.


マスター:守崎 志野
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/30


みんなの思い出



オープニング


「またか……」
 現場検証の刑事は頭を抱えた。数日間姿を見せなくなったと思ったら衰弱死した状態で発見されるのは、これで五人目だった。
「天魔の仕業ですかねぇ?」
「しかし、この辺にゲートがある訳でも無いし、死体をそのままにしておくなんて天魔がやるか?」
 刑事が視線を向けた方向から、復興の槌音が響いていた。


 跡形もなくなった町に我が家……かつての我が家がぽつんと残っている。壊された戸や窓からはまたゴミが投げ込まれ、傷や焼け焦げが増えていた。雅美は十才かそこらの子供とは思えない冷ややかな目でそれらを確かめていく。
 と、鈍い音がして雅美の視界に星が散った。足下に石が落ち、こめかみの辺りから血が流れだす。
「悪魔の手下!」
「死ねー!」
 雅美と同じ年頃の子供達が雅美を取り囲むと、髪を掴んで引っ張り、殴る蹴るの暴力を加える。雅美は反撃することも泣くこともせず、無表情で無言のなままだ。それをいいことに、子供達は雅美を引きずり倒して地面に擦り付けた。
「ほら、土下座して謝れ」
「何とか言えよー」
 口々にいいながら更に雅美を蹴り、踏みつける子供達。
「何やってるの!やめなさい!」
 鋭い声と共に茶色の髪をショートカットにしたブレザー姿の少女が子供達と雅美の間に割り込んだ。その厳しい表情に一瞬怯んだ子供達の間からやべー、と声が上がり蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「雅美ちゃん、血が出てる……」
 少女は雅美に手を貸して座らせると、ペットボトルの水でタオルを濡らして傷口を優しく拭った。
「立てる?帰ってちゃんと手当てしよう?」
 雅美は一つ頷くと少女に手を取られて立ち上がり、家を振り向く。かつて、この家には区画整理反対運動とかいって人が集まっていた。利権の為に古き良き風情や人情が無くなるのは悲しいですね。父がそんな言葉を口にしたことで反対運動が起こり、区画整理の計画は足踏みした。
 けれど、今その町は跡形も無い。半年前、ゾンビのようなディアボロと化した父が壊していった。最初は父だなんてわからなかった。だけどディアボロを退治した撃退士達が父だと証明した。
 お気の毒に。あなた方も被害者だ。
 そんな言葉を残し、奇跡的に無事だった家に父だったものを運び込むと撃退士達は引き上げていき、次には生き残った人々が集まってきた。
 母と雅美を罵る為に。
 父がディアボロ化しただけならここまで酷くは無かっただろう。区画整理が遅れた所為で被害が増えた事実が、人々の憎悪に拍車を掛けた。
 父の余計な一言さえ無ければ。
 何か言えば数倍罵られる。ひたすら頭を下げていた母も、いつの間にか雅美を残して逃げた。一人になった雅美を引き取り面倒を見てくれたのは、かつて父が噛みついていた区画整理を推進する男だった。
 ……もう、自分は話さない。父の二の舞は御免だ。
 言葉など、災いしか呼ばないのだから。


 かつては古い家並みが続き、小さいながらも歴史と風情があった町はディアボロによって殆ど焼け野原同然になった。
 だが、その悲劇も過去のものになろうとしている。最新の町作り計画によってここは生まれ変わるのだ。
「全く天魔様々だな」
 黒塗りの車の中から、この町の復興を手掛ける建設会社社長・泉堂義高は呟いた。かねてから彼は地方議員と結びつき、この町の区画整理を推進する立場だった。
 風情と言えば聞こえはいいが、複雑に入り組んだ細い道や密集した家屋の為に古びた建物の改修もままならない。これでは何かあった時に被害が広がるだけではないか。
 それなのに、町の奴らは反対した。先祖が残した家にしがみつく者、近所づきあいや人情が廃れると言う者。義高を町を食い潰す欲の亡者と罵り、議員との癒着を指摘する者。
 だが。
「結局、私の言う通りだった」
 ディアボロが現れた時、狼狽えた人々は多くが袋小路に追い込まれ、崩れた家の下敷きになりディアボロの餌食となった。更にそんな建物の一つから出火し人々は火に巻かれていった。
 それだけではない。駆けつけた撃退士達も救助対象者とディアボロの位置特定や移動に手間取り、ディアボロは討たれたが住民と撃退士の被害も小さくなかった。
 早く町の区画整理を行い、耐火建築を増やしておけばここまで被害が大きくなることはなかったのだ。それを思えば、あの男がディアボロ化したのは愚かしさへの天罰と言っていい。
 結果的に一帯の土地は予定していたよりもずっと安価で手に入った。そのことに不服を唱える元住民もいたが、奴らは自分が手を下すまでもなく消えて行った。
「しかし、そろそろ潮時だな」
 片付けを済まさなければ禍根になる。義高は、同乗していた秘書に命じた。


 それから間もなく、斡旋所に一件の依頼が貼り出された。
 内容は父を失い、母に捨てられて声を発しなくなった女子小学生の相手。
 水野雅美というその小学生は父親がディアボロ化して町を破壊し、母が蒸発してから地元の建設会社社長・泉堂義高に引き取られたが、全く口を利かなくなってしまったという。
 専門の医師に診せることも考えたが、雅美は全くの自閉状態という訳ではない。何くれとなく世話を焼く義高の娘・詩歌には頷いたり身振りで示したりと反応を見せているという。それを考えると、医師よりもむしろ、年が近く天魔のことを知っている学園生の方が雅美も心を開くかもしれない。
 彼女の心を少しでも外向きにし、出来れば言葉が出てくるようにしてほしい。
 一見さほど困難でもなさそうで、その割に報酬は悪くない。
 だが、詳しい説明を求められた斡旋所の担当者はいささか複雑な表情で付け加えた。
「実は、周辺事情がちょっと複雑で」
 破壊された町では元々区画整理を巡るいざこざがあり、反対派の旗印だった雅美の父がディアボロ化したことで推進派が利益を得たこと。
 その後土地買収を拒んだ者が相次いで不審死を遂げており、警察では犯罪か天魔事件か判断しかねていること。
「泉堂社長が仕組んだと言う者もいれば、社長に対する逆恨みとか、天魔と手を組んでいるとか、とにかくいろんな噂や憶測が飛び交ってて」
 何か知っている者があるとすれば雅美だろうと、彼女は様々な思惑に晒されているらしい。
「依頼の趣旨はあくまでも女の子の精神的ケアですが、場合によっては面倒な事になるかもしれません」
 或いは、雅美はそれを知っていて口を開かないのかもしれない。


「高貴な方々は撃退士とかいう輩と遊んでいればよろしいのですよ」
 その間に下賤な自分は精々私腹を肥やすことに励ませて頂きましょう。
 密やかに、笑う声を聞く者はいない。
 
 入り組んだ心と事象を外へと導く糸はあるのか。
 今は、誰にもわからない。


リプレイ本文


「雅美ちゃん」
 詩歌が声を掛けると、窓の外を向いていた雅美がゆっくりと振り向く。詩歌と一緒に部屋に入ってきたのは風羽 千尋(ja8222)だった。取りようによっては不躾な視線で雅美を見下ろす。
「雅美ちゃん、こちらは撃退士の方なの。雅美ちゃんと話したいことがあるんだって」
 千尋は自己紹介することなく雅美の前でしゃがむと視線を合わせた。雅美の目は表情を無くし、まるで見えない膜が掛かっているように思える。
(気に入らねぇな)
 千尋は声に出さずに呟いた。雅美の態度がではなく、こうなるまで何もしなかった周囲の大人達にだ。
 大凡の事は依頼を受けた時に聞いた。雅美に責任などない事は誰でもが認めるだろう。だが、何時でも立場や力の弱い子供にしわ寄せが行くのが現実なのだ。
「……頑張ってんな」
 その想いを伝えたくて髪を撫でようとした手は、しかし身を竦めた雅美に拒まれる。
「ごめんなさい……」
 済まなそうに詩歌が雅美の髪をかき上げて見せる。
 そこにあったのはまだ治りきっていない、引き攣れた傷だった。


「雅美ちゃんの事を聞かせて欲しいの」
 どこから見ても女性としか思えないアルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)の言葉に詩歌はちょっと考えてから肯いた。
 普段の生活はどうなのか、何に反応を示すのか、詩歌から見てどういう子なのか。雅美自身が話さない以上、幾らか懐いている詩歌に尋ねるのは当然の事だ。だが、本音は幾らか別のところにある。
「でも、雅美ちゃんのお世話して勉強もするのは大変でしょう?」
 気さくな調子でさらりと話の流れを変える。返ってきたのもさらりとした答えだった。
「大丈夫ですよ。私、これでも優秀なんです。でなければ幾ら母が命の恩人だったからって泉堂の父が施設の子を養子にする筈ないでしょう?」
「え?どういうこと?」
 正直、アルベルトが聞きたいのはそこだった。詩歌がどういう理由や経緯で泉堂の養子になったのかはっきりしない。もしかしたら今度の事と何か関係があるのかもしれない、と。
「まぁ、私が生まれるずっと前の話ですけど。私の祖母が急におかしくなって、当時住んでた村の人を虐殺したんだそうです。母が祖母を殺さなかったらもっと沢山の人が死んで、父も生きてなかったって」
 アルベルトは黙って詩歌の言葉を聞いていた。詩歌の母はある意味雅美とよく似ている。
「もっとも、父にとってはそれも世間向けの口実に過ぎません。父は将来の優秀な手駒が欲しいだけなんですから。私の事も、雅美ちゃんの事も」
「詩歌さん……」
言葉に詰まったアルベルトに、詩歌は笑って見せた。
「誤解しないでくださいね?私にとって養子になれた事は願ってもない機会だったんですから」
 過去の罪の為に人目を避けるようにして生き、碌な仕事にも就けなかったシングルマザーの母との生活は惨めの一語に尽きた。母の死に悲しみよりも解放感を感じた程に。母の死後に入れられた施設でも、序列争いから無縁ではなかったが、そこにはまだ可能性が感じられた。
「だから、私は必死でした。何もない子供にとってのし上がる武器は自分の優秀さにしか求められませんから」
「詩歌さんはそれで納得してるのかもしれないけど……」
 雅美ちゃんはそれでいいのかと問おうとした時、インターフォンが鳴った。


『初めまして、紫鷹と言う。宜しくな』
 言葉を声に出せなくても、文字なら又違うのではないか。
 そんな考えでお絵描きボードで筆談を始めた紫鷹(jb0224) だったが、雅美が受け取ってくれないのだ。
 気持ちはわからなくは無い。
 ここに来る前に雅美を虐めていると思しき子供達に情報収集も兼ね、慣れない不良の真似までして脅しを掛けたのだが、虐めっ子達は思った以上にしたたかだった。結局大人達の雅美に対する印象を悪くしただけのような気もする。
 詩歌はともかく、雅美の周囲は敵だらけだ。簡単に警戒を解くことなど出来ないだろう。
 考えていた様々な言葉が消えて行く。
 雅美の後ろにいる将太郎が大丈夫かという目を向けてくる中、紫鷹は一つの言葉をボードに綴った。
『助けが必要なら、呼んで』


「初めまして。家庭教師の鐘田だ、よろしくな」
 雅美の前で、長身を屈めて視線を合わせながら鐘田将太郎(ja0114)は挨拶した。何人もの撃退士が押しかけたのでは却って雅美が萎縮するのではないか。
 そんな意見から、将太郎は撃退士ではなく家庭教師を頼まれた大学生という触れ込みでここに来ている。
 大きな窓からは惜しみなく光が部屋にあふれているが、どこか空疎だ。
 詩歌が雅美と将太郎に座るように勧める間、部屋をざっと観察する。学習机やソファセットが程良く配置され、棚には縫いぐるみや人形、本などが置かれている。そのいずれもが真新しい。物という点では全く不自由を掛けてはいないようだ。
「さて、まずは教えて欲しいんだが。雅美ちゃんは何か好きなものはあるかな?」
 雅美からの答えはないが、将太郎は特に落胆もしない。簡単に答えるくらいなら依頼は出さないだろう。急かさない程度に得意科目を聞いたり、持ち込んだコンパクト図鑑を開いて見せるなど、様子を見ながら辛抱強く対話を続けるが、雅美はなかなか目に見える反応を示さない。
 何か、雅美が自分の外に興味を向けるきっかけになるようなものは無いか。
「詩歌さんの事は好き?」
 その瞬間だった。まるで決められた動きだけをなぞっているだけだったような雅美が肯きかけて慌てたように目を逸らしたのだ。
 その機を逃さず、将太郎は気になっていた事を口にした。
「外に出てみないか?」
 この部屋は広くて綺麗で、何の不自由もない。それが却って雅美を内に籠もらせているのではないか。
「無理にとは言わない。一人で怖いのなら、俺も付き合う」
 それに対して答える『声』は無い。
 だが、紫鷹が置いていったボードには文字が綴られていた。
『うちにいきたい』


 雅美を元の家に連れて行ってやりたい。
 将太郎の提案に、詩歌は当然ながら難色を示した。
「雅美ちゃんが辛いことを思い出してしまうんじゃないですか?それに……」
 この前も子供達に傷を負わされた。今度だってどうなるか。
「しかし、今度は雅美ちゃん一人じゃない。俺も行くつもりだ」
 確かにあの部屋にいれば雅美に虐めや罵声は届かないだろう。だが、時に傷つかないように庇う事が人の心を追い込んでしまう事がある。
 忘れることが出来ない事で罪悪感に苛まれ、振り切ることも向き合うことも出来ずに精神の袋小路に入り込んでしまう。
『賛成。私も行くぞ』
 紫鷹が雅美が書いた文字の下にそんな言葉を書いたボードを掲げる。何よりそれは雅美自身が出した考えだ。それを示すのは、とても勇気が要ることだっただろう。その勇気に応えてやりたい。
「雅美が行きたいって言ったんだ。行かせてやればいいだろう?」
 確かにリスクは多い。虐めっ子だけで無く、殺人犯や天魔が出てくる可能性も否定出来ない。それでも千尋の脳裏には撫でようとした手を拒んだ雅美の姿があった。
 勿論、雅美がこだわっているならそこから何かわかるかもしれないという、打算めいたものがないわけではない。
 けれど、理由は何であれ雅美が自分の意見を通して守られる。そんな事があっても良いだろう。
 三者三様の想いで詩歌と、詩歌にまだ聞きたいことがあるというアルベルトを残して雅美を連れ、ここに来たわけだが。

 家は、以前よりも更に荒れていた。投げ込まれたゴミ、あちこちに書き付けられた罵詈雑言。子供には……いや、大人であったとしても、かつての我が家のこんな姿を見るのは耐えがたいだろう。
 雅美に付き添ってきた将太郎、千尋、紫鷹は正直本当にこれで良かったのかと思い始めていた。
 だが、雅美の方はそんな三人にお構いなく家の中に入ろうとする。
「大丈夫か?」
 思わずボードを忘れて雅美に声を掛けた紫鷹だったが、雅美は気にする様子もない。
 もしかして、ここに何か重要なものでもあるのかと三人の間に緊張が走った時。
「おい、おまえはここのガキか?!」
 耳障りな声が響く。見ると、いかにもそちらの筋と言った男が二人、威圧するように雅美を睨んでいる。
「何だ、お前らは?」
 この中で一番年長の将太郎が男達に聞き返す。
「あぁ?俺らはそっちのガキに用があるんだよ」
「てめーらこそ何モンだ?」
 見かけだけだとこちらは将太郎以外、女子供しかいないように見える。明らかに男達はこちらを舐めていた。
「俺達は撃退士だよ。その子を頼まれてるんだ」
 千尋が嫌悪感を隠そうともせずに言い返す。撃退士と聞いて男達は一瞬怯んだ様子を見せたがすぐに舐めた態度を取り戻す。
「だからどうした?撃退士が、天魔でもねぇ善良な一般人に手ぇ出していいと思ってんのか?」
 男達はとても『善良な』一般人には見えないが、一般人に無闇に手を出すのが好ましくないのも事実だ。
「そういやぁ、変な撃退士が居たってな?いかれた格好で子供を脅してたって噂になってたぜ。おまえらの仲間かぁ?」
 不快な笑い声に、紫鷹が唇を噛む。
「大体、土地の値を吊り上げる為に周りを煽ってたのはそいつの母親だぜ」
「そうそう。ところが、結果は見ての通り。あの女の口車で土地を買った、こちとら大損よ」
「挙げ句、とっとと消えやがって」
 それが事実か否か、この場ではわからない。わかるのは、雅美には聞かせたくない話だと言うことだ。
「わかったか?撃退士だろうが、ガキの出る幕じゃねぇんだよ」
「母親がどこに行ったのかぐらい、知ってるんだろうが。あぁ?」
 声も上げない雅美の様子に苛立ったのか、男の口調は恫喝に近いものになってくる。紫鷹が雅美の姿を男達から隠すように立ち、将太郎と千尋がそれぞれ男達を実力行使で排除するのも仕方無いかと思った時。
「ムハハハハハハ! 成る程のう」
 腹に響くような声と共に、ヴァルデマール・オンスロート(jb1971)の強面がぬっと男達の背後に現れた。彼は馳貴之(jb5238)同様、子供の相手は苦手だと言って周辺の調査をしていた筈なのだが。
「何、調べておったらなかなか面白い話が浮かんできてのう」
 調査してもめぼしい成果は無かったものの、義高と天魔に関する噂の出所がと、ある不動産会社辺りだという事実を突き止めたのだ。しかも……と、言い掛けて、ヴァルデマールは言葉を切った。
「な、何だってんだ、このジジイ!」
 不意打ちに近い出現と強面に気勢を削がれた男達の襟首を掴む。
「丁度良いわ。ガキの出る幕ではないというならここは一つ、場所を変えて大人同士の話と行こうではないか」
 自分の外見では雅美を怖がらせるだけで役に立てないと考えていたヴァルデマールだが、こういう輩を締め上げるならお任せだ。豪快に笑いながら男達を引きずっていく。
 彼らの姿が見えなくなると、これ以上男達の言葉を雅美に聞かせずに済むことに誰からとも無く安堵の溜息が漏れる。
「……ない」
 溜息に混じって、三人の誰でもない声が漏れる。
「雅美ちゃん……?」
「お母さんなんて、知らない!」
 雅美の声だった。発した声に勢いを付けられたように、雅美は家の奥へと駆け込んでいく。その先は、ボロボロにされた本が散乱する部屋だった。
 学習机があるところを見ると、ここは雅美の部屋だったのだろう。
 三人が見守る中、雅美は泣きそうな顔で棚の奥を懸命に探し、やがてそれを見つけ出した。一転して嬉しそうに、しっかりと胸に抱えて。
「本……?」
 千尋と紫鷹が不思議そうな顔をする。
「あの本は、確か泉堂邸の雅美ちゃんの部屋にもあったな。最も向こうは新しい本だったが」
 雅美がここにこだわった理由はそれだったのかと将太郎は納得する思いがした。子供は時に、玩具や本などを親友か兄弟のように思い、扱う。用途や内容が同じなら良いというわけではないのだ。
 雅美は置いてきた『親友』の事が心配で、でも探しに行きたいとは言えない、そんなジレンマを抱えていたのだろう。
「もう、いいか?」
 紫鷹の問いかけに雅美は肯いた。それは大きな一歩に見えたが。
 しかし、まだ何かが違う。そう感じたのは千尋だった。


「お前には言っておきたい事があるんだ」
 詩歌に申し出て、雅美と二人だけで話す機会を作って貰った千尋はそう切り出した。
「俺は、本当はお前の親父を化け物にした奴を探しに来たんだ」
 人間が勝手にディアボロになる事はない。当然黒幕ーー冥魔がいる筈だ。
「そいつらは人の魂を食い物にしてて、化け物を暴れさせては美味しい思いをしてる」
 その黒幕を倒さない限り、同じ事は何度でも起こる。或いは、又ここで起こるかもしれない。そうなれば、今度こそ雅美も詩歌もどうなるか。
「そうなる前に、俺たちは黒幕を倒さなきゃならない。だから、何か知ってるなら教えて欲しい」
 本当に知らないならば仕方がない。けれど。
「お前は、どうしたい?」
 胸に抱えた本の中に閉じこもるのか、それとも本を支えに外に踏み出すのか。
「くろまく、かどうかは、しらない」
 本をきつく抱きしめて、雅美は噛み締めるように言葉を紡ぎ出した。
「でも、お母さんが知らない女の人と会ってた。長い髪の、綺麗だけど怖い人。その人の事は言っちゃ駄目。言うと不幸になるけど、黙っていれば幸せになれるって」
 長い髪の綺麗な女。ヴァルデマールの調べでも浮かんでいないが、それだけやり口が巧妙だとも考えられる。
「そうか。ありがとう、な」
 少し震えていたが、それでも目はきちんと千尋を見ている。
 雅美は外へと踏み出せる。そう思わせる目だった。


「めでたしめでたしってとこかしら。でも」
 アルベルトは目の前の詩歌を見た。
「あなたにとってはどうなの?」
 あれからずっと詩歌を見ていたが、特に怪しい素振りは見せなかった。にもかかわらず、詩歌に対する違和感のようなものが拭えない。
「ミノタウロスの迷宮を御存知でしょうか?」
 詩歌は謎かけのような答えを出してきた。
 英雄が少女の助けで迷宮の奥にいる怪物を倒し、不可能と言われた迷宮からの脱出を果たして凱旋する。よく知られた神話だ。
「でも、その後少女は英雄に置き去りにされ、英雄は愚行に満ちた後半生だったそうですね」
 迷宮の出口は、更に複雑怪奇な迷宮の入り口。そうではないと、誰に言える?
「あなたは……」
 その時、アルベルトを呼ぶ声がした。依頼は終わり、彼らは学園へと帰還する。
 これが終わりなのか、始まりなのか。今はわからない。
 ただ、彼らを見送り、小さく手を振る雅美の姿だけは紛れもなく事実だった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
 未来へ繋ぐ虹・風羽 千尋(ja8222)
重体: −
面白かった!:4人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
未来へ繋ぐ虹・
風羽 千尋(ja8222)

卒業 男 アストラルヴァンガード
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
能力者・
ヴァルデマール・オンスロート(jb1971)

大学部6年298組 男 インフィルトレイター
罪を憎んで人を憎まず・
馳貴之(jb5238)

中等部3年4組 男 インフィルトレイター
風を呼びし狙撃手・
アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)

大学部6年7組 男 インフィルトレイター