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薄暗く紺青の色合いに染められる空に対し、地上はまだぼんやりとした明るさを保っていた。人気の無い職員宿舎付近では照らす相手が居ないことに関わり無く街灯が道を照らしている。その灯りを避けるように忍ぶ影が8つ、B棟、C棟の側壁にへばりつくようにして周囲を伺う。
「情報通り骸骨がいるねぃ。飛び出したらすぐに見つかりそうさぁね」
そっとC棟の壁の端から覗き込んでいた九十九(
ja1149)が仲間に告げる。
「でも急がないと!さっきから凄い音がしてるしっ!」
先ほどから子供達が逃げ込んだC棟から聞こえてくる破壊音を気にしてエルレーン・バルハザード(
ja0889)が心配そうにささやく。
召喚したヒリュウを撫でながらフェイン・ティアラ(
jb3994)が提案する。
「朱桜なら目立たないかなー」
「まぁ、もう少し待ってな。すぐに合図があるさ」
静かにその気配を消しながらライアー・ハングマン(
jb2704)が道の反対側に潜む仲間を指し示す。
「撃退士だ。お前達の救助にきた。あぁお前達だ。子供は大事か?」
牙撃鉄鳴(
jb5667)はB棟の壁に隠れながら取り残された父親に連絡を取り、その場所を確認する。
「了解した。俺達の指示に従えば確実に生きて会わせてやる。待ってろ」
「3階ですか……大人しくしていればいいのですが。牙撃様、急ぎましょう」
紫色のオーラを纏った御幸浜 霧(
ja0751)が牙撃の会話を聞いて、父親の場所を確認する。
「偵察が一転してこれかよ。ガキに振り回されるのも大人の仕事ってか?」
面倒なのはガキ共だけじゃねぇみてぇだけどな、と二人の会話を聞いて呆れたように毒づく。
大剣の布を外しながら、暮居 凪(
ja0503)へ目配せをする。
「確実に、1手ずつ行きましょう」
ネームレス(
jb6475)に頷き、暮居はランスを構えて道へと飛び出す。
「ここは我等の敷地内です!速やかに引き下がりなさい!」
たむろしている骸骨達に向かってアウルを込めた叱責を飛ばす。
骸骨達は一斉に暮居に向き直り、各々の武器を構えて走り出す。
その姿を炎の蝶がジリジリと空を焦がしながら見つめていた。
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左右に木立と路上に放棄された車が塞ぎ、道そのものはそれほど広くはない。
敵の真正面に飛び込んだ暮居はランスを構えると刹那のうちに3連突きを放つ。
槍を構えた骸骨達はなす術も無くその身を削られるが、痛みを覚えた様子も無く、一丸となって突っ込んでくる。
槍を自由に振るうため左右に広がった骸骨兵は3方向から暮居を囲む。左側の骸骨兵は放置された乗用車の屋根へと登り、高所から角度をつけて狙ってくる。
さらに弓を構えた骸骨達も次々と矢を放ち、一斉に暮居目掛けて矢が飛んでくる。
「複数体で囲む……なるほど、悪くない手ね。けれど、その戦いにはもう慣れたわ」
迫ってくる矛先や矢をブロックするように意識すると、活性化されたシールドがふわ、と宙を舞い、敵の攻撃を逸らせて行く。
軌道のそれた攻撃はその威力の大半を失い、暮居に多少の打撲を与えたのみで止まる。
「骨は骨らしく埋まってろ」
暮居の後方からネームレスが大剣を振るうと、黒い斬撃が走り骸骨を切り裂く。
攻撃をそらされて体勢を崩していた槍兵一体と後ろに居る弓兵までを巻き込んで切り刻む。
「派手にやってるな……まずは邪魔なお前から排除しておくぜ」
ライアーが鞭を振るい、炎の蝶が一体跡形も無く消える。
気配を消し、木立の陰から陰へと走るライアーの姿は敵に気取られることも無く、静かに近づいていく。
「槍の使い方が駄目ね」
暮居が繰り出す攻撃は確実に骸骨兵を削っていくが、敵の数はその倍以上であり、その攻撃は一人立ち塞がる暮居に集中している。
次々と繰り出される骸骨兵の攻撃は暮居の体を貫くことは無かったが、打撃により確実にダメージを積み重ねていく。
「邪魔だっ」
ネームレスの振るう黒い斬撃はより多くの敵を襲うが、その動きを止めるまでには至らない。
徐々に暮居は骸骨兵の圧力に押され始める。
「すまんが……先にお前らがサヨナラしてくれや」
ライアーが敵の側面から砂塵のように微小な刃を骸骨兵に吹き付け、後退させる。
壮絶な負のカオスを帯びたライアーの攻撃は爆発的な効果を生み、骸骨兵の身を粉々に砕いていく。
ライアーの攻撃を受けた2体はぐらぐらと揺れているが、まだ倒れない。
「いい状況じゃないわね……聞こえる?こちらはあまり持たないわ。応援をお願い」
状況を冷静に判断し、暮居は仲間へ応援を要請するのだった。
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「今のうちだねぃ」
通りで派手に戦闘が始まったのを合図に九十九、エルレーン、フェインの3名がC棟へと侵入する。
「3階の廊下に骸骨2体に骨狼が1体いるよー」
召還獣の朱桜と視覚を共有しているフェインが注意を促す言葉に九十九は走りながら頷く。
「報告より敵の数が少ないねぃ。子供達は3階以上にいるのかねぇ」
「聞こえる?!撃退士が助けに来たんだよっ!」
エルレーンは子供達に届けと声を張り上げる。
3階まで一気に走ると、狭い廊下にフェインの言葉通りに骸骨兵が居た。
廊下の片側には扉が並び、先ほどからガンガンと大きな音が鳴り響いている。
反対側は胸までの高さの塀があり、覗き込めば眼下に激しい戦闘を繰り広げる仲間達が見渡すことができる。
「さあっ!このぷりてぃーかわいーえるれーんちゃんが相手だよっ!」
エルレーンはアウルを乗せて名乗りを上げると、骸骨達へと走り出す。
「ここは任せるさぁね」
九十九も弓を構えて階段からエルレーンの援護を行う。
フェインは朱桜に肩を引っ張られながら階段を駆け上がっていく。
その時、エルレーンと九十九の間のドアが吹っ飛び、骸骨兵が現れた。
撃退士達が阻霊符を展開しながら近づいたため、壁を壊しながら進んできたのだった。
エルレーンの名乗りを聞いていなかった骸骨兵はぎろりを九十九を睨んで近づいてくる。
「そう上手くは行かないねぇ……」
剣を構えて近づいてくる敵を前に、九十九は階段を後ずさりながら矢を番える。
「陸ー、空ー。助けに来たよー」
4階を朱桜に任せて屋上に上がったフェインが見たものは、貯水槽の陰に隠れた幼い兄弟と、錆付いた剣をぶら下げた骸骨兵だった。
「朱桜ーっ」
ヒリュウの名前を呼び、自分は兄弟の元へと駆け寄る。
骸骨兵がフェインに切かかるが、4階の廊下から飛んできた朱桜が間に入って骸骨兵の動きを食い止める。
朱桜が切りつけられたと同時に、フェインの二の腕にぱっくりと切り傷が開き、血が滲む。
フェインは兄弟を心配させないように微笑みを浮かべて兄弟に話しかける。
「大丈夫ー?おとーさんも心配してるし、一緒に行こー」
優しく差し出された手を陸はこわごわと握る。
「怖いのが居るからしっかり掴まっててねー?」
二人を抱きかかえ、階段に向かって走り出す。
その動きにつられた骸骨兵に朱桜は体当たりして怯ませ、すぐにフェインを追いかける。
「子供達を助けたよー。今から二人を連れて戻るねー」
フェインが走りながら仲間に連絡していると、階段の下で戦う九十九に鉢合わせた。
至近距離から剣を振るってくる骸骨兵に向かって矢を放ち、攻撃の軌道を巧みにずらし避けている。
太ももから血が出ているのを見てフェインは朱桜に指示をする。
「怪我してるー。朱桜、お願いー」
滑るように穏やかな赤い召還獣が九十九に近づき傷口に向かってブレスを吐く。
その温もりを浴びた傷口は見る見るうちに塞がっていった。
「この先は子供を連れて行くのは危険そうだねぃ」
「ほねじゃもえないのー!」
壁を走り回って骸骨兵と骨狼の攻撃を軽快にかわしながら、不可思議な四速歩行のアウルを廊下に放つ。
笑顔で突撃してくるソレに蹂躙されていく骸骨兵達。不可思議生物が通り過ぎた後でのっそりと立ち上がった骸骨は心なしかげっそりとしているようにも見える。
その攻撃故か、いつまでも当らない身のこなし故か、骸骨達はエルレーンに釘付けであった。
そんな時、フェインからの連絡を受け、エルレーンは廊下の塀を乗り越えて地面と平行に立つ。
「こっち!受け取るからっ!」
両手を広げて上階にいる朱桜にアピールする。
フェインは朱桜の目を通してエルレーンを確認し、子供達に言い聞かせるように話す。
「大丈夫、絶対守るからねー。少し怖いけどがんばるんだよー」
子供達を抱きかかえると、朱桜が空の肩を掴んでふわりと浮き上がる。
エルレーンは空を受け取りつつも、華麗に敵の攻撃を避け続けていたが、陸を受け取った瞬間に身を乗り出して攻撃してきた骸
骨兵の剣を避けきれずに両足を切り払われたように見えた。だが、ふわり、と地面に落ちていくのはスクールジャケットのみだった。
エルレーンは兄弟を抱えたまま、壁を走って地上へ向かう。
「今のうちに階段を降りるさぁね」
九十九が相対している骸骨兵をいなして、フェインに声をかける。
身を屈めて駆け出したフェインに向かって骸骨兵が手を伸ばすが、九十九の矢が遮り危うく駆け抜けていった。
「やれやれ、だねぃ」
エルレーンが引き付けていた骸骨兵まで階段を上ってくるのを見て、九十九はため息をつくのだった。
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牙撃と御幸浜は父親の居る3階へと駆け上がる。
指定されたドアまでたどり着いて、開けようとしたが鍵がかかっていて開かない。
「開けろ、助けに来た」
牙撃はドアを叩きながら声をかける。
どたどたと扉の向こうから駆け寄ってくる音を聞いて、小さくため息をつく。
「ここからでは余り見えませんね……」
廊下から外壁の外を見ていた御幸浜は残念そうに呟く。
外壁との間に生えている木が邪魔でその向こう側の詳しい様子が見えないのだ。
わずかに敵が沢山居るように見えたが、そこまでだった。
「やはり屋上まで上らないと駄目ですね」
御幸浜が思案していると、牙撃の携帯に暮居の応援要請が届く。
「もうか……仕方ない、偵察は諦めて離脱を優先しよう。俺はこれから援護に向かう、後は任せた」
御幸浜へそう言い残して暮居達の援護へと全力で走り出す。
「あ、あれ?」
ようやく開いたドアから大事そうにかばんを抱えた父親が顔を覗かせ、怪訝そうな声を出す。
今まで話をしていた男が居らず、女性一人が立っていたからだ。
「撃退士です。子供達は別の仲間が救出に向かっています」
なだめるように穏やかなアウルを言葉に乗せて話す。
「子供達っ!……だ、大丈夫なのか?あんたら苦戦しているように見えたが」
父親は一瞬取り乱しそうになったが、御幸浜の声を聞いて落ち着きを取り戻す。
その様子を確認し、御幸浜はゆっくりと言い含めるように説明する。
「私が前を歩きます。貴方は数歩後ろからついてきてください」
御幸浜は予期せぬ敵との遭遇戦に備え、いつでも刀を抜けるように持ちながら、階下へ向かう。
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牙撃が戦闘中の道に戻ってきた時、暮居は既にふらふらになり、振るう槍捌きも精彩を欠いていた。
「撤退しろ、死にたいのか」
立っているのがやっとであった骸骨兵の頭蓋骨を黒いライフルで打ち抜いた牙撃が暮居に声をかける。
「駄目よ、まだ子供達の救助が終わっていないわ」
白く体を覆っていたアウルの光もうっすらとしか見えず、敵の攻撃が体に傷を付けだしていたが、暮居は下がることを拒否する。
「ここで引けばあの子達が危険にな……」
不意に目の前の骸骨兵が横薙ぎに振るった槍が暮居のこめかみを殴りつける。
業も理もない力任せの一撃が暮居の意識を奪い去り、暮居は膝から崩れ落ちる。
「俺もまだ引けないな」
暮居に追撃をしようとした骸骨兵を大剣で弾き、ネームレスが暮居の襟を掴んで後ろに引きずる。
不敵な笑みを浮かべたネームレスは立ち塞がるように大剣を骸骨達に向かって突き出す。
「実際に剣を合わせれば情報収集も確実になるってものさ」
ネームレスと対峙していた骸骨兵が横から刃の砂塵に襲われて崩れ落ちる。
「頼まれちゃ仕方ない、だろう?」
ケラケラと笑いながらライアーもその場を離れようとはしない。
「まだまだ足りないな、今日も嫉妬が滾るぜぇ」
牙撃はちらりとC棟の様子を伺う。
丁度そのころには、子供達はエルレーンに受け渡されようとしていた。
「もう少しか……倒れたら俺が担いで連れて行かねばならん、倒れるなよ」
長距離射撃を行いつつ、仲間との距離を測る。
ネームレスが大剣を振り回して敵をひきつけている間に、ライアーは放置車両の陰を使い的との距離を詰める。
ネームレスが骸骨兵を倒して次の敵を打ち倒そうと顔を上げると、丁度3体の弓兵が狙いをつけたところだった。
「ちっ、スマートじゃねぇな……」
一矢はかろうじて避けたが残る矢を腹に受け、その場に崩れ落ちた。
「敵の増援も来たみたいさぁね、長居は無用だねぇ」
4階から飛び降りてきた九十九は太ももの傷が開き少しよろけるが、通りで戦う仲間に注意を促す。
「そのまま縦に削り取ってやらぁ!」
ライアーが鞭を振るい、槍を持った残る一体の骸骨兵を仕留める。
だが、敵の目前に姿を現した代償は大きく、天の属性を持つ矢に体を貫かれる。極端に魔に偏ったライアーは強力な一撃を生み出すが、それは敵にも言えることであった。
一瞬動きを止めたが、そのまま暮居を担ぎ上げ、九十九へ放り投げる。
「うけとれ……」
口を開くと同時にせり上がって来る血を吐き出し、ライアーは敵に向かって鞭を振り上げる。その鞭が振り下ろされる前に更なる天の矢が飛んできてライアーの体を貫く。矢を体に刺したまま、ライアーもまた、倒れたのだった。
その時、エルレーンの声が後方から響き渡った。
「子供達は無事だよっ!かえろうっ!」
フェインもC棟から走り出してくる。
同時に御幸浜もB棟から父親を連れて出てきた。
「こちらも無事に確保しました」
御幸浜は拳銃を構えて援護を行い、父親を庇いながら撤退する。
牙撃は、銃を仕舞い倒れた二人に全速力で駆け寄ると、ネームレスとライアーの上着を掴んで引きずりながら走り出す。その背に矢が射掛けられ肩に刺さるが、そのまま走り続けた。
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中央研究所に戻り、ようやく落ち着いて子供達と父親が抱き合う事ができた。
そんな様子をフェインはほっとしたように見守る。
怪我人の様子を見ていた御幸浜は車椅子で子供達に近づいて説教をする。
「駄目ですよ大人の言うことを聞かなくては。聞かなかったから、余計な危険が発生して、お父君にも迷惑をかけたのですからね?」
御幸浜の言葉にしゅんとする兄弟だったが、続けて差し出されたチョコに顔を上げる。
「ふふ、お父君が心配のあまり、危険を承知で飛び出した心意気には感じ入ります。でももうやってはいけませんよ」
兄弟は目を見合わせてチョコを受け取り、御幸浜にしっかりと頷いた。
牙撃はそんな光景を見つめながら、何かに思いをはせるのだった。