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マスター:守崎 志野
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/24


みんなの思い出



オープニング


 家々の窓に明かりが灯っていく。それが暖かく見えるのは、一日の様々な想いが集まって灯るからだという。
 私にそんな窓はない。私にとって想いが集まる家などなかったから。
 人から見れば裕福な部類に入るだろう家。家事も育児も完璧にこなし、周りから素敵な奥さん、いい母親と言われていた母。やり手で沢山の人から尊敬されている父。そんな両親に相応しく成績も運動もお稽古事も、人付き合いも周りから褒められる子供、それが私。
『本当に羨ましいです、出来のいいお子さんで』『これもご両親がご立派だからでしょうね』
『いいえ、そんな。一人っ子でつい甘やかしてしまいまして』
 周りの賛辞に謙遜しながら、母は誇らしげに笑っていた。
 ……だから。
『どうして出来ないの!』『もっと出来る筈でしょう?!何を怠けてるの!』
 次から次へと言われても、当然と思って頑張った。母の望む私になれば、あの笑顔は私に向けられると思ったから。
 だけど。
 そんな日は来なかった。母は次から次へと私に要求し、父は私に母に従う事だけを求めた。
 そうしてあの日。同級生がなくした財布を探すのを手伝ってお稽古事に遅れた私に、母は言った。
『どうしてそんなにだらしがないの?!あなたはいつもそうね。自分の事も満足に出来ないんだから』
 その言葉は、母や他の人にしてみればいつもの事、どうと言う事無いものだったのかもしれない。でも、私にとっては。
 いつもそう?自分の事も満足に出来ない?それなら、私が今までやってきた事は、何?
 家を出て歩いた先で私は出会った。『お父さん』と『お母さん』に。二人は笑顔で頑張った私を褒めてくれた。よく頑張ったね、おめでとう、嬉しいよ。
 そこに母という名の女がやってきた。私を見ると、顔を歪めて何か喚く。私は初めて恐いと思って『お父さん』、『お母さん』にしがみついた。
 助けて、と。


「坂本さん」
「はい、何でしょうか?」
 担任の女性教師の声に、杏里は小学六年生にしては大人びた様子で向き直った。
「少しは慣れた?」
「はい、お陰様で」
 そつのない応え。まだ新しい初等部の制服も馴染んだ感じに見える。真面目で落ち着いた優等生。殆どの人が坂本杏里というこの少女をそう感じるだろう。聞かなければ、彼女が自分の親を始めとする町の人を何人も天魔の元に誘き寄せて喰わせたとは思えない。
「何か、要る物はある?誰かに虐められたりしてない?」
「いいえ、ご心配なく。ありがとうございます」
 型通りの、しかし、どこか軽くいなすような杏里の態度に女性教師は少し苛立った。
 この表情と言葉の下で、この子は何を考えているのだろう?


 母という名の女はそれっきりいなくなった。最初は誰かに何か言われるんじゃないかとビクビクしたけど、そんな事は無く。私は父と言う名の男も含めて何人かの人を『お父さん』と『お母さん』のところに連れて行った。
 いつしか同じような子供も周りに増えて、楽しかった。『二人』が天魔だろうと言う事も、誘き寄せた人がどうなるかも察していても、こんな事がいつまでも続く筈がないと言う事がわかっていても、一秒でも長くそこにいたかった。だから、『お父さん』『お母さん』が喜ぶように人をそこに呼び続け、そして。
 その時はやってきた。
『お父さん』と『お母さん』を作り出した天魔は撃退士に倒され、夢は終わったのだ。町の人達は幻惑から覚めて事実を知り、私達は保護された。引き取る身内などいなかったし、そのまま放置すれば何が起こるかわからなかったから。天魔に与した恐ろしい子供。親に追い詰められた哀れな子供。それらが私達に与えられた新しい名前だった。
 きっと私は酷い人間なのだろう。自分のした事がわかっているのに心が痛まない。町の人から憎しみや蔑みの目を向けられ、罵られた時も私の気持ちが動く事はなかった。彼らの言うように、きっと私はディアボロとかサーバントとかいう存在に近いのだろう。
 それならそれでいい。無理に人間である必要などない。どのみち、私という人間などどこにもいなかったのだ。『お父さん』と『お母さん』はもういない。他の子供達は保護してくれた係員に懐いて私とは遠い存在になった。
 いっそ、『お父さん』『お母さん』と同じ天魔として消されるならそれがいい。人間にとって私が何の価値も無かったように、私にとって人間は何の価値も無いのだから。
 けれど。
 私の両手が暗い金色の光に包まれたのが事で、私の行く先は変わった。
 久遠ヶ原学園。天魔と戦う撃退士達の学校。それが人でなし、天魔の手先と言われた私の行き先だった。


「相談したいのは、初等部に編入した女子児童の事なんです」
 その女性教師は丁寧に頭を下げてからそう切り出した。
「名前は坂本杏里。彼女は、その、周囲の人をサーバントの元に誘い込んでいたという経緯があって……」
 そのサーバントが退治された後に覚醒した杏里は、監視と矯正も兼ねて学園に編入してきた。
「特に問題も起こさず、尖ったところもない。ただ、何事にも関心がなくて決まり切った流れに乗っている、そんな感じの子でした」
 それでも授業や訓練には真面目に出席し、飲み込みも早い。周囲の人間とも摩擦を起こす事なく、上手くやっているように見える。
「ですが、親しい友達も出来ず……むしろ親しくなりそうになると上手く躱してそれ以上深入りしない、そんなところがありました」
 杏里がここに来た経緯を考えれば無理もないと、とりあえず見守っていたのだが。
「どうやら最近、廃墟に足を向けているらしいんです」
 久遠ヶ原には、かつて学園内にゲートが開いた際に破壊され、廃墟となったままになっている場所が幾つもある。力に溺れた学園生や犯罪者の温床になりやすく、希にであるが下級天魔が出現する事もある危険な場所だ。実戦経験もない初等部の子が一人で行くような場所ではない。
 杏里本人に問いただしても平然として知らないという。
「ですが、このまま放っておけば事故や犯罪に巻き込まれる危険があります。彼女の場合、そうなったら厳しい処分が下る事になるかもしれません」
 そうなる前に、杏里から廃墟にいく理由や目的を聞き出し、出来れば止めるように説得して欲しい。それが依頼の内容だった。
「教師には話せなくても学生の皆さんになら、あるいは話してくれるかもしれません」
 よろしくお願いしますと、教師は改めて頭を下げた。


リプレイ本文


 合同訓練なのか、参加している生徒の数は多い。見慣れない顔の一人や二人いたところで誰も気にしないだろう。それでなくても小柄な神雷(jb6374)の姿は小学生に混じっても違和感が無い。正直、無理があるだろうと思った初等部の制服がサイズぴったりなのは少しショックだったが、この際そんな事は言っていられない。今は休憩時間、話しかけるには良いタイミングだ。神雷と、少し離れて窺っていた稲葉 奈津(jb5860)は視線を交わし合って杏里を探した。
「居ました」
 見れば、杏里は同級生に混じって他愛ない雑談に興じているように見える。聞いていたイメージと少し違うような感じを受けながら、神雷はいつもよりくだけた口調を作って話しかけてみた。
「坂本さん、です……だよね?」
「そうだけど」
 杏里が穏やかに、少し首をかしげて神雷を見る。その様子は全く普通の少女のようで、これから自分のやろうとしていることに少し心が痛む。
 それでも、やらない訳にはいかない。
「私、アカレコ専攻なんだけど、坂本さんもそうでしょ」
 あぁそうかといった表情が神雷に向けられる。ここぞとばかりに神雷は言葉を継いだ。
「坂本さんって成績いいよね。ちょっとわからないところがあって、教えて欲しいん……だ。いいかな?」
 作った口調は少しぎごちなく、不信を招かないかと心配になるが、それが初対面の優等生に話しかける緊張の為だと言えばそれらしく見える。
「私でわかる事ならいいよ」
 杏里は特に訝しむ様子も無く、さらりと応じた。じゃあね、と、それまで話をしていた生徒達に声を掛けて神雷に向き直る。
「わからないって、どれ?」
「うん、ちょっとこっちに来て」
 怪しむ様子も無く、杏里は神雷についてくる。訓練場から少し離れた校舎裏に座り、スキルや魔具の使い方などそれらしい話をした後、思いつきを装って聞いてみる。
「杏里ちゃんよく知ってるね。やっぱり放課後とか勉強してるの?」
 少し慣れてきた口調が『話している内に親しみを感じてきた』という雰囲気を醸し出す。これは結構上手くいくかと思ったが、しかし。
「普通にはしてるよ。だって、落ちこぼれるのって嫌じゃない」
 さらりとかわされる。もう少し突っ込んでみた方がいいだろうか。
「私は駄目。勉強しなくちゃってわかってるけど、ついあっちこっち行ってみたくなって。杏里ちゃんはそんな事ないの?」
「あるよ。でも、勉強の邪魔にならない程度にしてる」
 再びはぐらかされる。その二人の前に、奈津が立った。
「ちょっといい?坂本杏里ってあんた?」
 殊更見下ろすようにして声を掛ける。濃いめの美貌とモデル体型、小悪魔的な服装と相まって、そんな態度が妙に堂に入った感じだ。
「そうですけど」
 淡々と答えながら杏里が立ち上がったので、神雷も慌てた風を装って立ち上がる。
「ねぇあなたどういうつもり?また何か企んでいるの?」
「何の事ですか?」
 動じる様子も無く、型通りの受け答えをする杏里。これはなかなか手強いかも知れないと、奈津は威嚇するように睨んだ。
「とぼけても無駄よ?監視されてないわけ…ないでしょ?」
「監視は知ってますけど、それが何か?」
「監視って、何の事?杏里ちゃん?!」
 いかにも驚いたという態で神雷が杏里の腕を取る。
「この杏里って子はね……」
 杏里がかつて、サーバントの元に両親や近隣の人を引き込み、喰わせていたと語る。勿論、神雷もそのことは予め知っているが。
「杏里ちゃんが、そんな事するはずない!そうだよね?」
 初めて聞いたように装い、杏里の腕を掴む手に力を込める。

心が冷めて、何もかもがどうでも良くなる気持ち。その部分に関しては、奈津にはわかるような気がした。
(でも、それは抑えてるだけ…諦めてしまってるだけ…私と同じようなら、気づいて欲しいな)
 だが、それをそのまま言っても杏里に届くとは思えない。自分達は杏里にとって赤の他人だ。言い方は悪いが、何とか彼女を揺さぶって付け入る隙を作るしか無い。神雷もショック療法になるならと、杏里の過去を知って動揺する同級生の役を買って出たのだ。
 いかにも勝ち誇った態度を作る奈津とショックを受けた様子を表現する神雷。そして、ちょっと首を傾げて二人をみる杏里。
「吐かないようなら…あなたのしてきた事を同級生に……」
「どうぞ」
「え……?」
 余りにあっさりした杏里の声に、奈津は次に言う筈だった言葉を呑み込み、神雷は杏里から手を離してしまう。
「構いませんよ、事実ですし。言いたければどうぞ」
 虚勢を張っている感じでも無い。本当にどうでもいいといった感じだ。
「あんたねぇ……」
 言うわけないっしょ!という言葉を奈津が発するより早く、休憩の終了と集合を告げる声がした。


 骨組みだけ、あるいは残骸のみを晒したかつての建物の間を笛のような音を鳴らして風が抜けていく。杏里が行っているとすれば距離からしてここだろうと教えられた廃墟はそんなところだった。
 アウル覚醒者とは言え、小学生が放課後から寮の門限までに行って帰れるだけにさほど遠い場所では無い。
(それなのに、全然違うんだね)
 翼を広げて廃墟を見下ろしながら、九 みつか(jb6080)は哀しい気持ちになった。
 自由を旨とするだけに雑然としているが、活気に満ちた現在の学園とは違う。死の気配すらも遠ざかった空っぽの場所。ここにもかつてはいろんな人がいて、いろんな思いがあったのだろう。
 でも、今は残骸だけが取り残され、朽ちていくのを待つだけだ。
(今の彼女の気持ちも、こんな感じなのかな)
 その杏里の姿は、まだ見えない。

「特に何も無いですね」
 崩れかけた建物など、何かありそうな場所を一通り調べた桜木 真里(ja5827)は合流した坂本 桂馬(jb6907)に声を掛けた。天魔が出没する気配も無く、何かの犯罪が行われた形跡も無い。
「あの教師、ガセ情報を掴ませやがったんじゃないだろうな」
 杏里の行動が廃墟で天魔と接触するためだと踏んでいた桂馬からすれば、当て外れもいいところだ。
 しかし、状況からして杏里が足を運ぶとしたらここしか無い。
(彼女が何を感じて何を思ってここに来ているのか、俺には想像することしか出来ないけど)
 朽ちかけた建物を見ながら真里は思う。
 もしかしたら、天魔絡みとは違う理由なのかもしれない。
 一人になりたかったのかもしれないし、あるいは自分を認めてくれる誰かを待ってるのかもしれない 。
「待ってるといっても、こんなところで何を待つってんだ?それこそ天魔か犯罪者くらいしか……ん?」
 言いかけた桂馬が黙り込む。
 風の音に混じって人の声がする。それも、数人の子供の声だ。

「こら!何をしているんですか!」
 訓練後に生徒達に紛れて出かける杏里を尾行したものの、この廃墟近くで見失った満月 美華(jb6831)だったが、代わりに二、三人の小学生を見つけてしまった。
 美華の声を聞いた小学生達は奇声を上げて一目散に逃げ出す。後を追ったが、見通しが悪いのと障害物が多いのとで見失ってしまった。
「ふぅ……見つかったのに懲りて、ちゃんと帰っていれば良いのですが」
 気にはなるが、天魔や犯罪に関わっているようには見えなかった。おそらく面白半分に入り込んだのだろう。
 それはそれで問題だが、今は杏里を見つける方が先決だ。


 連絡を取りながら杏里を探したものの、なかなか見つからなかった為に六人は一旦集まった。
「もしかしたら、逆効果だったんでしょうか?」
 皆が集まると、神雷がぽつりと漏らした。良かれと思ってしたことが、ただ彼女を一層頑なにしてしまったのかもしれない。
「そんなこと、ないよ」
 みつかが慰めるように言う。
「大体、色々と話が違うだろうが」
 桂馬が咥え煙草の端を軽く噛みながらぼやいた。この廃墟に他の子が出入りしてるなど聞いてないぞと。
「もしかしたら、俺たちは大きな見落としをしているのかもしれないね」
 知らず知らずのうちに杏里の過去にばかり囚われ、現在に対する視野を狭めていたかも知れない。教師に聞いた情報だけに頼り、同じ見方しか出来なくなっていたのだろうか。
 真里がそう言おうとした時、誰かが立ち止まる乾いた音がした。
「何やってるんですか?」
 そう言ったのは、当の杏里だった。
「それはこっちの台詞だ」
「良かった、無事だったんですね!」
 状況に呆れ気味な桂馬の声に、ほっとしたような美華の声が重なる。
「何やってるじゃないわよ!今度こそ……」
 言いかけて奈津は首を振って笑みを浮かべた。これ以上誤魔化しても仕方が無いと。
「本当は、先生から依頼されたの」
「良かったらここに来てる理由を聞いていいかな」
 真里の問いに、杏里はあっさりと答えた。
「クラスでやる肝試しの下見です」
「はぁ?」
 意外な、それでいてこの時期なら充分あり得そうな答えに思わず力が抜ける。
「どうせなら久遠ヶ原らしい肝試しをやろうって事になって、場所をここに決めたんです。先生には内緒っていうのも肝試しの一部なんです」
 いかにも子供らしい理由。けれど、杏里の目は裏腹に冷たい。
 嘘、という言葉を皆が呑み込んだ。
 彼女の言うことは事実かも知れない。けれど、真実とも思えない。とはいえ、杏里の言うことを嘘だと断じる事実も情報も手にしていない今、おそらくそれを言っても何も変わらない。
「ちょっといいかな」
 それでもと、真里が口を開く。
「君はすごくたくさんのことを頑張れるんだね」
 その努力は尊い。いつか一緒に頑張る仲間が出来て、たくさんの人の力になれる時が来るだろう。そうしたらきっとその人達は笑顔と言葉をくれるから。
 でも、今は言えない。ただ、
「きっと強くなれるよ」
 今は、それだけ。届かないところへ、声にならない言葉。
「ありがとうございます。でも、こんなに騒がれているなら止めた方がいいですね。監視対象の所為で迷惑を掛けるのも嫌だし。クラスの皆には肝試しの場所を変えるように言ってみます」
「監視対象って……君は、君だよ」
 みつかの言葉は杏里に届いたのか。
 杏里自身はどうするのかを巧みに避けた言い方で事態に幕が引かれていく。
 彼女の言葉を報告すれば、それでこの依頼は終わるだろう。告げる筈だった言葉と告げたかった言葉が、廃墟の風に消えて、それぞれが各々の場所に帰っていく。
「それじゃ、私はもう行きます」
 踵を返した杏里の背に掛けられた言葉。
「一緒に帰ろうか」
「どうせ方向は同じなんでしょ?」
 あの窓に、まだ灯りは灯らない。
 それでも帰る道だけは、まだ閉ざされていないのだと確かめるように。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
撃退士・
九 みつか(jb6080)

大学部2年46組 男 アカシックレコーダー:タイプB
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
チチデカスクジラ・
満月 美華(jb6831)

卒業 女 ルインズブレイド
げきたいし・
坂本 桂馬(jb6907)

大学部7年172組 男 鬼道忍軍