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マスター:守崎 志野
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/12/20


みんなの思い出



オープニング


 ハーメルンの笛吹き男。
 中世ヨーロッパで子供達が謎めいた笛吹き男の奏でる笛に誘われてついていき、二度と帰らなかったという民間伝承だ。
 この伝承は一つの町から百三十人の子供が一日のうちに消えたという史実を基にしており、その原因は未だに不明である。
 病気や事故、開拓や軍事行動など様々な説があるものの、いずれも定かなものでは無い。
 何故原因が伝わっていないのか。
 謎と怪奇に彩られた笛吹き男伝説の陰で歴史は沈黙し続けている。

 何故そんな話を思い出したのか。
(これのせいだろうな……)
 フリーランス撃退士・彼上恭悟は手にした二枚の写真を改めて見た。一枚には十才くらいの男の子、もう一枚には七才前後の女の子が写っている。男の子は広瀬洋平、女の子は高見夏湖。恭悟が捜索の依頼を受けた子供達だ。
 二人は同じ小学校に通っていただけで特に接点は無い。なのに、夏湖が両親に暴行を受けていた際に洋平が飛び込んできてその両親を突き飛ばし、そのまま二人でどこかに逃げたという。
 更に警察が洋平の家に行くと洋平の母親が倒れており、死亡が確認された。
 神経を『体内で噛みきられた』事が死因であり、首に何か小さなものが入り込んだ傷があったが、わかったのはそこまでだ。
 洋平の母の不可解な死、夏湖の両親を突き飛ばした子供とは思えない力。
 警察の手には負えないが、久遠ヶ原学園に依頼するほどとも思えない。そんな理由で恭悟に仕事が回ってきただけだ。
 事情はわからないが、二人は一緒にいると思われる。そして探し出せば事情もわかるだろう。そんな依頼の筈だった。
 子供二人で大した金も持たずに逃げたとしてもたかが知れている。そんな見込みとは裏腹に二人の行方は掴めなかった。捜索が行き詰まった時、偶然にその事件の噂を聞いたのだ。
 敵前逃亡した撃退士が奇跡のように平穏な町に逃げ込み、そして洋平の母親と同じような形で死亡したと。
 それを調べるうち、姿を消す少し前に洋平が会っていた少女がその町にいることを知った。
 二十数年前と、変わることのない姿で。


「大丈夫ですよ。予定通りに話を進めておいてください」
 町役場の会議室。そのドアの前に立つ恭悟の耳に、ドア越しに女性の声が届く。
「未来を担う存在なんて言われても、いつだって真っ先に世の中の混乱や歪みの犠牲になるのは立場や力の弱い子供達。だからこそ、気付いた大人が何とかしないとね」
 続いて職員らしい声。
「それに、計画が実現すれば定住を希望する人達の就業に繋がります」
「ええ。手抜かり無くお願いしますね……」
 声が切れるとドアが開く。出てきた中年の男は見慣れない恭悟に驚きと不審の目を向けたが、町長である新見アキは親しげな笑みを見せた。
「久しぶりね。元気だった?」


「ばーちゃん、大丈夫か?」
 役場の外で、荷物を抱えてふらふらと歩く老婆に十才くらいの少年が声を掛けた。小さな体に似合わない大荷物を片手で担いでいる。
「それもおれが運んでやるよ。貸しな」
 老婆が答えるよりも早く、空いた片手で荷物をひょいと持ち上げる。心配そうな顔をした老婆だが、平然とした少年の様子に笑顔になった。
「洋平ちゃん、ありがとうねぇ」

 そんな様子を窓辺で見ながら、アキは恭悟に背を向けたまま口を開いた。
「あれから何年経ったかしらね」
「さぁ……考えたことが無いんでね。二十年以上は経ってるだろうさ」
 その一言で、二人は思い出したくもない共通の記憶を確認する。
「この二人を知らないか?」
 写真を示して問うと、それを見ずにアキは微かな笑みを唇に刻んだ。
「どうして私に聞くのかしら?」
「それは自分が一番わかってるんじゃないのか…アキ姉」
 敢えて昔の呼び方で恭悟はアキに呼びかけた。アキは無言で恭悟を振り返る。
「あなたも覚えているでしょう?あの頃を」
 親という名の鬼から逃げたはいいが、それからどうしていいのかわからずに途方に暮れていた時に拾ってくれた一人の男。最初は救いの手に見えた男の本性がわかるまで、然程の時間は掛からなかった。
「虐待、酷使、万引きや置き引きの強要……年嵩の子は売春すらさせられたわね」
 買った大人達やその家族の侮蔑の目と当然のように浴びせられた罵声は忘れようとしても忘れられる筈も無い。
「誰も、俺達を助けようとさえしなかった。『お姉さん』以外にはな」
 その時のことは、今も恭悟の脳裏に鮮やかに焼き付いている。盗みが出来なくて折檻され、ゴミのように道端に打ち捨てられた自分に差し伸べられた柔らかな手と優しい声。蜂蜜色の髪がまるで恭悟を包む光のように見えた。
『大丈夫。導いてあげる』
 恭悟、そしてアキがその言葉にしたがって動いた結果、男を始め子供達を直接虐げた人間は次々と消えていった。男がやっていたことは明らかになり、恭悟達は然るべきところに保護されて今がある。
「お姉さんは約束通り私達を導いてくれたわ。あのままだったら、私達は暴力を恐れ、人の目を恐れ、僅かな餌の為に這いずり回るだけの存在だった」
 命が消えても『死』と認められることすらないただの汚物として。
「アキ姉、わかってるのか?間違いなく『お姉さん』は……」
「天魔だと言いたいんでしょう?それがどうしたの?」
 アキは厳しい目を恭悟に向けると言葉を継いだ。
「私達を虐げていたのは誰?助けてくれたのは誰?天魔が人を食い潰すから敵だというなら、人も又、私達の敵ではないかしら?」
「アキ姉、まさか……」
「誤解しないで。復讐なんて考えてないわ」
 アキは再び窓の外に目を向けた。
「お姉さんは約束を果たしてくれた。今度は私達が果たす番なのよ」
 今の自分達は大人に怯えて従うだけの子供ではない。自分で何かを成す力を持っているのだ。あの日にあの木の傍で交わされた約束を果たす時は来た。
『いつか、あなた達が無力な子供ではなくなったら。私を助けてくれる?小さくてもいい、弱い者が犠牲にならなくてもいい場所の為に』
 約束する。大人になっても忘れない。確かに恭悟もそう誓った。しかし。
 何か言おうとする恭悟を制して、アキは言った。
「撃退士は、本当に一般人を守っているのかしら?」


 それからしばらくの後、久遠ヶ原学園に一つの依頼が持ち込まれた。
「昨日、重傷を負って河に流されていたフリーの撃退士が発見されました。彼上恭悟、行方不明になった子供を探していたとの事ですが」
 子供の足跡を掴んだと言って出かけたまま、重体になって発見されたという。
「傷は天魔によるものではありませんでした。行方不明の子供のうち、少なくとも一人はアウルに覚醒していると考えられますが、それにしても」
 旧体制下の卒業生とはいえ、中堅以上の経験を持つ撃退士にこれほどの傷を負わせられるものだろうか。
「皆さんにはその子供を探し出して話を聞くと共に、彼の仕事を引き継いで二人を連れ戻してほしいのです」
 二人の写真を示しながら、担当官は頭を下げた。


リプレイ本文


 依頼内容は洋平と夏湖の説得と連れ戻しだが、この町にはおそらく逃亡した撃退士を死亡させ恭悟に重傷を負わせた何か、あるいは誰かがいるのだ。
「大丈夫、きっと、二人を無事に連れ戻せるよね……」
 宮本唯(jb8191)は福祉関係を専攻する大学生という触れ込みで捜索を始めたが、人々の反応は思わしくない。近くに隠れている訳では無いので、『響鳴鼠』を使っても期待できないだろう。
 二人は何故この町に来たのだろう?彼らにここは冷たくないのだろうか?
 見上げる空は、雪でも降りそうだ。

「これはこっちでいいですかねぇ?」
 大鍋を抱えた九十九(ja1149)が近くにいる人に声を掛ける。彼は撃退士であることを伏せ、ボランティアの留学生として公民館に来ていた。
 仮設住宅が出来て小中学校の方は空いたが、数は少なくなったとは言え流れてくる避難者は絶えない。寒くなった事もあり、新しく来た避難者はここに一時身を寄せていた。
「やっぱり若い人が手伝ってくれると違うわぁ」
 割烹着を着た初老の女性が感嘆の声を上げる。
「こんなところじゃ、ボランティアも滅多に来てくれなくてね。ホント、有り難うね」
 感謝の言葉を聞いて、九十九は複雑な気持ちになった。
 全てを救うことなど到底無理、手が届くところだけで精一杯なのは仕方がない。それは重々承知している。しかし、現実に格差を目の当たりにすれば遣る瀬ない気持ちになるのも又事実だった。
 鍋の蓋を取ると暖かな湯気と共に食欲をそそる匂いが立ち上る。疲れ切った避難者の表情も、一時柔らかくなったように見えたのがささやかな慰めだろうか。
「まぁ、今はこんなことになってるけど、きっと撃退士が何とかしてくれるさね」
 九十九と同様に立場を伏せ、避難者として配膳作業に混ざっていたアサニエル(jb5431)が笑いながら口にした途端、和やかだった雰囲気に冷たいものが走った。
「ちょっと!ちょっとあんた……」
 住民らしい一人の老女がアサニエルの腕を引っ張ってその場から連れ出す。
「あんた、ここに来たばかりみたいだから知らなくても仕方ないけど。ここでそういう事を言うんじゃないよ」
「何でさ?」
 聞き返したアサニエルに、老女は深い溜息をついた。
「あんたに悪気は無いってのは見てればわかるんだけど。撃退士はねぇ……こんな辺鄙なところは無価値なんだとさ」


「予想はしていましたが、撃退士への不信は相当なようですね」
 逃亡撃退士の死亡と恭悟の怪我の関連について調べに来たという名目で役場を訪れ、町長のアキへの挨拶を終えた鈴代 征治(ja1305)は同行している藤井 雪彦(jb4731)へ溜息混じりに呟いた。
「うん、そうだね」
 相槌を打ちながら、雪彦は何か探しているかのように気もそぞろだ。
 前回の不祥事を陳謝する態度が効いたのか、追い返されるような事は無かったがしつこいくらいに一般人に危害を加えるなと念を押してきた。役場の職員や訪れた住民も警戒や猜疑の目でこちらを窺っているのがわかる。この分では、本来の目的を告げていたら妨害に遭ったかもしれない。
「これはどうにか払拭しておかないと……」
「あ、詩歌ちゃん!」
 征治の言葉を最後まで聞かず、雪彦はホールで物資の仕分け作業をしていた人々、正確に言うとその中にいた少女に駆け寄っていく。
 何しに来たのかと雪彦を見送った征治は、ふと首を捻った。その先にいるのは作業に向いたジーンズ姿の少女。
(どこかで会った……訳ではありませんね)
 見覚えは無い。だが、どこか覚えがあるような感覚を手繰る内に、征治は一つの形を見いだした。
(あれは……)

「詩歌ちゃんボク覚えてる〜?」
「えっ……あ、藤井さん?」
「そう!藤井雪彦だよ♪」
 覚えててくれたんだと笑う雪彦に、詩歌は困ったような顔をした。何事かと雪彦を見る周囲の目が冷たい。また詩歌に言い掛かりを付ける気かとでも言いたげだ。
「あの時、護れなくてごめん」
「え?」
 目を丸くする詩歌の横から、中年の女性が割り込んできた。
「調子のいいことを言ってるんじゃないよ!あんたらがこの子に何したか、忘れたって言う気かい?!」
「忘れてません。目の前で詩歌ちゃんが石をぶつけられてたのに、ボクは突っ立ってただけでした」
 日頃女の子は体を張っても守る、などと言いながらいざとなると何もしなかった。このままでは自分が許せない。
「だから……お詫びっていうか、この町の為、詩歌ちゃんの為に働きにきたんだ。ボクに何かやらせて♪ 」
「でも、あれは……」
 言い掛ける詩歌を遮って、かなり重い段ボール箱が雪彦に押しつけられた。
「それじゃこれ、表の車まで運んどくれ」
「ちょ、ちょっと……」
 それはあんまりだと詩歌が止めようとするが、雪彦は平然とそれを受け取った。
「こんなの軽い軽い」
「そうかい?」
 段ボールが更に積み上げられた。

 そんな雪彦を横目に見ながら、髪染めと眼鏡で印象を変え、偽名を使って避難者として入り込んだ田村 ケイ(ja0582)はタブレットに映し出される仕分け表と現物を照らし合わせる作業を手伝っていた。
「悪いね、田中さん。細々した事まで手伝わせちゃって」
 初老の男性職員が済まなそうに言う。以前に来た撃退士とは気付かず、ケイの仕事ぶりに感心している。
「いいえ、全然」
 言いながら何かおかしい点は無いか周囲に目を配るが特にない。
「でも、こうして改めて見ると必要な物は多いですね。保管は大丈夫ですか?特に食品とか」
 さりげなく、こちらから振ってみる。
「そうだね、ちょっと前までは気温が高くて物が腐ったり、蟻が出て駆除が大変だったりしたんだけど」
 冬になってからそういうこともなくなったという。
「……そうですか」
 蟻が天魔に関わっているのではと考えていたケイにとってはいささか肩透かしだった。が、同時に別の疑問がわく。
 冬ともなれば燃料費が掛かる。ここにある物品の購入費用だけでも相当な筈だ。町の予算だけで足りるのだろうか?
 改めて、ケイはタブレットに指を走らせた。


 昼近く、中学校の調理室は仮設住宅に配る弁当の炊き出しに大忙しだ。動き回る人の多くは六十代以上の女性で、男性や若い世代は見当たらない。
 そんな中、丁寧に御飯やおかずを詰める支倉 英蓮(jb7524)の甲斐甲斐しい姿は女性達に好意を持って迎えられていた。同じ部屋では夏湖も手伝いをしている。しかし、洋平の姿が見えない。
(二人一緒に居たい筈だと思ってた……けど……違う?)
 主に洋平を説得することを考えていた英蓮は戸惑ったが、今ここを離れるわけにもいかない。
「お疲れ様。片付けはおばちゃん達がやるから英蓮ちゃんと夏湖ちゃんは御飯にしてね」
 やがて配達用の弁当が全て運び出され、英蓮と夏湖に弁当とお茶が渡される。
「夏湖ちゃん……ここだと邪魔かもしれないから……向こうに行かない?」
「はぁい。あ、事務室があったかいんだよ。行こ!」
 周囲の大人達と同様に、夏湖も英蓮に好感を持っているように見える。これなら上手くいくかもしれない。
「夏湖ちゃん……まだ小さいのに……しっかりしてるんだね。感心しちゃった」
 並んで廊下を歩きながら『友達汁』を使う為にさりげなく夏湖に触れようとした。その瞬間。
 夏湖はビクッとしたように飛び退いた。英蓮を見る目が怯えたものになっている。
「あ……あの、ごめんなさい!」
 我に返ったように謝る夏湖。その姿は、英蓮にあることを連想させた。
「違ってたらごめんなさい……夏湖ちゃん……お父さんやお母さんに打たれたりしてたのかな?」
 夏湖の表情が、笑う形のまま凍り付く。それも又、英蓮には覚えがあった。
「ごめんなさい……でも、自分も……そうだったから……」
 言わなければならないと思う。スキルで事を有利にするのではなく、自分の言葉で。
 夏湖達を助けたいということを。


 灯油タンクが次々と配達のトラックに運び込まれていく。単調だが、大人でもきついこの作業を洋平は黙々とこなす。
「小さいのに…よくがんばるね?」
 そんな洋平に声を掛けたのはラグナ・グラウシード(ja3538)。彼も又、避難者を装ってこの作業を手伝っていた。高齢者が多いこの町で、力仕事を積極的に引き受ける若い男手は頼りにされる。
「兄ちゃんもやるじゃないか」
 洋平もニヤッと笑う。ラグナを見る目に、ライバル意識と連帯感が入り交じっていた。
「よーし、積み込み終わりだ!洋平も兄ちゃんもありがと、な!」
 おー、と声を上げて手を振る洋平に見送られてトラックが走り去ると、ラグナは口を開いた。
「君は手伝いをしてとても偉いね……君のお父さんお母さんも避難してきているのかな」
 ありふれた質問の筈だが、洋平はラグナを見上げて唇を噛んだ。
「それにしても、素晴らしく力持ちだな、君は」
 話題の方向を少し変えてみる。
「まるで撃退士みたいだな!」
「違うよ!おれはそんなんじゃない!」
 それだけ言って閉じた唇が震えている。何か言いたいのを押さえているようだ。
「一緒に荷運びをした仲だ。言いたいことがあるなら、私に話してくれないだろうか?」
 洋平は暫く宙を睨んでいたが、やがてポツリと言葉を口にした。
「おれ……撃退士を殺しちゃったんだ……」
 聞いた一瞬、ラグナは表情を強張らせたものの、穏やかに促すような調子で洋平の肩に手を置く。
「あいつ、おれを連れて帰ろうとして探し回ってたから……おれ、ここに居たかったのに。皆はおれのこと、庇ってあいつにしらばっくれてくれてたけど……」
 見つかって連れ戻されるのは時間の問題だ。危機感を募らせた洋平は、逆にその撃退士ーー恭悟の後を付け、隙を見て町の外れにある崖から突き落としたという。
「ふむ、それからどうしたのだ?」
「どうもしない。あいつ、動かなくなって怖かったから、そのまま逃げて帰ったよ……」
 涙声になった洋平の言葉が、堰を切ったように溢れ出してきた。
「だって、仕方ないじゃないか!幾らここの大人が庇ってくれたって、母さんが親権とか持ち出したら勝てないんだろ?!おれは親子だってだけで殴られたり蹴られたりしても有り難がらなきゃならないなんて、もう嫌だったんだよ!」
 外からはわからない親子というものの闇。そこから飛び出して辿り着いたのがここだったのか。
「そうか……辛かったのだな」
 その一言で緊張の糸が切れたのか、洋平は泣いていた。その背を優しく撫でてやりながら、ラグナは引っかかるものを感じていた。
 その程度で撃退士が重体になるのだろうかと。


 いくつかの通話とメールが密やかに八人の間を駆け巡る。
 元々母親の暴力にさらされていた洋平は、耐えきれなくなって家を飛び出した時、偶然自分と同じような仕打ちに遭っていた夏湖を見かけて思わず連れ出し、そして。
「二人を見つけて、一時避難の形でこの町に連れてきたのが出資を募る為に町を出てた職員……正確に言うと、同行してた詩歌って子なのよね」
 これはケイが職員から聞き出した情報だ。
「うん、詩歌ちゃんもそう言ってたよ。本当はいけないことだけど、ほっといたら死んじゃうって思ったって」
 そんな話をしてくれるくらいだから、許してくれたのかなと雪彦。
「ここは……夏湖ちゃんや洋平君には天国みたいなところだったって……」
 それまで、何をどう頑張っても無視され罵られるだけだったのが、ここでは自分達が元気にしているだけで喜ばれ、大人を手伝えば褒められる。初めて認められる喜びを知ったのだ。
 だからこそ、二人はここを失うことを恐れた。
「この辺は撃退士の恩恵が薄いっておばさん達が言ってたんだ。撃退署にもう少しどうにかならないかって訴えたら、貴重なアウル持ちを何だと思ってるんだって怒鳴られた事もあったと言ってたんだよね」
 サバサバしたアサニエルの口調にも苦さが滲む。それならば影響されて二人が撃退士に反感を抱き、連れ戻される恐怖を増大させる事もあるだろう。
「洋平はここでの暮らしが脅かされることを恐れて撃退士を崖から突き落として殺したと言っているが、私はそうとは思えないのだ。突き落としたのは事実かも知れないが」
 ラグナの疑念に改めて地形を調べた唯が応じる。
「それに、洋平くんが撃退士を突き落としたという崖は川から距離があります。彼上恭悟さんは下流に流されているところを発見されたのでしょう?不自然です」
 洋平がその場から逃げた後、誰かが改めて恭悟に傷を負わせ、川に放り込んだと見るのが妥当な線だろう。
 では、その誰かとは、誰なのか。
「多分、警察内部の……あるいは、この町の警察自体かもしれません」
 沈んだ声で征治が言った。
「前回の依頼から、この答えは出ていたんだと思います」
 天魔には無力でも警察は捜査のプロだ。そして、地元のことをよく知る存在でもある。逃亡した撃退士が発見された建物を見逃すのは不自然だ。
 しかし、何故警察が?
「僕の勘ですが、ここで事を荒立てない方が良策のような気がします……町長さんに報告して様子を見るしかないですかね」
 それに、これが二人を説得する鍵になるような気がする。それが、ここで出された結論だった。


「それで、この町の警察が関与している確かな証拠でも見つかったのかしら?」
 征治の報告を聞いたアキの態度は予想通りのものだった。しかし、肝心なのはそこではない。
「全て推測に過ぎないと言えばそうです。ただ、その点をはっきりしなければ洋平君と夏湖ちゃんは戻れません」
「戻る?」
「はい」
 この町で暮らすにせよ、撃退士として久遠ヶ原学園に行くにせよ、社会の中にいる以上は然るべき手順というものがある。それを経なければ、二人はこの先も連れ戻される事に怯え続けるだろう。
「昔、小さな町が天魔に襲われた事があったのよ。町の外に逃げることが出来ず、警察は撃退署に連絡して町の人を避難所に集め、撃退士が来るまで何とか持ち堪えようとしたそうよ」
 けれど、撃退士は来なかった。もっと大きな町でゲートが作られた為、そんなところに回す人的余裕は無かったのだと役人は言った。
「撃退士って何を守っているのかしらね」
 それは肯定と取っていいことなのかと征治が問おうとした時ドアが開き、蜂蜜色の髪がふわりと靡いた。
「お話は終わりましたか?」
「えぇ、もう終わりよ」
 その時、征治は何故詩歌に覚えがあるような気がしたのかを悟った。以前の事件で証言されていた『約束』のお姉さんと似ているのだ。
 『中立者』を使えば詩歌の正体はすぐにわかる。だが、征治はそれを使わなかった。
 撃退士は何を守っているのか。
 その言葉が心に谺する。

 ハーメルンの笛吹き伝説に関する解釈の一つに、子供達は跡取り以外を単なる農奴としか見なさない親や街に見切りを付け、自ら新天地を目指して出て行ったのだという。
 それを認めようとしない者達は口を噤み、沈黙の中から伝説が生まれた、と。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 最強の『普通』・鈴代 征治(ja1305)
 KILL ALL RIAJU・ラグナ・グラウシード(ja3538)
重体: −
面白かった!:8人

cordierite・
田村 ケイ(ja0582)

大学部6年320組 女 インフィルトレイター
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
雷閃白鳳・
支倉 英蓮(jb7524)

高等部2年11組 女 阿修羅
撃退士・
宮本唯(jb8191)

大学部6年8組 女 ディバインナイト