様子見たいかな。次行こう、次!」
副部長はにこにこと笑いながら、次の答えを促した。
少し停滞した。
ミハイルの解答がウケたのは目に見えて明らかだった。それを受けて各自自分の解答を見直したり撤回したりしたのである。
だが、このまま場を冷やしてはいけない、と川澄文歌(
jb7507)は手を上げた。
おお、と男連中の声が上がった。
「え、っと……私が部長のアイドル部。です!」
「ほほう? 部長直々と来ましたか」
どこか上機嫌に司会が舵を取る。
「イベントは部員みんなで歌い踊って見に来た子を勧誘するんです。が……みんなアイドルの卵なので、依頼に引っ張りだこ。ほとんど合同練習も出来ずに間に合わなかったんです……。21人いるので、スケジュールも合わせられなくて……」
こほん、と咳払い一つ。
「べ、別に部長の私が他の依頼に忙しくて、準備出来なかったんじゃないんだからねっ!」
ヒュー、と口笛が鳴った。
「かーわーいーいー!」
「皆さん、見てください。部長のこの体たらく! これだから男は!」
副部長が部長を小突く。完全に素の反応である。
「いやはや、アレを思い出しますね。だっちゅーの」
おじさまはからからと笑った。
「古いです。あとこれキュート系だから違いますよ」
「何マジで語ってるんですかねこの男は」
一気に場が盛り上がる。文歌はほっと息を吐いた。
「ちなみに今のって実話です?」
司会のフリに、文歌は笑って、人差し指を唇の前に立てた。
「企業秘密です」
ヒュー!
「さて、もういませんかー?」
司会の問いかけに、迷った。迷った末に、おずおずと月乃宮 恋音(
jb1221)は手を上げた。
「おっ、では最後の答えをお任せしましょう! どうぞ!」
不意に注目が集まる形になってしまい、恋音は萎縮した。だが、思いついた以上は言ってみたい。勇気を振り絞って立ち上がった。
おお、と男共の声が漏れる。その胸元に視線が集中していた。
恋音はますます萎縮しつつも、なんとか答えることにした。
「……鉄道研究会の方々が、間に合いませんでしたぁ……」
ふんふん、と妙に鼻息が荒い相槌が聞こえる。
「……遠方に出ていた際、一部の方が……強行に『鈍行列車』の使用を主張したため、学園への帰還が間に合わなかったそうですぅ……」
ほう、と感嘆の声が聞こえた気がした。
「新幹線が使えれば……間に合ったのですが……」
終わり、と席につく。恥ずかしさで爆発しそうだった。
「……いい……」
「皆さーん、ここに女の敵がいまーす」
「い、いやそうじゃなく」
恋音の胸元に目が行くのは、健全な男子として致し方ないことである。だってほら、超巨大サイズが、和服で、ギリギリ。
そういうことではなく。
「新幹線、新歓せん、ですか。いいですねえ。最後にいい解答が聞けました」
もっともらしい事を言うおじさまだが、しかし鼻の下が伸びているのは否定しきれない。
副部長は若干不機嫌そうに司会に促した。
「はいはい、次行って次!」
●
「さてさてそれでは次の問題ですね――。
皆さんは撃退士なわけですから、日々様々な天魔と戦っています。ところが、今回の敵は実にさんざんな気分にさせられました。皆さんが一言言った後、私が『おう、何があった?』と聞きますので、理由を答えてください」
ざわざわと盛り上がる。
各自、色々思うところがある問題のようだった。事実は小説よりも奇なりというか、マジックレアリスムというか、撃退士には奇妙な経験なんて山のようにあるからである。ギャグのような天魔も、あんまり珍しくはない――かもしれない。
「さあさ、実体験でも思いついたことでもなんでもオーケイですよ。面白ければいいんです」
「面白ければいいのよねェ?」
司会にそう答えて、ゆらりと立ち上がる影一つ。全身を布で隠した――少女?
「?……どうぞどうぞ!」
「それじゃ、行くわよォ?」
小さな影は、含みを持たせてくつくつと笑った。
「ふふふ、我こそメタトロンやルシフェルを上回る最強の天魔!」
「……おう、何があった?」
司会の相槌に動揺が混じる。彼も撃退士だ。何か感じるところがあったのだろう。
そして、
影は、布を解き放った。
そこにあったのは、
「ハロー! 僕天魔ミッ*ー*ウ*! 世界に終焉をもたらす存在だよ! よろしくね☆ ハハッ!」
てっててーてっててーてっててってってー。
どこから仕入れたのやら、黒丸が三つで表現される、それはもう世界的権威の鼠っぽい何かの着ぐるみとテーマソングが、
「おいカメラ止めろォーッ!」
「世界に終焉ってアレですか! 運営会社とかマスター本人とかそういうアレですか!」
「おうメタ発言やめーや!」
「言ったよね! 俺言ったよね! そういう権利的なサムシングにダイレクトアタック的な何かはNGだってーッ!」
「駄目と言われればやりたくなるのが人の性よねェーッ! 逃げるんだよォーッ!」
ゲラゲラゲラと粗野な笑いを浮かべながら、黒百合(
ja0422)は会議室を逃げ出した。その様はまるで韋駄天のごとし。
後に落研メンバーは語る。
その様はまるで、一回のレギュラーよりも伝説を取ると豪語した、あのお笑い芸人のようであったと。
やりやがったなテメエ。
「……まあ、著作権ネタは都市伝説と化しているという話もありますけどねえ」
「駄目です。規約としてNGです」
「はいはい、次行きますよ」
ダメといわれればやりたくなるというのは一つの真理だ。むしろそういうタブーを踏み抜いてこそのお笑いという面もある。実際、会場は爆笑の渦に包まれたのだから。
しかし、これが映像として残ることはない。というか残しちゃいけません。
「……はい」
司会は手を打ち合わせる。露骨に編集点を作っていく。
「では、お答えのある方、どうぞー!」
……めっちゃやりづらい。そんな空気が漂っていた。
だからこそ、アイドルとして場を仕切り直さねば。文歌は改めて手を上げた。
「私がアイドルでもそれは……」
「おう、何があった?」
文歌は小首をかしげ、息を吐いた。
「敵の天魔さんが、『前からファンなんだ! ファンクラブに会員番号1番で入れてくれたら裏切る』って……」
「かーわーいーいー!」
ヒューヒューと口笛が鳴る。
「ちなみにその天魔さんには、ファンクラブ専用シークレットライブの話をして普通に入会してもらって、寝返っていただきました」
「事実ゥーッ!」
「男子二人、テンションおかしい」
素っ気なく言いつつも、副部長は文歌の気遣いを感じ取っていた。おそらくは司会もそうだろう。部長については判断しかねた。
ともあれ、爆発的な笑いで一瞬にして潮が引いてしまった空気を、文歌が整え直した。まさに現職の技である。
「ほら、次行って次! 仕事しろ座長ー!」
「はっ、失礼! ではお次の方、どうぞー!」
ふと思いついたので、雁鉄 静寂(
jb3365)は手を上げた。
笑いを取るのは得意ではないが、周りの空気に当てられたのだろう。答えてみたくなたのだ。
「骨抜きにされました」
真顔でそんなことを言う時点で少しギャップが生じている静寂である。
「おう、何があった?」
「天魔がペットショップを襲って、一斉にフェレットと子猫が逃げ出し……」
ふう、と悩ましげな息を吐く。
「狭いところに入りまくろうとして、私の服の中に……袖口から顔がぴょこって……しかもすやぁと寝てしまって……」
……。
「……かわいかったです……。ああ、幸せでした……」
…………。
……………………。
…………………………………………。
「あれ、オチは?」
「オチがないのがオチ……とでも!?」
司会がそう合わせると、副部長が吹き出した。
「お、黄金……体験……まさに……」
わなわな震えている。どうやらツボに入ってしまったらしい。
「はいはい、審査側がアウトなのやっちゃダメですから。次行きますよー!」
やけに仰々しく、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は手を上げた。
「先日、敵に化ける天魔と戦ったんですけどね。僕に化けられてさんざんな目に遭いましたよ」
エイルズレトラは芝居がかった口調でそう言った。
「おう、何があった?」
「いやあ、どちらが本物か分からなくなっても、五分五分で敵に当たるでしょ? 適当に攻撃しちゃえって事前に決めてたんですよね。そうしたら、仲間がみんな僕の方をしこたま攻撃してきたんですよねー」
へらへらと笑いながら、オチを付けた。
「後で理由を聞いたら、僕の方が憎たらしい顔してたから天魔だと思ったそうで」
副部長はクスクス笑った。
「そこは素行をよくしようよ」
「そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので」
部長はわざとらしくそんなことを言う。
「ちなみに実話なんです?」
司会のフリに、エイルズレトラは口笛を吹いた。
「よしんば実話だっとしたら、こんな酷い話もないですよねえ?」
次に手を上げたのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)だった。
ラファルは粗野な口調でこう切り出した。
「けっ、クソが……」
さっきの核弾頭女子(黒百合)といい、久遠ヶ原には女を投げ捨てている女子が多いなあと思いながら司会は繋げる。
「おう、何があった?」
ラファルは少々ねちっこい口調を作って言った。
「敵に三下の取り巻きがいっぱいいてなー? ボスのことを『閣下』『閣下』と持ち上げてウザかったんだよ」
…………?
ぽかん、と静寂が支配した。誰も拾えなかったのである。
「……フランス語」
ラファルは『やっちまったー』という顔をしながら補足する。すると、おじさまが「あー」と声を上げた。
「ああ、フランス語でcaca、ね。クソってことだね」
続いて「あー」という声が上がる。
「そういうことかー。……ん? ジャッジー、これ下ネタに入る?」
部長は軽妙な声を作った。
「ジャッジ言わないでください。まあ、軽度だからいいんじゃないですか?」
「ふむ、ここのご婦人が受けてるからまあよしとしましょう」
見ると、時間差でツボに入ったのか、副部長がふるふる震えていた。
それでいいんだこの人……と、落研の笑いのツボが分からなくなる参加者達であった。
奇妙な間が生まれたタイミングで、静矢はすっと手を上げた。
「あれは天魔が悪いのか、人が悪いのか……」
しみじみと、噛みしめるように言う。
「おう、何があった?」
「何も危害を加えず、ただ交差点の中央で的確に交通整理していた天魔がいてね。その討伐の依頼主が、天魔に車をぶつけた運転手だったんだよ」
部長は立ち上がって拍手した。
「そうそう、こういうのがいいんだよ、こういうのが!」
「これ、実際にありそうよねえ」
副部長は苦笑しながら言った。つられて何人かが笑う。
モンスターな依頼人というのは、実際の所……いや、言うまい。
「正統派のようでもありブラックジョークでもあり、なかなか」
おじさまもからからと笑う。そして何かしらの相談が行われた。
……が、特に何事もなく進行される。
「それじゃあ、そろそろ次に……おっと」
恋音はおずおずと手を上げた。またしてもこのタイミング、と内心ドキドキである。
司会はにこにこ笑いながら促した。
「ほほう。それではどうぞ!」
「……え、えっと。ドラゴンに似た天魔が出た、というお話だった、のですけれどぉ……」
男性陣が黙りこくるのでなんともやりづらい。
「おう、何があった?」
「……対龍、を想定して、相談していったのですけれど。現れたのは、あの有名な功夫アクション俳優の方と似た姿と能力の方で……」
副部長が吹き出し、部長はスタンディングオベーションを決めていた。笑いと拍手が会議室を満たす。
「いや、これは文句ないですね。山田君、座布団一枚」
そしておじさまは完爾と笑った。
「山田ではないけれど了解しました!」
司会が審査員の3人から何かを受け取ると、恋音に手渡した。
それはラッピングされたメイクセットであった。
「……え、ふえ、そ、そのぉ……」
「おめでとうございます! えーっと、これは部長賞ってことでいいんです?」
「いいよー、ちょっと早いけど出しちゃうわ」
「どうせ胸なんでしょ」と副部長が意地悪く小突くが、部長は「いや、普通にいいネタだったろ?」と慌てたように返す。
「改めまして、おめでとうございます! 今回のMVPの一人、月乃宮恋音さんです!」
拍手と口笛と視線が恋音を包む。恋音は完全に恐縮してしまって、頭から湯気を出して座り込んでしまった。よもやこんなに受けるとは思わなかったのである。
こうして波乱の第二問は幕を閉じた。
●
「では、最後の問題ですねー……。
やはり撃退士と言えばスキルですよね。皆さんはお手持ちのスキルの斬新な使い方を思いつきました。それを是非私に見せてください」
「おっ、早い!」
ラファルは速攻で手を上げた。
この手の問題なら、うってつけのスキルがあるのだった。
「俺のオリジナルだぜ。とくと味わいな」
すると、ラファルの顔面がガシャンガシャンと音を立てて変形していく。
「こっ、これは!?」
口元が耳の付け根まで裂けていく。赤く光る目と相まって、非常に怪物じみた形相と化していく。
「俺の名前を言ってみろォ!……もとい!」
どこから取り出したのか、よくある不織布のマスクをその上に被り、
「……あたし、綺麗?」
「ポマード! ポマード! ポマード!」
狙い通り、副部長がゲラゲラ笑っていた。こういう力押しに弱いのだとなんとなく気づいていた。
「いやー、懐かしいネタだねー」
おじさまはしみじみと言う。
「副部長さん、あなたおいくつ?」
「うっせえ!」
「べっこう飴!」
部長の無神経な言葉に、副部長の蹴りが突き刺さった。口裂け女とはまた一昔前の都市伝説である。とはいえ有名なので、ネタとして知っていてもおかしくはない。
しっかし、美人をホント投げ捨てる女性が多いなあと司会はしみじみ思ったのだった。
智美は意を決して手を上げた。
「ここに炎焼があるだろう」
自信は無い。が、せめてもうちょっと答えたいと思ったのだ。
「……火種になる」
…………。
「…………ジョブを問わないから、誰にでもいける」
「ただの実用的提案ですよね!?」
思わず伊都は突っ込んでしまった。なんというか、あまりにシュールな絵面だったのである。
するとそれに副部長が吹き出した。
「あー、だいぶタガが緩くなってきましたねー」
「皆さーん、ボーナスステージですよー! この人こうなるともうゲラですからねえ」
部長と司会が煽ると、副部長はうっせうっせと笑いながら噎せた。
「今のどうします? ツッコミも含めてコンビ芸ってことにしますか?」
「漫才じゃないけど……まあいいか! 面白ければ!」
わー、と拍手が巻き起こる。
「……すまない、助かった。どうも俺はこういうのに向いていないらしい」
智美は残念そうに肩を落とした。すぐに面白いことを思いつくプロというものは凄い技だとしみじみ痛感したのである。
「ま、まあ、結果オーライですからいいんじゃないでしょうか?」
伊都は他の解答を聞きながらフォローする。
それにしても、途中から思っていたが、これは大喜利コンテストというより宴会と言った方が正しい。形式を守らない、なんでもありの一発ギャグ大会である。
ユーラン・アキラ(
jb0955)は机の上に乗り出した。
「あ、机はダメ、怒られるから。せめて椅子でお願いします」
「アッハイ」
大人しく椅子の上に立つ。
正直、笑いすぎて既にお腹いっぱいである。だが、まだ自分は笑いを取っていない。そして取るなら今なのだ!
「アキラ、いっきまーす!」
どこかで聞いたことのある台詞と共に、アキラはヒリュウを呼び出した。
そしてヒリュウはアキラのズボンに噛み付き、体重をぐっとかけ、
ぷりんっ、と雄々しい男のケツが
「いやーん! エッチ!」
「キャー!」
副部長は両手で目をふさいだ。
「しかしこの女子、しっかり指の隙間から覗いております!」
「やかましいわ!」
ケラケラと笑いが起きる。アキラはほっと胸をなで下ろし、ヒリュウと一緒に席に戻った。
「しかしジャッジ、今のは下ネタでは?」
部長のふざけ半分のフリに、司会はノリノリで答える。
「軽度なのでセーフ!」
まあ大喜利っていうより一発ギャグなんだけどねー、とは思いつつも口にしない。それを言ってしまえば、今までの解答にも抵触するものが出てきてしまうからだ。
伊都の考えていた通り、公開大喜利大会はコンテストではない。言うなればエキシビションだ。
そもそも自由極まる久遠ヶ原の生徒を無作為に集めて、正統派な大喜利をやれという方が無茶な話だ。故にこんな奔放な答えも容認される。
つまり、楽しければいいのだ! その理念でこのイベントは開かれている。まじめくさったことは、部内で収めておけばいいのである。
ともあれ。
小田切ルビィ(
ja0841)は満を持して手を上げた。
その手には万年筆が握られている。
「ペンは剣よりも強し。俺達ジャーナリストの武器はコイツだ……!」
ルビィは白紙を数十枚も天井に向かって放り投げる。
「ジャーナリストであると同時に撃退士でもある俺にとって、『神速』とは天が与えたもうた最大の奇跡――」
ざかざかざか、と落ちてくる紙にペンを走らせる。まさに神速の神業であった。
「締切と戦場は同義。そして、対峙する白紙は『最大の敵』と言っても過言ではない! 故に、俺は真実という名の魂の叫びを、神速でもって一筆一筆、紙に叩き付けるのだ!」
Fin.と最後にペンを滑らせ、ルビィは紙の束を一枚も落とすことなく手に取った。
おー、と拍手が巻き起こった。
「わかるわー。ほんと白紙と締切は大敵よね」と副部長。
「わかるわー。ネタ帳に何にも書かれてない状況ほど恐ろしいものはない」と部長。
「わかるなあ。干からびた雑巾をさらに絞るような状況は本当に辛いね」とおじさま。
「わかりますねー。レポートの締切という身近な問題もありますし」と司会。
わかるわ、と天の声。
締切という魔物はどこにでも潜んでいる。納期と言い換えてもいい。
「よし。綺麗にまとまってたし、座布団一枚」
おっしゃ、とルビィはガッツポーズをした。拍手が巻き起こる。そして渡された景品は、フルーツの盛り合わせだった。
宴もたけなわになってきた。
なんとなく今日のMVPを決めようというムードになってきた頃、静寂に不意にネタが降ってきた。
静寂は手を上げ、淡々と始める。
「そろそろハロウィンですから、幽霊の格好をします」
唐突な入りに、審査員は首を傾げた。
「やはりナイトウォーカーですので、サイレントウォーク、ハイドアンドシークを使い、潜行状態を維持します」
静寂は親指と人差し指で輪っかを作り、何かを摘むような動きをした。
「そして闇討ちを使用します。通りすがりの学園性の腹の肉をつまみ、手応えから皮下脂肪の厚みを割り出し、
『あなたはメタボ予備軍ですね〜』『肝硬変が間近ですよ〜』
と囁いて姿を消し、
ばたん、と大きな音が審査員席から鳴った。
副部長が、ものすごい勢いで机に突っ伏した。
「――――――ッ」
ばんばん、と机を叩く副部長。そして掠れるような声で、
「ざ、座布団、一枚……ゲホッ! あとMVP!」
噎せて、潰れた。
「いやー、この歳になるとそういうのは本当勘弁して欲しいなあ……」
おじさまは苦笑しつつ、司会に景品を渡す。
こうして静寂は副部長賞と共に、携帯音楽プレイヤーを手渡されたのである。
「さて、お名残惜しいですがそろそろ締めに入りましょう! 誰かありますか?」
司会のフリに、ミハイルはすっと手を上げた。
「最後は俺が決めるぜ」
「おお、カッコイイ! ではお願いします!」
「想像してみろ。朝の6時から8時……通勤ラッシュだ」
社会人経験はなくとも、電車通学を経験したことがある生徒は容易に想像出来た。
「電車に乗ってると、座席の上の棚に避難したくなるだろ? 荷物乗せるところだ。寝そべりたくなるだろ?――いや、これ思うの絶対に俺だけじゃないって。<自主規制>線とか、<実在するものはダメよ>線とか、<MS東京わかんない>線とか殺人的だぜ? 撃退士の俺だって音を上げるのに、あれに耐えられる日本のサラリーマンは超人だぞ」
うんうん、と同意する声が上がる。
「そこで、瞬間移動をするんだ。実際に脳内シミュレーションを…………」
一拍置くと、ミハイルは大仰に言った。
「狭ッ! 俺、はみ出る!」
「いやー、素晴らしい」
おじさまはぱちぱちと柏手を打った。
ちなみに副部長は完全に潰れている。部長はケラケラと笑っていた。
「語調の作り方などが見事ですな。座布団一枚。あと、第一問と併せて、私からのMVPを差し上げましょう」
「ふっ、ガラにもなく熱くなっちまったぜ」
こうしてミハイルには腕時計が渡され、今回の公開大喜利大会はお開きとなったのである。
●
「お疲れ様でしたー! 今回の映像は編集して、購買に出しますね。NGな方は仰ってください」
日は完全に暮れていた。
会議室の熱気はすっかりと落ち着き、片付けに入っている。どうやら参加者の中に落研のメンバーもいたらしく、片付けに協力したりしている。
ともあれ、残っていては邪魔だろう。宴は終わったのだから、家に帰らなくては。
伊都は会議室の扉を潜る。廊下に出ると、ひんやりとした空気に驚いた。もう完全に秋の夜である。
思い返せば、随分下らない時間の使い方をしたと思う。
こうして冷静になってみると、思い出してもぴくりとも笑えない。勢いで誤魔化しただけの、その場の空気に流されただけの笑いがほとんどだった。
なんて不毛極まりない。
けれども、楽しかったのだ。
――一問くらいは答えても良かったかなあ。
今晩くらいは、気を緩めたままでいようかしら。
そんなことを思いつつ、伊都は冷たい廊下を帰路に就く。