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彼女を探し出して偽依頼のことを告げ、爆弾を回収する。定石通りに考えればこの件はそれだけの依頼だろう。
しかし。
病院に先回りし、入り口付近で彼女を待ち受ける雀原 麦子(
ja1553)はわざわざ眼鏡と白衣で医師に変装していた。
騙されたという事実を彼女に突きつければ依頼は達成できるだろう。信用しなければ斡旋所なり警察なりに証明して貰い、彼女自身の目と耳で事実を確かめさせればいい。
だが、それではただでさえ自信を失い孤立した気持ちに囚われているらしい彼女は、この先どうなるのか?
その為、依頼を受けた撃退士たちは嫌がらせや爆弾のことはひた隠しにして『娘は転院してしまったが、個人情報保護の点から転院先を教えて貰えない。幸い元担当医と話がついて娘にオルゴールを届けてくれることになったので渡して欲しい』という設定で一芝居打ち、彼女に依頼を達成したと思って貰おう
と目論んだのだ。
「この偽依頼を達成させたと思わせることで『彼女』の自信になればいいと思うのよね」
そう言う麦子の隣でナース服を着用して看護師を装う天道 晶(
jb4606)も力強く頷く。
「やっぱりさ、無理矢理オルゴール取ったり、ホントの事教えちゃうと後味悪そうですよね? ここはちょっとの嘘で丸く収める感じで 」
嘘のまま終わらせるのも釈然としないが、それでも彼女のような子はほっとけない。そんな気持ちから晶はこの芝居に積極的に同意していた。
「新入生の面倒見るのも先輩の役目でしょ♪」
景気づけにビールを開けたい麦子だったが、ここは我慢である。
「病院の方には話をしておきました。爆弾の事は伏せてですが。中に入ったり騒ぎを起こしたりしない限り黙っていてくれるそうです」
正面出入り口から出てきた久遠 冴弥(
jb0754)が二人に報告した。
「ただ、斡旋所に偽の依頼書を作って貰うことは出来ませんでしたから、彼女への嘘を補強するのが難しくなるかもしれません」
「でも、今更やめるわけにはいかないわよね。理由が理由だし」
麦子の言葉に、そうですねと冴弥は応えた。
「別に褒められたくて撃退士をやっている訳でもありませんが、謂れなき悪意を向けられるのは良い気分ではありません」
たとえば天魔によってサーバントやディアボロに変えられた人が、やり場のない悔しさや悲しさを比較的身近にいる撃退士に向けるとかいう事ならばまだ、是非はともかくわかる部分はある。
しかし、この場合は勝手な思い込みでの嫌がらせだ。理解できないというより理解したくない気がする。
「考えを変えてほしいとは言いませんが、気に入らないならば触れなければいいだけだと思うのですけど。それでは済まない、のでしょうか」
わかっている。済まないからこそこの現実だ。同様の悪意はいくらでも湧いてくる。むしろ、今回の事など小さな事だと言えるだろう。
だからといって、見過ごしても構わないと考えるならここにはいない。
一方、学園で彼女についての情報を聞き込んでいたのは雪風 時雨(
jb1445)。
「ほう…今回の依頼は彼女にとって最初の人助け、であるかー」
焦りや孤独感に駆られている中でも人の助けになりたいという、彼女の健気な気持ちは庇ってやりたいものだ。
それだけに呆れるのは、こんな嫌がらせを仕組んだ輩だ。
「はあ、誰も好きで未成年なのに戦場に立ったりしとらんわ」
(特権を貪るどころか、 教員方も含めて我が実家にいた頃よりも、あんなに日々慎ましく暮らしておるというのに…!)
「うむ、やはり何も知らせずに良い想い出にしてしまおう」
「……あぁあの……本当に大丈夫、なのかな……」
これまでにわかったことを仲間に携帯で知らせる時雨の後ろでは、無明 陽乃璃(
jb1773)がオロオロしている。
二人の役割は『状況が変わった為に彼女から医師へ無事にオルゴールを渡す依頼を受けた撃退士』として彼女に接触し、脇を固める事だ。陽乃璃はその為に書類を偽造して貰うことを考えたのだが、それは到底間に合わないと知らされてややパニック気味になっていた。
書類が作れない以上は自分達の言動で信用して貰わなければならないが、元々小心の上に経験が少ないことに引け目がある陽乃璃は全く自信がない。
「疑り深くって証拠見せなさいとかあーだとか……」
その様子が彼女とどこか似ていた事を、陽乃璃は知る由もない。
「嫌がらせに、まさか爆弾を運ばせるとはな。厄介な事を……」
病院へ向かう彼女を尾行しながら、神凪宗(
ja0435)は呟いた。もちろん気付かれるようなヘマはしない。
彼女は制服にデイパックを背負った姿で、学園から病院に向かうもっとも一般的な道を通っている。なかなか賢明な選択だ。仮に本当に妨害者がいたとしても行き交う生徒達に紛れて彼女を特定するのは難しいだろう。
これは陽乃璃の心配を笑えないなと気を引き締めて、尾行を続ける。
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「い、居ましたぁ〜」
学園と病院との中程で時雨と陽乃璃は彼女に追いつくことが出来た。ほっとしたのかテンパっているのかわからない声が聞こえたのか、彼女が振り向く。
ここぞとばかりに二人は彼女に近づいた。
「……あ、あの……この方の依頼を受けた方……ですよね?」
斡旋所から借りてきた、依頼人の写真を示す陽乃璃の声は傍からもわかる程上擦っている。
「うむ、実は少しばかり子細があってな」
と、陽乃璃の話を時雨が引き継ぎ、示し合わせた通りに『女性の娘が急に転院した為、転院先を調べてオルゴールを届ける依頼が改めて出され、自分達がそれを受けた』と説明する。
「幸い、先に病院に行った仲間が元担当医の説得に成功したと連絡があったのだ。まずは、その元担当医と話をしては貰えまいか」
彼女は黙ったまま写真と陽乃璃と時雨を見比べていたが、それでも病院に同行して確かめて欲しいと申し出ると、オルゴールと覚しき包みをしっかり胸に抱えて頷いた。
正念場はこれからだ。
二人とも悪い人には見えないけど。
一緒に病院へ向かうことになった二人をそっと見ながら、彼女は思う。
手際が良すぎる。元々の依頼さえ一週間も引き受ける者がいなかったのに、転院がわかってすぐに手筈が整うだろうか?
誰かを妨害に差し向けるとしたら、当然撃退士に依頼を出すだろうし、その依頼は女性の方が悪いとしか思えない内容になっていても不思議はない。むしろ、二人はいい人だからこそその依頼を引き受け、人を傷つけない形で依頼を達成しようとしているのかもしれない。
だけど。
二人には悪いけれど、これは自分が受けて、やり遂げると約束した依頼だから。
包みを持つ手に力を込める。
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病院に着くと、打ち合わせ通りに『元担当医を説得していた仲間』役の冴弥が、内密を要する話になるからと裏手に案内すると、彼女は素直に従った。
「あの子にオルゴールを持ってきてくれたというのは、あなたかしら?」
元担当医役の麦子が声を掛けると、彼女は無言で頷いた。その手には、ベルベット生地の包みがしっかりと抱えられている。
「残念だけど、その子は今朝になって急に転院したの。それで……ごめんなさい。転院の理由や転院先は個人情報だから教えられないの」
麦子の演技はなかなか堂に入っている。
「でも、渡したい物があるなら届けられるし、預かるよ?」
「本当はいけないんだけど……事情が事情だし、ね」
看護師役の晶との会話もなかなか息が合っている。
冴弥と時雨、陽乃璃がそれぞれ見守る中で、彼女は俯いたまま、手にした包みを麦子に差し出すかに見えたが。
「ごめんなさい!やっぱり駄目です!」
包みを胸に抱きしめて後ずさる。
「一曲だけ!一曲だけでもいいんです!このままこのオルゴールまでなくしたら、あの人が可哀想すぎる!」
そのまま踵を返して彼女が駆け出そうとした瞬間。
「爆弾だ!その女……」
物陰から見知らぬ男が飛び出し、彼女を指さそうとするが。
「黙れ」
現れた宗に取り押さえられる。
「何事ですかぁー」
病院の中から事務職員らしい人間が駆け寄ってくる。
「爆弾とか聞こえましたけど」
「自分は久遠ヶ原学園の撃退士だ。爆弾魔はこちらで取り押さえた。安心して仕事に戻って貰いたい」
とりあえず男には爆弾魔になって貰ったが、当たらずといえども遠からずと言ったところだろう。
「どうやら、偽依頼人には共犯者がいたようだな」
何らかの理由で彼女がオルゴールを開かなかったとしても、人中で爆弾を持っていると指摘する事で事件にしようとしたのか。
「あの、どういうことなんですか?」
さすがに彼女も、何かがおかしいと思い始めてしまったようだ。
「その人、私を見て爆弾とか言ってましたよね」
その場に、しばし気まずい沈黙が流れる。
「ごめん!」
晶の声が沈黙を破った。これ以上誤魔化そうとするのは、逆に彼女を傷つけることになる。
「これを見てください」
冴弥が斡旋所から預かった書類を見せる。偽依頼と冴弥達が受けた依頼に関するものだ。それを読んでいく内に彼女の表情は強張っていったが、やがて自嘲にも似た笑みが浮かぶ。
「そうだったんですか……そうですよね。考えたら出来すぎた話だったんですよね」
「そのオルゴール、渡してくれる?」
「はい」
麦子に包みを渡すその手が、少し震えていたのは物が爆弾だったからではないだろう。
「あ、あのさ!」
晶が声を上げる。
「今度の事は残念だったけど、これで撃退士をやめようなんて思わないで欲しいんだよね!いつか一緒に依頼を受けられたらいいなって、あたし思うんだよね!」
「そ……そうですよ……み、皆……私だって、そう思って……」
陽乃璃も続けるのを、耳障りな声が遮った。
「けっ、撃退士なんて気取ったところで、安っぽいお涙頂戴に騙されるガキ共が。こっちはなぁ、思い上がったガキを教育してやってんだ……ギャッ」
男の罵声は宗に軽く捻られて強制終了となった。
「焦らなくても、警察でいくらでも喋れるだろう。言いたくない事までな」
「どんな言葉で正当化しようとも、あなた方のしたことは卑劣な犯罪です」
宗と冴弥の声が男に刺さる。
そんな中、俯く彼女の方に手を置いて、麦子が言った。
「ごめんなさいね。それと、ありがとう」
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「私、警察で証言します、今度の事」
件の斡旋所で彼女は皆に告げた。
「いいの?それって任意だから、断ってもいい筈よね」
麦子が心配そうに言う。今度の事は、結局彼女にとっては辛い思い出になってしまった筈だ。警察で証言するのは、その辛さを蒸し返す事になるのではないか。
「そうですね。でも、偽物でも私が受けた依頼だから、最後まできちんとしたいんです。それに……」
大切な思い出は、甘い思い出だけではないと知ったから。
そんな彼女に何を思ったのか、
「 そなたが助けが欲しい時、ボランティアでも戦地でも愛馬と共に駆けつける。いつでも我を呼ぶが良いぞ! 」
大仰な言い方だが、時雨本人は大真面目らしい。
「ありがとうございます」
彼女は少しだけ笑う。その笑顔は、まだぎごちないけれど。
今度の事を、彼女はきっと何度も苦く思い出す。その苦さと共に、彼女を傷つけまいとする為に動いた人がいたということも、きっと。
「つまり、それで初依頼完遂ということか。戻ったら、皆で祝うか?」
宗が言うのに、それいいわねと麦子がどこからともなく出したビールを開ける。
「そういえば共に依頼をこなしたようなものというのに名前を聞いてなかっ
た。 我は雪風時雨、高等部1年バハムートテイマー」
書類で知っているのと名乗って知っているのとでは意味が違う。
時雨を皮切りに、次々と名乗っていき、彼女の番になった。
「私の名前は」
風が、新しい季節の匂いを運んで通り過ぎていく。